遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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『デュエル屋』の日常 その2

『……すた……ま……』

 

 午前8時。

 部屋の窓から差し込む温かい日差し。

 この時期の朝は暑過ぎず寒過ぎずで実に快適である。

 自然とベッドの甘い誘惑も増し意識が混濁した微睡みの時間にもう少しだけ浸っていたいと言う欲望が沸々と湧いてくる。

 

『マスター……マスター……』

 

 先ほどから聞こえる小鳥のさえずりのような可愛らしい声が意識を覚醒へと導いていく。まったく、今日は日曜なんだ。もう少しこのままでいさせてくれ。

 

『マスター……起きないと狭霧さんが来ますよ?』

 

 体を優しい手つきで揺すられる。俺の意識を完全に覚醒させようと繊細な指先の感覚がパジャマ越しに伝わってくるが、それでもこのぼんやりとしたフワフワする感覚の中にいたいと言う欲望が勝った。故に。

 

「……………………」

 

 この俺に憑いている精霊の少女のことは無視した。

 目を閉じたままゆっくりと自分の意識を落としていこう、そう決意した矢先。

 

「八代君! 起きなさい! もう朝よっ!」

 

 勢い良く開け放たれたドアと共に眠気を一気に吹き飛ばすような快活な一声が俺の部屋に響き渡った。

 青髪のショートカットの美人キャリアウーマンである狭霧深影、この人が俺の同居人であった。

 

 

 

————————

——————

————

 

「いただきます!」

「いただきます」

『………………』

 

 食卓に並ぶのは一般家庭でも並ぶスクランブルエッグにハム、トースト、サラダと言った定番メニュー。狭霧の料理の腕は確かなもので出てくる料理はどんなものでも外れることは無い。半年間の同居で分かったことである。うん、ハムうめぇ。

 日曜の午前なのに彼女が早く起きるのには理由がある。なんでも彼女は治安維持局に勤務し、さらに現キングであるジャック・アトラスの秘書をしているらしい。キングとはこの世界のデュエリストの頂点に立つ者に与えられる称号でデュエルが中心のこの世界ではキングはアイドルのような存在だ。

治安維持局の勤務は週末休みが取れることが多いのだが、キングの秘書ともなると週末に休みが取れることは少ない。なにせこの世界におけるデュエル界のキングなのだ。当然休みの少ない多忙なスケジュールで動いているわけで、その秘書だけが休みを取れるなんてこともあるはずも無い。そのため平日同様に起床し朝食を作り身支度をして出勤していく。

 狭霧は朝の料理だけでなく家に帰れば家事全般もそつなくこなす姿はまさに女性の鑑。そんな彼女だが唯一の欠点があるとすれば男っ気が無い点だ。外見も間違いなく美人の部類に入るしスタイルも良い、家庭的であると言う男のまさに理想の女性なのだが、アトラス様アトラス様と秘書として仕事をしている相手にぞっこんで他の男には見向きもしないのだ。そろそろ叶わぬ恋なんて追いかけずに現実を見ないとアラサーもすg……

 

「八代君?」

「はいなんでしょう?」

「今失礼なこと考えてなかった?」

「……いいえ、なにも」

 

 疑わしそうな目を向けてくる狭霧。こっちの思考を読んだのかと思わせるような鋭い勘というのは女の勘というヤツなのか。恐ろしいものを感じる。

 

『………………』

 

 ちなみに俺の傍らで佇んでいる少女はと言うと精霊化して言葉を発することも無くただ俯いている。実体化も出来るがその姿を他人に晒す気は無いため他人がいる時は精霊化することを約束している。食事は摂っても摂らなくても良いらしいので二人きりのときに稀に摂っている。こいつもそうだが狭霧も何で俺なんかと同居しているのか謎である。もちろん衣食住に不自由の無い生活が送れて感謝はしている。ただ…

 

「八代君、今日は何か用事はある?」

「……いや、特には」

「なら、私と一緒に来てくれる?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい」

 

