萌えっ娘もんすたぁ ~遙か高き頂きを目指す者~   作:阿佐木 れい

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カスミ戦! 例によってカスミさんも漢字表記です。


【第八話】ハナダ――水を制し、己に打ち勝つモノ

 ――翌日。

 日が中天に差し掛かる頃、俺は外にもざわめきが聞こえてくるハナダジムを見上げていた。

 約束の時間まで幾ばくもない中、一度大きく深呼吸した後、頬を両手で叩いた。

 

「うわ、痛くないの?」

 

「大丈夫だ、リゥのより痛くない」

 

「――へぇ」

 

 さて気合も入った事だし、相棒にぶっ飛ばされる前に行くとするか。

 俺たちの戦いの場所へ――

 

   ■

 

「あのっ!」

 

 それは俺がジムに挑む数時間前だった。

 夜も明け、ようやく緊張してきた俺にコンが詰め寄ってきたのだ。

 

「あ、ああ。どうしたんだ?」

 

 たった数日の付き合いだが、見た事もない勢いに少し面食らいながら姿勢を正す。

 するとコンは何かを言おうと言葉につまり、やがて小さく俯いた後、勢いよく首を横に振った。

 まるで、自分の中に浮かんだ甘い誘いを打ち消すかのように。

 

「……技を教えて欲しいんです」

 

「技を?」

 

「はい」

 

 俺が思いついたのはひとつだけ。そう、オツキミ山で拾った古い技マシンだ。一度使えば完全に壊れてしまうほど、ボロいものだが……。

 

「お、お願いしますっ!」

 

 そうして、頼んできたコンは真っ直ぐに俺を見つめていた。

 決意を宿した瞳で。顔を紅潮させながら、でも一度足りとも目を逸らしはせずに。

 もちろん、俺としても拒む事はないのだが、

 

「それは別に構わねぇ。でもな、覚えるためには何か代わりに忘れないと無理だぞ?」

 

「えっ?」

 

 ジムリーダー戦、そして萌えもんリーグにおいて使用出来る技は4つまで。これはバトルを公平にするために定められてた制限でもある。

 萌えもんは様々な技を覚えるので、全部使えるようにすれば決着がつかず、またルールを細分化出来ないためだ。

 コンは既に登録してある。戦ってもらうかどうかはともかく、念のため登録しておいたのだ。棄権も認められている事だしな。

 登録の変更はまだ効くはず。今からならば間に合うだろう。

 

 今コンが使えるのは――

 

「火炎放射、吼える、噛み付く、尻尾を」

 

「吼えるでお願いします」

 

 きっぱりと。

 コンは迷う事無く使わない技を告げた。

 だがその技は、コンをずっと守ってきたもののはずだった。

 

 何がコンを変えたのかはわからない。

 だが、事ここに来てコンはもう戦っていた。何よりも強い敵と。

 自分も一歩進めるのかもしれないと。

 

 だから俺に出来る事はひとつだけだった。

 

「わかった」

 

 コンの背中を押す事。トレーナーである俺に出来るのはそれだけだから。

 

「よろしく、お願いしますっ!」

 

 技マシンをコンの頭にセットしながら思う。

 絶対に負けられない、と。

 

 

   ■

 

 

 受付で必要事項を確認した後、挑戦者は控え室へと通される。

 備え付けられたテレビからは昨日見たハナダジムの光景が映し出されている。

 恐ろしく簡単に言えば、ハナダジムはプールだった。ストレートにイメージを伝えようとするなら、競泳用のプール会場とでも言えばわかると思う。

 

 観客席から先はずっと水だ。水深がいくらあるのかはわからないが、立って足が着くような深さで無いのは間違いない。そして、会場から控え室へと繋がる扉から真っ直ぐにプールを縦に割るように人一人分の幅の通路がある。

 

 ジムリーダーである香澄の扱う水タイプにとっては、有利すぎるバトルフィールド。シェル以外は文字通り水上戦に持ち込まなければ勝ち目は低いだろう。

 

「……嫌な地形ね」

 

「同感だ」

 

「たのしそー!」

 

 両手を上げて楽しそうなのがひとりだけ。

 

「当てにしてるぜ」

 

 はしゃぐシェルの頭を撫でる。

 そして、

 

「……」

 

 コンは黙って、テレビを見ていた。

 もし戦えたとして、このフィールドで一番辛いのはコンだろう。炎タイプはただでさえ水タイプに弱い。それに加え、足場も少ないのだ。考え得る限り最悪の相性だ。

 

 だけど……コンの性格を考えると、やはり出せない。普通の戦闘でさえまともに戦えないのに、不利な条件ばかりの今回では分が悪い所じゃない。はっきり言ってしまえば、リゥとシェルだけで勝ち進むくらいで考えていかなければならないだろう。

 

 だが、それでもやらなければならない。

 負けるためではなく、勝つために。

 

「それではこれより、ハナダシティジム戦を開始します。挑戦者の方は、ご入場下さい」

 

 呼び出しと共に立ち上がる。

 

「――行くぜ」

 

 リゥ、シェル、そしてコン。

 頼もしい仲間たちに声をかけ、控え室の扉を開ける。

 さぁ、行こうか。二つ目のバッジを手に入れる戦いに――。

 

 

   ■

 

 

 扉を開くと、水の匂いが立ち込めていた。

 広いプールの上に申し訳程度につけられた足場。俺の場合は控え室から、そしてジムリーダーの場合は俺のちょうど向かい側となる扉の前にトレーナーの陣地が設置されていた。

 

 そして、その先は先ほどビデオで見たような作りだった。小柄な萌えもん2体が並んで通れるほどの通路だが、予想より不安定さは無いようだった。しっかりとプールの底まであるのか、プールに起こっている小さな波程度では微動だにしていない。

 

「さて、今回も始まったハナダジムリーダー戦! 今日の挑戦者はただひとり――」

 

 観客席近くに陣取った実況者が俺へと腕を向け、

 

「マサラタウン出身のファアルだ! 昨日からマサラタウン出身者が立て続けに戦いを挑

んできている。それぞれが面白い戦いをしていたが、果たして今回はどうなるか非常に楽しみだ!」

 

 どうやらグリーンだけじゃなく、レッドやブルーもここを勝ち抜けたらしい。ったく、俺も負けていられない。

 そして――

 

「迎え撃つは我らがハナダシティジムリーダー」

 

 颯爽とプールの中から跳び上がったのは、髪を頭の上で小さくまとめた少女だった。俺より若いが、レッド達よりかは歳を取っている。しかしまだ少女と呼んでも差し支えない年齢の女の子だった。

 ビキニ姿の少女は扉付近にかけてあったパーカーを羽織ると、マイクを持って俺へと真っ直ぐに指を指して宣言した。

 

「私はハナダシティジムリーダー、香澄! あのね、貴方!」

 

 真っ直ぐに俺の挑戦を受け止めて、堂々と胸を張っている。

 

「萌えもん育てるにも、ポリシーのある奴だけがプロになれるの! 貴方は萌えもん捕まえて育てる時、何を考えてる?」 

 

 バトルが始まる。

 香澄の言葉を聞きながら、一度目を閉じて大きく息をつく。

 

「私のポリシーはね……」

 

 ボールを手に取る。最初に繰り出すのは決まっている。

 

「水タイプの萌えもんで、攻めて攻めて――攻めまくる事よ!」

 

 行け――

 

「ハナダシティジムリーダー戦、」

 

「シェル!」

 

「アズマオウ!」

 

「開始!」

 

 俺と香澄、2体の萌えもんが開始の合図と同時に解き放たれる。

 香澄が繰り出したのはアズマオウ。トサキントの進化系で、水中での素早い動きと頭についた凶悪な角が特徴の萌えもんだ。水中に特化した萌えもんなため、陸上に打ち上げてしまえば無力になるが、そう簡単にはいくまい。

