「ふぁ~ ……朝、だね」
私は窓から差し込む朝日を浴びて目を覚ますと、目を擦って意識を覚醒させる。
「………んぅ」
「よく寝てる」
寝ぼけて朝日から逃げるように顔を動かしたのは、同じベッドの上で私の手を握ったまま寝ているオーフィスだ。
オーフィスが次元の狭間から戻ってきて以降、私たちは同じベッドで寝ている。なんでも起きた時、私の姿が見えないと不安なのだとか。
私たちの身体が小さいこともそうだが、このベッドは大きめに作られているので二人一緒に寝られている。
私は、オーフィスが掴んだまま離そうとしない私の手を見てクスリと笑った。一緒に寝るようになってからというもの、オーフィスは必ず私の手を握ってくる。おかげで、夜中にトイレに行く時は、いろいろと大変だ。
「オーフィス、朝だから起きて」
私はオーフィスの肩を軽く揺すり、彼女を起こす。
ここまま掴まれていると朝食を作ることができない。能力を使えば外すことは簡単だけど、それだとオーフィスが起きた時に彼女を一人にさせてしまう、それは可哀相だからね。
「絆、おはよう」
「はい、おはようございます」
まどろみ一切なくオーフィスは目を覚ました。
「私は下で朝食作ってくるから、まだ眠いなら寝ていていいよ。出来たら呼んであげる」
「分かった」
そういうとオーフィスは私の手を離す。そして私は部屋を後にすると、着替えと歯磨き、洗顔を終えると、朝食の準備に取り掛かる。
「今朝は洋風にしようかな? フレンチトーストとベーコンエッグ、ポテトサラダにコンソメスープ……」
もちろんこれは私のメニューである。オーフィスはこの程度では全然足りない。私の三倍の量を作り、さらにメニューもいくつか追加する。
そして作り始めること数十分、テーブルの上には溢れんばかりの料理の品々が並んでいる。
「こんなところかな? それじゃあ、オーフィスを呼んで――」
『もしもし。聞こえていますか?』
「誰っ!」
私は、突然頭の中に響いてきた声に辺り見渡して警戒する。しかし、周りには誰もいない。仙術で多少周りの気配は分かるようになっているんだけど、それでも誰かがいるようには感じられない。
『私です。あなたを転生させた神様見習いですよ、お久しぶりですね』
「あの時の神様? 随分お久しぶりですね、というかまだ見習いなんですか?」
あれからもう1億、いや中生代の前期辺りだから2億年ぐらい経つ筈なんだけど。
『そうなんですよ。私はまだまだ新米で、正式な神様では最低でも極は生きているのですが。私はまだ、溝ぐらいしか生きていなくて』
「すみません、何を言っているか分からないんですが……極とか、溝ってなんですか?」
『どちらも数の単位です。極は10の48乗、溝は10の32乗のことです。知りませんでしたか?』
知らないよ、そんな国家予算を遥かに上回る数の単位なんて。
「ちなみにですが、最年長の神様はどれぐらいですか?」
『最高神様のことですか? とっくに不可説不可説転を超えています。ちなみに不可説不可説転とは10の37218383881977644441306597687849648128乗のことです』
「そんなにですか? 生まれたとき、最初に何を見たのか聞いてみたいですね」
『……………』
あれ、どうして黙るの?
『だから、どうしてあなたは予想通りの反応を返してくれないのですか! 普通それだけの数を言われたら、驚くものですよね!?』
「えっ、だって気になりませんか? そんな地球どころか、宇宙すら生まれていない遥か前に生まれた方が最初に何を見たのか」
『……もう、あなたの感性にはついていけません』
なんか諦められた。なんだっけ? 最近聞いたけど、こういう時は「解せぬ」って言うんだっけ?
『話を戻します。私が今回こうして連絡を取ったのは、あなたに聞きたいことがあるからです』
「なんですか?」
私が聞くと、神様から聞こえてくる声のトーンが少し下がった。
『あなた。私が転生させるときに言ったこと、覚えていますか?』
「転生するときに言ったことですか? 確か、世界を見ろとかいう―――」
そこまで答えて、私は言葉を止めた。代わりに出てくるのは、大量の冷や汗。
『私が転生させてから2億年ほど経ちますが。あなた、どれくらい世界を見て回りましたか?』
「天界と冥界と次元の狭間、あとは山に行ったり海に行ったりです……」
『出不精ですか! 世界を見て回れって言いましたよね!? 最初の二つは別として、次元の狭間なんて何もありませんよ! 私が転生させた意味ないじゃないですか!』
「で、でも約束を守らないといけなかったから……」
『約束? 誰とのですか?』
「オーフィスの」
そういうと神様からの声がしばらく聞こえなくなる。どうしたんだろう?
