Attack on Titamon   作:柳之助

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デジモン恒例の進化BGMは当分モーツァルトのレクイエムで。


ファースト・エヴォリューション

 

 ――霧が晴れた先には牧野拓斗が予想もしていなかった世界が広がっていた。

 

「……なん、だこれは」

 

 目を覆っていたゴーグルを額に押し上げながら、無意識に言葉を零す。動悸は気づかぬうちに加速し、全身から滲む汗もまた増えていき、そしてそのことに気付く余裕すらもない。年不相応に落ち着いている拓斗でさえもその光景を前にして平静を装うことはできなかったのだ。

 そこは戦場、或は地獄だった。

 拓斗が知っている言葉では、そう表現するのが精一杯。廃工場、だったのだろう。少なくとも此処に至るまで、霧のせいで視界は悪かったがそういう雰囲気だった。けれど今は違う。決定的に違っている。目茶苦茶なのだ。建造物や地面、霧が晴れた空間全域に至るまで全てが亀裂が入ったり、何か鋭い物で斬り裂かれたようになっている。デ・リーパー事件の痕などではない。明らかについ最近、それどころか今さっきできたような生の破壊痕。

 それらの情報は拓斗の思考を止めるには十分だった。

 

「っ……」

 

 喉が引きつり、忘我から抜け出す。そして気づく、亀裂や大穴が開いた地面、この謎の空間の中心部に緑の鬼が倒れているのを。

 

「オーガモンッ!」

 

 動かないオーガモンへと駆け寄る。うつ伏せに倒れ伏す姿は傷だらけだ。始めて会った時に比べればまだましだが、それでも緑の肌に赤い血で染められている。巨体を抱え、仰向けにすれば、意識は胡乱ながらも残っていた。

 

「……タク、ト……? なんで、おめぇが」

 

「それはこっちの台詞だ、一体ここで何が――」

 

「あぶねぇッ!」

 

 問いかける前に胸を突き飛ばされた。

 

「ガッ!?」

 

 小さくない痛みと共に肺から空気が押し出されながら身体が飛ぶ。流石はデジモンというべき膂力で、あの体勢、あの消耗からでも数メートルは飛んでいた。

 そしてそれが、拓斗の命を救ったのである。

 

「――!?」

 

 オーガモンの押しのけで吹き飛んだ拓斗の身体。そして彼がそれまでいた場所に大きな塊が落ちてきたのだ。

 ただの塊ではなかった。

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「――クワガタの、化物……?」

 

 地面を転がり、土埃塗れになった拓斗が見たのは巨大なクワガタのような化物だったのだ。そこら辺の工場と変わらない巨大な体高。鈍い灰色のボディ、鋭利な顎牙。それらを支える四本足。

 クワガタの化物。

 まさしくそう形容すべき怪獣。

 けれど拓斗は従姉の影響故に、その化物の名を知っていた。

 

「……オオ、クワモン」

 

 オオクワモン完全体ウィルス種昆虫型デジモン。牧野留姫からかつて叩き込まれた経験からその知識を浮かび上がらせていた。

 

「っ、ぁ……」

 

 知識は確かに持っている。けれど今、そんなものに何の意味もなかった。

 完全体。

 デジモンの状態としては基本的に六段階ある中でも上から二つ目。デジモンとしての戦闘力は高く、その中でもオオクワモンの闘争本能は極めて高い部類。拓斗は知らないが、かつて東京に現れた完全体デジモンの何体は街に大きな被害を与え、中には壊滅にまで追い込んだ者もいた。そんな化物が、目の前にいるのだ。

 ただの中学生一人にどうにかできるものではない。

 

「逃げろ、タクトッ!」

 

「!」

 

 呆然自失となった拓斗をまたもや救ったのはオーガモンの声だった。

 オオクワモンの足元、今の着地の衝撃でさらに満身創痍になりながらも必死の形相で拓斗の身を案じていた。

 

「づっ……」

 

