小さな二人は共に行く(リメイク)   作:麦わらぼうし

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さあ、ご都合主義の本領発揮です。


冥府の神と最悪の目覚め

Side イッセー

「お、終わったぁ……」

 

 俺こと兵藤一誠は、部長の計らいで巨大になった俺の家で机に突っ伏していた。

 ついこの間まで、冥界で悪魔のあれこれを学び修行をしていたために、夏休みの宿題が手付かずだったからだ。しかし、それもようやく終わった。

 

 俺はグッと背を伸ばして、凝り固まった体をほぐす。小さくポキポキとなる身体が心地よい。

 

 今年の夏は、本当に色々とあった。いや、夏休み前からかなり色々とあったな……。

 

 夏休み前にあった会談の日。アザゼルが言ったような和平が気に入らない奴らが、会談を襲撃してきたこと。その時、リリスとか言うとんでもない化け物が攻めてきたこと。白龍皇のヴァーリが旧ルシファーとのハーフだったこと。リリスを撃退した『英雄を倣う者』という組織の会談参加。世界を襲った龍の覇気。

 

 とんでもなく濃い一夜の出来事であり、未だに頭から離れない。学校もしばらく休みになり、魔王様たちは和平を結んで他神話との協力体制を結ぶために奔走しているらしいんだけど、結果は芳しくないらしい。

 

 それというのも、あの会談のあった日。冥界でもう一つの事件が起きたからだ。

 

 ヴァーリから教えられた世界最強のドラゴンが冥界の一部を焼き払ったのだという。詳しいことは知らないんだが、そのドラゴンは基本的に驚異のないドラゴンとして世界ランキングから外れているらしいんだ。そのドラゴンが明確な意思を持って冥界に現れて、ある悪魔の領土を根こそぎ焼き払ったらしい。

 

 これによって他の神話勢力は、三大勢力と協力を結ぼうとしてくれないようなんだ。木場いわく『とばっちりを受けるのが嫌なんじゃないかな?』だそうだ。

 

 そう言われると、確かに相手側の気持ちも分かる。あの会談の日に世界を襲った龍の覇気。あとでドライグから聞いたところ、世界最強のドラゴンと対を成すドラゴンの波動だと聞かされた。今としてはリリスと呼ばれた化け物より、あの波動の方が恐怖を感じる。しかも、まだまだ全力ではないらしい。あんな波動を出せる存在に目を付けられたくないのは、悪魔となって浅い俺でも理解できる。

 

 だけど俺たちは、平和の為に協定を結ぼうとしているだけなんだ。なんとか、そこのところを分かってもらえないだろうか。

 

 その他にも『英雄を倣う者』という組織とも、色々あった。会談において、彼らは三大勢力から被害にあった者たちを保護していると言っていた。確かに俺も、神器を持っているから堕天使に殺されたからな。木場も人体実験の被害者だし、ギャスパーも迫害を受けていた。そういう者たちの保護をしているという。

 

 彼は『人間と人外が共存できる世界』にしようと活動していると言っていた。しかし、魔王様たちが和平を持ちかけても、その申し出は断られた。

 

 何で共存を目指すのに、和平を断るんだ? 魔王様たちも同じことを思ったのか理由を聞いたら、彼らのメンバーは大半が人外、特に三大勢力を恨んでいる者たちであるため、今和平を結んだりしたら確実に暴動が起きるとのことだった。その為、彼らは和平を受けることができないという。

 

 確かに問題は起きるだろうが、だからと言っても神器を持っている人間は狙われるから、形だけでも和平を結ぶことはできないだろうかと魔王様たちは申し出たんだけど、形だけというのが逆にメンバーを刺激させてしまうらしい。どうも恨みを持っている被害者は人外に騙された者も多いらしいのだ。

 

 本来は、こちらに接触してもいいと判断したら、話し合いをする筈だったのだけど、今回のことがあまりにも想定外である為、このような邂逅することになったという。

 

 その後、どこまで行っても平行線で、最終的には今まで通り彼らは隠れて活動し、襲ってきた輩は排除する方針を取るらしい。どうにか、捕縛や気絶に止めることはできないかと話し合ったが、これも無理らしい。

 

 恨みを持っている者たちの不満が爆発しないのも、そういう人外を殺すことでなんとか抑えているのが現状なのだとか。護衛の人たちが全員リリスにやられていたからいいものの、これ人外に対して人外を殺すことで憂さ晴らしをしていたって肯定したんだよな? 理性的な魔王様たちじゃなかったら、この場で戦闘になっていたほどの台詞だ。

 

