遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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『デュエル屋』とチンピラ

 冷たい雨。

 その雨は廃ビルだろうと罅割れたアスファルトだろうと、お天道様を隠すこの雲の下にあるものになら皆平等に降り注ぐ。それはここで傘をさす二人の男にとて同じ事。傘に落ちた雨粒が弾ける音がけたたましく鳴り続ける。そんな中、その男が放った言葉は、まるでその時の他の音をきれいさっぱり切り取ってしまったかのように鮮明に聞き取れた。

 

「……いや、“死神の魔導師”さんとお呼びした方がよろしかったですかな? イーッヒッヒッヒッ!!」

 

 ドクンッ

 

 一際大きい心臓の鼓動。

 それにより大量の血液が一瞬で体を駆け巡る。

 そうして周りの音が元に戻った。冬場の寒い雨の日だと言うのに口の中は渇いていく。

 とうとう勘付かれたか……

 

「…………なんですか? その“死神の魔導師”って言うのは?」

 

 心臓の早鐘が治まらない。だが、それを決して外に出さず努めて冷静な受け答えをする。それを知ってか知らずか、問いを投げたイェーガーには意地の悪い笑みが張り付いたままだ。

 

「図太い神経をしていますね。以前にお会いした時、一度申し上げたはずですが? 違法なデュエルは当然取り締まりの対象になる、と」

「何の話ですか? 前に会った時と言うと、キングとのデュエルの時が初めてだったはずですが? その時にそんな事を言われた覚えはありませんよ?」

 

 大丈夫だ。いずれこうなる事は分かっていた。その時を迎えた時の準備もしていた。

そう自分を鼓舞しイェーガーと向き合う。

 

「ホッホッホッ、あくまでシラを切りますか……『デュエル屋』として依頼を受け、不法な賭博デュエルに参加していた事は既に分かっているんですよ」

「はぁ……それで、それが僕と何の関係が?」

「ですから! その『デュエル屋』、“死神の魔導師”があなただと言っているんです」

「へぇ……」

「へぇ……って、なに他人事だと思ってるんですかっ!! コホンッ、とにかく治安維持局までご同行いただきますよ」

「それは困りますよ。家で狭霧さんが待っています。余り遅くなると心配すると思うので、そのよくわからないお話はまた今度」

 

 徹底して関係がない体を装い、相手を苛立たせる振る舞いをすることで、イェーガーのペースを掻き乱す。腹の探り合いをする上で大切なのはまず相手のペースに飲まれないと言う事だ。

 

「状況が分かっていないようですね。ここに逮捕状を持って来て、あなたを連行しても良いんですよ?」

「……! 色々と勝手に決めつけているようですが、証拠はあるんですか?」

「フフッ、証拠? 我々は容疑者として浮上したあなたのここ最近の動向を、シティの監視カメラで追っていました。するとあなた姿はいつもカメラも人通りも無くなった場所に消えています。さらに“死神の魔導師”の活動もあなたがカメラにも人の目からも外れたときに限って行われています」

「……偶然じゃないんですか?」

 

 やはりとは思ったが、監視カメラでも姿を追跡されていたようだ。だが、イェーガーの言葉には俺が“死神の魔導師”たる決定的な証拠はない。まだ完全に尻尾を掴まれた訳ではない。

 

「では、お聞きいたしましょう。あなたは今日、さっきまでいったい何をしていたんでしょうか?」

「それは……」

「それと! 下手な嘘は止めた方が良いですよ。どうせすぐバレますので」

「…………」

『…………!』

 

 もはや獲物を追いつめ、いつでも仕留められるように銃口を突きつける狩人のような残虐な笑みを浮かべるイェーガー。俺の苦しそうな沈黙にサイレント・マジシャンの顔色はみるみる不安に染まっていく。

 

「おやおや、答えられないのですか? やましい事をしていないなら、はっきりと答えられるでしょう?」

「………………」

 

 獲物をなぶるのを楽しむように、顔を覗き込みながら言葉が続く。下衆な笑みを見るに絶えず目を逸らすと、それに気分を良くしたようで詰問はヒートアップする。

 

「ヒッヒッヒッ! どうやら答えられないようですね。その沈黙は何かを隠している? そう言う事でよろしいですね?」

「………………」

 

 それでも沈黙を貫く俺の様子を見て、鬼の首を取ったかの如くイェーガーは勝ち誇った笑みを浮かべていた。完全に自分のペースで場の空気を掴んだとばかりに嬉々として言葉を続ける。

 

「イーッヒッヒッヒッ! 隠しても無駄ですよ。どうせすべてバレているのです。だったらここですべてを自供した方が、罪は軽くなりますよ?」

「……そうですね。もう隠すのは疲れました……分かりました。すべてを話します」

『マスター?!』

「ほうっ、賢明な判断ですね」

 

 素直に自供する様子にイェーガーは意外そうな反応を見せる。傍らのサイレント・マジシャンは自供を始めようとする俺に慌てふためいている様子だ。

 おもむろに自分の鞄を開け、中からあるものを取り出す。

 

『………………っ!?』

「……? これは?!」

「実は……」

 

 俺がまず鞄から取り出したのは2枚のDVDケース。

 そのパッケージのタイトルは

 

“濡れぬれ悪魔ッ子☆〜エンプレスと蜜なるひと時〜”

 

“マジマジ?マジじゃん!ギャル娘っとしよ?”

 

の二本。

 ……まぁ、例のアレである。パッケージの写真では露出の多いコスプレをした女性が映っており、裏面ではもう見えちゃいけないものが丸見えになって、あられもない状態になっている。サイレント・マジシャンは耳まで赤くしながらそれを見まいと手で顔を覆っているが、指の隙間が明らかに空いていた。

 

「その……いけない店で部屋を借りて、こういうものを見たり借りたりしてました」

「ふむ、正直でよろしい。これに懲りたら次からはこんな真似は……って何を言っているんですか、あなたは!! 私が聞きたかったのは“死神の魔導師”としての今までの活動の自供ですっ! こんな嘘……」

「嘘じゃないですよ? あそこのビルの4階で……」

 

 詳しいビルの位置を教えると、“こんなくだらない嘘を……”と悪態を吐きながらも襟元の小型マイクで部下をその店に手配する。どうやらこの近辺を既に部下で包囲していたらしい。しかし部下がその店にたどり着き、店主からの事情徴収の情報をリアルタイムで受信していくうちに、イェーガーの顔色から余裕は消えていく。

 

「えぇ……本日の17時頃からですが……なんですと?! 確かに今日も利用していた? そんなはずは!! えぇ、他の日は? 確かにちょくちょく顔を見せて……って、あなたの若い頃の話など知りませんよ!!」

 

――――――――ここに逮捕状を持って来て、あなたを連行しても良いんですよ?

 

 この言葉の裏を返せば、今の段階では逮捕状はまだ発行されていないと受け取れる。この言葉を聞いた時点で、今回の勝利を確信していた。

 逮捕状がまだ出ていないと言う事は、俺が“死神の魔導師”であると証明する決定的な証拠をまだ掴めていないと言う事。多少は切れ者だと認識されていただろうが、相手はまだ子どもと油断していたな。大方強気に出て逮捕と言う言葉をチラつかせながら、その時間帯に何をしていたかを揺すれば簡単にゲロると思っていたのだろう。

 だが、それは甘い。こいつに目を付けられてからは隠れ家に行き来するための転移は確実に人のいないポイント、即ち密室を利用している。そこで俺が利用したのは裏通りのアダルトショップ“ふぁんしー”。看板も広告も出していない知る人ぞ知る店で、適当なじいさんの店主が経営している。DVDのレンタルはもちろん、個室も30分単位で利用可能。そこではそこにあるDVDを見る事もできるため、そこを利用して持ち帰るためのDVDの中身の確認に使ってもよし、その場でそのDVD使っても良い。

 話を戻そう。兎に角、そこの個室を利用しそこから転移をしたとしても、個室からの出入りが無い以上、“死神の魔導師”が活動している間もそこに俺がいると言うアリバイが成立する。転移と言うサイレント・マジシャンの使う魔術の存在が掴めてない以上、俺が“死神の魔導師”である事を決定づける証拠は何も無い。

 

「一度出直したらどうでしょう。それでも僕を連れて行きたかったら逮捕状を持ってきて下さい。えぇっと罪状はエロガキがR-18のAVを見ていた罪とかですか? だけどこれって逮捕状は出るんですかね?」

「くっ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔と言うのはまさにこの事だろう。自らの勝利を確信し最も油断が生じている時を突き、逆転の手札を切る。古典的だが有効な手であるからこそ、それは現代まで生き続けているのだ。

 

「……今回は引き下がらせてもらいます。お騒がせ致しました」

「いえいえ、間違いは誰にでもある事ですから。あぁ! そう言えば……」

「…………?」

 

