どうしてこうなった……。
「……………」
「……………」
「……………」
現在、私とオーフィスは次元の狭間でグレートレッドと対峙している。ただし、今回は挑みに来たわけではない。故に攻撃されたら、戦うと決めて警戒しているのだけど。
向こうも一切攻撃をしてこないのだ。その所為で私たちの間に妙な沈黙が生まれている。
「(うーん、一旦情報を整理しよう)」
まず、冥界と天界に気配が増えてから数万年ほど経った。二人で確認に向かったところ、やはり悪魔と天使、それと堕天使だった。なにやら、冥界の覇権をめぐって戦争を始めたらしいけど、こちらには関係はなさそうだったので放置している。
そのあと、この世界でも人間が増えてきた。最初の頃は、石の槍で鹿とかを狩っていたのに、ほんの少しの間で火縄銃が使われ始めた。
それと人間が増え始めたあたりから妖怪も増えてきて、都の方では百鬼夜行などが起きているらしい。
そして、ここからが重要だ。冥界の方で戦争が終わったと思ったら、今度は人間たちが戦争を始めた。その所為で、外で修行できなくなったのだが、だったら次元の狭間に行って修行しようという結論に至った。
そして、次元の狭間で修行をしているとグレートレッドが現れたのだ。
整理終了。
「……………」
って、この沈黙どうしよう。なんでグレートレッドは何もしてこないの!? いつもなら問答無用で攻撃してくるのに、こちらを見つめているだけで何もしてこない。
「……なぜ、儂の所へ来ない?」
「!?」
私は驚愕した。初めて、グレートレッドが話しかけてきたのだ。
「いつもお前たちが来るのは、儂と戦うための筈。なのに、どうして今回は来ないのだ?」
どうやら、いつもとは違う私たちの行動に疑問を感じてやってきたようだ。まあ、1億年以上同じことを続けていて、突然違うことされたら不思議に思うのも仕方ないか。
「えっと、実は……」
私は、普段の修行場所が戦争で使えないことを説明した。するとグレートレッドは、酷くつまらなそうな顔をする。
「なんだ、そんな理由か」
そんな理由とは失礼だ。私たちが強くなるためには修行する場所が必要なんだよ。
「つまり、今回は戦いに来たわけではないと」
「そうだよ。少なくとも、今の私たちには貴方と戦う意思はないよ」
「そうか……」
納得したのか、グレートレッドは呟いた。そして、もう一度口を開く。
「オーフィス、以前から聞きたかったのだが、その人間はなんなのだ?」
「絆、我の協力者、共に戦うと約束した者」
オーフィスは私を庇うように前に立ち、グレートレッドを睨み付ける。
「お前が気に掛けるほどの者なのか? 確かに、ソレは儂の攻撃を幾度となく無効化してきたが、所詮それだけだ」
「絆は、信頼できる」
「……お前は変わったのだな、オーフィス」
少しだけ声のトーンを下げてグレートレッドが言った。
「我、変わった?」
「ああ、変わったぞ。儂もお前と同じ完成された存在、故に儂たちはお互いにしか関心を持たなかった。だが、お前はその人間と関わり、信頼を寄せている。完成された存在に、そんなことはありえない」
「グレートレッドには、信頼出来る者、居ない?」
「ああ、そんなものは必要ないからな。誰かと関わり思いを寄せるのは、その者が不完全だからだ。オーフィス、お前はもう、完成された儂とは違う存在なのだな……」
グレートレッドは淡々と告げる。その声は、一切の感情が籠っていない機械のような声音だった。
でも、私には分かった。表情の変化に乏しく抑揚のない声で話をするオーフィスとずっと一緒に居て、それと同じように話すグレートレッドの声の僅かな強弱の中にある感情を。
それを理解した途端、私の中で抑えようのない感情が湧き出してくる。
「ねえ、さっきから聞いていればなんなの?」
「何がだ、人間?」
「グレートレッド、あなたオーフィスが変わったことに対して『寂しい』って思ったよね?」
「? そのようなことは思ってないが」
「自覚すらしてないんだね。まあ、それを抜きにしても。オーフィスが不完全ってなにさ。あなたと同じ完成された存在だった? 完全な存在なんて、この世界に存在しないよ」
「そんなことはない、儂は完成された存在だ。以前のオーフィスもそうであった」
「じゃあ、完成された存在の基準は何?」
「最強であることだ」
私が聞くと、グレートレッドは躊躇いもなく答えた。でも、それは違う。
「オーフィスは、以前からあなたに負けているんだよ。最強じゃない」
「儂と張り合える時点で、最強の存在だ。現に、儂とオーフィスは共に世界最強のドラゴンと称されてきた」
確かにそうだ、グレートレッドに次いでオーフィスも世界全土、全神話の勢力に最強のドラゴンと伝えられている。
「だったら私は何? 私もあなたと戦える、オーフィスと同じようにあなたの前に立てる」
「儂に傷一つ付けられぬガキが図に乗るな」
「傷つけられないのはオーフィスだって同じだよね? オーフィスと同じ時間立っていられる私は、完成された存在ってことにならないの?」
「……………」
「もし私が完成された存在なら、ここまで強くなれたのはオーフィスのおかげなんだよ。それにオーフィスだって、私と会ってから格段に強くなった。世界最強の存在が、さらに強くなったのに、定義が『最強』の完成された存在じゃないのは変だと思うよ」
「……どちらにしても、お前たちでは儂には勝てない。完成された存在、最強は儂のみだ」
っ! この頑固ドラゴンは!
