遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

13 / 28
『デュエル屋』とカラス 中編

 シミ一つない見慣れた天井。

 十六夜アキはただじっとそこを見つめていた。

 部屋はカーテンを閉め切ったおかげですっかり真っ暗だ。時計の針が重なってからもう一時間が過ぎようとしている。普段0時にはベッドに入って寝てしまうのだが、今日はいつになく寝付きが悪い。と言うのも今日は掛け布団の外の冷えきった空気とは反対にベッドの中が寝苦しい程に暑いのだ。さらに暑苦しいのを無視して寝よう寝ようと意識する程、思考が冴えてくると言う悪循環に陥っている。

 

「はぁ……」

 

 仕方が無い。一旦寝るのを諦めよう。幸い明日の能力の調整は午後からだ。多少夜更かしをしたところで明日に支障はない。

 完全に目まで冴えてしまったのでホットミルクでも作ろうとベッドから抜け出す。フローリングの冷たさが足の裏に伝わるが、火照った体にはそれが心地よく感じられる。

 もうここで生活を始めてどれくらいの月日が経ったのだろう。休学届けをデュエルアカデミアに出して学生寮から出たのが遠い昔のように感じる。元々この呪われた力によって学園でも孤立していた身なので未練は無い。

家族だってそうだった。人を傷つけてしまうこの力に私が目覚めてから父は私を遠ざけるようになった。私をデュエルアカデミアに入学させたのも厄介払いのためだろう。思えばここで拾われて初めて自分の居場所が出来たのかもしれない。居場所と言ってもそれが指すのはこの寝るだけのための物理的空間の事ではない。

 

 ディヴァイン。

 

 私を必要とし、初めてこの力を受け入れてくれた人。そして今は人を傷つけることしか出来ないこの力をコントロールするために色々と体の検査や調整をしてくれている。本当にいくら感謝をしてもし足りないくらいの恩人だ。

 彼に拾われなければ今頃どうなっていたことだろう?

 冷蔵庫から取り出した牛乳をマグに注ぎ、レンジに入れながら考える。

 もしかしたら破壊する事に無理矢理快楽を見出して、周りに暴力を撒き散らすだけの存在になっていたかもしれない。

 あの男のように。

 脳裏によぎるあの金髪の男。それだけで身震いがする。

 ここに来て初めて出会ったあの男から唯一得たものは、私はあぁは成れないと分かった事ぐらいだ。

 同じサイコデュエリストとしてディバインに拾われた身でありながら、あの男は自分の欲望のままに行動し時にディヴァインの命令すら無視する。ディヴァインはそれを許している節があるが、私はどうしてもあの男の身勝手な振る舞いを許す事は出来ない。それは自分が嫌悪する自分の嫌なところ(他人を傷つける力)を見せつけられて生じる拒絶反応によるものかもしれない。

 

 チンッ

 

 嫌な方に傾き始めた思考を遮るようにレンジが鳴った。取り出した牛乳からはうっすらと湯気が立ち上る。温度は70℃といきなり呑むのには熱めだが、火照った体を冬の夜気で十分に冷ませたおかげで胃の中に流れ込むその熱は心地よかった。

 体がちょうど良く温まったおかげで思考も幾分か明るいものになる。具体的にはこの力をコントロール出来るようになったらの事だ。もちろんその時もディバインが求めるのならこの力を躊躇い無く使うつもりだ。だけどディヴァインが許してくれるなら……

 

「私は――――」

 

 ここは赤毛の少女の部屋。彼女の呟きを聞く者は誰も居ない。

 

 

 

————————

——————

————

 

八代LP4000

手札:2枚

場:無し

フィールド:『魔法都市エンディミオン』(魔力カウンター 1)

セット:無し

 

 

 

クロウ・ホーガンLP2500

手札:3枚

場:『BF—煌星のグラム』、『BF—漆黒のエルフェン』

セット:魔法・罠1枚

 

 

 

『…………』

 

 相手の場に並ぶ2体の“BF”がこちらを見下ろす。それらはどちらも攻撃力2000以上と並の下級モンスターでは手の届かない力を持っている。さらに相手にはセットカードが1枚ある上、手札は3枚残っている。

 相対するこちらの場にはモンスターも伏せられた魔法も罠も無い。あるのは『魔法都市エンディミオン』とその塔の天辺に寂しく光る一つの魔力カウンターのみ。手札も2枚こっきりと状況は圧倒的劣勢。

 これだけでも先行きが暗いところだが、相手の手札・墓地の状況を考えると、ますますその先は暗くなる。なぜなら相手の手札3枚の内、2枚は『BF—極北のブリザード』と『BF—月影のカルート』である事が判明している。さらに墓地には『BF—大旆のヴァーユ』と『BF—アーマード・ウィング』が揃っている。これが意味するのは、仮にこの場をひっくり返したとしても、次のターン『BF—極北のブリザード』や『BF—大旆のヴァーユ』を利用する事で高攻撃力のシンクロモンスターを並べる事が出来ると言う事だ。

 脇に立つサイレント・マジシャンが不安げな表情でこちらを見るのも無理はない。並大抵の人間なら匙を投げてもおかしくは無いだろう。

 

「どうだ! これが鉄砲玉のクロウ様の実力だ。サレンダーするならとっととしてくれよ? こちとら急いでるもんでね」

「……サレンダー? 冗談じゃない」

「あん?」

 

 このターンやらなければならないのはこの場をひっくり返し、且つ次の相手ターンの展開を阻止する、もしくはその展開してきた場をも返すためのキーカードを手札に揃えること。これがマストオーダーだ。

 それをこの今ある手札2枚と次のドローカード1枚の合計3枚でやらなければならない。まったく馬鹿げている。だが……

 

「こんなに気分が昂るデュエルを途中で投げ出す訳がないだろう」

 

 だからこそ戦い甲斐がある。心臓が一気に大量の血液を体の中に巡らせていく感覚、脳みその奥が痺れているような独特の高揚感、そして胸の奥から沸き上がるこのデュエルへの闘志が空っぽのこの体を満たしていく。

 

「へぇ」

 

 俺の消え得ぬ闘志を感じ取り、どこか感心したような笑みを浮かべるクロウと言う男。だが表情は笑っているがその瞳は笑っていない。こちらが何を仕掛けるかを警戒している様子だ。

 仮面の下で静かに瞳を閉じる。視覚は塞がれ目の前は真っ暗に染まる。普段頼り切っている感覚が遮断された事により、その他の感覚が研ぎすまされていくのが分かる。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 この感覚。まるでデッキが自分の体の一部となったようなそんな感覚だ。

 前にはこの感覚を使い、さらにデッキが過去最高の動きをしたにもかかわらず勝てなかった相手がいた。再戦を誓ったあの男に勝つためにはあの時以上の動きをしなければならない。目指すべきは自分の限界を超えたその先の地平。それなのに並のデュエリスト程度が不可能だと断じ諦めてしまう壁ごとき、鼻歌混じりに遣って退けなくては一体どうしてアイツを超えられようか?