 これによりこの場の会話の主導権は完全にこちらに傾いた。サイレント・マジシャンは先程のDVDのパッケージを見て完全にフリーズしてしまっているが、今この時の流れを利用するためにも構っている時間はない。

さぁボチボチ反撃といこうか。

 

「ジャック・アトラスの八百長説……と言う話をご存知でしょうか?」

「はっ、何を言い出すかと思えばくだらない。根も葉もない噂です。キングとのデュエルをしたあなたなら彼の実力は身を以て知っているはずでしょう?」

「えぇ、僕自身も先日のデュエルを終えた時は、改めてそのような事実は無いだろうと思っていました。ですが……」

 

 そう言葉を区切り、鞄の中に手を再び突っ込む。再びあの如何わしいものが出てくるのではと思ったのか、イェーガーはビクッと体を強ばらせる。だがそこから出したのは何の変哲も無い黒いDVDケース。

 

「この前、デュエルアカデミアの方で課題が出ていましてね。ジャック・アトラスのとある試合についてのレポート課題が。これはその時、担任から渡されたそのデュエルの映像が入ったディスクです」

「それが何か?」

「僕は出席番号が一番最後だったせいで、たまたま資料のディスクが足りなくて先生の持っている資料を借りたんです。どうやらそれは先生の私物だったらしく、今までのジャック・アトラスの試合のほとんどが入っていたので興味本位で見ていたんですよ。その中で見つけたのがジャック・アトラスとドラガンの試合なんですが……覚えていらっしゃいますか?」

「……えぇ」

 

 一瞬、返答に間があくのを俺は見逃さなかった。五分五分の可能性だと思っていたが、案外これは黒かもしれないな。

 

「そうですよね。“北欧の死神”と名を馳せた神の力を持つカードを従えるヨーロッパリーグでは腕利きのデュエリストだ。ただ、その試合を見るとおかしな点がいくつか。なぜだかドラガンはそのエースモンスターらしきカードを出していない。それどころか抵抗らしき抵抗をしていない」

「それはキングの圧倒的なパワーの前になす術が無かっただけでしょう」

「そうかもしれませんね。ではジャック・アトラスが先攻で召喚した攻撃力1100の『トップ・ランナー』に対して、なぜドラガンは攻撃力800の『極星獣ガルム』を敢えて攻撃表示で出したのでしょうか? 『極星獣ガルム』の守備力は1900もあり、壁モンスターとしての方が優秀にも関わらず」

「そんな事……私には分かるはず無いでしょう」

 

 冷静に答えているようにも見えるが、さっきまでとは打って変わって歯切れが悪い。やはりこの一件、何かある。

 

「そうでしょうか? 少し考えれば分かるはずです。あの時、ドラガンはカードを1枚セットしていた。あれは明らかに相手の攻撃を誘っている戦い方だ。しかし、結果はその伏せカードを発動することもなく、次のターンに召喚された『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃で破壊され2200ポイントのダメージを受けている。なぜ、あのセットカードを発動しなかったのでしょうか?」

「……あなたの読み違いではないでしょうか? あのセットカードはあのタイミングでは発動する事の出来ないカードだった。そう考えればなんの不自然な要素はないではありませんか」

「えぇ、その可能性もあります。でもそうなるとおかしいですよね。なんの策も無いのなら『極星獣ガルム』を攻撃表示で出すメリットは何も無い。ダメージだけ受けているのを見ると……まるでわざと負けにいっているように思える(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「い、い、言い掛かりです!」

 

 その返事には明らかな動揺が見てとれる。取引材料として使うために残しておいた甲斐があったようだ。

 

「まだあるんですよ? 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に『極星獣ガルム』が破壊された次のターン、ドラガンは何もせずにターンエンドし、最後は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』のダイレクトアタックを受けて試合が終了しています。この映像の中にはその時のデュエルのテレビ中継の録画だけでなく、観客席から撮影した映像も入っていたんですが、手持ちのビデオカメラでなんとかズームして少しでも試合を間近で捉えようとしたのでしょう。目の前のコースを走っている時なんかはなかなかの大きさで撮れていました。おかげでカードの内容までは見えませんが、それでも手札が映っていたんです。そこには確かにモンスターである茶色のカードが残っていました。モンスターが手札に残っているのになぜドラガンはそれを出さなかったのでしょうね?」

「それは上級モンスターだったからでしょう! くだらないお話はもう」

「ドラガンは! 過去のデュエルで上級モンスターを使用した事は一度もありませんよ?」

「っ!!」

 

 悪化の一途をたどる天候は雨脚を強め、気が付けば雷が鳴り始めていた。

 

 

 

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————

 

 あれから1ヶ月が過ぎようとしていた。

 あの後、あの情報を出汁に治安維持局を相手にバラして欲しくなければ、などと言う要求はしていない。そうすれば完全に相手と敵対する事になるからだ。願わくば治安維持局を取引相手に“デュエル屋”としての仕事を依頼されるような関係を築いていきたいところだが、事を急けば思わぬところで躓くこともある。

 今回はただこちらの持つ手札をチラつかせた事で、あちらとしても不用意に俺の近辺を嗅ぎ回る事は出来なくするに止めた。要するに牽制だ。今後も手札を集めて向こうの新たな動きに備える必要がある。

 しかし、日常にこれと言った変化は無い。治安維持局の方もここまで音沙汰がないと、かえって不気味だった。いや、一度狭霧を通しての間接的なコンタクトがあったか。

 

「その、年頃なのは分かってるけど……悪魔とか魔女とかは……と、とにかく! 程々にするのよ?」

 

 唐突に狭霧に切り出された時は何の話かと思ったが、そこでイェーガーに没収されたあれの事が直ぐに思い出された。その時ものすごく気まずくなった事は言うまでもない。

 いつの間にか新年を迎えていた訳だが、それ以外は概ね特に変わった事も無かったと思う。思い出せる事と言えば、サイレント・マジシャンがお汁粉好きだと判明したと言う事と、狭霧と二人での家族クリスマスパーティーをやった事、正月に数年ぶりの初詣に行きおせちを食べた事ぐらいだ。改めて思い出してみると1ヶ月と言うスパンの中では思い出せる事柄の量が増えたと思う。

 

「……ねぇ、聞いてる?」

「…………?」

 

 どうやら考え事をしている間に話しかけられていたようだ。俺の反応を見て聞いていなかった事に気付いた狭霧は少し機嫌を損ねてしまった。

 

「もう……久々の休日を使ってのデートなのに、その相手をほったらかして他の考え事?」

「デートって……からかわないで下さいよ」

 

 珍しく休日の狭霧と出かけると言う事で、狭霧は当然私服だった。首にはファー付きのベージュのストールを巻き、アウターには黒に近い紺のコートを羽織っている。前を閉じていないためチラリと見えるインナーのグレーとイエローのボーダーニットがオシャレポイントと言うヤツなのか。下はコートと同色のピッチリとしたパンツに明るいブラウンのハイブーツ。全体的に落ち着いた大人の雰囲気を感じる。

 

「この前も言ったでしょ? 異性と2人っきりで出かけてるんだからこれはデートよ。しかもこの前と違って一緒に買い物なんて尚更デートっぽいでしょ?」

「はぁ……その気もないくせによく言いますね」

「ふふっ」

 

 俺の反応を楽しむように悪戯っぽい笑みを浮かべる狭霧。その笑顔を向けられると顔を直視できなくなる。端から見れば初心な男とそれをリードする大人の女性のカップルと勘違いされるのだろうか?

 自然と町を歩く男女のカップルに意識がいく。休日の昼下がり、それも大雪に見舞われここ数日思うように外出することが出来ない状態だった道が、ようやく落ち着いたところに合わせるかのような気持ちのよい晴天の日だ。町の通りには人通りも多く、カップルも必ず視界には2、3組は入ってくる。どのカップルも腕を組んだり、肩を寄せ合ったり、手を繋いだりしながら仲睦まじく笑い合っていた。

 それを見て自分の考えを改める。どう見ても女の方は辛うじて笑顔だが、男は年中仏頂面をぶら下げて碌に喋りもしないと言う男女を、カップルと思うような輩はいないだろう。

 

『………………』

 

 背後霊の如く俺の後ろについてくるサイレント・マジシャンは一言も発しないが、何故だか機嫌が悪そうだ。

 

「どう? そのマフラー? 温かい?」

「はい、温かいですよ」

「良かったぁ。色々回って決めた甲斐があったわ」

 

 今日の買い物に来たのは俺の冬服が寒そうと言う狭霧の言葉がきっかけだった。肌着にシャツを着て、セーターかカーディガンを羽織った上にダウンジャケットを着込めばそこそこ温かいのだが、マフラーが無いと寒いの一点張りで結局買い物に出る事になったのだ。

 

「でも、こんなトップスに住んでいる人も足繁く通っているような店まで来て、わざわざ高価な物を買わなくても良かったんですよ?」

「良いの。今までこうしたプレゼントなんてした事も無かったんだから。それに大人にはカッコつけたい時だってあるのよ」

「……別に普段仕事と家事を両立してる狭霧さんもカッコいいと思いますけどね」

「……! なにサラッと嬉しい事言ってくれてるの、もう!」

 

 一瞬、言葉が理解できなかったのかキョトンとした顔になったが、その言葉を飲み込むと背中を叩かれる。少々気障ったらしかっただろうが、これで少しはさっきの仕返しが出来ただろうか。何事もやられっぱなしは性に合わないのだ。

 

「マフラー、ありがとうございます。大事にしますよ」

「高かったんだから、無くしたら承知しないわよ?」

『………………』

 

 

 ミシッ

 

 

 背後で空間が軋むような音が聞こえたような気がした。

 だが依然として後ろには無言なサイレント・マジシャンがいるだけで特に変わった様子はない。ただ、サイレント・マジシャンからは言いようの無いオーラが発せられていて、何故だか圧を感じる。気のせいなのだろうか?