 和平を結ぶつもりがあるのなら、こちらの状態を改善するように言って来た。こちらと戦闘が起きた時、組織のリーダーとして彼も戦わなくてはならない。双方にとって、何のうまみもない戦いはゴメンだと。

 

 そこまで言って彼らは、閃光玉を使って会談の場から姿を消してしまった。

 あまりの怒涛の展開に俺の頭はショート寸前だったが、とりあえず結論を言えば三大勢力は和平を締結し、互いの勢力の見直しと交流、今回の襲撃で起きた旧魔王勢への対処をするという事で会談は終了した。

 

 そこからは夏休みに入って、部長との冥界への里帰りに付いて行き、若手悪魔としてレーティングゲームに参加し、匙たち生徒会メンバーと戦った。その為に、タンニーンのおっさんに修行を付けてもらったのだが、ドラゴンとサバイバル生活とか冗談抜きで死ぬかと思った。

 

 あと、夏休み明けにヴァーリが駒王学園に編入して来るらしい。和平を結んだから、向こうが人員を送るっていうのは聞いていたが、よりにもよってヴァーリが来るとは……向こうはどうも、俺に対しては期待外れとか言って突っかかってこないけど、歴代の所有者たちが争って来た二天龍を同じ学校に通わせていいのだろうか。

 

 それともう一つ『英雄を倣う者』という組織のメンバーに居た小猫ちゃんの姉である黒歌という、はぐれ悪魔。アイツに冥界で会って、滅茶苦茶敵意を向けられた。

 

 修行を終えてパーティーに参加していた最中、小猫ちゃんが居ないことに気づいた部長と一緒に探していたら、小猫ちゃんと一緒に居る彼女を発見することになった。隠れて見ていたんだが、すぐに見つかってしまい。部長と一緒に出て行ったら、物凄い罵詈雑言を浴びせられた。

 俺は思わず反論したが、それと同時に見てしまった、彼女の顔を。

 

 怒りと悔しさで歪められ、涙を流していた。

 

 部長への八つ当たりは許せない。でも、彼女の悪魔への怒りが本物であることは理解させられた。

 この時、俺は会談で言っていたことを理解した。これじゃあ、確かに和平を結ぶなんてできないと。彼女のような被害者が沢山いるのなら、本当に暴動が起きると。

 

 一歩も動いていない彼女を小猫ちゃんが背後から抱き着いて抑えようとしていた。泣きながら首を横に振って、彼女に止めるように言っていた。

 それを聞いた彼女は、黒猫に変身して冥界の森の中に去って行ってしまった。

 

 このことは魔王様に報告され、小猫ちゃんにも事情を聞くことになった。修行中、彼女が現れて一日だけ仙術の指導をされたという。どうして報告しなかったのかと聞いたら、彼女から、報告したら俺たちオカ研メンバー全員を殺すと言われてできなかったという。

 そして、俺たちを殺されるのが嫌なら仙術を覚えて、今日会場の近くで気配を隠している彼女を見つけてみろと言われていたそうだ。それを聞いた部長は物凄く怒っていた。

 そのおかげで小猫ちゃんが仙術を使えるようになってレーティングゲームに勝てたんだけど、素直に喜べねえ……。

 

 そして冥界から帰ってきたら、ディオドラとかいう奴がアーシアに求婚を迫ってきて……あぁ、もう。本当に今年の夏は濃い内容だった。

 

 そろそろ夏休みも終わって新学期だ。心機一転して、悪魔課業と学生を両立しなければならない。あの日言われてから覗き行為については止めたからか、本当に事務的な内容だけど女子からも話しかけられるようになったが、こんなに嫌われる行為だったんだな、覗きって……。

 

 まあ、オカ研に入らなかったら、あんなこと言われても覗きを止めなかった自信はあるけど、それはそれだ。決して、部長たちが居るから妥協したわけではない(ここ重要)。

 

「さて、アーシアの方の様子を見てく――――」

 

 その時、俺は本当の意味で理解させられた。世界最強という存在の強大さを、ドラゴンの恐ろしさを、強者に対する弱者の無力さを、世界の理不尽さを、そして――命の儚さを。

 

 この日世界は、大混乱に陥った。

 

 

 

Side 曹操

 アリス――アイツに初めて出会ったのは数年前のことだ。当時俺は帝釈天殿から英雄としての心得を説かれて胸を躍らせ、人間の限界を試そうとしていた。基本的な戦い方を学び、志を同じとする仲間を探しに須弥山を出てからすぐのこと。

 

「ん? 火事か?」

 