 耳が痛いほどに動悸は鳴り響く、息を呑む音さえもがうるさい。恐怖と緊張が鉛のように全身を支配している。本音を言えば今すぐにでも逃げ出したかったし、逃げ出すべきだった。警察なり何なりに通報するのが最善の選択だった。

 だが、それでも。

 

「……ざけん、な」

 

 それができるほど牧野拓斗は利口ではない。

 

「ダチ見捨て自分だけ安全なとこ行けるかよーッ!」

 

 傷そのものは大したことない。そのあたりに転がっていた石ころを拾い上げ、オオクワモンへと投げつける。

 

「キシャァ?」

 

 そこで始めてオオクワモンは拓斗の存在に気づいたように視線を向けた。

 睨まれただけでも足がすくみそうになるのを、気合いでねじ伏せつつ、

 

「こっちだ害虫!」

 

  叫び、意識を引く。大きく迂回するようにオオクワモンの周囲を走りだした。

 

「馬鹿野郎、なにやってんだ!」

 

「うるせぇお前もさっさと逃げろ死にかけが! 大体こんなところで何してたんだよ!」

 

「デジモンの気配が会ったからやべぇと思って来たんだよ!」

 

「俺に話してからにしろ!」

 

「凱がお前はヨメとかいうのとデートだから邪魔するなよとか言われてたんだよぉ!」

 

「凱ィー!」

 

「キシャアアアアアアアアアア!!」

 

「うおおおおおおおおおおお!?」

 

「ぬおおおおおおおおおおお!?」

 

 コントをしている場合ではなかった。

 煩わしいと言わんばかりに全身を震わせるオオクワモンに思い切り吹き飛ばされる。翅の羽ばたきも含めたスピンアタック。いや、攻撃ではなく纏わりつくゴミを払った程度の動きでしかなかったのだろう。しかし、それだけでも拓斗やオーガモンを吹き飛ばすのには十分過ぎる。

 

「ガッ! ゴホッ、ゴホッ……ぁあ、クソっ」

 

 激突した工場の壁はコンクリートではなく、プレパブの類だったらしく壁を突き破り廃工場の中に転がり込む。舌に鉄の味が広がっているのは、口の中を切ったらしい。吐き捨て、拭いながら立ち上がる。身体そのものへのダメージは薄かったのが幸いだ。。外の光景は舞い上がった土煙で何も見えない。 

 ふらつきながらも外に出ようとして、

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「――ぁ」

 

 土煙から突っ込んできたオオクワモン、それが振り回した牙が拓斗の身体を掠めた。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッーーーーーーー!!」

 

 

 直撃ではなく掠めただけ。

 それでも、再び拓斗の身体を吹き飛ばし、致命傷を与えるだけには過剰過ぎる。

 掠めたオオクワモンの牙はあまりにも呆気なく拓斗の腹部の肉を切り裂き、内臓にまで尋常ではないダメージを与え、塵のように吹き飛ばした。

 

「ぁ……が、ぎぃ……」

 

 地面に転がり、漏れるのは声にならない血混じりのうめき声だけ。口の中を切ったどころではない。全身が血に染まり、痛覚すら振り切った激痛が全身を蝕んでいる。視界が赤熱してよく解らないが、内臓もはみ出しているに違いない。

 

「タク、ト……」

 

 擦り切れた聴覚に届いたのは同じように傷ついたオーガモンだった。先ほどの回転の時点で、いやそもそもが歩くのがやっとの重体の身だったのだ。完全体と僅かでも対峙したというだけでも僥倖だ。テスクチャは崩壊しかけ、サインフレームやデジコアにすらも尋常ではないダメージを受けている。

 最早本能で理解してしまう。

 もう、死が間近であることを。

 

「……う、ぁ……」

 

 覚悟がなかったわけではない。

 寧ろ年不相応なまでに彼は危険に対しての覚悟を持っていた。

 足りなかったのは見通しだ。

 謎の空間の先に完全体デジモンという死の具現がそこにいるということを予想できなかった。

 そんなことできるわけがない――それは言い訳だと拓斗は思う。

 かつてのデ・リーパー事件、それを乗り越えた留姫たちの失踪、そしてオーガモンとの出会い。

 今何か異常事態があればデジモンに関連あると考えて然るべきだった。

 何もかも、牧野拓斗が甘かったというだけ。死に体であるオーガモンが異変に走ったというにも、 何一つ生かすことはできなかった。

 その不手際の付けが今、死という形で迫っていた。

 