 

「あら、何かしら?」

「…………?」

 

 人の流れがおかしいところがあった。まるでそこの一カ所を避けるかのように人が流れている。足を止め道の端に避けると、人の間の切れ目から目に入ってきたのは3人の屈強そうな男達。それぞれがモヒカン、スキンヘッド、リーゼントと個性溢れる髪型をしており、冬場だと言うのにお揃いの袖を破った革ジャンを着用している。これにバイクまでつけたら完全に世紀末スタイルだ。様子を見る限り何か揉めているように見える。

 

「おいおい、ボクぅ? なに兄貴にぶつかってくれてんのぉ?」

「だからさっきからそれは謝ってるじゃないか!」

「謝るだけで事が済むならセキュリティはいらねぇよ! どうすんのこれ? 兄貴の大切なボトル割れちゃってるよ?」

「うぅ……それは……」

「…………」

 

 よく見ればその3人に囲まれて二人の子どもがいた。同じようなライトグリーンの髪色から考えるに兄妹なのだろう。一人は怯えて何も言わないが、それを庇うように少年が前に出ている。

 床に散らばったボトルビンの破片から見るに、あれは“ボトルマン”だろうか。わざと相手にぶつかり持っている安物、あるいは偽のワインのビンを落として割り、相手にその壊した物の弁償代を請求する質の悪い連中だ。しかしこんな子どもをターゲットにしたところでお金もそんなに持っていないだろうに……

 

「坊ちゃんにお嬢ちゃん。この辺の子だったらお金には困ってないよね? 大事なボトルだったんだ。君が壊しちゃったんだから弁償してくれるよね?」

 

 最近の“ボトルマン”はさらに悪質な手口を使うらしい。この辺を出歩く子どもの両親の稼ぎは良さそうな事に目をつけたのだろう。相手の物を壊してしまったと言う罪悪感に苛まれる子どもを丸め込んで、その子の貰っているお小遣いから金を要求するとは、何ともあくどい連中だ。

 

「そもそも、そっちがぶつかってきたんじゃないか! しかも態とらしく自分でビンを落として割ったのに、なんで俺たちがそれを弁償しなきゃいけないんだよ!」

「兄貴ぃ、この坊主全然反省してないみたいだぜぇ? ケへへッ!」

「グヒヒッ、ちょっとお仕置きが必要かな?」

「どうやらそのようだなぁ? 本当はお兄さんもこんな事はしたくないんだけどなぁ」

「くっ……」

「…………やだ……やめて……」

 

 見るからに近寄りがたい男達だ。面倒ごとに巻き込まれる覚悟で割って入ろうと言うお人好しや正義感を持ち合わせた人間など、俺を含めそうそういるものではない。

 そう思考の海に意識を埋没させていた時だった。

 

「ちょっと、あなた達!」

「あん、何だぁ? この姉ちゃんは?」

 

「……………………ん?」

 

 俺の脇に立っていたはずの狭霧はいつの間にか消え、気が付けば目の前の避けられていた問題の渦にズカズカと切り込んでいるではないか。

 

「言いがかりをつけて子どもの親からお金を巻き上げようなんて、良い大人が恥ずかしくないの?」

「関係のない部外者は引っ込んでてくれるか? これは俺たちとこのガキ共の間の問題だ」

「いいえ! 悪い大人から子どもを守るのも大人の仕事よ! 大体、割れた割れたって騒いでるけど、割れたって言ってもどうせ安酒かハリボテでしょ?」

「なぁに勝手に決めつけちゃってんのぉ? こっちは兄貴が楽しみにしてた高級ワインを割られちゃってんだよ」

「あら? てっきり赤くもないから、ただの水だと思ったわ」

「赤いだけがワインだと思ったか? それは高級白ワインだ」

「高級白ワイン? 銘柄は……」

 

 そう言葉を区切ると、狭霧は足下に散らばったビンの破片の中からラベル部分がついたものを確認し始める。

 

「へぇ……“シャトーカロン・セギュール”なんて、確かに良いお酒じゃない」

「だから言ってるんだ。高い酒が割られたって。分かったらさっさと」

「だけど“シャトーカロン・セギュール”って

 

 

 

 

 

 

……歴とした赤ワインよ?」

「…………!!?」

 

 その言葉は連中にとどめを刺すには十分な威力だった。

 これも人生経験が成せる技なのか、銘柄を見ただけで赤ワインか白ワインを見極めるなんて事はまだ出来る気がしない。

 

「中身を入れ替えて“シャトーカロン・セギュール”クラスのお金を弁償させようなんてのは、これって立派な詐欺行為よね? セキュリティに通報される前に消えてくれる?」

「なんだよ。おじちゃん達、嘘つきだったんじゃん」

「あの……助けて頂いてありがとうございます」

 

 間に入った狭霧のおかげでどうやら事件は解決を見たようだ。子ども達のお礼を受け笑顔を返す狭霧。何も言わずに先に行ってしまった事に対して文句の一つ出も言ってやろうと歩を進めた時だった。

 唐突に狭霧の表情が凍り付く。それは子ども達も同じだった。

 狭霧の耳元でスキンヘッドは何かを囁くと、苦々しい表情で狭霧と子ども達は移動を始める。そしてその後に続くようにチンピラの集団も移動を始める。

 

 その時、俺は見た。チンピラ共の手に握られた太陽の光を反射する鋭利な金属を。

 

『マスター! このままじゃ狭霧さんが!』

 

 サイレント・マジシャンも焦っているようだが、俺も内心焦っていた。他人に見られない死角から刃物で脅迫されているとは誰が思おうか。

 昔までの俺なら迷わずここでも見て見ぬ振りをして立ち去っていただろう。ただ、仮にも同居人である狭霧に何かあったら、これからの生活で合わせる顔が無い。故に俺が起こす行動は決まっていた。

 

「おい、人の連れを勝手に連れてくのは止めてくれるか?」

 

 自ら面倒事の渦へと飛び込むと言う選択を……

 

 

 

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 どんなに発達した町にも影はある。

 連れてこられた場所は人の気配のない路地。富裕層の集まる清掃の行き届いた表通りとは違い、この裏通りは日当りも悪く、雪もまだ大量に残っている上にゴミがそこかしこに埋まっている。悲鳴を上げたところで、雪の音を吸収する性質や表通りまでの距離を考えれば、まず他人に助けを求める事は不可能。それに一人でも変な動きをすれば、他の人質にされている者に危険が及ぶ。だが、全員がそれを意識しているせいで、誰も動けない状況にあるのが現状だ。それを良い事に連れてこられた狭霧と子ども達は次々と電柱に縛り付けられてしまった。もう自由の身なのは俺だけとなっている。

 策も無しに勢いに任せて行動するとは、全くらしくない。それでも安直にサイレント・マジシャンの力に頼って、彼女の存在を露見させるような隙を作らない保身っぷりはいつも通りだが。

 

「まさか彼氏の登場とは予想してなかったなぁ、ケヘへッ!」

「グヒヒッ! 彼女に仲裁をさせておきながら、今更ノコノコご登場とは随分と意気地がないと見える」

「あぁ、全くだ。どうやらこいつらのお仕置きの前に、まずこの兄さんの性根を叩き直す必要がありそうだ」

 

 ジンワリと手が汗ばむ。スキンヘッドが一歩一歩近づいてくるのに合わせて、心臓の鼓動が一拍、また一拍と強くなっている。ふと、俺の手提げに気付いたスキンヘッドは悪い事を思いついたような笑みを浮かべた。

 

「お前、デュエルができるようだな?」

「……? あぁ」

「ならお前には、これを付けて俺とデュエルをしてもらおうか」

「…………!」

 

 差し出されたのは7つの黒い金属のリング。狭霧や一緒に連れてこられた子ども達はこれが何なのか理解していない様子だったが、俺は一度それを付けた事があったので知っている。それぞれに赤いセンサーが埋め込まれたそれは、正直もう二度と付けたくないと思っていたものだった。だが、俺に拒否権は無い。

