『デュエル屋』の日常 その1
怠い。
怠いのだ。
怠過ぎるのだ。
机に突っ伏しながらそんなことを思う。
側の窓から差し込む日差しすらも心地よいとは感じない。
ただただ時間だけが刻々と過ぎていく。実に不毛極まりない時間だ。
早く終わっちまえよ。
空をゆっくり動いていく雲をぼんやり眺めながらそう思った。
『マスター……マスター……』
俺の視界にふわふわと浮遊している半透明の女が入ってくる。
半透明というのは存在感が薄いという比喩でもなく『半透明』という文字通りの意味。彼女を通して後ろの黒板の字を読むことが出来る程、彼女の体は透けている。要するに幽霊みたいなものだ。
俺の周りには俺同様席に腰掛ける同年代の男女が大勢いる。
普通、そう言った幽霊のような少女が現れれば周りで騒ぎになるのだろう。だけど、実際にはそんなことは起きない。
なぜならこいつは俺にしか見えてないからだ。
うっすらピンクがかった艶のある白髪を揺らしながら、俺の顔を除き込んでくる少女。この距離で見つめられたら間違いなく惚れてしまうであろう破壊力を持つ超が付く程の別嬪さんだ。だが生憎俺は何の関心も示す気はない。あぁ、かったりぃ。
『……マスター、体を起こさないと当てられてしまいますよ?』
無視。
そう決め込んだ俺は瞼を落とす。恐らくしょんぼりとした顔になり、俯いたまま完全に透明になってゆく流れが容易に目に浮かぶ。
まぁ何はともあれこのまま意識を落とせば後は時間が勝手に過ぎていくだろう。
「じゃあこれを……八代。答えてみろ」
だが、現実はそう上手くはいかないらしい。
先生様からのご指名だ。
“はぁ。”と少しため息を漏らしゆっくり立ち上がる。
教室の生徒の視線が僅かに集まるのを感じる。こっちを向いたところで面白いことなんか起きないことぐらい分かってるだろうに……
話なんざ聞いてなかったから何を聞かれてるのかすら分からない。
『マスター、今の先生の質問はですね……』
「……聞いてませんでした」
「ぼーっとしてないで授業を聞くように。それじゃあ……」
ガァっと椅子を引き席に座る。
わずかに集まった視線は霧散する。
ほぉらな、なんもねぇだろ?
『マスター……』
しょんぼり落込んだような表情で俺の横に佇む少女。
なんてことはない。
いつも通りの授業の時間だった。
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五月病。
この体の言いようの無い怠さ、そして無気力感の原因はおそらくこれなんだろう。そういうことにしておく。
授業の時間をだらだらと過ごし気が付けば放課後になっていた。通学鞄もいつもより重たく感じる。部活などをやる気も毛頭なく授業が終われば直帰する。それが日常になっていた。
友人?
言わせんな恥ずかしい。
ブルルッ
ズボンのポッケが振動する。
メッセージが届いたようだ。
俺から連絡を送ってないのにメッセージを寄越すヤツなんてのは一人しか心当たりは無い。あの青髪の同居人だろう。
メッセージを確認すれば案の定だった。
From 狭霧
ごめんなさい。
今日も仕事で遅くなるから夕飯は机においておくので一人で食べてね(><)
遅くなるようだったら連絡して下さい。
『狭霧さん、今日も遅くなるみたいですね……』
「らしいな、まぁ今日は俺も依頼があるから遅くなるし。帰る時間はそんなに変わらないだろ」
会話の最中、短い返信の文面を打ち込む。
To 狭霧
わかった。でも、今日は俺も帰るのは遅い。
「送信っと。さて、今日の依頼は……」
『……………………』
プライベート用のアカウントから仕事用のアカウントに切り替える。ぶっちゃけ今日は怠いから仕事なんてしたくもないんだが、仕事なんでそうは言ってられない。ふむ、なるほどな。
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人や車、バイクが賑わう大通り。
その喧噪は煩わしい以外の何でも無く単純に嫌いであった。
故に道を外れる。
と言ってもそれだけの理由で道を外れたのではない。俺の受け取る依頼のほとんどはこういった日の当たらないところで行われる。
人通りの極端に少ないビルの間の細道。
大通りとは打って変わってビルの影で薄暗くなっている通りには人の気配も無く実に静かだ。物音もしないこの空間は自然と心が落ち着くから、俺は好んでこういう道を歩いたりする。
さて目的の場所についた。暗い通りの建物の地下へ進む階段。そこの横に立っているサングラスに黒いスーツを身につけた男の前に立つ。俺の姿を見た男はビクッと後ろにたじろぐ。それもそうだろう。目の前に銀の髑髏の仮面に、顔だけ出るような体全体を覆う焦げ茶色のローブの男が現れたのだ。着ている自分も思うが相当に怪しい。