『そういえば、その世界にはそんなのが居ましたね』
「そんなの、って……オーフィスは神様より強いって聞いたよ?」
『それは、その世界での神にとってはです。仮にその世界の最高神が、こちらに来たとしても見習いの私より地位も力も下ですよ?』
えっ、なに。この世界の神様って、弱いの?
「結構辛辣だね」
『事実ですから。と、また話が逸れてしまいました。それで、あなたが世界を見て回ってないことですが――』
「ごめんなさい」
これは私が全面的に悪いので、先に謝っておく。
『いえ。約束は大事ですし、それについ最近まで戦争があったようですから、仕方ない部分もありますからね』
「そういって貰えると、ありがたいです」
そういうと神様は、コホンとこちらに聞こえるように咳払いをする。
『それで私が連絡した理由の話ですが、あなたの居る世界の原作の物語が、あと大体10年後に始まります』
「10年後ですか。1億年以上生きているので、あまり長く感じませんね」
冥界での戦争も数百年前なのに、つい最近のことのように感じてしまうぐらいだ。感覚が狂っちゃってるね
『そうですね。それで原作の物語なのですが、世界の名前である【ハイスクールD×D】から分かるように、ハイスクール―――つまり高校が主体の物語なんです』
「……つまりなんですか? 私に学校に通え、と?」
『そういうことになりますね。学費や手続きなどは、こちらでやって置きますので、どうですか?』
学校か……前世だと行ってなかったみたいだし、行ってみるのもありかな。
「分かりました。では10年後なら小学生からですね。ここから一番近い小学校で、お願いできますか?」
『あっ、待ってください。話はまだ終わっていません』
私の言葉に、神様がストップをかける。
『先程も言いましたが、原作が始まるのは高校からです。なので、小学校、中学校では、あまり大きな出来事は起きません』
「はぁ……?」
『ですが、私の管理している世界に小学校と中学校から原作が始まるものがあるんです。ですので、原作が始まるまでそちらの世界に行ってみませんか?』
「えっ?」
それ、いいの?
「以前、他の創作物の力があると世界の形を歪めてしまう。とか、言ってませんでしたか?」
『確かに言いました。ですが、その世界特有の物を直接持って来たり、こちらの力を渡したりしなければ大丈夫です。その代り、その世界の力を手に入れることはできないので参考程度にしかなりませんが』
「えっと……つまり、完全なコピーはできないけど、それを参考にして自分なりに能力で真似るのはいい、ってこと?」
『その通りです』
「でも、技術とかはどうするのさ? 向こうの技術を覚えて、こっちで同じものを作ったら、向こうの物を持ってきたのと変わらないよ?」
『それに関しても問題ありません。世界の構成が根本的に異なっているので大体の物は機能しませんし、こちらの世界で機能するものならば頭が良ければ作れるということなので影響はありません』
「そう。なら安心だね」
でも、覚えた技術が役に立たなくなるのは少し残念だな~。
『では、行くということで構いませんか?』
「うん、お願いします。あっ、でもオーフィスと相談しないといけないからもう少し待って」
『ならばいっその事、二人で行きますか?』
「え? いいの?」
『構いませんよ』
「ならオーフィスが、それを望んだらそうして欲しいな」
『分かりました。では、こちらを受け取りください』
神様がそういうと、目の前に小さな紙が現れる。
『行くと決まったら、行く人物の名前をその紙に書き込んで破いてください。気が変わっていくのを止めるのなら、そのまま白紙で破いてください。
それと、行く場合は向こうの住居で生活してもらい、この家には結界を張って時間を止めておきます。10年間も手入れしないのは良くないですから。ちなみに結界は、この世界の存在では絶対に気づかれないほど強力なものなので、ご安心ください。
あと、金庫とか生活必需品とかはこちらで送っておきます。
それでは、私はこれで失礼しますね』
「あっ、待ってください。一つ聞きたいことがあるんです」
『なんですか?』
「この世界の原作は、どこから始まるんですか?」
『あなたが住んでいる駒王町の駒王学園から始まります。他に質問はありますか?』
「いえ、ありがとうございます」
『それでは、良い人生をお楽しみください』
そういうと神様の声は聞こえなくなった。
「この町が主体……か…」
どおりで駒王町なんて聞いたことないと思った。その世界の原作が作った架空の町だったんだね。まあ、私はこの世界は創作だなんて思ってないけど。
それにしても原作か、一体どんな物語なのかな? ハイスクールは神様が言った通り、高校が主体って意味だろうけど。D×D? それって確か、グレートレッドの異名の一つだった筈だ。
まさか、グレートレッドが高校に通い始めるとか? ……ある訳ないか。
だとするとD×Dは、グレートレッドに関わる何か。いや、それとはまったくの別の何かを指しているのかもしれない。
D……何かの頭文字かな?
