萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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【第四話】ニビ――岩を繰る王者

 ついに到着したニビシティ。カントー随一とも言われる広大なトキワの森を抜けたために頭も身体もぼろぼろだ。今はとにかく休みたい。

 トキワの森へと繋がるゲートから出て少しだけ歩くとニビの穏やかな町並みが見えてくる。トキワと同じ程度の大きさだが、どこかゆとりを感じる景観だ。

 しかも夕暮れに染まる町並みはどこか哀愁を漂わせていて、日が沈むまでその光景を目に焼き付けていたいと思える景色だった。

 

「行こう?」

 

 言って、リゥが袖を引っ張ってくる。

 

「ああ」

 

 町の奥に見える立派な建物は、おそらく有名な萌えもん博物館であろう。裸の萌えも――げふんげふん、古代の萌えもんの化石が展示されている、この世界の歴史を知ることが出来る唯一の博物館である。ジイさんもここの協力者らしく、時々顔を出していると聞いたことがある。俺も一度小さい頃に来た記憶があるが、その時はさっぱりだった。ジムリーダー戦が終わった後にゆっくりと見てみようか。

 

 夕日に染まる町は家路を急ぐ人々で賑わっており、独特の活気に包まれている。俺も晩ご飯を買うべくコンビニへと足を向ける。ついでにトキワの森で手に入れた報奨金でジム戦の準備も忘れないようにしたい。

 

「モ」

 

 と、途中小さい草むらに隠れる影を発見。すぐに見えなくなったとは言え、俺の萌えもんレーダーが激しく反応している辺り、何かのモンスターだとは思うのだが……。

 また、一瞬だったが身体の色が特徴的で夕日に染まって巧く溶け込んでいたようにも見えた。逃すまいと揺れた草むらを注視してみればそこには、

 

「ロコンか」

 

 後で絶対に戦力になり得るであろう小さな炎っ娘がひとり。現在の戦力に炎タイプはいない。ニビシティのジムリーダーは岩タイプだから相性の悪い炎タイプの出番はないが、これから先を考えれば必要なタイプのひとつなのは間違いない。

 

「リゥ、頼むわ」

 

「――あれを?」

 

「おう、捕まえたい」

 

 リゥはしばらく俺を真っ直ぐに見た後、

 

「――わかった。変態みたいな目付きが多少マシだからやってみる。でも、倒しても文句言わないでよね」

 

 俺はいつでも紳士的な眼差しだっつーの。

 ただ、紳士的すぎてつい相手をじっくり舐め回すように見てしまうだけだ。

 

「あいよ」

 

 リゥは嘆息して、肩を回して戦闘へと向かった。その後ろ姿はまるでどこかの部族長のようだ。言ったらまたぶっ飛ばされちまうけど。

 だが、正直シェルだと弱点の属性もあって倒してしまう恐れがあるため、ここはどうしてもリゥに頑張ってもらうしかない。

 てなわけで、さっそく萌えもんファイト。

 

「さ、出てきなさい。そこにいるのはわかってるのよ」

 

「ふぇ?」

 

 びくりと躰を震わせ、おそるおそる草むらから顔を出したのはやはりロコン。おっかなびっくりと言った様子は保護欲をくすぐるものがある。ますますお持ち帰りしたい。

 リゥはロコンがこちらに気付くや否や、電光石火の勢いで地を蹴る。

 

 ロコンは吼えて逃げさせようとしているのか口を大きく開けて息を吸おうとするも、その前にリゥが肉薄する。

 

「はぁっ!」

 

 電磁波を見舞うと、ロコンが一瞬びくりと躰を震わせる。

 

「あ……あれっ?」

 

 痺れて思うように動けないロコン。自分自身に何が起こったのかわからないのだろう。直前の行動を止めて、目をぱちぱちさせながら驚いているようだ。

 だが俺からしてみれば今がチャンス。躊躇うことなくボールを投げると、ロコンはあっさりと捕まった。

 

「ゲットだぜ!」

 

「恥ずかしいから止めて」

 

 しかし電磁波がここまで使える技だとは思わなかった。地面タイプには完封されてしまうとはいえ、それ以外の場面ではお世話になりそうな万能技だ。捕獲にしろ戦闘にしろ、使えて損はない技だろう。

 

 ロコンを捕まえたボールをしまってから、俺は急ぎ足でコンビニへと向かい、その足で萌えもんセンターへと立ち寄る。

 萌えもんセンターはトレーナーのための施設というだけあって、萌えもんを休ませるのもさることながら、トレーナーが宿泊できる施設も完備されている。そのため、旅をしているトレーナーにとっては非常にありがたい施設なのである。

