————————待たせたな。俺がキングだ!
ヤツは突然現れた。デビュー戦での勝者インタビューでいきなりそう宣言したのだ。
————————見せてやろう。大いなる我が力を!
ヤツは世間を席巻した。そして宣言通り勝利を重ねると本当にキングの座まで上り詰めた。
————————キングは一人、この俺だ!
ヤツは強かった。キングの座を狙う挑戦者を悉く打ち破り、その椅子に堂々と座り続けた。
————————キングのデュエルは、エンターテインメントでなければならない!
ヤツは人を魅せた。時にピンチすらも演出し観客の緊張を煽り、しかし最後は華麗に勝利する。
そんなデュエルに気が付けば俺自身も引きつけられていた。だが当時はプロとしてのランクは離れていて、遠目で眺めることしかできなかった。またその頃はそれだけで満足していた。だが、そのヤツのデュエルを見る回数を重ねるごとにヤツへの憧れは増し、見ているだけでは満足できなくなっていった。
同じプロとして、同じ舞台で戦いたい。
いつしかその憧れはそんな気持ちへと変わっていった。そう思うのは強者とのデュエルを望むデュエリストの欲求として至極当然のことと言えるだろう。
その気持ちに気付いた時、俺は決心をした。プロのランキングを上り詰め、キングへのデュエルの挑戦権を手にすると。
それから俺は通常のDホイーラーがこなす大会の倍以上の大会にエントリーした。すべては早くランキングの上位に食い込み、ヤツとのデュエルを実現するため。元々ヤツ程ではないがデビュー当時はデュエルの腕に光るものがあると注目を集めた事もあって、コツコツと勝利を積み重ねていった。何人もの強者と戦い、時には負けたりしたものの、着実にランキングを上げていった。
だが、それがすべての崩壊への引き金だった。
無茶なペースでライディングデュエルをこなし続けたせいで、体に溜まる負担は日に日に増していった。また壊れていったのは体だけではない。Dホイールのメンテナンスも短いスパンで行われる試合に追いつかず、試合中のDホイールのトラブルも多発した。早くランキングを上げたいと逸る心と、それについてこない体とマシン。そのジレンマに苦しめられながらも折れなかったのは、目指すべき光が輝きを失わずに前で道を示し続けたからだ。
そうして俺はとうとうキングへの挑戦権を得た。
そして、その日。
待ちこがれたヤツとのデュエル当日。
崩壊の引き金は引き絞られた。
試合途中、既に限界を迎えていた体はふとした拍子にDホイールの制御を失い、同時に起きたエンジントラブルでDホイールは大破。デュエルの半ばで試合続行不可能になり俺は敗北したのだ。奇跡的に怪我を負わなかったのが不幸中の幸いだったのか。ただ目標にしてきた舞台での散々な有り様に試合後、気が付けばスタジアムの外で呆然と座り尽くしていた。
————————キングの対戦相手を名乗りながらこの程度か。最悪のデュエルだったなぁ
その時ヤツのかけた言葉で、俺の中の何かが壊れた。
————————
——————
————
八代LP3000
手札:3枚
場:『召喚僧サモンプリースト』
セット:魔法・罠1枚
氷室仁LP4000
手札:3枚
場:『大牛鬼』、『魔族召喚師』(『スーペルヴィス』装備)
魔法・罠:『闇次元の解放』
セット:無し
「どうした? ターンを進めないのか?」
「……! ……俺のターン、ドロー」
相手の言葉でようやくデュエルに意識が戻る。相手の場には『スーペルヴィス』を装備した『魔族召喚師』と『大牛鬼』の2体が並んでいる。魔法・トラップゾーンには『牛鬼』を特殊召喚した際に使った『闇次元の解放』が残っているだけでセットカードは無い。手札起動の妨害が無い限りこちらの動きは制限される事は無い絶好の機会だ。やや強引にデッキを動かす事になるが、それでもやるしか無い。
「手札の『ブラック・ガーデン』を捨て『召喚僧サモンプリースト』の効果発動」
「この瞬間、手札から『増殖するG』を発動! この効果によりこのターン相手がモンスターを特殊召喚する度に、俺はカードを1枚ドローする」
このタイミングで『増殖するG』……最悪だ。
劣勢時に展開し返さなければならない状況で、こいつを打たれるのはかなり苦しい。優勢時、拮抗時なら最悪展開を止め相手のドローを抑えると言う選択があるのだが、劣勢時この場を返さなければ次のターンライフを根刮ぎ持っていかれる状況まで追いつめられると、もはや展開する以外手は無い。こちらは展開のために手札を減らす一方、相手はその間に手札を肥やす。それは即ち仮にこの場を返せたとしても、相手はそれをさらに返すための札を引く可能性が増す事を意味する。
「……俺はデッキから『マジドッグ』を特殊召喚する」
『召喚僧サモンプリースト』の敷いた緑色の発光する魔方陣から召喚されたのはクリーム色の毛並みの犬だった。赤いマントと茶色の腰巻きを身につけ、二足歩行をする事で空いた前足には身の丈程の杖が握られていた。
マジドッグ
ATK1700 DEF1000
『マジドッグ』の足下で蠢き始めた黒い影が一斉に相手のデュエルディスク目掛けて飛び出す。
『…………っ!!?』
【ノォォォォォォォォォォォォォ!! Gだっ!! Gの大群だ! こいつは茶の間じゃ絶対見せられねぇショッキングな光景だぁぁ! そこらで吐瀉物まき散らす音がここまで聞こえやがるッ! だが、客席で僅かに聞こえる甲高い悲鳴のお陰でここにもまだ華が残ってる事が分かった! それだけで俺はまだ実況できるぜ!】
「『マジドッグ』の特殊召喚によりカードを1枚ドローする」
いつ見てもグロテスクな光景だ。自分が使った事もあるカードだが、相手に使われるのは初めてで、すっかりこのリアルな映像のことを忘れていた。観客の厳つい野郎共もこれには引いている。
それとサイレント・マジシャン……突然で驚いたのは分かるが、腕にしがみ付くな。デュエルが進められん。
「……『ワンダー・ワンド』を『召喚僧サモンプリースト』に装備する」
『ワンダー・ワンド』が『召喚僧サモンプリースト』の手に収まる。自分が腕にしがみ付いていた事を自覚したサイレント・マジシャンは慌てて離れた。
涙目になるほど怖かったのか……
召喚僧サモンプリースト
ATK800→1300
ここで何かを特殊召喚する札を手札に呼び込めば、この場だけはとりあえず返せる。
「『ワンダー・ワンド』の効果で『ワンダー・ワンド』と装備対象モンスターを墓地に送りカードを2枚ドローする」
墓地に消えていった『召喚僧サモンプリースト』の魂が新たに2枚のカードのチャンスを繋いだ。これでキチンとこの場を返す動きは出来る。
「『アンノウン・シンクロン』を召喚」
銀の鉄板を張り合わせて作ったバレーボール状の球体が『マジドッグ』の横に飛来する。一カ所空いた穴から覗く赤いレンズはピントを合わせながら周りの様子を分析しているようだった。
アンノウン・シンクロン
ATK0 DEF0
本来なら相手の場にのみモンスターが存在する時、自身を手札から特殊召喚できる効果を持っているのだが、既に俺の場には『召喚僧サモンプリースト』が存在していたため、その効果を使う事は叶わない。
「レベル4の『マジドッグ』にレベル1の『アンノウン・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」
『マジドック』、『アンノウン・シンクロン』の魂が形を変え生み出した光の柱から一人の司書が姿を見せる。シンクロ召喚で場を展開する時、消費する手札を補充してくれるこのデッキの支えとなるキーカード。こいつの能力で引くカードがこの場を返された後の相手の布陣を突破する鍵となる。
TGハイパー・ライブラリアン
ATK2400 DEF1800
【ちょっ、おまっ! そんなまた特殊召喚したら……】
「『TGハイパー・ライブラリアン』の特殊召喚により『増殖するG』の効果でカードを1枚ドローする」
Gが舞う。それは遠目で見れば黒い雲が動いているようにしか見えないかも知れないが、近くで見ると一個一個の個体を視認できてしまうためあまり気分のいいものではない。
【やめろぉぉぉぉぉ!! まただよ! またやりやがった!! こんなGの群れもう見たくねぇ! こんなGばっか見てたら嫌なもん思い出しちまったじゃねぇか! うっぷ……なんだか俺まで吐き気が……】
「魔法使い族のシンクロ召喚に使われた『マジドッグ』の効果を発動。墓地のフィールド魔法を1枚手札に加える。俺は墓地の『ブラック・ガーデン』を手札に加える」
これでこちらの手札は4枚、相手は4枚。こちらも騙し騙し展開しながらも手札を稼いで来たが、展開をする度に勝手に相手の手札も増えていくのだから、これ以上の展開をすればは相手との手札の差が開いていくのは目に見えている。ざっと、2対7までは開くか……
「『ブラック・ガーデン』を発動」
【ここでついに3枚目の『ブラック・ガーデン』が発動されたぁぁぁ!! これが発動されたって事は、死神の野郎はまだこのターン特殊召喚する気満々らしい! だがあの悍ましい光景も、こう茨の檻に囲まれちまえば見ようにも見れねぇ! 今回ばかりは中身が見えねぇ事に感謝しとくぜ!】
