遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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『デュエル屋』とカラス 後編

 俺は焦っていた。

 息切れで肺に痛みが奔るが、それでも走るのをやめる気は毛頭なかった。

 いつも通い慣れている緩やかな上り坂を駆け抜け、俺たちがいつも作業しているガレージを目指す。

 

 サテライト初のDホイールエンジン開発。

 

 俺たちの恩人がその夢の第一歩として買ったサテライトの外れにあるガレージ。所々ガタがきているのが玉に瑕だが、子ども達が二十人以上同時に集まったとしてもスペースの半分も埋まらない程の空間は、作業するには申し分ない場所だった。

 そこはその夢を追う場所であると同時に、身寄りの無い子ども達が本当の意味で自立が出来るようにと、デュエルディスクの配線を組むなどの仕事を学ぶ場所でもあった。そして目標を失いただ日々を漫然と過ごしていた俺にとってそこは生きる希望になっていた。

 

 そしてその日。

 

 そんな俺たちの居場所は炎に包まれていた。

 

 火は屋根にまで燃え移り、建物全体から発せられる煙が空に昇っていくのは遠くからも確認できた。

 気が付いた時には体は動いていた。なぜかとてつもなく嫌な予感がしたのだ。だからとにかく走った。何度も転びそうになりながらもスピードを落とす事無く走り続けた。ガレージに近づくにつれ肌がヒリヒリするような熱を感じたが、それも無視してガレージの中に駆け込む。

 

「うわっ! なんだよ、これ!」

 

 ガレージの中は火のオレンジ色に染められていた。俺たちが作業していた机も使っていた機材も炎の海に呑まれていた。天井にも既に火はまわっていたせいで時折火の粉が落下してくる。

 火事の原因はすぐに分かった。地面に落ちている割れたランプ。中の油が漏れ出し周りの物に引火していったのだろう。

 

「はぁっ……あぁ! うっ……うぅ……」

「っ!」

 

 聞きたく無かった声だった。苦悶に歪んだ声が轟々と燃える音の中から聞こえた。

 

「ピアスンっ!?」

 

 それは俺たちの恩人の名だ。身寄りの無い子ども達を集め仕事を教えている張本人。サテライト初のDホイールエンジンでシティの連中をあっと言わせてやろうっていうピアスンのDホイール開発を俺はいつも楽しみにしていた。

 そんなピアスンは崩れた木材や鉄骨の下敷きになり仰向けで倒れていた。

 

「待ってろ! 今助ける! ん? あぁぁっ!!」

 

 ピアスンに近づいて助けようするのを阻むように天井から木片が落下してくる。もうこの建物の倒壊が時間の問題である事は明らかだった。しかしそれでも彼を助けなければならない。覚悟を決め駆け寄ろうとした時、ピアスンがこちらに気が付いた。

 

「うっ! クロウか……?」

「ピアスン! 何があったんだ!? なぜこんな事に!?」

「き、君には……関係ない……私、個人の問題だ……はぁっ……それより私のブラックバードを!」

 

 そう言うとピアスンは残っている力を振り絞り自分のデュエルディスクをこちらへ投げた。それは通常のデュエルディスクとは違い黒色で、ピアスンのDホイールであるブラックバードにフィッティングするように設計された完全オリジナルのデュエルディスク。

 

「ブラックバード?」

 

 一瞬、なぜこれが自分に渡されたのか理解が出来なかった。幸いガレージの入り口脇に止めてある黒色のDホイールは火の手を逃れている。だが、その持ち主は自分ではなくピアスンだ。

ピアスンをここから助け出してブラックバードも運び出す。

 そうすれば万事解決。こんなものを俺が受け取る必要は無いじゃないか。

 

「子ども達の事は……頼んだぞ……ううぁっ!」

「っ!!」

 

 そんな言葉が欲しかったんじゃない。

 

“助けてくれ”

 

 ただその一言があれば俺の体は動く。

 だからそう言って欲しかった。

 そんなもう助からないみたいな事を言わないで欲しかった……

 願いは虚しく一際大きく苦悶の声を上げるとピアスンは意識を失ってしまった。

 

「ピアスン! ピアスンっ!!」

 

 どれだけ呼びかけても彼はもう応えない。

 そして本格的に屋根が崩れ出し、火のついた木片が彼の上を覆った。俺が動いていたら今頃あの下敷きになっていたのだろう。死ぬ間際にもまた助けられたのだ。そしてもうピアスンにその恩を返す事は出来ない。

 俺はただピアスンの遺品となったブラックバードを運び出す事しか出来なかった。

 

 翌日、ピアスンに世話になっていた子ども達と一緒にいつものようにガレージがあった場所に集まった。心のどこかでは昨日の事は全部悪い夢で、今日行ったら元通りになっているのではと淡い期待をしていた。

 

 だが、そこにはあったのは黒く焼け焦げた残骸だけ。

 

 涙は出なかった。この焼け焦げた跡地を見てピアスンが死んだ事を頭では理解しているのだが、それでもピアスンが死んだ事に心がついてきていない。

 集まった子ども達も誰一人泣かなかった。彼らもまた恩人の突然の死を現実として受け止められずにいるのだろう。

 

————子ども達の事は……頼んだぞ……

 

 それが俺に残された最期の言葉。

 あの日から俺はピアスンと言う恩人(希望と言う名の道標)を失い、彼から託された最期の言葉だけを頼りに当ても無く走り続けている。

 

 

 

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————

 

八代LP2700

手札:1枚

場:『氷結界の龍トリシューラ』、『救世の美神ノースウェムコ』

フィールド:『魔法都市エンディミオン』(魔力カウンター 5)

魔法・罠:『漆黒のパワーストーン』(魔力カウンター 1)

セット:1枚

 

 

 

クロウ・ホーガンLP2500

手札:5枚

場:無し

セット:無し

 

 

 

 きっかけはなんて事は無い、いつも通りの事だった。

 『デュエル屋』としての依頼を受け、デュエルをする。ただそれだけ。少しいつもと違ったのはその依頼主が治安維持局だったと言う事だ。だが依頼主が誰であれやる事は変わらない。殊更意識する事無くいつものように依頼を受けた。そしてその依頼をそつ無くこなす。ただ、それだけのはずだったのだが……

 

 長きに渡るデュエルも気が付けば10ターン目を迎えようとしていた。

 

 ライフポイントはほぼ互角。フィールドはこちらが圧倒的優勢。何もない相手の場に対して、こちらは攻撃力2700の『氷結界の龍トリシューラ』と『救世の美神ノースウェムコ』を並べ、更にセットカードもある。

 だが、今このデュエルの流れは間違いなく相手にあった。勝負を決めにいった先の攻撃は空振りに終わり、これから相手の反撃ターン。既に相手は手札が5枚まで潤った状態だ。間違いなく強烈なカウンターがやってくる。

 俺は油断無く相手の動向を見ていた。

 

「俺のターン、ドロー。よしっ! マジックカード『貪欲な壺』を発動。墓地の『BF—孤高のシルバー・ウィンド』、『BF—アームズ・ウィング』、『BF—煌星のグラム』、『BF—熱風のギブリ』、『BF—極北のブリザード』の5体をデッキに戻し、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 まだ手札を増やしてくるか?!

 今日何度目になるかも分からない冷や汗を流しながらその様子を眺める。これで手札は初ターンの手札をも上回る7枚まで回復された。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→6

 

 

 7枚もの選択肢があればいくら効果破壊耐性があるノースウェムコでも突破する事は難しくないはず。一気に雲行きが怪しくなってきた展開に不安が募っていく。

 

「『BF—銀盾のミストラル』を召喚」

 

 相手の場の一番槍として登場したのは藍色の翼の鳥。名前の通り銀色の盾を体の前面に装備している。

 

 

BF—銀盾のミストラル

ATK100  DEF1800

 

 

 能力は破壊され墓地に送られた場合に、そのターン受ける戦闘ダメージを1度だけ0にすると言うものだったはず。この場合だとこの能力を使うとは到底考えられない。となると召喚してきた意図はレベル2のチューナーとしてと言う事か。既に召喚権を使った状態でシンクロに繋げるには『BF—黒槍のブラスト』を握っている? しかしそれではレベル6の『『BF—アームズ・ウィング』にしか繋げられまい。それでは攻撃力2700のトリシューラもノースウェムコも突破できないが……今度は何を仕掛けてくる気だ?

 

「マジックカード『死者転生』を発動。手札を1枚捨て、墓地からモンスターカードを手札に加える。俺は墓地の『BF—疾風のゲイル』を手札に戻す。そしてそのまま『BF—疾風のゲイル』を特殊召喚する」

 

 魔法都市の中心の塔の周りをゆっくり回る魔力球が生成される中、相手の場には本日二度目の登場となる『BF—疾風のゲイル』が姿を見せる。そのサイズは『BF—銀盾のミストラル』と変わらない小柄なものだが、内に秘めた能力の高さは“BF”の中でも切ってのものだ。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 6→7

 

 

BF—疾風のゲイル

ATK1300  DEF400

 

 

「『BF—疾風のゲイル』の効果発動。1ターンに1度、相手の場のモンスターの攻撃力、守備力を半分にする。対象は『救世の美神ノースウェムコ』だ」

 

 

 『BF—疾風のゲイル』の羽ばたきはその小さな体躯から考えられない程の突風を生み出す。その突風はノースウェムコに容赦無く吹き付け彼女の体力をみるみる奪っていく。それは風の力によるものなのか、それとも風に乗せて何かを飛ばしているのかの判断はつかない。ただ耐性の無いノースウェムコはそれを受ける事しか出来なかった。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700→1350  DEF1200→600

 

 

 これで確かにノースウェムコの攻撃力は半減すると言う痛手を負った。だがそれでも攻撃力は1350と言う相手の場のモンスターでは超えられない値だ。『BF—疾風のゲイル』、『BF—銀盾のミストラル』はいずれもチューナーモンスターのためその二体ではシンクロ召喚する事は出来ない。相手の狙いは一体なんだ?

 

「さらに墓地の『BF—精鋭のゼピュロス』の効果発動。自分の場の表側表示のカード1枚を手札に戻し、墓地からこのカードを特殊召喚する。コストで俺が手札に戻すのは『BF—疾風のゲイル』だ」

「『死者転生』のコストで墓地に送っていたか……」

 

 『BF—疾風のゲイル』と入れ替わりで新手の人型の“BF”が墓地より舞い戻る。天狗の鼻のように長いくちばしが目を引く青いたてがみの鳥の頭。上半身を覆うワインレッドベースの金属スーツとベルトはアメコミに出てきそうなヒーローを思わせる。

 

 

BF—精鋭のゼピュロス

ATK1600  DEF1000

 

 

 このセットカードがこのタイミングで発動できない事が歯痒い。そして発動できない以上は黙って相手の行動の行く末を見届けるしか無い。

 

「そしてこの効果で『BF—精鋭のゼピュロス』を特殊召喚した時、400ポイントのダメージを俺は受ける」

 

 紫色の閃光が上空から相手目掛けて降り注ぐ。だがライフが減る事などおかまいないしと言わんばかりに好戦的な笑みを崩す事は無い。

 

 

クロウLP2500→2100

 

 

 確かに初期ライフの10分の1のダメージと言えば聞こえが良いかもしれないが、今のタイミングでこのダメージはあってないようなものだ。

 そして場にレベル4の非チューナーモンスターを出すだけでなく、『BF—疾風のゲイル』を手札に戻す事でもう一度効果を使えるようにしたこの一連の流れに思わず舌を巻く。

 

「さらに『BF—精鋭のゼピュロス』の効果で手札に戻した『BF—疾風のゲイル』を再び手札から守備表示で特殊召喚。『BF—疾風のゲイル』の効果で今度は『氷結界の龍トリシューラ』の攻撃力と守備力を半分にするぜ!」

 

 『BF—疾風のゲイル』の効果が今度はトリシューラに牙を剥く。如何に最凶の龍と言えどもその所以たるは力を解放した時の絶対的な破壊にあるのだ。決して耐性を持ち合わせている訳ではない。効果を受けたトリシューラは力なく地面に伏すのは当然の結果だ。

 

 

氷結界の龍トリシューラ

ATK2700→1350  DEF2000→1000

 

 