 

 そしてこういう場合、まずは先手として――

 

「ふふん――お手並み拝見と行こうじゃない」

 

 不敵に笑みを浮かべる香澄は予想通り、水中戦に持ち込む気のようだった。

 

「お、お? おおおお!」

 

 対するシェルはといえば、久しぶりの水に期待しているようだった。

 確かにここしばらくは水とは縁がない場所ばっかりだったからな……。

 

 しかし戦力として考えると、アズマオウの機動力にシェルが到底敵わないのは間違いない。いくら水タイプとはいえ、シェルは元々水中でも動きまわるタイプの萌えもんではない。アズマオウのような相手は同タイプといえど相性が悪いのだ。

 

「シェル、久しぶりの水だ! 楽しんで行こうぜ!」

 

「いいの、いいの?」

 

 期待に目を輝かせるシェルにGOサインを出す。

 すると、シェルは速攻で飛び込んだ。

 さぁ、本番はこれからだ。

 

 どうやらこのジムは水中戦も想定しているようで、きっちりとモニターには水中の様子が映し出されている。

 気泡を立たせながら潜るシェルと、自由自在に動きまわるアズマオウの姿が見える。

 これが今の戦力差だ。絶対的不利な状態で勝つには、いくつかパターンがあるが……。

 

「さ、こっちから行くわよ。アズマオウ!」

 

 どうやらどこかにスピーカーがつけられているのか、それとも俺たちの姿が見えるのか、アズマオウはカスミの指示に従ってそのスピードを上げていく。ともすれば、渦が起こってしまいそうな程に速い。

 しかし俺の声やらは届くのだろうか。

 と、

 

「大丈夫よ。マイクとかモニターとか付けてあるから。ここはジム以外に競技用としても使ったりするからね。万全よ」

 

「ありがとよ」

 

 ジムリーダーさんからお墨付きを貰った事だし、遠慮無く行くか。

 アズマオウは水中を縦横無尽に泳ぎ回っている。その速度は当然ながらシェルが捉えられる範疇を越えている。

 だが、水中だからこそその動きは限られてくる。

 地上では受ける事のない制限のために、自然とアズマオウの行動も予測しやすくなる。

 つまり――

 

「つつきなさい、アズマオウ!」

 

 角を使った愚直なまでの突進。相手より遥かに速さがあるアドバンテージを一番利用出来る攻撃方法といえば、それしか無い。

 

 だからこそ、付け入る隙はある。

 

 角でつつく。シンプルな攻撃だが、それに速さが加われば純粋な力として作用する。だが、逆にその攻撃は近付かなければ意味がなく、点の攻撃でしかない。

 例えどれだけ速く動いても、その一点だけは変わらない。

 

「シェル、殻に篭れ!」

 

 俺の指示は無事に届いてくれたようだ。シェルは殻に篭ると、流れに乗って水中を移動していく。

 

 シェルはまだ子供だ。いくら水の萌えもんといえど、元は海底で暮らす萌えもんだからこそ、水中での動きは緩慢になってしまう。だからこそ、アズマオウの起こした流れに乗る事が出来る。

 

 そうなると、アズマオウも好奇を逃す事になる。こうなれば持久戦だ。だが、それはこちらとて望む所じゃない。

 

 俺が待ち望むのは――

 

「シェル、下方向、水鉄砲!」

 

 俺の指示を聞き届けたシェルが画面に向かって僅かに殻を開く。

 シェルが頷いたように見えた後、動きがあった。

 

「はんっ、水中でそんな技使うなんて焦れすぎでしょ、貴方。この勝負、いただくわ!」

 

 突撃耐性に入るアズマオウ。向かう先は、シェルの僅かに開いた殻だ。

 

 ――かかった。

 

 それこそが狙いだ。堅い殻に身を守られている獲物を狩るなら方法はふたつしかない。殻ごと破壊するか、殻の開いた瞬間を狙うか。

 香澄は良く仕掛けてくれたものだ。こうして一点で狙ってくれれば、こちらも回避は出来る。

 

「い、たいけど、げっちゅー!」

 

 シェルは僅かに身を動かし、アズマオウの一撃をかろうじて交わす。が、それでもダメージは受けたようでモニターに表示されている体力が僅かに減った。

 

 だが、全く動じずにシェルはアズマオウの身体を掴むのと同時に、最大出力で水鉄砲を

発射した。元来からの水鉄砲の威力に加え、アズマオウのお陰で起こった水流も合わさり、シェルは一瞬にして水上へと踊り出る。だが、これで終わりじゃない。

 

 更に高く。前列の観客席が見上げるほどの高さまでアズマオウと共に上昇する。

 

「な、何よあれ……」

 

 香澄に告げるべく、更に指示を下す。

 

「シェル、アズマオウを放せ! 次いで水鉄砲、上方向!」

 

 上昇したシェルが飛び込んだのは通路のすぐ隣だった。僅かばかり流されはしたが、それでも通路の近くなのには変わりがない。

 つまり、ここからなら狙える手段がある。

 

 方法は一度試している。なら――

 

「更に、殻に篭れ!」

 

 水流を利用して勢いをつけ、更に殻に篭ることでダメージを上乗せする。

 

「ぴぎゃっ」

 

「アズマオウ!」

 

 アズマオウが悲鳴を上げるがもう遅い。スピードに乗ったシェルはアズマオウの上に乗り、そのまま通路へと真っ直ぐに落ちていく。

 

「――1体目」

 

 為す術なく叩き付けられるアズマオウ。水中戦に特化したが故に、何も出来ずに斃れ臥す。

 

「撃破――」

 

「げきはー」

 

 ぴょん、と小さくジャンプしてシェルが通路へと降り立つ。後には、ぐったりと倒れているアズマオウの姿のみ。モニターに映された体力も尽きてしまっている。

 俺はシェルにサムズアップ。シェルもまた、「ぐ~」と親指を立てて返してくれた。

 

「……嘘、何なのよ。あの戦い方――剛司の奴、とんでもないなんてレベルじゃないわよこれ」

 

 香澄はアズマオウをボールに戻すと、次の萌えもんを繰り出すべくボールに手をかけた。

 さぁ、次は何が来るか……。

 

 

    ■ 

 

 

「はは、面白い試合しよるやんけ」

 

 マサキは観客席から感嘆の声を漏らした。

 シェルダーとアズマオウ。戦力としての差もそうだが、不利な水中での戦いでこうも見事に勝ちを攫っていくとはさすがに予想していなかった。

 

「予習がてらニビジムのも見たけど……こりゃ面白いわ」

 

 自分の家にいきなりやってきた珍妙なトレーナー。見に行くと約束した手前こうしてやってきたわけだが、なかなかどうしてマサキの予想を期待以上に裏切ってくれた。

 

「ファアル、か。今年の萌えもんリーグは荒れそうやな」

 

 いち萌えもんファンとして。そして、萌えもん研究に携わる者としても、マサキは純粋に心が踊る。

 

「しっかし香澄、昨日負けまくったせいか、最初から容赦してないやんけ。あの布陣、四天王とかと戦う時のやん」

 

 香澄が次に出した萌えもんを見て、マサキはため息をついた。

 

 

    ■

 

 

「お願いね。行け、カメール!」

 

 次いで香澄が繰り出したのはカメール。ブルーでお馴染みゼニガメの進化系だ。

 丸みを帯びた顔が成長して凛々しくなっており、より攻撃性を増した印象を受ける萌えもんである。

 