 視界の先に空へ上る黒煙が見えた。もしかしたら、人外に人間が襲われているのかもしれない。当時の俺は、英雄は人外に挑む勇者という考えしか頭になく、人間への被害など考えもしていなかった。むしろ俺の目的の為に悪事を働いた人外が居て欲しいと思って、煙の上がる場所に向かった。

 

 そして幸か不幸か、その場には悪魔が一人の少女を連れ去ろうとしているところだった。俺にはそれが、最高のシチュエーションに見えたのだろう。舞い上がった俺は悪魔の前に名乗り出て、正面から小細工なく悪魔を葬った。

 

 そこで漸く俺は、周囲の確認をした。火の手が上がる家と、悪魔が抱えていた少女が横たわっていた。誰も、俺を称えるものなんていない

 

 だからだろうか、俺は最大の過ちを犯した。

 

 少女に俺が(・・)救ったことを伝えたいが為に、俺は少女を連れて帰り治療した。悪魔に殺されず攫われかけたのなら、何かしらの理由がある筈だと考えたからだ。調べてみて、その考えは確かに当たっていた。少女は回復系の神器、聖母の微笑を持っていることが分かったからだ。今思えば、この時に帝釈天殿に連絡を取るべきだった。

 

 回復系の神器は貴重だ。この子を仲間にしようと思い、目が覚めるのを待った。

 

 そして目が覚めた少女に、俺は自分が見た光景と神器のことを伝えた。少女は両親のことを聞いてきたが、俺が見ていないことを伝えると錯乱したように外に走り出した。

 

 ようやく十歳に届くか届かないかぐらいの少女が走れる距離など高が知れており、俺はすぐに追いついた。転んだのか、泥だらけで倒れており。膝や肘からは血が流れ、泣きながら両親を呼んでいた。

 

 俺はそれを抱えて、その子を見つけた場所まで運んだ。すでに鎮火して無残な状態になっている家を見て、少女は茫然としていた。予想通り、この燃えた家が少女の家だったらしい。

 

 呆然としている間に、俺は彼女を連れて住処に戻った。少女は横に寝かせても一切の反応を示さず、ただ泣き続けていた。俺は少女を落ち着かせるために、食事を作ることにした。完成して食べるように伝えても泣き続けていたので、食べるように言って折り畳み式の蠅帳を食事に被せて、その日は外で寝た。

 

 翌朝、蠅帳を被せていた食事は少し減っていた。俺は少女に話しかけると、彼女は僅かにだが反応を示してくれた。少女の名前はアリスというようだ。

 

 朝食を済ませたら君の両親を探しに行こうと持ちかけた。親切心、ではない。俺は彼女を利用しようと考えていた。両親が生きている可能性は正直低い、ならば優しく接して少女を自分に依存するように仕向けようとしたのだ。もし今の俺が、その時の俺に会えたなら、全力でぶん殴って須弥山に届けただろう。

 

 俺はアリスを連れて再び家の焼け跡に向かい、アリスと二手に分かれて両親を探した。そして俺は見つけた、黒く焼け焦げた人間の遺体を。明らかにバラバラになっていた、おそらく悪魔に殺されたのだろう。

 

 俺はその遺体を人間の形に並べ直した、アリスが自力で見つけられるように。

 

 俺はしばらくしてからアリスと合流し、一度帰宅した。それから3日間、毎日アリスの両親を探すふりをした。もちろん食事を与え、偽りの励ましの言葉を投げかけた『きっと二人とも生きている』『必ず見つけてあげる』今思えば本当に吐き気がするようなセリフだ。

 

 しかし、アリスは強い子だった。2日目には、無理やり笑顔を作って俺にお礼を言って来た。あぁ、きっとこの時からだろう、俺の気持ちが揺れ出したのは。

 

 焼け跡から住処への道を覚えたアリスは、3日目は俺の前に立って歩くようになった。そのタイミングで俺は、住処に忘れ物をしたと言いアリスに先に探しに行かせた。当然嘘で、俺は見つからないように彼女に付いて行き、両親の遺体がある方へ誘導した。

 

 遺体を見つけたアリスは狼狽えて、静かに泣き始めた。俺はいつもの合流場所の近くまで向かい、彼女が両親を弔う手伝いをするよう頼みに来るのを待った。

 

 しばらく待っても、アリスはなかなか来ない。両親の死を受け入れるまでは、元々時間が掛かることを想定していた。気長に待っていればいいと、当時は思っていた。

 

―――そんな時だ、アリスの悲鳴が聞こえたのは。

 