「……ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「依頼でここに来た。パスの確認はここで?」
「あ、あぁ。『マシンナーズ』」
「『スナイパー』」
「確かに。うちで呼ばれた『デュエル屋』はあんたで3人目だ。もう、うちのヘッドは相当キてるぜ」
「関係ないな。俺は依頼をこなすだけだ」
『……………………』
「……そいつは頼もしいこった。場所は地下だ。せいぜいヘッドを失望させねぇでくれよ?」
「愚問だな。報酬分は働くさ」
手をひらひらと振りながら階段を下っていく。
重厚な金属の扉が開く鈍い音と共にいつも通りの日常が始まる。
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寂れた裏通りの様子とは一変、俺の通された地下の一室の内装は豪勢なものだった。価値は分からないが装飾が施された額縁に収められている巨大な絵画なんてのは相場が高いと決まっている。床に敷かれた金の刺繍のしてある赤い絨毯や、天井から吊るされたシャンデリア、専用の置き場の用意された奇怪な形の壺どれをとっても一級品なのだろう。
目の前のソファにドカリと腰掛ける恰幅の良いおっさん、これが今日の依頼主だ。煙草を吹かしながら両脇に女を侍らせてる様はまさにマフィアのボスと言ったところか。「まぁ……」とおっさんはおもむろに口を開きながら煙草をクリスタルの灰皿に押し付ける。
「依頼通りお前さんにはデュエルで勝ってもらいたいだけだ」
「必ず」
間髪入れること無く即答する。それが『デュエル屋』というものだ。デュエルが重要なウェイトを占めるこの世界だ。全く、何がどうなればそうなるのかは理解に苦しむが、そう言った世界である以上この手の商売は当然需要が生じる。依頼された場所、相手にデュエルで勝つ。
ただ、それだけ。
だが、俺の返事が気に入らなかったのかおっさんはやけに芝居がかったため息をついて言葉を続けた。
「そう言ってきた『デュエル屋』が今までうちで2人負けている」
「誰を雇ったのかは存じませんが、腕が無かっただけかと」
「ほぅ」
値踏みするように顎に手を当てながら俺を見つめる。
両隣の女は面白いものを見るように俺とおっさんを見比べていた。
「では、このデュエル。依頼通り必ずや勝利を収めると?」
「そう言ったつもりですが?」
「……………………」
「……………………」
短い沈黙。
そしてその沈黙はおっさんの弾けるような笑い声に破られる。
「ぶわっはっはっは!! 流石は雑賀と言ったところか! 良い人材を紹介してくるわい!」
「お眼鏡にかなって何よりです」
「うむ、ではゆけ。分かっているかと思うがもし負けるようなことがあれば……」
「この身切り刻んで売却するなり好きにすれば良い」
『………………っ!』
「……もっともそんなことは万が一にも起きやしないですが」
「くくく、期待しておるぞ」
「では……」
SPの人間に扉を開けられて豪勢な応接間を後にする。
1階のホールの上は吹き抜けとなっており、応接間を出れば目の前に階下の様子が見える。ホールの中心に用意された牢獄。あれが今日の仕事場だった。
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罪を犯したわけでもないのに牢獄に入るとは妙な気分だ。
この牢を囲むように配置されたいくつもの円卓の周りに目元だけをサングラスで隠した紳士淑女の方々が腰をお掛けになっている。
『マスター、ここって……』
「あぁ、違法な賭博デュエル施設だろうな」
仮面をしたまま小声で喋るため周りに気取られることはない。
『デュエル屋』にもよるが、俺のスタンスは基本的に依頼人の事情は一切問わない。込み入った依頼人の事情に首を突っ込む気もないし、何よりも下手に事情を知って巻き込まれたくないからだ。そのために依頼は相互不干渉の契約書の受諾が条件となっている。もっともこういった違法賭博デュエルが一斉検挙された場合は無関係ではいられないだろうが、そのときはそのときだ。
『……………………』
いつも依頼の時が来るとこいつはこうだ。
何か言いたいけどそれを我慢するかのような悲しそうな顔になる。まったく、そんなに嫌なら俺からとっとと離れていけば良いものを。謎である。
「おい」
どうやら相手が来たようだ。
不意に背後から呼び止められる。
振り返れば不快な笑みを浮かべた柄の悪い三人の男がそこにはいた。
左からモヒカン、スキンヘッド、リーゼントと時代を感じさせる独特のヘアスタイルの男共。全員お揃いの袖を破った革ジャンを着ており、そこから出た腕はどれも皆筋肉質。小さい子どもが見たら間違いなく泣き出しそうな人相をした男共であったが、そのあまりにも如何にもと言った雰囲気にその類いの反応をするような感情は起こらない。