 場の2700の主力となる攻撃力を誇る二体の攻撃力が半減されたこの状況は確かに苦しい。しかしどうやら絶体絶命の状況では無いらしい。理由は簡単、『BF—疾風のゲイル』が守備表示になっているこの状況。これではこのターン攻撃力1350の二体の壁を同時に突破する事は出来ないと暗に告げているようなものだ。

 

「レベル4の『BF—精鋭のゼピュロス』にレベル2の『BF—銀盾のミストラル』をチューニング! 漆黒の力! 大いなる翼に宿りて、神風を巻き起こせ! シンクロ召喚! 吹き荒べ! 『BF—アームズ・ウィング』!」

 

 光の中から銃剣を持った赤いたてがみが目を引く“BF”が姿を見せる。

 『貪欲な壺』で墓地から一度エクストラデッキに戻って、そのターンにシンクロ召喚にかり出され場に出張してくるとはなんとも仕事熱心なものだ。

 

 

BF—アームズ・ウィング

ATK2300  DEF1000

 

 

 皮肉はさておき、十中八九これで相手はトリシューラではなくノースウェムコを狙うはず。効果耐性に加えハンデス効果が付与されたノースウェムコを、こちらが守りたいと思うのと同じくらい相手は破壊したいと思っているはずだ。それで戦局は再び相手に傾く。

 それが分かっていながらこのターンで盤面の状況をひっくり返されるのを、ただ指をくわえて見ている事しか出来ないと言うのは気分が良いものではない。

 そうして逃れようのないバトルフェイズが幕を開けた。

 

「バトル! 『BF—アームズ・ウィング』で『氷結界の龍トリシューラ』を攻撃! ブラック・チャージ!!」

「っ!?」

 

 しかし開幕早々に当初の予想は裏切られる事になる。

 攻撃対象は間違いなくノースウェムコだと思っていたが、その矛先はトリシューラに向けられていた。一瞬固まった思考は置き去りにされ状況だけが目紛るしく変化していく。

 攻撃命令を受けた『BF—アームズ・ウィング』は建物の間をかいくぐりながらトリシューラを目指して飛行を開始する。力なく地面に三つ首をつけていたトリシューラだが、最後の反撃とばかりに中央の首だけ持ち上げブレスを放つ。が、如何せん勢いが無い。建物を盾にそれを容易く躱したアーマード・ウィングは手に持つ銃剣の射程圏内に入ると躊躇する事無くその引き金を引く。一発一発の弾丸はトリシューラの巨大な体躯に対して小さい。しかしその一発一発がトリシューラの体表に触れた途端、決して小さく無い爆発を起こす。

 トリシューラの絶叫が響き渡る。だがアームズ・ウィングの追撃は止まらない。さらにそのまま一気に距離を詰めたアームズ・ウィングはトリシューラの中央の頭に銃剣を振り下ろす。

 振り下ろした鶴嘴が鉱石にぶち当たったような頭に響く音がした。同時にトリシューラはピタリと止まる。

 用は済んだとばかりに銃剣を引き抜いたアームズ・ウィングはトリシューラと距離をとる。

 トリシューラの体に変化が起きたのはその時だった。

 トリシューラの体全体が一瞬にして氷に包まれる。嘗て世界を滅ぼしたとされる圧倒的なまでの力も、統制を失えば自らをも滅ぼす力となると言う事だろうか。氷像と化した体は何の前触れも無くミリ単位の氷の粒となりフィールドから消え去った。

 

 

八代LP2700→1750

 

 

 『儀式魔人プレコグスター』の恩恵を受け、さらに効果破壊耐性を有するノースウェムコではなく、何故既に効果を失ったトリシューラを攻撃対象にした?

その疑問は直後に口を開いた相手によって解消される。

 

「そして相手のシンクロモンスターを戦闘で破壊したこの時、手札から速攻魔法『グリード・グラード』を発動! デッキからカードを2枚ドローする」

「ちっ、『グリード・グラード』ガン積みとは本当に思い切った構築だな!」

「へっ、褒めても何もでねぇよ!」

 

 本当にあきれる程タイミング良くドローソースを手札に引き込んでいる。おかげで息切れする様子が全く見られない。不幸中の幸いはこのターンで墓地の『神聖魔導王エンディミオン』の特殊召喚条件が満たされた事か。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター7→8

 

 

「これでバトルは終了だ。ここで俺はマジックカード『闇の誘惑』を発動! デッキからカードを2枚ドローし、手札から闇属性モンスター『BF—そよ風のブリーズ』を除外する」

 

 空に浮かぶ魔力球の数が増えた事で真冬の夜空だと言うのにすっかり明るくなったものだ。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 8→9

 

 

「カードを3枚セットし、ターンエンドだ」

 

 手札を2枚残しての3枚セットカード。このデュエルで伏せられた最大枚数のセットカードに今までのデュエルで染み付いた本能が最大の警鐘を鳴らしている。墓地に『神聖魔導王エンディミオン』が落ちているとは言え、ここでドローしても手札は2枚。この3枚のセットカードを突破して逆転するのはそう容易く行える事ではない。

 

「……俺のターン、ドロー。……っ!」

 

 有り難い……

 まるで相手のデッキが魅せる動きに対抗するようにこのデッキも良い動きをしている。強者と対峙するとデュエリストがそのデッキの力を引き出すのはもちろんだが、今はそのデッキの方もそれに応えてくれるような感覚がする。

 

「魔法カード『貪欲な壺』を発動。墓地の『アーカナイト・マジシャン』2体と『フォーミュラ・シンクロン』、『TGハイパー・ライブラリアン』、『波動竜フォノン・ドラゴン』の5枚をデッキに戻し、カードを2枚ドローする」

「お前もデッキに入れてたか……」

「『貪欲な壺』は何も“BF”だけの専売特許じゃあるまいよ」

 

 軽口を叩きつつもカード処理を進めていく。

 五体のシンクロモンスターをエクストラデッキに戻したため、シンクロモンスターの再利用が可能になり且つ2ドローの両立が出来た。これはこのタイミングで絶大なアドバンテージをもたらした。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 9→10

 

 

「ふっ……」

『…………』

 

 最高だ。

 心の中でそう呟く。この口角がつり上がっているのが分かるのは仮面の下で表情を隠している俺だけだ。いや、ひょっとしたらサイレント・マジシャンは空気だけで察しているのかもしれないな。

 良い札が揃っているがそれが通用するかは試してみないと分からない。ここまで互角に戦ったのはそれこそアイツ以来だ。このデュエルがもたらす昂り、緊張感、五感に訴える全ての刺激が心地よく感じる。

 恐らくこのデュエルの終焉は近い。上手くいけばこのターン、デッキの残り枚数的に考えても次の俺のターンまでには決着を付けなければ不味い。それまで俺についてきてくれよ……

 

「魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地から『スクラップ・ドラゴン』を特殊召喚する」

 

 墓地に繋がる穴が最大級の大きさで展開される。ギギギギッと錆び付いた金属が軋む音が底から響き渡る。それは相手に死を告げる不吉な呪詛のようだ。徐々に露わになったのは今にも崩れそうな廃材の寄せ集めで形作られた竜。一度は崩れたその体は今一度ゴミ溜めの中で命を得て、再び現界へと帰還を果たす。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 10→11

 

 

 相変わらず召喚反応系のトラップが発動する様子は見られない。『奈落の落とし穴』の発動タイミングなら恐らくここが一番適切と思われるが、ここで来ないならもう無いと判断しても問題ないだろう。

 

「『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地の『レベル・スティーラー』を特殊召喚」

 

 『スクラップ・ドラゴン』の腰巾着の如く、『スクラップ・ドラゴン』の影に『レベル・スティーラー』が呼び出される。ドラゴンとテントウ虫と言う何ともちぐはぐな組み合わせのようだが、この二体が場に並ぶと頼もしさを覚える。

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル8→7

 

 

 さて、ここで考えるべきは貴重な『スクラップ・ドラゴン』の効果で何を破壊するかだ。一枚のセットカードだったらセットカードを撃ち抜いていただろうが、セットカードが三枚もある上にモンスターまで並んでいると安易なその選択は憚られる。それこそセットカードを破壊しにいっても、そのカードを発動されてしまったら、『スクラップ・ドラゴン』の1ターンに1度の貴重な破壊効果が無駄撃ちに終わってしまう。しかも相手には手札が残っている。『BF—アームズ・ウィング』は攻撃力2300と『スクラップ・ドラゴン』より下だが、戦闘を仕掛けた時あの手札の中に『BF—月影のカルート』でも握られていたら返り討ちだ。ここは確実にボードアドバンテージを取りにいこう。

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『レベル・スティーラー』とお前の場の『BF—アームズ・ウィング』を破壊する」

 

 『スクラップ・ドラゴン』が動き始める。錆び付いた歯車が回転を始めトタンで出来た翼がゆっくりと動き始める。体から突き出たパイプからは高温の蒸気を吹かせその体は段々と上昇していく。その際に勢い良く振られた尾が『レベル・スティーラー』の体を無情にも粉砕した。そして咆哮と共に高速回転した背中の歯車によってH字鉄骨が雨あられの如く射出されていく。殺到する鉄骨は『BF—アームズ・ウィング』の逃げ道を塞ぎ、最後にはその体を押し潰し破壊した。

 

「くぅ、高火力な上に破壊効果持ちなんて本当に厄介なモンスターだ!!」

 

 舞い上がる粉塵の中、相手は心底苛立たしげにそう零す。『スクラップ・ドラゴン』と『レベル・スティーラー』の組み合わせを相手にすればその感想も至極当然だろう。

 そんな事を考えながらこの状況について再び思考を始める。効果を封じるようなカードもないらしく、ここまでは順調な流れだ。召喚反応系もないのならいけるはず。

 

「『魔法都市エンディミオン』に乗った魔力カウンター6つを取り除く事で、墓地から『神聖魔導王エンディミオン』を特殊召喚する」

 

 魔法都市に浮かぶ六つの魔力球が地面に集まる。それらは円周上に並ぶとそれぞれを繋ぐ六芒星が描かれる。中心から立ち上る黒い煙。その中から現れたのはこの魔法都市を統べる王たる漆黒の魔術師。シャープな魔導服の縁はグラスグリーンに彩られ、所々に薄紫の宝玉が埋め込まれている。その姿も他の魔術師には出せない凄みがあった。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 11→5

 

 

神聖魔導王エンディミオン

ATK2700  DEF1700

 

 

「この効果で特殊召喚に成功した時、墓地の魔法カード1枚を手札に加える事が出来る。俺が加えるのは『死者蘇生』」

「はぁ?! 制限カードの『死者蘇生』を再利用だぁ? インチキ効果もいい加減にしろ!!」

「先のターン『BF—疾風のゲイル』を使い回していた相手には言われたく無いな!」

 

 この段階まで発動するカードがないとなると、相手が仕掛けてくるのは間違いなくバトルフェイズ。一瞬『神聖魔導王エンディミオン』の効果の発動も考えたが、そのコストが折角回収した『死者蘇生』では割に合わない。となれば後は、このまま突っ切るのみ!

 

「バトル。『救世の美神ノースウェムコ』で『BF—疾風のゲイル』を攻撃」

 

 先のターンで攻撃力を半減されたノースウェムコはフラフラと立っていたが、攻撃の命を受けその手に身の丈程ある杖を呼び出す。今にも崩れそうなように不安を覚えるが、それが杞憂であるとすぐに思い知らされる事になる。

 

 突如、ノースウェムコの姿が消えた。

 

 それが地面を蹴って飛び出していた事に遅れて気付く。人形のように儚い印象からは想像もつかない身体能力に内心驚いていた。そして距離を半分程詰めると一際力強く地面を蹴り、一気に距離をゼロまで詰める。その瞬間、確かに目に映ったのはローブの中に隠れていたサイレント・マジシャンに負けず劣らずの白い肌の生足とそして……

 

『ダメです!』

「!?」

 

 迫り来る透明の十本の指だった。眼前に迫るそれに反射的に目をつぶったが、しかしそれも一瞬の出来事で直ぐさま目を見開く。戦闘の結末はノースウェムコが『BF—疾風のゲイル』に杖で一閃。その体を綺麗に真っ二つにすることまで見届けた。

 しかし何故サイレント・マジシャンが突然目隠しをしてきたのか?