 

 俺は受付の姐さんに萌えもんを回復してもらってから、トレーナーの宿泊所となっている場所で利用台帳に記帳した。台帳を見てみれば、おなじみの三人も同じ宿泊所に泊まっているようだ。

 相変わらずボールに入らないリゥを連れて宿泊所に行ってみれば、さっそく多目的ホールで出くわした三者三様の声。

 

「兄貴!」

 

「ちっ」

 

「あ、お昼ぶりー」

 

 しかしショタグリーンだけ舌打ちだったのはおそらく仕様だろうな。

 俺は片手を挙げて返事をしてから用意された部屋へと。荷物を下ろして一休みした頃にはレッドたちが俺の部屋へと雪崩込んできた。

 

 だが萌えもんを出しているのは俺ひとり。みんな腰にボールはつけているものの、外に出して交流を深めたりはしないようだ。

 しかしまぁ、そういうものかもな。他のトレーナーからも好奇の視線を受けているのは俺自身わかっている。萌えもんを外に出しているのがよっぽど不思議な光景らしい。ぱっと見は女の子だもんな。だからかもしれんが。

 

「ま、いいか」

 

「? 何が?」

 

 なんでもないさ、と手を振って答える。

 こうなりゃついでだと、シェルとさっき捕まえたロコンを出す。ロコンの方はあだ名を考えてやらないとな。

 

「ますたー」

 

 ボールから出た瞬間に飛びついてくるシェル。いつも通りに受け止めて、苦笑しながらロコンを見やる。こうして面と向かうのは初めてだからか、俺の顔を見てびくりと身を竦ませた。人間で例えるなら所謂"人見知り"って奴だろう。身体を小さく縮こまらせている姿がまさしくそれだ。

 

「なぁ、ロコン」

 

「は、はははははい!?」

 

「あだ名を決めたいんだが、どっちがいい?」

 

「あ、あだ……? え、えっ?」

 

 突然の事で戸惑うロコンに選択肢を突きつける。

 候補はふたつ。俺はびしっと指を2本立て、

 

「マコトとピロシキ、どっちが」

 

「普通の名前にせんかい!」

 

「ピロシキッ!」

 

 言い終わる前にリゥにぶっ飛ばされた。ふふ、可愛いやつめ。

 

「あ、兄貴……」

 

「――ほんと何やってんだあんたは」

 

「あははははははは!」

 

 これもまた三者三様なご反応。

 

「軽い冗談じゃないか……いてて」

 

「それがわかりにくいの」

 

 さて、相棒さんからも忠告が出たことだし、ここは真面目にいくとするか。

 俺はロコンと再び向かい合う。

 

「あ、あの――」

 

「コン」

 

「は、はい?」

 

「コンだ。お前のあだ名は、今からコンだ!」

 

 はい、周りの反応わかるよわかる。安直だってんだろ? ああそうだ。フィーリングだよ! 名前聞いて思いついたんだよ! 全員で呆れた顔しやがって!

 

「……コン」

 

 ロコンは俯いて何度か俺が決めたあだ名を小さく呟いた後、

 

「あの、コンでいいです」

 

「よし、決定!」

 

 ぱちん、と指を鳴らす。これでコンも俺達の仲間ってわけだ。

 

「あのさ、私が言うのも何だけど……嫌ならちゃんと言った方がいいわよ?」

 

「い、いえ……これでいいんです。ううん、これがいいです」

 

「――そう、わかった」

 

 リゥはやれやれと肩を竦めたようだった。

 

「改めて、よろしくな」

 

「はい」

 

 コンは俺に深く頭を下げ、その後にリゥとシェルにも頭を下げていた。礼儀正しいってのはああいうのを言うのかもしれない。

 そうして、寝るまで俺達は騒ぎあった。

 時々リゥに殴られたり、レッドたちをからかったり。何も無い日常のように。まるで、明日がジム戦だとは想像出来ないほどの緊張感の無さで。

 でも、それでいいと思う。

 戦いは……明日なのだから。

 

   ◆◆

 

 天気は快晴。日差しも暖かく、雨の気配など全く感じない。まさしく絶好の勝負日和だ。

 ニビシティは今日も平和だ。しかしその中でも一部活気づいている場所が、ここニビジム。岩タイプの萌えもんを扱うジムリーダー、剛司の根城である。

 

 今日は俺を含めて四人の対戦が決まっている。昨日申し込み、通達が来たのは今朝だ。時間通りにジムへとやってきた俺を出迎えたのは、地面が揺れたのかとすら思うほどの大歓声だった。

