遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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『デュエル屋』と休日 後編

サイレント・マジシャンLP3200

手札:1枚

場:『バスター・ブレイダー』、『ブラック・マジシャン・ガール』

セット:魔法・罠4枚

 

 

八代LP3200

手札:3枚

場:『竜魔人キングドラグーン』、『ガード・オブ・フレムベル』、『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』(『フェルグラントドラゴン』装備)

セット:魔法・罠1枚

 

 

 しばらくするとサイレント・マジシャンは木のお盆を抱えて戻ってきた。お盆の上には八分目まで緑茶が注がれた二つのグラスと緑茶の入ったガラスポット、そして煎餅を乗せられている。飲み物を持ってくると言ってそれに合わせたお菓子まで持ってきてくれるあたり、やはり彼女は気が利く。

 こうして折角サイレント・マジシャンが飲み物を取ってきてくれたので、それをありがたく頂く事にした。まずは衣装ケースの隣の床に置かれたお盆からコップをとり口の中を水分で潤す。

 

「ありがとな」

 

「…………はい」

 

 しかしサイレント・マジシャンは先程の件がまだ尾を引いているらしく、返事の声はしおらしかった。そんなサイレント・マジシャンを見つめているとますます恥ずかしそうにモジモジしてしまうので、コップをお盆に戻しぼちぼちターンを進める事にする。

 立ちはだかるのは攻撃力5000を超える『バスター・ブレイダー』と四枚のセットカード。相手にとって不足はない。願わくばここで魔法・罠に対抗する何かを引き込みたいところだ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 しかし残念な事に引いたカードは相手のセットカードの数を削れるようなものではない。そういう結果に終わってしまった以上は覚悟を決めてこちらの出来得る手を尽くしていくしか無い。そう、まずはこの『バスター・ブレイダー』を突破するために!

 

「レベル7の『竜魔人キングドラグーン』にレベル1の『ガード・オブ・フレムベル』をチューニング。シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』」

 

 場の『竜魔人キングドラグーン』と『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に移動させて新たにエクストラデッキの『スクラップ・ドラゴン』を場に出す。これが俺の選んだこのターンの始まりの一手目だ。強敵とぶつかった時にいつも俺の力となってくれる汎用性の高い除去効果を持つドラゴン族シンクロモンスター。まずはこの召喚が通るかがこのターンの勝負の鍵だ。

 

「ドラゴン族モンスターが新たに場に出てきたので『バスター・ブレイダー』の攻撃力がさらに500ポイントアップします」

 

「……!」

 

 表面的な意味を取れば自分に有利に働いたように思える。だが、裏の意味を取ればつまりこの『スクラップ・ドラゴン』の召喚に対する妨害は無いと言う事だ。この召喚が通った事で『バスター・ブレイダー』攻略への道が一歩切り開けた。

 

 

スクラップ・ドラゴン

AYK2800  DEF2000

 

 

バスター・ブレイダー

ATK5600→6100

 

 

 サイレント・マジシャンは盆の上に乗った一枚一枚包装された醤油煎餅を取り出し、丁寧に八等分に割ってからそれをちびちびと食べながらも、俺の次の手を伺っている。この状況を前にしてもこの余裕。あの四枚のセットカード、間違いなく何かがある。果たしてこの『スクラップ・ドラゴン』の効果をすんなり通してくれるかどうか……

 

 ドクンッ

 

 これだ。こう言った一瞬一瞬の駆け引きが俺を激しく昂らせるのだ。

 熱い血潮が滾ってくるこの感覚を心地よく思いながら俺は次の手を進める。

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。1ターンに1度、自分の場のカード1枚と相手の場のカード1枚を選択してそのカードを破壊する。俺が選択するのは装備カードとなった『フェルグラントドラゴン』と『バスター・ブレイダー』」

 

「……通ります」

 

 通るのか!?

 一瞬の生まれた間にヒヤリとしたが、その後あっさりと墓地へ運ばれていく『バスター・ブレイダー』のカードを見て内心驚いていた。『竜魔人キングドラグーン』をシンクロの素材に使ってしまったため、既に相手はドラゴン族をモンスター効果、魔法、罠の対象にする事が出来る。セットカードが四枚も並んでいるのだから、なんらかの妨害があって当然と思っていただけに肩すかしを食らった気分だ。だが、阻む物が無いならば後はこちらのすべてをぶつけるだけだ。

 

「永続魔法『一族の結束』を発動。このカードは墓地のモンスターの元々の種族が一種類の場合、自分のフィールドのその種族のモンスターの攻撃力を800アップする。俺の墓地にはドラゴン族モンスターしかいないため、俺の場のドラゴン族モンスターの攻撃力は800ポイントアップする」

 

 このデッキにはドラゴン族以外のモンスターは『竜魔人キングドラグーン』の融合素材の『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』と、まだデッキに眠っている融合素材代替カード『融合呪印生物-闇』のみ。デッキの九割がドラゴン族で構成されているため、ピン挿しとは言え『一族の結束』が手札にくれば効果を使える事が多い。

 

 

ドラグニティアームズ-レヴァテイン

ATK2600→3400

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800→3600

 

 

 攻撃力3000以上のモンスターが二体も並ぶと言うのは随分と気持ちの良いものだ。大昔に使っていた頃の風景が一瞬脳裏に浮かぶ。大型モンスターが場に並びフィールドを制圧するデュエル。そんなデュエルは魔法使いデッキでは出来ないものだ。だがだからと言って普段使っている魔法使いデッキを不満に思った事は無い。魔法使いデッキには小回りの利く動きが出来る良さがある。

 少し思考が逸れた。サイレント・マジシャンが煎餅を噛むぽりぽりと言う音が意識をこのデュエルに引き戻した。サイレント・マジシャンの場には守備表示の『ブラック・マジシャン・ガール』とセットカードが4枚。このバトルが全て成立するならば俺の勝利だ。ただここからは『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の装備カードとなっていた『フェルグラントドラゴン』も無くなってしまったため、効果破壊に対する保険も無い。

 サイレント・マジシャンの余裕の正体はまさか『聖なるバリア -ミラーフォース-』でも伏せてるのか? 

 いや、たとえそう強力なカードで無くても、彼女はこのターンの俺の攻撃を受けきる自信があるカードを伏せているのは間違いない。サイレント・マジシャンの守りの手が一枚上手か、それとも俺の攻めの手がそれを上回るか。まったりとした雰囲気のデュエルの中、程よい緊張が俺の気持ちを昂らせていく。

 覚悟を決めバトルの狼煙を上げた。

 

「バトルだ。『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』で『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃」

 

 俺の先鋒は『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』。攻撃力は当然『ブラック・マジシャン・ガール』を超えており、このまま攻撃を控える『スクラップ・ドラゴン』に繋げられれば俺の勝利だ。

 しかし、やはり予想した通りサイレント・マジシャンの仕掛けた罠が俺の攻撃を阻んだ。

 

「攻撃宣言時、トラップカード『ピンポイント・ガード』を発動します。効果で墓地のレベル4以下のモンスターを守備表示で特殊召喚します。私が特殊召喚するのは『熟練の白魔導師』。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン戦闘でもカード効果でも破壊されません」

 

 守備表示のモンスターで守りを固めてきたか。

 墓地の真ん中ぐらいから守備表示で『熟練の白魔導師』が取り出される。

 

 

熟練の白魔導師

ATK1700  DEF1900

 

 

 なるほど、『ピンポイント・ガード』で『熟練の白魔導師』の蘇生とは良い手を使う。このターン確実に『熟練の白魔導師』を守りきった後、次のターン魔力カウンターを溜めきればまた『バスター・ブレイダー』を復活させる事が出来る。しかしサイレント・マジシャンの手札は1枚。次のターンのドローを含めても手札は2枚だ。魔力カウンターを溜めきるには些か手札が足りない。

 だが、ここで同じ魔法使い族デッキを使っている俺には分かった。彼女は魔力カウンターを乗せきる算段が全く無くて『熟練の白魔導師』を蘇らせるような事はしない。あの3枚のセットカードの内の1枚は、フィールド上の魔力カウンターを増やすカード。そう、恐らく1枚は永続トラップの『漆黒のパワーストーン』だろう。

 サイレント・マジシャンは絶対的な壁を場に出した事で確実にこのターンのバトルを凌ぎきれると確信し、煎餅を食べる余裕を見せている。事実戦闘でもカード効果でもこのターン破壊されない壁モンスターを場に出しておけば、そのターンダイレクトアタックを受けるような事はほとんどないだろう。しかし見くびられたものだ。それで俺の攻撃を受け止めきれると思ったのなら、それは甘い。

 

「バトルは続行。『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』で『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃。この瞬間、永続トラップ『竜の逆鱗』発動。ドラゴン族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手のライフに戦闘ダメージを与える」

 

「んふっ?! しゃ、させません! ダメージ計算時にトラップ『ガード・ブロック』を発動します。その戦闘で発生するダメージを0にし、デッキからカードを1枚ドローします!」

 

 突然の貫通効果に軽く咽せるサイレント・マジシャン。焦って噛んでいるがこのゲームエンドに繋がるダメージを0にするあたり強かである。流石に4枚のセットカードのうち1枚しか防御札が無いなんて事はなかったようだ。さらに手札が増えた事で『熟練の白魔術師』に魔力カウンターを乗せる魔法カードを加えた可能性が高まった。

 

「凌がれたか。続けて『スクラップ・ドラゴン』で『熟練の白魔術師』を攻撃」

 

「くっ……そのまま受けます」

 

 だが流石に二度目の攻撃まで凌ぐカードは無かったようだ。守備力1900と決して少なく無い防御ステータスを持つ『熟練の白魔導師』であっても、3000オーバーの攻撃力を持つドラゴンの前ではそれを防ぎきる事など叶わない。これで拮抗していたライフポイントは一気に優位に立った。

 

 

サイレント・マジシャンLP3200→1500

 