「1000ポイントライフを支払い『簡易融合』を発動。エクストラデッキからレベル5の『音楽家の帝王』を特殊召喚」
1000ポイントのライフをコストに出現した巨大なカップ麺の容器から、新たにエレキギターを肩からかけたミュージシャンが姿を見せる。4000ポイントのライフだと2回も『簡易融合』を使っただけでライフが半分になってしまうと言うのが苦しいところだ。
八代LP3000→2000
音楽家の帝王
ATK1750 DEF1500
『音楽家の帝王』の足下から一斉に飛び立ったGの群れを見る時、ピントを合わせなければ、この距離でも暗雲が移動しているように見えた。俺の側で体育座りをして帽子を深く被っているサイレント・マジシャンは雷を怖がる子どものようだ。どうやらこのターンはずっとその状態でいるつもりらしい。
「モンスターを特殊召喚した事で『増殖するG』の効果により1枚ドローする」
「『ブラック・ガーデン』の効果により『音楽家の帝王』の攻撃力は半分になり、相手の場にローズ・トークンが特殊召喚される」
茨の庭に踏み入った者を養分とし薔薇の花が咲く。初手でこの『ブラック・ガーデン』を3枚握っていたときはどうなるかと思ったが、なんとかすべて捌ききれた。
音楽家の帝王
ATK1750→875
ローズ・トークン
ATK800 DEF800
「へへっ、良いのか? 俺にこれ以上手札を与えちまって」
「こんな中途半端な場でターンを明け渡すよりマシだ。『ブラック・ガーデン』の効果発動。このカードとローズ・トークンを破壊し攻撃力800の『ヴァイロン・キューブ』を蘇生させる」
「『増殖するG』の効果でカードをドローする」
周りを囲っていた茨の檻が崩れ落ち『ローズ・トークン』が破壊されると、墓地から『ヴァイロン・キューブ』が浮上する。
ヴァイロン・キューブ
ATK800 DEF800
【うおぁぁぁ!! 檻を開けてみたらこれかよっ! 嫌がらせか?! 嫌がらせなのか?! こうなりゃ嫌がらせついでに俺の思い出した吐き気を催す記憶を話すぜ! テメェらも道連れだ!!】
「レベル5の『音楽家の帝王』にレベル3の『ヴァイロン・キューブ』をチューニング」
『ヴァイロン・キューブ』から解き放たれた3つの光の輪の中を『音楽家の帝王』が飛ぶ。5つの光球が『音楽家の帝王』の体から飛び出し一直線にそれが並んだ時、光の柱が光の輪を突き抜ける。
【あれは小学校の頃の担任だった先生から聞いたんだが、弟さんが小ちゃい頃、飴食いながら寝てたらしい。その年の夏は異様に暑く、夜も息苦しい熱帯夜。うっかり口を開けたまま寝ちまった弟の口の中のご馳走を求めて黒い影が入りやがった! ……ってなんだ? 何が出てくんだ?】
金属がギギギッと擦れる音が光の中から響く。ゆっくりと金属同士が噛み合って動き始めるのが音で伝わってくる。月夜に崖の上でオオカミが遠吠えをしているような音を出しながら、光からは蒸気が漏れ出す。光の中から徐々に浮かび上がってきたシルエットは竜。
「シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』」
呼びかけに応えるように光の中に赤い光が灯る。直後、光を吹き飛ばし『スクラップ・ドラゴン』は稼動を開始する。金属が軋む音をたてながら体中を震わせる咆哮は、このデュエルの流れを変えると言う宣誓のように聞こえた。
スクラップ・ドラゴン
ATK2800 DEF2000
【おいおい、“死神の魔導師”ってのはこんな隠し球を持ってたのかぁ?! 風の噂で“死神の魔導師“はドラゴン族のシンクロモンスターを使うとは聞いた事があるが…… こいつはドラゴンなんて呼んで良い代物なのか?! 名前の通りただ廃材の寄せ集めじゃねぇか!!】
「どんな能力を持ってるかは知らねぇが、『増殖するG』の効果でドローさせてもらうぜ」
『スクラップ・ドラゴン』の影から吹き上がるように湧いてくるGの大群。その量は特殊召喚したモンスターの大きさに比例するのか、はたまたドローした回数に比例するのか。一瞬、視界が真っ黒に染まる程のGが飛び出していった。
【………………知ってるか? 寝てる間は唾液の分泌って止まっちまうらしいぜ? さっきの話の続きだが、半溶けだった飴は口の中でまた固まっちまったんだ。すると飴の良い香り誘われてやってきたGはどうなる? 口の中から出ようにも足場が固まって抜けられねぇ。そうして迎えた朝、起きた哀れな弟は気持ちよくあくびをして目覚めた。直後、異物を飲む込む感触と口からこぼれ落ちた数本の黒い足。…………良い子のみんな! 寝ながらものを食べるのは止めときやがれよ!!…………うぼぇぇぇぇぇ!! おっ、おゔぉぇぇぇ!!】
「お、おい、司会!? お前が吐くのか!!?」
氷室の突っ込みは恐らくこの地下の人間全員の気持ちを代弁していただろう。観客の中にも吐いた人間は複数いたらしく、地下の匂いは酒に煙草、汗、吐瀉物の匂いが混ざり、掃除のされていない公衆便所のような匂いがした。サイレント・マジシャンも心なしか青い顔をしている気がする。思わず声をかけそうになるが、今は大衆の前でのデュエル中。デュエル以外の事に気を回すべきでないと判断し、そっとしておいた。
「シンクロ召喚に成功した事で『TGハイパー・ライブラリアン』の効果によりこちらもドローする。そしてバトル。『スクラップ・ドラゴン』で『魔族召喚師』を攻撃」
『スクラップ・ドラゴン』の口が開くとオレンジ色の光が集まり始める。その光が口から溢れ出始めた時、体中から突き出た鉄パイプから一斉に蒸気が吹き出す。それを合図に放たれたオレンジ色の熱線は『魔族召喚師』の体を跡形も無く消失させた。
氷室LP4000→3600
「『スーペルヴィス』が墓地に送られた事により効果発動! 墓地から通常モンスターを1体特殊召喚する。俺が特殊召喚するのは『魔族召喚師』だ!」
『スクラップ・ドラゴン』の攻撃などまるで無かったかのように、無傷のその姿を晒す『魔族召喚師』。弧を描く口元はこちらを嘲笑っているようだった。
魔族召喚師
ATK2400 DEF2000
予想通りの流れだ。この『スーペルヴィス』での蘇生対象は『牛鬼』と『魔族召喚師』のみ。ステータスも能力も『牛鬼』を上回っている『魔族召喚師』を差し置いて『牛鬼』を特殊召喚する理由は無い。
「『TGハイパー・ライブラリアン』で『魔族召喚師』に攻撃」
「……! 相打ち狙いか。良いぜ! 迎え撃て、『魔族召喚師』!」
片や白い手袋をはめ込んだ人差し指から放たれた青白い光線、片や黄金で作られた人の頭蓋骨を先端にはめ込んだ杖から放たれた黄色い魔力の波動。それらはフィールドの中央で衝突すると激しい拮抗を見せる。
「ダメージステップ時、手札から速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動。『TGハイパー・ライブラリアン』の攻撃力をエンドフェイズまで400ポイント上昇させる」
「何っ?!」
『TGハイパー・ライブラリアン』の空いている手に黄金の聖杯が現れる。その杯を一気に呷ると指先から迸る青白い光線の太さが倍程に膨れ上がる。これによりフィールドの中央での激しい拮抗は傾く事になった。黄色い波動を押しのけた青白い光線は黄色い魔力の放出源であった杖を砕くと、そのまま『魔族召喚師』の胸を貫いた。
TGハイパー・ライブラリアン
ATK2400→2800
氷室LP3600→3200
「くっ……」
これで相手のフィールドは『大牛鬼』を残すのみ。
ここでバトルを終了した今、次の手を悩む事になる。『スクラップ・ドラゴン』の効果を使用して『大牛鬼』を破壊するか否かだ。その効果で自分の場で破壊できるのは『TGハイパー・ライブラリアン』とセットカードのみ。このセットカードを破壊すると言う選択もこのターンに入る前だったらあったのだが、このターンのドローカードを見るにどうやら使用する機会がありそうなので、ここでは温存しておきたい。となると普段だったら『大牛鬼』を残せば、次のターン『TGハイパー・ライブラリアン』は戦闘で破壊されてしまうと判断し、『TGハイパー・ライブラリアン』と『大牛鬼』を『スクラップ・ドラゴン』の効果で破壊するだろう。
だが、今は相手の手札は7枚、次のドローで8枚まで手札が増える。恐らくデッキコンセプトからしてこのターン『大牛鬼』を破壊したとしても、あの手札の枚数があれば確実に再び『大牛鬼』は復活する。それに加え『スクラップ・ドラゴン』を除去する札を握られていた場合、『スクラップ・ドラゴン』の効果の仕様の有無に関わらず待っているのは敗北のみ。『大牛鬼』の攻撃力を増すカードを握っていた場合は、ここで効果を使えば『スクラップ・ドラゴン』諸共散る事になるが、使わなければ『TGハイパー・ライブラリアン』と『スクラップ・ドラゴン』を盾に生き残る可能性がある。僅かな生き残るための可能性に賭ける他、このデュエルで勝機は無い。
「……ターンエンド」
「へへっ、行くぜ! 俺のターン! ドロー! まずはマジックカード『マジック・プランター』発動。自分の場の永続トラップを墓地に送り、カードを2枚ドローする。場に残ったままの『闇次元の解放』を墓地に送り、2枚ドローする」