 

「俺のターン、ドロー」

 

 繋がっている。目を見開き引いたカードを確認した瞬間、この時、このターンに何を成すべきかが手に取るように分かった。いや、今ならこの先に引くカードすら分かる気がする。

 

「『マンジュ・ゴッド』を通常召喚。このカードの召喚に成功した時、デッキから儀式モンスターか儀式魔法を手札に加える事が出来る。俺は儀式モンスター『救世の美神ノースウェムコ』を手札に加える」

 

 がら空きの場に最初に姿を現したのは万の手を持つと言う名の通り大小様々な手を体中から生やした人型のモンスター。深い緑の金属のような体表をしており光の当たる角度によってその色合いが変化していた。

 

 

マンジュ・ゴッド

ATK1400  DEF1000

 

 

「何だぁ、またあの美人なお姉さんの登場か?」

「それは後にお預けだ。マジックカード『七星の宝刀』を発動。手札、または場のレベル7のモンスター1体を除外する事でデッキからカードを2枚ドローする。『救世の美神ノースウェムコ』を除外し2枚ドロー」

 

 魔法カードの使用によりこの魔法都市の四方に建てられた大きい塔の内の1つの屋根が魔力により浮かび上がる。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

 新たに加わった2枚のカード。これは未来へと繋ぐバトンだ。そしてこのバトンが繋ぐ先こそが脳内で描かれた明確なビジョンへと繋がっている。そう確信していた。

 

「マジックカード『モンスター・スロット』を発動。自分の場のモンスター1体と、選択したモンスターと同じレベルのモンスター1体を自分の墓地から除外する。俺は場のレベル4の『マンジュ・ゴッド』を選択し、墓地の同じレベルを持つ『ライトロード・アサシン ライデン』を除外。そしてその後カード1枚をドローし、そのカードが同じレベルのモンスター場合、そのモンスターを特殊召喚する」

「なんだよ、大口を叩いておいて結局は運頼みか」

「運頼み? そいつは語弊があるな。ドローとは引きたいカードを引き寄せるものだ。強者とは元来そう言うものだろう」

「言うじゃねぇか……おもしれぇ。だったらやってみな!」

「言われずともだ! ドロー!」

 

 

 ドクンッ!

 

 

 カードを引く。ただそれだけの動作。そのはずなのに、カードを引いた瞬間、僅かにローブを揺らしていた風が、魔法都市に張り巡らされた水路のせせらぎが、世界のあらゆる音が止まったように感じた。いや、ひょっとしたらこの瞬間だけ本当に世界が動きを止めてしまったのかも知れない。

 

「……っ!」

「……どうした? 意中のカードは引けたか?」

「俺が引いたのは……モンスターでは無い…………」

「おいおい、大見得を切ってそのザマ――」

「だが! こいつこそが意中のカードだ! 俺が引いたのは『ワン・フォー・ワン』!」

 

 そう、これこそ俺が引くべきデッキにただ1枚しか入っていないカード。この時の感覚を安定して引き出せるようになれば、少なくともあのデュエルで出来た程度のデッキの力を引き出せるのだが、流石にそんな芸当はまだ出来そうに無い。ただイメージしたカードを引けた確かなこの感覚がより一層精神を昂らせていく。

 

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

「そして今引いたマジックカード『ワン・フォー・ワン』を発動。手札のモンスターを1枚墓地に送り、デッキからレベル1のモンスター1体を特殊召喚する。俺は手札の『ダンディライオン』を墓地に送り、デッキからレベル1の『エフェクト・ヴェーラー』を特殊召喚する」

 

 次に場に出てきたのは腰まで伸びたエメラルドブルーの髪をツインテールにした少女。背中から生えた二枚一対の翼は半透明で非常に薄く、まるで小さな穴から一枚の布を引っ張り出したような不安定な形状をしており儚さを覚える。

 

 

エフェクト・ヴェーラー

ATK0  DEF0

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

 『エフェクト・ヴェーラー』は本来なら手札から墓地に送って発動し、相手のモンスター効果を無効にする役割を担うモンスターだ。だが既にデッキのレベル1のチューナーモンスターである『スポーア』を使ってしまっているため、残りのレベル1のチューナーモンスターはこいつしかいない。ただのレベル1のチューナーとしてこいつを使うには少々勿体無い気もするが、状況的に四の五の言ってられないのが辛いところだ。

 

「さらに『ワン・フォー・ワン』のコストで墓地に送られた『ダンディライオン』の効果発動。場に綿毛トークン2体を守備表示で特殊召喚する」

 

 『エフェクト・ヴェーラー』の横に並んで二体のタンポポの綿毛をデフォルメしたトークンが現れる。綿の部分には顔が描かれており、一体は穏やかな表情で笑っているがもう一体は眉を吊り上げ怒った表情を浮かべている。

 

 

綿毛トークン1

ATK0  DEF0

 

 

綿毛トークン2

ATK0  DEF0

 

 

「何をするかと思えば壁モンスター作りか? そんなんで俺に勝とうなんて百年どころか一万年は早いぜ」

「結論を急くな。まだ俺のターンは終わりではない。墓地の『スポーア』の効果発動。墓地の植物族モンスター1体を除外し、自身を墓地から特殊召喚する。俺は墓地の『ダンディライオン』を除外して『スポーア』を特殊召喚。この時、『スポーア』のレベルは除外したモンスターのレベル分上昇する。よって『ダンディライオン』のレベル3だけレベルを上昇させ、『スポーア』のレベルは4となる」

「……!」

 

 墓地から浮上した『スポーア』は先のターンと比べ二倍程膨らんだ大きさになっており、『エフェクト・ヴェーラー』の腰までの高さがあった。これで場には5体のモンスターが並んだ。

 

 

スポーア

レベル1→4

ATK400  DEF800

 

 

 俺の場に現れたレベル4のチューナーモンスターにより相手から軽口を叩く余裕は消え去り、真剣な表情でこれから起こる展開を見ている。

 出来る手は全て使った。今のところ妨害がないが、果たして今後も無いかと問われればそうは言いきれない。とは言え動かなければ敗北する以上はこのまま動ききるしか無い。

 

「レベル1の綿毛トークンにレベル4となった『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 穏やかに微笑んでいた方の綿毛トークンと『スポーア』のシンクロにより場に現れたのは仰々しいマントを羽織った一人の司書。メガネを人差し指でクイッとあげる動作一つとっても気障な印象を受ける。

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

 手札が尽きている今、こいつのドローする効果が今後の鍵となる。

 どうやらこの召喚を妨害するようなカードは無いようだ。畳み掛けるように更なるシンクロモンスターを呼び出す。

 

「さらにレベル1の綿毛トークンにレベル1の『エフェクト・ヴェーラー』をチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』」

 

 今度は残っている怒った表情の綿毛トークンと『エフェクト・ヴェーラー』によるシンクロによって場にレーシングカーが颯爽と現れる。スピードを落としながら『TGハイパー・ライブラリアン』の真横に停止すると、その姿は変形し戦隊ものの乗り物が合体して出来る人型のロボットのような形状になる。

 

 

フォーミュラ・シンクロン

ATK200  DEF1500

 

 

「『フォーミュラ・シンクロン』のシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。さらに『TGハイパー・ライブラリアン』が存在し、自分または相手がシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。よって合計2枚ドロー」

 

 これで手札は再び3枚に戻った。この状況を見る限り次のターンの相手の展開云々以前に上手くいけばこのデュエルを決めきれそうだ。

 

「レベル5『TGハイパー・ライブラリアン』にレベル2『フォーミュラ・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 このデュエルで2体目の『アーカナイト・マジシャン』の出現。肩部分が三日月のこのように反り返り袖口は大きく切り開かれた流線型の独特の白いローブを纏った魔術師は静かに杖を構える。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

 やはり召喚反応カードの類いは伏せられていないようだ。これで勝利への道がグッと近くなった。

 