 

 しかしやはり4枚のセットカードがあったらゲームエンドまでは持ち込めないか。電卓を弾きながら考える。次のターンを迎えると言う事はほぼ間違いなく『熟練の白魔術師』の魔力カウンターを溜めきって『バスター・ブレイダー』を出してくるだろう。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 新たに加えたこのカードを含め3枚のセットカードでその攻撃を止めきれるか。それが次のターンの勝負所だ。

 丁度煎餅を食べきったサイレント・マジシャンは衣装ケースの上に置いた手札を手に持ち動き始める。

 

「私のターン、ドロー」

 

 サイレント・マジシャンのターンが始まったと言うのに、彼女が美味しそうに煎餅を食べる様子を見ていたせいで、なんだかこちらも煎餅を食べたくなってしまった。手札も丁度尽きていた事だし、一枚一枚包装された煎餅を一つ取り出し食べる事にする。包装を破くと仄かに醤油の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、口の中にジンワリ唾液が溢れてくる。一口それを齧ると予想していた通りのパリッという渇いた歯ごたえと醤油の独特の塩気の聞いた旨味が口一杯に広がった。

 

「マジックカード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を除外します。除外するのは『ブラック・マジシャン』です。さらにマジックカードを発動した事により『熟練の白魔導師』魔力カウンターを1つ乗せます」

 

 ここに来て手札の枚数を変えずに魔力カウンターを溜める事の出来る『闇の誘惑』を使ってくるか。

 サイレント・マジシャンは魔力カウンターとして使っていたカードの『魅惑の女王LV7』を『熟練の白魔導師』の下に重ねる。その時やはりなぜだか『魅惑の女王LV7』を見る時の目が座っていたような気がした。

 

 

熟練の白魔導師

魔力カウンター 0→1

 

 

 新たに加わった手札に視線を落としたサイレント・マジシャンは一瞬だが笑みを浮かべた。どうやら良いカードを手札に加えたらしい。これは煎餅など食べている場合ではないかもしれない。だが、そう思っても手は止まらず、無意識のうちに二口目を食べてしまっていた。なかなかどうしてお醤油屋さんが作った醤油煎餅と言うのは侮れないものだ。先程のサイレント・マジシャンの手が止まらなかった理由が少し分かった気がする。

 

「さらに永続トラップ『漆黒のパワーストーン』を発動します。発動後にこのカードに魔力カウンターを3つ乗せます」

 

 やはり俺の予想した通り残り2枚のセットカードの内の1枚は『漆黒のパワーストーン』だったか。魔力カウンターとして『漆黒のパワーストーン』の下には『マジシャンズ・ヴァルキリア』、『魔轟神グリムロ』、『救世の美神ノースウェムコ』の3枚が重ねられる。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 0→3

 

 

 残る不明のセットカードは1枚。先のターン発動してこなかった事を見るに、こちらを妨害する札ではなく自身に影響がある札であると考えられる。ただその選択肢も攻撃力変化系、特殊召喚系、ドロー系など幅広い。そのどれかを読むのは厳しいところだが、いずれの場合にしてもこのターン内で発動される可能性が高い。警戒が必要だ。

 

「そして1ターンに1度、このカードの魔力カウンター1つを他のカードに移せます。この効果でさらに『熟練の白魔導師』に魔力カウンターを乗せます」

 

 『漆黒のパワーストーン』の下の『マジシャンズ・ヴァルキリア』のカードが『熟練の白魔術師』の下に移動させられる。これは伏せられていると分かっていたとは言え処理する手が無かったための予定調和だ。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 3→2

 

 

熟練の白魔導師

魔力カウンター 0→2

 

 

 これで魔力カウンターが二つ乗った『熟練の白魔導師』だが、最後の魔力カウンターを一体どんなカードを使って乗せてくるのだろうか。無論、手札の魔法カードが枯渇していてくれると此方としてはありがたいのだが、この状況でその可能性が存在すると考えるのは楽観的過ぎる。俺の直感は間違いなくこのターンに『バスター・ブレイダー』が出てくると警鐘を鳴らしていた。

 

「マジックカード『アームズ・ホール』を発動します。デッキトップのカードを1枚墓地に送る事でデッキまたは墓地から装備魔法を1枚手札に加えます」

 

「まぁ……あるよな」

 

 この魔法カードのデメリットは通常召喚権をこのターン使えないと言う事だ。ただこのターン『バスター・ブレイダー』まで繋げることができれば、サイレント・マジシャンに通常召喚などいらないだろう。

 そしてデッキトップのカードがコストで捲られ墓地に送られる。“ブラック・マジシャン”デッキならば墓地に送ってメリットがあるのは『ブラック・マジシャン』ぐらいだろう。一瞬でもそんなことを考えた時点でそれはフラグだったらしい。

 

「なっ! ここで『スキル・プリズナー』が落ちるか……」

 

「ふふっ、ラッキーです。私はデッキから『ワンショット・ワンド』を手札に加えます。そしてまた『熟練の白魔術師』に魔力カウンターが乗ります」

 

 デッキから加えられたのは俺もよく使用している魔法使い族専用の装備魔法『ワンショット・ワンド』。『バスター・ブレイダー』は戦士族なので使用する事は出来ないが、『熟練の白魔術師』に魔力カウンターが三つ溜まった時点でこのターンのサイレント・マジシャンの最大の戦略目標は果たされた。

 『久遠の魔術師ミラ』のカードが『熟練の白魔導師』の下に重ねられ、これで3枚のカードが『熟練の白魔導師』に置かれた。

 

 

熟練の白魔術師

魔力カウンター 2→3

 

 

 さらに悪いのは『アームズ・ホール』の効果で墓地に送られたトラップカード『スキル・プリズナー』。こいつは墓地に送られた自身を除外する事で、指定したカードを対象にしたモンスター効果をそのターンの間無効化する事が出来る。つまり『スクラップ・ドラゴン』の効果で『バスター・ブレイダー』を破壊しようにもそれを防がれてしまうのだ。このターン『スクラップ・ドラゴン』を守りきる算段はつけていたが、『バスター・ブレイダー』攻略には別の手を考えねば……

 『魅惑の女王LV7』、『マジシャンズ・ヴァルキリア』、『久遠の魔術師ミラ』の3枚を下に重ねた『熟練の白魔術師』が死神に見える。『バスター・ブレイダー』が出て、さらに手札が3枚残っているのが恐ろしい。まだその内の1枚が『ワンショット・ワンド』であるとわかっているのが唯一の救いか。

 

「魔力カウンターが3つ乗った『熟練の白魔術師』をリリースして墓地から『バスター・ブレイダー』を特殊召喚します」

 

 魔力カウンターとして使っていたカードを再び衣装ケースの端に戻し、場の『熟練の白魔術師』の位置と墓地の『バスター・ブレイダー』の位置が入れ替えられる。ドラゴン族モンスターの枚数は前のターンから変わらず7枚。よってその攻撃力は3500ポイントアップする。

 

 

バスター・ブレイダー

ATK2600→6100  DEF2300

 

 

 攻撃力6100とは全く以て洒落にならない数値だ。此方のモンスターの最大攻撃力である『スクラップ・ドラゴン』の3600という戦闘力を以てしても攻撃を受ければ2500のダメージが通る。4000のライフポイント制においては致命的なダメージだ。まして攻撃力3400の『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』を叩かれれば、残りライフ3200の身としてはライフを500まで削られる事になりかすり傷も許されなくなる。ここまででも内心冷や汗ものだと言うのに、セットカードに既に手をかけているサイレント・マジシャンは追撃の手を緩める気は無いようだ。

 

「トラップカード『奇跡の復活』を発動。場の魔力カウンターを2つ取り除く事で墓地から『ブラック・マジシャン』または『バスター・ブレイダー』を特殊召喚します。私は『漆黒のパワーストーン』の魔力カウンター2つを取り除いて墓地の『ブラック・マジシャン』を特殊召喚します。そして魔力カウンターが無くなった『漆黒のパワーストーン』は破壊されます」

 

 最後のセットカードは『奇跡の復活』か。魔力カウンター関連のカードではあるが、“ブラック・マジシャン”デッキ専用のサポートカードであるため思考の枠から外れていた。

 『漆黒のパワーストーン』に乗せられた魔力カウンターとしてのカードも端に寄せられ墓地ゾーンから『ブラック・マジシャン』が場に戻される。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 2→0

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500  DEF2100

 

 

 しかしこのタイミングで攻撃力2500の『ブラック・マジシャン』の蘇生……

俺の場で一番低い攻撃力は『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の3400にすら届いていないモンスターを呼び出す意味は一見無いように思える。だが、『バスター・ブレイダー』と『ブラック・マジシャン』の二体が場に並ぶとなると話が変わってくる。嫌な方向にこのデュエルが流れ始めたのを肌で感じていた。最後の一口になった煎餅を口に入れながらも思った。

 まさか来るのか……?