 何事かと思い焼け跡に向かったら、数人の悪魔がアリスを捕らえていた。アリスを攫って行こうとした悪魔の主と眷属だった。しかしこれは都合がいい、この場面で彼女を救えば、俺への信用は確かなものになる。

 

 俺は神器を出して眷属悪魔たちを一掃し、アリスを救った。救った………筈だった。

 

 アリスは悪魔化していた。それはいい、むしろ回復神器もちの戦力として使えるようになる。しかし、想定外だったのは彼女が俺を庇ったことだった。

 

―――悪魔の力で俺を突き飛ばして。

 

 彼女は爆発した。主の悪魔が、今度は逃がさないようにと自爆の術式を埋め込み、助けに入った俺が神滅具を持っていると知って、俺を殺して眷属にしようとしたからだ。

 悪魔だからと思って光力と聖なる力を使えば平気だと思い。死んだのを確認しないまま、彼女への印象付けを優先した結果だ。

 

 即座に俺は死にかけの悪魔を殺した。そして、彼女に近づいた。爆発したとは言っても腹部に大穴があくような爆発で、原型が分からなくなるような爆発ではない。

 悪魔になったために生命力が強くなったせいか、アリスの口が開いた。彼女が震えた唇を動かし、その唇の動きを読んだ俺は―――絶句した。

 

 彼女は、アリスは―――『ありがとう』と言っていた。

 

 これはなんだ。俺が目指す英雄の称賛は、こんな死にかけの少女から言われるようなものなのか? 朝に見たアリスの笑顔が頭をチラつく。目の前で静かに目を閉じる少女の顔と同じだ。

 

 これが、英雄として救った人間? これが、仲間として利用しようとした人間?

 

 いや、目的通りじゃないか……アリスに俺を手助けするように仕向けた。自分の命を懸けて俺の命を救うなんて、最高の忠誠心を持った存在じゃないか。

 そう、最初から俺が考えていた計画通り。それがすぐに捨て駒になっただけ。俺がやろうとしていたことは最初からこういう事……。

 

 ちがう、ちがうちがうちがうちがうちがう!

 

 俺は――俺が目指していた英雄はこんなものじゃない!!! こんなモノが、英雄の筈がない! 英雄とは、助けようとした者を救えないような存在では断じてない!

 

 そんなモノは英雄じゃない! こんなモノは英雄じゃない! こんな、こんな―――――

 

 思考が染まっていく。否定、拒絶、嫌悪。英雄という存在への執着と、現在の惨状。その食い違いが、俺から思考する力を奪っていった。

 

 何がいけなかった? 何が間違っていた? 何が足りなかった? 俺は――どうすればいい?

 

 俺の瞳がアリスを捕らえる。救えなかった少女を視界に収める。救えなかった、救えなかった――助けようとしたのに、救えなかった。

 

 英雄なのに、救えなかった。救わないといけない――助けないといけない。なんでもいい、救うんだ。助けるんだ。

 

 救え、助けろ、救え、助けろ、救え、助けろ、救え、助けろ、救え、助けろ、救え、助けろ。

 

 そんな俺の頭に、聖槍から情報が流れ込んできた。それは、少女を救う方法、アリスを救う方法だった。力を使う方法、命を救う事への代償。その代償は――――

 

 

 

「最悪だな……」

 

 俺は体を起こすと、隻眼となった片目を擦る。薬で眠気を誤魔化すのも、そろそろ限界のようだ。長い間眠っていなかったせいか、随分昔のことを夢に見てしまった。

 

「イエスの死を確認する為に刺した槍、その槍から滴った血が目に落ちて視力を取り戻した、か……」

 

 なんという皮肉なのだろう、そんな槍を所有している者が隻眼になっているなど。

 

「あの時からだったな、俺が自分の身体を度外視するようになったのは……」

 

 あれから多くの国を見た、多くの種族を見た。そして、三大勢力が人間界に強く干渉しているのは予想通りだった。だが、別の視点で見たことで分かったことがある。

 

 彼らをただ排除してしまえば、人間界に多大なダメージを与える。簡単な例を挙げるとすれば京都にあるサーゼクスホテルなど、オーナーが居なくなれば被害が出るのは雇われている従業員(人間)だ。悪魔と契約している人間も同様。

 

 彼らは人間界に深く干渉しすぎている、瞬間接着剤のようにべったりと。そのまま力任せに剥がそうとすれば、それに付着した皮膚ごと剥がれ落ちてしまう。

 

 それに、天界にある「システム」も問題だ。いや、こちらの方が問題は大きいかもしれない。「システム」が存在する限り、神器は人間に与えられ続けることになる。ならば、この「システム」を破壊すればいい――という訳でもない。むしろそれは最悪の方法となるかもしれないのだ。

 

 神器と「システム」の間に繋がりがあるのは確実である。しかし、それはどの程度の繋がりなのか「システム」を見たこともない俺には分からない。ただ人間に神器を与えて、所有者が死んだときに回収し、新しく人間に与えるものなのか? それとも、常に互いが干渉し合い調整や制御がされるものなのか?