「『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる」

 

 体に2つの魔力球を吸収し体内に循環した魔力が爆発的に『アーカナイト・マジシャン』の攻撃力を増長させる。サイレント・マジシャン曰く『アーカナイト・マジシャン』は吸収した魔力を効率よく運用する力を極めた魔術師らしい。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

「ちっ、またそいつかよ!」

「『アーカナイト・マジシャン』の効果がお気に召さないようだな。『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。『魔法都市エンディミオン』に乗った魔力カウンターを1つ取り除き、セットカードを破壊する」

 

 悪態を吐く相手を他所に『アーカナイト・マジシャン』は魔法都市の周りの塔に配置された魔力球を雷に変化させ、それを無慈悲にセットカード目掛けて発射する。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→3

 

 

「トラップ発動! 『闇霊術―「欲」』! 場の闇族性モンスター1体をリリースして発動する。俺は『BF—漆黒のエルフェン』をリリース!」

 

 雷が直撃する直前に発動されたトラップカード『闇霊術―「欲」』。そのコストとして『BF—漆黒のエルフェン』は墓地へと続く底の見えない闇に沈んでいった。

 

「相手は手札から魔法カードを見せる事でこのカードの効果を無効にできる。見せなかった場合、俺はカードを2枚ドローする。さぁ、見せるか見せねぇのか選びやがれ」

「……俺は魔法カードを見せない」

「へっ、どうやら魔法カードが無かったようだな。ならば俺はカードを2枚ドローするぜ」

「だが、そちらも『アーカナイト・マジシャン』の効果を止める術はないようだな。『アーカナイト・マジシャン』の効果で『魔法都市エンディミオン』二つの魔力カウンターを取り除き、『BF—煌星のグラム』と『黒い旋風』を破壊する」

 

 墓地や手札からも『アーカナイト・マジシャン』の効果を止めるカードは無く、雷に変換された魔法都市に灯る2つの魔力球はそれぞれ『BF—煌星のグラム』と『黒い旋風』目掛けて一直線に飛びそれらを貫く。降り注いだ雷はその衝撃で土埃を巻き上げながら爆発を起こした。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→1

 

 

 一つ寂しく光る魔法都市の頂の魔力球。土埃が収まり薄暗くなった相手の場には何も残っていない。

 一方こちらの場には『アーカナイト・マジシャン』と『マンジュ・ゴッド』の2体が並んでいる。相手のライフは残り2500。全てのダイレクトアタックが通ればゲームエンドだ。とは言え、やはりここまでの使い手となるとそう簡単に勝利を譲ってはくれないだろう。手札からダイレクトアタックを防いできた俺に対する刺客なんて言う例もある。防がれる前提で次のターンの事を考えておいた方が良さそうだ。

 

「バトル、『マンジュ・ゴッド』でダイレクトアタック」

 

 『マンジュ・ゴッド』は体に畳まれていた全ての手を広げ始める。それは花が光を浴びて開花していく映像を早送りで見ているようだった。やがて背後から御威光が放たれ始め、その光が数多にある手に集まり始める。そして万本あるとされる全ての手から同時に照射される光線が放たれようとした時、それを遮るように相手は言葉を被せた。

 

「させるかよ! 相手の直接攻撃宣言時、『BF—熱風のギブリ』は手札から特殊召喚できる。『BF—熱風のギブリ』を守備表示で特殊召喚!」

 

 何もいなかった相手の場の上空から新手の“BF”が滑空してきた。燃え盛るような赤いたてがみの三対六枚の翼を持つ黒鳥。黒い翼のセンターには赤い羽がラインを描いている。

 

 

BF—熱風のギブリ

ATK0  DEF1600

 

 

 新たな攻撃対象が出来た事で『マンジュ・ゴッド』はその攻撃を一旦中止する。

 やはり何かしらあるとは踏んでいたが、なるほど、確かにそんな“BF”がいたな。

 

「ならば『マンジュ・ゴッド』の攻撃を中止する。『アーカナイト・マジシャン』で『BF—熱風のギブリ』を攻撃」

 

 『アーカナイト・マジシャン』の放った赤黒い閃光が真っすぐ『BF—熱風のギブリ』を撃ち抜く。

 これでダメージは与えられなかったが、この場は切り返せた。この状況も次のターンでひっくり返される事は分かっているが、こちらも手札を残せている。それをひっくり返せる可能性も途絶えちゃいない。後は俺の予想を超えるモンスターの展開をされない事を祈るだけだ。

 

「カードを1枚セットしターンエンド」

「俺のターン、ドロー。まずは『BF—極北のブリザード』を召喚」

 

 高山の溶ける事無い雪を思わせるようなうっすらと水色がかった羽の鳥が姿を見せる。申し訳程度に眉が黒く染まっているだけで、その他の一体どこに“BF”の要素があるのか制作者にツッコミを入れざるを得ないデザインのモンスターだ。

 

 

BF—極北のブリザード

ATK1300  DEF0

 

 

 デュエルディスクを装着した方の腕を前に出すと『BF—極北のブリザード』は器用にそのデュエルディスクに止まってみせる。その鳥の扱いはまさに鳥使いといったところか。

 

「『BF—極北のブリザード』の召喚に成功した時、墓地からレベル4以下の”BF”と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。俺は『BF—蒼炎のシュラ』を特殊召喚するぜ」

 

 『BF—極北のブリザード』が黄色いくちばしでデュエルディスクをコツコツと突くと、墓地にカードを送る入り口から光が溢れそこから青白く輝くスイカ程のサイズの光球がヌッと飛び出す。その光球は相手の正面で静止し弾け飛ぶと中から『BF—蒼炎のシュラ』が姿を見せる。

 

 

BF—蒼炎のシュラ

ATK1800  DEF1200

 

 

 予想通り『BF—極北のブリザード』から相手のターンは始動した。『BF—極北のブリザード』はレベル2のチューナー、『BF—蒼炎のシュラ』はレベル4の非チューナー。その2体が並んだと言う事はやはり……

 

「レベル4の『BF—蒼炎のシュラ』にレベル2の『BF—極北のブリザード』をチューニング! 漆黒の力! 大いなる翼に宿りて、神風を巻き起こせ! シンクロ召喚! 吹き荒べ! 『BF—アームズ・ウィング』!」

 

 案の定のシンクロ召喚だった。

 黒い金属で出来た翼を生やした仮面の戦士。肩からはくすんだ灰色の羽が、腰の付け根当たりからは漆黒の尾羽を生やしているが体型は完全な人型。全体的に黒系統の暗い色の中、目を引くのは仮面から後頭部にかけて伸びている赤い羽、そして手に握られている身の丈程の長い銃剣だ。

 

 

BF—アームズ・ウィング

ATK2300  DEF1000

 

 

 『BF—アームズ・ウィング』。

 こいつは守備モンスターを攻撃する際には攻撃力を500ポイント上昇させ貫通能力を持つモンスターだが、それ以外に効果は持たない。つまり手札の『BF—月影のカルート』のサポート無しの素の攻撃力では『アーカナイト・マジシャン』を突破は出来ない。ここで『BF—月影のカルート』の効果を使ってくれるならこちらとしてはありがたいところだが、おそらく相手はおいそれと手札を使ってはくれないだろう。少なくとも逆の立場だったら俺は使わない。

 

「さらに墓地に存在するチューナー以外の”BF”と名のついたモンスター1体を選択して、墓地の『BF—大旆のヴァーユ』の効果発動! 俺が選択するのは『BF—アーマード・ウィング』!」