 

「そしてマジックカード『融合』を発動。場の『ブラック・マジシャン』と『バスター・ブレイダー』を融合して『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を特殊召喚します」

 

 場の『バスター・ブレイダー』と『ブラック・マジシャン』のカードが墓地に置かれると、サイレント・マジシャンの場の中央に彼女のデッキの中で最強のモンスターが現れる。竜破壊の剣士と黒魔術を極めた魔術師。その二人の力を併せ持ったこのモンスターは魔術師の中でもトップ10に入る最上位クラスの実力者だ。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK2900  DEF2400

 

 

 衣装ケースに置かれただけの唯のカード。そのはずなのに、ビリビリとした異様な威圧感を感じる。まるで剣の刃を首筋に当てられているようなそんな感覚だ。

 

「『超魔導剣士-ブラック・パラディン』は『バスター・ブレイダー』の効果を引き継いでいます。相手の場、墓地のドラゴン族モンスター1体につき攻撃力が500ポイントアップします」

 

 

 そして事実このモンスターの持つ剣は俺のデッキのドラゴンを狩るために研ぎすまされた最強の剣だ。その破壊力は『バスター・ブレイダー』の持つ剣を上回る。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK2900→6400

 

 

 また上がったのは攻撃力だけじゃない。黒魔術を極めた最上級魔術師と融合した事により、手札のカードを捨てる事で魔法の発動を無効化する事が出来る能力を得ている。俺の手札が0枚の今、これが意味するのはサイレント・マジシャンがこのターン手札を1枚でも残してターンを終了すれば、俺が魔法カードを引いた場合その手札を封殺する事が出来るという事だ。そしてサイレント・マジシャンは十中八九その手札を確保しておくことだろう。なぜなら……

 

「さらに『ワンショット・ワンド』を『超魔導剣士-ブラック・パラディン』に装備します。効果で攻撃力が800ポイントアップです」

 

 装備魔法『ワンショット・ワンド』。その効果は装備対象の魔法使い族の攻撃力を上昇させるだけでなく、装備モンスターが戦闘を行ったダメージ計算終了時にこのカードを破壊する事で1ドローに繋げる事が出来る。この効果を使えばたとえサイレント・マジシャンがまだ残っている1枚の手札をここで使ったとしても、手札を1枚は残す余裕ができる。状況は絶望的だ。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK6400→7200

 

 

 攻撃力7000オーバー。そんな攻撃力のモンスターと対峙するのはジャックとの戦い以来だろうか? 

 あの心の底から燃え上がったデュエルを思い出す。

 そうだ、あの時だって俺は目の前に立ちはだかる強大な敵を打ち倒したんだ。まだ手は残っている。幸い如何に『超魔導剣士-ブラック・パラディン』と言えどもトラップカードまでは無効にする事は出来ない。この布陣ならばこのターンの攻撃は一度なら凌ぐ事が出来る。次のターンのドローに繋ぎさえすれば、まだ手は残されている。

 サイレント・マジシャンは最後の手札にゆっくりと手をかける。そしてそのカードこそが今度は俺の読みの甘さを痛感させる1枚だった。

 

「1000ポイントのライフを支払ってマジックカード『拡散する波動』を発動します。自分の場のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択し、このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスター全てに1回ずつ攻撃します」

 

「なっ!?」

 

 まるで後頭部を背後から殴られたかのように思考に一瞬の空白が出来る。予想もしていなかったカードの登場に、思わずサイレント・マジシャンの発動したカードを二度見した。彼女は俺のそんな様子も気にせず電卓を一人手に取り、自分のライフを1000ポイント引いていた。

 

 

サイレント・マジシャンLP1500→500

 

 

 『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力は7200。攻撃対象が俺の場の最高攻撃力3600を持つ『スクラップ・ドラゴン』だとしても、3600ものダメージが俺のライフを削り、ライフを0まで削りきっていく。しかしこのセットカードでは俺が攻撃を凌げるのは一度のみ。何か手は無いか、脳をフル回転させこれからの攻撃を防ぐ手だてを考える。手には汗がジンワリと滲んでいた。

 

「行きますよ。『超魔導剣士-ブラック・パラディン』で『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』に攻撃」

 

 無情にも思考の間に攻撃宣言は行われた。サイレント・マジシャンは勝利を確信した笑みを浮かべている。

 

 まだ終わらん! 

 

 このデュエルを諦めない俺の執念がついに一筋の光明を見出す。この一撃を耐え得るための計算がギリギリで間に合った。

 

「ダメージステップ時、永続トラップ『竜魂の城』を発動! 1ターンに1度、自分の墓地のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、自分の場のモンスター1体を選択する。そして選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップさせる。俺は墓地の『仮面竜』を除外し『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の攻撃力を700ポイントアップする」

 

 上昇値は700。よってその攻撃力の差は3100まで縮まり、これで俺の残りライフ3200をギリギリで残せる数値になった。これは『超魔導剣士-ブラック・パラディン』に対抗する根本的な解では無く、この場をやり過ごすための延命措置に過ぎない。当然、バトルの成立により『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』は墓地に送られる。そしてダメージ計算の処理として電卓を弾きダメージ分のライフを削る。

 

 

ドラグニティアームズ-レヴァテイン

ATK3400→4100

 

 

八代LP3200→100

 

 

 危なかった。この一瞬の攻防だけで心臓が早鐘を打っている。ギリギリのところだが、それでもここでこの一撃を凌ぎきったのはデカい。体中からこの戦闘だけで汗がどっと溢れたような気がする。

 

「マスター、計算を間違えていますよ?」

 

「ん? どうしてだ?」

 

「墓地のドラゴン族モンスターが『竜魂の城』の効果で除外されたせいで、私の『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力は500下がってます」

 

「あっ、忘れてた」

 

「だからマスターのライフはこうですね」

 

 そう言いながらサイレント・マジシャンは電卓の値を直してくれた。

 しかし焦ってたとは言え『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力の変化を見落とすとは俺もまだまだだな。今回は良い方向のミスだったから良かったものの、デュエルディスクでのデュエルで計算をしくじればそのミスで敗北する事になりかねない。より一層の精進が必要なようだ。

 

 

八代LP100→600

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK7200→6700

 

 

 ライフが100から600になったが、状況としてはその変化などあって無いようなものだ。攻撃力が下がっても未だに攻撃力6700と言う圧倒的な力の前では、その戦闘の余波だけで俺のライフなど消し飛んでしまう数値に変わりはない。次のターンに繋ぐ事、それさえ出来れば残りライフが1だろうが600だろうがどうでも良かった。

 

「これを耐えるとは流石マスターです。だけどこれで! 『超魔導剣士-ブラック・パラディン』で『スクラップ・ドラゴン』に攻撃」

 

 俺の苦肉の策を最後の悪足掻きだと思ったのか、サイレント・マジシャンはこの一撃ですべてを終わらせるつもりでの攻撃宣言をした。しかし生憎だがこちらは防御札の本命をまだ残している。

 

「トラップカード『陰謀の盾』を発動。発動したこのカードは装備カードとなり選択したモンスターに装備される。そして装備モンスターが表側攻撃表示で存在する限り、1ターンに1度だけ戦闘では破壊されず、さらに装備モンスターの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる」

 

「まだ手を残してたんですか!?」

 

「あぁ、悪いがもう少し付き合ってもらうぞ」

 

 俺の発動した『陰謀の盾』によって結局最後の戦闘でのダメージは0。『拡散する波動』の効果を受け俺の場のモンスター全てに攻撃が可能となった『超魔導剣士-ブラック・パラディン』と言えども、俺の場の攻撃対象となるモンスター全てに攻撃をしてしまった後は俺のライフを削る事は出来ない。手札の尽きているサイレント・マジシャンはここで出来得る手は二つしか無い。『ワンショット・ワンド』の効果を使うか、使わないか。ここでその効果を使わなければ俺に自動的にターンが回ってくることになるが、おそらくサイレント・マジシャンは……

 

「ダメージ計算後『ワンショット・ワンド』の効果を発動。このカードを破壊してデッキからカードを1枚ドローします」

 

 当然効果を使ってくるだろうな。このドローで俺のライフを削りきるカードを引く可能性もあるし、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の魔法カードの発動を無効化する能力を使うにしても1枚の手札コストが必要だ。そのドローのために『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力が800下がろうとも痛くも痒くもないところだろう。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK6700→5900

 

 

「…………」

 

 ドローした1枚のカードをサイレント・マジシャンは真剣な表情で見つめ、何かを考えているようだ。ここで迷うとなると、恐らく引いたのは妨害系のセットカード。ここでそれをセットして俺の動きに備えるか、そのまま手札を温存して俺の魔法カードの発動を封殺するかの二つで迷っているのだろう。こればかりは俺も予想する事は難しい。判断材料となる引いたカードが何なのかによってここでどう動くかは変わる。

 

「……これでターンエンドです」

 

 最後にサイレント・マジシャンが出した結論は後者だったようだ。となるとここで俺が次のターン引くカードが魔法カードだった場合、そのカードは死に札となる事が決まった。

そして恐らくこのターンが俺に巡ってくる最後のチャンス。このターンで決めきれなければ、サイレント・マジシャンは俺の場のモンスターを攻撃し続ける事でカードの消費無しでモンスターを破壊し続けるのに対し、俺は壁モンスターを作るために手札を消費してしまいジリ貧になる。

 このドローがラストドローなのだ。しかしここで引くべきカードのビジョンは見えてこなかった。即効性のある魔法カードは封殺され、トラップカードではセットしてから発動するまでに1ターンのラグがあるためこのターンは使えない。となると残るのはモンスターカードなのだが、攻撃力5900を上回るモンスターなど当然デッキに居るはずもなく、かといってモンスター効果で攻略しようにも、サイレント・マジシャンの墓地にあるトラップカード『スキル・プリズナー』によって『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を対象にするモンスター効果無効化されてしまう。つまり『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を突破するには対象をとらない、または全体除去効果を持つモンスター効果があるモンスターが必要となる。しかしそんなモンスターは俺のデッキには……

 

「っ!! 俺のターン……」

 

 いや、1枚だけある。妨害のためのセットカードは1枚も無いため、そのカードさえ引ければ俺の勝ちは決まる。自分の思い描いたカードを引くビジョンを固めて、俺はデッキからカードをドローした。

 

「ドロー!」

 

 しかし、それでも。俺が引いたのは枠が緑色のカードだった。それはつまり魔法カード。カード名は『スタンピング・クラッシュ』。効果は自分の場にドラゴン族モンスターがいる時に発動でき、場の魔法・トラップカードを1枚破壊し、そのコントローラーに500ポイントのダメージを与えるものだ。俺が望んだモンスターカード『ボマー・ドラゴン』とは無論別のカード。『ボマー・ドラゴン』は下級のドラゴン族モンスターだが、戦闘で破壊された時、このカードを破壊したモンスターを道連れにする効果がある。この効果は対象をとる効果ではないため『スキル・プリズナー』によって無効化される事は無く、またこのカードの戦闘によって発生するダメージはお互い0になるため、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を安全に処理する事が出来たはずだった。