「お前が相手か?」
感情のこもってない声でそう問いかける。その反応が気に食わなかったのかスキンヘッドの男の両脇のモヒカンとリーゼントがいきりたつが、それ制するスキンヘッド。“だけどよ、兄貴……”とか言う何ともテンプレ通り本当にどうもありがとうございました、と言いたくなるような寸劇が目の前で繰り広げられ、半ば飽きれ帰ろうかとすら考えたところで、ようやくスキンヘッドの男が一歩前に進み出て無言で左腕を突き出す。
その腕には金属製の円盤が装着されていた。
デュエルディスク。
この世界では最早見慣れた代物。
デュエルが全国的に普及しているこの世界ではごく自然な光景。
当然賭博デュエルでも使われないはずが無い。
立体映像として現れるモンスターや魔法・罠の応酬は見ているだけでも迫力があり人気が高いのだ。
「あぁ。今日お前を血祭りにあげる男だ! せいぜい冥土の土産にでも覚えておくが良い!」
下衆な笑みを浮かべるスキンヘッドの男の顔が何とも腹立たしいことこの上ない。さっさと終わらせて帰ろう。鞄からデュエルディスクを出しながらそう決意する。
ガチャ。
デュエルディスクが腕にフィットする。ここでの生活も長くなりデュエルディスクの付け方もこのデッキも、もうしっかり肌になじんでしまった。ディスクをつけた左腕をスキンヘッドの男に突き出すとスキンヘッドの男は一層その笑みを深くした。
「「デュエル!!」」
掛け声とともにディスクの形状がデュエルモードへと変化する。差し込まれたデッキはシャッフルされ、電源が入ったディスクにライフポイントが表示される。現れたライフを示す4000が点滅してないことから相手が先攻らしい。
デッキからカードを5枚抜き取る。まずまずの手札だ。
「俺の先攻ぉ! ドロォー!!」
勢い良くカードを引くスキンヘッド。ガタイがやたら良いだけにカードもディスクも小さく見えてくる。
「俺は『神獣王バルバロス』を召喚!」
スキンヘッドの前に現れたのは金色のたてがみを棚引かせる獣人。下半身は黒い毛に覆われた獣、上半身は褐色の筋骨隆々の人間のもので顔はライオンと、まさに獣戦士そのもの。右手には身の丈程の長い赤いランス、左手には青のシールドを携えいつでも戦えると言わんばかりの雄叫びを響かせる。
神獣王バルバロス
ATK1900 DEF1200
本来8つ星の最上級モンスターである『神獣王バルバロス』の召喚には生け贄が2体必要である。だがこのモンスターは生け贄無しで召喚できると言う効果があるため、いきなり召喚することが可能。だが、この召喚方法で場に出た時は元々の攻撃力3000にはならず、攻撃力1900になると言う制約を負う。もっともそれでも下級モンスターの最高クラスの打点には到達しているので十分な性能と言えるだろう。スキンヘッドのエースモンスターが場に出たことで周りのチンピラ達のテンションが上がる。スキンヘッドは満更でもないようでカードをさらに2枚セットしターンエンド宣言をした。
はぁ……全くこんなのが相手だとはな……
「俺のターン、ドロー」
「おぉっと! この瞬間、速攻魔法発動だぁ!」
スキンヘッドの前に伏せられた2枚のうちの1枚のカードが露わになる。
「『手札断殺』! これによりお互い手札を2枚墓地に送る。そして新たにカードを2枚ドローする! さぁ! とっとと手札を墓地に送りやがれ!」
やかましいヤツだ……
だがこの効果はこちらとしても好都合でもある。これでありがたくカードを墓地に送れた。
「この時、手札から墓地に送った『ダンディライオン』の効果発動。場に2体の綿毛トークンを守備表示で特殊召喚する」
綿毛トークン1
ATK0 DEF0
綿毛トークン2
ATK0 DEF0
墓地に送る処理を終え2枚ドローし、新たに手札に揃った6枚のカードを確認し少し動きを考える。まぁ、まずは下準備からか。
「永続魔法『魔法族の結界』を発動」
俺の足下に青紫色の光を放つ魔方陣が形成される。そして形成された魔法陣は上空5メートル程の位置まで上昇し緩やかに回転を始めた。上から降り注ぐ青紫の光はいつ見ても神秘的な光景だ。
「そして俺は『見習い魔術師』を召喚する」
人一人が入れる程の大きさの魔方陣から飛び出した小柄な魔術師。メタリックブルーの衣装に短めの緑のロッドを持った中性的な顔のこいつも俺のデッキでは見慣れたものだ。
見習い魔術師
ATK400 DEF800
「召喚に成功した『見習い魔術師』の効果発動。フィールド上で表側表示の魔力カウンターを乗せることの出来るカード1枚に魔力カウンターを1個乗せる。俺はこの効果で『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」