まだ手札を増やしてくるか……
これで相手の手札は9枚。そこまでの手札を握っていたら、このデュエルを終わらせる手段なんて選ぶ程ありそうだ。氷室は新たに加わった手札を確認すると、悪い事を思いついたような獰猛な笑みを浮かべ、手札から1枚のカードを抜き出す。
「よく見てな! この俺のデュエルを! 俺は『大牛鬼』をリリース! 『死霊操りしパペットマスター』をアドバンス召喚する!」
「……!?」
『大牛鬼』が光となってフィールドから消えていく。形を変えたその光から新たに現れたのは道化だった。先が二股に分かれた黄色と青に塗り分けられている帽子に、それと同じ配色の衣装はサーカスにでも居そうなピエロのものだが、それを身につけているのは茶色く腐った体のゾンビ。歯も隙間だらけで、少し体を突いただけで崩れ落ちそうな様子だ。
死霊操りしパペットマスター
ATK0 DEF0
【うっぷ……さっきは失礼! んで戻ってきた途端、何なら珍妙な事が起きてるじゃねぇか! 高攻撃力のエースモンスターを捨てて、新たに不気味な攻撃力0のモンスターのご登場だ! さっきのGの群れのショッキング映像でうっかり吐瀉物と脳髄をシェイクしちまったみてぇな事が無い限り、なんかの意図があっての事なんだろうが、一体こいつにはどんな能力が備わってんだ? このターン何が起きるか俺にはさっぱりわからねぇぜ!!】
「このカードのアドバンス召喚成功時、ライフを2000ポイント支払って効果発動! 墓地から悪魔族モンスターを2体特殊召喚する。この効果で俺は墓地に存在する『大牛鬼』2体を復活させる!」
『死霊操りしパペットマスター』の陥没した目に赤い光が灯る。すると両手のすべての指先から赤く光る糸が垂れ始め、それが地面と接触するかのところまで伸びると墓地へと続く黒い穴が2つ開かれる。そしてその糸はどこまで続くかも分からない暗闇中を沈んでいく。『死霊操りしパペットマスター』の目が一層輝いた時、その赤い糸はグイと引き上げられた。それぞれの手の糸の先には『大牛鬼』が1体ずつ付いており、『大牛鬼』達は墓地から引き上げられると、その糸を引きちぎり再誕の喜びを示すように雄叫びを上げた。
氷室LP3200→1200
大牛鬼1
ATK2600 DEF2100
大牛鬼2
ATK2600 DEF2100
【こ、こ、こいつは驚いたぁぁぁ!! ライフコスト2000とはちと思いが、リリースされた『大牛鬼』が今度は2体に増えて場に戻ってきやがったぜぇ!? だが、この『大牛鬼』じゃぁ死神の『スクラップ・ドラゴン』には攻撃力が足りねぇ!】
「俺の攻め手はまだまだこれからよ! 今日の観客は運が良い! 何せこの俺の送る最高のショーを見れるんだからなぁ! さらにマジックカード『冥界流傀儡術』を発動! このカードは自分の墓地の悪魔族モンスター1体を選択して発動する。そしてレベルの合計が選択したモンスターのレベルと同じレベルになるように、自分の場のモンスターを除外し、その後、選択したモンスターを墓地から特殊召喚するカード。俺が選択するのは『牛鬼』! 『牛鬼』のレベルは6! よって『死霊操りしパペットマスター』のレベルと同じって訳だ! 『死霊操りしパペットマスター』を除外して『牛鬼』を復活させる!!」
『冥界流傀儡術』の発動により『死霊操りしパペットマスター』は呻き声を上げながら苦しみ始める。まるで喉に何か詰まったかのように自分の首を抑えていたが、口から白い光の玉が抜け出すと、その様子は一転。体は操り糸を切られた人形のように力なく崩れ落ちる。そしてピクリとも動かなくなった体は次元の亀裂へと落ち、ぼんやりとした白い光球は墓地へと続く黒い穴に沈んでいった。残されたのは2体の『大牛鬼』とその間にあるどんな光を持ってしても照らす事の出来ない深淵の穴。やがてその穴から浮き上がってきた大きな壺から『牛鬼』が姿を現す。
牛鬼
ATK2150 DEF1950
【このタイミングで『牛鬼』ってこたぁ……まさかっ!?】
「察しが良いな! 俺は場の『牛鬼』をリリースし、3体目の『大牛鬼』を特殊召喚する!!」
『牛鬼』の下半身であった壺が弾け飛び巨大な蜘蛛の下半身が現れる。特別な専用サポートカードも無い最上級モンスターである『大牛鬼』を場に3体並べるとは、これはまた随分と趣向を凝らしてくれたものだ。
大牛鬼3
ATK2600 DEF2100
【うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁああああ!! 三体目の『大牛鬼』の降臨だぁぁぁぁ!! プロを引退して尚もこの実力! いや、これはひょっとしたら現役プロ時代の全盛期をも上回ってるんじゃねぇのか?! エースの『大牛鬼』を3体が並んでる光景なんて見た事ねぇ!!】
司会の熱の籠った実況に負けず劣らずと観客もヒートアップして止まない。地下を包み込むように籠った熱気は吐瀉物の匂いすらも掻き消す程の人の臭気を引き起こした。対戦相手である氷室はそんな沸き立つ観客の声を受け満更でも無さそうな様子だ。…………だが、何か違和感を感じる。
「はっはっはっ! 観客もノってきたみてぇだな! さらにフィールド魔法『ダークゾーン』を発動! これにより場の闇属性モンスターの攻撃力は500ポイント上昇し、守備力を400ポイントダウンさせる」
「…………!?」
暗雲が天井を覆う。照明の光は分厚い雲で阻まれ部屋は一気に暗く染まった。絶えず雲の中を雷が駆け巡り、それがこの地下を照らす唯一の光となっていた。
大牛鬼1
ATK2600→3100 DEF2100→1700
大牛鬼2
ATK2600→3100 DEF2100→1700
大牛鬼3
ATK2600→3100 DEF2100→1700
TGハイパー・ライブラリアン
ATK2400→2900 DEF1800→1400
【おぉぉぉぉぉぉぉおお!! ついに! ついに『大牛鬼』の攻撃力が『スクラップ・ドラゴン』を上回ったぞぉぉ!! 死神の場には一向に発動する気配が見られないセットカードが1枚のみ! 氷室の『大牛鬼』軍団の総攻撃が決まれば一発でお釈迦だぁぁ!! このデュエルもいよいよ決着がつくのかぁぁ?!!】
「くくくっ、安心しな。『死霊操りしパペットマスター』の効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。このターンこいつら全員に袋にされるなんて事はねぇよ。だが、このままバトルなんてのも味気ねぇ。そこでだ! さらに装備魔法『ドーピング』を発動! こいつを最後に召喚した『大牛鬼』に装備するぜ! これにより装備モンスターの攻撃力は700ポイントアップする!」
センターの『大牛鬼』の筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がる。血管は浮き出て他の2体の『大牛鬼』よりも体は二周り程大きくなっている。目を真っ赤に光らせ、口からは涎を溢れさせながら雄叫びを上げるその様は辺りに狂気を振りまいていた。
大牛鬼3
ATK3100→3800
怒声や野次が飛び交う会場。そんな中感じていたのはやはり違和感だ。果たしてこれを感じているのは俺だけなのか。その正体はまだハッキリと分からない。が、確かなのはこの違和感は、言いようの無い胸の内のもやもやとしたものに繋がっていると言う事だけだった。
「バトルだ! 『大牛鬼』で『スクラップ・ドラゴン』を攻撃!」
地面を蹴って飛び出す『大牛鬼』。それだけで地面は爆ぜる。それを迎え撃とうと『スクラップ・ドラゴン』は宙を舞う『大牛鬼』目掛けて口内に溜め込んだオレンジ色の熱線を放った。対する『大牛鬼』はそれを避けようともせず、岩石のように肥大した両手を組み合わせて振りかぶり、それを勢い良く振り下ろす。それだけで『スクラップ・ドラゴン』の放った熱線は、まるでホースから出る水のように蹴散らされていく。そして振り下ろされた両手は『スクラップ・ドラゴン』の頭を砕いた。直後、爆散する『スクラップ・ドラゴン』の姿体とそれを飛ばす爆風によりライフが大幅に削られていく。
八代LP2000→1000
【なんと言う事だぁぁぁぁ!!! 死神の出したドラゴン、『スクラップ・ドラゴン』はその能力を発揮する事も無くフィールドから退場していったぞぉぉ!! 正直拍子抜け過ぎてがっかりだぜぇ! パッケージ絵が可愛いと思って借りたAVを見たら、思いのほか中に出てくるパッケージ絵の女優が残念な感じだった時以上にがっかりだぁぁ!】
「モンスターを戦闘で破壊した事により、『大牛鬼』はもう一度続けて攻撃できる! 『TGハイパー・ライブラリアン』を攻撃!」
『大牛鬼』の噴射した鋭い何本もの糸に対して『TGハイパー・ライブラリアン』は指先から青白い光線を放ち迎え撃つ。衝突した糸と光線は相殺されるも、討漏らした糸は容赦なく『TGハイパー・ライブラリアン』の体を貫いた。
八代LP1000→100
「…………俺はカードを2枚セットしターンエンド」
【首の皮一枚! まさに首の皮一枚! 死神はギリギリライフが残ったようだぁぁ!! しかしフィールドは……】
「…………っ!」
ギリギリライフが残った……?