 だが、今引いたカードは『スタンピング・クラッシュ』。サイレント・マジシャンが『ワンショット・ワンド』の効果を使わなかった、またはドローしたカードをセットしていたら、このカードを使ってそれを破壊し500ポイントのダメージを与えて俺が勝っていたが、そんなIFの話は意味をなさない。今考えるべき事はこの手でサイレント・マジシャンの布陣をどう崩すかだ。

 まず、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻略方法を改めて考えなければ。俺の場のトラップ、手札の魔法では『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を直接除去する事は出来ない。モンスター効果なら除去する事が可能だが、

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『竜魂の城』とサイレント・マジシャンの場の『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を破壊する」

「墓地のトラップカード『スキル・プリズナー』の効果を使います。墓地の効果を除外して、自分の場の『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を選択して発動し、このターン『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を対象にするモンスター効果を無効にします。よってマスターの発動した『スクラップ・ドラゴン』の効果は無効です……って言っても分かってましたよね?」

「あぁ」

 

このように対象をとる効果は無効化されてしまう。

 つまりモンスター効果で除去するなら、モンスターの対象をとらない効果で処理をするしか無い。しかしこのメインデッキに入ってるモンスターでは『ボマー・ドラゴン』以外にこの条件を満たすカードは無い。ただ、エクストラデッキのモンスターは別だ。

 『氷結界の龍トリシューラ』。シンクロ召喚時に相手の手札、場、墓地のカード1枚を除外する効果を持つ氷結界の最強の龍。この効果は相手モンスターを対象に取る効果ではないため、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を突破することは可能だ。

 『竜魂の城』にはフィールドから墓地に送られた時に除外されているドラゴン族モンスターを場に戻す効果がある。第一の効果で墓地のチューナーである『ガード・オブ・フレムベル』を除外し、手札の『スタンピング・クラッシュ』でこの『竜魂の城』を砕けば場に『ガード・オブ・フレムベル』を戻す事は可能……いや、しかしそれでは足りないか。レベル9の『氷結界の龍トリシューラ』のシンクロ召喚の条件はチューナーとチューナー以外のモンスター二体以上を素材にする事。レベル8の『スクラップ・ドラゴン』とレベル1の『ガード・オブ・フレムベル』ではチューナー以外の素材が一体しかいないためその条件を満たせない。第一こちらの展開に繋がる『スタンピング・クラッシュ』の発動をサイレント・マジシャンが許してくれるはずも無い。

 

「…………」

 

「…………(この張りつめた空気。ビリビリと伝わる緊張感。凄く真剣に考えてるのが伝わってくる。私が整えた布陣はこれ以上の無い最高のもの。それだけどマスターは……)」

 

 考えろ。今、俺に残されている手は何だ? 手札の『スタンピング・クラッシュ』は死に札、場の『スクラップ・ドラゴン』は効果が無効となり、『竜魂の城』のステータスアップをを使ったとしても『超魔導剣士-ブラック・パラディン』に届くはずも無い。そもそも素の攻撃力で『スクラップ・ドラゴン』を超えるモンスターなどこのデッキには存在しないのだ。メインデッキの最高攻撃力は墓地のトップで輝く『フェルグラントドラゴン』の2800が最高。その効果は特殊召喚時に攻撃力を上昇させるものだが、それでは…………いや、待てよ?

 

「っ! トラップカード『竜の転生』を発動! 自分の場の表側表示のドラゴン族モンスター1体を除外し、墓地のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。俺は場の『スクラップ・ドラゴン』を除外し、墓地の『フェルグラントドラゴン』を特殊召喚する」

 

「……マスター、テキストの確認良いですか?」

 

「あぁ、構わないぞ」

 

「…………」

 

 俺の許可を取ったサイレント・マジシャンは身を乗り出して『フェルグラントドラゴン』の効果を確認し始める。長い髪が前に垂れるのをサイレント・マジシャンは自然な動作で掻き上げる。するとそれだけで仄かに香る甘い匂いが伝わってきた。それは自分の手元に持っていって確認すれば良いものを、俺の場に置いてあるカードの位置を変えずに身を乗り出しているため、必然的に顔の位置が近づいているせいだ。

 

 間近で見るとやっぱり滅茶苦茶肌白いな。

 

 デュエル中だというのにその時、全くデュエルに関係のない感想を抱いた。なんだかここまで顔を近づけるというのも珍しいように感じる。サイレント・マジシャンはテキストを読むのに集中していてこちらの視線に気が付いていないようだが、俺は今サイレント・マジシャンの顔を直視し続けている。下手に下を向こうものなら腕で圧迫されてより強調された部分が視界に入ってしまうからだ。不可抗力で視界に入ってしまう時はまだしも、流石に意図的にそこへ視線を運ぶような真似はしない。上を向いたり顔を横に逸らせばそんな事をしなくても済むのだが、ふと、このまま見ていたらいつ俺の視線に気が付くのか興味がわいたので黙って顔を見続けていた。

 

「マスター、この『フェルグラントドラゴン』の効果なんですけど……っ?!」

 

 至近距離で目が合う。サイレント・マジシャンの空色の瞳に映る俺の姿が見てとれた。結局テキストを読み終わるまで気が付かなかったようだ。そんなどうでもいい感想が頭に浮かんでいる間に、10センチほどの距離にある俺の顔に驚いたようで、サイレント・マジシャンは勢い良くその場を飛び退いた。

 

「え、えっと……」

 

「どうした?」

 

「すいません、気付かなくて……近かったですよね……?」

 

「気にしてない。俺もいつ気が付くか楽しんでた節があるしな」

 

 やはり至近距離で見つめられ続けるというのは恥ずかしかったのだろうか。先程まで真っ白だった肌が少し赤みを帯びている。サイレント・マジシャンはしっかりしているようで少し抜けたところがあったり、恥ずかしがり屋で反応が何とも見てて面白いところがある。

 

「ふっ……」

 

「……マスター?」

 

「いや、悪いな。反応が面白くてつい……な。話を戻そう。それで、『フェルグラントドラゴン』がどうかしたのか?」

 

「あ、はい。『フェルグラントドラゴン』はフィールド上から墓地へ送られていなければ特殊召喚できないと言う効果があります。だから一度も場に召喚してないマスターは、『竜の転生』の効果で『フェルグラントドラゴン』を特殊召喚する事は出来ないはずでは?」

 

「なるほど、そのことか。確かに『フェルグラントドラゴン』はフィールド上から墓地へ送られていなければ特殊召喚する事が出来ない」

 

「じゃあ……」

 

「ただな。フィールド上から墓地に送るというのは、何も一度通常召喚して場に出して墓地に送る事だけじゃない。魔法・トラップゾーンに置かれて墓地に送られた場合でも、フィールドから墓地に送られると言う条件はクリアされる」

 

「魔法・トラップゾーン……あっ!」

 

「気が付いたか?」

 

「だから『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の時に……」

 

「そう、あの時に装備した事で『フェルグラントドラゴン』の特殊召喚条件は整っていた訳だ。だから、『フェルグラントドラゴン』は墓地から特殊召喚する事は可能。これで良いか?」

 

「はい、納得しました」

 

 サイレント・マジシャンの疑問が解決したところで、改めて『フェルグラントドラゴン』が俺の場に置かれる。これが俺の最後の反撃の鍵となるモンスター。金色に輝く金属のような皮膚を持つのが特徴時なこのドラゴンは、過去に幾度もその時代に名を馳せた戦士達が挑んだものの返り討ちにしてきたと言う話があるとか。まさに竜を討つ事を極めた『超魔導剣士-ブラック・パラディン』と対峙するにふさわしい対戦カードと言えよう。

 

 

フェルグラントドラゴン

ATK2800→3600  DEF2800

 

 

 『一族の結束』の効果を受けた『フェルグラントドラゴン』の攻撃力は『スクラップ・ドラゴン』と同じ3600まで上昇する。しかしその数値では依然として『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力には及ばない。だが!

 

「『フェルグラントドラゴン』が墓地から特殊召喚に成功した時、自分の墓地のモンスター1体を選択しそのモンスターのレベル掛ける200ポイント攻撃力を上昇させる。俺が選ぶのは『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』。このモンスターのレベルは8。よって攻撃力は1600ポイントアップする」

 

 墓地に眠る『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の力を得た『フェルグラントドラゴン』はその攻撃力を一気に5000の大台まで上昇させる。蘇生条件を整えるだけでなく、攻撃力の上昇にも大きく貢献してくれる『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』は『フェルグラントドラゴン』と相性が良いと改めて思った。

 

 

フェルグラントドラゴン

ATK3600→5200

 

 

 サイレント・マジシャンはこの時既に何かを悟ったように、穏やかな表情をしていた。俺に向けられる眼差しは優しく、そしてこれは俺の主観だが、それからは信頼のようなものを感じた。

 

「バトル。『フェルグラントドラゴン』で『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を攻撃」

 

 正直最初は勝てるはずが無いと思っていた。『超魔導剣士-ブラック・パラディン』はドラゴン族の打点で超えようとするものではないと、自分の中で決めつけていた。

 

「ダメージステップ時、永続トラップ『竜魂の城』の効果を発動。俺は墓地の『ガード・オブ・フレムベル』を除外し『フェルグラントドラゴン』の攻撃力を700ポイントアップさせる」

 

 だが、そんな固定概念を捨て、一から可能性を洗い直した結果見えた新たな突破口。俺の中の常識は見事に覆された。

 

 

フェルグラントドラゴン

ATK5200→5900

 

 

 『フェルグラントドラゴン』の攻撃力がこのターンの『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の最高攻撃力と並ぶ。そう、あくまで並ぶだけだ。決して追い抜けた訳ではない。だが、このバトルにおいて、いや、このデュエルにおいてはそれで十分だ。なぜなら……