 

「これはどこに付けるんだ?」

「あぁそうか、くくくっ、これが何なのか知らないのか。いや、それは当たり前の事だろう」

 

 当然付ける場所も付け方も知ってはいる。これはせめてもの俺に出来る抵抗だった。俺がこのリングについて知らない事に気を良くしたようで、スキンヘッドは意地の悪い笑みを浮かべながらそれの付け方のレクチャーを始める。相手を真似て、おとなしくそれを手首、二の腕、足首に嵌め込み終えると、最後に首に付けるよう言われる。流石に買って貰ったばかりのマフラーを台無しにする訳にもいかないので、マフラーを預ける許可を貰い狭霧にそれを渡す。そして互いにデュエルディスクの準備に取りかかった。

 

「ケヘヘッ、あの兄ちゃんも運が悪ぃ」

「裏世界を実力で勝ち抜いてきた兄貴とこんなデュエルをする事になるなんてな。御愁傷様って言葉はこのためにあるんだろうよ、グヒヒッ」

「ふふっ……」

「あぁ? 何がおかしいんだ、姉ちゃんよぉ?」

「……どこのデュエリストだか知らないけど、八代君にデュエルを挑むなんて命知らずはあなた達の方よ。ギタギタにやられちゃいなさい」

 

 傍らで見張りについているリーゼントとモヒカンに対し、縛られている状況にも関わらず狭霧は強気だった。それは俺のデュエルの腕に対する信頼からだろう。

 その狭霧の言葉を聞くとより一層嬉しそうにゲラゲラと笑い始める。

 

「何がおかしいの?!」

「ケッヘッヘッ! いや、あの兄ちゃんに希望を抱いてるアンタが余りにも滑稽でよぉ」

「グッヒッヒッ! 普通のデュエルでいくら強かろうがこのデュエルでは関係ない。それを思い知る事になるだろうぜ」

「…………?」

 

 デュエルディスクを腕に着けデッキをセットし終えると、ちょうど相手のスキンヘッドも準備を終えたようだ。その顔には相変わらず嗜虐的な笑みが張り付いている。

 デュエルディスクを同時に起動させオートシャッフルが終わった瞬間に、互いにカードを5枚抜き取る。

 

「デュエル」

「デュエルっ!」

 

 ディスクの反応はない。どうやら先攻は相手のようだ。子ども達や狭霧、そしてサイレント・マジシャンが緊張した面持ちで見守る中、デュエルの火蓋は切って落とされた。

 

「俺のターン! ドロォー!」

 

 先攻を取られた以上は相手の動きを注意深く見て、デッキを見極めるしか無い。連れてこられた少年と少女、そして狭霧が緊張した面持ちで見つめる中、相手は動き始める。

 

「カードを3枚セットし『カードカー・D』を召喚!」

 

 ほとんど平面に近い青色の車がフィールドを駆け回る。そのボンネットのセンターには赤い文字でDと書かれており、それを胴体に見立て金色の翼と首が伸びた鳥のロゴが描かれていた。

 

 

カードカー・D

ATK800  DEF400

 

 

 『カードカー・D』を出してくるとなるとこのターンは全く動きを見せる気がないと言う事か。

 

「このカードは召喚に成功したメインフェイズ1にこのカードをリリースして効果を発動する! デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズを迎える! さぁ、お兄ちゃんよぉ、テメェのターンだ!」

「俺のターン、ドロー」

 

 先攻時すぐに『カードカー・D』を召喚し効果を使った場合、手札が7枚となり手札制限に引っかかってしまう。そこでたとえ伏せる必要の無い魔法カードであっても1枚はセットしてから『カードカー・D』の効果を使うのが普通だ。

 しかし今回のセットカードは3枚。セットカードの枚数から見て、あれは恐らくすべてトラップか速攻魔法だろう。場の魔法、トラップカードをすべて破壊する事が出来る魔法カード『大嵐』がある中で、あの中にブラフのカードを伏せるリスクを冒す必要は無い。

 セットカードが気になるところだが、こちらも動かない事にはそれを確認する事も出来ない。

 

「俺は『召喚僧サモンプリースト』を召喚」

 

 依頼用、日常用問わず俺の魔法使い族デッキに採用される事が多い魔術を修めた僧。現れた時から座禅を組み、このデュエルの流れを静かに見ているようだ。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

 セットカードを発動する様子は見られない。この段階ではまだセットカードの当たりをつけるのは難しい。

 

「このカードは召喚成功時、守備表示になる」

 

 さて、問題はここからだ。

 この状況、下っ端の二人がそれぞれ双子と狭霧についている。下手に攻撃を仕掛けてデュエルで追いつめようものなら、あの3人に危害が及ぶ可能性がある。つまり人質がいるため迂闊にこちらからは仕掛ける事が出来ない以上、ここは守りを固めるしかない。

 

「そして手札から魔法カード『アームズ・ホール』を墓地に送って効果発動。デッキからレベル4のモンスターを1体特殊召喚する。俺は『サイレント・マジシャンLV4』を守備表示で特殊召喚」

 

 『召喚僧サモンプリースト』が発動した魔術によって光り輝く魔方陣からサイレント・マジシャンが召喚される。まだ魔力が充填されていない幼い状態だが、何度も守られてきたその後ろ姿は安心感を抱かせる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

 守りを固め続けなければならないこのデュエルに勝機が無いかと問われれば、それは否。狭霧の事だ。恐らくあいつらと接触を図る前に、セキュリティに何らかの連絡をしているはず。何の策も無しに無鉄砲に行動するような人ではない。

 

「『ワンダー・ワンド』を『召喚僧サモンプリースト』に装備。これにより『召喚僧サモンプリースト』の攻撃力は500ポイントアップする」

 

 『召喚僧サモンプリースト』の手に先端に緑の宝玉を嵌め込んだ短い杖が現れる。魔力の込められた杖から力が伝わり、『召喚僧サモンプリースト』の体から一瞬うっすらと淡い光が発せられる。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800→1300

 

 

 纏めると今回のデュエルはセキュリティが来るまでは守りを堅めて相手の攻撃を絶え凌ぎ、セキュリティが現れたタイミングで攻勢に出ると言う流れを作らなければならない。

 相手の腕にもよるが、そもそも自分の手の中でデュエルの流れを完全にコントロールすると言うのは非常に困難な事だ。

 

「あれ? どうしてお兄ちゃんは守備表示の『召喚僧サモンプリースト』に攻撃力をわざわざ上げる装備魔法を付けたんだろ?」

「そして『ワンダー・ワンド』の効果により、このカードと装備対象モンスターを墓地に送って2枚ドローする」

 

 少年の疑問に答えるように『ワンダー・ワンド』の効果を使ってみせる。墓地に飲み込まれた『召喚僧サモンプリースト』の繋いだ2枚のカードを手札に加える。

 俺の意思に応えるように守るための札が揃った。これでセキュリティが来るまで持ちこたえれば良いのだが……

 

「カードを3枚セットしてターンエンド」

「この瞬間、トラップ発動! 『ライバル登場!』。このカードは相手の場のモンスター1体を選択し、そのレベルと同じレベルのモンスターを手札から特殊召喚するカード! 俺は『サイレント・マジシャンLV4』を選択し、手札からレベル4の『不屈闘志レイレイ』を特殊召喚する」

 

 相手の場に出現したのは筋骨隆々の男の上半身に、茶色の毛で覆われ尻尾が生えた獣の下半身を持つ獣戦士。鎧で胸から膝上までは覆われているが、それ以外は肉体が剥き出しになっており体の屈強さが見てとれる。

 

 

不屈闘志レイレイ

ATK2300  DEF0

 

 

 4つ星の下級モンスターの中でもトップクラスの攻撃力を持つモンスター。ただし攻撃を仕掛けた時に、その次の自分のターンのまで守備表示になってしまう効果があるため余り使い勝手が良いモンスターとも言えないカードだ。

 

「さらに永続トラップ『最終突撃命令』を発動! これによりフィールドのお表側表示のモンスターはすべて攻撃表示になり表示形式を変更できない! さぁて、テメェの『サイレント・マジシャンLV4』には起き上がってもらおうか!」

『あ……うっ……』

 

 『最終突撃命令』の効果により自由の効かなくなった体はサイレント・マジシャンの意志に反し体を攻撃の構えを取らせる。

 

「まっ、まずいよぉ! このままだと、あのゴツいモンスターに攻撃されたら大ダメージを受けちゃうよ!」

「くくくっ! 俺の前で壁モンスターを並べて凌ごうなんて考えは甘ぇんだよ! 俺のターン! ドロー!」

「相手がドローした事で『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗った魔力カウンター1につき500ポイントアップする」

 