 

 前者であるのなら、まだいい方だ。しかし後者であった場合、現在の神器所有者の全てに影響が出てもおかしくない。神器は魂と繋がっており、無理やり引きはがしてしまえば所有者は死亡する。

 

 最悪の場合「システム」が壊されてしまえば、全ての神器保持者が死んでも不思議ではないのだ。それに、歴史上の偉人は神器保持者であったと言われている。仮に「システム」を壊して死亡しなかったとしても、人類はこの先、文明を発展できなくなってしまうかもしれない。もしそうなれば、人間はいずれ滅びるだろう。人間の強みである進化が止まってしまうのだから。

 

 戦力的にも、論理的にも、現状はどうにもならない。闇雲に行動して、最悪の事態だけは起こしてはならない。

 俺は救わなくてはならない。救うべき人間を、俺が捨ててしまう訳にはいかない。なぜなら俺は、必要な犠牲を前にして、英雄であることより、愚か者であることを選んでしまったのだから。

 

―――ギィン!!

 

 俺は頭上から武器が降り下ろされるのを感じ取り、瞬時に聖槍を出現させた。その直後に互いの武器が衝突して音を出す。ちょうどいい目覚ましだ。

 

「チッ………おはようございます曹操、機嫌が悪そうで大変結構です」

「おはようアーサー、里帰りの方はどうだった?」

 

 振り下ろされたコールブランドを鞘に戻して話しかけてきたのは、この前ルフェイと一緒に実家に帰っていた幹部のアーサーだった。いつものように俺の首を取りに来ただけなので、俺は平然と声を掛ける。

 

「えぇ、父上は『さっさとルフェイを誑かした男を切ってこい』と仰って、母上に折檻されていました」

「いつも通りか」

 

 アーサーが持っているコールブランド、それは彼の実家であるペンドラゴン家が家宝として保管しているものだ。それをなぜ彼が持ち歩いているのか、アーサーが所有者として認められたことも、もちろんある。だが、持ち出しを許可したのは今代の当主なのだ。

 

 アーサーはハッキリ言ってシスコンである。そしてその父親は、親バカである。何でもルフェイが密かに惚れている人物が『英雄を倣う者』に在籍しているらしく、それを耳にした当主がアーサーに始末するよう命令しコールブランドを持たせたのだ。それでいいのか、ペンドラゴン家……。

 

 それにしても、ルフェイに惚れられた奴は災難だな。俺がアーサーに、部下に手を出すのは俺を殺してからしろと言ってあるから、今のところ俺しか襲われていないが、俺が居なくなったら確実に一つの惨劇が起こるな。

 

「そちらこそ、日本神話会談の方はいかがでしたか?」

「東の妖怪以外は受け入れてくれた。東も頭目のぬらりひょん殿は、まずまずと言ったところだが、他の妖怪が受け入れられないと言われてな。だが、向こうからは手出しをしないと言われたのから、結果的には上々だろう」

「そうですか……それにしても、相手が日本勢力のトップだからと言って、1人も幹部をアジトに残しておかないとはどういうつもりですか? 事と次第によっては、この場で切りますよ」

「アジトだから緊急時にはすぐに駆けつけられるように手配はしていた。そして、前回の襲撃の際に気を負っていた影使いに禁手化の予兆が見られたからな。本人の要望もあり、1日だけ指揮を執らせた。ルフェイの方には伝えていたんだが、聞いていなかったのか?」

 

 俺の言葉を聞いたアーサーは一度目を見開くが、すぐに表情を元に戻す。

 

「そうですか、後でルフェイに話をしておきます。ですが私は、無能な者にルフェイを預けるつもりはありません。少なくとも、全力の私に真っ向勝負で勝利できる者でなければ、兄として認めることはできない」

「なら、俺はリーダーとして見限られないようにしなければな。お前ほどの戦力を失うのは痛すぎる」

 

 この理想が高すぎるシスコンは、騎士王の子孫というだけあり、今は一定の忠義を俺に示してくれている。それだけで十分なほど頼りになる強者だ。

 

「それは別として、お前が目星をつけていた場所の調査結果が来ているぞ。どうやらビンゴのようだ。最後の聖剣、取りに行くのなら一週間以内に戻ってこい」

 