その言葉でようやく感じていた違和感の正体に気が付いた。そしてその瞬間、司会の声も観客の声もすべての音が遠ざかっていく感覚に陥る。
偶然ギリギリライフが残ったわけではない。
手を抜かれたんだ……
『冥界流傀儡術』、『死霊操りしパペットマスター』、『ダークゾーン』、『大牛鬼』の4枚を手札に握っていたのなら、『死霊操りしパペットマスター』をアドバンス召喚した時の効果で『牛鬼』と『大牛鬼』を特殊召喚すれば良かった。そこから『冥界流傀儡術』で『大牛鬼』をコストに墓地から『大牛鬼』を特殊召喚し、場の『牛鬼』をリリースし手札の『大牛鬼』を特殊召喚すれば2体の攻撃可能な『大牛鬼』が場に揃う。『ダークゾーン』でこの2体をバンプアップすれば俺のライフを削りきれた……
「……俺のターン」
ざわっ
不意に胸の奥がざわつく。体の内から何か出してはいけないものが飛び出そうとしている。徐々に視界が紅く染まっていった。
『マスター…………?』
「……ドローッ!!」
返しの手は既に揃っている。俺のライフが尽きずにこのターンが回ってきた以上、後は相手の場を殲滅する!
「墓地の光属性『ヴァイロン・キューブ』と闇属性『召喚僧サモンプリースト』を除外し、手札から『カオス・ソーサラー』を特殊召喚ッ!」
光と闇を操る漆黒の魔術師が次元を切り裂いて現れる。体を戒めとして縛る十字のベルトは溢れる魔力でビリビリと震えていた。
カオス・ソーサラー
ATK2300→2800 DEF2000→1600
「『カオス・ソーサラー』の効果発動! 場の表側表示のモンスター1体をゲームから除外する。除外するのは『ドーピング』の効果を受けた『大牛鬼』だ! 消えろ!!」
効果の発動の命に応え、高笑いしながら『カオス・ソーサラー』は次元を引き裂く魔術を発動する。それにより肥大化した『大牛鬼』すら抗う事も出来ず次元の裂け目に消えていく。
【どうやら死神のヤツはまだ勝負を捨ててねぇようだぜぇ? 強化された『大牛鬼』をあっさり葬りやがったぁぁ!! て言うかなんかさっきまでと様子が違くねぇか? なんつーか見てるとこっちまで緊張してくるような……】
「『ジャンク・シンクロン』を召喚!」
オレンジで統一された帽子、鎧、小手に長靴を身につけた4頭身の少年が飛び出す。凶悪なモンスターが並ぶ中、その凡庸な容姿は酷く浮いて見える。
ジャンク・シンクロン
ATK1300→1800 DEF500→100
「このタイミングでまだチューナーを出してくるとは……楽しませてくれるじゃねぇか」
「このカードの召喚成功時、墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にし守備表示で特殊召喚する。『シンクロ・フュージョニスト』を特殊召喚!」
『ジャンク・シンクロン』の横にカートゥーン風の全身オレンジ色に染まった悪魔が呼び出される。
シンクロ・フュージョニスト
ATK800→1300 DEF600→200
楽しませてくれる?
誰が、いつ、テメェを楽しませるためにカードを抜いたって?
その余裕に満ちた表情をすぐに驚愕に塗り替えてやる……
「レベル2の『シンクロ・フュージョニスト』にレベル3の『ジャンク・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『A・O・Jカタストル』」
シンクロ召喚の光の内から4足歩行の機械が姿を見せる。ショウリョウバッタのような反り返ったボディをしており、顔は単眼のレンズが搭載されている。白銀がベースのボディに足の先端やレンズ部分の周りは金色に塗り分けられていた。光を刈るために生み出された殺戮兵器がフィールドで稼働し始める。
A・O・Jカタストル
ATK2200→2700 DEF1200→700
【死神の新たなシンクロモンスターだぁぁ!! こいつといい『カオス・ソーサラー』といい、氷室の『ダークゾーン』の効果を受けて高攻撃力モンスターになってはいるが、そいつらじゃあ氷室の『大牛鬼』軍団を突破するには至らねぇ!! となると注目すべきはこのシンクロモンスターの効果だ! こいつはどんな能力を持っているんだぁぁ?】
「『シンクロ・フュージョニスト』がシンクロ素材に使用されたことで、デッキから“融合”または“フュージョン”と名のついたカードをデッキから手札に加える事ができる。俺が手札に加えるのは『ミラクルシンクロフュージョン』!!」
俺の手札に加えた『ミラクルシンクロフュージョン』を見て、氷室の表情から僅かに余裕さが失われたのを見失わなかった。
「『ミラクルシンクロフュージョン』を発動! 自分の場・墓地から、融合モンスターによって決められた融合素材モンスターを除外し、シンクロモンスターを融合素材とするその融合モンスター1体を融合召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚する。俺は墓地の『TGハイパー・ライブラリアン』と『マジドッグ』を除外し『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』を特殊召喚!!」
光の柱が天に昇る。吹き荒ぶ魔力の奔流の中、現れたのはこのデッキの切り札、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』。己が内に秘められた魔力を溢れさせメタリックブルーのローブを揺らしながらゆっくりと光の柱から歩み出てきた。
覇魔導士アーカナイト・マジシャン
ATK1400 DEF2800
「『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の融合召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そして自身に乗った魔力カウンター1つにつき攻撃力は1000ポイントアップする!」
精製された2つの魔力球を吸収すると、一度は収まった魔力の流れが再び体外に放出される。荒れ狂う魔力の流れの生み出した風が体に当たるのは何とも心地よい。
覇魔導士アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 0→2
ATK1400→3400
「ん……?」
【なんだぁ……? こいつは……風?】
『…………っ!』
————————
——————
————
「なぁ……こいつが、アンタがわざわざここまで来て見たかったものか?」
「いや……これでは無い。だが、これはこれで面白いものが見れた」
『死神の魔導師』が『カオス・ソーサラー』を出した時、僅かに震える檻の様子を感じ取った柄の悪い金髪の男の問いに褐色の髪の男が答える。
「……『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』を特殊召喚!!」
「この様子じゃまだ力は弱ぇが俺たちと同類ってことか?」
「彼が私の探す人物なら間違いなくそうなんだがね。なにぶんこの様なか細い力の発現だと判断しかねるよ。この程度の力だと偶然と言うのもあり得る」
『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の召喚と共に緩やかに流れ始める風を感じながら、金髪の男と褐色の髪の男の話は続く。ゆっくり流れる風に周りの観客は徐々に気が付き始めざわめきが起こる中、それを全く意に介す様子は無い。
「まっ、アンタの探す人物かはともかく、このデュエルなかなか楽しめるじゃねぇか。初めは退屈だろうと期待してなかったが、盛り上がってきやがった。クライマックスは近そうだ」
「ふふっ、気に入ってもらえたなら良かったよ。私もここまで楽しい見せ物になるとは思っていなかった」
「…………そろそろ時間」
今まで無言でデュエルを見ていた赤髪の仮面の人物は、おもむろに会話をする二人の男に向き直りそう告げる。
「ん? もうそんな時間か。目的の人物かどうかは曖昧だが、時間が押しているならしょうがない。そろそろ御暇するとしよう」
「おいおい、そりゃねぇぜ! 折角こっから面白くなってきそうってところだぜ? ここで出てくなんてねぇってもんだ!」
「……結果はもう見えているわ」
「あぁ?」
「折角目の前まで転がり込んだ勝機を見す見す逃したあの男に勝利は無い」
「はぁ?! まさかまだあの死神とか言うのが勝つと思ってんのか? なんかが擦っただけで消えちまいそうなライフのあれが?」
食って掛かる金髪の問いに無言で頷いて答える赤髪。その様子を褐色の髪の男は口を挟まずに楽しそうに眺めていた。
「そりゃねぇな! 随分と勢い良くモンスターを展開してるが、状況が見れてねぇ。相手のセットカードの事も考えず突っ込んだところで、元プロらしいおっさんが何の策も無しに勝機を逃した訳ねぇだろ! このターン凌がれて返しで終わりだろ」
「
「けっ、またどっかの先輩のご高説か。上等だ! なら俺はこのデュエルの結果を是が非でも見てやる! 二人で先帰ってな!」
「ちょっと! そんな勝手な事……」
「いや、構わないよ」
口論になりかけた二人の間に褐色の髪の男が割って入る。それに不満そうな様子の赤髪と満足そうな金髪。
「確かにこのデュエルの行方は気になるからね。このデュエルの後の展開を見て、それを報告する任務を命じよう」
「へへっ、そう来なくっちゃな」
「それじゃあこっちは頼んだよ。行くぞ、アキ」
「えぇ」
それだけ残すと褐色の髪の男と赤髪の仮面の人間は出口へと歩を進め始める。だが、数歩進んだだけで一旦立ち止まると、兼職の髪の男は何かを思い出したように振り返り金髪に声をかける。