 

『見ちゃダメですよ……マスター』

 

 当の本人は先程から頬を赤くしながらモジモジした様子だ。相手に気取られないようにサイレント・マジシャンに行動の理由を問いつめようかと思考したが、それは相手によって遮られる。

 

「自分の場のモンスターが戦闘で破壊されたこの瞬間、トラップ発動! 『自由解放』! 場の表側表示のモンスターカード2体をデッキに戻す」

「くそっ!」

 

 思わず悪態をつく。

 何か仕掛けてあるとは思ったが、デッキバウンスとは質の悪いカードだ。相手のライフが2100である以上、これで『スクラップ・ドラゴン』と『神聖魔導王エンディミオン』を相手が指定する事は明白。デッキに戻されては折角手札に戻した『死者蘇生』で『スクラップ・ドラゴン』を蘇生する事も叶わない上、魔法都市に魔力カウンターが溜まっても『神聖魔導王エンディミオン』の自己蘇生をする事も出来ない。このタイミングで一番厄介なカードだ。

 

「俺は『救世の美神ノースウェムコ』と『神聖魔導王エンディミオン』の2体を選択するぜ! その2体にはデッキにお帰り願おうか」

「!?」

 

 何故?

 心の中で思ったそれに答えられるものなどいる訳もなく、ただ俺の場の二人の魔術師は白い光となってフィールドから跡形もなく消え去った。

 残されたのは『スクラップ・ドラゴン』のみ。このターン攻撃宣言を行っていないため、当然これから攻撃する事も可能だ。相手のライフは残り2500と攻撃力2800の『スクラップ・ドラゴン』の攻撃を受けきる事は普通に考えたら出来ない。

 これは明らかにこちらの攻撃を誘っている。

 残りのセットカードは2枚。敢えて攻撃可能な『スクラップ・ドラゴン』を残したと言う事は、あの中に攻撃を切っ掛けに発動するカードが伏せられていると考えてまず間違いない。ここは攻撃をしないままターンを明け渡して、次のターンの『スクラップ・ドラゴン』で安全にセットカードを処理すべきか? いや、手札が3枚もあればこいつなら『スクラップ・ドラゴン』を突破してくるな。つまり現状セットカードを処理する手段はない。どうせここで踏まなかったところで、いずれは踏まなければならない地雷だ。やるしかない。

俺は腹を括って攻撃宣言を続ける。

 

「『スクラップ・ドラゴン』でダイレクトアタック」

「……!」

 

 『スクラップ・ドラゴン』が動き出す。廃材で作られたその体は悲鳴をあげるように痛ましい音をたてながらゆっくりと攻撃の態勢へ移っていく。脇に飛び出したパイプからは夥しい量の蒸気を噴かせて夜の空気を白く染上げる。周りを漂う白い蒸気とは対称的に『スクラップ・ドラゴン』の体の奥は徐々に赤く染まっていく。その赤い輝きはだんだんと大きく広がっていき体表までもオレンジ色に変わっていった。それだけでとてつもない熱量が体の中に蓄えられている事が分かる。まるで至近距離で太陽を見ているようだ。

 そうして発射口である『スクラップ・ドラゴン』の口が開かれる。その標的は相手そのもの。

 そして。

 残りライフ2100を一瞬で蒸発させる熱線が放たれた。

 その攻撃を受ける壁となるモンスターは存在しない。

 オレンジ色に染まった熱線は流星のように尾を引きながら相手に吸い込まれていく。

 相手が何か仕掛けてこないかを熱線の光が相手の姿を掻き消すその瞬間まで見届ける。

 直後、魔法都市に激震が奔った。

 それは『スクラップ・ドラゴン』の攻撃が相手に直撃した衝撃によるもの。

 着弾と同時に生じた爆発は相手の姿を覆い隠した。

 相手はこの攻撃を防ぐ素振りは見せなかった。間違いなく攻撃は直撃していたはず。どういうことだ? まさかあのセットがブラフなんて事はあるまい。それだったらおとなしく『神聖魔導王エンディミオン』と『スクラップ・ドラゴン』を『自由解放』でデッキに戻しているはずだ。相手の行動の意図が読めずモヤモヤとした疑問だけが頭を渦巻く。

 その疑問の答え合わせをするかのように爆発によって生じた煙が晴れていく。

 

 

クロウLP2100→3300

 

 

「何が……?」

 

 相手のライフポイントが1200増えている。目の前で起きている事実をありのままに言えばそう言う事だ。だが、あのタイミングで攻撃のダメージを1200ポイントのライフ回復に変換するカードなどあっただろうか?

 新たに疑問が生じたが、その答えは相手の場で起き上がっている一枚のカードによって示されていた。相手は宴会芸の手品の種を明かすおっさんのように得意げな調子でこの状況の解説を始める。

 

「トラップカード『体力増強剤スーパーZ』だ。こいつの効果はダメージステップ時、相手から2000ポイント以上の戦闘ダメージを受ける場合、その戦闘ダメージがライフポイントから引かれる前に、一度だけ4000ポイントライフを回復する。あの時、2800のダメージを受ける前にライフが4000回復した結果、俺のライフが増えたって訳だ」

「くっ……なるほどな……」

「まだ終わりじゃないぜ。相手の直接攻撃によって2000ポイント以上のダメージを受けた時、墓地の『BF—天狗風のヒレン』の効果発動! 墓地に存在するレベル3以下の”BF”と名のついたモンスター1体とこのカードを墓地から特殊召喚する。ただしこの効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化されるがな。俺は『BF—銀盾のミストラル』とこのカードを復活させるぜ!」

 

 地面を突き破るように二羽の鳥が墓地から飛び出す。一羽はシンクロ召喚で使用された銀色の盾を装備した『BF—銀盾のミストラル』。もう一羽は黒い翼を生やした人型の“BF”。黄土色のはっぴに袖を通し左手には錫杖、右手には天狗の団扇を持っている。赤く伸びた髭と髪に鼻元から伸びた黒いくちばしは名の通りの赤面の天狗を思わせる。

 

 

BF—銀盾のミストラル

ATK100  DEF1800

 

 

BF—天狗風のヒレン

ATK0  DEF2300

 

 

 本当にやってくれる……

 敵ながらあっぱれ、このギリギリのデュエルの中でよくもまぁ綺麗にこの一連の流れを決めたものだ。死に札となっていた『BF—天狗風のヒレン』をこんな方法で利用してくるとは予想外にも程がある。ここまで気持ちよくやられるとむしろ清々しく感じる。デュエル中に相手の流れるようなカード運びに心を揺すられると言うのは初めての経験だ。

 

「俺は再び『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、『レベル・スティーラー』を墓地から特殊召喚する」

 

 バトルが終了した以上、次の相手のターンに備えるべく壁となる『レベル・スティーラー』を場に呼び戻す。

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル7→6

 

 

「『漆黒のパワーストーン』の魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』に移す。魔力カウンターがすべて取り除かれた事により『漆黒のパワーストーン』はその役目を終え破壊される。そしてカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 1→0

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→6

 

 

 やれる備えは尽くした。この布陣で次の相手の攻勢を凌ぎきる。そして今度こそ次の攻勢で決着を付ける。そう気概を新たにする俺だが、一方の相手はこれ程の事をやってのけてまだ不満があるのか、表情を曇らせていた。そして相手は絞り出すように言葉を漏らした。

 

「なぁ……」

「……なんだ?」

「なんで……アンタはこんなところでデュエルしてんだ?」

「……どういう意味だ?」

「そんだけの実力があるなら十分プロにも通用するだろ! なんでそれがセキュリティの犬なんかやってんだよ! あんたにデュエリストとしてのプライドはねぇのか!!」

 

 怒声が夜空に吸い込まれる。

 相手の怒りの感情が明確にこちらに向けられていた。それは分かる。だがなぜ突然怒り始めたのか、それが理解できなかった。とにかく相手の突きつける問いかけに冷静に答える。

 

「生憎と人の見せ物にされるデュエルなんてのはご免でな。衆目に晒される事自体好きではないんだ。とは言え出来る事と言えばデュエルぐらいしか無い人間だ。だからその自分の能力に見合った“デュエル屋”の職に就く事になんらおかしい点はあるまい。それにその発言はブーメランと言う物だろう」

「いくらプロになりたくてもサテライト住民の俺がおいそれとプロに成れる訳ないだろ……」

「それはそうだったな。だがだからと言ってそれがコソ泥をする事とどう繋がるかが全く見えないが」

「っ!! 俺だって……俺だってなぁ! 好き好んでこんな事やってんじゃねぇんだよ!」

『……っ!』

 

 地雷だったらしい。相手はさらに怒りを剥き出しにして叫ぶ。塞き止められていたダムが決壊するように、抑えられていた感情が止めどなく言葉となって流れ出す。

 

「俺と同じような身寄りがねぇガキ共にサテライトで生きるための道標となってくれていた人がいた。その人はサテライト初のDホイール開発プロジェクトを立ち上げて、サテライトで生きるために手に職を付けさせようとガキ共にいろんな事を教えてくれた。俺もいつかはその人のように成りたい。そう思ってたさ!」

 

 その瞳にはうっすらと涙まで浮かべて語り出す。今まで溜めていた感情をどっと吐き出すかのように、その言葉には強い想いが込められているのを感じた。

 

「だけどなぁ! ついこの前その人が突然死んじまって! 俺は……俺たちはいきなり生きる道標を失っちまったんだ! ガキ共はそれから表情にどこか影を作るようになっちまった……それであいつらに少しでも笑顔を取り戻すために俺が出来る事を考えた! 考えたんだ! けど結局俺があいつらのために出来る事なんて、あいつらの大好きなカードを盗んでくるぐれぇしか思いつかなかったんだよ!!」

『…………』

 

 それがこの行動原理。セキュリティの押収品倉庫に度々押し入り盗みを働いていた理由だった。サイレント・マジシャンはその瞳を僅かに潤ませその話を聞き入っていた。

 

「……そうか」

 

 それを聞いて俺も相手の怒っている原因をなんとなくだが理解した。

 盗みが犯罪なのをこいつは重々承知している。それに対する罪悪感も持っている。ただ、生まれがサテライトと言うだけでシティの人間のようにカードを買うと言った当たり前の事も許されない。だからこいつは罪悪感を抱えながらもセキュリティと敵対しカードを盗むと言う生き方を進んだ。

 そんな事情を抱えている人間の前に現れたのが俺だ。俺がただの雑魚だったらこいつは俺の事を気にも止めなかっただろう。だが、俺は仮にも現キングのジャック・アトラスと引き分けた身。実力はプロ並みと言っても過言ではない。そんな男がプロにもならずに遥々サテライトまでやってきて立ちはだかったのだ。自分の邪魔をするためだけに。

 俺に対する怒りと言うものも分からなくは無いものだ。

 

「そうかって……まぁ所詮は赤の他人の出来事か。どこの誰とも知らない野郎の事情なんてのには関心はねぇだろうよ」

「……違いない。そもそもお前がどんな理由でここへ来ようとも、俺はそれで報酬を受けているんだ。それをとやかく言うのは筋違いだろう」

「そう言えばそうだったな。ったく、阿漕な商売してやがる。反吐が出るぜ」

「耳が痛いな。生憎と俺は口下手だ。こう言う時にかける気の利いた言葉なんてものは持ち合わせちゃいない。ただ……」

「……?」

「事情はどうあれこうしてデュエルディスクを構えて相対しているんだ。俺たちは同じデュエリスト。ならば語って聞かせる言葉よりも、もっと確かなものがあるはずだ」

「……!」

 

 そう言ってデュエルディスクを相手に向かって突き出す。それを見た相手は憎々しげな表情から一転、驚いた表情へと変わった。そして俺の意図が伝わったらしくシニカルな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……はっ、何だよ。結局あんたも肩書きはどうあれデュエル馬鹿って事かい」

「否定はしない。最近分かった事だが、特に相手が強ければ強い程燃える質らしい」

「へへっ、良いね。おもしれぇよ、あんた。こんな出会いじゃなければもっとこのデュエルを楽しめたのにな……」

「そうか? 俺はもうかなり楽しんでたけどな」

「……あんた、一応それが仕事なら不謹慎じゃねぇのか?」

 

 呆れたようにこちらを見る相手だが、その声色はどことなく嬉しそうだ。

 