 俺は積まれた資料から、一部をアーサーに渡す。

 

「場所が判明した時点で、取っては来なかったのですか?」

「少々厄介な特性を持っている所為で、普通の奴らじゃ取ってくるのは不可能だ。だが、コールブランドに認められたお前なら可能だろう」

 

 俺がそういうと、アーサーは資料を一瞥して頷いた。

 

「分かりました。3日で戻りましょう、その間ルフェイを預けます」

 

 そういってアーサーは空間を切り裂き部屋から出て行った。さて、三大勢力と接触した以上、ここからは時間との戦いだ。他の神話勢力とどれだけコンタクトを取ることができるか。

 

 そこまで考えたところで、俺は突然の事態に意識を切り替えた。だがそれは、人間の力では抗えない、世界の暴力だった。

 

 

 

Side ハーデス

 儂は今、非常に愉快――――いや、不機嫌である。それは神殿の外から聞こえてくる戦闘音と、書類仕事をしていない現状とは全く関係ない。

 

「はぁ~、どうして儂の所が狙われる」

 

 何の前触れもなく、儂の神殿に攻め込んできた有象無象ども。ハッキリ言って強くはない、現に対応している死神は負傷した者はいるものの、死んだ者は一人もいない。ただ、その数は圧倒的であった。まさに質より量と言った襲撃だ。

 

「報告します」

 

 1体の死神が声を上げる。さて、どちらの報告だろうか?

 

「敵勢力は未だ戦闘を続けていますが、すでに相手部隊は半壊しているもよう。増援の兆しもなく、あと半刻もしないうちに事態は終息します」

「ふむ。死亡者、及び呪いなどの被害は?」

「それらの報告は有りません」

「ふむ………」

 

 余興もこれで終いじゃのう。さて此度の参謀者も、そろそろ動きがあっても良い筈じゃが……。

 

「緊急! ハーデス様、コキュートスにて侵入者あり! 敵は悪魔1体、見張りの最上級死神は軒並み戦闘不能! 敵はサマエルの封印場所に向かっています」

「なんじゃと!」

 

 ようやく動きを見せたかコウモリめ。そして、此度の目的はサマエルか。襲撃をしてきたのは、あくまで儂の目をこちらに向けさせる為。しかし、相手はどのコウモリじゃ?

 

 サマエルを封印しているコキュートスへ続く道には、当然見張りも多く配置している。上級から最上級の死神たちをたった1体で相手取るなど、儂のような主神クラスの実力が必要である。

 

 そうなると相手のコウモリは超越者クラス。現状、このようなことを仕出かしそうなコウモリは……1体おるな。

 

「儂が直接向かう。現場の指揮はプルートに一任し、残りの死神たちは下がらせよ。相手にならん」

 

 儂はすぐさま、魔方陣を展開しコキュートスの入り口まで飛ぶ。侵入を防ぐために様々な妨害術式を壁などに埋め込んでいるために、直接飛ぶことができないのが何とも歯がゆい。

 

「これだから、他神話など信用できんのじゃ」

 

 儂は全速力でサマエルが封印されている場所に向かいながら、先日の三大勢力から要請を思い出した。

 

 何が和平じゃ、何が神話同士の協調じゃ。己が組織すら制御できておらん奴らなど、問題が起きるのは目に見えているではないか。相手の尻拭いをするために和平を結ぶなど、儂はゴメンじゃ。

 

 数分もしないうちにサマエルの封印場所に着く。それと同時に、儂は辿り着くのが一歩遅かったことを理解した。すでにサマエルの姿は、コキュートスから消えていた。

 その代りに居るのは、今にも命が果てそうな1体のコウモリ。

 

「久しいのう。直接会った訳ではないが、冥界での戦争以来じゃな。リゼヴィム・リヴァン・ルシファー」

「……ハー、デスか……遅かっ…な」

 

 そのコウモリは、かつて報告で聞いていた印象とは違っていた。今のこやつは修羅、怒りと憎悪によって目的を果たさんが為にいかなる手段をも利用する復讐者のそれじゃ。これでは、悪魔というより悪鬼じゃのう。

 

「お主、自身の命……だけではないな。どれだけの命を代償に、ここの術式を壊した」

「は、はは……」

 

 儂の言葉を聞いても、奴は答えない。ここまで来る道にも侵入妨害の術式が施されていたように、この封印の場所は特に厳重に妨害の術式を施していた。

 

 だが今は、その術式の半分弱が機能していなかった。これは解術されたのではなく、圧倒的な力で無理やり妨害を振りほどいた為だろう。

 