「あぁ、それと……」
「……?」
「これから来るお客に対して、あまり失礼の無いように」
「……あぁ、分かってるよ」
褐色の髪の男の忠告に対し、金髪の男は檻へと再び向き直り顔すら向けずに適当な様子で答える。だがその時、金髪の男の口元は緩やかな弧を描き、目には獰猛な光を宿していた。
————————
——————
————
少しずつだがその風は勢いを増してく。これで相手の場を殲滅する布陣は整った。後はこれを使って相手を……
『ダメです、マスター! 落ち着いて下さいっ!!』
「……っ!」
見れば精霊化した状態でサイレント・マジシャンが腕にしがみ付いていた。その琥珀色の潤んだ瞳からは悲しみが伝わってくる。その瞳を見ているうちに胸の中心にジンワリとした痛みが広がる。だが、同時にそれは胸の中に染み入る温もりを感じさせた。
『……らしくないですよ、マスター』
「………………」
真っすぐ俺の瞳を見ながらポツリと溢れたサイレント・マジシャンの言葉。徐々に細波が広がっていた心が落ち着いていく。理性を取り戻すにはその一言だけで十分だった。紅く染まっていた視界も元に戻り、思考もクリアになっていく。気が付けばもう風は止んでいた。
「どうした? そんだけモンスターを並べておいて、よもやバトルをしねぇなんてこともねぇだろ? 来いよ」
【おぉぉぉぉっとぉぉぉ!! こいつは挑発だぁぁ! 氷室の野郎、死神を挑発して誘ってやがる!! さぁここでこの挑発に乗ってくるのかぁぁ! それともここでもチキッて、攻めるよりも攻められる方が好きな真性マゾ野郎だって証明しちまうかぁぁ!?】
やたら五月蝿い司会は置いておいて、ここは冷静な判断をすべきだ。先程までは勢いに任せてモンスターを展開したが、この展開は今冷静になってみても概ね正解と言える手だろう。やれる手は尽くしている。
問題なのはここで仕掛けるか否か。こちらの理想としては『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』で『大牛鬼』を戦闘で破壊した後、さらに効果で残りの『大牛鬼』を破壊することだ。
だが、あの挑発。確実に攻撃反応型の罠が仕掛けてある。それこそ攻撃力変動系のカードをセットされていたら反撃のダメージだけで死にかねない。
「おいおい、仕掛けてこないのか? そんなことじゃ観客も白けちまうなぁ」
「…………!」
いや、違う。あれは攻撃力変動系のカードではない。それどころか俺が攻撃を仕掛けてあっさりとこのデュエルを終わらせるようなカード伏せられていないだろう。
————————よく見てな! この俺のデュエルを!
————————今日の観客は運が良い! 何せこの俺の送る最高のショーを見れるんだからなぁ!
————————はっはっはっ! 観客もノってきたみてぇだな!
よくよく思い出せばそうだ。こいつは観客に自分のデュエルを魅せるように意識している。攻撃変動系のカードであっさりとデュエルを終わらせるはずが無い。本人の言葉を借りるなら、観客が白けちまうから。
これから前のターン以上の見せ場を作るとなると、あのセットカードはその見せ場への布石の手のはず。恐らくモンスターを守って更なる上級モンスターの召喚に繋げてくる可能性が高い。ならばここでその守りのカードを使わせ無い限り勝機は訪れない……
「俺にこのターンを与えちまった事を後悔しろ! バトルっ!! 『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』で『大牛鬼』を攻撃!!」
『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の杖に魔力が溜まっていく。先端の宝玉は魔力が溜まるにつれ点滅の周期が早まり、光量も格段に増えていく。そしてその輝きが最高潮に達した時、杖から夥しい量の緑色に輝く魔力が濁流のように押し寄せる。狙うは1体の『大牛鬼』。『大牛鬼』の姿が完全に光に飲み込まれると、爆発と共に煙が相手のフィールドを包む。
【なんという反撃だぁぁぁ!!風前の灯火と思われた『死神の魔導師』だったが、その恐ろしい展開力で瞬く間にフィールドの形勢をひっくり返しやがったぁぁぁ!! こんな熱いシーソーゲームになるなんて事を誰が予想したぁぁぁ?!! これでまた死神にゲームの流れが……ん?】
「…………?」
煙の中で黒い影が蠢く。だが、それは『大牛鬼』のものではない事は直ぐに分かった。大きさが違いすぎるのだ。『大牛鬼』の数倍はデカい。そしてその影は煙を引き裂くと、その巨大な存在感を誇示するように地下全体に響き渡る雄叫びをあげた。
全身を血で染めたような赤一色の巨大な魔人。筋骨隆々なその肉体も然ることながら、ギョロリと見つめてくる3つの目、凶悪そうな剥き出しの歯列、頭から生えた2本の大角を揃えた顔からの威圧感は並大抵のモンスターが出せるものではない。
【なぁぁぁぁぁんじゃぁこりゃぁぁぁぁぁ!?? とうとう俺の目はAVの見過ぎで逝っちまったのかい? 俺の目には氷室の場に『大牛鬼』じゃない別のモンスターがいるように見えるぜぇ? 一体何が起きたんだぁぁぁぁ?!】
「なぁに簡単な事だ。お前が仕掛けてきた時、俺は永続トラップ『血の代償』を発動したのさ。こいつは自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時のみ発動カード。そしてその効果は500ポイントライフを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。俺は500ポイントライフを支払い『大牛鬼』2体をリリースし、この『絶対服従魔人』を通常召喚したって訳だ」
氷室LP1200→700
絶対服従魔人
ATK3500 DEF3000
攻撃力3500の高攻撃力を誇る最上級モンスター。特殊召喚制限も無いカードだが、如何せん自らの攻撃制限効果を持ち扱い辛いカードだ。破壊耐性もある訳ではないこのカードをこのタイミングで出してきた意図が読めない。
「的がデカくなっただけじゃねぇか……ならばバトルフェイズは終了。そして『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果を発動! 自分の場の魔力カウンターを1つ取り除き、相手の場のカードを破壊する。『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』自身に乗った魔力カウンターを1つ取り除き、『絶対服従魔人』を破壊!!」
体の内に吸収された魔力球を杖に移すと、先端の宝玉に黒い雷が迸る。その杖を掲げると黒い閃光を天に打ち上げる。『ダークゾーン』によって出来た暗雲の中に吸収されたそれは、天をうねる黒龍のような雷となって『絶対服従魔人』の頭上に降り注いだ。
覇魔導士アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 2→1
ATK3400→2400
雷撃は『絶対服従魔人』を丸呑みにした。満を持して繰り出してきたデカ物をこんなにあっさりと葬れてしまうと却って興醒め感は拭えない。2枚の魔法・トラップゾーンのカードのうち1枚は『血の代償』と割れている。となると本命は残りの1枚だったのか。まぁなんにせよそれを乗り越えれば……
「なっ……!」
今度こそ驚愕の声が漏れる。
確かに『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果は発動していた。そしてその効果は確実に『絶対服従魔人』に直撃し、その体を一片も残さずにフィールドから抹消したはずだった。
だが、何事も無かったかのように煙の中から『絶対服従魔人』がその姿を見せる。その体にはダメージを受けた様子も無く無傷のままで健在だった。破壊耐性も無いただのデカ物のはずなのに……
「不思議そうな顔をしているなぁ。なぁに簡単な事だ。俺の場を良く見てみな」
「っ! 『帝王の凍志』……」
「そうトラップカード『帝王の凍志』。こいつは自分のエクストラデッキが存在していない場合、自分の場の表側表示のアドバンス召喚したモンスター1体を選択して発動するカード。そしてその効果は選択したモンスターの効果を無効になり、このカード以外のカード効果を受けなくなる。つまり『絶対服従魔人』はお前の『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果を受けなくなっていた訳だ」
【アメェェェェイジィィィンングゥ!! 信じられねぇ!! それじゃあ今この場にはあらゆる効果を受けない攻撃力3500の無敵要塞が誕生したって言ことじゃねぇかぁぁ!!! あの『大牛鬼』軍団すらもこの布陣を整えるための布石だとでも言うのかぁぁ?!! 今日の氷室はプロ時代の全盛期はおろかキングにすらも匹敵する力を発揮してる気がしてならねぇぜ!!】
なるほど、ようやく合点がいった。わざわざあんなデカ物をお膳立てまでして出したのは、すべてはこのため。『絶対服従魔人』は自分の手札が0でさらにこのカード以外のカードがフィールドに存在しない時のみ攻撃可能なモンスター。自分で発動した永続トラップ『血の代償』が存在する時点で攻撃する事は叶わない。だが、『帝王の凍志』でその効果を無効にし、さらにあらゆる効果耐性を与えれば、デメリットなしの効果耐性持ちの高火力アタッカーとなる。
「……カードを1枚セットしターンエンドだ」
「行くぜ! これがラストターンだ! ドロー!!」
先のターンはおとなしく『大牛鬼』1体を確実に効果破壊しておけば良かったのか?