 そしておそらくこのカメール、アズマオウとは違い陸上にも適応しているはずだ。一筋縄ではいかないだろう。

 シェルの水中戦は先ほどのように期待は出来ない。カメールも水タイプだ。おそらくシェルよりかは動きは良いと予想出来る。

 

 ここでリゥとバトンタッチするか否か。

 しばしの間思考し、

 

「一旦交代だ、シェル!」

 

「らじゃ!」

 

 シェルを交代。代わりにリゥを。

 

「ばっちり決めるわ」

 

「――リゥ、気をつけろ。あのカメール、嫌な予感がする」

 

「……諒解」

 

 俺の小声に頷いて、リゥは前に出た。

 

「ミニリュウ、か。貴方珍しい萌えもん持ってるじゃないの」

 

「はっ、自慢の相棒だ」

 

 しかし相手のカメールがどんな技を使うのかは未知数だ。水タイプの萌えもんは、総じて近いタイプの氷タイプの技を覚えられる。剛司のカブトのような技を出されれば、足場が少ないのを考えるとリゥにとっては致命打になりかねない。

 果たして。

 

「じゃ、今度はこっちが勝たせてもらうわ。カメール!」

 

 俺の予想は当たった。

 

「冷凍ビーム! やっちゃいなさい!」

 

 やはり覚えていたか。

 リゥは迎え撃つ気満々のようだが、はっきり言って相手が悪すぎる。

 弱点に加えてカメールというゼニガメの進化系だ。今の足場が悪い状態で相手をするには相性が悪すぎた。

 

「くらえーっ!」

 

 カメールから冷凍ビームが繰り出される。瞬時にして凍結させる技は、水面とて例外ではないようだ。瞬時にして氷が張られ、まるでスケートのリングのようになっていく。

 一直線に進む冷凍ビーム。回避出来る場所は……無い。

 抜け出せる可能性は――

 

「イチかバチか、だな。納得してくれるかだが、背に腹は変えられないか」

 

 俺はさっき前線してくれたもうひとりの相棒を手に取り、宣言する。

 

「リゥ、シェルと交代だ!」

 

「えっ?」

 

「頼む、シェル!」

 

 シェルはリゥの前へと踊り出ると、冷凍ビームをその身に受けた。

 だが、水と氷タイプを持つシェルにはそれほどダメージは無いようだった。

 

「ちょっとどういう事よ、私は!」

 

「――勝つためだ」

 

 詰め寄ってきたリゥにそれだけを告げる。

 

「……わかった」

 

 わかってるさ。甘かったのは俺だ。戦う気で満ちていたリゥを下げたのも俺の判断だ。

 

「もう少し、もう少しだけだ……挽回してみせるさ」

 

 拳から血が出そうなほど握りしめる。

 アズマオウにカメール。香澄の布陣を考えると、残り2体はより強力な萌えもんとなるだろう。この戦闘を無傷で切り抜けるくらいはしないと後に響く。

 しかしさっきから頭がフル回転しているが、打開策はほとんど見い出せない。どれも綱渡り状態だ。

 だが、やらなければならない。俺は、勝つためにここにいるのだから。

 

    ■

 

 そんなファアルの後ろ姿を眺め、コンは呟いた。

 

「……御主人様」

 

 後ろで見ていたからこそわかったから。

 彼の戦いを――。

 

    ■

 

 かメールは冷凍ビームの効果が薄いと判断するや、即座に肉弾戦に切り替えてきた。

 

「体当たりよ! 進化した強さってのを見せてやりなさい!」

 

 香澄の指示を受け、滑るように走るカメール。しかし亀は亀。その動きはやはり遅い。

 周囲には冷気が満ちており、シェルのいる地点まで水面は凍り付いている。

 

「シェル、氷に乗れ!」

 

「らじゃ!」

 

 通路から外れたシェルは氷の上へと。思った通り、シェルの体重では氷はビクともしな

い。

 うっすらと冷気が漂う中、更に指示を下す。

 

「水鉄砲!」

 

 立ち止まりこちらへと向きを変えたカメールに向かって水鉄砲を。当然、水タイプなのだから効果は薄い。

 

「はんっ、何よその苦し紛れ。カメール、冷凍ビーム!」

 

 だがカメールは動きが遅い。加えて、氷の上に乗ってしまえば重さで割れてしまうだろう。即ち、遠距離攻撃しか方法が無い。

 更に、冷凍ビームで水鉄砲を凍らせてしまえばシェルの動きを封じられると踏んだのだろう。もちろん、そんなのは剛士戦で学習済みだ。

 

「わわ、またー!」

 

 シェルにしては二度目だろうが、慣れるようなもんでもないだろう。慌てる前に引っ込める。

 

「戻れ、シェル! 更に交代、リゥを!」

 

 これで勝つ布陣は整った。ありがとうよ、香澄。狙い通りだ。

 

「その自慢の相棒、やっちゃうわよ!」

 

 香澄は再び冷凍ビーム。こちらへと向き直ったカメールはリゥへと向かって発射する。

 当たれば負けは必須。

 

 なら簡単だ。当たらなければいい。

 

 オニスズメと同じように上へと逃げれば第ニ射でやられる。かといって、動かなければやられる。なら、自分で道を作ればいい。

 予め来る攻撃がわかっているのなら、回避は容易い。

 

「リゥ!」

 

 俺は真横を指差し、

 

「叩きつけろ!」

 

 振り下ろした。

 リゥも意図を汲みとってくれたのか、通路から水へ――いや、氷となった水面へと跳び、氷を叩き割った。更に、

 

「まだまだ! 叩きつけろ!」

 

 今度はカメールへと。

 空中で体勢を立て直し、砕け散った氷をカメールへと向かって弾き飛ばす!

 さしものカメールもこれには対処出来なかったらしい。

 

「あーもー、カメール、殻に篭もりなさい!」

 

 殻にこもってやり過ごすカメールを他所に、リゥはさっき凍った水鉄砲の上に着地する。

 隙は出来た。一瞬だが、見逃すわけにはいかない。

 

「叩きつける!」

 

 今度はこっちの番だ。

 自慢の身軽さで跳んだリゥは一瞬にしてカメールとの距離をつめ、

 

「はあっ!」

 

 俺の指示通りに、真横へと叩きつけた。

 

「は?」

 

 これには香澄も目が点になった。

 何しろ、本来誰もが使う「叩きつける」という技は、そのまま地面に叩きつける使い方がほとんどだからだ。

 

 だが、カメールが殻に篭っている以上、一撃では沈まないのは予想出来た。加えて、相手はこちらを封じる術を持っている。

 

 なら、間髪入れずに追撃しなければこちらが負けてしまう。

 

「リゥ!」

 

「諒解!」

 

 更にリゥは跳ぶ。通常ならば追撃は不可能だった。何故ならば、通路以外は水面だからだ。だが、カメールの冷凍ビームの余波によって凍りついた水面は違う。一度だけなら――乗るのは無理でも追撃としてならば足場に出来る。

 リゥの脚力によって氷が割れる。

 

「2体目」

 

 手を真横に勢い良く振り切る。

 同時、カメールに肉薄したリゥはカメールと壁へと向かって叩きつけた。

 

「撃破」

 

 叩きつけると更にプラスのダメージ。これでカメールは、

 

「なんと……カメールの体力、ゼロになりました……」

 

 撃沈する。

 

 ばしゃん、と水しぶきを上げて着水するリゥ。しばらくしてから水面に上がったリゥは寒さで震えていた。

 だが、そんな事よりも――

 

「素晴らしい――濡れた服が素肌に張り付いて実に」

 

「そのまま逝けぇっ!」

 

「あらぬ!」

 