「クライアントが俺に求めるのは勝利だけだ。俺がどんな態度でデュエルに臨もうと、勝利を持ち帰りさえすればクライアントは何も口出ししないさ。それに仕事だ、依頼だと肩肘張ってデュエルするよりも、目の前の相手とのデュエルだけに集中した方が実力も出し切れる」

「なるほど……あんたが強い訳だ」

「だからお前もここからはこのデュエルに集中しろ。立場なんて忘れて、自分の持てる想い全てをこのデュエルに乗せてかかってこい」

「っ! おいおい良いのかよ、敵の俺にそんなやる気を出させる事を言って?」

「構わんさ。寧ろこれ程の相手とのデュエルで相手が不完全燃焼のまま勝ったとしてもつまらないだけだ。それにどうなろうと勝つのは俺だ」

「はははっ! 言ってくれるぜ! あんた、本当おもしれぇよ! 良いぜ! その自信、正面からぶつかって木っ端微塵に吹き飛ばしてやらぁ!」

 

 剣幕だった雰囲気はどこへやら、心底楽しそうに相手は笑う。抱えていた感情を吐き出したおかげか、思い悩んでいた表情は影を潜め随分と吹っ切れた様子だ。

 今までのデュエルも勿論本気だっただろう。ただ、これからのデュエルはそれすらも超える。俺の勘がそう告げていた。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 力強いドローだ。相手に最早迷いはない。このデュエルを純粋に勝ちにきている気合いがビリビリと伝わってくる。そんな気合いを当てられてはこちらも一層気持ちが入るというものだ。熱くなる気持ちを維持しながらも、脳は極めて冷静な状態で相手の出方を伺う。

 

「トラップカード『ブラック・ブースト』発動! 場の”BF”と名のついたチューナーモンスター2体を除外し、カードを2枚ドローする。『BF—天狗風のヒレン』と『BF—銀盾のミストラル』を除外し、2枚新たにドロー!」

 

 『BF—天狗風のヒレン』はこのカードの発動のための布石だったか……

 空間の亀裂に飛び込む二羽の“BF”を見届けながら相手の計算された動きに感心する。場のチューナー2体を除外しなければ発動できない重いドローソースであるが、それの発動条件をカードの消費を極力抑えて見事に使いこなしている。

 これで手札は5枚。このターンで勝負を決めにくるには十分な枚数の札だ。

 

「『BF—蒼炎のシュラ』を召喚」

 

 このターンのトップバッターは熊のような毛深く太い腕を持つ蒼色の“BF”。下級モンスターで攻撃力1800と言うのは高打点の部類に含まれるが、最上級モンスターである『スクラップ・ドラゴン』の前ではその姿は小さく映った。

 

 

BF—蒼炎のシュラ

ATK1800  DEF1200

 

 

 このタイミングでの『BF—蒼炎のシュラ』の登場について相手の意図を考える。『BF—蒼炎のシュラ』は戦闘で相手モンスターを破壊した時に効果を発動するモンスター。この場でその効果を使うためには『レベル・スティーラー』を倒せば良いが、それでは『スクラップ・ドラゴン』を突破する事は不可能。このターン俺のライフを脅かすのなら残りの手札に『BF—蒼炎のシュラ』の攻撃力を上げるか、それとも『スクラップ・ドラゴン』の攻撃力を下げる類いのカードがあると言う事か?

 

「マジックカード『アゲインスト・ウィンド』発動。こいつは墓地の“BF”と名のついたモンスター1体を選択し発動する。そのモンスターの攻撃力分のダメージを受け、そのモンスターを手札に加える。俺はこれで『BF—疾風のゲイル』を回収するぜ」

「やはりそういうことか!」

 

 『アゲインスト・ウィンド』の発動による突風が相手を襲う。1300ポイントと言うライフコストは決して少なく無い値だが、『体力増強剤スーパーZ』でライフを回復していたおかげで先のターンの開始時とほとんど遜色無いライフを保っている。まったく、本当に隙のない動きだ。

 

 

クロウLP3300→2000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 6→7

 

 

 これで『スクラップ・ドラゴン』の攻撃力を下げるカードが来ると言う予想は的中した。相手の次の動きを予想できたからと言って、それを止める術があるかと言われたらそうではないのが辛いところだ。

 

「行くぜ! 俺は『BF—疾風のゲイル』を手札から特殊召喚!」

 

 このデュエルで三回目となる『BF—疾風のゲイル』の登場。まさか一度のデュエルで三度もこいつの顔を拝む事になるとは思わなかった。こいつの効果には本当に辟易させられる。

 

 

BF—疾風のゲイル

ATK1300  DEF400

 

 

「『BF—疾風のゲイル』の効果発動! 『スクラップ・ドラゴン』の攻撃力、守備力を半分にする」

 

 『BF—疾風のゲイル』の効果が『スクラップ・ドラゴン』を襲う。羽ばたきによって生じる強風は『スクラップ・ドラゴン』の体をつなぎ止めていたパーツに負荷をかけていく。ギギギィッと言う金属の擦れる悲鳴が聞こえた直後、『スクラップ・ドラゴン』のトタンで出来た翼がずり落ちた。それは翼だけではない。腕や足など体を構成する半分程が胴体から落下していく。突風が収まる頃には『スクラップ・ドラゴン』は力なく地を這う無惨な姿に変えられていた。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800→1400  DEF2000→1000

 

 

 不味いな。

 こちらの残りライフは1750。残りの手札でさらに追加のモンスターが並べばこのセットカードで対応しきれない可能性がある。チラつく敗北の可能性に緊張が高まっていくのを感じる。

 

「バトルだ! 『BF—蒼炎のシュラ』で『スクラップ・ドラゴン』を攻撃!」

 

 『BF—蒼炎のシュラ』が高く舞い上がる。魔法都市の一番高い塔の天辺でピタリと停止すると、今度は勢いをつけて落下を開始する。狙いは『スクラップ・ドラゴン』。それを迎え撃とうと『スクラップ・ドラゴン』も頭を上げようとするが、体のパーツを大幅に失ったせいでそれすらもままならない。そんな攻め落とす絶好の好機を逃すはずもなく、『BF—蒼炎のシュラ』は重力すらも味方につけ一気に『スクラップ・ドラゴン』に肉薄する。

 魔法都市に鈍い地鳴りが響いた。

 それは『BF—蒼炎のシュラ』が振り下ろした熊のように毛深く太い腕が『スクラップ・ドラゴン』の頭蓋を叩き潰した音。頭部が破壊された事で『スクラップ・ドラゴン』の体は完全に崩れ落ち激しい爆発を起こす。

 

「トラップカード『ダメージ・ダイエット』発動。このターン受ける全てのダメージは半分になる」

 

 爆風がライフを削る直前、『ダメージ・ダイエット』がその勢いを半分殺す。だが爆発によって生じた土煙で潰された視界に思わず目を顰める。

 

 

八代LP1750→1550

 

 

「流石においそれとダメージを貰ってはくれないか……ならモンスターを戦闘で破壊した事により、『BF—蒼炎のシュラ』の効果発動! デッキから攻撃力1500以下の”BF”と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。俺が出すのはこいつだ! 来い、『BF—隠れ蓑のスチーム』」

 

 ドロロンッと言うSEと共に白い煙の中から現れたのは緑がかったグレーの道着に袖を通した鳥。向日葵色の顔とダークグリーンの鶏冠が特徴的だ。

 

 

BF—隠れ蓑のスチーム

ATK800  DEF800

 

 

 『ダメージ・ダイエット』の発動によりこのターン勝負がつけられない事を察し戦術を変えてきたか。ならばここは敢えて今の一撃をそのまま受けて、ライフを1350まで減らしてみせることで、攻撃力は1400あるが場にいても何の効果もない『BF—月影のカルート』の特殊召喚を誘うべきだったか? いや、それでも結局こちらの伏せを警戒して勝負を急ぐ事はしないか。

 

「『BF—隠れ蓑のスチーム』で『レベル・スティーラー』を攻撃」

 

 俺の僅かの思考時間の間にも攻撃は続く。

 『BF—隠れ蓑のスチーム』は懐からクナイを取り出すとそれを『レベル・スティーラー』目掛けて投擲する。クナイが『レベル・スティーラー』に突き刺さった様子は現実だったら血が吹き出そうなものだが、ソリッドビジョンであるが故にそのような過激な演出はなされない。しかし『レベル・スティーラー』はこの攻撃で破壊され、光の粒子となってこのフィールドを離れていった。

 

「『BF—疾風のゲイル』でダイレクトアタック」

 

 相手の場で唯一攻撃権を残す『BF—疾風のゲイル』が攻撃命令を受ける。息をつく間もなく迫り来る『BF—疾風のゲイル』は俺目掛けて体当たりを仕掛けてきた。その攻撃を代わりに受けるモンスターは場にいないため、その攻撃をもろに受ける事を余儀なくされライフが削られる。

 

 

八代LP1550→900

 

 

「カードを3枚セットしターンエンドだ」

 

 なんとか凌ぎきった。だがここに来ての手札を全てセットしてくるか……

 一つ一つの攻防が一歩間違えば命取りとなるこのデュエル。常に緊張感に包まれていたため神経を休める暇などなかった。

 そして迎えたこのターン。ここで勝負を決めきれなければ、恐らく待っているのは敗北だろう。と言うのもデッキの残り枚数は一桁となっており、このデッキで出来る攻め手はもうほとんど残っていない。

 手札は『ライトロード・サモナー ルミナス』と『死者蘇生』の2枚。この札とここのドローで手札に加わるカードでこの相手の布陣を突破しライフを削りきらなければならない。

 

「くくっ」

『……?』

 

 ダメだ。笑いが込み上げてくる。

 サイレント・マジシャンには聞こえたようだが、距離がある相手には悟られなかったようだ。

 状況的にはピンチであるはずなのに、どうにもこの1ターンの密度が濃いこのデュエルは俺を昂らせる。もう気温は0度近くまで下がっているだろうが体は熱いくらいだ。それとは対称的にここでは極めて冷静な思考を要する。最後の詰めの部分だからだ。待ち受ける3枚ものセットカードの圧倒的存在感。それだけでガリガリと精神を削ってくる。

 だが、それでもこの強者と対峙した時のこの“楽しい”と言う感情は抑えがきかない。まったく、この感情を知って以来どうしようもなく己が度し難い。

 ここいらでいい加減に最後のターンとしようか!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 これが最後のドローフェイズだ。

 そう自分に言い聞かせ引き抜いたカード。それを見た瞬間、笑みが深くなる。

 

 良いじゃねぇか。

 

 心の中でそう呟く。当たり前かもしれないが、このデュエルは始まりから今まで全て繋がっている。過去の俺が未来の俺に託したカードが現在の俺を支える武器になる。そう教えてくれるようなカードだ。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』を召喚」

 

 俺の前に出現した魔方陣から褐色の肌の女性が召喚される。

 こいつは『光の援軍』で俺の手札に来ていたカード。墓地のレベル4以下の“ライトロード”と名のつくモンスターを手札一枚をコストに蘇生する効果を持つ。だが墓地には『ライトロード・サモナー ルミナス』しかないため、召喚する機会を失っていたカードだ。

 

 

ライトロード・サモナー ルミナス

ATK1000  DEF600

 

 

 俺の手札に『死者蘇生』があることがバレているためか、やはりここでカードを発動する様子は見られない。その『死者蘇生』を発動するまでそのセットカードを温存しておく腹積もりならチャンスは俺にある。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果発動。手札を1枚捨て、墓地から“ライトロード”と名のつくレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。俺は今手札から捨てた『ライトロード・メイデン ミネルバ』を特殊召喚」

 

 墓地から呼び出されたのはルミナスよりも小柄な赤毛の少女。褐色の肌を大胆に露出させている健康的な容姿のルミナスとは対称的に、『ライトロード・メイデン ミネルバ』はみずみずしい雪肌の露出を控えており箱入り娘のような印象を受ける。

 

 

ライトロード・メイデン ミネルバ

ATK800  DEF200

 

 

「さらに先程、手札から『ライトロード・メイデン ミネルバ』が捨てられた事によりデッキの一番上からカードを1枚墓地に送る」

 