 魔力を吸収したサイレント・マジシャンは髪も身長も少し伸び、人質とされている少女よりも成長した姿になる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

「どうやらあの兄ちゃんは魔法使い族使いのようだな」

「ケヘヘ! どうやら運がねぇどころかアイツの頭上には死兆星が光っているようだ。魔法使い族使い嫌いの兄貴の相手になるたぁ……あの兄ちゃん惨たらしくぶっ潰されるぜ」

「俺は『神獣王バルバロス』をリリースなしで召喚する! ただし、このカードはこの召喚方法で召喚した場合、攻撃力は1900となる」

 

 『不屈闘志レイレイ』の横に現れた新手は、ライオンのような長い金のたてがみを風になびかせていた。上半身は褐色の肌の人間、下半身は黒く短い毛に覆われた四足歩行の獣。右手には赤いランス、左手には青い盾を持った獣戦士が開戦の雄叫びを上げる。

 

 

神獣王バルバロス

ATK3000→1900  DEF1200

 

 

 どこかで見た事のある連中だと思ったが、前に非合法で賭博が行われていたあの地下デュエル場で対戦した相手だったか。確かあのとき使っていたのはバルバロスなどの上級モンスターを多用するハイビートダウンデッキだったはず。様子を見る限りデッキの内容は大幅には変わっていないようだ。

 

「トラップ発動。『奈落の落とし穴』。召喚、反転召喚、特殊召喚された攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外する」

 

 『神獣王バルバロス』の足下に亀裂が入る。そしてその重みに絶えきれなくなった地面は砕け、異次元へと続く穴が開かれた。耐性の無い1500以上の攻撃力を持つモンスターにその穴から逃れる術は無い。

 

「はっ! そう思い通りにいくかよ! この瞬間、永続トラップ『炎舞―「天権」』を発動! 場の獣戦士族モンスター1体を選択し、このメインフェイズ1の間だけその効果を無効にし、このカード以外の効果を受けなくする。これにより『神獣王バルバロス』は『奈落の落とし穴』の効果を受けなくなる」

 

 異次元へと続く穴からは『神獣王バルバロス』を吸い込もうと激しい引力が発生する。しかし『炎舞―「天権」』の効果を受けた『神獣王バルバロス』はその引力を受けようとも微動だにしない。

 

「くっ……」

「さらに『炎舞―「天権」』の効果には続きがある。このカードがフィールド上に存在する限り、自分の場の獣戦士族モンスターの攻撃力は300ポイントアップする! 効果が無効となった『神獣王バルバロス』の攻撃力は元に戻った上に300ポイントアップだぁ!!」

 

 マズいな。何らかの妨害は予期していたが、カード消費無しで対処されるとは思わなかった。

 『炎舞―「天権」』の効果を受けて、相手の場に並ぶ2体のモンスターの攻撃力が上昇しその威圧感を増させる。

 

 

神獣王バルバロス

ATK1900→3300

 

 

不屈闘志レイレイ

ATK2300→2600

 

 

「攻撃力3300!? この攻撃が全部通ったらあのお兄ちゃんは……」

「『不屈闘志レイレイ』で『サイレント・マジシャンLV4』が破壊されて1100のダメージ。その後の『神獣王バルバロス』のダイレクトアタックで3300のダメージ。その合計4400ダメージであの人のライフは0になるわ……」

「そんなっ……」

「行くぜぇ! 『不屈闘志レイレイ』で『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃!」

 

 クラウチングスタートで飛び出した『不屈闘志レイレイ』はサイレント・マジシャン目掛けて突っ込んでくる。丸太のように太いその腕の肘を前に突き出し、それでそのまま体当たりを仕掛けてくるつもりなのだろう。

時間を稼がなければならない以上、こちらとしてもそう簡単には負けるわけにはいかない。

 

「トラップカード『ガガガシールド』を発動し『サイレント・マジシャンLV4』に装備。このカードを装備した対象モンスターは1ターンに2度まであらゆる破壊をされなくなくなる」

『…………っ!』

 

 サイレント・マジシャンの前に現れた巨大な盾がその攻撃を吸収する。だが攻撃力の差もあり、その攻撃をすべて受け流す事が出来ず後ろに軽く飛ばされる。それでも倒れず踏みとどまったのは流石と言うべきか。

 

「だが、ダメージは通るぜ!!」

「うっ!? ぐあぁぁぁぁああっ!!」

 

 それはライフポイントの減少を確認した瞬間だった。

 首輪から流れ出す電流が容赦なく体を駆け巡る。筋肉は硬直し、脳に直接伝わる痛みで意識が一瞬飛びかける。過去にも経験した事があるが、この電気が流れる痛みは慣れる気がしない。

 

 

八代LP4000→2900

 

 

「八代君っ!?」

 

 狭霧が悲鳴のような声で名前を呼ぶのが聞こえる。顔を起こせば心配そうな面持ちでこちらを見るサイレント・マジシャンがいた。まだやれる事を示すためにもふらつく足に喝を入れ、再びデュエルディスクを構える。

 

「何がおきているの?!」

「グヒヒッ、あの黒いリングはデュエルの衝撃増幅装置。文字通りデュエルのライフが減少するとプレイヤーに本当の苦痛が奔る」

「ケヘヘッ、しかも1000ポイント以上のダメージは次元が違ぇ! この調子ならライフが尽きる前に終わっちまうだろうぜぇ」

 

 1000ポイント以上のダメージは威力が違うのか。前に受けた苦痛よりもキツいと思ったがそういうことか。一発喰らっただけで膝が笑っている。

 

「ヒュー、この電流を受けて膝をつかないとはなかなか根性あるじゃねぇか。バトルを行った『不屈闘志レイレイ』は守備表示になる。だが永続トラップ『最終突撃命令』の効果により、再びレイレイの攻撃力は攻撃表示となる! さて、一発は耐えられたようだが、二発目はどうかな? さらに『神獣王バルバロス』で攻撃だぁ!」

 

 四本の足で大地を駆ける『神獣王バルバロス』はその赤いランスを引きサイレント・マジシャンに狙いを定めていた。それを受けるべくサイレント・マジシャンは目の前に盾を構える。

 

 衝突。

 

 突き出されるランスとそれを正面から受ける盾は甲高い金属音を響かせた。

 

『うぅっ! きゃぁぁぁあ!!』

 

 拮抗したと思われたのは一瞬。その突き出されたランスを受けきれず、サイレント・マジシャンは後方へ弾き飛ばされる。攻撃力3000オーバーの攻撃をまだ魔力カウンターを1つしか吸収できていない状態で受けきるなんて事は無理な話だ。

 そして直後に訪れる電流。

 

「っ!! あぁっ……がぁ……ぅ……ぐぅぁっ……ぁぁあ!!」

 

 視界が完全に白く染まる。最早、地面に2本の足がちゃんと着いているのか、それすらも分からなかった。絶叫を上げる事もままならず、口から絞り出されたのは断続な悲鳴にもなり得ぬ呻き声だった。

 

 

八代LP2900→1100

 

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 意識がようやくハッキリした時、顔の前にあったのは地面。両手を地につき四つん這いの状態で、それでも倒れないようにする事で精一杯だった。先程のダメージを受けてから回復する間もなく再びダメージを受けたため、体力がゴッソリ持っていかれている。

 

「こんな危――――エル今すぐ止め――――!!」

 

 狭霧が何か叫んでいる。まだ聴覚が完全に戻っていないせいか、途切れ途切れにしか言葉の内容は伝わってこないが、非難めいた雰囲気は伝わってくる。それに対しチンピラ共は下衆な大笑いをするだけだった。

 

「カードを2枚セットしターンエンドだ。この『最終突撃命令』がある限り、『サイレント・マジシャンLV4』を守備表示で盾にする事も出来ねぇ。既に退路は断たれてる、諦めてサレンダーしたらどうだ? 今サレンダーしたらテメェだけは見逃してやっても良いぜ?」

「はぁ、はぁ……はっ、冗談はそのヘアスタイルと……季節感の無いフェッションセンスだけにしな……はぁ……てめぇ如きに勝利をくれてやる程……うっ……俺のデュエルは軽くねぇ……」

「ほぅ。これだけやられときながら、まだそんな事を言う元気があるか」

 

 視界がぼやける。気をしっかり保たなければ、すぐに意識が落ちてしまいそうだ。それでも幸いまだ思考を巡らす事はできる。

 ダメージを受けてまで切り札を温存したのは、相手を優位に立たせて調子付かせるため。ここで少しでも時間を稼げるカードが引ければ尚良いところだ。

 

「はぁ、はぁ……俺のターン……ドロー」

 

 ……やはりそう都合の良いカードを引けるものでは無いらしい。

 そのカードを確認すると、左手に持った手札に加える事無く腕を下ろす。

 

「……はぁ……さっき盾って言ったか? ……サイレント・マジシャンは盾じゃねぇよ……」

「なに?」

 