 俺は扉とキスをした。

 しかし、これで何とか半分だ。シェルの体力も少ないし、リゥも苦手な相手が多くなるだろう。

 後ひとり、コンがいるが……現時点では何とも言えない。そもそも、戦えるのかどうかすらわからない。

 状況はどう考えても、不利だった。

 

 

    ■

 

 

 倒れたカメールを戻して香澄は聞こえないように嘆息した。

 自分の萌えもんにぶっ飛ばされる姿を見ながら、思う。

 

「ほんっと、負けたくない!」

 

 次のボールを取り出し、香澄は心を踊らせながら投げる。

 さぁ、次はどんな戦いが出来るのだろうか。

 

 

    ■

 

 

 香澄は俺を見て楽しそうに笑っていた。

 

「くそ、笑うかよ、ここで」

 

 だが、面白いのは確かだ。

 これだけ不利な状況になってもまだ"諦める"なんてのを塵ひとつの可能性すら考えていない俺も大概なんだろう。

 

 いいぜ、やってやる。弱点だらけのこの状況、ひっくり返してやるさ。

 

「ふふん、次行くわよ!」

 

 言って、香澄が投げたボールから出てきたのは、

 

「行きなさい、ニョロボン!」

 

 ちょうどお腹の辺りに螺旋を描いたような服を纏い、手の先にはグローブのようなプロテクターをつけた萌えもん。水タイプでも屈指の格闘戦向きのニョロボンだった。

 

 ニョロボンは両手拳を正面で打ちつけて、強敵の到来を楽しみにしているようだ。既にやる気充分と言った所。

 相手が相手なだけにシェルでは分が悪すぎる。ここはこちらもインファイターを出すしか選択肢は無い。

 

「続投、いけるか?」

 

「当然、誰に言ってんのよ」

 

「だな。頼むぜ」

 

「任せない。負けるわけにはいかないんだから!」

 

 頼もしいもんだ。

 だが、ニョロボンはニョロモ、そしてニョロゾから更に進化した萌えもんだ。その強さ、技ともに全てこちらを上回っているだろう。

 

 そして恐れるべきはその格闘戦だ。おそらくこちらに対しての決定打となる技を持っているに違いない。まともに打ち合えばこちらの負けは必須だ。

 正面からは愚策。正攻法で勝てる相手でもない、か。

 

「全力でいくわよ、ニョロボン! 冷凍パンチ!」

 

 ニョロボンはその大柄な身体からは想像出来ない俊敏さでリゥとの距離を詰める。

 振りかぶった拳からは冷気が発せられており、的確にこちらの弱点をついてきている。

 

「リゥ、正面から当たるなよ! 回避、ついで電磁波!」

 

「わかってる!」

 

 ニョロボンの体躯は小柄なリゥから見れば威圧感と合わさって山のようになっているだろう。

 だが持ち前の負けん気の強さで捩じ伏せてくれているようだ。リゥは後ろへと跳び、電磁波を放つ。

 

 が、それだけだった。

 例え電磁波が効いていたとしても、相手はこちらより遥かに格上なのだ。格闘戦を得意とする萌えもんの本領発揮はここからだった。

 

「捩じ伏せなさい!」

 

 まさしく重戦車だった。電磁波によって麻痺寸前の身体を無理矢理動かし、リゥ目がけて渾身の力で拳を振り下ろしたのだ。

 これにはさしものリゥも驚いたようだった。

 

「くっ、この――!」

 

 だがこちらに打開策があるわけでもない。咄嗟にガードしたリゥだったが、勢いは殺せず後方へと吹っ飛んでいく。

 

「リゥ!」

 

 何とか体勢を立て直したリゥは俺の近くで着地したが、ガードした部分は冷気を発していた。後ろに跳んでいたのが幸いしてかクリーンヒットではないが、それでもきつい一発を貰ったのは間違いない。

 モニターに表示されるリゥの体力もかなり減っている。

 

「大丈夫、まだやれる!」

 

 リゥは真正面を向いて告げる。

 

「私は勝つって言った。勝ち続けて強くなるの。だから、相手がどんなのだろうと、負けない、負けてたまるもんか」

 

 それはまるで、自分に言い聞かせているようだった。

 ともすれば、震えだしそうな膝を鼓舞するかのように。

 

「――リゥさん」

 

 コンはそんなリゥの背中をじっと見つめている。

 

「……イチかバチか、乗るか?」

 

 未だに光明は見出せていない。だが、それでも勝たねばならない。

 万全を期して挑めないのならば、分の悪い賭けでも打つしか方法がない。当たれば逆転も可能だが――

 

「それやれば勝てるの?」

 

「勝てるかもしれない、だな。お前だってわかってるんだろ、相手の強さを」

 

「――まぁね」

 

 でも、と。

 

「あの手の相手ならまだ大丈夫よ。少しは慣れてるから」

 

 一瞬だけこちらを見たリゥは、覚悟を決めた瞳だった。

 それはあの時――マサラで出会った時に見た瞳と同じだった。

 強敵に打ち破れ、壁にぶち当たり――それでも尚負けたくないと。立ち上がりたいと思っている強い目だ。

 

 おーけー、上等だ。

 

「あいつに肉薄してくれ。一撃も貰わずに、だ。たぶん――」

 

「一発かわせば潜り込める、でしょ?」

 

「ああ」

 

「わかった。やってみる。……ううん、やってみせる」

 

 リゥが何のために強くなりたいと思っているのか。

 俺にはまだわからない。リゥの強くなりたいという願いの根源を俺はまだ知らない。

 

 だだ、そんな俺でもわかる。ニョロボンは、リゥが超えるべき壁のひとつなのだ。

 だからこそ、震えている身体を抑えつけて立つ。やがては自分が倒したい、乗り越えるべき存在へと追いつくために。

 

「作戦会議は終わった?」

 

 香澄は腕を組んで真っ直ぐに俺を見ていた。

 自信満々に。今度こそ撃ち砕く。そう意思を込めて。

 

「ああ、お陰様でな!」

 

 リゥはまだ動ける。勝つ意思がまだ灯っているのなら、どうにかするのが俺の戦いだ。

 ニョロボンの攻撃は単調だ。おそらく香澄もそれをわかっているだろう。

 

 だが、わかっていて押し通している。不利な足場を利用しての正面からの問答無用の一撃。回避する足場が限られている一本道の通路であるならば、これほどの驚異はなかなか無い。

 

 加えて、格闘戦に秀でたニョロボンの突進力もある。並大抵の萌えもんでは、ニョロボンが立ち塞がるだけで萎縮していまうだろう。それほどのプレッシャーを持っている。

 

 逃げたら勝てない。

 

 なら、こちらも向かうだけだ。後退出来ないなら、前に進むしかない。元より、後退する気も無い。

 

「リゥ、竜巻だ! 四方に分散! 集合!」

 

「諒解!」

 

 剛司戦のプテラと同じ要領で竜巻を生み出す。都合4本。小規模だが、萌えもんを持ち上げるだけの力は持っている。

 更に、

 

「前進! 突っ込め!」

 

 通路を挟む形で2本。更にニョロボンの後方へと大きく回る形で2本の竜巻が移動する。

 

 

    ■

 

 

「竜巻、か……当たれば厄介だけど」

 

 香澄は即座に頭の中で判断する。

 竜巻の威力。相手の作戦。そしてこちらの戦力。

 

「ま、結局はひとつしかないのよね」

 

 香澄は自嘲の笑みを浮かべ、ニョロボンにもう一度冷凍パンチを命じる。

 例え竜巻が来ようと地震が起ころうと雷が落ちようとも、香澄の戦略は変わらない。

 何故なら――

 

 

    ■

 

 

「私のポリシーは水タイプの萌えもんで攻めて攻めて……攻めまくる事なんだから!」

 