 

 レッド・グリーン・ブルーは俺より先にニビシティに到着し、すぐに申し込んでいたようだった。そのため、俺は順番としては最後となる。おそらく、今戦っているのはブルーだろう。

 そして、ブルーなら勝つと信じている。正直、相手の手の内を見たいとも思ったが、それはフェアじゃない。何も知らない、わからないで挑むからこそ勝負は面白いもんだ。

 

 もちろん自分の相棒たちを傷つけさせたくはないし、負けるつもりもない。だが、戦いには礼儀がある。俺たち萌えもんトレーナーにしかない礼儀が。例え相手がエキスパートだったとしても、だ。

 少なくとも俺には相手の使うタイプがわかっているだけで、充分だ。

 

「よう、ファアル」

 

「兄貴、遅いよ」

 

 既に戦闘を終えたレッドとグリーンがジムの前で出迎えてくれる。

 

「あんたなら俺達の戦いを見に来るかとも思ったんだけどよ」

 

 俺はその問いに問題外だと肩を竦めてみせる。

 

「お前らなら勝つって信じてたからな」

 

 そしてそれは本当だったわけだ。レッドとグリーンの胸に光るグレーバッジを見て結果を知る。

 

 バッジとは、各ジムリーダーに勝つとその証拠として授与される照明だ。これがないと萌えもんリーグには挑戦できない。だからチャンピオンを目指す者たちはこぞって各地のジムを回る、というわけだ。本当に実力を持ったトレーナーと萌えもんだけが遙かなる頂きへと挑戦出来るシステムなのだ。

 

「良く頑張ったな、レッド、グリーン」

 

 ふたりの頭をぐしゃぐしゃに撫でてやる。

 

「ちょ、何するんだ」

 

「ま、いいじゃねぇか」

 

 弟たちが頑張ったんだ。今度は兄貴分である俺が頑張らないとな。

 リゥと目を合わせる。不安そうに揺れる瞳に、俺はしっかりと頷き返す。

 

「……震えてるじゃねぇかよ、あんた」

 

 グリーンの呟きを鼻で笑う。

 

「はっ、当然だろ」

 

 当たり前だ。

 怖いさ。自分自信の実力と、見たことも無い萌えもんとの戦い。相手は俺と同じくらいの年齢とはいえ、歴戦のジムリーダーだ。経験もまるで違う。

 だけど。

 だけど――

 

「――楽しんだよ、これが」

 

 わくわくしてたまらない。

 この先、奴とどんな戦いが出来るのかと考えれば考えるほど、笑みが浮かんで仕方がない。

 ああ、やっぱり俺は――

 

 

 どこまでも萌えもんトレーナーなのだろう。

 

 

 レッドたちに後ろでに手を振ってジムの門を潜る。ここから先は、俺の――いや、俺達の戦いだ。

 勝ってみせるさ。リゥにシェル、そしてコン。お前らが信じてくれている俺を。お前らを勝たせる事の出来る俺自身を。

 

「……ふぅ」

 

 落ち着かせるためか、さっきからリゥの挙動も固い。

 俺はそんなリゥに向かって手を挙げる。

 何のことだろう? 首を傾げたリゥだったが、いくら経っても俺が止めないので最後には手を挙げた。

 

「勝つぞ、相棒!」

 

「――っ」

 

 掌を叩き合わせる。俗に言うハイタッチだ。

 待ってろニビジムリーダー。今からお前を倒しに行く。

 

「――諒解、マスター」

 

 背を向けた俺に、リゥの小さな呟きが届く事はなかった。

 

 

 ジムリーダーが何故強いか。問われると、大抵の人間はこう答えるだろう。

 萌えもんの扱いが旨いのだ、と。

 

 事実それは真実で、彼らは各属性のスペシャリストと呼ばれるほどの実力を備えた天才たちだ。しかし歴然として違うのは、その経験と誇りである。トキワの森では虫萌えもんばかり捕まえていた少年たちがいたが、彼らとは全く違う存在として扱われているのがその点である。

 

 つまり、元から持っていたトレーナーとしての才能に加え、使用する萌えもんの属性を限定する事で戦闘に、戦略に磨きをかけたのがジムリーダーと呼ばれるトレーナーなのである。云わば、トレーナーとして到達するべきひとつの頂きなのだ。

 