そういえば、最近この町に悪魔の気配を感じるようになったんだった。それに悪魔って
「まっ、実際になって見れば分かるよね」
いくら考えても答えが今すぐ分かる訳ではないし、あとたった10年だ。待っていればそのうち分かる。
「絆、ご飯、まだ?」
「あっ、ごめんオーフィス」
そんなことを考えていると、お腹が空いたのかオーフィスがパジャマのまま二階から降りてきた。
「ちょっと知り合いの人から連絡が来て、話してたんだ」
と言って私は誤魔化す。というより、話しているところ見られなくてよかったかも。傍から見たら私、虚空に向かって話しかけているという、完全に危ない人に見えていただろうから。
「そう」
「早く顔洗って、着替えておいで」
「分かった」
私がそういうと、オーフィスは洗面所に向かい。しばらくすると、着替えたオーフィスがやって来て、いつもの指定席に座る。
「いただきます」
「はい、いただきます」
そう言って私達は食べ進める。やはりオーフィスが食べる速度はすさまじい、私が食べ終わるより、早く食べてしまうのではないだろうか?
それにしても、どうやってオーフィスにさっきの会話のことを伝えよう?
私は魔法が使えないから「転移して異世界に行ってみない?」的な言い方はできないし、「不思議な転移アイテムを手に入れたから使ってみない?」的な言い方は、どうして効果を事細かに知っているのか? とか、そもそも何処で手に入れたのか? とか言われそう……。
………いっそのこと、全部話してしまおうか? いや、でも。私が知っている内容は、この世界の根幹に関わるレベルの話だ。そして、それはオーフィスたちの存在を、生きていることを否定することに等しい。それに………。
………………………。
やっぱり、私だけで行くべきだろうか? 結界で家の中の時間が停止するのなら、オーフィスが感じる私が帰るまでの時間は一瞬だろうし、また病気が再発することもないだろう。
でも、それはオーフィスを一人で置いていくということ。私は彼女に、守ってあげるなんて言ったくせに10年間放置して。そばに居るように言っておきながら、彼女の意思を無視して勝手に離れるんだ。
そんなの、イヤだ……。
「オーフィス」
「なに?」
だったら――。
「少し相談があるんだ」
「絆が?」
彼女を一人にしてしまうぐらいなら――。
「うん。かなりまじめな話、私のこと。そして、これからのこと。まゆつばで、とても現実味のないはない話だけど――」
信じてもらえなくてもいい。受け入れてもらえなくてもいい。嫌われてもいい。何もかも、全て打ち明けてしまおう。
「聞いてくれる?」
「ん」
頷くオーフィス。
そして私はオーフィスに全てを話した。転生したこと、そこで神様に会って力をもらったこと、この世界が題材となっている創作物が別の世界にあること。私が神様から聞いた、理解できた範囲のこと全部。そして、さっきの異世界への誘い。
私の話を聞いたオーフィスは黙った。なんて言われるかな? 気味悪がられるかな? 嘘だって否定するかな? もしかして、頭が大丈夫かとか心配してくれるかな?
私はただ、オーフィスが口を開くのを待った。
Sideオーフィス
我は絆の話を聞いて、頭の中で情報を纏める。
絆は元々、別の世界の人間で、この世界に転生してきた。その時、絆を転生させた神がこの世界は【ハイスクールD×D】と呼ばれる創作物の世界と言っていた。そして、あと10年後に原作と言われる物語が始まるので、その原作が始まるまでの間、別の世界の学校に通ってみないかと誘われている。
我は、その神に渡されたという白紙を見せてもらった。かなり複雑な転移術式が施されていて、全く見たことのない構成で魔力回路が結ばれている。これを見るだけで、その神が相当な実力者であることが分かる。
白紙から視線を絆に移すと、我は口を開いた。
「我も、絆と行く」
「えっ?」
「?」
我の言葉に、絆は目を見開いて驚いたような顔をする。ここまで驚いた表情の絆を見るのは久しぶりだ。
「信じるの? こんな荒唐無稽な話」
「我、絆のこと、信頼している」
「気味悪くないの?」
「なぜ?」
「なぜって……私、異世界の人間なんだよ? この姿だって、別世界の人物の姿で、私の本当の姿じゃないんだよ?」
「絆は、絆、我の家族」
「っ――」
絆が突然、俯いてしまった。よく見るとテーブルに水滴が落ちている。
「絆、泣いてる?」
「な、泣いてないよ!?」
「嘘、目、赤い」
絆の目は赤く充血していた。それに目もとで、未だに涙が溢れ続けている。
「絆、怪我している?」
我は椅子から降りて、絆に近づく。でも、怪我は見当たらなかった。
「絆、病気?」
怪我ではなかったら、我と同じように病気になったのかもしれない。絆、モヤモヤしている? モヤモヤをなくすには確か――。
「えいっ」
――ギュッ
我は絆に抱き着いた。我のモヤモヤは、絆に抱き着いたら消えた。なら絆も、我に抱き着けば消えるかもしれない。
「絆、モヤモヤ、消えた?」
「……………」
「絆?」
絆は何も言わない。でも、涙は流れ続けている。むしろ、量が増えた気がする
「絆、どこか痛い?」
「……うぅん、どこも痛くないよ」
痛くない? なら、やはり病気? モヤモヤする?
