夜闇に包まれた海に、もう何度目か分からない大きな水柱が吹き上がる。
「さあ、さあさあさあ踊れクソガキ!!逃げてばかりの腰抜けに、俺が倒せるかな!!」
サンズは嘲笑うような口振りでレンゲを煽り立てながら、『それら』に命令を下す。
「仰角よし、主砲───撃てェッ!!続いて爆撃機、発艦用意ッ!!火力と質量の暴力で押し潰せッ!!」
その一声で辺り一帯を震わせる程の砲撃を行ったのは……爬虫類のような、頭蓋だけの化け物。
サンズの艤装である。しかも球磨達の時とは違い、2体の砲撃と爆撃による波状攻撃。
レンゲはその持ち前のスペックでギリギリ攻撃を避けてはいるが、余りの攻撃の激しさに反撃に移ることが出来ない。
もしサンズの艤装がもう一体増えていれば、今頃レンゲは殺されていただろう。
(くそ、一瞬でも立ち止まったら砲撃に巻き込まれて死ぬ!!かといって反撃も上からの爆撃で潰される!!どうすりゃいいんだよ!?)
八方塞がりの戦況に思わず舌打ちするレンゲ。
だがそれだけではない。何よりも彼女を苛立たせたのは、サンズが明らかに手を抜いていたことだ。
「どうしたおチビちゃん!!そこの女の命を守りたいんならネズミみたくチョロチョロ動き回っていないでかかってこいよ!!」
霧秀が押さえつけている天竜を一瞥して更なる挑発を行うサンズ。その両隣では彼の艤装が砲撃の用意と爆撃機の発艦を淀みなく続けている。
先程からずっとこの調子である。レンゲはとうに彼の艤装が自動で攻撃を行うことを見抜いていた。
確実に殺すならサンズ自身も攻撃に加わっているはずだ。彼の右手にはショットガン型の艤装が握られているのだから。
あえてそうしないのは───嗜虐心によるものか、あるいはレンゲの覚悟を試しているのか。
どちらにせよ、サンズの匙加減によって生死を握られているという現実に、レンゲは己の力不足を呪った。
(畜生ッ!!こいつを止められなかったらまた三宅島のようなことが繰り返される!!もう四の五の言ってられる場合じゃないッ!!)
もう体力も限界に近い。しびれを切らしたサンズが天竜を殺す可能性もある。
そして、
「最後通牒だ、クソガキ!!これから10秒後にあの女を殺すぞッ!!」
サンズのその言葉が、レンゲの迷いを絶ち切った。
「ッ、う、ああああああああああああああッ!!」
それまで逃げ腰だったレンゲが一転、全速力でサンズの元へと疾走する。
その行動にサンズは手を叩きながら笑い声を上げる。
「いいぜそうこなくちゃなァ!!さあ、倒すべき悪は目の前だぜ。お前に覚悟があるならなんとかしてみせろッ!!」
その言葉と共にレンゲに標準を合わせた艤装がその
同時に上空を旋回していた爆撃機が一斉に降下、レンゲに爆撃を見舞おうと襲い掛かる。
その圧倒的な殺意を前にしても、レンゲはそのまま走る速度を緩めずに突き進み───次の瞬間、大きな水柱が屹立した。
辺り一面に塩辛い雨が降る中、サンズは骨と鋼の艤装を散開させる。
(尻尾で海面を叩きつけて、爆撃機と俺の目を掻い潜りつつ海中へ潜航……ってところか)
サンズの鋭い目は、闇夜の中であってもレンゲが尻尾を海面に叩きつける瞬間を見逃しはしなかった。砲弾が直撃したのは、レンゲが海中に潜航した直後である。
(成る程、考えたな。確かに海中なら専用の艤装がない限りは位置の特定は不可能、夜なら奇襲の成功率は更に高くなる)
おまけにレンゲは深海棲艦。泳ぐスピードは想像出来ない程に高速であり、普通の相手ならばなす術なく撃破されていただろう。
事実、すでにレンゲはサンズのすぐ側まで迫り、その長大な尾の艤装の砲口をサンズへと向けていた。
そして、急速に浮上しながら砲撃による奇襲を行おうとした瞬間───。
「ま、対策はしてるんだけど」
深海に潜んでいた
その威力は凄まじく、レンゲの体勢を無理やり『く』の字の逆に変え、その肋骨にひびを入れる。
(がっ!?……かっ……!?)