 香澄の指示を受け、ニョロボンは突進する。

 拳を振り上げ、向かい来るリゥを今度こそ仕留めんと裂帛の視線を眼前の敵へと注いでいる。

 

 だが、リゥも止まらない。

 竜巻を従えて、立ち塞がる壁へと真っ直ぐに立ち向かう。

 

「リゥ、竜巻を先行! 挟み込め!」

 

 リゥと並走していた竜巻をまずは当てる。

 だが、この程度ではニョロボンの移動をかろうじて抑えるだけだ。初めに当てた電磁波が効いているだろうが、それでも多少大きい岩にぶち当たった程度でしかないようだった。

 

「残り二、竜巻を合流!」

 

 そして背後へと回りこんだ竜巻をひとつにさせる。この時点で、リゥは体力をかなり消耗していまっている。これ以上の無茶は出来ない。

 

 だが、まだだ。こんなのはまだ準備段階だ。

 本領はただひとつ。イチかバチかの賭けは次の瞬間にこそかかっている。

 

「頼むぜ、リゥ」

 

 信頼する相棒の背に、俺は小さく呟く。

 果たして。俺の言葉は届いたのだろうか。

 

「ニョロボン、決めちゃいなさい!」

 

 竜巻で多少勢いが削がれたものの、それでも立ち止まらずニョロボンはリゥへと迫る。

 冷気を纏った拳が振り下ろされる。

 当たれば負け。小柄なリゥは弱点属性と相まって一撃で敗北となる。

 

 だが、俺の信じる相棒は――

 俺が信じたパートナーは――

 

「私は、負けない……!」

 

 リゥが身を捩る。あたかもそれは何度も何度も繰り返された動作のようだった。

 ずっとずっと――それこそ何千何万と繰り返された愚直なまでの練習のように。

 ニョロボンの拳は、リゥの身体を避けるかのように外れていった。

 

「っ、やった!」

 

 だけど、終わりじゃない。

 この瞬間を。

 ニョロボンの懐に潜り込める瞬間を待っていたのだから。

 

「リゥ!」

 

 電磁波もほとんど効果が見られない。竜巻も捩じ伏せるニョロボンに、物理攻撃が効くとはとてもじゃないが思えない。

 なら、物理じゃないダメージを与えればいい。

 即ち、

 

「龍の息吹!」

 

 こちらも、その無防備な土手っ腹に切り札を切らせてもらう!

 

「このタイミングで大技!?」

 

 一撃では仕留められない。肉薄していれば即ちニョロボンの独壇場を意味する。だからこそ放った大技に驚く香澄。だがまだだ。

 何のために竜巻を背後へ回したと思っている。

 

「リゥ、上だ!」

 

 龍の息吹によって浮いた上体のニョロボンを後ろから迫っていた竜巻が掻っ攫う。

 すぐに離脱していたリゥは後退し、俺の指示通りに上を向く。

 

 そして竜巻に飲み込まれたニョロボンは、竜巻の性質に従って上へ上へと上昇し、やがては解き放たれる。

 その瞬間こそ、

 

「格好の狙い目って事だ!」

 

 そう、ニョロボンは接近戦に重きを置いた萌えもんだ。それ故にウェイトもあり、だからこそ空中で咄嗟に動作が取れない。

 俺は真っ直ぐに腕を上へと掲げ、告げる。

 

「龍の息吹!」

 

 リゥによって更に追撃を食らったニョロボンは、空中で黒い花火を咲かせる。

 

「――3体目」

 

 ぽつりと。リゥが小さく、だがその場にいた誰もが聞き取れる声で告げる。

 

「撃破だ!」

 

 俺の宣言と共に、ニョロボンは倒れ伏した。

 イワークですら一撃で沈めた大技を二発。それがニョロボンに対して支払った代償だった。

 

 

    ■

 

 

 会場がどよめいた。

 その響動きの中心にいる男を見て、マサキは笑みを隠せなかった。

 たった2体。手持ちのロコンはおそらく香澄にとって敵にすらなるまい。

 

 だからこそ、会場内にいた誰もが驚いていた。

 ハナダシティジムリーダー。香澄が普段挑戦者を相手に使う萌えもんとは遥かに強さが違うアズマオウ、カメール、そしてニョロボンをただ一体の敗北すらなく退けてみせたのだから。

 しかし、

 

「さて、いよいよ最後の一体やけど……倒せるか、お前に」

 

 なぁ、ファアル。

 盛り上がりを見せる会場の中、マサキは過去に見た光景を思い出す。

 あの、まさしく切り札ともいえる萌えもんの存在を。

 

 

    ■

 

 

 香澄がニョロボンをボールに戻すのを見送ってから、リゥを下げさせた。

 ここまで何とか3体を撃破したが、こちらは満身創痍の状態だ。シェルもリゥも、後1発貰えば落ちる。

 それだけのダメージを受けてしまっている。

 

 最後の1体。おそらく香澄にとってジョーカーとなるべき萌えもんに違いない。

 ともすればコンに頼ってしまいそうな自分に慌てて首を降る。コンは戦えない。もし戦おうとしてくれても、極度の緊張が支配するこの場所ではコンの精神が焼き切れてしまう。

 

 リゥ、シェル。こちらが使える萌えもんは2体だけだと考える方がいい。

 弱音は吐かない。見せるわけにもいかない。

 

 俺はトレーナーだ。だから、最後まで勝利を信じて、どれだけ確率が低かろうと手繰り寄せなければいけない。

 

「……御主人様」

 

 コンに笑みを返し、頭を撫でる。

 

「勝つさ。見てろよ」

 

 拳を握りしめる。気がつけば、汗でべっとりしていた。やれやれだ。

 俺は気合を入れるために掌に拳を打ち付ける。

 

「よし、行くぜ」

 

 こくりと頷いてくれるリゥ。シェルもまた、ボールの中で頷いてくれたようだった。

 

「……正直、ここまでやるなんて思ってなかったわ」

 

 そんな中、香澄が告げる。

 最後のボールを持って。

 

「だけど」

 

 いよいよ、ハナダシティジム、最後の戦いが始まる。

 

「勝つのは私よ! 行きなさい、スターミー!」

 

 香澄の切り札を持って。

 ボールから出たスターミーはヒラヒラと服をはためかせ、音も無く着地した。

 その自信に満ち溢れた笑みに、敗北の二文字は無い。

 

「ここに来てスターミーか」

 

 スターミー。ヒトデマンから進化する萌えもんで、水とエスパータイプを持つ萌えもんだ。

 先程のニョロボンが格闘戦に秀でていたのならば、スターミーは逆に中・遠距離を得意としている。加えて、香澄の育てた相棒だ。一癖も二癖もあるに違いない。

 

 勝機があるとすれば、リゥの近接戦闘なわけだが……そう簡単に距離を詰めさせてくれるのかどうか。

 

「――頼むぜ、シェル!」

 

 時が待ってくれるわけでもない。

 俺はシェルを出して様子を見る事にした。

 

「まだまだいけるー」

 

 シェルも疲労が見え隠れしているが、それでも気力はばっちりあるようだった。

 まずは様子見といきたいところだが、はっきり言ってこちらにも余裕はない。

 

 ――速攻しかない。

 

 スターミーとの距離はかなり開いている。この距離を一気につめるのは不可能だ。だが、水に潜ってもスターミーの方が動きは速いはず。

 真正面から挑むのは愚策。ならば、

 

「シェル、水鉄砲! 飛べ!」

 

「りょーか――お、およよ?」

 

 だが、それも終わる。

 都合、おおよそ15メートル。その距離を、なんら詰める事無くスターミーは攻撃してみせた。

 

「うふふ、残念ねお嬢さん。サイコキネシスですわ」

 

 スターミーの両目が怪しく光る。

 

「貴方は確かに強い。正直、並大抵のトレーナーじゃない。でもね、何度だっていってあげる」

 

 香澄が真っ直ぐに、会場中に宣言するかのように右手を挙げる。

 

「わわ、うごけないー」

 

「シェル!」

 

 まさか、サイコキネシスで動きを封じられている?