「来たか……」

「そして選択した『BF—アーマード・ウィング』と『BF—大旆のヴァーユ』を除外する事で、そのレベルの合計と同じレベルの”BF”と名のついたシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。レベルの合計は8! よってエクストラデッキからレベル8の『BF—孤高のシルバー・ウィンド』を特殊召喚!」

 

 地面に巨大な黒い穴が出現する。先陣を切ってそこから飛び出したのは『BF—大旆のヴァーユ』。その後に続くように墓地から飛び出した『BF—アーマード・ウィング』も飛翔していく。両者共に実体を持たない半透明の姿だが、その二体は一つの緑光を放つ輪と七つの青白く輝く光球となり全ては光柱に包まれる。

 光を切り裂いて現れたのは銀色の翼をつけた男。巨大な黄色いくちばしの黒い羽に包まれた顔は一見本物の鳥であるように思わせるが、黒ベースのオレンジ色のラインが引かれたダイビングスーツのような衣装を身につけるその体は人のそれだ。2メートルはくだらないであろう大太刀を右手一本で振り回す様子からその攻撃力の高さが窺い知れる。

 

 

BF—孤高のシルバー・ウィンド

ATK2800  DEF2000

 

 

「これが“BF”の中で最強のシンクロモンスターだ! ただ、この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。だが、この場合はそれで十分だ」

「…………」

 

 これも予想の範囲内。これらの攻撃を止める術は無いが、この攻撃が全て通ったとしても俺のライフを全て削りきる事は出来ない。残り4枚の手札の内の1枚は何度も繰り返している通り『BF—月影のカルート』。“BF”の攻撃力を1400ポイント一時的に上昇させる効果を使ってもこのターン受けるダメージは2700。未判明な残りの手札で俺の場のモンスターを1体でも除去するカードか攻撃力1300以上のモンスターを用意されない限りこのターンは凌げる。

 

「行くぜ! 『BF—アームズ・ウィング』で『マンジュ・ゴッド』を攻撃! ブラック・チャージ!」

「…………!」

 

 『BF—アームズ・ウィング』は『マンジュ・ゴッド』目掛けて一直線に滑空し、手の銃剣の銃口を『マンジュ・ゴッド』に向けると一息で十数発もの弾丸を連射する。銃の精度が高く無いのか、それとも飛行しながらの射撃と言う不安定な体勢故なのか、放たれた弾丸は全て一点を目掛けて飛ぶなどと言う事は無かったが、それでも『マンジュ・ゴッド』の体には全て命中した。低い断末魔をあげると『マンジュ・ゴッド』は爆散しフィールドから消え去った。

 

 

八代LP4000→3100

 

 

「さらに『BF—孤高のシルバー・ウィンド』で『アーカナイト・マジシャン』を攻撃! パーフェクト・ストーム!!」

 

 相手の攻撃の手はまだ続く。大太刀の切っ先を頭上に向けると『BF—孤高のシルバー・ウィンド』はそれを軸に高速回転を始める。回転の速度が上がるにつれ目は『BF—シルバー・ウィンド』の実体を正しく認識できなくなり、やがてそれは銀色に塗りつぶされた竜巻へと変わっていた。銀色の竜巻は上昇しながら向きを変え、その中心を『アーカナイト・マジシャン』に向けるとそのまま突撃を開始する。高速回転して迫る大太刀の切っ先はまさにドリルそのもの。『アーカナイト・マジシャン』は真っ向からそれを受けようと杖を構えた。

 そして訪れる衝突。金属同士が激しく削られていく甲高い音を響かせながら『BF—孤高のシルバー・ウィンド』の大太刀と『アーカナイト・マジシャン』の杖は拮抗を見せる。だが、それも僅かの間の事。元々『アーカナイト・マジシャン』の杖は魔力を放出するデバイスとして作られた訳で、決して物理攻撃を仕掛けるために作られた物ではない。亀裂の入っていった杖はとうとう砕け散り高速回転する大太刀の切っ先はそのまま『アーカナイト・マジシャン』に突き刺さる。『アーカナイト・マジシャン』が光の粒子となって砕け散るのと同時にライフポイントが削られていく。

 

 

八代LP3100→2700

 

 

「魔力カウンターを持ったカードが破壊された時、そのカードに乗っていた魔力カウンターの分だけ『魔法都市エンディミオン』に魔力カウンターが乗る。破壊された『アーカナイト・マジシャン』には魔力カウンターが2つ乗っていた。よって2つの魔力カウンターが『魔法都市エンディミオン』に乗せられる」

 

 『アーカナイト・マジシャン』とて魔力カウンターを持ったままタダで墓地に行った訳ではない。『アーカナイト・マジシャン』の残した魔力残滓が集まり出来た二つの魔力球は再び魔法都市を照らす光となり塔に灯った。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→3

 

 

「相手のシンクロモンスターを破壊した事で速攻魔法『グリード・グラード』を発動! 効果によりカードを2枚ドローする」

「くっ……!」

 

 悪態を吐きそうになるのをなんとか堪える。“BF”は一度手札を消耗してしまえば供給手段に乏しくスタミナの無いデッキだ。しかし後続を繋げる『黒い旋風』を全て破壊したこの状況で尚も手札を増やされる展開と言うのは予想していなかった。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 結局終わってみればターン開始時から1枚手札を減らしただけの4枚。こちらに対して一歩も引く気は無いようだ。ここでこの場を切り返してもそれをも軽々切り返してきそうな気がしてならない。

 思えばこのデュエル、始まってからターンプレイヤーが必ずフィールドの流れを引き寄せている。俺が『ライトロード・サモナー ルミナス』を使って墓地を整えれば、『BF—暁のシロッコ』と『BF—黒槍のブラスト』、『BF—疾風のゲイル』を使ったワンショットキルを狙われた。返すターンで『救世の美神ノースウェムコ』による特殊召喚ロックと『アーカナイト・マジシャン』、『スクラップ・ドラゴン』の連続シンクロで相手の場を制圧したと思いきや、『BF—蒼炎のシュラ』、『BF—漆黒のエルフェン』、そして墓地に送られていた『BF—尖鋭のボーラ』のコンビネーションであっさり巻き返しを喰らった。なんとか『TGハイパー・ライブラリアン』と『フォーミュラ・シンクロン』で手札を稼ぎながら『アーカナイト・マジシャン』に繋げ相手の場を一掃すれば、お返しとばかりに『BF—アームズ・ウィング』と『BF—孤高のシルバー・ウィンド』に盛り返される。まったく、ここまでターンで戦況が変わるのも珍しい。シーソーゲームとはまさにこの事を言うのだろう。

だがこの流れが永遠に続く事は無い。デッキにもライフポイントにも限りはあるのだ。いずれ決着の時は訪れる。その時の勝利を掴むために、まずは目の前のこの状況を覆す。そしてその連鎖の果てで相手の対応できるキャパシティを上回ったプレイヤーこそがこのデュエルを制する事が出来る。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 大丈夫。俺のデッキはまだ死んじゃいない。

 手札に来た新たな可能性を使ったこのターンの流れを脳内で瞬時に構築する。

 

「永続トラップ『漆黒のパワーストーン』を発動。発動後このカードに魔力カウンターを3つ乗せる」

 

 俺の目の前にバスケットボール程の大きさの黒球が浮上する。その内には逆三角形の黄金板が埋め込まれており、それぞれの頂点には緑色の光が灯る。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 0→3