 墓地に送られたカードは『テラ・フォーミング』。流石にここまでデッキを消費しては墓地に送って意味のあるカードも大分無くなってくる。あわよくば『神聖魔導王エンディミオン』が墓地に行かないかと期待したが、それは叶わなかったようだ。

 

「レベル3『ライトロード・サモナー ルミナス』にレベル3『ライトロード・メイデン ミネルバ』をチューニング」

「レベル6シンクロか……」

 

 『ライトロード・メイデン ミネルバ』の体の輪郭が解け、体の内から自身のレベルの数の光輪が解き放たれる。その中に飛び込んだ『ライトロード・サモナー ルミナス』もまたそのレベルの分の光球を体から解き放つ。

 そして突き抜けた光の柱。

 それは今日俺が呼び出す最後のシンクロモンスターの招来の輝きだった。

 

「シンクロ召喚、『エクスプローシブ・マジシャン』」

 

 光に導かれ現れたのは白銀と金色の二色で織りなされた魔術ローブを纏った魔術師。『神聖魔導王エンディミオン』のようにローブには金色に輝く宝玉がいくつも埋め込まれている。

 

 

エクスプローシブ・マジシャン

ATK2500  DEF1800

 

 

 ステータスは『アーカナイト・マジシャン』より高いが、能力は『アーカナイト・マジシャン』の方が汎用性も燃費も優れているためあまり使う機会がなかったカード。ただし、この状況においてはこれ程頼りになるカードはない。なぜなら……

 

「『エクスプローシブ・マジシャン』は自分の場の魔力カウンターを2つ取り除き相手の場のマジック、トラップカード1枚を選択し破壊できる」

「……っ!!」

「俺は『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンターを2つ取り除いて、俺から見て一番左に伏せられているカードを破壊する」

 

 『エクスプローシブ・マジシャン』は魔法都市に浮かぶ魔力球を杖に集めると、それを直接電気に変換し俺の指示したセットカードを的確に撃ち抜く。流石に魔力カウンター二つを要するだけあってその威力は凄まじい。『エクスプローシブ・マジシャン』の放った一撃はセットカードはもちろんその下の魔法都市の地面までも砕き土埃を巻き上げる。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 7→5

 

 

 魔法都市にはまだ魔力カウンターが五つ残っている。つまり残りのセットカード二枚もこの効果で全て排除する事が可能。セットカードの障害が無くなれば後は『死者蘇生』で『スクラップ・ドラゴン』を蘇らせ、総攻撃を仕掛ければゲームエンドだ。

 この時、『エクスプローシブ・マジシャン』の効果発動に対しても相手が何のアクションも起こさなかった事で油断が生じていたのかもしれない。そんな俺の甘い見通しを粉々に砕くように土埃の中から声が響く。

 

「こいつは賭けだった」

 

 まだ煙は晴れない。その声は淡々と発せられる。まるで誰に告げているのでもない独白のように。

 

「あんたはカードを破壊する手段があれば必ずセットカードから破壊してくる。だから俺はこのカードを伏せ、敢えて他のカードは発動しなかった」

「……!」

 

 徐々に収まっていく土埃。相手のシルエットが徐々に浮かび上がってくる。

 この瞬間気が付いた。相手が敢えて俺の『エクスプローシブ・マジシャン』の効果を使わせていたという事に。そして、淡々と話していたのは相手を罠に嵌めた興奮を意識して抑えるためだったという事に。

 

「そして俺は賭けに勝った!!」

 

 煙が晴れる。

 そこには勝利を確信した獰猛な笑みを浮かべる相手の姿があった。

 

「あんたが破壊したのはトラップカード『BF—マイン』。セットされたこのカードが相手によって破壊された時、自分の場に”BF”と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、相手に1000ポイントのダメージを与え、自分はデッキからカードを1枚ドローする」

「なっ?!」

 

 三分の一の確率で文字通りの地雷を踏んでしまった自分の運の無さを嘆くべきか、それとも相手の悪運の強さを恨むべきか。とにかく相手の反撃の引き金は引き絞られた。

 

「あんたのライフは残り900! つまりこの1000ポイントのダメージで終わりだぁぁ!!」

 

 わずかに生じた油断。その一瞬の隙をついての逆王手だ。まったくどちらが攻勢だったのか分かったものではない。

 こうして思考している間にも俺のライフを削りきらんとする魔弾がこちらに迫る。それは緩やかな放物線を描きながらその距離を縮めていく。

 オレンジ色の卵の形を模した爆弾。一見コミカルな玩具のような見てくれだが、それこそが俺のこのライフ全てを奪うポテンシャルを秘めた兵器だった。しかしそんな間の抜けたカードにとどめを刺されるなんて言うのは冗談じゃない。声を張り上げながらそれに対抗するカードを宣言する。

 

「墓地からトラップカード『ダメージ・ダイエット』の効果を発動!」

「んなっ!? 墓地からトラップだと?!」

「墓地のこのカードを除外する事でこのターン受ける効果ダメージは半分になる」

 

 俺の周りを虹色の膜が覆う。それは一瞬の出来事で、その膜はすぐに透明になり視認不可能になる。

 

「ちっ、首皮一枚繋がったか。ならそのカード効果に対してトラップ発動! 『ゴッドバードアタック』! 自分の場の鳥獣族モンスター1体をリリースし、フィールド上のカード2枚を破壊する。俺は『BF—隠れ蓑のスチーム』をリリースし、『エクスプローシブ・マジシャン』とセットカードを破壊する」

「くっ!!」

 

 『ゴッドバードアタック』のコストとなった『BF—隠れ蓑のスチーム』は勢い良くこちらへ突撃を開始する。そのスピードは自身の現界を優に超え大気との摩擦で体がオレンジ色に輝く程だ。そしてそれは『BF—マイン』によって放たれた爆弾を軽く追い抜かすと、『エクスプローシブ・マジシャン』とセットカードを巻き込む形で地面に着弾し爆散する。その衝撃を間近で受けた『エクスプローシブ・マジシャン』とセットカードの破砕音が鳴り響き、目の前が舞い上がった土煙で覆い尽くされた。

 爆発は連鎖する。間髪入れずに土煙の中を割って入ってきた卵型の爆弾が頭上で轟音をあげると共に瞬く。

 

「ちっ!」

『きゃっ!』

 

 至近距離では音と光の知覚は同時のように感じると言うのは本当らしい。よもやそれをデュエル中に学ぶ事になるとは思わなかったが。それにしても『ダメージ・ダイエット』で威力を半減できているのだろうか? 目の前を一瞬で黒からオレンジ色に変えた爆発を見てそう思う。

 眩しい。反射的に腕で目を覆っていた。ただのソリッドビジョンとは言えこう目の前で爆発が連続で起きると舌打ちの一つもしたくなる。サイレント・マジシャンが短い悲鳴をあげるのも無理はないだろう。

 周りの音が収まる中、己のライフポイントが削られていく無機質な音だけが鳴り響いていた。

 

 

八代LP900→400

 

 

 そうして視界が回復した。見れば相手はここで決めきれなかった事を悔やむような表情は一切しておらず、むしろこのデュエルが続く事を喜ぶように笑みを深くしていた。それだけで分かる。まだ勝負を付ける手段は残っていると。

 

「くくくっ」

 

 それだけで自然と笑いが込み上げてくる。最早声を殺しきる事など出来ていない。漏れた笑い声は相手の耳にまで届いていた。

 

「へへっ、どうした? 何がおかしいんだ?」

「いやぁな。楽しいって思ってよ。くくっ、ダメだ。抑えられねぇ。はっはっはっはっはっ!」

『マスター?!』

 

 声を上げて笑うなど何年ぶりだろうか。付き合いが長いサイレント・マジシャンは弾けるように笑い出した俺を見て気でも触れてしまったのではないかと動揺を露わにする。そして当の本人である自分もまた自分の変化に驚いている。自分が自分でなくなってしまったのではと疑う程だ。

 だが。

 そんな些細な事はどうでも良い。

 今はこの沸き上がる衝動のまま笑っていたかった。相手からしたら螺子が外れてしまったかのように笑い続ける髑髏仮面の様子はさぞドン引きものだろうと思っていたが、存外そうではなかったらしい。と言うのも、

 

「ぷはっはっはっはっはっ! 奇遇だな、そいつは! 俺も今そう思ってたとこだ!」

 

 相手も同じように腹を抱えて笑っていたからだった。ここが住宅街だったらさぞ近所迷惑だったろうが、ここは閑散としたセキュリティの倉庫前。いくらこんな夜更けに大声で笑おうと誰も気付かない。

 結局のところ相手もこのデュエルが楽しくて楽しくてしょうがないらしい。一頻り笑うと意図せずして同時に先程の流れの処理の続きを開始する。

 

「破壊されたセットカードはカウンタートラップ『リ・バウンド』。セットされたこのカードが相手によって破壊された時、カードを1枚ドローする」

「『BF—隠れ蓑のスチーム』の効果発動。このカードがフィールドを離れた場合、場にレベル1のスチームトークン1体を特殊召喚する」

 

 相手の場にポンッと言う小気味良い音をたてて出現したのは蒸気で体を構成する二頭身の人をデフォルメしたようなトークン。赤く丸いレンズのサングラスをかけており、ご当地ゆるキャラとしてあってもおかしくなさそうな容姿である。

 

 

スチームトークン

ATK100  DEF100

 

 

 さて、多少計算は狂っているがこれがどう出るか。

 一頻り笑い終えたところで冷静に戦況を分析する。相手の場には『BF—蒼炎のシュラ』、『BF—疾風のゲイル』、スチームトークンが並んでおりセットカードは残り一枚。そして手札が一枚。

 対するこちらは場には単体では意味をなさない『魔法都市エンディミオン』があるだけで、手札は『死者蘇生』と今し方引いた『バウンド・ワンド』の二枚。なぜこのタイミングで『バウンド・ワンド』が手札に来たのかは分からない。このままターンを進めればはっきり言って死に札だ。

 当初の予定では『エクスプローシブ・マジシャン』でセットカードを殲滅し、『死者蘇生』で『スクラップ・ドラゴン』を復活させてゲームエンドのはずだった。甘い見通しであるのは分かっていたが、『エクスプローシブ・マジシャン』の召喚に成功し、効果発動まで漕ぎ着けた時点では半ば現実味を帯びていたプランであった。それが頓挫した今だが、セットカードを一枚まで減らしたのは寧ろ僥倖だ。あのセットカードが『死者蘇生』ように温存された召喚反応系なら俺の詰み、そうでないなら『スクラップ・ドラゴン』を蘇生しセットカードを破壊してから仕掛ければ相手のライフを削りきれる……はずなのだが、妙に何かが引っかかる。

 

「ん……?」

 

 待て。

 張りつめた思考を一旦停止させる。

 ここでもう一度、相手の手札の枚数を確認する。

 一枚。

 そう、『BF—マイン』の効果によって相手は手札が無かった状態から一枚カードをドローしていた。

この瞬間脳内に電流が奔ったような感覚に陥る。そしてそのカードが直感的に分かったような気がした。いや、分かったような気がしたのではない。時間が過ぎれば過ぎる程、それは確信に変わっていく。

 

 こいつは間違いなくあのカードを引いていると。

 

 今日何度目か分からない冷や汗が頬を伝う。

 だとしたら相手に余裕がある理由も頷ける。手札にあのカードが来ているのなら、たとえ『スクラップ・ドラゴン』を蘇生してセットカードを破壊してから攻撃を仕掛けても、ライフを削りきる事は出来ない。仕留め損なえば場に『BF—蒼炎のシュラ』とスチームトークンを残して相手は反撃のターンを迎える事になる。その場合、相手は確実にこの場を覆すカードを引き込むだろう。

 

————————ドローとは引きたいカードを引き寄せるものだ。強者とは元来そう言うものだろう

 

 それは自分が言った言葉だったか。強者とされるデュエリストの条件、それはデッキ構築やプレイングタクティクスだけではない。その状況にあわせたカードを引き込む力もまた重要な要素だ。特にジャックやこの目の前の相手は顕著だが、ピンチな時に逆転のカードやそのピンチをやり過ごす事が出来るカードを引き込んでいる。

 

 手詰まりか……

 

 いかん、何を弱気になっている。

 もう一度、相手の手札を踏まえた上で戦略を練り直せ。

 今ある手は何だ。

 

「……!」

 

 そこで手札の『バウンド・ワンド』が目に留まる。魔法使い族専用の装備魔法と言う時点で『スクラップ・ドラゴン』に装備できないと切り捨てていたカード。だが、このカードが手札に来た事に何か意味があるとしたら?