「オーフィス」
「なに?」
絆から話しかけてきた。
「私、バカだ。思い悩んでいたのに、こんなちょっとした言われただけで、涙が全然止められない……」
「絆、バカじゃない、でも、今日の絆、変」
本当に、今日の絆は変。自分で、自分をバカと言う。痛くないのに、涙を流す。怪我をしてないのに、涙を流す。
「うん……オーフィス」
「絆?」
絆が我を抱きしめてきた。でも、この前に比べて絆の力が強い。
「もう少しだけ、このままで居させて……」
「? 分かった」
その後、しばらく無言のまま、絆は我を離そうとしなかった。そして離すころには、絆の目から涙は無くなっていた。
やはり病気だった? 抱き着くと、病気は治る? 今度、絆が泣いたときは、また抱き着いて病気を治してあげよう。
Side絆
「ありがとうオーフィス」
「ん」
私はオーフィスを離すと、いつものように笑顔でお礼を言う。
きっと、私は不安だったんだ。別の世界にやってきて、自分の本当のことを言える相手が居なくて。周りを偽って、自分を騙して。嘘を吐いて、隠して、虚勢を張って。
ずっと仮面で素顔を隠していた。
それはきっと、拒絶されることが怖かったから。
真実を教えて、自分がこの世界の存在ではないと否定されるのが、堪らなく怖かった。
でも、オーフィスは言ってくれた。
―――絆は、絆――我の家族。
私は、私だと。家族だと。
彼女は、全てを知ったうえで私を受け入れてくれた。家族だからと、私の存在を肯定してくれた。それが分かると、私は涙を止めることができなかった。
「絆、また泣いたら、我、抱き着く」
「うん、ありがとう」
心配させちゃったな。私は、オーフィスに守ってあげるって言ったのに。これじゃあ、守られているのは私の方だよ。
「でもオーフィス。一緒に行くって即決していたけど、本当にいいの?」
「問題ない、もう、名前も書いた」
そう言ってオーフィスは、先程渡した紙を取り出して見せてくる。そこには、しっかりと『オーフィス』の文字が書かれていた。
「いつの間に……だったら、私も」
私はオーフィスから紙を受け取り、自分の名前を書く。
真代 絆。
この世界に転生して、ずっと共にしてきた。私の名前。
そして、その隣には『オーフィス』の文字。
「ごめんね。弱いお兄ちゃんで」
「絆、妹」
「だ、だからっ!」
結局いつもの調子で他愛ない会話をする。
だけど、その会話が私には堪らなく楽しくて。いつの間にか、顔が笑ってしまう。
その後、食べ終わった食器を洗って部屋を一通り掃除した後、再び居間にやって来た。そこにはすでにオーフィスの姿がある。
「それじゃあ、準備はいい?」
「準備、万全」
私は二人の名前が書かれた紙を取り出し、破こうとして……その手を止めた。
「オーフィス。どうせだから、二人で破かない?」
「なぜ?」
「これからやることは私が決めたことじゃなくて、二人で決めたことだから。その証明として、的な?」
「? 意味がよく分からない」
オーフィスは首を傾げる。
安心して、私も結構ノリで言ってるから意味はよく分かんないから。
「あはは、そうだよね。ごめん、変なこと言って。それじゃあ破くね」
そう言って私は紙をや――。
「待つ」
「ん? どうしたの?」
「やはり、我も破く」
「そう? なら、はい。そっちの端を持って」
「ん」
オーフィスは、私が持っている方とは逆の方を持つ。
「それじゃあ破くよ。えいっ!」
「ん」
――ビリッ
私たちは紙を破いた。そして、私は破れた紙を目の前に持ってくる。そこにはしっかりとした字で『オーフィス』の文字が、オーフィスの紙には『真代 絆』の文字が書かれていた。
そして次の瞬間、私とオーフィスは【ハイスクールD×D】の世界から姿を消した。