 なんというか少し……いや、かなり強引な節が多い。出会った日もそうだった。依頼終わりですっかり遅くなった帰り道に俺はうっかり彼女に職質で捕まってしまったのだ。普段はそんなヘマはしないが、その時の運悪く依頼はいつもよりもハードで完全に周りへの注意力が欠けていたためバッタリ遭遇してそのまま御用という訳だ。仕事関係で知り合った情報屋の雑賀の伝手で作ってもらった偽造戸籍のおかげで身元が証明できたから良いものの無かったらと思うと寒気が走る。一応、戸籍上は両親無し親戚無しの一人暮らしになっているため今まで自由に生きてこられたけどそのときはそれが仇となった。狭霧は名前の確認をして俺の素性を調べたると何を思ったのか突然俺を保護すると宣いだしたのだ。

 曰く「15歳とは言えまだ子どもなのに身寄りの無い生活は危ないでしょ?」とのことで抵抗も虚しく狭霧宅に半ば強引に拉致される形で同居生活をするようになった。保護責任者になるまでの速度はまさに電撃作戦なんて生温いもんじゃない。それからもデュエルアカデミアへの入学手続きなどもされて学校に通う羽目になったり、一度こうと決めたことは曲げずに押し通してくることが多い。週末一緒に仕事場に連れてかれるのも依頼のない日は部屋にこもりっぱなしの俺を見かねていつもの様に出かけることを押し通されているのだ。ちなみに抵抗は無意味さは学んだ。圧のある笑顔の裏に感じる何かが俺に抵抗するなと囁いている。

 

「ごちそうさま!」

「ごちそうさま」

『……………………』

「それじゃあ、出る支度をしたら出ましょ」

「わかりました」

 

 どうせ向こうに行けばあいつに絡まれるんだろうな。めんどくせぇ。一応デッキの準備はしておこう。

 

 

 

————————

——————

————

 

 治安維持局。

 これはこの世界における実質のトップであると言っても差し支えの無い組織。

 その完全なる実態は把握していないが、セキュリティといういわゆる警察組織を下に抱えており、治安維持の名の下に市民を取り締まることが出来る時点でその権力の大きさが伺える。セキュリティには大きく分けて二種類の仕事があり、一つは俺の住んでる町、すなわちシティでの警備活動である。

 そしてもう一つはシティとは海峡で隔てられているサテライトと呼ばれる地域の監視である。サテライトとは身分の低い人間や犯罪者が住んでいる場所で、サテライトの住人はシティの人間から差別されると言った風潮がある。またサテライトの住人がシティに入ることは原則禁止されているため、セキュリティはその監視をするらしい。

 この世界に流れ着いた俺から言わせりゃシティだろうがサテライトだろうが住む場所が違うだけで同じ人間としか思えないんだが、どうにもこの世界の住人とは感覚が違うらしい。中にはサテライトの住人をクズと罵り見下してる人間もいる始末だ。ほら、今休憩室に入ってきたこいつとか。

 

「ちっ! 休憩室に来てテメェの顔を拝まなきゃならねぇなんてのは今日はよっぽどツイて無いらしいなぁ」

「……………………」

『……………………』

 

 俺を見るなり悪態を吐きはじめるおっさん。

 日焼けした浅黒い肌に太い眉、頬には大きな傷跡があり全体的にガタイが良いため、凄い厳つい。緑のセキュリティの制服を身につけているが、この顔で凄まれたらどっちが悪人なのか分からなくなるだろう。

 なぜだが分からないが俺はこのおっさんに出会った時から目の敵にされている。まぁ俺もこのおっさんが嫌いだからどう思われてようがどうでも良いことだ。このおっさんが嫌いなのはこの精霊の少女も同じらしく普段はあまり見せない敵意を向けた視線をおっさんに送っている。もっとも相手には見えてないので何の効果もないのだが。

 

「けっ! 相変わらず何考えてんのかわかんねぇ薄気味悪いガキだ」

 

 反応を示さなかったのがお気に召さなかったのか顔を不快そうに歪めている。さっさとその缶コーヒー飲んで帰ってくんないかなぁ。

 大体狭霧が居ない時はこうやって悪態を吐くだけ吐くとそのまま帰ってくれるのだが、狭霧が居るとなぜかコイツはデュエルを挑んでくる。全くその思考回路は理解できないが、今日はまだ運が良い。狭霧が居ないんじゃわざわざデュエルしないで済みそうだ。早くこのまま帰ってくれ。

 

「今日の仕事は早く終わったわ。帰りましょ、八代君。ってあら? 牛尾君じゃない」

「…………はぁ」

 