 

 

 さて、相変わらずセットカードが発動する気配が無いのだがこれをどう読むべきか。今までにセットされたカードは『針虫の巣窟』と『闇霊術―「欲」』。どちらも相手の行動を妨害するカードではなく、ただの墓地を肥やすカードとドローソースだ。これだけ見ても少なくともセオリー通りの構築がなされていない事は分かる。だが、だからと言って妨害用のトラップが入れられていないと断じるのは余りにも早計だ。

 

「『漆黒のパワーストーン』の効果発動。1ターンに1度、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ別のカードに移す。俺はこの魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』に移す」

 

 『漆黒のパワーストーン』の中の黄金板の頂点に灯っていた一つの緑色の輝きが外に溢れ出す。その光は一点に集まると拳大の魔力球となり魔法都市の四方を囲む最後の塔へと飛んでいった。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 3→2

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→5

 

 

 相手は警戒した様子でこちらの動向を伺っている。緊張感のあるこのデュエルは確実に神経をすり減らしている事だろう。だがそれはこちらも同じ。いや、ひょっとしたらこちらの方が神経を張っているかもしれない。セットカードや手札、墓地のカードに対する警戒をする機会はこちらの方が多いだろうし、何よりも次の自分のターンで確実に戦況をひっくり返す札を残せていないからだ。仮面で表情が相手に悟られないのが唯一の救いである。

 このターンも頭の中では逆転までの流れを思い描けているが、どの行程でも妨害を受ければ崩れる脆い物だ。このターンの一手、一手を進めるのには薄氷を踏む思いである。

 

「『召喚僧サモンプリースト』を召喚」

 

 先陣を切ったのは頼れるこのデッキの召喚師。見かけは枯れ果てた老人であるが、それで頼りない印象を与えるのではなく年を重ねる事で得た一流の召喚師としての力が風格となって表れている。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

 一手目。このカードの召喚に対してカードを発動する意義はあまり高く無い。やはり相手もこの召喚に対してこれと言った反応は見せていない。むしろ問題はこれからだ。

 頬に冷や汗を伝わせながら次なる一手に踏み込んでいく。

 

「手札の魔法カード『魔法都市エンディミオン』を捨て『召喚僧サモンプリースト』の効果発動」

 

 『召喚僧サモンプリースト』の効果を発動するためには対価として手札の魔法カード1枚をコストに支払わなければならない。その際にモンスター効果を無効にするカードによる妨害を受けると完全に手札を消費した事が無駄になってしまうのでリスクが大きい。

 

「…………」

「…………」

 

 数泊の間が生まれる。相手が何かを仕掛けてこないかと様子を見たが、どうやら心配は杞憂だったらしい。これはモンスター効果を無効にする類いでは無いと判断して恐らく大丈夫だろう。

 

「デッキからレベル4のモンスター1体を特殊召喚する。俺は『マジカル・コンダクター』を特殊召喚」

 

 『召喚僧サモンプリースト』の作った魔方陣から『マジカル・コンダクター』が呼び出される。これにより召喚魔法を極めた双璧が場に並び立った。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

 懸念要素が一つ消えた事で僅かに緊張の糸は解れたが、ここまででまだ二手目であると思うと再び気が引き締まる。手札を確認しこのターンの流れを脳内で瞬時に構築した時点でやるべき事は決まっていた。瞬時に決まったと言うのは勝つためには一通りの流れしか存在していなかったからだ。メインプランのみで保険など何も無い。だがそれでも勝利を掴むために歩みを止めるわけにはいかない。

 

「『マジカル・コンダクター』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを任意の数取り除くことで、その数と同じレベルの魔法使い族モンスターを墓地から特殊召喚する」

「あぁん? だけど『マジカル・コンダクター』には魔力カウンターは乗ってねぇぞ?」

「『魔法都市エンディミオン』は1ターンに1度、魔力カウンターを使用する効果を発動する場合、このカードに乗った魔力カウンターを変わりに取り除く事が出来る。よって『マジカル・コンダクター』の効果に使用する5つの魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』から取り除き、墓地からレベル5の『TGハイパー・ライブラリアン』を特殊召喚する」

 

 魔法都市に輝く全ての魔力球が『マジカル・コンダクター』の元に集まる。魔力球の力を借りてブーストされた力を存分に振るった『マジカル・コンダクター』は墓地へと続く直径3メートル程の穴を抉じ開ける。中から青白い光を纏って『TGハイパー・ライブラリアン』が場に現れた。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→0

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

「おいおい、まだ動けるのかよ……」

「生憎だがまだ終わる気は無い。そして『TGハイパー・ライブラリアン』のレベルを1つ下げ、墓地から『レベル・スティーラー』を特殊召喚」

 

 引きつった顔を浮かべる相手の様子から召喚反応系のトラップは無いと判断。手を緩める事無く駆け抜けるように次の一手へと繋ぐ。

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

レベル5→4

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

 ターン開始時に何も無かったフィールドに今では4体のモンスターが並んでいる。これを手札消費2枚でやりきったと言うのだから我ながら良く動かしたと思う。

 そしてこのターン使う最後のピースとなる手札を発動する。

 

「『A・ジェネクス・バードマン』の効果発動。場の表側表示のモンスターを手札に戻しこのカードを特殊召喚する。このコストで俺は『召喚僧サモンプリースト』を手札に戻す」

 

 『召喚僧サモンプリースト』がフィールドから光に包まれ消えていく。代わりにその場所に現れたのは三頭身の緑色のロボット。顔の七割り近くを占める黄色いくちばしをつけた鳥の大きい頭、腹の出た寸胴な緑色の胴体とそれに釣り合わない小さな手足は典型的な幼児体型である。そんな間の抜けた姿をしているロボットだが白い二枚一対の金属で出来た白い翼で器用に落下速度を抑えながら綺麗に地面に着地してみせた。

 

 

A・ジェネクス・バードマン

ATK1300  DEF400

 

 

 これで場にこのターン動かす全ての駒が揃った。後は盤上でこの駒を動かしきるだけである。かなり運要素の強いターン運びに精神が参りそうになってくるが、反面それでも変わらずこのデュエルを楽しんでいる自分もいる。まったくいつからこうなってしまったのだと自分ですら呆れるところだが、今はこの変化も悪く無いと感じられる。

 

「レベル1の『レベル・スティーラー』にレベル3の『A・ジェネクス・バードマン』をチューニング。シンクロ召喚、『波動竜フォノン・ドラゴン』」

 

 チューナーである『A・ジェネクス・バードマン』が生み出した三つの光輪の中を『レベル・スティーラー』が飛ぶ。『レベル・スティーラー』から一つの星の輝きが放出された時、光の柱が光輪の中を突き抜ける。

 生誕の産声をあげたのは陽炎のように揺らめく群青色のドラゴン。頭部、両腕、両足、尻尾の先には金の装飾がなされており、両足以外の装飾にはそれぞれに色違いの宝玉が埋め込まれている。

 

 

波動竜フォノン・ドラゴン

ATK1900  DEF800

 

 

「このカードのシンクロ召喚成功時、このカードのレベルを1から3にする事が出来る。俺はこの効果で『波動竜フォノン・ドラゴン』のレベルを1に変更。さらにシンクロ召喚に成功した事で『TGハイパー・ライブラリアン』の効果が発動。デッキからカードを1枚ドローする」

 

