Attack on Titamon 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「……っ全く、何故俺がこんなことを……っ」
汗を流し、息を切らせながらも拓斗は蒸し暑い路地裏を走り抜けていく。もうほぼ日は落ちているとはいえ夏の暑さは変わらない。寧ろ湿度が高いせいで汗が滲んで不愉快極まりない。
佐奈との買い物中に見かけた緑色の影。あれはどう考えてもオーガモンだった。あの見た目だけでも子供が泣く外見に加え、デジモンだ。場合によっては大事件になりかねない。だからこそ佐奈を振り払って、彼を追いかけているのだが、
「見つから、ないッ……」
もう既に三十分近く走っているにも関わらず一向にオーガモンは見つからなかった。実際、一瞬見かけた緑の背中の方向へと走っているのだから、全然見当違いの方へと向かっている可能性がないわけでもないのだ。呼吸が乱れるのは止まらず、脚もまた止められない。運動が苦手というわけでもないが、得意でもないのだ。昔サッカーに興味があってやろうとしたが友達がいなくて速攻で止め、今では観戦するくらい。その他のスポーツもやっていないのだからあまり長時間の運動は中々の負担だった。
「っ、はっ、ふっ……」
勿論それで足を止めることはできないが。
そして、それからどのくらい経ったのか。恐らく、愚痴を零してからそれほど経っていなかったはずだが、いつの間にか日は落ち切っていた。場所も随分と変な所に来たようで、見覚えのなく、人気の薄い廃工場らしき場所だ。やたら荒廃しているように見えるのはかつてのデ・リーパー事件の被害が直されるままに残っているのだろう。あまり珍しくない場所だが、
「……霧?」
視界の全面を覆う白い靄。霧だよな、と拓斗は思う。彼がこれまで見てきた霧としては異常なまでに濃いが霧には変わりないだろう。
「まさか、この中ってことはないだろうな」
正直こんな怪しさ満点の場所に突っ込むのは御免蒙る。御免蒙るが、しかし、
「あいつも怪しさ満点だからなぁ……仕方なし、か」
どちらにしろ足を止めている暇はない。早急にオーガモンを見つけなければ面倒なことになる。
そう思い、足を一歩踏み出し、
「待ちなよ」
背後から声が掛かった。
●
振り返った先にいたのは幾らか年上であろう少年だった。多分、高校生くらいだろう。顔つきや表情は暗くて見えないし、体系に関しても全身を覆うような大きなローブのようなもののせいで判断つかなかった。コスプレか何かだろうか。秋葉ではよく見かけるよいうか、見かけない日はないのだが、こんな人気のない場所では流石に驚く。何のコスプレか解らない。
そして、拓斗の目を引いたのは。
暗闇の中で微かな月の光を反射する首に掛けられたゴーグルだった。
「そこから先に進むのはお勧めしないよ」
「……誰だ」
不躾な言葉に思わず口調が荒くなる。年功序列を意外に重用する拓斗だがいきなり変なことを言う相手に対しては必要ない。
しかし、少年は拓斗の問いかけには答えず、
「そこから先に進むのは、よく解らないメールに自覚抜きにYesって答えること……それよりもよっぽど性質が悪い。君もこの先に何が待っているのか勘付いてるだろう? それは間違っていない、だからこそ、君は進まない方がいい。だから、ホラ、家に帰って御飯でも……」
「手前勝手なことを囀るなよ、曲者が」
「く、くせものっ?」
拓斗の言葉に訥々と語っていた少年が驚き、雰囲気を崩すが、構わずに言葉を放つ。
「貴様が何を知っているかは知らんが、見ず知らずの勝手なことを聞くと思ったのか? そも、そんな暗い影にいないでもっとこっち来て顔を見せろよ」
「……あぁ、うん。なるほど気の強い所はそっくりだなぁ」
「聞いているのか」
強めの言葉を放ったのに何故か苦笑されたから微妙に腹立たしかった。
一体なにが面白いというのか。呟きも小さくて聞こえなかったし。結局その少年は立ち位置を変えないままだ。
「じゃあ聞こう。なんで行くんだい? この先はどう見ても怪しいし、実際危険がある」
「危険がある、だからはいそうですかと引き下がれるか。生憎友達が一人この先にいるようだからな、危険があるのならば猶更進み、首根っこひっつかんで連れ戻す必要がある」
「君にその危険は降りかかるよ?」
「構うものかよ」
少なくとも。
拓斗は嘘をついていない。拓斗が想像、想定しうるあらゆる危険があったとしても、彼はそれに対して立ち向かい、オーガモンを連れ戻すつもりでいた。
「……そうかい。言って聞く様な性質じゃなかったか。余計なお世話だった……というよりも、単純に無粋だったらしいね。行きなよ」
「言われなくとも」
そのまま背を向けようとした。したが、
「これ、持っていきなよ」
少年から何かを投げ、反射的にそれを掴んだ。
何か――ではなく、ゴーグルだった。今しがた、少年が嵌めていたものだった。
「……どういうつもりだ」
「餞別、かな。その中視界が悪いからね、サングラスとかゴーグル付けてた方がおススメだよ。……それにまぁ、今の僕にそれは相応しくないしね」
「……何時返せばいい」
「いつでも。いつかまた会った時に、君と僕、そのゴーグルに相応しい方が持てばいい」
「ゴーグルがそんな重要なアイテムだとは……」
「そういうジンクスがあるんだよ。ほら、僕からはもう終わりさ。邪魔して悪かったね」
いきなり足をとめさせたと思ったら、進むように促すこれは何なのだろう。正直腹が立たないでもなかったが、見ず知らずの変なコスプレイヤーよりもオーガモンの方が重要だ。だから今度こそ少年に背を向け、走り出していた。無論、受け取ったゴーグルを装着して。
「礼は言っておく」
●
「……」
霧の中に消えていった牧野拓斗の背中を松田啓人は無言で見送った。やがて拓斗が完全に霧の中に消えた後、背後から新たな影が現れる。
「タカト、本当によかったの?」
それは人ではない。もしもそこに誰か一般人がいたのならば悲鳴か歓声を上げていただろう。真っ赤な恐竜。全長は啓人とそれほど変わらないほど。悲鳴を上げるのならば見た通りの外見に。歓声を上げるのならばそれぞれの記憶に。
ギルモン。
かつてデ・リーパー事件を戦い抜いたデジモンの一体であり、松田啓人もまたそのテイマーだ。
「いいんだよ、ギルモン。あの二人にはもう絆がある。デジヴァイスもすぐに手に入れるだろうしね。今更割ってはいるのは無粋だよ」
「違う、そうじゃないタカト。あのオーガモンは」
「それも、解ってる。解ってるさギルモン。解ってるからこそだよ。ま、僕も止めるつもりだったけれど、実際に会う考えが変わった。ルキをさらに頭固くしたような子だったじゃないか、止めるのならば、二人が出会う前に止めるべきだったんだ」
「……タカトがいいなら、ギルモンはそれでいい」
「ありがとう。僕らも行こうか、どうなるにしろ見届ける必要はあるからね」
「うん」
そうして一人と一体はその場から去る。
一歩、二歩と共に足を揃え、進み――三歩目には一人分の甲冑の音を鳴らしながら。
その背には、
気が向いたのでお久しぶりです。