いや、『血の代償』が伏せられていた以上、手札にもう1枚通常召喚可能なモンスターがいた場合、いずれにせよこの状況になっていたか……だが、もし手札に通常召喚可能なモンスターがいなかったら……
「へっ、どうやらこのデュエル、美しく終わりそうだ! マジックカード『ライトニング・ボルテックス』発動! 手札の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』をコストに相手フィールド上の表側表示モンスターをすべて破壊する!」
「…………!?」
天から降り注ぐ雨、霰の如く雷が俺のフィールドに突き刺さる。俺の場に並ぶ『A・O・Jカタストル』、『カオス・ソーサラー』、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』はいずれも破壊耐性など無い。天災に抗う事も出来ず降り注ぐ雷を受け、砕け、打ち抜かれ、燃え尽きた。
【まっさらだぁぁぁ!! もう死神を守るモンスターはいねぇぇえ! まっさらさらのツルッツルだぁぁ!! ロリっ娘にだってツルっぺたの地平に蕾が咲いてるってのに、死神の場には小山の一つもねぇ!! 『死神の魔導師』は絶体絶命! 『死神の魔導師』に賭けた連中は完全に御通夜モードだぁぁぁ!!!】
「はっはっはっ、観客共ぉぉ! いよいよショーのクライマックスだ!! 無敗神話などと言う伝説を築き上げてきた死神は、今日死ぬ!!」
【おぉぉぉぉぉぉ!! これは氷室の勝利宣言だぁぁぁ!! とは言えこの状況なら勝ちが決まったも同然!! 死神の場にはセットカードが2枚あるとは言え、『絶対服従魔人』はあらゆる効果を受けなくなっている無敵モード!! たとえ相手の攻撃表示モンスターすべてを破壊する『聖なるバリア―ミラーフォース―』を伏せてようが、攻撃してきたモンスターの攻撃を無効にしてその攻撃力分のダメージを与える『魔法の筒』を伏せてようが無意味っ!! もう氷室の完全勝利待ったなしだぁぁぁ!!!】
デュエルの終わりが近づき観客は三者三様の行動を起こす。氷室側に賭けたと思わしき人間は指笛を吹いたり、歓声を上げたり、酒を飲みながらのお祭りムードだ。対して俺に賭けたと思われる人間は罵声や野次を飛ばしたり、自棄酒で潰れていたり、帰るものまで現れる始末だ。
後から入ってきて目立っていた柄の悪い金髪の男が腰掛けている場所に目をやると、褐色の髪の男と赤髪の仮面をつけていた2人がいなくなっている事に気付く。どうやらその2人も先に帰ったらしい。金髪の男は堂々と背もたれに背中を預け、獰猛な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。それだけで凶悪な肉食獣に睨まれているような錯覚を覚える。
「最後に『死神の魔導師』さんの言葉を聞こうか、なぁ? くっくっくっ、どんな気分だよ?」
「……とっととターンを進めろ」
「なるほど……どうやらさっさと死にてぇらしいな。なら、望み通りくたばらせてやるよ!! 『絶対服従魔人』でダイレクトアタック!! オビディエンス・インフェルノ!!」
『絶対服従魔人』の手の中に紅蓮に染まった炎が球体に集まっていく。そうして精製された巨大な業火球を地面に勢い良く叩き付けると、地響きと共に地面からマグマが吹き出す。高くまで噴き出したマグマは流れる方向をこちらに定め一斉に押し寄せる。それは燃え上がる炎の壁だった。目の前が真っ赤になると認識したときには既に体は炎の波に飲み込まれていた。
【決まったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 完全なる終幕!! これがやはりプロを知る男との実力の差なのかぁぁぁ!! これにて本日の大取にしてメインデュエルはコンプリィィィィィィィィ……】
「……おい、司会」
【……はい?】
「俺のライフは減ってねぇぞ。よく見ろ」
煙が晴れ視界が開ける。高攻撃力モンスターの能力や攻撃はいちいち大きいエフェクトがかかるからいけない。すっきりとした視界には予想通りのマヌケ面がずらりと並んでいた。
「なぜだ! なぜライフが0になってねぇ!!」
「不思議そうな顔をしてるな。なに簡単な事だ。俺の場を良く見てみろ」
「っ! くっ……『和睦の使者』か……」
「そうトラップカード『和睦の使者』。このターンのモンスターの戦闘での破壊を防ぎ、戦闘ダメージをすべて0にするカードだ。これはモンスターに効果を与えるものでもないため、『帝王の凍志』でカード効果を受けなくなった『絶対服従魔人』の戦闘ダメージであろうと問題なく0にできる」
【な、な、な、なんとぉぉぉぉ!!! 『死神の魔導師』は生存していたぁぁぁぁぁぁ!! なんつー恐ろしいまでの生への執念っ!! いや、相手を敗北に至らしめるまで死なない死神の怨念とでも言うのかぁぁぁぁぁ!!】
会場全体にどよめきが広がる。一度死んだと思われていた男が生きていたのだ。確かに驚くのは無理も無い事だろう。
「手札も使い果たし、場にセットされたカードも無い。墓地で発動するカードも無いようだが、さてどうやって俺のライフを0にしてくれる?」
「ちっ、確かにこのターンでテメェのライフは削れねぇが、それで粋がってんじゃねぇぞ! 手札がねぇのはテメェだって同じじゃねぇか! 場には1ターン目からセットされて一向に発動する様子の見られねぇカードがあるだけ。大方、ただのブラフでずっと腐ってるんだろ? たかが1ターン凌いだぐらいじゃあ、俺の場の完全耐性を持った『絶対服従魔人』がいる限り、俺の絶対勝利は揺るがねぇ!!」
鶴の一声と言うヤツか、一時はどよめいていた観客だが、氷室の言葉を聞き口々に野次や罵倒が散弾銃のように押し寄せる。だから、こう言う見せ物になるデュエルは嫌なのだ。デュエルとは本来一対一でこそ然るべきなのに、外野がいると言うのは野暮なことだと思っている。外野が騒ぐなんざ以ての外だ。だが、現実ってのはままならないもので、周りを見ればこの有様だ。本当に嫌気がさす。気が付けば考えるよりも先に口が動いていた。
「うるせぇ」
いったいどれ程の大きさの声が出たのかは自分でもよく分からない。ただその時の自分の声に抱いた感想は、自分のものとは思えない程酷く冷たかった。気付いたときには観客一人一人の呼吸の音が聞こえてきそうな程、地下は静まり返っていた。
「どうやらてめぇら覚えていないらしい。まぁ半年以上も前だったら忘れるか? いや、そもそも半年以上も前にやったここのデュエルを見たヤツも少ないだろうから無理も無いか……」
「何を言って……」
「なら、もう一度教えてやるよ!」
誰も物音すら立てない地下デュエル場。そんな中、自分の声はやけに響いた。前にここでデュエルした内容まではもう詳しく覚えていないが、あの時もこんな感じに周りは静かだった気がする。観客の目が、耳が、俺の一挙手一投足にまで向けられている。高らかに右手の人差し指立て掲げるとそれを氷室に向け振り下ろし言葉を続けた。
「てめぇのライフを0にするなんざ、俺のライフが1でもありゃ十分ってことをよ!!」
誰しもが口を開こうとしない静寂の間が訪れる。これもあの時と同じだ。ただ違ったのは、この後この静寂を打ち破ったのは俺ではなく第三者であったと言う事だ。
パチ……パチ……パチ……パチ……
乾いた拍手の音が地下全体に響く。誰も音を立てないこの中だと、その行為はより一層の注目を集めた。その音の音源に視線をやると、そこにいたのは堂々と足を組んで腰掛けるあの金髪の男だった。
「スゲぇよあんた。まだ次のカードすら引いてねぇのに良くそんな啖呵切れたもんだ。マジでおもしれぇ」
そう言うとひょいっと軽やかに飛び起き歩をこちらの檻の方へと進め始める。その男の余りにも凶暴そうな相貌、そして異質な雰囲気に人の波が引きその男が通る道が生まれた。
「それじゃあよぉ、ズバリ聞いちまうけど。アンタ、このデュエルこれから勝つのか?」
「あぁ」
金髪からの試すような問いに迷わず答える。こんな不気味な仮面を付けている知らない相手に物怖じする様子も無く話しかけてくるとは、この男なかなかの曲者のようだ。
「ははっ! 即答かよ! くくくっ、こりゃ良い! 本当におもしれぇな、アンタ! まぁ、そこまで自信たっぷりに言うならお手並み拝見といこうか。おい、司会!! なにボサッとしてやがんだ!! とっととこのデュエルの進行しやがれ!!」
【ん? えぇぇ、俺!? えっと、なんだっけ!? なんか色々あり過ぎて何すりゃ良いのかさっぱり分からなくなっちまったぜ! てか、今どっちのターンだ?】
金髪のドス効いた声でやっと我に返った司会だが、それでもまだ混乱中のようだ。その司会のなんとも抜けた様子にピリピリと緊張感が漂っていた地下の空気は僅かに緩んだ。だが、直ぐにそれも引き締まる事になる。目の前で鬼の形相を浮かべている男が口を開いたからだ。
「良いだろう……やれるもんならやってみな。これで俺はターンエンドだ」
【あぁ、そうだ! そう言う流れか。 これにて氷室のターンは終了! 辛くも一命は取り留めた死神だが、氷室に続いて今度は“死神の魔導師”が勝利宣言!!! だが、こんなボロボロの状態でよくもまぁそんな事を言えたもんだ! 俺はホラでもすげぇと思うぜ】