 『波動竜フォノン・ドラゴン』の金の装飾に埋め込まれていた宝玉のうち頭部に埋め込まれていた黄色い宝玉が輝き始める。どうやらあれが自身のレベルをコントロールする器官のようだ。

 

 

波動竜フォノン・ドラゴン

レベル4→1

 

 

 フィールドの準備は全て整った。やはり推察通りあのセットカードは召喚反応系のトラップでは無かったようだ。これで心置きなくこのカードを使う事が出来る。4ヶ月ぶりだろうか? このカードをデッキから取り出すのは。

 指先がそのカードに触れた瞬間、まるで早くフィールドに俺を出せと言う叫びが体を駆け巡ったかのように自分の中で熱い血潮を感じた。

 それに応えるようにエクストラデッキからこの場を覆す逆転のカードを呼び出すべく、声を上げてターンを進める。

 

「レベル4『マジカル・コンダクター』とレベル4となった『TGハイパー・ライブラリアン』にレベル1『波動竜フォノン・ドラゴン』をチューニング!」

「んなっ?! レベル9のシンクロモンスターだと?!」

 

 相手の驚愕の声を遮るように『波動竜フォノン・ドラゴン』は一際大きな咆哮をあげる。そして天を舞うフォノン・ドラゴンの輪郭は透け巨大な緑色に輝く光輪を展開した。その中に続くように『TGハイパー・ライブラリアン』、『マジカル・コンダクター』はそれぞれがその身を解き放ち四つの星を生み出す。一つの輪の中に一列に並ぶ八つの星。それを貫くように天から巨大な光の柱が降り注いだ。

 

「ぐっ……」

 

 夜の闇を引き裂かんばかりの光に相手は思わずたじろぐ。降り注いだ光の衝撃で魔法都市の張り巡らされた水路の水面に波紋が広がっていく。それはまさに圧倒的な力の顕現の前触れであった。

 

「シンクロ召喚、『氷結界の龍トリシューラ』!」

 

 呼び出したモンスターの名を宣言した時、光が収束した。しかし中にそのモンスターの姿は見えない。光の中から現れたのは白い煙で包まれた巨大な球体だった。煙の中では時折黒い影が蠢く。

 

「何が……」

 

 相手が言葉を漏らしたその時だった。球体だった白い煙は一瞬で四散する。そして瞬きする間もなく周りの景色は一変した。

 ヴェネチアを思わせる水路の張り巡らされた美しい町並みは凍て付き白銀の世界へと変貌を遂げる。吐く息が白くはっきりと見えるのは2月の冬のせいなのか、それともこの場に現れた龍の力なのか。氷の世界へと様変わりしたこの都市の天辺に、まるでそこに居るのが当たり前と言わんばかりにその龍は鎮座していた。

 三つの首を持つ白銀と深青色に塗り分けられた体躯の魔龍。その巨体を空中で優に支える事の出来る体に見合った巨大な翼が羽ばたけば氷の雨が地面に降り注ぐ。結界に封印されていた最凶の龍の解放の叫びが夜空に響き渡る。

 

 

氷結界の龍トリシューラ

ATK2700  DEF2000

 

 

「『氷結界の龍トリシューラ』のシンクロ召喚成功時、効果発動。相手の場、手札、墓地のカードをそれぞれ1枚までゲームから除外することができる」

「…………っ!」

 

 言葉を失って『氷結界の龍トリシューラ』の姿に魅入っている相手にその強力な効果を告げると、その表情は驚愕へと変わる。確かにこれは手札、場、墓地に干渉する強力な効果だ。だがこの効果とて万能ではない。ここで相手の手札の『BF—月影のカルート』を討抜けなければこの場を完全に切り返す事は出来ないのだ。さらに言えば仮に目論見が叶って『BF—月影のカルート』を討抜けたとしても、あのセットカードが攻撃反応型のトラップであればやはり逆転は出来ない。先にセットカードを除外する手もあるが、そうなれば『BF—孤高のシルバー・ウィンド』が残ってしまい本末転倒である。分の悪い賭けではあるが、相手の手札の『BF—月影のカルート』を除外し、セットカードが攻撃反応型のトラプでない事に賭けるしか無い。

 

「俺が除外するのは場の『BF—孤高のシルバー・ウィンド』、墓地の……っ!?」

 

 その時『氷結界の龍トリシューラ』の効果によって相手の墓地のカードのリストを確認して、言葉が止まった。

 

『マスター……?』

「どうしたよ、俺の墓地のカードを除外するんじゃなかったのか?」

「…………」

 

 こいつはまた……飛んだ食わせ物じゃねぇか。

 相手の墓地のカードを見てそんな感想を抱く。墓地で起動する効果を持つカードは2枚、『BF—天狗風のヒレン』と『BF—陽炎のカーム』があった。どちらも『針虫の巣窟』の効果で墓地に送ったのだろう。となると記憶を辿っていけば『針虫の巣窟』の効果で墓地に送ったと考えられるのはこの2枚と『終わりの始まり』のコストで除外された『BF—東雲のコチ』、『D.D.クロウ』、そして『スクラップ・ドラゴン』を倒すのに貢献した『BF—尖鋭のボーラ』の5枚。墓地の肥え方に神懸った物を感じるが、問題なのはそこではない。

 問題なのは『BF—天狗風のヒレン』と『BF—陽炎のカーム』がどちらも墓地の“BF”を特殊召喚する効果を持つモンスターだと言う事だ。俺が相手に揺さぶりをかけた3ターン目、相手の残りの手札は『BF—蒼天のジェット』ともう1枚は『BF—漆黒のエルフェン』か、『BF—蒼炎のシュラ』か、または『終わりの始まり』なのか、それとも『二重召喚』か、『グリード・グラード』の可能性もあるが、とにかく手札で発動できるカードは無かった。つまりあそこで『アーカナイト・マジシャン』と『スクラップ・ドラゴン』でモンスターを全て一掃する強攻策に出ていれば、『儀式魔人リリーサー』の効果を受けた『救世の美神ノースウェムコ』によって特殊召喚が封じられていた相手にこちらのダイレクトアタックを封じる術は無かったと言う事だ。

 

 勝てたはずだった。

 

 過ぎた事だが、その事実は重くのしかかる。

 あの時、あの判断を下したのは相手のピンチに陥っている事をアピールした白々しい演技を見ての事。あの演技を見て逆に何かあると思い込んだ俺は堅実に動いた。だが、蓋を開けてみればまんまとブラフに引っかかってしまったと言う訳だ。どこぞのピエロがふと脳裏にチラつくが、こいつもまた人を化かすのが得意らしい。

 

「……墓地の『BF—陽炎のカーム』、そして俺から見て1番左のカードを除外」

 

 『氷結界の龍トリシューラ』は俺が選んだ効果対象を見定めると上から見下ろす全ての頭が雄叫びを上げる。互いの声が共鳴し合うとそれは辺りに巨大氷塊を生成する。その生成された氷塊は一つ、二つと連鎖的に生成され、塔の天辺から『BF—孤高のシルバー・ウィンド』に向かっていく。その途中にある建物すらも丸ごと飲み込んでしまう氷塊から逃れる術があるはずも無く、『BF—孤高のシルバー・ウィンド』は氷付けにされるのもそう時間のかかる事では無かった。

 雄叫びが止むと共に氷塊は全て砕け散る。そこには初めから何も無かったかのように。

 

「ちっ!」

 