 シェルはまるで十字架に貼り付けられたかのように上空へと浮遊する。水鉄砲を出して抵抗するも、同じ水タイプのスターミーにダメージはほとんど無い。

 

「私は香澄。ハナダシティジムリーダーの香澄よ! 貴方が全力で挑んでくるのなら」

 

 そして、香澄は指示と共に掲げた右手を振り下ろす。

 

「全力で撃ち砕く! それが私の戦い方よ!」

 

 同時、閃光が走る。

 

「み、みぎゃああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そのあまりの光量に思わず腕で目を覆ってしまった。

 会場が地響きで揺れる。

 

「シェル! おい、大丈夫か!」

 

 閃光はすぐに納まったが、未だに定まらない視界で呼びかけると、まるで答えるかのようにしてゆっくりとシェルは降下してきた。

 

「じ、じびれだ~~~」

 

 ぷすぷすと煙を上げながら目を回している。

 

 シェル、撃破。

 

 激戦を戦い抜いてくれたシェルは、ここでリタイアとなった。

 ボールに戻し、改めてスターミーを見やる。

 立ち位置も何も変わっていない。シェルの水鉄砲で多少動いただけで、数センチ程度の変化しかない。

 

「おまけに雷、かよ」

 

 電気タイプの技でも最強クラスに属する技だ。それをいとも容易く使用してみせた。おまけに、サイコキネシスで動きを封じた上での攻撃なのだから、こちらも回避しようがない。

 

 まさしく最後を飾るに相応しい萌えもんだ。さっきのニョロボンが可愛く見えてくる強さではないか。

 

「勝機はある?」

 

「……」

 

「だと思った」

 

 はぁ、とリゥは嘆息し、前に出る。

 シェルの次は自分だと。

 

「あの――」

 

「私はね」

 

 さっきの光景を見たからであろう。コンがリゥを制止しようとしたのを遮り、リゥは告げた。

 

「強くなりたいの。だから立ち止まりたくない。例え相手がどれだけ強くて、高い壁だったとしても」

 

 果たしてそれは後悔だろうか。

 リゥと俺は違う。俺は挫折しかけ下を向いていたが、リゥはそれでも何度も這い上がった。どれだけ抑えつけられても上を向き続けた。

 

 だからこそ、本質的にリゥは強い。単純な強さではなく、戦う事においての強さを持っている。

 

「私は、立ち向かい続ける。そりゃ悔しいけど、負けるくらいはいい。でも、自分にだけは負けたくないから」

 

 そう言って、リゥは通路まで歩き、立ち止まった。

 今から倒す。

 無言で相手に告げながら。

 

「リゥさん……」

 

「あいつ、強いだろ?」

 

「……はい」

 

 でも、と。

 コンは自分に足りないと知っている。リゥの持っている強さこそ、自分が持っていない強さなのだとわかっている。

 

「いいんだ、コン」

 

「ふえっ?」

 

「"強さ"なんての人それぞれだ。何が一番強いかってのじゃないんだ。大切なのは、これだけは曲げられない。これだけは曲げちゃいけない。そう思えるものがあるって事だ」

 

 俺もそうだ。ずっとくすぶり続けていた想い。幼い頃に夢見ていた背中を目指す夢だけは捨てたくなかった。だから、後生大事にこんな歳まで抱え込んでしまっている。

 

 だが、それでいいと思う。

 それぞれに、それぞれの想いがあるように。

 俺たちに、俺たちの夢があるように。

 絶対に負けられない戦いがあるのだから。

 

「コンにもあると思うぜ? 見つけるのは、ちと難しいかもだけどな」

 

 はは、と笑い、前を向く。

 さぁ、行くぜ相棒。

 

「……しかし、どうしたもんか」

 

 厄介なのはやはりサイコキネシスだ。あの技でシェルのように動きを封じられてしまってはこちらはどうしようもない。

 

 しかも、まだ相手の手の内を完全に見れていない。サイコキネシスに雷。どちらも必殺の一撃なのには変わらないが、まだ奥の手は持っているはずだ。間違いなく水タイプの技はあるとして……残りひとつは何だ。

 

 もし。

 もしそれが氷タイプの技ならば――

 リゥは満身創痍だ。カメールにニョロボン、共に弱点をつかれる戦いを強いられている。

 

 相手の動きを封じた上で、必殺の一撃を見舞う。単純な戦法だが、破れなければ敗北する。

 だが、逆を言ってしまえば、相手にこちらの攻撃を封じる手段は無いという事でもある。サイコキネシスも万能ではあるまい。何かしらの穴はあるはずだが。

 

 見極められるか、俺に。

 

 スターミーの一挙手一投足を見落とさないようにしなければなるまい。同時に、リゥにどう立ちまわってもらうか。

 

「来ないならこっちから行くわよ、ファアル!」

 

 香澄が哮る。今の状況で先手を取られるのはまずい。 

 

「リゥ、下方向、叩きつけろ!」

 

 同時に、リゥは跳ぶ。跳躍による移動。

 サイコキネシスで見極めたいのはふたつ。

 

 ひとつは、効果がどこまでの範囲に及ぶのか。これがもし俺の予想通りなら、勝機はある。

 

 そしてもうひとつ。サイコキネシスが発動出来るタイミングだ。

 こじ開けるための穴はどこかに必ずあるはずだ……!

 

「スターミー!」

 

 一気に距離を詰めるリゥに向かって、

 

「冷凍ビーム!」

 

 やはりか!

 通路は真っ直ぐだ。カメールのような回避の方法も難しい。

 加えて、こちらが回避すればサイコキネシスの良い的になるだろう。

 

「――距離、か?」

 

 ただ単に香澄がこちらをサイコキネシス以外の技で迎え撃ったという可能性もある。

 だが、シェルより距離のあったリゥに対して弱点を攻めるのを優先したというのは何か理由があると思いたい。

 

 次にひとつ。

 

「リゥ、下方向、叩きつけろ! 次いで龍の息吹!」

 

「諒解!」

 

 冷凍ビームを回避し、上空からスターミーへと向かって必殺の息吹を吹き出すリゥ。

 咄嗟に判断したスターミーは、しかしタイミングが合わなかったのか身を動かして回避し、水中へと着水した。

 

 これでひとつ。

 

 おそらく、ふたつの技を同時には繰り出せない。距離が近付いたのにも関わらずサイコキネシスが放てなかったという事は、技の最中は無防備になるのだろう。

 加えて、

 

「リゥ、電磁波だ!」

 

 水中へと向かって電磁波を放つ。

 地上とは違い、水中は伝播する。スターミーも無事ではいるまい。

 

「スターミー、水の波動!」

 

 水中よりの奇襲。

 電磁波を浴びたスターミーはそれでも止まらない。

 突如として水面が泡だったかと思うと、小さな渦となって襲い来る。

 

「このっ!」

 

 水中に落ちればこちらに勝ち目はない。

 リゥは後ろへと跳んで何とか回避すると、水から出てきたスターミーと再び向かい合った。

 

「これで揃ったか」

 

 ひとつ。サイコキネシスは同時に発動出来ない。

 

 ふたつ。スターミーの覚えている技は、サイコキネシス、雷、冷凍ビーム、水の波動の4つ。

 

 そして不確定だが、サイコキネシスには距離がある。

 