『見習い魔術師』のロッドに形成された緑色の光球は空高く打ち上げられ、上空に展開された魔方陣の中央付近で滞空し続ける。
魔法族の結界
魔力カウンター 0→1
「何をするかと思えば、たかが攻撃力400のモンスターを攻撃表示? くくくっ! 今度のデュエルの相手は素人かぁ? そんなんじゃすぐ終わっちまって観客の皆さんに申し訳ないだろう?」
「……俺はさらに『バウンド・ワンド』を『見習い魔術師』に装備」
「ちっ……!」
安い挑発だ。聞くに値しない。
『見習い魔術師』の持つ緑のロッドが消え、変わりに赤いクリスタルが埋め込まれたロッドが手元に現れる。その柄は金属で作られた老人の顔のように見える。
「『バウンド・ワンド』は魔法使い族モンスターにのみ装備できるカード。そして装備されたモンスターの攻撃力は、そのモンスターのレベル×100だけ上昇する。『見習い魔術師』のレベルは2。よって200ポイントアップだ」
見習い魔術師
ATK400→600
「おいおい、たかが攻撃力が200上がったところじゃ俺のバルバロスには攻撃力は遠く及ばないなぁ?」
「バトルだ。『見習い魔術師』で『神獣王バルバロス』を攻撃」
「バカか?! 攻撃力の低いモンスターでバルバロスに攻撃してくるなんてよぉ!」
当たりの観客もざわめき始める。やれやれ……自爆特攻という言葉も知らないのか。
「そのままでもダメージは必至だろうが、俺はそんなちゃちなダメージで許してやる程甘くねぇぞ!! 速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! これによってバルバロスの攻撃力を400ポイント上げるぜ! さらにこのカードの対象に選んだモンスターの効果は無効化される! この意味が分かるかぁ?!」
「くっ……」
やはりセットは『禁じられた聖杯』だったか……。
妥協召喚して弱体化したモンスターと相性抜群のカード。弱体化したステータスを元に戻してかつさらに攻撃力の上昇を望める。『見習い魔術師』を召喚した時点で発動しなかったから『スキルドレイン』の線は消えてたのだが、最悪の想定の範囲内だ……何も考えてない脳筋野郎かと思えばなかなか味な真似をするな。
神獣王バルバロス
ATK1900→3400
「そぉら!! バルバロスよ、迎え撃て!!」
果敢にもバルバロスに突っ込んでいく『見習い魔術師』だが、『見習い魔術師』の背丈よりも大きい槍による容赦ない反撃を受け破壊されてしまう。
八代LP4000→1200
「ぷはっはっはっは!! 何を企んでたかは知らねぇがこんな大ダメージを受けてザマァねぇな!!」
まったく、ダメージが通ったぐらいでいい気になりやがって……
だが俺のライフが一気に減ったのを見て途端に観客達は「何をやっているんだ……」「勝つ気はあるのか……」「本当にやる気はあるのか……」などと宣い始める。ったく観客共もド素人が多いようだな。
「魔法使い族モンスターが破壊されたことにより『魔法族の結界』に魔力カウンターが乗る」
魔法族の結界
魔力カウンター 1→2
「そして戦闘で破壊された『見習い魔術師』の効果発動。デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスターを場にセットする。俺は『シンクロ・フュージョニスト』をセットする。さらに『バウンド・ワンド』の効果発動。装備モンスターが相手によって破壊された時、そのモンスターを場に特殊召喚する。『見習い魔術師』を守備表示で特殊召喚」
再び俺の場に戻ってくる『見習い魔術師』。これで俺の場には4体のモンスターが並んだ。
「特殊召喚された『見習い魔術師』の効果により、俺は再び『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」
魔法族の結界
魔力カウンター 2→3
「これで俺はバトルフェイズを終了する。そしてこのメインフェイズ2に俺は魔法カード『魔力掌握』を発動する。このカードによりフィールド上に存在する魔力カウンターを乗せられるカードに1つ魔力カウンターを乗せる。俺は『魔法族の結界』を選択」
魔法族の結界
魔力カウンター 3→4
「その後デッキから『魔力掌握』を手札に加える」
デッキの中にある『魔力掌握』を見せ、それを手札に加えデッキをディスクに戻す。デッキをディスクに戻すだけで自動でデッキがシャッフルされるなんてのにも違和感を感じなくなったのはいつだろうか。…まぁ、今はどうでも良いか。
上から降り注ぐ青紫の光がより一層強い輝きを放つ。その変化に戸惑う外野を他所に俺はデュエルを進めていく。