 『リ・バウンド(過去)』がドロー(未来)に繋がり『バウンド・ワンド()』がある。これも更なる未来へと繋がるバトンだとしたら?

 

「っ!! マジックカード『死者蘇生』を発動! 墓地から『救世の美神ノースウェムコ』を特殊召喚する!」

「……!?」

 

 この瞬間、迷いは振り切れていた。

 過去の俺なら間違いなくしないプレイング。相手の手札を己の直感で読み、セットカードを度外視するなど言語道断だろう。

 だが、それでも!

 このデッキが俺の託したカードを、そして!

 この彼女の背中を信じてみたい!

 そう思ったのだ。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→6

 

 

 彼女の背中は何も語らない。ソリッドビジョンなのだからそれは当然の事だ。しかしそれでもその背中は俺の側にいる白魔術師から感じるものに近い何かを俺に与えていた。

 

「さらに装備魔法『バウンド・ワンド』を『救世の美神ノースウェムコ』に装備する。このカードを装備したモンスターの攻撃力は装備したモンスターのレベル×100だけ上昇する」

 

 ノースウェムコの手にロッドが握られる。普段持っている杖と比べると半分程度の長さで、先端には掌大の赤いクリスタルが埋め込まれている。

 ロッドが装備されると赤紫色の魔力の光がノースウェムコを包み込む。それを受け入れたノースウェムコからは増幅した魔力が感じられた。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700→3400

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 6→7

 

 

「それが、あんたがこのデュエルを預ける最後のモンスターか?」

「あぁ、そうだ」

 

 俺の意思を確認するような問い。それは暗に『スクラップ・ドラゴン』を蘇生させなくて良かったのか、と言う問いの意味も含まれている。それに対して俺は間を空ける事なくはっきりと答える。この『救世の美神ノースウェムコ』こそがこのデュエルの大取を飾るに足る者であると。

 

「…………」

「…………」

 

 静寂が魔法都市に訪れる。

 その間に果たして相手が何を思うのかは推し量る事が出来ない。

 ただ、己の決意は揺るがない事を示すようにはっきりと宣言した。

 

「バトルだ! 『救世の美神ノースウェムコ』で『BF—疾風のゲイル』に攻撃!」

 

 攻撃の合図を得てノースウェムコが動く。

 装備されたロッドを腰に差すと、標準装備されている金色の杖を手に出現させる。先端には『BF—疾風のゲイル』を切り裂いてみせた太陽をモチーフにしたような装飾がなされている。

 ノースウェムコはその杖を下段に構え、膝を僅かに曲げる事で下半身に溜めを作る。

 そして、瞬きをする間もなく目の前からノースウェムコの姿が消える。

 攻撃力を半減されていた時よりもその動きは俊敏さを増し、気が付けば『BF—疾風のゲイル』の懐深くまで間合いを詰めていた。

 攻撃力の差は2100。この戦闘が成立すれば相手のライフは一発で削りきれる。

 そんな必殺の一閃はしかし、虚空を切った。

 

『えっ?』

 

 サイレント・マジシャンの口から思わず声が漏れる。

 確実に捉えたと思った逆袈裟切りの要領で放たれた杖は僅かに『BF—疾風のゲイル』の羽を散らすと言う結果に終わった。ノースウェムコが攻撃のモーションに入った瞬間に弾かれるように上空に飛び上がることで間一髪のところで一撃を回避したのだ。しかし、一体どうやって……

 

「トラップカード、『緊急同調』」

 

 ゾクッ

 

 全身の肌が粟立つのを感じる。

 相手の場で露わになった最後のセットカード。

 それが反撃の牙を剥く。

 

「このカードはバトルフェイズ中にのみ発動する事が出来る。そしてシンクロモンスター1体をシンクロ召喚する! 俺はレベル1のスチームトークンとレベル4の『BF—蒼炎のシュラ』にレベル3の『BF—疾風のゲイル』をチューニング!!」

 

 ノースウェムコの上空を陣取った『BF—疾風のゲイル』は更なる高みを目指さんと舞い上がる。それに惹き付けられるように『BF—蒼炎のシュラ』とスチームトークンも後を追う。

 天上に輝く三重の緑輪。

 連なる五連星がその中心に位置した時、光柱が輪を駆ける。

 眩い光が夜空を引き裂き魔法都市を揺るがす。

 只ならぬ気配を感じたノースウェムコは一瞬にして俺の目の前に戻ると、俺を守るように立ち塞がる。

 

「吹き荒べ嵐よ!」

 

 光の元に風が集まる。

 水路の水面にさざ波が立つ中、光は球体に収束していく。

 その光球は新たに命を芽吹く卵のように胎動を始める。

 

「鋼鉄の意思と光の速さを得て、その姿を昇華せよ!」

 

 魔法都市全体を大きく揺さぶる激しい暴風。

 さざ波は水路の周りに打ち跳ねる荒れ狂った波に変わり、光球は解放の時は今か今かと待ちわびるように激しく脈動を繰り返す。

 

「シンクロ召喚! 『BF—孤高のシルバー・ウィンド』!!」

 

 光が烈風によって引き裂かれる。

 夜空を照らす二つ目の月と見紛う程の輝きはさっぱり無くなり、銀の羽が空から柔らかく降り注ぐ。

 現れた巨大な黒き怪鳥の姿を纏った戦士は何も語らない。ただ、片手で軽々と振るう大太刀の切っ先をこちらに向けるだけで戦意を示す。

 

 

BF—孤高のシルバー・ウィンド

ATK2800  DEF2000

 

 

「『BF—大旆のヴァーユ』の効果で呼び出した時とは訳が違うぜ? 何せその秘めた力を存分に振るえるんだからなぁ! 『BF—孤高のシルバー・ウィンド』のシンクロ召喚成功時、相手の場のこのカードの攻撃力以下の守備力を持つモンスターを2体まで破壊できる!」

「…………」

『そんなっ!!』

「当然、『救世の美神ノースウェムコ』の守備力は1200と十分破壊圏内だ! 行くぜ!!」

 

 『BF—孤高のシルバー・ウィンド』は更に高度を上げ、天を目指す。銀の翼を存分に羽ばたかせ、瞬く間にその姿は点に見える程小さくなった。

 

 空で銀が煌めく。

 

 その時は何が光ったのかは分からなかった。

 だが、徐々に近づいてくる甲高い空気を引き裂く音、そしてだんだんと膨れ上がってくるオレンジ色の輝きがその正体を俺に掴ませた。

 高速で迫るそれは投擲された大太刀。

 上空から投げ下ろされたそれは『BF—孤高のシルバー・ウィンド』の恐るべき腕力と重力によって異常加速し、大気との摩擦熱で赤く輝いているのだ。それはさながら赤い尾を引く隕石のようだ。そして夜の闇を食破りながら進む大太刀はノースウェムコに吸い込まれていく。

 

「撃ち抜けぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」

 

 クロウが叫ぶ。

 ここを突破し勝利をもぎ取らん意思を感じる魂の咆哮。

 それに負けない轟音を響かせる大太刀は寸分の狂いも無くノースウェムコの心臓目掛けて直進する。

 最早、回避する事は間に合わない。

 

『っ……』

 

 その光景を見ていられないとばかりに目を逸らすサイレント・マジシャン。

 

 

 

 そしてノースウェムコの命を散らさんとする凶刃は

 

 

 

 ノースウェムコの左胸に引き込まれていき

 

 

 

 その切っ先が傷一つない彼女の柔肌に触れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 音も無く砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての音が静寂だけがこの場を支配する。

 砕け散った大太刀は煌びやかな赤い粒子へと変わり風に流されていく。

 同時に揺れる長いブロンドの髪。二本の足を地面につける金髪の修道女は傷一つ負う事無く健在であった。

 

『え……?』

「馬鹿な……どうして……どうして『救世の美神ノースウェムコ』は破壊されてねぇんだ!!」

 

 止まっていた時の歯車が動き出したかのように世界に音が戻る。サイレント・マジシャンは依然として俺の前に立つノースウェムコの姿を呆然と眺め、クロウは目の前で起きている事を受け止めきれず声を荒げる。

 

「手札もセットカードも無しでシルバー・ウィンドの効果を止められる訳ねぇ! 一体何しやがった!?」

「確かに俺には手札もセットカードも残されて無かった。だが、忘れたのか? それでも俺にはもう一カ所だけカードを発動する場所が残されている事を」

「っ! ……墓地か」

「そう。俺は墓地のトラップカード『ブレイクスルー・スキル』を発動したのさ。こいつは墓地のこのカードを除外する事で相手の場のモンスターの効果を無効にする事が出来る。もっともこの効果は俺のターンにしか使えないんで万能って訳でもないんだが。まぁ兎に角これにより『BF—孤高のシルバー・ウィンド』の効果は掻き消させてもらった」

「くっ……」

 

 上空から地上へと降りてきた『BF—孤高のシルバー・ウィンド』。その手には先の攻撃で使った大太刀が再生成されており一見何の変化も無いように見えた。が、着地と同時に『ブレイクスルー・スキル』により能力を無力化されたのが堪えたのか、一瞬体がふらつく。

 これでお互い全てのセットカードを使いきった。

 俺のすべてを託したノースウェムコとクロウのすべてが託されたシルバー・ウィンドのバトルを遮る無粋なカードは存在しない。正真正銘の打点と打点を競う純粋な殴り合い。本来の攻撃力ならノースウェムコの方が僅かに劣っているものの、こちらにはこのターンで引き込んだ『バウンド・ワンド』による能力強化がなされている。そのためこのバトルが成立すればシルバー・ウィンドを下す事が出来る。

 

 ドクンッ! ドクンッ!

 

 心臓が早鐘を打つ。

 熱い血が体中を駆け巡り体中が熱を帯びるのを感じる。それは体から湯気が出ているのではないかと錯覚する程だ。

 何も握られていない両手で軽く握りこぶしを作る。その手はジンワリと汗ばんでいた。普段なら不快に感じるそれも今は全く気にならなかった。

 全感覚が研ぎすまされ全身でこの戦いを感じる。それがたまらなく心地よかった。

 

 こちらから仕掛けるチャンスは一度きり。

 俺はその戦いの引き金を躊躇無く引く。

 

「バトルだ! 『救世の美神ノースウェムコ』で『BF—孤高のシルバー・ウィンド』を攻撃!!」

 

 俺の声が合図となりノースウェムコが動く。まずは牽制、白く発光する小球を三個素早く空中に生成するとそれらを一斉に発射する。シルバー・ウィンドはそれに対して大太刀を一度、二度と振るいすべて両断してみせた。

 だが、それこそがノースウェムコの狙い。その間に膝を曲げ、腰を落とし、下半身に溜めを作ったノースウェムコは一気にシルバー・ウィンドに肉薄する。そして下段に構えた杖を逆袈裟切りの要領で切り上げる。それを受けようとシルバー・ウィンドは大太刀を振り下ろすも体勢が悪い。結果、金属同士が激しくぶつかる甲高い音が響いた直後、シルバー・ウィンドの腕は大きく弾かれる形となる。

 その致命的な隙をノースウェムコは逃さない。腰に差した『バウンド・ワンド』を左手で抜き取ると瞬時に魔法を発動させる。

 

 拘束魔法。

 

 白い光のリングがシルバー・ウィンドの四肢を固定する。『バウンド・ワンド』のよって魔力がブーストされた状態で放たれたバインドは強力で、シルバー・ウィンドはその四肢を自由に動かす事は完全に封じられた。

 そしてそれがこのバトルのチェック。バインドを維持しながらノースウェムコは距離をとり右手の太陽の杖を天に翳す。すると杖の先端に白い光が集まり始める。光は球体に収束していき徐々にそのサイズを大きくしていく。

 

『すごいな……ウェムコちゃん……』

 

 ポツリとサイレント・マジシャンがそう零す。

 流れるような体捌き、戦いの中で織り交ぜられる魔術の数々。サイレント・マジシャンの言う通りそれは最上級魔術師の名に恥じない見事なもので、つい俺も見惚れてしまった。

 