 

「さらに『竜の転生』と『竜魂の城』のコストで『スクラップ・ドラゴン』と『ガード・オブ・フレムベル』が除外された事で、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力は1000ポイントダウンする」

 

 1000ポイントもの攻撃力の減少。これでその数値だけ『フェルグラントドラゴン』の攻撃力が『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を上回った。形勢が逆転したのだ。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK5900→4900

 

 

 そして開いたこの攻撃力の差はこの戦闘でのダメージに直結する。サイレント・マジシャンの残りのライフポイントは500。このバトルの成立によってその数値は見事に0まで削られるのだった。

 

 

サイレント・マジシャンLP500→0

 

 

 辛くも勝利。休日のサイレント・マジシャンとのデュエルはこうして終わりを迎えた。

 

 

 

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 デュエルを終えた部屋は再び寛ぎの間に戻った。あれほどの緊迫感のある空気はもうすっかり無くなっている。俺はサイレント・マジシャンが注いだお茶で喉を潤して一息ついていた。そしてそれはサイレント・マジシャンもまた同様だった。

 

「ふぅ……今回は俺の勝ちだな」

 

「はい、参りました」

 

「まぁ勝ったとは言え、『アームズ・ホール』で『スキル・プリズナー』落とされて、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』からの『拡散する波動』を決められた時は流石にひやっとしたぞ」

 

「あれで私も勝ったって思ったんですけどね……マスターの方が一枚上手でした」

 

「俺もまさか『超魔導剣士-ブラック・パラディン』相手にドラゴン族を使って攻撃力勝負をするとは思ってなかったな。次やったら上手くいく気がしない」

 

 それが正直な感想だった。墓地のドラゴン族が増え過ぎていたら攻撃力で上回る事は叶わなかっただろうし、そうでなくてもコストでドラゴン族のモンスターの数を減らせるようなカードが無ければこの勝利はあり得なかった。

 

「ちなみに『ワンショット・ワンド』で引いたカードは何だったんだ?」

 

「トラップカード『黒魔族復活の棺』です。あの時、伏せるべきなのか迷っていました。確かに伏せればモンスターの召喚は妨害できますけど、除去魔法でもドローされたらブラックパラディンの効果で無効に出来ないと思って、最後は手札に残しておきました」

 

 『黒魔族復活の棺』。

 相手がモンスターの召喚、特殊召喚した時に発動できる召喚反応型のトラップ。そのモンスターと自分の場の魔法使い族モンスターを墓地に送り、その後自分のデッキまたは墓地から闇属性・魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する効果を持つ。なるほどあの場で伏せられていたら『フェルグラントドラゴン』の召喚を妨害できた可能性はあった。だが。

 

「それは確かに伏せなくて良かったのかもしれない。俺が最後に引いたのは『スタンピング・クラッシュ』。もし伏せてたらこの魔法でセットカードを割って、さらにこいつの追加効果の500ポイントのバーンダメージでゲームエンドだったからな。それじゃあ少々あっけない幕切れだろ?」

 

「うっ……どうやらこのデュエルは万が一の勝機も無かったみたいですね」

 

「そう言うデュエルもたまにはある。それに高打点同士のバトルなんてのも久々だったな。特に攻撃力7000越えのモンスターを相手にするなんてのはジャック戦以来か? 燃え上がった良いデュエルだった、ありがとな」

 

「いえ、そんな……私もマスターとのデュエル、楽しかったです」

 

「……そうか」

 

 互いに良いデュエルだったと健闘を称え合えるデュエル。今まで心の底から熱くなるデュエルは経験しているが、こんなデュエルは何時ぶりだろうか。最早記憶から消えつつあるが、幼少の頃はこんなデュエルをしていたんだっけな。なんだか胸の奥がジンワリと温かくなる感覚がする。それがまたなんだか心地いい。

 サイレント・マジシャンも今は俺と同じ気持ちなのだろうか。彼女は少し照れながらも見ていて穏やかな気持ちになれる優しい笑みを浮かべていた。そんな彼女を見ていたら考えるよりも先に口が動いていた。

 

「また……俺とデュエルしてくれるか?」

 

 俺の問いかけに一瞬だけ、キョトンとした顔を浮かべるサイレント・マジシャン。だがその表情は直ぐに俺の知る彼女の一番良い顔に変わった。

 

「はいっ! もちろんですっ!」

 

 

 

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————

 

「んっ……んぅーっ! はぁ……」

 

 作業用デスクの目の前に腰掛けたまま大きく伸びをする。あれから机に真面目に向かい、先程のデュエルの内容を纏めてレポートを作成する作業に没頭していた。ディスプレイの隅に表示されている時刻は17:08。作業していた時間は大体二時間ぐらいか。やはり二時間もパソコンの前に座って作業し続けるというのは肩が凝るものだ。

 

「マスター、コーヒーが入りましたよ」

 

「おっ、ありがとな」

 

「レポートは終わったんですか?」

 

「んー、まぁ、大体は片付いたかな。後は一晩空けてもう一度見直してから修正してくだけだ」

 

「そうですか。お疲れさまです」

 

「あぁ」

 

 程よいタイミングでサイレント・マジシャンが持ってきてくれたコーヒーを口につける。口の中にコーヒー独特の苦みが広がり、疲れた頭の中が少しすっきりする。熱過ぎず、かといってぬるい訳ではない絶妙な温度加減に調整してくれているサイレント・マジシャンの気遣いがありがたかった。

 

「さてと、どうしたものかな。夕飯は」

 

「そうですね。狭霧さんも何時帰ってくるか分かりませんし、どうしましょうか」

 

「んー、たまには外で食べるのもあり……か。なんならサイレント・マジシャンも一緒に行くか?」

 

「えっ! いいん…………いえ、ダメですよ……」

 

 俺の誘いに驚いて、一瞬表情を綻ばせたサイレント・マジシャンだったが、直ぐにそれを撤回する。まるで何か思い詰めたように悲しい顔をしていた。

 

「どうしてだ?」

 

「マスター、今回私の関係でいくら使いましたか……?」

 

 サイレント・マジシャンは暗い表情で俺に問う。彼女が言ってるのは彼女の戸籍の獲得や住居、衣服などにかかった費用のことだ。この出費で確かに今月はおろか治安維持局からの依頼であるカラス狩りの報酬も含め先月の依頼全ての収入が水泡に帰した。しかしその原因を作ったのは他でもない俺自身だ。

 

「それはサイレント・マジシャンが気にする事じゃない。俺が単にしくじったせいで招いた出費だ」

 

「気にしますよ! だってこれじゃマスターの目標からまた遠ざかるじゃないですか! 本来だったら私の物ぐらい私が……マスター、やっぱり私も仕事を!」

 

「必要ない!」

 

「っ!!」

 

 思わず大きな声を出してしまい、結果サイレント・マジシャンは驚き僅かに体を跳ねさせる。その事は少し悪いと思ったので、出来る限り優しく語りかけるように言葉を続ける。

 

「サイレント・マジシャン、お前には転移魔法だけでも十分迷惑をかけている。その上、俺のために危険な依頼を受けさせるわけにはいかない」

 

「でもっ!」

 

「それにな、サイレント・マジシャン。お前がいつも側にいなかったら、万が一の時に俺はどうする事も出来ない」

 

「…………」

 

 俺の言いたい事は伝わったようだが、それでも不満があるらしくサイレント・マジシャンは押し黙る。俺も伝えるべき事は伝えたので口を開かないでいると、お互いが口を開かない間が生まれる。前まではサイレント・マジシャンとの間にこんな沈黙があっても何も思わなかったが、今はなんだか居心地が悪く感じた。だが、それも僅かの間の事でサイレント・マジシャンがまた口を開いた。

 

「……マスターの望みは変わらないんですか?」

 

「…………あぁ」

 

 その問いに答えるのに、一瞬だが間を空けてしまった。

 俺の望み。それを叶えるためだけに俺はここで“デュエル屋”を続けてきた。だが正直にいえば、それを叶えるために続けてきた“デュエル屋”としての生活に少し前から疑問を感じていた。一人の時に瞼を閉じれば浮かぶ先が見えない深い霧の世界。自分が踏み出した一歩先に道があるのかと言う不安、そんなものが俺の中に渦巻いていた。無論、こんな胸の内など誰にも吐露した事はない。

 ただ、そんな不安定な部分を、今まで何も言わず俺についてきたサイレント・マジシャンに突然揺さぶられた結果、俺の返答には間が生まれてしまった。不覚にも、俺の生きる根幹に対する問いに即答できなくなっている今の俺の状態を晒してしまったのだ。それを彼女が見逃すはずも無く、彼女の目は真っすぐと俺を見ながら黙って俺の続く言葉を待っていた。それに対して黙って押し通す事も出来たはずだった。だが、気が付けば俺の口は独りでに言葉を紡ぎ出していた。

 

「“元の世界に帰りたい”その俺の望みは今でも変わらない」

 

「…………」

 

「だから何も分からず行き場を失っていたあの時、“2億稼いだら異世界に繋がるゲートに連れてってやろう”なんて取引を持ちかけたあの妖怪ジジィの言葉に俺は乗った。当時は十四才か。それからはその時の名前も分からないジジィに言われた事を鵜呑みにして、デュエル屋として稼ぎまくる事しか頭に無かった」

 

 少しその当時の事を思い出す。冷たい雨が降る日。周りに誰も居ない崩れた建物に囲まれた場所に俺はいた。その時はこの世界にいきなり飛ばされたばかりで荒れていて、俺は一頻り暴れた後、帰る方法も分からず途方に暮れていた。その時サイレント・マジシャンは実体化していたが、俺にどう接していいのか分からなかったのか、俺の側で立ち尽くしていた。そんな時にあの老いぼれは何処からともなくひょっこり現れ、俺にその取引を持ちかけたのだ。