「『魔法族の結界』の効果を発動。このカードと場の魔法使い族モンスターを墓地に送ることでこのカードに乗ってる魔力カウンターの数だけデッキからドローする。俺は『見習い魔術師』とこのカードを墓地に送る」
瞬く光に包まれ『見習い魔術師』と上に展開されていた魔方陣が消える。
「『魔法族の結界』に乗っていた魔力カウンターの数は4つ。よって、4枚ドロー」
手札に来た新たな4枚を確認。これで手札は7枚。どうやら上手く回ってくれてるようだ。
「カードを2枚伏せてターンエンド」
「このターンのエンドフェイズ時にバルバロスの攻撃力は元に戻る」
神獣王バルバロス
ATK3400→3000
効果が無効化されたことで本来の攻撃力になったのはエンドフェイズに戻ったりはしない。外野が“これが兄貴の強力コンボだぁ!”とか騒ぎ立ててるが聞かなかったことにする。
「俺のターンっ! ドロォー!!」
引いたカードが余程良かったのかスキンヘッドはにんまり口元を歪める。
「ぐふふっ、どうやらお前はもう終わりのようだっ!」
「……………………」
「その生意気な態度もいつまで続くかな? 俺は『可変機獣 ガンナードラゴン』を召喚っ!」
現れたのは赤い戦車。センターに大小異なる砲門が2門、両キャタピラの上にも1門ずつつけられた戦車だった。
ガコンッ!
機械が稼働し始めるような音が戦車から響く。内側から聞こえてきた音は徐々にその外側へと移っていく。連鎖的に響く音とともにやがて戦車はその形状を変えていく。センターの砲門が付いている部分とその逆の部分が伸び、全面部分は龍の首、背面は龍の尻尾に変形する。
可変機獣 ガンナードラゴン
ATK1400 DEF1000
『可変機獣 ガンナードラゴン』、元祖妥協召喚可能な最上級モンスター。妥協召喚の際、攻撃力、守備力が半減するデメリットを負う。しかしその半減したステータスは下級モンスターのアタッカーとしての次第点には及ばない。
果たして何を仕掛けてくるのか。
「さらに俺は『神禽王アレクトール』を手札から特殊召喚! こいつは相手の場に同じ属性のモンスターが2体以上いるとき手札から特殊召喚できる!」
空中から舞い降りてきたのは鳥人。全身を鋭利な銀の鎧で身を包み背中から飛び出した紅蓮の翼の羽ばたきが辺りに風を舞い起こす。
神禽王アレクトール
ATK2400 DEF2000
綿毛トークン2体が並んでいるのを逆手に取られたか。なるほど、強かな戦術だ。
「アレクトールの効果発動! こいつは場のカード1枚の効果をエンドフェイズまで無効にすることができる! 俺が無効化するのは当然ガンナードラゴン! それによりガンナードラゴンの攻撃力、守備力は元に戻るぜ!!」
可変機獣 ガンナードラゴン
ATK1400→2800 DEF1000→2000
これで場には攻撃力2400、2800、3000のモンスターが並んだか。
見た目通りのパワーデッキ使いと思えば繊細なコンボを見せるな。報酬がデカいだけあって流石に腕はそれなりにあるらしい。
「俺のコンボはまだこんなもんじゃねぇ!! さらに俺は墓地の機械族モンスター『メカハンター』、獣戦士族モンスター『不屈闘士レイレイ』を除外し『神獣機王バルバロスUr』を特殊召喚!!!」
その姿はバルバロスのの大きさを一回り大きくしたようだった。ただ褐色の肌だったバルバロスとは違い体全体が黒灰色になっており、両腕には赤く光る銃器が見て取れる。武器が変わっただけでなく体にも金属装甲が装着されていた。
神獣機王バルバロスUr
ATK3800 DEF1200
『手札断殺』の効果で墓地に送った2枚か。デッキ構成はまさにパワーデッキと言ったところのようだ。
「さて、ここで問題だ。このモンスターの特徴はなんだ?」
「……高打点の最上級モンスターで比較的召喚条件が緩いと言うメリットがある。だが、相手に戦闘ダメージを与えられないと言うデメリットがあるモンスターだ」
「うむ、カードの知識だけはあるみたいだな。大正解だ!」
最早勝利を確信したと言わんばかりの余裕の笑みを浮かべているスキンヘッド。そして、「だが…」と一旦言葉を区切りさらに言葉を続ける。
「そのデメリットもこのカードによって克服される! 装備魔法『愚鈍の斧』を『神獣機王バルバロスUr』に装備! これにより装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップ! さらにその装備モンスターの効果は無効化される! これによってバルバロスUrのデメリットは無くなる!!」
バルバロスUrの片腕の銃器が消え、変わりに刃が人の大きさ以上もある巨大な斧が手元に収まる。斧の中心には歯が所々抜け鼻水を垂らしているまさに愚鈍そうな男の顔が彫られている。そんなマヌケなデザインとは裏腹に斧の刃は鋭く光っていた。