「でけぇな……おい……」

 

 ノースウェムコが杖に集めた魔力球の大きさに冷や汗を流しながらクロウはそう漏らす。その大きさたるや既に直径5メートルは越しており、その輝きは間近で太陽を見ているかのようだった。

 

 ノースウェムコが杖を下ろす。

 その先を拘束されたシルバー・ウィンドに向けて。

その動きに合わせて杖の先に集められた白く輝く膨大な魔力を孕んだ光球はシルバー・ウィンド目掛けて放たれた。その移動速度が速いと言う事は無い。全力でその射線から逸れれば直撃は免れられるくらいの速さだ。ただ、強固なバインドで拘束されたシルバー・ウィンドに逃れる術は無い。

 

 結果、直撃。

 

 上から押し潰すように放たれたノースウェムコの一撃は魔法都市の地面を大きく抉りながらシルバー・ウィンドの体を飲み込んだ。地鳴りを響かせながら触れる地面すらも蒸発させていく圧倒的な破壊が振り撒かれる。

 戦闘は成立した。故にこのバトルには当然結末が訪れる。この光景から見てもこの勝負の勝者は火を見るより明らかだった。

 

 

 

 それなのに。

 

 

 

「まだだ!」

 

 

 

 地面を光球が削る轟音が響く中、その声はやけにはっきりと聞こえた。

 その声色は力強く、このバトルを微塵も諦めてない事が伝わってくる。白い輝きに遮られているせいでクロウの姿は見えないが、それでもその声だけで全く衰えていない闘志を感じた。

 そして変化は突然訪れた。

 轟音を響かせ地面を浸食していく白い魔力の塊が、突如大爆発を起こす。

 一瞬にして白一色になった戦場。何もかもを跡形も無く消し飛ばすであろう膨大な魔力の奔流。しかしその中で黒い陰が蠢く。

 

「俺は……俺は、ガキ共のためにもこんなところで捕まる訳にはいかねぇんだよぉぉぉ!!!」

『…………!』

 

 剣閃。

 それは白い破壊の嵐を真っ二つに切り裂く。

 中から飛び出したのは、この場にいるはずの無い『BF—孤高のシルバー・ウィンド』。体中の至る所に焼け焦げた跡があるが、それでもその活動は止まる事は無い。

 

「『リ・バウンド』の効果でアンタが起死回生の『バウンド・ワンド』を手札に呼び込んだように、俺も引いたぜ! あの『BF—マイン』が破壊された時に起死回生の一手をな! “BFと名のついたモンスターが戦闘を行うダメージステップ時、手札の『BF—月影のカルート』を墓地に送る事で、そのモンスターの攻撃力をエンドフェイズ時まで1400ポイントアップさせる!」

 

 シルバー・ウィンドの瞳がギラリと光る。

 そしてそれが合図だった。

 気が付いた時にはシルバー・ウィンドの振るう大太刀の間合いまでノースウェムコとの距離が詰まっていた。超スピードで行われたそれに対しノースウェムコもギリギリで反応してみせる。

 が、しかしそれは完全に反応しきった訳ではない。先程の一撃に膨大な魔力を消費したノースウェムコは技後硬直状態だったのだ。それを持ち前の反射神経でなんとか体を動かした状況。当然万全な対応など出来るはずもない。

 放たれる逆袈裟切り。それはノースウェムコが仕掛けた時と奇しくも同じ形。いや、これは先の意趣返しなのだろうか。対してノースウェムコは後ろに飛びながら咄嗟に『バウンド・ワンド』を突き出しそれを防ぎにかかる。

 衝突する互いの得物。

 勢い良く振られた太刀とそれを受けるように出された杖。

 直後、赤い光の粒が宙を舞った。

 それは『バウンド・ワンド』の先端につけられた赤いクリスタル。杖が全力で振られた剣との衝突の衝撃に耐えきれるはずも無く、それは鮮やかに砕け散っていく。

 

 

BF—孤高のシルバー・ウィンド

ATK2800→4200

 

 

 『バウンド・ワンド』を犠牲にする事でなんとかその太刀を受けずに済んだノースウェムコだが、危機を逃れきった訳ではない。後ろに跳んだノースウェムコにシルバー・ウィンドの二撃目が迫る。

 続く一撃は右上段からの袈裟切り。羽を持たないノースウェムコに空中でそれを躱す術は無い。

 

 ギィィィィン!!

 

 耳を劈くような甲高い金属の衝突音が鳴り響く。

 ノースウェムコは右手に残された太陽の長杖でその一閃を受けてみせたのだ。しかし足のつかない空中ではその衝撃を踏ん張って堪える事が出来ない。結果、車に撥ねられたかのようにノースウェムコの体は弾き飛ばされる。

 

『……!』

 

 目を見開くサイレント・マジシャンの真横を通り抜けノースウェムコは魔法都市の建物の壁に勢い良く叩き付けられた。その衝撃で建物には大きく罅が入るどころか、ノースウェムコの体がめり込んでいた。

 ダメージは大きい。彼女にはもうそこから抜け出す力は残されていなかった。

 

「止めだ、シルバー・ウィンド!! パァーフェクト・ストォォーム!!!」

 

 そして告げられる無情な死刑宣告。

 上に切っ先を向けた大太刀を中心に、空中で凄まじい速さで回転を始めたシルバー・ウィンドは文字通りの竜巻となる。その竜巻は緩やかに上昇しながらその中心をノースウェムコに向けていく。

 対してノースウェムコは今にも力尽きそうになるのを堪え、その右手に握られた杖を震えながらシルバー・ウィンドに向ける。既に先の一撃で残された魔力は少ないはず。しかしそれでも彼女は諦めず体に残された魔力を振り絞るように杖先に白く輝く魔力球を精製する。だが、やはり出来た魔力球は太陽のような輝きを見せた先の物とは比べ物にならない程小さく、牽制で放っていた拳大の魔力球に毛が生えた程度のサイズまでしか膨らまない。

 

 そうして両者最後の激突が始まった。

 

 示し合わせたかのように両者は同時に動く。

 ノースウェムコはその両手で包める程のサイズの魔力球をシルバー・ウィンド目掛けて放ち、シルバー・ウィンドはドリルのように高速回転する大太刀の先をノースウェムコに向け突撃する。

 互いの一撃の交差は一瞬だった。

 シルバー・ウィンドの正面を捉えた白い魔力球は一瞬の足止めにもなる事無く、高速回転する大太刀に弾かれ四散する。

 それが意味するのはもうシルバー・ウィンドの攻撃を阻む者は無いと言う事。

 それからは色々な音が連鎖した。

 

 

 サイレント・マジシャンが息を呑む音。

 

 

 クロウの気合いが伝わる絶叫。

 

 

 竜巻が巻き起こす風の音。

 

 

 金属同士がぶつかった甲高い音。

 

 

 そして。

 

 

 

 何かが体を貫いた鈍い音。

 

 

 

 バトルに終幕が訪れた。

 

 

 

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「おいおい。まさかこれで終わりか、“死神の魔導師”?」

 

 一人の男が呟く。

 その声には失望と言うよりも疑念の色が含まれていた。まるでこんな状況であっても“死神の魔導師”がまだ何か出来ると言うように。

 流れる雲の気まぐれか月が隠れたせいで、その男の風貌は黒い影になっている。分かるのはこの男がデュエルを斜め上から見下ろす形で見ているという事だけ。しかし距離が大きくあるせいで場に出揃っているモンスターも豆粒程の大きさにしか見えない。にも関わらず男は変化を見せる場を眺めては時折くつくつと笑い声を漏らす。

 

「いや、そうじゃねぇよな。お前もそう思うだろ?」

 

 呼びかけは夜に吸い込まれる。

 その答えを返す者はいない。その男の他に人はないのだから。

 いや、そもそもいるはずが無い。ここはサテライト。ビルの建ち並ぶシティとは違って地上を見下ろせる建物などほとんどない。セキュリティの押収品保管倉庫の周辺なら尚更だ。それなのにこの男は地上から100メートルはあろう高さからこのデュエルを眺めている。それだけで異常なのだ。

 男の足下が揺れた。そして獣のうなり声のようなくぐもった声が男の足下から聞こえる。それはまるで男の問いに応えるかのようだった。そこから推察するに男は何かの生き物に乗っているのだろう。

 だが、果たして現存する生物で人間を乗せて飛べる種などいただろうか?

 

 上空100メートルで巨大な影に乗った男が嗤った。

 

 

 

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 金属が振動する甲高い音が遠ざかっていく。

 音源であるそれは月明かりや魔法都市を照らす魔力球からの光を反射しながら宙を舞う。夜だと言うのに日の出のように黄金色に輝く太陽の杖は空を昇っていった。

 そうしてその音がついに聞こえなくなると、戦場には静けさが訪れる。先程までの激しい攻防が嘘だったかのように、今では水路のせせらぎ以外の音は消えていた。

 

『そんな……』

 

 サイレント・マジシャンの視線の先、そこにこの攻防の結果があった。

 建物の壁にめり込んだ状態のノースウェムコ。彼女と顔がぶつかりそうな程の至近距離にシルバー・ウィンドは立っていた。互いに睨み合いながら身動き一つ見せる様子は無い。

 両者の全体様子は似通ったものだ。片や魔力の爆発に巻き込まれたことで翼や体の至る所を焦がし、片や勢い良く壁に叩き付けられたことで体は傷だらけ。五体満足ではあるがそれでも満身創痍と言った状態だ。

 そんな両者だが、一点だけ大きく異なる点があった。

 それは両者の手。

 得物である太陽の杖を失ったノースウェムコの手は力なく垂れているのに対し、シルバー・ウィンドの手には未だに得物の大太刀が握られている。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 その刃はノースウェムコの胸を貫いていた。

 

 

 

 

 

 変化は突然起きた。

 ノースウェムコの足下が白く輝き始めたのだ。

 その輝きの正体は白く光る光の粒子。細かい光の粒はそよ風に流され消えていく。その光は彼女の操る魔力の光と似ていた。ただ、その光はそれと比べると酷く弱々しく、そして儚く目に映った。

 そうして光の粒子が風に流され消えていくにつれ、ノースウェムコの足先は徐々に透明になっていく。

 そう、それはノースウェムコがもう長くフィールドに留まれないと言う事、そして、それこそがこの戦いの終焉を示していた。

 

 

 

「俺の……勝ちだ!」

 

 

 

 ゆっくりとクロウは、そう口火を切る。初めは目の前の事実を確かめるように、最後は確信した事実を宣言するように力強く発せられる。その言葉は雑音の消えた魔法都市ではっきりと聞こえた。

 それに対して俺も思っている事が自然と口から零れ出た。

 

「クロウ、お前は強かった」

 

 自分の声とは思えない程、その声は気持ち良く響く。

 デュエルがいよいよ終わろうと言うのに未だに興奮は覚めやらない。本当にこのデュエルが終わってしまうのか、自分の中でもまだ実感を持てていないようだ。

 

「デッキのスペック。それを操るタクティクス。そしてデッキから力を引き出すドロー力。どれも今まで戦ってきた中でトップレベルだった」

 

 それはお世辞でもない正直な感想だ。息切れしやすい“BF”の弱点を見事補いテーマの強みを十全に引き出したクロウは間違いなく強敵だった。ここまで楽しくデュエルをしたのはジャックとの戦い以来だ。

 

「だから俺は」

 

 ノースウェムコの体は光の粒子になって消えていく。足は完全に透明になり、光の粒は腰の辺りまできている。俺にはそれを止める術は無い。

 その光景がこのデュエルの終わりに現実味を帯びさせる。

 本当は認めたく無かった。可能ならばこの熱いデュエルにずっと身を投じていたかった。だが、永遠に終わらないデュエルなど存在しない。始まりがあれば終わりも訪れる。それがデュエルだ。

 故に認めなければならない。このデュエルの終焉を。

 

 ここまで俺を支えてくれたデッキへの感謝を込めて

 

 ここまで全力でぶつかり合った相手への敬意を払い

 

 俺は宣言する。

 

 

 

「このデュエルに勝った!!」

 

 

 

 その瞬間、空が光った。

 刹那、一条の白光が天から降り注ぐ。

 その光はシルバー・ウィンドの真上に落ちた。あまりにも突然の出来事に反応すらできず、シルバー・ウィンドの姿は光に飲み込まれる。

 続いて目を開ける事も出来ない程の眩い光と共に魔法都市に今日一番の揺れが襲う。

 

『きゃあっ?!』

「くぉぁっ! なんだ!?」

 

 不意をついた閃光に俺を除く人間から驚愕の声が上がる。声こそ出さないものの俺も激しい光に目をやられないよう腕で目を覆う。直前、直視したら目を痛めそうな光に、たまらず目を隠すクロウの様子が一瞬見てとれた。

 それからたっぷり十数秒の間、その光は収まる事無く魔法都市に降り注ぎ続けた。

 

 

 

 そして、ようやく夜の暗闇が落ち着きを取り戻す。

 

 

 

 キンッ!