 その中でもマサラ、トキワのトレーナーに登竜門とされているのがニビシティジムリーダーの剛司である。彼が扱う萌えもんは一様に岩タイプ。堅い表面を傷つけることは並大抵の萌えもんでは不可能に近い。水タイプや草タイプのような弱点で攻めるか、格闘タイプのように力で制するか。それほど強力な萌えもんのいないトレーナーにとっては腕の見せ所でもある。

 

 話に聞いた限りだと、レッドはバタフリー、グリーンは弱点である草タイプのフシギダネ、ブルーも同じく相性の良いゼニガメで勝利を収めたらしい。

 ならセオリー通りに行くならばシェルを先鋒に持っていくのが無難だろう。相手の出方、萌えもんがわからない以上、こちらもアドバンテージを持つ必要がある。

 

「これより本日最後のバトルを始めます!」

 

 ドーム上のバトルフィールドに、砂と岩が敷き詰められており、さながら天然の荒野である。岩が多いのはジムリーダーである剛司が有利に立つためであろう。俺のような挑戦者は、こういう仕掛けをも打ち砕いていかねばならない。

 

 そして、実況の声がマイクを通して会場内に響き渡る。周囲を軽く見渡してみれば、観客席は満員だ。盛況じゃないか。

 

「受けて立つのはもちろん、本日3度の戦いを経て尚疲れを見せないニビシティジムリーダー、剛司!」

 

 俺とフィールドを挟んで向かい合っている壇上の上で剛司が手を挙げる。同時、割れんばかりの歓声が開場を轟かす。

 いいね、ぞくぞくするぜ、こういうのは。

 

 自然と震えてくるのを落ち着かせる。

 そして観客が静まるのを待ってから、実況は続ける。

 

「続いて、本日最後の挑戦者は、またもやマサラタウン出身者のファアル!」

 

 俺には歓声なんぞ起こらないだろう。そう思っていたから驚いた。

 俺の時もまた同様に――いや、それ以上に歓声が巻き起こっていた。客席を見てみれば、レッドとグリーン、ブルーも最前列に座って俺を応援してくれている。

 

 ……ありがとうよ。心強い応援だ。

 

「では、バトルの前に剛司から発言があるようです」

 

 実況者が剛司にマイクを渡す。

 剛司は受け取ると、真っ直ぐに俺を見て言う。

 

「俺は今日これで4回目の戦いになる。だが、受けたからには全力でいかせてもらう。これまで以上にな」

 

 その目はしっかりと、俺を見据えていた。必ず倒す。その意思を込めて。

 ひしひしと伝わってくる戦意にいてもたってもいられなくなる。

 

 同様に実況者からマイクを預かる。

 大きく息を吸い込む。

 言いたい事なんてのは、ひとつだけだ。

 

「正直、ブルってる」

 

 その言語で開場内から失望感にも似た空気が漂うがわかる。

 だけど、構うものか。

 

「――あんたと戦うのが楽しみで仕方ねぇ。楽しみで楽しみで、笑えてきやがる」

 

 俺はきっと、笑みを浮かべていただろう。

 憧れていた萌えもんトレーナー。その第一歩を踏み出した時よりももっと、昂っているのがわかる。

 

 未知の敵と戦うのが楽しみで楽しみで仕方がない。

 だから、真っ直ぐに指をさして宣言してやる。

 

「本気で来い。今からてめぇのバッジを奪ってやるよ」

 

「……いいだろう」

 

 気のせいか、剛司の表情が笑ったかのように見えた。そして、おもむろに自分の持っていたホルダーを外し、別のホルダーを取り付けた。

 

 設置されたモニターに表示されたボールの数が2個から4個まで増える。戦力に出来る数にして、俺の倍いる計算になる。

 

「さぁ、ゴングを鳴らしてくれ」

 

 唖然とする実況者に告げ、剛司は壇上よりフィールドへと降り立つ。それだけで、何故か会場がどよめいた。

 ボールを取り出し、剛司は俺に真っ直ぐ突きつける。

 

「本気で行くぞ、挑戦者」

 

 俺もまた、ホルダーからシェルのボールを取り出し、真っ直ぐに剛司へと突きつける。

 

「当たり前だ、岩使い(ジムリーダー)」

 

 俺達は互いに小さく笑みを浮かべ、

 

「それでは、ニジシティジムリーダー戦――」

 

 同じように振りかぶり、

 

「ファイト!」

 

 勝負を開始した。

 




決戦はまた次回。

遅くなりましたが、感想・ご指摘ありがとうございます。まだこちらを使いこなせていないため、この場にて感謝を。題名やシチュエーション含めて少しずつ改善していきますので、暖かく見守って下されば幸いです。それでは、また次回に。

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