神獣機王バルバロスUr
ATK3800→4800
「もっとも自分のスタンバイフェイズごとに装備モンスターのコントローラーは500ポイントのダメージを受けるが……このターンで終わるのだからそんなものは関係のない話だ!! さぁ、終わりのときだ!! 『神禽王アレクトール』で綿毛トークンに攻撃!!」
スキンヘッドの最強のエースモンスターの出現にこのデュエルが終わったかのような盛り上がりをみせる外野の二人。観客のボルテージも最高潮に高まる。そしてスキンヘッドもまたこのターンでの終了を確信していたようだ。
「罠カード『和睦の使者』発動」
「「「……………………」」」
このカードの発動を見る前は。
「これによりこのターン俺の場のモンスターは戦闘では破棄されず戦闘ダメージも0にする」
「「「……………………」」」
「手札をすべて使い切ったお前に、最早このターン出来ることは無いだろう。俺のターン、ドロー」
固まっているスキンヘッドを他所にカードをドローする。さて、どう料理したものか。思考中に先にもとに戻った外野が「どうせ、この布陣を突破なんて出来ませんよ!」とか「1ターン生き延びたからってこの強力なモンスター達の前に何が出来るってんだ!」など喚き始め、その声にハッとなりスキンヘッドも再び余裕の表情を取り戻す。やれやれ、酷い負けフラグのオンパレードを見たものだ。
「俺は『マジカル・コンダクター』を召喚」
ロングの黒髪でエメラルドのローブを纏った女性が姿を現す。額につけられた金細工に古代文字が刻まれたローブと言い、その容姿は古代の儀式を執り行なう日本人を思わせる。
マジカル・コンダクター
ATK1700 DEF1400
「手札のモンスターカード『終末の騎士』を墓地に送り、魔法カード『ワン・フォー・ワン』を発動。デッキからレベル1のモンスター『スポーア』を特殊召喚」
現れたのは毛玉。大きな青色の目に口の形がもろ『ω』で愛らしい容姿のモンスターだった。
スーポア
ATK400 DEF800
「さらに魔法カードを使ったことで『マジカル・コンダクター』に魔力カウンターが2つ乗る」
マジカル・コンダクター
魔力カウンター 0→2
「そして『シンクロ・フュージョニスト』を反転召喚し、レベル2『シンクロ・フュージョニスト』、レベル1『綿毛トークン』2体にレベル1『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚『TG ハイパー・ライブラリアン』」
白色の学士脳にブルーのサングラス、白黒のツートンの衣装に裏地が紅色の白いマントを羽織った謎のファッションの男性が現れる。手に持った分厚い本で司書である体裁を保っているつもりだろうが、それがあっても普通に怪しい格好である。
「「「シンクロ召喚っ!?」」」
シンクロ召喚などされるとは思っても見なかったのか驚きの声を上げるチンピラ達。このご時世シンクロ召喚など当たり前のように蔓延ってるのにこれだけ驚かれるとは余程無知だったのか、はたまたそれだけ舐められてたのか。俺の勝利に賭けているであろう観客もシンクロ召喚を見て、少しは落ち着きを取り戻したようだった。
「シンクロ素材となり墓地に送られた『シンクロ・フュージョニスト』の効果発動。デッキから『融合』または『フュージョン』と名のついたカードを1枚手札に加える。俺は『簡易融合』を手札に加える。そして墓地の『レベル・スティーラー』の効果を発動。『TG ハイパー・ライブラリアン』のレベルを1つ下げることで『レベル・スティーラー』を墓地から特殊召喚する」
地面に現れたそこの見えない闇から引き上げられた背中に一つの大きな黄色の星印が刻まれた巨大な赤いテントウ虫。
「『レベル・スティーラー』だと!? いつの間に……」
「『手札断殺』で墓地に送ったもう1枚のカードだよ。さらにリバースカードオープン、『リビングデッドの呼び声』。これにより俺は墓地から『スポーア』を特殊召喚。そしてレベル1の『レベル・スティーラー』にレベル1の『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』」
黄、赤。白、緑の4色に彩られたボディのF1カーが光の中から出現する。その車のフォルムから形状を変え始め、座席から頭が飛び出し、その真下から足が生え、後部車輪から腕が飛び出した人型にフォルムチェンジをする。
「シンクロ召喚に成功した『フォーミュラ・シンクロン』の効果で1ドロー。さらに『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果によりシンクロ召喚が成功する度にカードをドローする。これによりさらに1枚ドロー。そして魔法カード『簡易融合』発動。1000ポイントライフを払うことでレベル5以下の融合モンスターを1体特殊召喚する。俺が出すのは『音楽家の帝王』」