 あの時の勝利は逃したもののまだ勝利の女神には見放されてはいなかったようだ。相手の脇で消えていく半透明の『BF—月影のカルート』の姿を見て、このデュエルの勝機がまだ残されている事を確信する。

 

「バトル! 『氷結界の龍トリシューラ』で『BF—アームズ・ウィング』を攻撃」

 

 三つの口に蓄えられる全てを氷結させるエネルギー。溢れ出す冷気が周りの水蒸気を一瞬で氷の粒に変えていく。六つの瞳が赤く光った時、同時に全ての口から放出される青白い光。その軌道の付近にある物全てを氷付けにしていく光線が射線上で交わり、『BF—アームズ・ウィング』を飲み込む。

 

「ぐっ! ダメージ計算時、トラップ発動! 『ガード・ブロック』! この戦闘でのダメージを0にし、カードを1枚ドローする」

 

 雪崩のように押し寄せる極寒の猛威からなんとかライフを守ったようだが、もはや相手の場には何も残っていなかった。

 

「くっ……まさかこうもあっさり返されるとはな……憎たらしいヤツだぜ」

「……褒め言葉として受け取っておこう。かく言うお前もコソ泥にしておくのは勿体無い実力の持ち主のようだが」

「コソ泥ねぇ……まぁ端から見ればそうなんだろうし、それは否定しようの無い事実だろうよ」

 

 この時、相手の表情に影が差した様に見えたのは丁度月に雲がかかったからだろうか。

 だがたとえ相手が訳有りでこんなコソ泥を行っていたとしてもこちらのデュエルの手を緩めるなんて事はあり得ない。そもそも如何なる状況であろうとも一度始めたデュエルに対して恥じるような事はするつもりは無い。

逸れかかった話題からデュエルに戻す意思を伝えるために俺はただ短く告げた。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

「っと、今はデュエルだったな。俺のターン、ドロー!」

 

 こうして再びデュエルは続行される。

 『氷結界の龍トリシューラ』の効果のおかげで相手の手札の『BF—月影のカルート』を処理できた。だがそれでも相手の手札は5枚。墓地で起動する効果を持つ『BF—天狗風のヒレン』もこのタイミングで使える効果ではないとは言え、5枚もの手札があればこの状況も容易く覆せるはず……

 相手の動きに最大限の警戒をしながらターンの行方を見守る。

 

「マジックカード『黒羽の宝札』を発動! 手札の”BF”と名のついたモンスターカード1枚を除外し、デッキからカードを2枚ドローする。ただし、このカードを発動するターン俺はバトルフェイズを行えないと言う制約を受ける。俺は手札の『BF—空風のジン』を除外し、2枚ドローするぜ」

「……!」

 

 魔力球が全て消えた魔法都市の中央に再び明かりが戻る。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 0→1

 

 

 『黒羽の宝札』?

 バトルフェイズを放棄すると言う事はこのターン仕掛ける事は無いと言う意味と同義。5枚も手札がありながらも実は中身が腐っていたと言うオチか?

 思わぬ肩透かしを喰らい拍子抜けだ。いや、バトルフェイズを行わないからと言って何もしないと決まった訳ではないか。

 

「俺はカードを1枚セットし、『カード・カーD』を召喚」

 

 そう思考を切り替えたが、どうやら相手はこのターン動く気は全くないらしい。

 相手の場にセットカードが現れた直後、颯爽と現れた平面の如く薄い青色の車を見てそう確信する。なるほど、バトルフェイズを放棄する『黒羽の宝札』とエンドフェイズに強制的に移行する『カード・カーD』を組み合わせは確かに合理的だ。

 

 

カード・カーD

ATK800  DEF400

 

 

 このカードと言い『グリード・グラード』と言い相手は“BF”の弱点であるスタミナを見事にカバーしている。そのカードをデッキに入れる事なら凡人にも出来る事だが、この相手はそれをタイミング良くて札に呼び込んでいる。それには惜しみの無い賞賛を送ろう。

 

「『カード・カーD』の効果発動。自身をリリースしてデッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる」

 

 だがこの瞬間、このデュエルの流れは変わった。

 ターン事に揺れるシーソーゲームは終わりを告げ、初めて俺に連続の攻勢に出るチャンスが訪れた。

 墓地の『BF—天狗風のヒレン』は2000ポイント以上の直接攻撃のダメージが入った時、墓地から自身とそれ以外のチューナーモンスター1体の効果を無効にして特殊召喚する効果を持つだけ。相手のライフは2500で『氷結界の龍トリシューラ』の攻撃力は2700のため、この攻撃が通ればそもそも効果を発動させるタイミングはない。だが問題となるのはあの1枚のセットカード。あれらは俺の連続の攻勢に出る機会を与えたとしても、それを凌ぎきれる自信のあるカードなのだろう。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 良いドローだ。

 だが今回はこのターンの一手目を決めかねている。それはもちろん1枚あるセットカードのせいだ。ここで不用意な通常召喚を行使して召喚反応型の全体除去効果を持つトラップである『激流葬』を踏もうものなら、そのモンスターだけでなく『氷結界の龍トリシューラ』まで失う事になる。とは言え、ここでこれが単体除去効果ないし単体を対象に取る妨害系のカードなら勝機を見す見す逃す事になる。いや、待てよ……

 

「……『王立魔法図書館』を守備表示で召喚」

 

 地面に描かれた魔方陣は夜の魔法都市を照らす。そこからは竹の生長を早送りで見ているように何十段もの棚が積み重ねられて出来た本棚が次々と生えてくる。魔法都市随一の本の数を備える王立図書館が目の前で開館した。

 

 

王立魔法図書館

ATK0  DFE2000

 

 

「…………」

 

 やはり何も発動してこないか。

 この時、既に俺は召喚反応系の罠の可能性を排斥していた。何故ならそれではこちらが何も召喚を行わないでバトルに入るだけで勝利できるからだ。

 あの枚数の手札を持っていながら、果たして俺が召喚を行うか行わないかの有無だけで勝負が決まってしまうようなカードだけ伏せてターンを終わらせるだろうか? 

 答えは否。こいつがそう簡単に終わる玉じゃない。そう考えるとあの状況で伏せたカードは自ずと絞られてくる。考えられる選択肢は攻撃反応型の全体除去『聖なるバリア―ミラーフォース―』、それか攻撃無効やダメージ軽減、ライフポイントの回復系のカード、もしくはモンスターを特殊召喚し壁を作るカードのうちのどれかだろう。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキから2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を除外する。俺が除外するのは『召喚僧サモンプリースト』。そして魔法カードの使用により『魔法都市エンディミオン』だけでなく『王立魔法図書館』にも魔力カウンターが乗る」

 

 図書館内部と魔法都市の塔の一角のそれぞれに緑色の魔力球が浮かぶ。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

 あわよくば『王立魔法図書館』の効果を使えたらと思っていたが、こいつは良いものを呼び込んだ。しっかり自分に応えてくれるデッキはジャックとの一戦を彷彿させる。

 

「魔法カード『儀式の準備』を発動。デッキから『救世の美神ノースウェムコ』を手札に加え、墓地の『救世の儀式』を回収する」

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

 相手が俺の予想の範疇のカードを伏せていた場合、このターンで決着がつく確率は30%と言ったところか。心許ない数値ではあるが、そのチャンスをモノにするためにも全力を尽くす。

 

「さらに魔法カード『光の援軍』を発動。デッキの一番上から3枚カードを墓地に送り、デッキから”ライトロード”と名のついたモンスターカード1枚を手札に加える。俺が手札に加えるのは『ライトロード・サモナー ルミナス』」