 

「……だが、最近はそれが揺らぎ始めた。あれから一年、二年と年を重ねて世の中の汚さなんてもんは嫌って程分かるようになってきた。そしてそんな事を学んでそれを振り返ってみれば、アイツの言ってた事が本当なのか信じられなくなってきた。冷静に考えればそんな都合の良いものがある訳がない。第一アレっきり会った事も無い相手との取引を信じるなんて事自体おかしな話だ」

 

「…………」

 

 本当に我ながらマヌケなものだ。言葉にしてみたら、ますます自分が今までそんな言葉を信じていた事がバカらしくなってくる。いや、だがそんなことに気が付けたのも、こうして今のような心に余裕が持てる場所があるおかげなのかもしれない。狭霧と出会う事無く、今も尚一人で“デュエル屋”として生き続けていたら、そんな事を疑問に思う余地は無かっただろう。しかしそれはそれで幸せだったのかもと思う事もある。何も気付かなければ、少なくとも今の胸の内の不安に苛まれる事も無かったのだから。それに……

 

「……だけどな。それに気付くにはもう遅過ぎた。俺は今までは是が非でも二億を稼ぐ事、それだけを目標にして生きてきたんだ。今更その生きる目標を失えば、もう俺はどうしたら良いのか分からなくなる」

 

「……マスター」

 

「だから俺は止まるつもりは無い。たとえその目標に達した先に何も無かったとしても、俺はそこまで進み続ける。それに幸い終わりはもう見えてる。その時に、この世界で彷徨い続けた“デュエル屋”としての暮らしが終わるのか、それとも何も変わらないのかは分からないけどな」

 

 そう、立ち止まれば俺の望みは100パーセント果たされない。結局俺は自分の掲げたゴール目掛けて先の見えない霧の中を進むしか無いんだ。そこにあるのが本当のゴールテープなのか、それとも底の見えない穴があるのかは、その最後の一歩を踏み出さなければ分からない、そんな場所を目指して。それは自分の中で何度も言い聞かせてきた言葉だった。

 ただそれを実際に自分の言葉として吐き出してしまうと、なんだか少しスッキリできた。もしかしたらずっと抱えていたものを聞いてくれる人が欲しかったのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。

 

“この世界で大切なものを作ってしまえば、いざ帰れるとなった時にそれが迷いとなる”

 

 そのような事態を避けるため、他人との距離を常に取り続ける生活を続けていた俺の心も、日に日に増していた胸の内の不安で限界だったのかもな。

 そんな俺の独白をサイレント・マジシャンは口を挟む事無く聞いていてくれた。ただ、もしも彼女が俺のひたすらデュエルに打ち込む姿だけを見て、俺の側に居ようと思っていたのなら、迷いを抱えている今の俺を見て幻滅したかもしれない。もっともそれで彼女が俺の元を去るというなら、俺にそれを止める権利は無いが。

 そんな事を思っていると、突然両手が柔らかい温もりに包まれた。手を見ればサイレント・マジシャンが俺の両手を取って優しく包み込んでいた。サイレント・マジシャンの唐突な行動に驚き顔を見上げると、彼女もまた俺の顔を優しい表情で見つめていた。

 

「マスターがどんな道を進もうと、私はどこまでもお供します」

 

「っ!!」

 

 息が詰まった。心臓が胸の内で一度跳ね上がったような感覚がした。そしてこの時、前にも似たような事があったことを思い出した。

 

――――それなら……私もついて行きます……あなたと共に……

 

 それは十六夜と初めてデュエルをした時。あの時も、サイレント・マジシャンは自らの危険を顧みず俺の側にいると言ってくれた。そこで、やはりいつも思っていた疑問が頭に浮かぶ。

 

“彼女はどうして俺の側にいてくれるのか”

 

 昔はそんな疑問が浮かんでも、それを本人に聞こうとは思わなかった。他人の事を気にかける余裕すら無かったあの頃の俺からすれば、それこそそんな理由などどうでもいい事だった。いや、今でも他人の事は基本どうでも良いと思っているのは変わらない。

 ただ、サイレント・マジシャンをそのどうでもいい赤の他人という括りに入れる事は、もう俺には出来ない。そして今後も一緒にいれば、ますます彼女の力を頼る頻度も増える事は容易に想像がつく。そうなれば俺は関係が崩れる事を恐れてこの疑問をぶつける事は出来なくなるだろう。

 白黒はっきりさせるなら今しかない。

 俺は意を決してこの問いを彼女に投げかける事にした。

 

「……なぁ。なんでそんなに俺に尽くしてくれるんだ? 自分で言うのもあれだが、お前には随分と不自由な思いをさせてると思う。別に俺から離れても――――」

 

「マスター!」

 

「っ!」

 

 しかし俺のそんな問いかけは彼女に強い口調で遮られる。サイレント・マジシャンがここまで語気を強くしたのは初めての事で少々驚いた。彼女の目は何時に無く強くこちらを見つめていた。

 

「それ以上言ったら怒りますよ。マスターの側にいる事が私の望みなんです」

 

「……そうか」

 

 なぜそうまでして俺の側にいる事を望むのか、この時はサイレント・マジシャンに圧倒され聞く事は出来なかった。ただ、俺の側にいる理由が少なくとも“側に居たい”という彼女の意思であると分かっただけでも十分であり、その時なぜだか胸の奥が少し熱くなった。

 

「なぁ、サイレント・マジシャン」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 先程はあれ程強い意志を感じさせた表情が嘘のように、またサイレント・マジシャンの表情は優しいものに変わっていた。人を安心させる優しい笑顔だった。お互いに言いたい事は言い終え、部屋はまた和やかな雰囲気になっている。そんな雰囲気をこれからぶち壊そうとしていると思うと心が痛むが、サイレント・マジシャンには伝えなければならない事があった。

 

「その……手」

 

「て……?」

 

「別に俺は構わないんだが……手、いつまで握ってんだ?」

 

「え? あっ! す、すいません!!」

 

 ようやく自分が何をしていたのかを冷静になって理解したサイレント・マジシャンは慌てて手を離す。彼女にしては大胆なだと思ったが、やはり先程はその場の勢いで行動していたようだ。狭霧に少しからかわれただけで顔を赤くするような純情な彼女に、男の手を握るなんて事を平気で出来るとはそもそも考えられない。

 それからさっきまでの事を思い出したのか、サイレント・マジシャンは顔からプシューっと蒸気が吹き出る音が聞こえてきそうなくらい顔を赤くしその場でフリーズしてしまった。どれだけ目の前で手を振ろうとも反応が返ってこない。

 

「ふっ……」

 

 俺の指摘で予想通り先程の落ち着いた雰囲気は見事に壊され、何とも間の抜けた空気になってしまった。それが何とも可笑しくつい笑いが溢れる。しかしいつまでもこのままと言う訳にもいかないので、サイレント・マジシャンをそろそろ復活させるとする。方法は簡単。まず、ぼんやりと虚空を見つめ続ける彼女の目の前で両手を開く。後はそれを目の前で叩いてやるだけだ。

 

「っ!!」

 

 パーンという小気味良い渇いた音が部屋に響く。目の前で起きた突然の音にサイレント・マジシャンは体をビクッと反応させてから意識を取り戻す。

 

「うしっ! じゃぁ飯行くぞ」

 

「えっ? いや、マスター。さっきそれは私断りましたよね?」

 

「なんだ? 俺がどんな道を選んでも、ついてきてくれるんじゃ無いのか?」

 

「それはその…………」

 

「ははっ、いや悪い。そんな弄るために誘ったんじゃないんだ」

 

「……?」

 

「その……なんだ、今までも世話になってるし……今日もだな……そう、礼だ。礼がしたいから俺に付き合ってくれ。それじゃダメか?」

 

 そう誘うとサイレント・マジシャンは顔を俯かせてしまった。やはり女の子を誘った事も無い俺の経験値では乗ってきてはくれないかと、内心諦めかけていると、サイレント・マジシャンはようやく顔を上げた。

 

「はい! お願いします」

 

 空色の瞳に僅かに涙を溜めながら、彼女は良い笑顔で返事をした。

 

 その後、サイレント・マジシャンと飯を食べに行って、家まで送るまでに店で彼女は二回水をこぼし、四回電柱に激突し、二十回以上転んでいたとここに補足しておく。なぜか彼女は始終動きがガチガチだったのが印象的だった。

 

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————

 

 日が暮れて間もない頃、ダイモンエリアにけたたましいサイレンの音が鳴り響く。セキュリティの隊員が立ち入り禁止の黄色いテープを貼って道を封鎖している事から、何か事件があった事が分かる。しかし暇な人間というのは往々にして事件と聞きつけると何処からともなく集まってくるものだ。セキュリティの隊員が塞き止める中、集まってくる人は一人、また一人と増えていく。「おい、何があったんだよ?」「『竜の巣窟』でビルの倒壊事故だとよ」「ここの建物もう整理されてねぇからなぁ、ガタが来てたんじゃねぇの?」「不気味なとこだったが、やっぱ今まで近づかないで正解だったみたいだ」などと話しながら、立ち入り禁止エリアにギリギリまで押し掛けてくる野次馬達をセキュリティの隊員は懸命に足止めする。

 

「ここからの立ち入りは危険なので、関係者以外は速やかに退避して下さい!」

 

「ふざけんな! ここに住んでんのは俺たちだ!」

 

「事故現場の状況ぐらい俺たちにも見せやがれ!」

 

「セキュリティは失せろ!」

 

 しかしここの人々はゴロツキばかり集まるダイモンエリアの住人。元々セキュリティを目の敵にしている節があるのも相まって激しく野次が飛び交う。セキュリティの隊員達もまたダイモンエリアの住人に対して良い印象を持っていないため、初めは丁寧な口調だったが、徐々に口調が荒くなる。。結果、セキュリティとダイモンエリアの住人の間に一触即発のムードが漂い始める。