 訝しむスキンヘッドだが、俺は僅かに口元を緩めていた。なんだか今引いたカードを見ると自分の数奇な運命が可笑しくてならない。

 

「サイレント・マジシャンはなぁ……はぁ……」

 

 俺は時間を稼ぐ“守り”のカードを望んだ。そして、それに対するデッキの答えはこれだ。

 

「テメェのライフをぶち抜く大事な俺の最強の矛だよ! マジックカード『レベルアップ!』発動! 場の“LV”モンスターを墓地に送り……はぁ、そのカードに示されているモンスターを……召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。『サイレント・マジシャンLV4』を墓地に送って……俺は『サイレント・マジシャンLV8』をデッキから特殊召喚!」

 

 『レベルアップ!』の発動によって、サイレント・マジシャンの足下から魔方陣が広がっていく。

 

 光柱。

 

 それは魔方陣の遥か上空から降り注いだ。その実は彼女に強力な力を与える莫大な魔力の塊。光の中に飲み込まれ姿が見えなくなったサイレント・マジシャンだが、やがて光の中でその影が大きくなっていく。上から降り注いでいた魔力が途切れると、魔方陣の上に溜まっていた魔力はその向きを変え球状に流れを作っていった。徐々にその規模を収縮させ魔力が球形を保てる臨界まで達した瞬間、それは激しい発光と共に爆ぜる。

 それはサイレント・マジシャンの最終形態の降誕。

 内に膨大な魔力を秘めた魔術師は静かにフィールドに立っていた。先程までの荒れ狂っていた魔力は凪ぎ、サイレント・マジシャンの艶やかな髪も揺れ動く事は無い。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

 一方的な“守り”などお前の性に合うまい。何もかもに抗う“攻め”こそお前にはお似合いだ。

 

 

 まるでデッキからそう言われているような気がした。

 

「よしっ! これで『神獣王バルバロス』の攻撃力3300を上回ったぞ!」

「でも相手にはまだ伏せカードが2枚残ってるわ。そう簡単に攻撃が通るかしら……」

「バトル! 『サイレント・マジシャンLV8』で『神獣王バルバロス』を攻撃!」

 

 攻撃宣言に迷いは無かった。ライフポイントの差は既に大きく開いている。ここでこの反撃が通ったとしてもそのダメージは極僅か。人質に危害が及ぶような事はまずあるまい。

 その杖に魔力を集中させたサイレント・マジシャンは躊躇う事無くそれを『神獣王バルバロス』へと放出する。放たれた白い光は氾濫する川の如くバルバロスの元へ到達する。バルバロスは左手の青い盾でそれを受け止めるが、光に押されその盾には少しずつ罅が入っていく。

 

『はぁっ!!』

 

 気合いの掛け声と共に膨れ上がった魔力は罅割れていた盾を貫き、バルバロスを光の中に消失させた。

 

「ぬぐぅおぉ!」

 

 戦闘ダメージが生じた事でスキンヘッドの体にダメージに相当した量の電流が奔る。

 

 

スキンヘッドLP4000→3800

 

 

 だがそのダメージは僅か200。体を襲う実ダメージは軽微なものだ。

 依然としてライフで優位に立っているからなのか、ダメージを受けたと言うのにスキンヘッドの顔には笑みが張り付いていた。

 

「ぐふふっ、自分の場のモンスターが破壊され墓地に送られたこの瞬間、『ヘル・ブラスト』を発動! こいつはフィールドで1番攻撃力の低いモンスターを破壊し、その攻撃力の半分のダメージをお互いに与えるトラップカード。この場で攻撃力が一番低いのは、俺の場の攻撃力2600の『不屈闘志レイレイ』! よってその攻撃力の半分、1300のダメージをお互いに喰らおうじゃねぇか!」

 

 『不屈闘志レイレイ』の体が内側から砕け散る。その体の内から飛び出したのは地獄の色に染まった紫電。それは天に昇ると二つに分岐しお互いのプレイヤー目掛けて降り注ぐ。

 

「大層な矛を持っているようだが、その矛が俺をぶち抜く前にテメェが死んだら世話ねぇよなぁ? あばよ!!」

 

 紫色の光が頭上に迫る。

 残りライフ1100の俺の命を削りきるには十分な威力の一撃。

 チンピラ共は勝利を確信した笑みを浮かべ、人質にされた者の表情は絶望に染まっていく。

 しかし敗北を下す地獄からの一撃は遮る物体によって阻まれた。それは大きな黒い板。目の異常に細かい巨大な黒いスポンジにも見えなくないそれは、頭上に落ちてきた命を刈り取る破壊その物を吸収し、淡い青色の光に変化していく。

 

「トラップカード『エネルギー吸収版』だ。……はぁ……こいつは自分にダメージを与える効果を相手が発動した時に発動できるカード。そのダメージを受ける代わりに……その数値分だけライフポイントを回復する」

「なっ!? う、ぐぉぁぁあああ!!」

 

 結果、こちらはライフを回復し相手だけがダメージを受ける形になった。1300のダメージを受けて、スキンヘッドも少しふらつき始めたようだ。それを見ていた外野のチンピラは地団駄を踏み、捕らえられた者達は安堵の表情を浮かべる。

 

 

八代LP1100→2400

 

 

スキンヘッドLP3800→2500

 

 

 自分の『マジックテンペスター』のバーン効果を思い出し、バーン対策にと入れておいたカードが功を奏したようだ。しかし、この一撃を防がれて尚もスキンヘッドの表情には余裕があった。

 

「やるじゃねぇか……だが、それも想定の範囲内だ! 一命を取り留めたこの瞬間こそ、隙が生まれる! トラップ発動! 『油断大敵』! この相手のライフが回復した時、相手の場のモンスターを1体破壊する!」

 

 露わになった最後のセットカード。そこから鋭い閃光がサイレント・マジシャン目掛けて放たれる。それが通り過ぎた後には何も残らない、そんな鋭利さを秘めた一撃だった。無論それをサイレント・マジシャンが受けきる術はない。

 

「物騒な矛を向けられる事が分かってるなら、俺がぶち抜かれる前にその矛をぶっ壊すまでよ!!」

『…………!』

 

 迫る閃光を前にサイレント・マジシャンは手で顔を覆う。そして光がサイレント・マジシャンの姿を包み込んだ。

 

 

 

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 スキンヘッドの男の発動した『油断大敵』。

 『ヘル・ブラスト』による効果ダメージを防がれる事を見越して張られていたトラップカード。この一連の流れと良い、このデュエル全体を見ていて分かるのは、このスキンヘッドの男が手練だと言う事。

 このカードの効果が成立すれば八代君の場には八代君を守るモンスターがいなくなる。デュエルにそこまで詳しくない私でも、その状態で相手にターンを渡す事が如何に危険であるかぐらいは分かる。

 

 絶体絶命。

 

 閃光がサイレント・マジシャンの眼前に迫った時、不可思議なことが起きた。サイレント・マジシャンの体が光に包まれて消えたのだ。結果、その閃光はサイレント・マジシャンがいたはずの場所を突き抜ける事になる。そして……

 

「うっ!!」

 

 閃光はその真後ろに立っていた八代君に突き刺さった。直後に八代君の背後が発光すると共にサイレント・マジシャンが姿を現す。光に消える直前、迫る閃光を前に手で顔を覆ったままの状態で。

 まるでサイレント・マジシャンを敵の魔弾から守るように、八代君は両腕を広げサイレント・マジシャンの前に立っていた。

 

『――――っ!!』

 

 目の前で八代君が仁王立ちする姿に気が付いたのか、サイレント・マジシャンはソリッドビジョンとは思えない程、リアルにその表情を驚愕へと変える。

 

「はぁ、はぁ……速攻魔法『我が身を盾に』。ライフ1500ポイントを犠牲にして……はぁ、場モンスターを破壊する効果を持つ……うっ! はぁ、はぁ、カードの発動を無効にし破壊する……」

「その状態で1500のライフを支払うだと……? テメェ、正気か?」

 

 八代君がその問いに答える事は無かった。1500ポイントのライフを支払ったことにより、その分の苦痛が八代君を襲ったのだ。痛みで硬直する体の四肢、その苦痛の色に染まった声は見ているこっちも辛い。まして子ども達には刺激が強過ぎる。

 

 

八代LP2400→900

 

 

「ケッヘッヘッヘッへッ! モンスターを庇って自分から死ににいきやがったぜぇあいつ!」

「グッヒッヒッヒッヒッ! これで通算4000以上のダメージだ! もはやデュエル続行はできまい」

 

 ギリッ

 

 奥歯を噛み締める力が強過ぎて、その音が外まで漏れたような気さえした。

 この光景を見て品のない笑い声を上げるリーゼントとモヒカンの2人組を前に、それを許せないと思う気持ちよりも、こうして只縛られて何も出来ずにいる自分が許せないと言う気持ちの方が強く沸き上がってくる。

 

「そんなっ……」

「もう……いやっ……」

 

 少年は絶望した様子でその光景を呆然と眺め、少女は瞳に涙を溜めながらデュエルから目を逸らす。

 そして八代君の体が傾く。両腕はぶらりと垂れ下がった様子からも完全に体から力が抜けているのが分かる。立っている状態を維持できなくなった体は、重さの集中した頭が前に傾くのに合わせて前に倒れていく。

 

 デュエル続行不可能はデュエルの敗北となる。

 

 つまり八代君の敗北。

 あの現キングであるアトラス様と引き分けた程の実力を持つ彼が敗北する。目の前で崩れていく彼の姿がスローモーションのように映るのに、その言葉は全く現実味を帯び無かった。

 

 こんなところで彼が敗北するような事は無い。

 

 彼の頭が地面に近づいていくにつれて、自分の中でそれが徐々に膨らみ確信へと変わっていく。

 

 ザッ!!