八代KP1200→200
突如現れたカップ麺の容器の中から伸びた金髪を立てた上半身裸にジーパン、肩から赤のエレキギターをかけた何ともロックなお兄さんが飛び出てきた。ライブパフォーマンスで見せるためなのかむき出しの上半身は分厚い筋肉で覆われていた。
音楽家の帝王
ATK1750 DEF1500
しかしライフがついに200になったことで観客達が再びざわめきだす。さらに観客の一際大きなざわめきが上がっている場所を見れば依頼主のおっさんがやってきていた。周りのヤジが飛び交う喧騒の最中、おっさんは口パクで確かにこう言った。
「分かっているな?」
「はぁ……」
ため息が溢れる。
やれやれ、どうやらこの状況を正しく認識できてる人間は一人もいないようだ。確かに相手の場には攻撃力2400、2800、3000、4800の超大型モンスターが並び、LPも相手は無傷、対する俺は200で素人目からしたら俺が追いつめられているように映るかもしれない。
だけど。
「教えてやるよ!」
声を張り上げる。
ここにいるデュエルのいろはも分かってねぇド素人どもに伝わるように。
「てめぇのライフを0にするなんざ、俺のライフが1でもありゃ十分ってことをよ!!」
それは宣誓。
このデュエルに勝利するという。
このデュエルでこれから起こすことを刮目してみよ。
「俺が魔法を使ったことにより『マジカル・コンダクター』に魔力カウンターが乗る」
マジカル・コンダクター
魔力カウンター 2→4
「レベル5の『音楽家の帝王』にレベル2の『フォーミュラ・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」
姿を見せたのは紫色の波模様の入った白いローブを纏った中性的な魔術師。肩が三日月型にそり上がっており袖口も大きく広がっている特徴的なローブの中から飛び出した手には黄緑色に輝く宝玉の付いた杖が握られていた。
アーカナイト・マジシャン
ATK400 DEF1800
「シンクロ召喚に成功したことにより『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果で1枚ドロー。そして『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚に成功した時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。また、『アーカナイト・マジシャン』の攻撃力は自身に乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする」
アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 0→2
ATK400→2400
「『マジカル・コンダクター』の効果発動。自身に乗った任意の数の魔力カウンターを取り除くことでその数と同じレベルの魔法使い族モンスターを1体手札、または墓地から特殊召喚する。俺は魔力カウンターを2つ取り除き、墓地の『見習い魔術師』を特殊召喚。特殊召喚された『見習い魔術師』の効果で『アーカナイト・マジシャン』に魔力カウンターを1つ乗せる」
マジカル・コンダクター
魔力カウンター 4→2
アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 2→3
ATK2400→3400
「墓地の『スポーア』の効果発動。墓地の『ダンディライオン』を除外し墓地から特殊召喚。そして『スポーア』のレベルは除外した『ダンディライオン』のレベル分アップする」
スポーア
レベル1→4
「レベル2の『見習い魔術師』にレベル4となった『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『マジックテンペスター』」
その容姿はマジカル・コンダクターと瓜二つ。違うのはローブの色が紺色になったのと手に持った透明な刃の大鎌を持っているという点だ。
マジックテンペスター
ATK2200 DEF1400
「『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果で1枚ドロー。そして『マジックテンペスター』はシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを1つ乗せる」
マジックテンペスター