 だが、リゥは近接戦闘型だ。さっきは接近しかけたが、今度も上手くは行くまい。

 スターミーも電磁波による痺れがあるのか、動きが多少ぎこちなく見えるが、それだけだ。

 未だに与えられたダメージはシェルの水鉄砲のみ。ダメージなどほとんど無いと言っていい。

 

「それで打開策、見つかったの?」

 

「――もう少しだ」

 

 リゥの息が上がりかけている。

 香澄にも見抜いたのだろう。指を立てて宣言した。

 

「後1分よ。それでそのミニリュウ、撃破してあげるわ!」

 

 得意気に告げる香澄に内心かき乱されるが、俺が慌てるわけにはいかない。

 むしろ、今にもスターミーに飛びかかりそうになっているリゥを制止しなくちゃいけない。

 

「落ち着けよ、相手の作戦だから」

 

「――そうしたいけど」

 

 リゥの体が震えている。

 怒りを堪えているんだろう。元々プライドが高いから仕方ないのかもしれないが……ここで誘いに乗れば敗北は必須だ。

 

 頼む、耐えてくれ。

 しかし俺の願いも虚しく、

 

「所詮どれだけ頑張ってもミニリュウはミニリュウなのよ! 私のスターミーの敵じゃないって事、教えてあげる!」

 

「この――!」

 

 キレた。

 リゥは香澄の挑発に見事に乗り、スターミーへと突進する。

 あの馬鹿が!

 

「リゥ、待て!」

 

「待たない!」

 

 そうして、リゥはまんまとスターミーの"距離"へと足を踏み入れてしまう。

 最も使われたくない技を香澄は告げる。

 

「サイコキネシス」

 

 スターミーの目が光る。

 やはり視線も重要だったか。

 だが、今わかったとてもう遅い。

 

「くっ、この!」

 

 リゥは藻掻くも、身体はぴくりとも動かない。

 そのまま上空へと持ち上げられていく。

 

「マズい……」

 

 これではシェルの二の舞だ。

 だが、それでも完全にこちらの動きを阻害するわけじゃない。まだ口は動く。

 なら!

 

「リゥ、龍の息吹!」

 

 こちらを視線で射抜いているのなら、相手だって動けないのと同じだ。

 

「い、けええええええ!」

 

 リゥの口から敵を倒さんを放射される。

 だが、それでもスターミーは動こうとしなかった。

 

「スターミー」

 

 例え直撃しようとも、リゥを空中に張り付けにしている。

 それはまるで罪を犯した者を裁く裁判官のように。

 香澄は冷酷に判決を下した。

 

「冷凍ビーム」

 

 サイコキネシスの効力が切れる。

 そして放たれた冷凍ビームは真っ直ぐにリゥを射抜き――

 

「あああぁぁぁぁ――っ!」

 

「リゥ!」

 

 こちらの闘争心を根こそぎ凍てつかせるかのように、無慈悲な現実を突きつけた。

 

「ミニリュウ、撃破よ」

 

 香澄の言葉と共にモニターに表示されるリゥの体力もゼロへと。

 慌てて駆け寄ると、リゥの意識はまだあった。

 いや、それ以上に、

 

「……まだ、まだやれる」

 

 立ち上がろうとしていた。

 冷え切った身体で。戦うだけの力ももう残っていないというのに。

 それでも、リゥはまだ立ち上がろうとしていた。

 目の前の壁を倒すために。

 

「リゥ、もういい」

 

 これ以上の無理はさせられない。

 残りは戦いを恐怖しているコンのみ。ジム戦に連れて行く事で少しでも慣れてもらおうかと思ったが、さすがに無理だ。

 

 シェルもリゥも戦闘不能。

 悲しいが、これが現実だ。

 

「嫌、よ……絶対に、負けないんだから……わたし、は」

 

 身体を抱えていた俺を押しのけようとしているが、普段の力なんてどこにもない。どこまでもか弱い力だった。

 

 ――棄権しかない。

 

 俯き、俺が視線を上げたその時だった。

 

「……」

 

 次は自分だと。

 俺に背中を向けて、コンが立っていた。

 

「コン、お前……」

 

 見れば、コンの身体は震えている。断じて、恐怖に打ち勝ったわけじゃない。

 だけど、

 

「は? 貴方それロコンじゃない。ほんと何で連れてきたのかわかんないけどさ、ひとつ簡単な事教えてあげようか?」

 

 呆れた香澄の声、そして会場から溢れ出す失笑。

 当然だ。香澄に言われなくても、誰にだってわかる自然の摂理だ。

 そんなのは誰にだってわかる。

 それでも、

 

「いい? 炎タイプの萌えもんは水タイプの萌えもんには勝てないの。だってそうでしょ? 火は水で消えるんだから」

 

 失望の眼差しと悪意がざわめき出した会場の中で。

 それら全てが自分へと向けられている中で。

 コンは震える身体で、しかし俯く事無く真っ直ぐに前を向いていた。

 いや、戦っていた。

 

「コン、あんた……」

 

 突き刺さる視線でも、目の前にいる強敵とでもなく。

 足が竦み、震えだし、逃げ出したいと思う自分自身と戦っていた。

 

 一歩も退かずに、逃げて隠れ続けていた臆病だった自分と。

 

 例え誰かに馬鹿にされようと。

 

 例え誰かに認められなくても。

 

 俺が――仲間でありトレーナーである俺が信じてやらないで、誰が信じるんだ。誰が、コンと一緒に歩もうと――戦おうというのだ。

 

「うるせぇ、黙ってろ!」

 

 俺の声が会場中に響く。

 ビクリと身を竦ませるコンの背中に、俺はたった一言告げる。

 

 コンが一番欲しい言葉を。

 

 コンの背中を押す言葉を。

 

「――勝つぞ」

 

「はいっ!」

 

 叩き折れるなら折ってみろ。

 

 叩き伏せられるなら叩き伏せてみろ。

 

 俺たちが教えてやるよ。

 

「少し休んでてくれ、リゥ」

 

「……わかった」

 

 俺と一緒に下がったリゥは、立ち止まりコンへと向かって、

 

「絶対に勝ちなさいよ、コン」

 

「勝ちます、必ず」

 

 リゥなりのエールを送った。

 コンの声に震えはない。

 これならいける。

 シェルとリゥが見出してくれたスターミーの弱点。

 そして何よりも――博打に等しいが勝てる策がひとつある。

 

「コン、火炎放射!」

 

「はい!」

 

 大きく息を吸込み、コンは最大出力で火を吹き出す。急激な温度差で火炎放射の周囲が陽炎の如く揺れ動く。

 だが、香澄は意に介したわけでもない。

 

「スターミー、水の波動!」

 

 即座に火を打ち消した。

 だが、シェルの使用する水鉄砲のように単純な威力はそれほど無いようだった。火炎放射を浴びて蒸発した水が、冷凍ビームの余波で冷え、湯気となって立ち込め始める。

 決着を付けるぞ、香澄。

 

「怯むなよ、コン! まだまだ火炎放射!」

 

 だが、火炎放射はこちらの決め手ではない。

 噛み付くとメガトンパンチ。勝負を決めるのはこれらふたつの技になるだろう。特に、"噛み付く"はエスパータイプに効果がある。が、狙うには距離をつめる必要がある。

 

「だから、無駄だって言ってるでしょ!」

 

 次々と消されていく火炎放射。

 だが、リゥの電磁波の影響か、何度か打ち消せずにスターミーは被弾していき、ジワジワと削られていく。

 立ち込める湯気。熱気を持った空気が俺の場所まで流れてくる。

 

「この、鬱陶しい! スターミー、サイコキネシス!」

 

 来たか。

 