 

「なっ!!?」

 

 力強く右足を踏み出し、体の傾きは止まる。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 背中を大きく上下させながら、足をガクガクと震えさせながら、それでも折れる事無くデュエルディスクを構える。その目から光は消えてはいない。

 

「馬鹿な……なぜ立てる……?」

「はぁっ、はぁっ、確かに一瞬、意識はぶっ飛んださ……はぁっ、けどな……世の中には……体を本当にぶっ飛ばされるみてぇな、もっとこたえるデュエルもあるのさ。はぁっ、そいつと比べたら……こんなもん大した事はねぇよ……」

 

 息も絶え絶え、意識も定かであるかは怪しいと言った状態。そんな様相でも決してその闘志が消える事は無い。この時の彼の瞳には、いつ何時でも敵の首を狙う獣のような殺気すら感じた。

 

「強がりを……自分の体が傷ついてまで、どうしてモンスターを守る?」

「はぁ、はぁ、言っただろ……大事な最強の矛だって? その矛も守るのが……はぁ、盾の仕事だ」

「まるでテメェが盾みてぇな口ぶりだな……まず一番大事にすべきはテメェの身だろうが」

「デュエルってのは……はぁ…自分の残り1のライフを取られる前に……相手のライフを0にすればいい。ってことは……自分の身ってのは残り1のライフポイントの事だ。自分の最後の1以外のライフなんてのは……はぁ……盾みてぇなもんだろ」

「狂ってやがる……」

 

 騙し騙し普通にやり過ごしているように見えるが、そう長くは保たない事は明白。

 セキュリティには10分が過ぎて連絡が無かったら出動してもらうよう連絡は入れてある。だが、既にここに着いて20分は過ぎようとしていた。恐らく出動できる人数も限られている上に、今日の通りの人出の多さや裏通りに残った雪と言った要因に時間を取られているのだろう。

 八代君の手札は既に残り1枚。場には『サイレント・マジシャンLV8』を残すのみで他に何も無い。対する相手も残り手札1枚で、場には永続トラップの『炎舞―「天権」』と『最終突撃命令』しか無い状況。一見すれば八代君が優位に見えるが、デュエルに絶対はない。セットカードも無しにこのままターンを相手に渡すのは危険を伴う。

 

「はぁ……俺はこれでターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー」

「…………!」

 

 八代君は最後の手札を伏せなかった。つまり、このターン八代君を守るカードは何も無い。となると、このターンの相手のドローがこのデュエルの行方を左右すると言っても過言ではない。

 

「へっ、テメェの自慢の最強の矛も俺の最強の矛には敵わねぇ! 墓地の機械族『カードカー・D』と獣戦士族『不屈闘志レイレイ』を除外し『神獣機王バルバロスUr』を特殊召喚!」

 

 スキンヘッド場に現れたモンスター。それは先のターン倒された『神獣王バルバロス』ととても似通った姿をしていた。いや、サイズが一回り大きくなった事と上半身の肌の色が茶褐色から灰色に変わった事、そして手に持っている武器が槍と盾から赤い金属で出来た巨大な二つの銃火器に変化した事以外見た目は全く変わっていない。

 

 

神獣機王バルバロスUr

ATK3800→4100  DEF1200

 

 

「グヒヒッ! ついに出たぜ! 兄貴の最強エースモンスターが!!」

「攻撃力……4100……?」

 

 ポツリとその絶望的攻撃力の数値が無意識のうちに口から溢れた。『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃力は3500。その数値を上回るモンスターが出された事で、完全に八代君の場の優位性が失われた。

 冬場だと言うのに服の下には汗が滲んでくる。

 

「さらに『神獣機王バルバロスUr』に『愚鈍の斧』を装備。これにより装備モンスターの効果は無効にされ、攻撃力は1000ポイントアップ! 効果が無効化された事で相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える事も可能になる!」

 

 右手の銃火器が無くなり、代わりに巨大な刃のついた大斧が握られる。刃の付け根にある金の円盤には、歯がスカスカで大口を開けている抜けた表情の男の顔が描かれているが、そのマヌケ面とは裏腹に刃は凶悪なまでに研ぎすまされている。

 

 

神獣機王バルバロスUr

ATK4100→5100

 

 

「ケヘヘッ! 出た! 兄貴のマジックコンボだ!!」

「攻撃力5100なんて……もうダメだ……勝てる訳ないよ……」

 

 心臓の早鐘が治まらない。この攻撃が通れば八代君に1600のダメージが通る。残りライフ900の八代君が負けるのはもちろん、このダメージが通れば確実に肉体的にも只では済まなくなる。

 最早、一刻の猶予もない。それだと言うのに、まだセキュリティのバイクはその姿を見せない。

 

「今度こそ正真正銘の最後だ!! 『神獣機王バルバロスUr』で『サイレント・マジシャンLV8』を攻撃!」

 

 それは死刑囚に告げられる無慈悲な死刑宣告だった。『神獣機王バルバロスUr』はその死刑執行命令を果たすため、サイレント・マジシャンに歩み寄る。コツ、コツ、コツと地面と足の蹄がぶつかる音は死神の足音のように聞こえる。その足音が一歩、一歩、また一歩と近づく度に心臓がその鼓動を強くする。

 そうして『神獣機王バルバロスUr』はサイレント・マジシャンの前まで来ると、手に持ったその巨大な斧をゆっくり振りかぶる。

 

 キィィィィィっと言うタイヤが地面を擦る音が聞こえたのはその時だった。

 

 その音源を見れば、見慣れたセキュリティの白いバイクがこの脇道を見落としかけたが、こちらに気付き急ブレーキをかけたところのようだ。

 しかしこのデュエルを止めるには、それではあまりにも遅過ぎた。この時には振りかぶられた斧は『神獣機王バルバロスUr』の豪腕によって、まさに振り下ろされるところだった。

 死刑執行人のが断罪の斧を振り下ろした時、死刑囚である八代君は……

 

 

 

 

 

 

 笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか……」

 

 ガキィィィィィィィン!!

 

 金属と金属が甲高い音を立ててぶつかる。それは『神獣機王バルバロスUr』の振り下ろした大斧をサイレント・マジシャンがその杖で受け止めた結果だった。一体あの華奢な体のどこにそんな力が眠っているのか。原因は分からないが目の前でおきているありのままの事は、『神獣機王バルバロスUr』の大斧とサイレント・マジシャンの杖の衝突は互いに拮抗していると言う事だ。

 

「なんだ?! 何が起きている!!」

「光属性モンスターが戦闘を行うダメージ計算時、手札から発動した『オネスト』の効果だ! このカードを手札から墓地に送ることでエンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする」

 

 サイレント・マジシャンが杖を薙ぎ払うと『神獣機王バルバロスUr』の体は大きく後退し地面を滑る。相手が体勢を崩している隙にサイレント・マジシャンは杖に白い光を集め始める。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500→8600

 

 

 『神獣機王バルバロスUr』はその杖の輝きの危険を察知し、4本の足で地面を蹴って跳躍するとサイレント・マジシャン目掛けてその巨大な斧を振り下ろす。

 

「なっ!? 馬鹿な!! 攻撃力8600だと!?」

「終わりだ!」

『はぁぁぁぁぁ!!』

 

 掛け声と共に杖から飛び出した白い光。それは『神獣機王バルバロスUr』を易々飲み込むと、その断末魔も相手プレイヤーの絶叫も何もかもを包み込みこのデュエルの終焉をもたらした。

 

 

スキンヘッドLP2500→0

 

 

 

————————

——————

————

 

「怪我は無いですか、狭霧さん!?」

「えぇ、私は無事よ。来てくれてありがとう、牛尾君」

 