そのまま空中に放り投げられ、レンゲは頭から海面に転落した。
余りの衝撃に意識が混濁するが、それだけに留まらず、何者かに襟首を掴まれる。
「残念。お前の覚悟より俺の実力が上という訳だ」
当然、リヴァイア・サンズである。
尻尾による攻撃が出来ないよう、レンゲの艤装を踏みつけて動けないようにしながら片手でレンゲの体を吊り上げた。
「ぐあッ……くそ、離せ……」
「嫌だね。お前は負けた、そして俺は勝者だ。勝者が負け犬の命令を聞く訳がないだろ?」
「誰が、負け犬、だ……」
「負け犬だよ、お前は。俺が手を抜いてたのは分かってただろうに」
冷徹に、サンズは言い放つ。先程までの調子がまるで嘘のように淡々と、冷静に。
「そもそも手を抜かれて負けるのもアレだが、状況の判断も行動もクソだったね。
敵に煽られて攻撃なんて俺からしたらバカのやることだよ。あそこで余計なダメージ負わなきゃ勝てたかもしれないのに。
だが何より酷いのは判断だよ。本当に仲間を救いたいんだったら見捨てて撤退すべきだった」
「見捨てる……なん、て……出来ない……!!」
だからお前は負け犬なのさ、とサンズは冷徹さを保ったまま断言した。
「まずこの戦況において大事だったのは情報だ。お前は唯一無事でありながら相手側に
ここでお前がこんなことしなきゃ、多くの人間が助かったかもしれないのに」
サンズの残酷なまでに理詰めの正論は、レンゲの心に大きなひびを入れた。
「……俺が、こんなことしたから……皆、死ぬ?」
「そう。お前は皆を守ると言っておきながら……結局、殺したことになるのさ」
「違……ここで倒さなきゃ、沖縄は」
「万が一俺を殺したとしても、こちらには数という最大の戦力がある。遅かれ早かれ結末は同じだ。
お前が情報を伝えていれば、死人は出るが住民の脱出という手段も取れたかもしれないのにな」
それもこれも一人のせいで全てなくなったとサンズはレンゲの顔を見据えて言い放つ。逃げ場などどこにもない。レンゲに残されたのは、言い様のない後悔と恐怖、そして絶望である。
カタカタと震えながら、レンゲは焦点の合わない思考を巡らせる。
俺は天龍達を見捨てるべきだった?球磨達を殺されたことに怒りを覚えるべきではなかった?違う、これは理性で割り切れるものめはない。
逃げるべきだった?違う、違う違う違う!!天竜が殺されるのを黙って見ていられる訳がない!!
この行動で沖縄の皆は死ぬことになる……!?知らなかった、思いもしなかった。考えもしていなかった!!
気づくべきだった、もっと早く!!俺は、俺は──────俺は、どうするべきだった……?
「お前は気付いてるはずだ。────何もすべきではなかった。何もしなかったなら、良くはならないにせよ……酷くはならなかったろうに」
堂々巡りのレンゲの思考を、サンズは彼女が直視することが出来なかった事実を突きつけて絶ち切る。
それは同時に、ギリギリで保っていたレンゲの心を……粉々に打ち砕いた。
「ぁ─────ア、アァアァァァアァアァァァァァッ!!」
刹那、少女の悲痛な叫びが夜空に響き渡る。
その痛ましい姿に天龍は思わず顔を伏せ、唇を噛んだ。
「……やりすぎたな」
霧秀が錆びた声でサンズに語りかける。
「……分かってるよ。とりあえずこいつの対処は保留にして……そこの女はどうする?」
「殺しは手間だ。手足の一、二本でも折って放置しておけばいい」
成る程、とサンズは霧秀の方を向いて話を聞いていたが……ふと、レンゲを掴んでいた手が掴まれるのを感じる。
振り返ると、レンゲがその白く柔らかい右手でサンズの鋼鉄にも似た質感の腕をがっちりと掴んでいた。
「……往生際が悪いな。そういう奴は嫌われるぜ?」
所詮は悪あがきと、サンズはもう片方の腕で引き剥がしにかかる……が、外れない。それどころかより掴む力が強くなってきている。
「……なんだ、こいつ……どこからこんな馬鹿力を……!!」
表情を伺おうにも深く被さったフードが顔を隠して見ることが出来ない。
だがサンズの勘は正しく理解していた。そしてサンズ自身に警告していた。
────「こいつはなにかヤバい」と。
@
────気付くと、俺は真っ白な空間にいた。
壁も空もなく、ただ白一色に塗り潰された世界に、たった一人でぽつんと立っていた。
「……ここは?」
『どこだろうね。私も分からないな』
ふっと喉から滑り出た言葉に対して背中の方返ってきた答えの主に思わず振り返る。
そこには、────
黒いコートの服、背中にはリュックサックに首にはマフラー。全てが俺と同じ服装だ。
ぱさり、と音を立てて被さっていたフードが落ち、その顔が
やはりというべきか否か、その顔は俺と同じだった。
「……誰だ?」
『私は────私。あ、でも
ニヨニヨとした笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへと近付いてくる
俺と同じ背丈であるはずなのに、その姿は何故か大きく見えていた。
『ねえ。少し貴方と代わりたいんだけどいいかなー。あんまり乱雑に扱われると私としても心外だからさー』
「代わるって、一体……そもそもお前は────」
俺が言葉を終わらせる前に、レ級は俺の胸をとん、と軽く叩いた。
刹那、俺の体が急激に重くなり、意識が朦朧とし始める。
「なっ……お前何をしたんだ……!!」
『何もー?ひょっとしたら心の奥底で『交代したーい』って思ったんじゃないの?』
そんなこと、と言いかけて思い出す。
ここに来る前の全て……そしてサンズに言われたことを。
「お前は気付いてるはずだ。何もすべきではなかった」と。
その言葉を思い出すと共に意識が途切れ始める。
そんな俺の様子を意に介することもなく、目の前のレ級は微笑を浮かべながら俺を見下ろしていた。
『まあ、ぐっすり寝ててよ。あなたの代わりに、私が後始末を付けてあげるから』
そんな言葉を最後に、俺の意識はぼんやりと暗転していったのだった────。
@
ギリギリと万力の如く腕を握りしめる力に、サンズの背中に一筋の冷や汗が走る。
(マジかよコイツ……深海棲艦ってことを含めてもこの膂力は異常過ぎる!!一体どこにこんな力が……!!)