「俺のターン……」
地下にいる全員が固唾を呑んで俺の動きを凝視している。
ここで俺が引くべきカードは特別な1枚のカードと言うのでも何でも無い。デッキを構成する茶色のカード、緑色のカード、赤色カードの内、デッキのおよそ半分を占める緑色のカードを引くだけ。
目を閉じ精神を集中させる。集中力を研ぎすませると、すべての音が遠くなり世界が遠くなる。あるのは自分とデッキだけ。ゆっくりとした動作でデッキの一番上に指を乗せる。瞬間、全身に電流が駆け巡ったような感覚が奔る。
「ドロー」
声と同時に目をカッと見開く。だが、もはや引いたカードを確認する必要も無い。ただ、相手を見据え自分の思い描いたデュエルをするだけだ。
「俺のセットカードが腐ってるただのブラフって言ってたよな?」
「あぁ? あぁ、そうなんだろ?」
「正解だよ。今までは確かに腐っていた只の死に札だ。だがな、今までの状況では使えなくて腐ってただけで、完全に使えねぇカードじゃねぇんだよ。てめぇが完全に警戒を解いちまったこのカードの威力、身を以て知ってもらおうか!! リバースカードオープン。『異次元からの帰還』」
「なっ!? 『異次元からの帰還』だと!?」
「ライフを半分支払い効果発動!! 除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する。除外されているのは『幻層の守護者アルマデス』、『TGハイパー・ライブラリアン』、『マジドッグ』、『召喚僧サモンプリースト』、『ヴァイロン・キューブ』の5体。それらをすべて特殊召喚する!!」
上空の空間に巨大な亀裂が奔る。ピキピキッと音を立てながら広がっていった亀裂だが、外からの力が加わり完全に空間そのものが割れた。別世界へ続くその穴の修復が瞬時に始まるが、その穴が閉じる前に俺の場に5体のモンスターが並んだ。
幻層の守護者アルマデス
ATK2300 DEF1500
TGハイパー・ライブラリアン
ATK2400→2900 DEF1800→1400
マジドッグ
ATK1700 DEF1000
召喚僧サモンプリースト
ATK800→1300 DEF1600→1200
ヴァイロン・キューブ
ATK800 DEF800
【うぉぉぉぉっとぉぉぉぉぉお!!? 何のモンスターもいなかった死神の場に一気に5体のモンスターが並んだぁぁぁぁ!! だが、こいつらじゃあ『絶対服従魔人』の足下にも及ばないのは明白! 死神はいったいどうやってあの無敵要塞を攻略してくるのかぁぁ?!! あの難攻不落っぷりは一昔前、氷の女王と話題になったデュエルアカデミアでの美人教師を思わせるぜぇぇ!!】
「レベル4の『マジドッグ』にレベル3の『ヴァイロン・キューブ』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」
フィールドに並ぶ『マジドッグ』、『ヴァイロン・キューブ』が光に消え2体目の『アーカナイト・マジシャン』が場に現れる。
アーカナイト・マジシャン
ATK400 DEF1800
「魔法使い族のシンクロ素材となった『マジドッグ』の効果で、墓地からフィールド魔法『ブラック・ガーデン』を回収。また光属性モンスターのシンクロ素材となった『ヴァイロン・キューブ』の効果で、デッキから装備魔法『ワンダー・ワンド』を手札に加える。さらに『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そして『TGハイパー・ライブラリアン』が存在するときに、シンクロ召喚に成功したためカードを1枚ドロー」
アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 0→2
ATK400→2400
「へっ……何を出すかと思えば、『アーカナイト・マジシャン』か。忘れたのか? テメェの『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果でさえ俺の『絶対服従魔人』は破壊できなかった。今更『アーカナイト・マジシャン』を出したところで何になる?」
「こいつはただのつなぎだ。『ワンダー・ワンド』を『アーカナイト・マジシャン』に装備。攻撃力を500ポイント上昇させる」
デッキの最後の『ワンダー・ワンド』をデュエルディスクに差し込む。それにより『アーカナイト・マジシャン』の持つ長い杖は見慣れた短い杖に書き換えられる。
アーカナイト・マジシャン
ATK2400→2900
「『ワンダー・ワンド』の効果発動。このカードと装備対象モンスターを墓地に送り、カードを2枚ドローする」
『アーカナイト・マジシャン』の持つ魔力が『ワンダー・ワンド』を通して白い光に変換されデュエルディスクに降り注ぐ。力を出し尽くした『アーカナイト・マジシャン』は役目を果たしたとばかりに墓地へと沈んでいった。
これで手札は5枚!
「フィールド魔法『ブラック・ガーデン』を発動。これによりフィールドは上書きされ『ダークゾーン』は破壊される」
上空を埋め尽くす暗雲は晴れていき、薄汚れた地下の天井が顔を覗かせる。新たに場を埋め尽くすは茨。瞬く間に成長を遂げた茨は観客の視線をを遮る檻を作り上げた。『ダークゾーン』によって能力値を底上げしていた俺の場のモンスターの力は元に戻っていく。
TGハイパー・ライブラリアン
ATK2900→2400 DEF1400→1800
召喚僧サモンプリースト
ATK1300→800 DEF1200→1600
そして手札の中でこのターン一番最初に引いたカードに視線を移す。その瞬間、僅かに口角が緩んだことを自覚した。
「『召喚僧サモンプリースト』の効果発動。手札からマジックカード『おろかな埋葬』を墓地に送り、デッキからレベル4の『復讐の女戦士ローズ』を特殊召喚する」
魔法カードの力を吸収した『召喚僧サモンプリースト』が作り上げた青白く輝く魔方陣から現れたのは立て膝をついている赤髪の女性。闇に溶け込む黒い忍びの衣装に身を包んでいるが、燃え上がるような赤く伸ばした髪は茨の檻の中でさえ美しく見えた。
復讐の女戦士ローズ
ATK1600 DEF600
「『ブラック・ガーデン』の効果で特殊召喚された『復讐の女戦士ローズ』の攻撃力は半分となり、相手の場にローズ・トークンが特殊召喚される」
召喚に反応した黒薔薇の庭の獰猛な茨は『復讐の女戦士ローズ』の足下から絡み付き体中を締め上げる。その苦痛を養分に薔薇花弁は凛と咲き誇っていた。
復讐の女戦士ローズ
ATK1600→800
ローズ・トークン
ATK800 DEF800
「『ブラック・ガーデン』の効果発動。このカードと場の植物族モンスターをすべて破壊し、その攻撃力の合計と同じ攻撃力のモンスターを墓地から特殊召喚する。俺は破壊されたローズ・トークンの攻撃力800と同じ攻撃力の『シンクロ・フュージョニスト』を墓地から特殊召喚する」
茨の檻の崩壊を迎えると同時に死んだ茨の残骸の中から『シンクロ・フュージョニスト』が復活を遂げる。これで再び俺の場には5体のモンスターが並んだ。
シンクロ・フュージョニスト
ATK800 DEF600
「レベル2の『シンクロ・フュージョニスト』にレベル4の『復讐の女戦士ローズ』をチューニング」
『復讐の女戦士ローズ』の体を囲む4つの緑光の輪が出現し、『復讐の女戦士ローズ』の姿は光の粒子となって消える。残された4つの輪の中に飛び込んだ『シンクロ・フュージョニスト』はその内に宿した二つの光球を体外に放出し役目を終えた。そして輪の中を突き抜ける一本の光の柱。
「シンクロ召喚、『マジックテンペスター』」
光の中からふわりと舞い降りてきたのは、このデッキのエクストラデッキに眠るもう一人の魔術を修めた者。手に持った巨大な大鎌には妖艶な笑みを浮かべた彼女の顔が映っている。そして、その大鎌こそがこれから相手の命を刈り取る死神の鎌。
マジックテンペスター
ATK2200 DEF1400
「シンクロ素材として使われた『シンクロ・フュージョニスト』の効果でデッキから『ミラクルシンクロフュージョン』を手札に加える。『マジックテンペスター』のシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを1つ乗せる。そしてシンクロ召喚に成功した事で『TGハイパー・ライブラリアン』の効果でカードを1枚ドローする」
魔力球を吸収した『マジックテンペスター』の体からは優しく魔力が溢れ出し、それは滑らかな黒髪を揺らす。
マジックテンペスター
魔力カウンター 0→1
これで場には『TGハイパー・ライブラリアン』、『召喚僧サモンプリースト』、『マジックテンペスター』、『幻層の守護者アルマデス』の4人の役者が揃った。そしてこのデュエルに勝つための最後の役者を呼び込むべく、手札の1枚のカードをデュエルディスクに入れる。
「『ミラクルシンクロフュージョン』を発動。墓地の『アーカナイト・マジシャン』と『カオス・ウィザード』を除外し、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』を融合召喚」