「は、わわ! う、動けないです!」

 

 痺れを切らした香澄が虎の子を使用する。

 浮き上がっていくコン。

 視界が悪くなりつつある中で、未だサイコキネシスは健在だ。

 

 だが、

 

「……狙い通りだ」

 

 コンにもう一度指示を下す。

 

「コン! 火炎放射を最大出力!」

 

 身体の動きが封じられても、吐息のように噴射する技が出せるのはわかっている。

 スターミーの使用するサイコキネシスはあくまでも対象の身動きを封じるためのものだ。何故なら、ハナダシティジムのフィールドはプールで、サイコキネシスによって操るものなど何もないからだ。しかも唯一操れる固形物である氷は、コンの放った火炎放射の熱気によって既に溶けているし、よしんば残っていたとしてもコンに近付く前に溶かされてしまう。

 

 即ち、スターミーの――いや、香澄の選択肢などひとつしかない。

 

 サイコキネシスの後に、水の波動。

 

 火は水に勝てない。その一点こそ、香澄が勝利を確信している部分だ。

 加えて、コンが勝つにはスターミーに肉薄しなければならない。

 

 絶対に封じられた距離。

 その距離をこじ開けるには、無理矢理突き進むか、異表を突く他ない。

 香住は勝利を確信している。その証拠に、腕を真っ直ぐに掲げ、今度こそ勝利を決めるために必殺の指示を下す。

 

「スターミー、水の波動! 火が水に勝てないって事、思い知らせてやりなさい!」

 

 放たれる必殺の一撃。

 高熱の火と水とがぶつかりあり、猛烈な湯気を発生させながらせめぎ合う。

 だが、それでもスターミーの勢いが強い。

 

 そもそもコンの火炎放射は息だ。長時間放てる技ではない。

 狭まる距離。

 一瞬にして撃ち破れた均衡はコンを呑み込むべくひた走る。

 

「コン!」

 

 だから、俺は告げる。

 

「自分自身に負けるな!」

 

 しかし無情にも、スターミーの放った水は火炎放射もろともコンを呑み込んだ。

 熱せられ蒸発した水が瞬時にして冷やされ、湯気となって上空に立ち込める。

 即ちそれが、コンが撃ち負けた証でもあった。

 見る間に減っていくコンの体力を見、香澄は高らかに宣言する。

 

「これでわかったでしょ? タイプって重要なの。水タイプに勝ちたいなら炎タイプじゃなくて、電気とか草とかにするのね。ま、それでも私は勝つけどね!」

 

 事実上の勝利宣言だった。

 会場の誰もが香澄の勝利を疑わなかった。スターミーでさえ、警戒と解いている。

 

 だが。

 俺だけは違った。

 まさかこうまで作戦通りに展開してくれるとは思わなかった。

 

「ふっ……ははは! 確かにその通りだ。火は水で消える。ガキでもわかる当たり前の事だよなぁ!」

 

 だから俺は教えてやる。

 単純に。

 そんな道理を持って壁となって立ち塞がる奴に。

 

「――だがな、ひとつ教えてやるよ、水使い」

 

 思い描いた自分になるために。

 決意を持って自分と戦い続けるという意志を。

 自分の足で立ち、自分の意志で向かい合う勇気を。

 遥か遠い強さを追い続ける強さを。

 

「小学生でも学ぶお勉強だ。良く覚えておけ」

 

 真っ直ぐに。

 上を目指し続ける誇りを。

 どれだけくじけても、嘲笑われても――消えることのない本物の炎ってやつを!

 

 そいつは俺の十八番だ、香澄。

 頂点を指差し、告げてやる。

 

「"蒸発"――火が水を消すんだよ!」

 

「なっ――」

 

 上空から湯気を突き破る。

 スターミーが慌ててコンへと向く。

 

 だが――

 

「遅ぇ、噛み付けぇ!」

 

 会心の一撃。

 だが、まだ終わりじゃない。これではスターミーは沈まない。

 即座に気を取り直した香澄がいる。

 

「くっ、スターミー、水の波動!」

 

「コン!」

 

 コンがその場で身体を撚る。

 スターミーは動かない。いや、動けない。

 鉄壁だった戦略。

 絶対に負けないはずだった布陣。

 それらが崩れ去り、更にリゥの電磁波によって身体も麻痺状態に近い。

 更に、

 

「――まさか、怯んで!?」

 

 奇襲による一撃は怯ませるには充分だ。

 

「メガトン――」

 

 コンは更に一歩踏み出す。

 内なる自分を倒すために。

 恐怖に震える自分を目覚めさせるために。

 渾身の力で。

 

「パンチだぁぁぁっ!」

 

「アアァァァァァァ――――!」

 

 スターミーを殴り飛ばした。

 腰を捻り、踏み込んだ理想とも言える姿勢はまるでコンの決意をそのまま乗せたかのように、凄まじい威力だった。

 

「スターミー!」

 

 そしてスターミーはそのまま壁へと突き刺さり、

 

「――4体目」

 

「撃破、ですっ!」

 

 俺とコンの宣言が、バトルの終了を告げた。

 

 

   ■

 

 

 試合の後、俺と香澄は互いに向かい合っていた。

 静寂に包まれる会場の中、香澄は右手を差し出した。俺はその右手を握り返す。

 

「良いバトルだったわ」

 

「同感だ。さすがジムリーダー」

 

 そうして俺たちは笑い合い、あっさりと手を離した。

 

「じー」

 

 少しだけ名残り惜しかったが、どうにも背中の視線がムズムズしたので考えない事にする。 

 

「で、これが約束のバッジよ」

 

 手渡されたバッジは、水のように綺麗に澄んだ色をしていた。

 剛司のグレーバッジが岩を連想させるなら、まさしく水を連想させるバッジだ。

 

「バッジを集めてるって事は萌えもんリーグを目指すんでしょ?」

 

「まぁな」

 

 その頂に、乗り越えたい男がいるのだから。

 俺の夢は、その場所にこそあるのだから。

 

「期待してるわ。貴方がいれば今年の萌えもんリーグは面白くなりそうだから」

 

 任せとけ。

 そう言って俺はもう一度香澄と握手を交わし、背を向ける。

 

「さ、行こうぜ」

 

「はいっ」

 

 元気よく頷いたコンと、少し回復したのか自力で立ち上がったリゥ。

 リゥは俺の手元をじっと見ていたが、やがて手を差し出してきた。

 

「バッジ、貸して」

 

「ん? ああ」

 

 リゥにバッジを手渡す。

 またグレーバッジのように付けるのだろうか、と思っていたらコンへと向かってバッジを差し出した。

 

「えっと」

 

 戸惑うコンに恥ずかしいのかそっぽを向きながら、

 

「今回、勝てたのはあんたのお陰だしね。だから、あんたが付けなさい」

 

「は、はぁ……」

 

 コンは俺を一度見上げ、リゥの様子に苦笑しながら俺が頷きを返すと恐る恐るといった様子でバッジを受け取り、胸につけた。

 

 炎タイプの萌えもんに澄んだ色のブルーバッジ。

 

 アンバランスに見えるが、それはまるでコンが一歩進めたのを称えるかのようにも見えた。

 

「さ、行くか」

 

 まずは萌えもんセンターで傷ついた身体を癒して。そして、次のジムを目指す。

 だがそれよりも。まずは今の勝利に酔いしれよう。

 

 もっと強くなるために。

 いつか、自分自身にも誇れる強さを手に入れるために。

 そのために、俺たちは前に進む。

 

「あの、リゥさん!」

 

「何よ」

 

「ありがとうございます!」

 

「……ふんっ」

 

 仲間たちと主に。一歩ずつ。

 

 

 

                               <了>

 


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