「――いや、だ」

 

 声にならない声が発したのは、そんな拒絶の声だった。

 込められたのはオオクワモン、この理不尽な状況に対する怒り。

 無様にも容易く殺されかけた己への不甲斐なさ。

 そして何より、死への恐怖。

 

「死に、たくないッ」

 

 牧野拓斗は所詮中学生の子供でしかない。死を前にして恐怖するなと誰が言えるというのか。

 脳裏に過るのは、これまで関わってきた人たち。

 

「父さん、母さん、叔母さん、ルキ姉……凱」

 

 他にも他にも、色々な人達。碌に友達のいない拓斗であっても沢山の人との絆を得ることができた。なのに、それをこんな所で、

 

「終わり、たくない……」

 

 終りたくない。

 死にたくない。

 こんな様で自分の生が消されてしまうなんて納得いかない。

 絶死の領域故に今の拓斗を占める想いを限りなく純粋で極まっている。

 

「……ッ」

 

 口から血の塊が吐き出され――場にそぐわぬ電子メロディが響いた。 

 

「……ぅぁ?」

 

 視線の先にあったのは拓斗自身の携帯だった。いつの間に吹き飛んでいたのか、ポケットに入っていたはずのスマートフォンが奇跡的に無事だったらしく、飛び出ていた。響いた電子音には聞き覚えがあった。幼馴染の少女が勝手に着信音を決めて、勝手に外さないようにした少し前に流行ったポップソングだ。

 

「……ぁ」

 

 聞こえてきたそれに、身体が動く。血を流しながら、這いつくばり、スマートフォンへと手を伸ばす。視界はもう碌に聞かないが、聞きなれたその音楽だけは理解できた。

 

「ぁ……な」

 

 芋虫のように無様に這いながら、鳴りやまぬ携帯へと手を伸ばす。あの少女は、きっと拓斗が姿を消してからずっと探していたのだろう。

 

「さ……な……」

 

「タク、トッ」

 

 死に体の身体で、それでも生を渇望するその姿を、オーガモンも見ていた。それには彼も既視感を覚えずにはいられない。なぜならばその姿は、オーガモンの記憶にある限りの自分と同じだったのだから。

 

「さな……ッ」

 

「あぁ、そうだ……」

 

 そう。

 終れないのはオーガモンもまた同じだ。

 

「終れる、かよ……ッ」

 

 ■■■■■■■■■を殺し尽くすまで己は終わらない。終われないのだ。そのデジコアに染みついた怨念と憎悪が終わらせはしない。

 故に、この場でどうすれば生き残れるのか。

 オーガモンはその答えを知っていて、無意識にそれを果たすために、彼もまた拓斗のスマートフォンへと手を伸ばしていた。

 

「佐奈……」

 

「まだだ……」

 

「死にたくない……」

 

「まだ、足りない……」

 

「帰りたい……」

 

「倒すんだ……」

 

『――こんな所で、終われねぇッ!』

 

 そして。

 重なり合った想いと共に、牧野拓斗とオーガモンの手もまた重なる。

 手の下で、スマートフォンは形を変え。

 液晶画面には青く染まり――

 

 

 

 

 

 

 

『MATRIX EVOLUTION』

 

 

 

 

 

 

 

 デジタルゾーンをぶち抜いて、秋葉原の街にどす黒い緑の光の柱が起立した。それは誰もが目撃したが、その意味を理解できたのは片手の指でも足りたであろう。

 そしてそれを正面で目撃したオオクワモンはよく解っていなかった。

 しかし現実として、死にぞこないだったはずの人間一人とデジモン一体。

 それが消えていた。

 代わりにいたのは、

 

「――」

 