魔力カウンター 0→1
勝負を決めた気になり騒いでいた外野もこの怒濤の展開を前に威勢が無くなってきていた。まぁ1ターンでシンクロ召喚を4回した上に手札が7枚もあるこの状況で何も感じないような素人では無いようだ。
「そして魔法カード『魔力掌握』を発動。『アーカナイト・マジシャン』に魔力カウンターを1つ乗せる。さらに魔法カードを使ったことで『マジカル・コンダクター』にも魔力カウンターが乗る」
アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 3→4
ATK3400→4400
マジカル・コンダクター
魔力カウンター 2→4
「そしてその後デッキから『魔力掌握』を手札に加える」
「ふ、ふははっ! だが、その攻撃力では俺のバルバロスUrには届かない!! 残念だったな!!」
この展開を見てやっと絞り出した虚勢も次の展開で完全に沈黙することになる。
「『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除くことで相手の場のカードを1枚破壊する。俺は『マジカル・コンダクター』に乗った魔力カウンター4つを取り除き、『神獣王バルバロス』、『可変機獣 ガンナードラゴン』、『神禽王アレクトール』、『神獣機王バルバロスUr』を破壊」
『アーカナイト・マジシャン』の杖は『マジカル・コンダクター』から飛び出した魔力弾を吸収し宝玉が目映い輝きを放ち始める。そしてその杖を勢い良く天に突き出すと、杖から魔光線飛び出し天に吸い込まれていく。すると上空に突如暗雲が立ちこめ、天から4本の雷がスキンヘッドのモンスターすべてにそれぞれ突き刺さる。ゴァァァ!!っと断末魔の叫びを上げ破壊されていくモンスター達。こうしてスキンヘッドを守る壁モンスターはいなくなった。外野、スキンヘッド共々目の前で起こってる状況に頭が追いつかないのか口をパクパク開閉しているだけで声が出てこない。
「死神の魔導師……」
ポツリ、観客の誰かがそう零した。
その言葉を皮切りにざわめきが波紋を起こしてく。
2年間、『デュエル屋』で未だ無敗記録を更新中の裏では知らぬもののいないデュエリスト。
数多の同業者を葬り続ける魔法使い族の使い手。
そしていつしかついた通り名が『死神の魔導師』だった。
まぁ、本人から言わせると超がつく程どうでも良いことでしかなかったのだが。
「『マジック・テンペスター』効果発動。手札を任意枚数捨てることで捨てた枚数分だけ魔力カウンターを乗せることの出来るカードに魔力カウンターを乗せる。俺は手札7枚をすべて捨てその魔力カウンターをすべて『アーカナイト・マジシャン』に乗せる」
アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 4→11
ATK4400→11400
目の前で繰り広げられる光景を前に観客はもはや言葉を失ったようだ。その目は見開かれ目の前で起こる光景をその目に焼き付けていた。
「こ、こ、こ、攻撃力、い、いい、11400っ!!??」
ただただ対戦相手だけは目の前の超高攻撃力のモンスターの前に恐れ戦くことしか出来ないようだった。
「バトルだ。全モンスターでダイレクトアタック」
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
実に耳障りな悲鳴を上げながらスキンヘッドは光に呑まれていった。
スキンヘッドLP4000→0
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報酬はたんまり入った。
学生なら一年しっかりアルバイトしてやっと手に入るぐらいの量だろうか。前金と合わせたらその倍である。依頼の中でもなかなかのものだ。
もう辺りはすっかり暗くなった夜道。
既に変装の着替えは済ませ制服の姿に戻っていた。
このまま帰宅すれば23時頃といったところか。
狭霧も既に戻ってる頃だろう。
「……………………」
『……………………』
特に話すこともないので自然と沈黙が訪れる。
まさに彼女の名前通りだな。
横目に映るフワフワと浮かびながら移動する半透明の魔女の姿にそんなことを思う。髪同様に透き通るような白い肌にすらりと伸びた細長い手足、存在を主張する腕の間の双丘とスタイルはモデルさながら。身につけた魔導師の服も白で性格も汚れの無い純粋な心の持ち主。
この世界に来てからずっと一緒にいるが、何で俺なんかと一緒にいるのか本当に謎だ。
押し慣れたマンションのインターフォンの前でいつもそんなことを思う。
常に物憂げな表情な男の隣に浮かぶ少女は果たして何を想うのか。
そのことを理解するのはもう少し後のお話。
八代の