 それこそ、儂のような主神クラスの力が2、3体必要な荒業だ。それをコヤツは成した、その方法は死を司る神である儂がこの場に来たことで理解した。数えきれないほどの命を燃料に、妨害を受けながら無理やり術を行使したのだろう。

 

「どこに転移させたかは分からんが、サマエルの気配を隠しておける場所など高が知れている。お主も、それを理解できん奴ではなかろう。一体何が目的じゃ?」

 

 サマエルは各神話が封印することを合意した存在。それが世に出回ったことが伝われば、見つけ出すのに、そう時間は掛からん。ドラゴンからすれば、嫌でも感じ取るだろうしのう。

 それが分からないほど、こやつは耄碌してはおらん。命を捨てる覚悟で儂の神殿を襲撃させるように仕向けられるほどのカリスマと、頭の回る奴なのだから必ず理由がある。

 

「は、はは、……ハハハ、ヒャハハハッハハハアハッハハ!」

 

 答える気がない。というより、壊れてしまっているようじゃ。現に、命が終わりかけているのが分かる。儂がこの場に来なくとも、コヤツは生きて帰るつもりはなかったようじゃ。そこまでして、果たそうとする目的は一体なんじゃろうか。

 

「は………あぁ…………」

 

 ついには倒れこんでしまった。その目に未だ映っている狂気は、儂に向けられたものではない。歓喜と絶望を抱くその姿は、何かをやり遂げたかのように笑みを浮かべていた。

 

「俺は……ぼくが、世界を壊す(アイツを殺す)、グレー、ト……レッド」

 

 そこまで言うと、奴の身体は消滅した。だが、消滅する直前に儂は奴の僅かに残った魂魄を捕らえる。それは今回の事情を説明するための証拠でもあるが、命が消えると同時に何かの術に魂魄が使われそうになったことを察知したからである。ここまで己の命を冒涜するとは、一体コヤツに何があったのか……。

 

「本当にコウモリどもは面倒事ばかり起こしおって……」

 

 魂を変質させ、命という鎖で縛り、摩耗された心を消滅させる。死を否定し、生を蝕む忌むべき物を生み出したコウモリは、儂は大嫌いじゃ。

 

 死とは、断罪であり救いなのである。あらゆる罪人、あらゆる聖人に分け隔てなく与えられる命への救済。死があるからこそ、生きることができる。全てモノへ平等に与えられた権利と義務。死を否定することは、生きることへの否定であり、命への冒涜なのだ。

 

「また、書類仕事が増えそうだわい」

 

 此度の件において、三大勢力の印象は最悪どころではない。もはや、和平を結ぶなど問題外。兄者と弟にも、今回のことを報告してオリュンポスとの和平は絶対に阻止せねばならん。死を司る儂が、命を冒涜する者を認めることは断じてできん。

 

 そこまで考えたところで、儂は世界の異常を感じ取った。いや、これは異常などという生ぬるい表現をできるものではない。これではまるで、ハルマゲドンじゃ!

 

 

 

Side ???

 最悪の事態とは、おそらく現状のような事態を指すのだと思われる。ここは忘れられた世界、ただ一つの獣が封印されているだけの空間。決して誰かが訪れることは無く、封印された獣は眠り続けている。

 

 しかし、ここに一体の堕天使が訪れた。名前はサマエル。人間に知恵の木の実を食べさせ、神の怒りを受けた元大天使である。顔に付けられた拘束具により獣の姿を見ることはできない。いや、モーセに杖で打ち据えられ盲目になったと言われるサマエルは、初めから見ることはできないのかもしれない。

 

 しかしサマエルは、目の前の獣の封印が自身の仕えていた主の力であると理解した。サマエルは獣へ近づいていく。

 なぜ、サマエルは近づくのか。もし、サマエルの心を読むことができるものがこの場に居ようとも、分かることはない。何故なら、サマエルは既に自我を失っていたからだ。

 

 コキュートスに封印されてから、どれほどの時間が流れたのか分からないほどサマエルは封印されていた。その無限にも思える無の時間は、サマエルから知性を奪ってしまっていた。今、サマエルを動かしているのは本能だけである。

 果たして、かつての大天使として主を求めて近づいているのか、堕天使となったことで主を排そうとしているのかは分からない。

 

 ただ、サマエルの行動は獣を刺激することになったのは確かだった。故に悲劇が起きる。

 獣は七つの頭を持っており、その中の1つがドラゴンの頭だった。神の怒りという名の強力な龍殺しの力を身に纏っていたサマエルが近づけば、その獣が苦しむのは必然だった。

 