「とことん自分が、完成された存在だって言いたいんだね。なら、私にも考えがあるよ」
私はグレートレッドに向かって指を突きつける。
「私があなたを倒して、最強の座から引きずり下ろしてやる」
「不可能だ」
「そうかもしれない。相手が本当に完成された存在だったら、不可能だよ。なんたって、不完全な存在が目標として目指し、そして永遠に辿り着けないのが完成された存在なんだから」
不完全だからこそ、その者は完璧を追い求める。しかし、完全な存在なんてありはしない。どこまで行っても上がある、だからその目標に辿り着くことは絶対にできない。
「その通りだ。不完全は永遠に、不完全のままだ」
「だからこそ、私はあなたを倒す。あなたを倒せば、あなたが完成された存在ではないということの証明になる」
「例えそうなっても、その場合は貴様が完成された存在になるだけの話だ」
「そうはならないよ。たった今、あなたが言ったよね? 不完全は永遠に不完全のまま、あなたを倒しても、私は不完全のままだよ」
「ああ言えば、こう言いおって」
「どっちがさ」
私はグレートレッドと睨み合う。それを続けること数分、グレートレッドは面倒くさくなったように、睨むのを止めた。
「まあいい。どの道、貴様では儂を倒すことなど不可能なのだからな」
「だったら、不可能を可能にするだけだよ」
「挑みたければ、いくらでも挑んでくるがいい。不完全では完成された存在に傷一つ付けられないということを教えてやる」
そう言ってグレートレッドは、私たちに背を向けて翼を羽ばたかせる。
「ではな、精々頑張ってみるがいい」
それだけ言うと、グレートレッドはどこかへ飛んで行ってしまった。
「今日のグレートレッド、変だった」
グレートレットが見えなくなると、オーフィスがポツリと呟いた。
「確かにね。いつもなら問答無用で攻撃して来るのに、会話しただけで追い出そうともしないなんて」
「それも確かにそう、でも、違う」
「えっ?」
オーフィスの言葉に私は本気で意味が分からず、そんな声を出した。他に何か、変なところあったかな?
「グレートレッド、自ら絆と戦うと言った、自分から戦うことを、望んだ」
「いや、あれは私の売り言葉を買っただけじゃないの?」
「だったら、我と絆、ここに残した理由、分からない」
どういうこと? グレートレッドが何もしなかったのって、単なる気まぐれじゃないの?
「グレートレッド、戦いを望んだ、だから修行の場所に、ここに居ることに目を瞑った」
「私たちを見逃したのって、そういう理由だったの!?」
本当にそうだとしたら、それはグレートレッドからの挑戦状だ。随分と舐めた真似をしてくれる。
「それはそうと、絆」
「なに? オーフィ……ス…」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
……あ、あれ? なんかオーフィスから、とてつもないプレッシャーを感じる。先程のグレートレッドの僅かな変化に気づける私には、そこに含まれた感情を一瞬で理解した。
それは怒り。理由はわからないけど、オーフィスは怒っている。それも私に対して。
「あ、あの、オーフィスさん? なんでそんなに、怒っていらっしゃるのでしょうか?」
「……………」
オーフィスは無言で私のそばにやってくる。そして、無表情のまま私を見つめる。正直、無茶苦茶怖い!
