トウコと『女神様』、両者の放ったキックがぶつかり合い、空中で互いに激しく押し合った。
「ううおおおおっ!!」
「…………!」
二人のパワーはほぼ互角と言ったところで、トウコのまとうオレンジ色のオーラと『女神様』のレモン色のオーラが拮抗している。ぶつかり合うお互いのエネルギーが衝撃波を生み、地面を揺るがした。
押し合う二人のまとうオーラがひときわ大きくなる。そして遂に、橙と黄色の混じったような色の閃光と共に、大爆発を起こした。
「ぐうっ……!」
生じたエネルギーの余波に、空中のグリーンハートも体を持っていかれそうになる。その衝撃に耐え、伏せていた顔を上げると、地上では変身の解けてしまったトウコが、同じく変身が解けて黒いドレス姿となった『女神様』をその小さな体で抱きかかえ、座り込んでいた。
「女神、様……ごめんね。本当、に……」
「トウコ……」
うなだれ、消え入るようなか細い声で、トウコは呟くように言う。彼女の腕の中で、『女神様』は動かない。グリーンハートも地上に降りると、二人の元へ歩み寄っていった。そして何も言わずに、少し離れた所で見守るように立っていた。
トウコに抱かれた『女神様』の体が、淡い緑色をした光に包まれていく。徐々に、その体の輪郭がぼやけていった。そして、
「彼女の体が……?」
「『女神様』……本当に、お別れ……なんだね」
二人の見ている前で、細かい光の粒子となり、彼女は昇華してしまった。緑色に輝く粒が、空中に消えていく。彼女の着けていたベルトが乾いた金属音を立てて地面に落ちる。その後には、『女神様』のいた痕跡は何一つ残っていなかった。
うなだれていたトウコが顔を上げ、グリーンハートの方を向く。その目には奥底に決意の炎が燃えていた。が、
「うぅっ!?」
「トウコ! どうしましたの!?」
突如、彼女は目を大きく見開くと苦しげにうめいた。グリーンハートが駆け寄ろうとするとトウコの背後から、
「おっと、動いちゃダメだよ。うっかり心臓を潰してしまうかもしれないからね」
「あなた、暗黒星……くろめ!?」
「お、お前……本、物……!」
もはや聞き間違えようもない声が響いた。いつの間にか、トウコの背後にクラックが開いており、彼女の背後に立ったくろめは、その小さな背中に右手を突き刺している。手を差し入れたまま、彼女は続けて言った。
「慧眼だねえトウコ。でもオレの接近に気付かないぐらいだ、もはや君に反撃する力なんて残ってないんだろう?」
「あ、うぅあ……」
「やっとだ、この時を待っていたよ。『禁断の果実』を手に入れるこの時を!」
「この……何て、卑劣な! 」
背中から血を滴らせ、トウコは息も絶え絶えにあえぐばかりである。グリーンハートは相手を睨みつけ、そう言い放ったが、くろめは涼しい顔で応じた。
「何とでも言うがいいさ。方法や過程なんてどうだっていい、『勝てばよかろう』なんだよ!」
そう言って右手を更に深く、トウコの体に差し入れる。とそこで彼女の表情が変わった。口角を上げ、急にくろめは笑い出す。
「ふ、はっはっはっはっは! ようやく手に入れた……『禁断の果実』のもう半分を! これでオレは『全能』の存在に……いっ!?」
が、その勝ち誇った笑い声は途中で途切れることとなった。彼女の胸に一振りの刀、その刃が突き立てられている。トリガーのついたその柄を握っているのは、
「や、やっと……つか、まえた!」
「トウコ……お前、どこに……そんな力が!」
「下手に動くと、危ないよ。 『全能』の力を前に……刺し違えて、死にたくは……ないでしょ?」
「ぐぬううううぅぅっ!!!」
トウコであった。くろめに背を向けたまま、いつの間にか手にした刀を突き刺している。血走った眼で悔しげにうめくくろめに、彼女は息を切らしつつも言い放ち、刀の柄を握る手に力を込めた。キッと結んだ唇の端から、一筋の血が流れる。
「無茶はおやめなさい! トウコ!!」
「……ベール、ごめんね。助けてもらって、ばっかりで。でも……こんな私でもあなたと、あなたの国の、ために!」
グリーンハートの言葉に応じると、彼女はもう片方の空いた手で、オレンジ型の錠前を刀のくぼみにはめ込んだ。そしてハンガーを閉じたその瞬間、くろめの表情が青ざめる。狂ったように彼女は叫んだ。
「やめろトウコォ! 心臓を潰すぞ!!」
『ロック、オン!』