墓地で眠る『アーカナイト・マジシャン』と『カオス・ウィザード』の魂を融合させ新たに誕生した『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』。思えばエクストラデッキに入れた『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の2枚目を使うのは初めての事だ。
覇魔導士アーカナイト・マジシャン
ATK1400 DEF2800
「『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の融合召喚時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そして攻撃力を乗っている魔力カウンターの数×1000ポイント上昇させる」
覇魔導士アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 0→2
ATK1400→3400
「また出てきやがったか……だが、その万全の『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の攻撃力でも『絶対服従魔人』には届かねぇ!」
「あぁ、まだ万全じゃない『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』じゃあ、その『絶対服従魔人』には届かないな……だから! 『マジックテンペスター』の効果発動。1ターンに1度、手札を任意枚数墓地に送り、送った枚数の数だけ魔力カウンターを自分の場の表側表示で存在するモンスターに置く。俺は残り4枚の手札をすべて捨て、4つの魔力カウンターを『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』に乗せる」
手札から墓地に送った4枚のカードから4つの魔方陣を同時に描く『マジックテンペスター』。それぞれ魔方陣の中心から4つの緑光を放つ魔力球が精製されると、それは『マジックテンペスター』の手に導かれるままに移動し『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』に取り込まれる。
覇魔導士アーカナイト・マジシャン
魔力カウンター 2→6
ATK3400→7400
「こ、攻撃力7400だと!?」
「これだけあれば十分だろ?」
十全に満ちた魔力。それは『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の体から穏やかに流れ出す。足下は魔力が流れ、黄緑色に輝く海の浅瀬のような神秘的な世界にいるようだった。
【すげぇ……俺ぁ実況失格だぜ……目紛るしい展開に飲まれて、最後は実況なんて忘れて魅入っちまってた……】
「行くぜ。バトル! 『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』で『絶対服従魔人』に攻撃!!」
攻撃宣言を待っていたかのように充填されていた膨大な魔力が杖から放出される。その眩い輝きは『絶対服従魔人』の巨体はもちろん相手だけでなく視界、いや、ひょっとすると地下全体をも埋め尽くしたのかもしれない。圧倒的な魔力の波が何もかもを飲み込む轟音の中で、確かに相手のライフが0になる音は聞こえた。
氷室LP700→0
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光が晴れれば地面に突っ伏している氷室が真っ先に目に入る。周りの観客はただぼんやりとすべてが終わったデュエルリングを眺めているだけで、誰も口を開こうとしない。
「俺の戦術は完璧だったはずだ……全盛期をも上回る最高の流れだった……なのに…………なぜだ……」
「……てめぇの敗因は客に魅せるデュエルをするあまり、相手を見る事を疎かにしていたことだ。デュエル中に相手を見てないヤツに負ける道理はねぇよ」
それだけ告げると檻の中の出口へと向かう。その様子に気が付いた司会はようやく立ち直ったようであのやかましい実況が再開される。
【今度こそ正真正銘コンプリィィィィィィィィィィィト!!! 激しい攻防を見せた今日のメインデュエル、元プロデュエリストの“氷室仁”vs絶対勝利のデュエル屋“死神の魔導師”の対決を制したのはっ!! “死神の魔導師”だぁぁぁぁぁぁ!!!】
「そこまでだぁぁぁぁぁ!!」
その怒声が地下に響いたのはドアを勢い良く突き破る音が聞こえた直後だった。無事試合が終了した矢先に無粋な輩が入ってきた。ここにいる人間全員から刺すような視線がそのドアから入ってきた人間に向けられたが、その人物の容姿を確認した途端、地下にいる人間全員の血の気が引いていく。
『マスター、あれは……』
「あぁ……依頼主のおっさんの様子がおかしいから、なんかあると思ったが……まさか、このタイミングで……最悪だ」
浅黒い肌に海苔を貼付けたようなぶっとい眉、左頬には古傷を負った厳つい顔。そして氷室に勝るとも劣らないガタイの良さ。緑色の制服を身に着け、胸元にはセキュリティのバッチが光っている。
「おうおう、クズがゴロゴロいやがるなぁ。テメェらおとなしくしやがれ!! ドラッグの密売の容疑及び不法な賭博デュエルの現行犯でここにいる全員を豚箱いきだぁぁ!!」
セキュリティのおっさん、牛尾哲の登場によりこの地下デュエル場の空気は一瞬で凍り付いた。登場をいち早く察し状況に気付いた無法者達が逃げ出そうと動き始めた時、その心を折りに行くように無慈悲な宣告が下される。
「おぉっとぉ、逃げようとしたって無駄だぜ? この建物は既にセキュリティが包囲してる。妙な真似しやがったら減刑のチャンスを失うと思いなぁ」
意地の悪いニヤケ面でこちらを見下すその顔はどっちが悪党なのか分からなかった。そんな冷たい現実を突きつけられ地下にいる人間は諦めたように動く事を放棄していた。
さて、どうしたものか。サイレント・マジシャンの転移の準備は既にできている。後は合図一つで魔方陣を起動できる状況なのだが、それだとサイレント・マジシャンの姿をこの場に晒す事になる。今後の活動の事も踏まえると、サイレント・マジシャンの姿を無闇にさらす事は得策ではない。だが、四の五の言ってられない状況なのは間違いない。
周りの様子を観察しながら思考を巡らしていると、件の金髪の男と目が合う。向こうも何かを考えている様子だったが、俺と目が合うと途端にその表情は悪い事を思いついた悪人の笑顔に変わる。
「“死神の魔導師”って言ったっけ、アンタ? まさか本当に勝っちまうとは、やっぱりアンタおもしれぇよ」
「あぁ!!? おい、そこの金髪!! なに喋ってんだ! 神妙にしねぇか!!」
「こんなところで捕まるなんてまっぴら何でよぉ! 俺ぁこの辺で御暇させてもらうぜ!! 縁があったらまた会おうじゃねぇか、“死神の魔導師”!!」
それだけ言うと腕のデュエルディスクを起動し何かのカードを発動する。すると金髪の男を中心に煙幕が発生する。直後、上の方で何かが壊れる音が響くと共に人々は一瞬でパニックに陥る。
「うわっ!! テメェらおとなしくしやがれ!! さもねぇと逃亡罪を適用して刑を増やっ……ぐぼぁ!!」
おっさんの情けない声が聞こえてきたが、このチャンスを逃す手は無い。俺の“今だ!”と言う呼びかけに応え、サイレント・マジシャンは転移の魔方陣を作動させる。目の前の煙で覆われた世界は一瞬で光に包まれた。
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『危なかったですね、マスター』
「あぁ……」
転移により隠れ家のマンションの一室に一度戻った俺たちは、その後デュエルアカデミアの制服に着替え荷物の整理を済ませて、再び転移で人のいないポイントに来ている。今日の事を振り返れば、あの金髪の男が何者か、セキュリティのタイミングのいい突入など気になる事は多々ある。だが、それについて考えるには少し疲れ過ぎた。今日は帰って風呂に入った後、すぐ寝よう。そんなことを考えている時だった。
コツコツコツ
アスファルトを叩く足音。音からして良いブーツだろうか。だが、ここはまだ人通りの少ない路地。逆に言えば人がいると言う事は大体が碌でもない連中の可能性が高い。警戒心を強めるが、その姿を見て僅かにその緊張は溶ける。目の前から歩いて来たのは見知った顔だったからだ。
「イッヒッヒッ! これはこれは、こんなところで会うとは偶然ですね」
他人を見下したような意地の悪い笑い方が特徴的な狭霧の上司。小柄な背丈の道化のようなメイクをした男、イェーガー。
この時は、何故このような人通りの少ないところにイェーガーがいるのか、と言う事に疑問さえも覚えず、自然を装って適当に挨拶を済ませて帰ろうなどと思っていた。
「こんばんは、イェーガーさん」
「こんばんは、八代さん……」
「……いや、“死神の魔導師”さんとお呼びした方がよろしかったですかな? イーッヒッヒッヒッ!!」
「…………!?」
『…………!?』
突然、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
今日の空模様は遠い昔のように感じた1年前と同じ雨。