 緑の鬼。

 発達した筋肉で体を包み、無骨な手甲や脚甲を装着していた。身長二メートルほどだが、それでもまだオオクワモンからすれば小さい。

 その鬼は不気味なくらいに静かに佇んでいた。

 

「キシャァッ」

  

 不審がるようにオオクワモンが威嚇するがそれすらも反応がない。

 ないように、見えた。

 

「――!」

 

 ギロリと、その血走った深紅の目が見開かれる。

 その眼光に思わずオオクワモンは四足を後ずさり、そのことに少なからず動揺する。オオクワモンはデジモンの中でも極めて凶暴な性質を持っている。例え相手が格上であろうとも、問答無用で襲い掛かるくらいには気性が激しい。

 そのオオクワモンがただ睨まれただけで気圧されるという事実は本来ならば在りえないことだった。

 

「キシャアアアアアアアアアア!!」

 

 故にそれを誤魔化すようにオオクワモンは鬼へと腕を叩き込んだ。それだけで車一つは粉々にするであろうだけの威力があった。

 にも関わらず、

 

「……」

 

「キシャア!?」 

 

 緑の鬼は右腕一つでその一撃を受け止めていた。

 否、受け止めるだけではなく、

 

「フン!」

 

 その腕を引き込み、その固く握りしめられた拳をオオクワモンの腹部へと叩き込んでいた。

 

「シャアアアアアア!?」

 

 めり込んだその一撃は灰色の甲殻を砕き、緑色の体液をまき散らす。

 そしてそれで終わらない。右の拳を引き抜き、また同じように左拳をぶち込んでオオクワモンを吹き飛ばした。

 

「グゥ……」

 

 血走った瞳のままに鬼は息を漏らす。そのまま無言でオオクワモンへと足を進めていた。当然オオクワモンもまた転がっているだけではない。その翅を広げ、高く飛び上がり、その顎の牙に光を灯す。

 

「シャアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 『シザーアームズΩ』。

 その必殺の牙にてダイヤモンドすら紙のように容易く斬り裂く必殺技。事実リアルワールドに来るまでデジタルワールドで多くのデジモンをロードしてきた。それをさらに、デジタルゾーン内の高さギリギリまで舞い上がり叩き込む。先ほどの腕の一撃や、オーガモンや拓斗に放ったものとは比べ物にならず、何倍、何十倍もの威力を内包していた。

 それでも――、

 

「グオ……!」

 

 深緑の鬼は揺らがない。

 それどころか、輝く牙を両手で完全に受け止めいてた。手の平からは微かに血が滲み、受け止めた衝撃で足元の大地には亀裂が入っている。

 それでもそれだけ。

 完全体デジモンの渾身の一撃をたったそれだけのダメージで済ませ、さらに、

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 絶叫と共にその顎の牙を引き裂いた。牙から頭部の甲殻まで完全に裂かれ、しかしそれでも鬼は止まらない。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 雄叫びと共に拳を何度も叩き込む。 

 十回や二十回では済まされない。オオクワモンが既に絶命し、そのテスクチャが分解され始めているにも関わらず、執拗に両拳を振りおろす。

 まるで決して許せない仇のように。

 正気を失った狂人のように。

 それがなんであるか、この場にいる誰も知らない。

 幾万の不遇。

 幾千の無為。

 幾万の死者。

 幾千の愛憎。

 百の戦場。

 十の覇者。

 百の懺悔。

 十の諧謔。

 幾万の呪怨が。

 幾千の呪言が。

 幾百の夢想が。

 幾十の幻想が。

 唯一の理想が。

 鬼修羅を創造する。

 それはそうして生まれてきたものだ。

 ただひたすらに憎悪と執念と狂気だけがその鬼修羅を創り出している。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーッッッ!!!!」

 

 原型すら失ったオオクワモンは為す術もなくデータへと帰り、鬼修羅へとロードされる。

 

 それが深緑の鬼修羅――タイタモンと牧野拓斗の歩むの修羅道始まりだった。

 

  

 

 




途中の死の元ネタが解る人はいるのかな。

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