 そして、何よりも封印の現状が悪かった。ある出来事によって崩壊しかけた術式は、まだ封印を完全に修復できてはいなかったのだ。

 

 そんなことを知らないサマエルは衝動のままに獣へと近づき、衝突した。それが抱擁の為なのか、攻撃の為なのかは分からない。しかし、術式に魔王クラスの力を持つサマエルが衝突したことで獣は………目を覚ましてしまった。

 

 そこからは早かった、目を覚ました一つの頭が身体を動かそうとした。理由はサマエルを排除するため。巨大な腕が、残った封印を無理やり破り、サマエルに振り下ろされた。

 認識することなくサマエルは潰され、血しぶきが飛び散った。そしてその血は、獣に付着する。獣はさらに苦しみだした、サマエルの血に含まれた龍殺しにドラゴンの頭が壊死していく。

 

 普通のドラゴンや蛇に属する存在なら、ここで肉体が朽ちて死亡する筈である。しかし、獣は違った。その獣には、このような記述が残されている『頭の1つは傷付けられるが、すぐに治る』と。

 

 すなわち驚異的な再生能力を持っているのである。獣の中では、龍殺しによる身体の破壊と、特性による再生が繰りかえされていき、そしてついに―――獣は龍殺しを克服してしまった。

 それだけではない。獣の壊死したドラゴンの頭の場所には、新しい頭が生えていた。その姿はまるで、サマエルの上半身のような形をしている。その頭が息を吐く、まともと世界全体に影響を与える毒素を含んでいた瘴気には、サマエルの龍殺しの力が加わり、より凶悪に変質していた。もはや、最高神であろうと近づくのは危険である。

 

 獣は吠える、獣のいた世界が壊れた。今、獣がいるのは次元の狭間。そして周囲には、空間の壁を無理やり破壊されて、剥き出しになった別の世界への入り口ができていた。

 

 その割れ目の一つ、天界へと続く割れ目に獣は飛び込んだ。

 

 サマエルを転移させた『傲慢の悪魔』が、このような結果になると考えていたかは分からない。転移されたサマエルには、僅かな間次元の狭間に存在できるようになる魔術が付与されていたことから、直接グレートレッドの所へ転移するつもりだったのか、別の協力者の場所に送るつもりだったのか、それとも獣の存在をどこかで知ってサマエルを送ったのか。

 

 しかし、一つだけ確かなことは、より強力に進化した獣が目を覚ましたということだ。そして、なぜ天界に向かったのか、それを知る存在が獣の場所に向かっていた。

 

 

Side ???

「龍殺しの力を次元の狭間に確認しました」

「よし。すぐに次元の狭間に突入し、グレートレッドを打ち取ってこい!」

 

「「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」」

 

 主の声を聞き、眷属たちはバタバタをその場を後にする。

 ここはある貴族悪魔の研究所。その悪魔は眷属を強化する人体実験を行い成功したものの、名を上げられなかった研究者の悪魔だった。優秀な駒として動かすために眷属たちの知性を大幅に失わせ、力を与える研究。

 

 研究自体は成功していた。しかし、他の貴族悪魔からの評価は中途半端だった。知性を失わせたことで暴走、小さなことで反逆などが起きないか? 命令通りに動くことはできるのか? 悪魔の戦力の増強というのは魅力的ではあるが、それを大々的に提案するには安全性が疑われていた。

 

 要するに、彼の研究が信用されるには実績が必要だった。どんな理不尽な命令であっても命令を聞くという実績だ。それが今回の任務により、証明される。

 

 彼らは所詮使い捨て、命令通りに動く手足でしかない。この悪魔も、本気でグレートレッドを打倒できるとは思っていなかった。万が一の場合を考えて、彼らには変異の駒を渡しているが、彼らが死ぬまで戦い続けてくれればそれで十分な証明となる。

 

 ある超越者の悪魔が引き起こした今回の事件。それを知った、この悪魔は都合がいいと思った程度だった。この時はまだ、自身が渡ろうとしている橋が想像以上に危険であると思ってはいなかった。この悪魔の行動が、冥界を滅ぼす結果となることを、この時はまだ誰も知らない。

 




 アリスは、アーシアと同じ聖母の微笑みの所有者です。彼女の両親は、アリスが特異な力を持っているのを知っても受け入れて、捨てたり教会には預けず、彼女が他の人に迫害されるぐらいならと人里離れた場所に住処を移しました。そのせいで悪魔に狙われたというのが、アリスの大まかな経歴です。本編で語られることはないので、あくまで補足ですが。
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