 そんな時、遠くからバイクの猛々しいエンジン音が聞こえてきた。その音は徐々にここに近づいており、いったい何者が近づいてきたのかと音のする方へ集まってきた野次馬達は振り返る。

 こちらへ向かってくるのはセキュリティ仕様の一台のDホイールだった。一般道で走れる最高速度を出しているのか、そのスピードはなかなかのものだ。ただシルエットが大きくなるに連れて徐々に減速に入るのかと思いきや、全くその様子が見られない。流石に減速に入らないDホイールに野次馬達は「おいおい、あれ不味くねぇか?」「止まる気ねぇのか?!」「マジかよ、突っ込んでくるぞ!」「あぶねぇ! 逃げろ!!」と半ばパニックになりながらも、左右に分かれ道を空ける。Dホイールはそれが当然と言うように人の間を通り抜け、セキュリティの立ち入り禁止のテープの前で急停止する。

 

「何考えてやがんだ!! あぶねぇだろうが!!」

 

 野次馬の前の方で尻餅をついている一人が怒鳴る。Dホイールを運転していた男はDホイールを降りると、ヘルメットを外してそちらを睨め付ける。

 

「あぁ?!」

 

 浅黒い肌。海苔を貼付けたような太い眉毛に左頬にある大きな傷、そして悪人顔負けの鋭い眼光は最早堅気の人間には見えない。名は牛尾哲。何かと八代と関わる事の多いセキュリティの隊員の一人だ。肩幅も広くがっちりとした体格のこの男の凄んだ顔を見てたちまち顔を青くする野次馬の男。

 

「邪魔だ野次馬共! 公務執行妨害でしょっぴかれたく無かったら、とっとと失せやがれ!!」

 

「ひっ、ひぃー!! 失礼しましたぁ!!」

 

 鶴の一声とはこの事か。あれだけ集まっていた野次馬達も蜘蛛の子散らすようにあっという間に消えていった。騒ぎが治まった事でこの場のセキュリティの隊員達は礼を言いに集まってくる。

 

「ったく、サテライトから遠路遥々来てみりゃだらしねぇ。てめぇらもシャキッとしろぉ!」

 

「「「はっ! 申し訳ありません!」」」

 

 そんな隊員達にも牛尾は一喝。それに対し隊員達は敬礼を返す。しかし叱られながらも隊員達の雰囲気はどこか柔らかい。その様子から牛尾はセキュリティの中では慕われている事が伺える。

 

「おぉ、来てくれたか牛尾」

 

「風馬か。少し待ってくれ。おい! ここで俺のDホイールを頼む」

 

「はい、了解です!」

 

 対等の口調で話しかけてきたのはネイビーブルーの髪の若いセキュリティ隊員の男。いや、見た目が若作りなだけで実年齢は見た目程若くも無い可能性もあるが、バランスの取れた整った顔は間違いなくイケメンの部類に入るだろう。

 その風馬と言う男に話かけられた牛尾はDホイールのキーを抜くと近くの隊員にDホイールを預ける。それから風馬の元まで歩み寄ると、二人は話しながら移動を始める。

 

「いつ来てもひでぇ場所だ……それで? 飛ばされた俺をわざわざ呼び出して、今度は一体何があったってんだ?」

 

「あぁ。夕方頃ここでビルの倒壊が起きたんだが……」

 

「そいつは聞いてる。って、おいおい。まさかそれの人命救助の人手が足りねぇとかそんな理由で呼び出したんじゃねぇだろうな?」

 

「違う、話を最後まで聞け。この通りここは普段は人が寄り付く場所じゃない。今回でも今の所見つかった負傷者は三人だ。まぁ、内二人はかなりの重傷なんだが……」

 

「そりゃあビルの倒壊に巻き込まれればなぁ。むしろ命があっただけでも奇跡みてぇなもんだろ。その重傷の二人は?」

 

「もう病院に搬送されたよ。意識はまだ回復してないが、幸い命に別状は無いそうだ」

 

「そいつは何よりだ。それで軽傷だった方は?」

 

「事情徴収をしようと思ったんだがな……何分まだ事が起きてから数時間。流石にまだパニック状態で聞き取りには難航してるよ」

 

「まぁ無理もねぇか。で、話を戻すが、俺は何でここに呼ばれたんだ?」

 

「おっと、話が逸れた。お前には現場を見て貰って、色々とその意見が聞きたいんだ。もうすぐ現場に着くぞ」

 

「意見ってお前、そんな理由で……ってこりゃまた派手な事になってんなぁ」

 

 目の前のビルの倒壊現場は牛尾の予想していたそれとは様子が違った。倒壊と聞き牛尾が最初に思い浮かべたのは、建物の老朽化で下のフロアの柱が脆くなって上の階層を支えられなくなり倒れる、あるいは下のフロアを押し潰して崩れ落ちるというものだった。

 しかし実際の現場はそのどちらでもない。まるで豆腐でも切ったかのようにビルが斜めに切られ、上階部分が切り口に沿ってずり落ちていた。そしてずり落ちたそれは大きなショッピングモールになる予定だったこのビルの駐車場跡地にぶちまけられていた。まるで子どもがおもちゃ箱をひっくり返したかのように、コンクリートの破片や割れた窓ガラスがそこら中に散らばっている。これが起きてから時間がまだ経っていないため、ポツポツと煙が上がっている場所もあった。

 

「これを見てお前の意見が聞きたい。これはビルの老朽化による倒壊事故か?」

 

「……こいつを見て事故なんて言う刑事が居たら、余程の素人かそれとも裏金を回された輩ぐらいだろうよ。こんな綺麗に建物が切れるなんてのはどう考えても自然じゃねぇ。焼け焦げた壁面一つ見ても分かるが、こいつはどう見ても人為的な破壊だ」

 

「俺もそう思う。詳しい専門家による現場検証はまだなんだが、おそらくそうだろう。それを踏まえた上で、お前に見てもらいたい場所がある。来てくれ」

 

「わかった。……んおぉわっ!!」

 

「気をつけろよ。足場はかなり悪い」

 

 風馬に言われるがまま後に着いて行く牛尾は、その後何度か足を取られながらも倒壊したビルに触れられる距離まで近づいた。周りはライトで照らされており、現場の写真を撮る者や警察犬と共に現場で見つかっていない被害者がいないか捜索を行っている者などが忙しなく動いている。

 

「ここだ」

 

 風馬が指差したのはずり落ちて残ったビルの切り口。三階から一階にかけてハス切りにされたように倒壊しているため、一階部分であれば大人の身長なら切り口が丁度顔の高さぐらいになっていた。

 

「ここだ……って、この切り口がどうかしたのか?」

 

「よく見てくれ」

 

「あぁ、分かった。……んぁ?」

 

「……気が付いたか?」

 

「これ……溶けてんのか?」

 

 切断面をよく見ると鋭利な刃物で切断されたのではなく、角が丸みを帯びており高熱で融解したと思しき形跡が見られた。さらに切断面の周りは黒く焦げ付いた跡が残っている。

 牛尾の疑問に風馬も頷き答えた。

 

「見た限りだと俺にもそう見えた。それでこれを見て思い出したんだ。お前、前に“遊々連合”の島の賭博デュエル場に一斉検挙に入った事があったろ?」

 

「よく覚えてるな。と言っても当時はアレか。世間でも元プロの氷室が捕まったとかで話題になってたな。もう三ヶ月ぐらい前の話で確かにあったが……」

 

「その時の報告書によると金髪の男と髑髏の仮面をつけた男が逃走したらしいな」

 

「うっ! ……なんだ、三ヶ月前のネタでいびることを思い出したってのか?」

 

「それもあるが、本題は違う」

 

「サラッと肯定すんなよ……まぁいい。それで、その本題ってのはなんだ?」

 

「その二人ってのは煙幕の中逃走。煙幕が晴れて見たら天井には巨大な風穴が空いていた。それで間違いないな?」

 

「あぁ、そうだ。その様子じゃあ現場の写真も見ただろうが、そりゃ見事に馬鹿でかい穴が空いてやがった」

 

「外にいた隊員の証言だと、その時光の柱が屋根を突き破って上がるのが見えたらしい。凄まじい光量でずっとその様子を見ていた者はいないらしいが。そしてその後の分析の結果、天井は何らかの原因で生じた熱線によって貫かれたとなっている。確かに現場の写真を見る限り天井に空いた穴の縁は融解した形跡が残っていた」

 

「……っ!」

 

 ここまでの風馬の話を聞いて牛尾はピクリと眉を上げる。風馬が意図的に作った話の流れから彼の言いたい事を察したようだ。

 

「……おい。まさかお前が言いてぇのは……」

 

「そう、この融解の形跡。あの時と同じじゃないか?」

 

「言われてみれば、確かにそんなような気もするが……それだけでその二つを繋げるのは無理があるぜ」

 

「根拠はそれだけじゃない。三ヶ月前の件では一般人の目撃証言もあっただろ?」

 

「あぁ? まさか屋根から巨大な竜のような生き物が飛び出してたってあれの事か?」

 

「そうだ。今回もあったんだよ! 巨大な翼で飛んで消えてったドラゴンを見たって証言が!」

 

「……それじゃ何か? 三ヶ月前の件で逃げ果せた金髪の野郎か髑髏仮面のニケとか言う野郎のどっちか、或はその両方は何らかの方法でドラゴンを呼び出して、天井に穴を空けさせてそのドラゴンに乗って逃去った。そして今回の一件もそのどちらかがドラゴンを使ってビルを破壊させて去っていった。そう言いてぇのか?」

 

「そのニケとか言うヤツは何でかは知らんが、治安維持局と協力関係にあるんだろ? 俺の読みでは煙幕を使ったって言う金髪の方を疑ってるんだが……」

 

「…………はぁ」

 

「……牛尾?」

 