「お好きにどうぞ。でも、あなたもここで終わりだよ!!」
『イチ、ジュウ、ヒャク……』
「トウコ! 馬鹿な真似はよしなさい!!」
刀から電子音声が流れる。口の中の唾と血を吐き捨ててそう言ったトウコに、考えるよりも先に体が動き、グリーンハートは駆け寄っていく。
彼女が走り出したのとほぼ同時に、くろめは差し入れた右手を勢いよく抜き取った。赤く染まったその手には黄金色に輝く、半分に割れたリンゴのような形をした果実が握られていた。彼女の顔が一瞬、喜びに輝いたが、
『オレンジチャージ!!』
「はああああぁぁぁっ!!!!」
絞り出すようなトウコの叫び声と共に、くろめの胸に刺さった刀身からオレンジ色の光が溢れ出し、何本もの光線が内部から彼女の体を貫いた。
「うわああああっ!! い、嫌だ……ようやく生き返った、のに……し、死にたくない! オレは、まだ、死にたく……」
くろめはそのまま後方へよろめき、その手から果実が転げ落ちる。何とも情けない、悲鳴のような声を上げつつ拾い上げようとするが、落ちた果実に触れる前に、彼女の指は先端の方から黒い粒子となって消滅を始めた。ひいっ、と彼女は息をのむ。
トウコは前方によろめきつつも背後を振り返ると、
「……終わりだよ、暗黒星くろめ」
「ふざけるなああああっ!!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああっ!! こんな、の……あああぁぁぁぁ」
そう言い放ち、そのままうつ伏せになって倒れ込むと、目を閉じた。一方でくろめの方は子供のように喚くが、体の消失は止まる気配も無い。やがて哀れな残響のみを残して、彼女の体は黒い粒子となって昇華し、完全に消え去ってしまった。その後に、空中からもう一つ、半分に割れたリンゴのような果実が地面に落ち、コロコロと転がる。
そこへグリーンハートが駆けつけ、倒れたトウコを仰向けに助け起こした。流れ出す血液が手足を染めるが、そんなことを気にしている場合ではない。頬を叩いて、彼女は呼びかける。
「トウコ! トウコ! こんな所で死んでどうするつもりなんですの!? ヘルヘイムは!? あなたの国と、民を救えなくしてこの世を去るつもり!? そんなの女神失格でしてよ! だから起きて、トウコぉ!!」
しかしその呼び声もむなしく、トウコは動く気配も、呼吸の兆しさえも見せない。手の中で、彼女の体が徐々にぬくもりを失っていくことが、グリーンハートには嫌でも感じ取れた。もはや手の施しようは無いのか、そんな考えが頭をよぎったが刹那、彼女は閃いた。
すぐそばに、トウコから抜き出された果実と、くろめの残していった果実が半分ずつ転がっている。
「『禁断の果実』は『全能の力』を秘めている……それなら、もしかしたら!」
グリーンハートはトウコを一旦地面に寝かせると、黄金色をした二つの果実を拾い集め、その断面を合わせると、まるで磁石が吸いつくようにぴったりと合わさり、一つの果実となった。
ついに完全な状態となった『禁断の果実』を手に、グリーンハートはトウコのもとへ再び駆け寄る。すると、果実がひとりでに彼女の手を離れ、宙に浮かんだ。意志を持っているかのように、倒れ伏すトウコのもとへ飛んでいく。そして『禁断の果実』は彼女の真上で静止すると、下降していき、胸の辺りからトウコの体内へ入り込んだ。
「お願いですわ、トウコ……どうか生き返って……!」
祈るような思いでその様子を見つめるグリーンハート。とその時、トウコの体に変化が起こった。不意に指先がぴくりと動き、続けて閉じられていたまぶたがゆっくりと開かれる。
そして、彼女は地面に手をついて体を起こした。辺りを見回し、そして今度は地に足をついて立ち上がった。くろめが手を差し込んだ背中の傷も、跡形もなく消えている。
「奇跡ですわ……奇跡が、起こった! トウコ! 無事で……」
彼女に駆け寄ろうとしたグリーンハートだったが、そこで踏みとどまった。はっきりとはしないのだが、違和感がある。今、目の前にいるトウコは『何か』が違う気がするのだ。
足を止めたグリーンハートの方を向くと、蘇生したトウコは笑顔と共に言った。
「ありがとうベール、『オレ』を蘇らせてくれて」
「なっ……!? その口調、その雰囲気……まさかあなたは……一体どうして!?」
グリーンハートは目の前のトウコ『らしきもの』に槍を向けた。