 駆けつけてきたセキュリティの顔はやはり見知ったものだった。いつもなら顔も合わせるのも嫌な相手だが、今回ばかりはこのおっさんが出てきたおかげで人質に取られた三人に怪我も無く、俺は勝利のためのカードを切る事ができたのだから感謝しなければなるまい。もっとも仮に最後にこのおっさんが現れなかったとしても、勝利と敗北の選択を迫られれば勝つためにカードを使っていただろうが……

 

「でも、それより八代君は……」

「俺も……大丈夫です……」

 

 狭霧に心配そうな目を送られるが、重ねて大丈夫だと答える。体の節々に痛みが残っており足下はまだふらつくが、今は割と意識はハッキリとしていた。

 おっさんはこちらを見るなり汚物を見るような目を向けてくる。

 

「けっ、デュエルでボコられるとはざまぁねぇな」

「どっかの税金泥棒が職務怠慢して……チンタラ駆けつけてなかったら、こんな事にはなってないですよ……」

「なんだと! このガ……キ…………?」

 

 思わず本音が出てしまった。

 怒りを露にするおっさんだったが、言葉を続けようとしたところで驚いたような間抜けな表情に変わる。まるで何か奇妙なものを見るような目だった。いつまでも口を開かないおっさんに痺れを切らし、マヌケな面をしている事を伝えるとようやく口を開いた。

 

「いや、前までは何考えてるか分からねぇ不気味なガキだと思ってたが……口を開いたら生意気で憎たらしいクソガキだって思ってな」

「……そうですか」

「まぁ今回は狭霧さんが無事だった事に免じて、テメェの事は不問にしておいてやるよ」

「…………? お咎めされる事は何もしてないはずですが?」

 

 するといつもの人を見下したような傲慢な態度はどこへやら、顔を近づけて他の人間に聞こえないようこっそり耳打ちしてくる。

 

「お前が……ほら、二人でいた事だよ」

「……はい?」

「だから、お前が……あぁぁ、もう良い!!」

「…………?」

 

 途中まで小声だったが、最後は投げやりな様子で声を荒げる。相変わらずおっさんの行動はよく分からないことがある。狭霧もおっさんの行動がよく分かっていないらしく、頭の上にクエスチョンマークが浮かんで見える気すらする。

 

「牛尾さん! 遅れて申し訳ありません。ただ今、到着致しました!」

 

 見ればチンピラ共を連行するようの車が到着したようだった。スキンヘッドはあのデュエルの最後のダメージで完全に伸びており、リーゼントとモヒカンは抵抗する様子を見せずおとなしくお縄についている。

 

「おう、それじゃあチンピラ共を車に乗せろ」

「はい!」

 

 部下と思われるセキュリティ隊員は一人ずつ車に乗せていく。ガタイの特に良いスキンヘッドが意識を失っているため乗せるのに苦労しそうだと、他人事のように適当な感想を抱く。

 

「衝撃増幅装置ねぇ……ったく、どこからこんな違法物を手に入れやがったんだか……日頃の行いが悪いからテメェはこんな事件に巻き込まれるんだよ」

「………………」

 

 おっさんは証拠品として透明の袋に回収した衝撃増幅装置を訝しげに眺めながらも毒を吐く。もっともそれに関しては返す言葉も無いところだ。

 デュエルが終了した事であのリングはすべて外れた。大方互いに装置を装着しデュエルを開始する事で動作し、デュエルに決着がつくと外れる仕組みだったのだろう。

 

「では、身柄の連行をお願いします」

「はい! 狭霧さんもお気をつけておかえり下さい!」

 

 全員を来る前に乗せ終えると、セキュリティらしく敬礼しおっさんはこの場を去った。すると、離れたところで二人話していた兄妹がこちらに駆け寄ってくる。恐らくあの強面が居たから近寄りがたかったのだろう。

 

「お兄ちゃん、デュエル強いんだね! 最後は一瞬でドバーッてやっつけちゃって本当にカッコ良かった!!」

「もう、先にお礼でしょ! 今日は助けて頂いて本当にありがとうございました」

「あっ、そうだった。お兄ちゃんとお姉さんのおかげで助かりました。ありがとうございます」

 

 そう言うと二人揃って頭を下げる。こう近くから見るとこの兄妹が双子である事が改めて分かる。髪を後ろで束ねている方が兄で髪を左右でそれぞれ束ねている方が妹と、髪型でしか区別がつかない。

 

「礼をされる事なんてしていない。俺はただデュエルをしただけだ」

「はぁ、全く素直じゃないんだから。セキュリティが来るまで時間を稼いでくれたのはあなたでしょ?」

「そうだよ! お兄ちゃんが来てくれなかったら今頃は……」

 

 そう言うと大げさに身震いをしてみせる。どうやら兄の方は明るくて人懐っこい性格のようだ。狭霧は微笑ましくその様子を眺めている。

 

「…………!」

 

 ふと、妹の方に目を移すと何やら一点を見ていた。その視線の先を辿ると俺の背後にいるサイレント・マジシャンの方を見ているようだった。だが、精霊化している状態のサイレント・マジシャンを一般人が見れるはずもない。特に気にも止めずに、熱心に話している兄の方に視線を戻すと丁度こちらに話を振ってきたところだった。

 

「そうだ! 今度は俺とデュエルしてよ! こう見えて俺もデュエル出来るんだぁ」

 

 デュエルの申し込みを受けたなら、何時いかなる時もそのデュエルから逃げない事を信条にしているため、そのデュエルを受けないと言う選択肢は俺に無い。だが、本音を言えば体に大分負荷がかかっているこの状況でデュエルはしたくはない。そう思っていたところ妹の方から助け舟が出された。

 

「ダメに決まってるでしょ。さっきまであんなに厳しいデュエルをしてたんだから疲れてるのよ。それにこれ以上一緒にいるのも迷惑になるわ」

「あぁそっか……じゃあ、今度あった時は俺とデュエルしてくれる?」

「デュエルを申し込まれたら、断る理由は無い」

「やったぁぁぁ!! あっ、俺は龍亞って言うんだ! それでこっちが妹の龍可」

「よろしくお願いします」

 

 兄からの紹介を受け妹はぺこりとお辞儀をする。

 なるほど、妹の方はしっかり者のようだ。兄に足りないところを補っている良い妹だと言う印象を受ける。

 

「……八代と呼んでくれ」

「狭霧深影よ。呼び方は任せるわ」

「分かった! 八代お兄ちゃんに深影さんだね」

「八代さん、深影さん。改めまして今日は本当にありがとうございました。私たちはこれで行きますね。行こう、龍亞」

「うん。じゃあ、またねぇぇ!!」

「あぁ、ちょっと!」

 

 狭霧が呼び止めるよりも先に二人は走っていってしまった。あの位の年頃の子どもと言うのは元気なものだ。

 

「もう、危ないから表通りぐらいまで送っていこうと思ったのに」

「セキュリティがここに来た直後ですし大丈夫でしょう」

 

 小さくなっていく背中を見送っていると、狭霧が正面に回り込んできた。琥珀色の瞳の色がはっきりと見てとれる程、顔と顔の距離が近い。何事かと思っていると、手が首の後ろに回された。スラリと通った鼻や形の良い唇など顔のパーツ一つ一つが鮮明に目に映る。

 

 ドクンッ

 

 心臓が強く脈を打つ。それは今まで感じた事の無い鼓動だった。

 目の前にある狭霧の瞳に自分の顔が映っているのすらも見えそうなくらい狭霧の顔が近くにある。それだけのはずなのに体が火照っていくような感覚がした。そして首元に温かい感触が広がる。

 

「はい、出来た!」

「…………?」

「何惚けた顔してるの? せっかく買ってあげたんだから、ちゃんとマフラー着けてよね」

 

 どうやら狭霧は預けていたマフラーを巻いてくれたらしい。そのために腕を顔の後ろに回していたのかと先程の行動に納得がいった。

 またやられたな……

 

「はぁあ、でも折角の休日のはずがとんでもない事に巻き込まれちゃったわね」

「そうですね。まさか、こんな展開になるなんて事は考えられませんでした」

「でも、意外だったわ。てっきり私たちが連れて行かれた時、真っ先にセキュリティに連絡をするのかと思ってたわ」

「それは狭霧さんが済ましていると思ってましたから」

「なるほどね。でも八代君って、慎重に尾行したりとか策を練ってから行動する人じゃない? どうしていきなり割り込もうと思ったの?」

「それは……

 

 

 

 

 

 

デートの相手を横取りされるなんて許せないじゃないですか」

「……!」

 

 俺の言葉を聞いて驚いたような表情を浮かべる狭霧。だが、それは直ぐにいつもの小悪魔のような笑顔に変わった。

 

「ふふっ、分かってきたじゃない」

『………………』

 

 

 

 

 ミシッ

 

 

 

 まただ。

 背後でまた空間が軋むような音がした。しかしやはり振り返ってみても、そこには無言のサイレント・マジシャンがいるだけである。

 

 本日のお天気は晴れ、ときどき空間の軋み。

 


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