 力説する風馬の話を聞いて牛尾は深いため息をつく。その表情は呆れ半分、哀れみ半分といった様子だ。そんな牛尾の表情に気付いた風馬は怪訝そうな顔をする。

 

「……風馬よぉ。お前、疲れてるだろ?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「そうじゃなきゃ、そんな突拍子も無い事を真顔で喋れねぇだろ。ドラゴンの仕業だとかよぉ」

 

「んなっ! 違う、根拠はまだあるんだ!」

 

「分かった、分かった! 全部話せ。それでお前の気が済むなら聞いてやる。そしてお前は帰って良く寝ろ! 良いな?」

 

「……お前、信じてねぇな」

 

「当たり前だろ。まともなヤツだったら誰も信じねぇよ。ドラゴンがいるなんて時点でな」

 

「今回の被害者もうわ言のように“ドラゴンに……殺される……”って呟きながら今も怯えているって言ってもか?」

 

「まだパニックが抜けてねぇんだろ。正気に戻ってからじゃねぇとまともな証言は取れねぇよ」

 

「……分かった。じゃあ最後に被害者の様子だけでも見ていってくれ」

 

「場所は応急テントか?」

 

「そうだ」

 

 それから気まずい雰囲気になった二人は一言も口をきく事無く応急テントへ向かう。現場から一分程の距離を進む間、その道中の空気は重かった。風馬は何かを考え込むように顔を俯かせ、牛尾は気まずそうに視線をそらしている。そんな重苦しい空気はテント周辺で働いているセキュリティ隊員が挨拶をしてくるまで続いた。

 

「あっ! 風馬さんと……牛尾さんも?! いらしてたんですか?」

 

「……まぁな」

 

「ここにいる負傷者の様子はどうだ?」

 

「ダメですね。風馬さんが来た時から進展はありません。やっぱりまだパニックが抜けないようです。今はテントの中で一人にしています」

 

「そうか……顔を見るだけなら出来るか?」

 

「まぁ、それくらいなら大丈夫だと思います。念のため言っておきますけど、牛尾さん。相手は怪我人なんですからくれぐれも無茶な事だけはしないで下さいよ」

 

「わぁってるよ。そんくらいの分別はついてるっての」

 

「……頼みますよ? じゃあテントへどうぞ」

 

 後輩のセキュリティ隊員に釘を刺された牛尾の機嫌は目に見えて悪くなる。しかし後輩からそう苦言を呈されるの無理は無い。牛尾の尋問はやり過ぎな部分があると言うのはセキュリティ内では有名な話だ。

 テントを潜るとその中には男が一人隅の方で踞っていた。体は小刻みに震えており、虚ろな目をしている。ブツブツとなにやら呟いているのがテントの入り口に立つ牛尾達にも切れ切れで聞こえてきた。

 

「ドラゴン…………殺される……」

 

 袖を破った黒の革ジャンの下から腕にかけて包帯が巻き付けてあり、今回の件の負傷者である事が一目で分かる。ただそれよりも真っ先に目を引いたのは現在では珍しいモヒカンヘアだ。

 

「あぁ? こいつは……」

 

「なんだ、牛尾? 知ってるのか? っておい!」

 

 それに気が付いた牛尾はズカズカとテントの奥に入っていき、モヒカンの男に近づいていく。風馬は牛尾の異変に気付き呼び止めるが、牛尾はその歩を止める事無くモヒカンの男の目の前に立った。そして、何をするかと思えば、いきなりモヒカンの男の胸蔵を左手で掴むとモヒカンの男を軽々と引き上げ、宙吊りと爪先立ちになる間の状態になるまで持ち上げる。

 

「おい、テメェ!! こんなとこで今度は一体何してやがった!!」

 

「ひぃぃぃぃ!! やめてくれ!! 嫌だ!! 俺はまだ死にたくない!!」

 

「やめろ、牛尾! 落ち着け!! こいつと何があったかは知らんが、こいつは怪我人だ!!」

 

 突然の牛尾の蛮行にモヒカンの男は腕で目の前を隠しながらパニックに陥り、風馬は牛尾に駆け寄るとその腕を下ろさせようとしながら必死に静止に入る。だが、セキュリティの中でもトップクラスの豪腕を誇る牛尾の腕を振りほどく事は決して容易な事ではない。

 

「離せ風馬! こいつは犯罪者のクズ野郎だ! 違法な衝撃増幅装置を使用したデュエルに関与していた現行犯で俺が二ヶ月前パクったんだが、裏でどういう金が動いたのか先日にはもうムショから出やがった! こいつがこの事故に関与してるのは間違いねぇ!! おら! 手で顔隠してねぇで俺の目を見て、今回の一件について洗い浚い吐きやがれ!!」

 

 止めに入った風馬の腕を振りほどいた牛尾は顔を隠すモヒカンの手を右手で強引に退かし、モヒカンの男と視線を合わせる。すると虚ろな目をしていたモヒカンの男の焦点が牛尾に合わせられる。途端、今度は牛尾に怯えたモヒカンの男は拘束された状態から逃げ出そうとして暴れ始めた。

 

「ひぁぁぁぁぁ!! 違うっ! 俺たちは何もやってない!! 俺たちは襲われたんだ!!」

 

「だ、か、ら!! 何があったか吐けって言ってんだ!!」

 

「うぐっ! ぐぇっ!! あがぁっ!!」

 

「牛尾!! 首が絞まってるぞ! 手を離せ!! それじゃ何も聞き出せない!!」

 

「ちっ!」

 

「ぐぇっほ!! ごほっ、ごほっ!!」

 

 牛尾から解放されたモヒカンの男は膝をついて激しく噎せ返る。テントの外では騒ぎを聞きつけたのか、ドタバタと他の隊員の足音が近づいていた。

 

「なんの騒ぎですか!? って牛尾さん!! これは一体――――」

 

「あっ、あいつが!!」

 

 テントに押し入ってきた数人のセキュリティ隊員達。牛尾の足下でモヒカンの男が膝をついている状況を見て、直ぐに何があったのかを把握した隊員が、それを追及しようとした時だった。モヒカンの男が持てる全ての力を振り絞って叫んだ。結果、モヒカンの男が何を語るのか、このテントに居る全員が耳を傾けることになる。

 

「あいつが帰ってきたんだ!!」

 

「……あいつってのは誰の事だ?」

 

 テントの中に居る全員の疑問を牛尾が代表して問う。この事件の真相が掴めるかもしれないと、ピリピリと張りつめた空気がテントの中を流れていた。

 

「“暴虐の竜王”!!」

 

「「っ!?」」

 

「俺たちはドラゴンを操るあいつに襲われたんだ!! もうダメなんだよ! こ、殺される!! うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

 

「お、おい! 落ち着け! 鎮静剤だ! 誰か鎮静剤をもってこい!!」

 

 再びパニックに陥ったモヒカンの男を落ち着かせるため、ここに配属された隊員達は忙しなく動き始める。仕事も無く一人取り残された牛尾はその様子を眺めている事しか出来なかった。

 

「……一体、ここで何があったてんだよ」

 

 ここで牛尾の呟きの答えられる者は居ない。

 

 

 

————————

——————

————

 

「ついに尻尾を見せましたか」

 

「ヒッヒッヒッ! どうやらそのようですね。全く、二年もの間何処で息を潜めてたのやら」

 

 治安維持局のビルの最上階に位置する一室で二人の男が会話する。一人は部屋に唯一あるデスクの前に腰掛ける白髪の大男、治安維持局の長官であるレクス・ゴドウィン。もう一人はそのデスク越しで向かい合う位置に立つピエロのようなメイクをした小柄な男、治安維持局特別調査室室長と言う長い肩書きを持つイェーガーだ。

 

「如何致しましょう? また彼をぶつけますか?」

 

「デュエル屋"ニケ"、カラスの件では確かにその実力を証明してくれましたが……そう性急に動くこともないでしょう。それに彼もまた、ただこちらの都合の良いようには使われてくれないでしょうし」

 

「どんな種があるのやら、証拠は一つも残っていませんが、あの実力といいほぼ間違いなく中身は狭霧さんが引き取った八代と言う少年だと思うのですが……なんでしたらこちらの思うように動く駒にできるよう強硬策に出て、素性を暴くこともできますが?」

 

「いえ、その必要もありません。この前の一件もデュエル屋としての依頼は果たしてくれています。あれ以降カラスの動きも沈静化しているそうではないですか。こちらとしても事はプラスに運んでいることですし、ここで彼との関係を変える理由はありません。それに貴方の調査能力を持ってしても足取りをつかめない相手です。下手な手を打って敵対関係にでもなっては何かと厄介でしょう。報酬金で彼を動かせるのなら安いものです」

 

「どうやら随分と彼を高く買っているようですね」

 

「ふふっ。この二年間無敗で"デュエル屋"の業界でトップ。セキュリティの誰も敵わなかったカラスを倒しただけでなく、中身が本当に彼ならキングとも引き分けた実績の持ち主。その実力は評価に値しますよ」

 

 そう言いながらゴドウィンは僅かに口元に笑みを浮かべる。その笑みの裏でどんな思惑があるのかは分からない。

 

「個人的には"暴虐の竜王"と"死神の魔導師"ニケの対戦は見てみたくもあります。ですが、まずはその目撃情報の精査が必要です。調査をよろしくお願いします」

 

「はっ!」

 

 ゴドウィンの命を受けイェーガーは早速部屋を出て行く。

 一人残されたゴドウィンはデスクの上に置かれた手紙にペンを走らせる。そしてその手紙を書き終えると、それを封筒に収め机の端に置いた。その封筒には“FC”と書かれたシールでとめてあり、宛名にはこう文字が刻まれていた。

 

“Dear Nike”

 

 

 

 様々な歯車が動き始める。

 

 それぞれの歯車は世界に大きな流れを作ろうとしていた。

 

 そして。

 

 その流れは八代という青年をも巻き込もうとしていた。

 

 

 

 第一章 『デュエル屋』編 完

 

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