 

 『王立魔法図書館』を召喚してから3枚目の魔法カードの使用により、図書館の中には緑色の魔力球の輝きが満ちる。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

 ……『針虫の巣窟』でモンスターを5枚落としきった相手もあれだが、『光の援軍』でこの3枚を落とす俺も大概だな。自分が墓地に送ったカードの良さに内心ほくそ笑む。

 先程の勝率の計算の中にここで墓地に送るカードは入っていない。良いカードを墓地に送れたと言う追い風を受け、自然と気持ちに余裕が出てくる。そしてここからのドローで引くカードは勝率の計算には入れられていない。ここで勝負の詰めに影響を及ぼせるカードが引ければ勝率はぐぐっと上がってくる。さて、何が出るか。

 

「『王立魔法図書館』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを3つ取り除きカードを1枚ドローする」

 

 図書案内部の3つの魔力球が同時にその輝きを増すと、それらは引き寄せられるように俺のデュエルディスク目掛けて飛来する。その力を受けた事により飛び出したデッキの1番上のカードを勢い良く引き抜く。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 流石にここでチェックメイトと言えるようなカードは引けないか。だが俺にはドローのチャンスがもう一度ある。

 

「さらに『魔法都市エンディミオン』に乗った魔力カウンター3つを使う事でさらに『王立魔法図書館』の効果を発動。もう1枚ドローする」

 

 今度は魔法都市の周りの3つの塔で輝いていた魔力球が俺に向かってくる。それらを全てデュエルディスクで受け止めると、先程の再現のようにデッキトップのカードが引いてくれと言わんばかりに飛び出す。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→1

 

 

 そのカードを手札に納めたものの結果は芳しいものではない。良いカードではあるのだが、このターンの戦局に影響を及ぼすものではないのだ。とは言え、その結果に肩を落とすと言った気分ではない。元々さっきの状態で勝負を付けにいく腹積もりだったのだ。このドローは特に期待もしていないでやった福引きのようなもの。寧ろ参加賞のティッシュが貰えるようにカードが引けるだけでも価値がある。それに先程の『光の援軍』の効果で墓地に行ってくれたカードだけで十分満足できるものだ。

 

「儀式魔法『救世の儀式』発動。場のレベル4の『王立魔法図書館』をリリースし、墓地のレベル3の『儀式魔人プレコグスター』を除外する事で、手札から『救世の美神ノースウェムコ』を特殊召喚する」

「また来たか……」

 

 『救世の儀式』の発動により魔法都市の景色が一変、辺りが暗闇に包まれる。そしてぼんやりと浮かび上がるように灯った二つの炎が再び周りを照らし出す。一度見た協会の内部。やるべき事も分かっているため前程の驚きは無い。炎に焼べられた『王立魔法図書館』と『光の援軍』によって墓地に送られていた『儀式魔人プレコグスター』の姿を確認しながらそんな感想を抱いた。

 火の光が消え、月明かりの粒子が集まりその中から祈りを捧げる女性が現れる。最早やる事を迷う事も無い。壇上に置かれた彼女のクロブークを頭にそっと被せると、目を閉じていた彼女と目が合う。視線の交差はほんの少しの間の出来事だったが、なぜかその瞳からは力強い意思のようなものを感じた気がした。彼女が立ち上がったのを境に周りの協会の景色は消え、魔力光と月明かりが照らす魔法都市の風景が戻ってきた。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

「『救世の美神ノースウェムコ』の儀式召喚成功した事により効果を発動。今回の儀式に使用したモンスターの数は2体。よって場の『魔法都市エンディミオン』と『氷結界の龍トリシューラ』の2枚を選択。それらが表側表示で存在する限り効果破壊耐性を得る」

 

 今度は優しい光が『氷結界の龍トリシューラ』とこの魔法都市全体を覆った。

 『魔法都市エンディミオン』には魔力カウンターを取り除く事で破壊を免れる効果がある。つまりノースウェムコは実質的には完全効果破壊耐性を持ったと言っても過言ではない。これにより『聖なるバリア―ミラーフォース―』がセットされていようとも問題なく勝負を付ける事が出来る。

 

「そして墓地の『救世の儀式』の効果を発動。墓地のこのカードをゲームから除外し、自軍の場の儀式モンスターを対象に発動する。選択したモンスターはカード効果の対象にならない」

「…………」

 

 『救世の儀式』の加護を受けたノースウェムコの体表に一瞬青白い光の膜が張られる。この効果の発動に対するチェーンは無い。これで彼女を対象に取る妨害全てを無力化した。決めきれるか……?

 

「さらに『儀式魔人プレコグスター』を儀式に使用した儀式モンスターが相手に戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てさせる。さぁ、バトルだ。『救世の美神ノースウェムコ』でダイレク――――」

「おぉっと! バトルフェイズに入るってならまずはこのカードを使うぜ! 速攻魔法『異次元からの埋葬』を発動!」

「そうきたか……」

「除外されているモンスターを3体まで墓地に戻す。俺は除外されている『BF—孤高のシルバー・ウィンド』、『BF—アーマード・ウィング』、『BF—陽炎のカーム』の3体を墓地に戻す」

 

 相手の場で露わになった唯一枚しかないカードに思わず視線が鋭くなる。発動した魔法カードにより新たに生まれた魔力球が力なく浮かぶ様子は今の俺の気持ちを代弁しているようだった。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

 止められると分かっていても攻撃しなければならないと言う事実が、先程まで勝機がチラついていただけに一層の虚しさを携えて訪れる。

 

「……『救世の美神ノースウェムコ』で攻撃」

「『BF—陽炎のカーム』の効果を発動! 相手のバトルフェイズ時、自分の場にモンスターが存在しない場合、墓地のこのカードを除外することで、自分の墓地のシンクロモンスターを蘇らせる! この効果で『BF—アーマード・ウィング』を呼び戻すぜ」

 

 一時的に開かれた墓地への窓口から『BF—アーマード・ウィング』が飛び出して来ると、ノースウェムコが杖に集めた青白い光の玉は勢いを無くし収束していく。攻撃の射線上に新たなターゲットが出てきたのだから仕方が無い。

 

 

BF—アーマード・ウィング

ATK2500  DEF1500

 

 

「『BF—アーマード・ウィング』は戦闘では破壊されず、このカードの戦闘によって発生する自分へのダメージは0になるぜ。さぁどうする?」

「……マジックカード『おろかな埋葬』を発動。デッキから『神聖魔導王エンディミオン』を墓地に送る。さらに『漆黒のパワーストーン』の魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』に移す」

 

 マジックカード使用とパワーストーンの魔力カウンター移譲により魔法都市を囲む四方の塔全てに緑色の明かりが灯る。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 2→1

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→5

 

 

「そしてカードを1枚セットしターンエンドだ」

「『BF—陽炎のカーム』の効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に除外される」

 

 凌がれた……

 勝利を確信していた訳ではないが、やはりここで決めきれなかったのは辛い。先のターンで手札を稼がれたせいで、相手のターンでのドローを含めれば手札は6枚まで回復される。このターンしかけてくる事は想像に難く無い。

 冷や汗が肌を伝う。勝機の裏に潜む敗北の危機が今、俺に牙を剥こうとしているのを感じた。

 

 こうして白魔術師と黒鳥の一進一退の攻防は、いよいよ終盤に突入する。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。