「……サンズ!!
分かっている、と言いたかったが、サンズはもうそんな口を利く暇さえない状況にあった。
自由の利く方の腕で無理やり引き剥がしにかかってはいるが、少しでも力を抜こうものなら握られている腕が
目の前のレ級の力はそれほどまでに強まっているのだ。
過去幾度の死線をくぐり、数え切れない程の砲撃や爆炎、あらゆる攻撃を受けてきたサンズであっても『碗力で腕を折られる』なんてことは初めてだったのだ。
だからこそ彼は僅かに焦った。そしてその焦りが、『始まり』を見抜くのを妨げた。
「─────うふふっ」
「ッッ……!!」
フードの奥から覗く
目の前のレ級が、さっきとはまるで別物の存在に変化したようにしか見えなかったからである。
先程は良くも悪くも人間らしさを持っていた少女は、そこにはもういなかった。
代わりに現れたのは────ただただ純粋極まる、
突然、サンズの首もとから鮮血が噴き出す。
これを行ったのは、当然ながらレンゲである。だがその方法が異常であった。
(っ、なんて無茶苦茶やりやがる……
レンゲは空いていた左手を乱雑に振り回してサンズの首を引っ掻いたのである。
ただの引っ掻きでも、その圧倒的膂力を以てすればどんな刃物よりも残酷な武器に早変わりする。
「ご、が……!!」
だがそこはサンズも戦闘に慣れた存在。僅かに首を反らせ引っ掻きの傷を最小限の出血に留める。
……しかしそれはレンゲに掴まれた腕への注意を散らすこととなり。
「あはっ♪」
ベキッ!!という嫌な、しかしどこか心地よい快音と共にサンズの右腕はまるで大人が小枝を折るかのように容易く砕かれた。
「ぐ、お、~~~~~~~~ッッ!!!」
「サンズッ!!」
霧秀が組伏せていた天竜から手を離しサンズの救援に向かう。
それと同時にレンゲが着水、腰を入れた回転と共に尻尾によるフルスイングをサンズに見舞う。
激痛によって一歩行動が遅れたサンズは全力で防御の体勢を取る。折られて使い物にならない右腕を盾にした判断は咄嗟とはいえ最善であった。
「あはははっ!!」
────相手が圧倒的な暴力を持っていなければ、の話だが。
辺り一帯を激震させる程の轟音と共に、レンゲの尻尾がサンズの右腕ごと胴を捉え
(こっ……ま………死……ッ!!)
その余りの威力にサンズの意識は一瞬消し飛び、口から大量に吐血。それだけに留まらず弾丸のようにその体を弾き飛ばす。
そして勢いを緩めずに海面に叩きつけられ、それっきりサンズの体は浮いて来なかった。
「……サンズ………ッ!!」
「レンゲ……お前、一体……」
サンズの沈んだ先を見つめ、驚愕したようにその名を呟く霧秀。
一方、解放された天龍は自由に動かない体を引き摺りながらレンゲに弱々しく呼び掛ける。
……レンゲは。
「………あは、あははは♪」
……いや、レンゲであったレ級は。
「アハ ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
白い歯を剥き出しにして、おぞましく無邪気な笑い声を上げたのであった。
ハーメルンよ!!私は帰って来た!!(2年ぶりの投稿)
……いや本当にすいません。他の人の作品見てたら心が折れてました。前みたいな投稿ペースではありませんがちょくちょくやっていこうと思ってます。