「えっと、オーフィス?」
「……………」
――ギュッ
「えっ?」
オーフィスは何も言わずに、私の手を握ってきた。しかし、その小さな身体から放たれる膨大なプレッシャーは未だに止まらない。
「グレートレッド倒すの、絆じゃない」
「ど、どうしたの突然?」
「グレートレッド倒すの、我と絆」
「あっ――」
その言葉を聞いて、私はオーフィスが言いたいことを理解した。
「我と絆、二人で、グレートレッド、倒す」
そうだ。約束したじゃないか、オーフィスと一緒に戦うんだって。1億年以上も、その約束を守り続けて、私とオーフィスは強くなったのに。私、さっきなんて言った?
私、私が、ってなんだよ。私『たち』が倒す、の間違いだろ!
「ごめん。私、間違ってた。グレートレッドの言葉にイラついて、オーフィスのこと考えてなかった」
「ん、間違いは、誰にでもある、絆が教えてくれたこと」
「それでも、本当にごめんなさい! そして、改めて言うよ。私たちで、グレートレッドを倒そう!」
「ん」
そうして私たちは仲直りして、今日の修行を始めた。
それにしても、どうして私はグレートレッドの言葉にあんなにイラついたのだろう? グレートレッドが私のことをソレ扱いした時も、あまり怒りは覚えなかった。
でも、オーフィスが私と関わって、不完全になったと聞いてから、だんだんとイラつきし始めていた気がする。
オーフィスが不完全と言われたから、私は怒ったのかな? でも、私は不完全であることを悪いとは思っていない。そこに怒る要素はない。
だとすると、私と関わってオーフィスが変わったことに対しての落胆? たぶん、ソレのような気がするけど、どうして私があれほどまで反応したんだろう。
「…………………………………ああ、なるほど」
「絆?」
私が突然、呟いたことにオーフィスは無表情のまま首を傾げる。それに対して、私は何でもないよ、と首を振る。
そうか、そういうことか……。
分かった。どうして私が、グレートレッドの言葉にあんなにも強く反応したのか。
同じなんだ。私も、グレートレッドと。
神様が言っていた。前世の私は、小さな世界に満足していたと。それは即ち、変化のない日常を受け入れていたこと。それは、オーフィス以外に関心を持たず、また変化をしようとしないグレートレッドと同じじゃないか。
同族嫌悪。記憶はなくても、身体が覚えている。そして、オーフィスと関わって少しずつ変化してきた私は、過去の自分とグレートレッドが重なって見えたんだろう。
そして、それが許せなかった。何の不自由もないのに、関わりを絶ち。変化をしようとしなかったグレートレッドが。
なんて、自分勝手な理由だ。あまつさえ、それでオーフィスのことを忘れるなんて……。
「オーフィス」
「何?」
「強くなろう。二人で、誰にも負けないぐらい、強く」
「ん、我と絆、強くなる」
Sideグレートレッド
オーフィスと人間がいた場所から、すでに見えないほど遠くまで来た。
「儂を倒す、か……」
人間。
聖書の神が作り出し、知恵の木の実を食べて、完全から不完全になり下がった者。
とてつもなく弱く、儚く、脆い生き物。
それが、儂を倒す? 面白くない冗談だ。
完成された存在。
それは、無敵であるという意味も含まれている。現に儂とオーフィスは世界の全てを敵に回して勝てるほどの力を有している。
数の暴力、という言葉があるが。言わば儂たちは、質の暴力だ。敵がいくら集まろうと、圧倒的な力で捻じ伏せる。いくら策を愚考しようと、それを上回る力で相手を蹂躙する。だからこそ、最強。だからこそ、他者と関わりを持つ必要がない。
完成されているのなら、それより上は存在しないのだ。他者と協力しようとも、力が上がることは絶対に無い。
「だが――」
オーフィスは、あの人間と関わってから、さらに強くなった。力の総量が上がったわけではない、ムゲン以上の力は存在しないのだから。
あの人間も、来るたびに戦闘する時間が増えている。オーフィスの力を使っている気配はない筈なのに、儂の前に立ち続ける。
「不完全だからこそ、完成された存在を目標とする……」
オーフィスは不完全になったから、強くなったのだろうか? 儂が完成された存在だから、あの人間は何度敗北しようとも、儂に挑みに来るのだろうか?
「あの人間、絆といったか……」
儂は、オーフィスから聞いたあの人間の名を呟いた。弱く、儚く、脆く。そして、強くなっていく人間の名を。決して完成された存在にはなれない、不完全な存在の名を。
「ならば、絆。いつでも、何度でも挑んでくるがいい。儂はその全てを叩き潰し、完成された存在として永遠に貴様の目標で居続けてやろう」
そういうと儂は翼に力を込めて強く羽ばたき、いつもより速く次元の狭間を飛んだ。