 

 

 

 天に跳ね上げられたノースウェムコの杖が地面に突き刺さる。

 そこは先程光が降り注いだ場所であり、シルバー・ウィンドがいた場所だった。

 そう、そこにシルバー・ウィンドの姿は無かった。

 あるのは地面に突き立てられたボロボロの杖のみ。まるでシルバー・ウィンドの墓標のようだ。

 ノースウェムコは役目を終えたとばかりにシルバー・ウィンドの後を追うように消えていく。その最期の表情は穏やかだった。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK3400→4200

 

 

「なにが……どう言うことだ……」

 

 呆然とクロウは呟く。

 

「ダメージステップ時に効果を発動したのは……お前だけじゃない。俺も発動したんだよ! 俺の仕込んだ最後のトラップカード、『スキル・サクセサー』。こいつは墓地のこのカードを除外することで、自分の場のモンスター一体の攻撃力を800ポイントアップさせる」

「なっ! ……いや、確かにそれでノースウェムコの攻撃力は4200とシルバー・ウィンドと同じ攻撃力だ。だが、シルバー・ウィンドにはまだ効果がある! 1ターンに1度、“BF”と名のつくモンスターの戦闘破壊を1度だけ無効にする効果が! それは自身にも有効だ!! なのに、なんで……」

「忘れたのか?」

「……?」

「俺の発動した『ブレイクスルー・スキル』がこのターンの間、シルバー・ウィンド全ての効果を無効にしたってことを! 無効にしたのは何もあのときの破壊効果だけじゃない!」

「っ!! ……ってことは」

「見ての通り、このバトルは引き分けだ」

「…………」

 

 それを聞きクロウは言葉を失ったようだった。そして目の前の何も無いフィールドを一通り眺める。自分のフィールド、俺のフィールド、手札、そして魔法都市を照らす魔力球の順に視線を動かすと力なく俯いた。それから肩を震わせ始めたのを見て、このデュエルを決めきれなかった事へのやりきれない想いが溢れているのかと思った。が、同時にくくくっと押し殺したような笑いが聞こえ始め、その予想が間違っていた事が分かった。それからその声は弾けたような笑いに変わった。

 

「はっ、はははっ! くくくっ! くははははっ!! つまりこれでお互い手札は全て使い果たしちまったって訳か?」

「……そうだな」

「はははっ! なんだよ、ちくしょう! 今ので決めきれたって思ったんだけどなぁ……悔しいぜ。だが、お互いの場はこれでまっさら! ってことは俺が次のターン攻撃力400以上のモンスターを引けば、俺の勝ちって訳だな?」

「いや……」

「あん?」

「言ったはずだ。“俺はこのデュエルに勝った”と」

 

 何も無いはずの場に小さな赤い光が灯る。

 その数は全部六つ。

 輝きは時間が経つと共に増していく。

 

「な、なんだ?」

 

 相手の理解を置き去りに事は進む。

 赤い光の点は互いに繋がるように光の線を伸ばしていく。

 描き出された図形は六芒星。

 赤い光によって作られたそれは、一際強い輝きを放つと中心に黒い穴が出来上がる。夜の闇よりも深く底の見えない穴。

 底から顔を出したのは金縁に紺のクロブーク。続いて流れるようなブロンドのロングヘア、人形のように整ったパーツで出来た綺麗な相貌が現れる。双肩の肌が露出させる作りの紺ベースにくすんだ金の文様が描かれた上半身衣装、同色の二の腕でまで隠れる長い手袋とロングスカートをを纏い、黄金で作られた太陽の杖を持つ女性。それは先の戦闘でフィールドから消えたノースウェムコだった。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

「馬鹿な!? どうして『救世の美神ノースウェムコ』がお前の場に?!」

「装備魔法『バウンド・ワンド』にはもう一つの効果があった。装備対象モンスターが相手によって破壊された時、そのモンスターを墓地から特殊召喚すると言う効果がな」

「なっ!? それじゃあ……」

「あぁ……終わりだ」

 

 驚愕で見開かれるクロウの瞳。

 それに対して短くはっきりと、このデュエルの終わりを告げる。

 

「『救世の美神ノースウェムコ』でダイレクトアタック!」

 

 ノースウェムコが掲げた杖に光が集まる。

 その大きさは『バウンド・ワンド』を装備し能力を上げていた時よりは小さい。ただ、遮るものも何も無いこの場において、攻撃力2700を誇るノースウェムコの攻撃は相手のライフを削りきるのに十分過ぎる威力だ。

 ノースウェムコは静かに杖を振り下ろす。

 それがこのデュエルの幕を下ろす最後の一撃だった。

 

「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!!」

 

 

クロウLP2000→0

 

 

 

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 魔法都市のソリッドビジョンが消え、セキュリティの押収品倉庫前は薄暗く静まり返っていた。

 今の今まで戦っていたクロウは両膝を地につき項垂れている。

 

「くそっ! 負けだ、負けだ! 後は煮るなり焼くなり好きにしやがれ!!」

 

 覚悟を決めたのかクロウはその場で胡座をかき、やけくそ気味にそう叫ぶ。その表情からは悔しさが滲み出ていたが、それでもデュエル開始前に自分で言った事は曲げないあたりデュエリストとしての潔さを感じる。

判決が下されるのを待つ被告人のように頭を垂れるクロウに俺はこれからの事を淡々と告げた。

 

「勘違いしているようだが……」

「……?」

「俺はあくまで『デュエル屋』。依頼を受け、依頼主が望む場所で、依頼主が望む相手をデュエルで倒すのが俺の仕事だ。今回の依頼はここに侵入しようとする輩をデュエルで倒す事であって、コソ泥を捕らえるのは管轄外だ。帰りたければ帰るが良い」

 

 俺の答えに対し目を見開くクロウ。まるで俺が言った事が心底理解できないと言うように。

 

「……良いのか?」

「良いも何も俺はセキュリティじゃない。一般市民としてコソ泥を捕らえる権利はあるが、捕らえる義務は無い。流石に今のデュエルで俺は疲れた。お前がまだここに入ろうとするならもう一度デュエルをする事になるが、そのつもりが無いなら俺は何もせんよ。何せ捕まえる体力が残っていないからな。つまりここにセキュリティがいるのであれば話は変わるが、いない以上お前が逃げても止めるものはいないって事だ」

「すまねぇな……」

「気に病む事はない。たまたま俺の仕事の範疇を超えていただけだ」

「そうじゃねぇ……カッとなったとは言え、セキュリティの犬なんて言っちまったことだ。このデュエルを通して、あんたのデュエルに対する想い、確かに伝わってきたぜ。言葉にはしてねぇが、あんたにも事情があるんだろ? それを何も知らねぇくせにプライドがねぇだの好き勝手言っちまって……悪かった!」

 

 立ち上がってそう言うと頭を下げるクロウ。

 謝罪をされる事自体に慣れない感じがして内心戸惑っていた。そこで、そう言えばちゃんとした謝罪を受けるのもずっと無かった事だと気が付く。

 

「……律儀なヤツだな。だが、それこそ気にも止めてない事だ。それより早くいかねぇとセキュリティが戻ってくるぞ?」

「あぁ、どうやら借りが出来ちまったようだな。この借りはいずれしっかり返させてもらうぜ! あばよ!!」

 

 それだけ言うとクロウはこの場から走り去っていった。それからDホイールのエンジンの音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 

 貸しにしたつもりは無いんだがな……

 

 当然、俺の心の呟きを聞く者はいない。

 

『あの、マスター?』

「ん? なんだ? って着信かよ。悪いが話は後だ、サイレント・マジシャン。 もしもし?」

【おい、てめぇ!!】

 

 端末に入った着信に対して応答した途端、野太い怒声が耳を貫く。予想通りの反応とは言え、いきなり怒声を浴びせられるのは気分が良いものではない。僅かに声色が刺々しくなるが、相手が相手だけにそれを隠す気もなかった。

 

「……いきなりデカい声出すなよ、おっさん。何かあったのか?」

【何かあったのかじゃねぇ! 一体どう言うことだ?! カラス野郎のDホイール反応がそっから遠ざかっていくじゃねぇか!! テメェまさか負けやがったのか?!】

「いや、依頼通りクロウにはデュエルして勝った」

【嘘つきやがれ! じゃあなんでアイツの反応がそっから離れてくんだ!】

「デュエルに勝ったは良いんだが、逃げられた。それだけの事だ」

【それだけの事って……てめぇ、肝心なとこで大ヘマこきやがって、よくもまぁ堂々と出来るなぁ、おい。覚悟は出来てるんだろうな?】

「覚悟? 何の話だ?」

【舐めた野郎だ。減俸だ! げ! ん! ぽ! う! 標的逃がしといて全額報酬受け取れる訳ねぇだろ!!】

「おいおい、勘違いしてねぇか? 俺は『デュエル屋』。あくまで今回の依頼はここに侵入しようとする輩をデュエルで倒す事。捕縛は俺の仕事には含まれて無い。そもそも本来ならここにいるはずだったセキュリティの誰かさんが、なぜかここにいねぇんだ。それなのに逃げられたのが俺の責任ってのはお門違いな話だろ?」

【まさか! てめぇ、最初からそのつもりで……】

「最初からそのつもりも何もおっさんがいなかったら逮捕だって出来ねぇよ。それに俺が捕まえる手柄まで取っちまって良かったのか?」

【ぐっ……それは……】

「今日は無事倉庫を守れただけでも十分だろ。話す事は以上なら切るぞ? とっとと向こうまで送ってくれ」

【おい、待て! スピードワールドの効果でエンジンがまだ――――】

 

 おっさんはまだ何か言いかけていたが、構わず通話をオフにする。向こうの様子から察するに、こちらに来るのは当分時間がかかりそうだ。サイレント・マジシャンと話す時間が出来たと思えば丁度良いか。

 

「それで? さっき何か言いかけてたな」

『その前に……良かったのですか?』

「何がだ?」

『今日のデュエルの相手は投降の意思を見せていました。捕まえようと思えば捕まえられたのでは?』

「……良いんだよ、あれで」

『ですが、少なくない追加の報酬も請求できたはず。そうしたらマスターの目標にまた近づけたのでは?』

「確かにそうだろうな。だけど俺が捕まえちまったらセキュリティのメンツが完全に丸潰れになる。今後も関わっていく相手である以上、下手に幅を利かせすぎるのは良く無いのさ。それこそ大きな組織とのやり取りで出る杭は打たれるってのは、すでに経験済みだろ?」

『そうでしたね……』

 

 サイレント・マジシャンの表情が苦いものになる。あの雨の日に巻き込まれた銃撃戦を彼女も思い出しているのだろう。その表情もすぐに元に戻った。

 

『マスター。今日のデュエル、楽しかったですか?』

 

 その問いの答えを彼女は知っているはず。何せデュエル中に俺が盛大に笑ってみせたのだ。分かっていないはずが無い。つまりこの会話には意味が無い。意味が無いはずなのだが、なぜかこれはとてつもなく大事な事のような気がして……

 

 

 気が付けば、俺は素直に返事をしていた。

 

 

「あぁ、楽しかったよ」

『そうですか、それなら良かったです』

 

 俺の答えを聞くと、サイレント・マジシャンはそれがまるで自分の事のように嬉しそうに笑った。その笑顔を見ると、こちらもまた喜びがぶり返してくるような感じがする。

 

 この日を境に彼らの心の距離はまた少し縮んでみせた。

 こうしてカラスと呼ばれたデュエリストとの激闘は終わったのだ。

 


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