 花が咲いたような笑顔を浮かべ帰ってきた同居人の間の悪さに思わずため息が溢れる。結局か……

 

「……おい、八代。デュエルだ」

 

 この瞬間、なぜか先ほどよりも機嫌が数段悪くなったこのおっさんとのデュエルが確定した。

 

 

 

————————

——————

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 デュエルの場所はセキュリティのデュエル場。

 ここで普段セキュリティの人間はデュエルをし、お互いにその腕を磨いている。おっさんとデュエルする時はいつもここのため、もうここの景色は見飽きた。セキュリティ内でこのおっさんとのデュエルはちょっとした見せ物になっているようで、まわりにはガヤガヤとセキュリティの人間が集まってきている。依頼での仕事なら人前だろうが割り切れるけど、こういうどうでも良いデュエルのためにわざわざ人前に出るのは好かない。なるべく早く終わらせよう。

 

「それじゃあ、二人とも準備は良い?」

 

 おっさんと相対する間に立ってこのデュエルを仕切るのは狭霧。あの時あのまま一緒に帰ってくれればこんなことにはならなかったんだけどなぁ。おっさんに聞こえないように頑張ってねって言ったつもりだろうけど、耳打ちした時点で俺のことめっちゃ睨んでたぞ。

 

「はい! ……今日こそコテンパにしてやるぜ!! 覚悟しなぁ!!」

 

 人が変わったような誠実そうな声で狭霧に返事をしたが、その後俺に向けられた声はドスの効いた敵意あふれる声だった。

 ちなみに毎回そう言ってるおっさんだが今まで一度も負けたことは無い。OCGでの禁止カードも使ってんのに、情けないこった。今回のデッキは昨日少し弄ってたデッキ。ちゃんと回れば余裕で封殺できるだろう。

 

「デュエル!!」

「デュエル」

 

 今回は俺が先攻のようだ。先攻だったらまず勝ちが確定したようなものか……っておや? なんだ、この手札は?

 

『…………………………』

 

 思わず精霊の少女にジト目を送る。少女はというと申し訳なさそうに頬を僅かに赤らめながら俯いてもじもじしている。

 はぁ、前回の依頼のときに場に出さなかったせいか……まぁコイツが手札に来るのはまだ良い。だが、この手札はなんだ? 入れた覚えも無いカードまで手札に来てやがる。こんなカード、このデッキじゃ発動の機会なんかまず無いだろ。昨日デッキ弄ってるときに他のデッキのパーツが混ざったのか? スリーブに入れてないから他のデッキのカードとの見分けがつかないんだよなぁ。それにそれだけじゃなくて全体的に見てもこのデッキコンセプト的に事故だろう。まぁ泣き言は言ってられないか。一度始まったデュエルは今更どうしようもない。

 

「俺のターン。ドロー」

 

 手札に新たに加わったカードを確認する。うん、ひでぇ。

 こうなるともう出来得る手は限られてくる。

 

「俺は『サイレント・マジシャンLV4』を召喚」

 

 小さな魔方陣から姿を現したのは長めのうっすらピンクがかっているようにも見える白髪の小柄な少女。その容姿はいつも俺の側にいる少女の姿を少し幼くしたものそのものだ。ブルーとホワイトのツートンカラーのローブを纏い、体格にあったサイズの小さいロッドを持ち、頭に被った白色の尖り帽を被ったその様子はまさに魔法少女だった。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

「申し訳ありません……」

 

 ソリッドビジョンで実体化した『サイレント・マジシャンLV4』は俺だけに聞こえるようにぼそっと呟いた。その謝罪は今手札で起きていることへのことか。

 

「こういったリスクがあるのを承知の上での構築だ。覚悟は出来てる」

 

 同じくサイレント・マジシャンにだけ聞こえるように背中に言葉を投げる。

さて、そうは言ったもののあまり状況は良くない。

 

「俺は永続魔法『強欲なカケラ』を発動。そしてカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 本来なら『大嵐』や『サイクロン』の対策のキーカードを出して安全に『強欲なカケラ』を発動したかったんだが、こう言う事故が起きた以上は止むを得ない。

初手で『大嵐』を握られてなければ良いが……

 

 

「俺のターン! ドロー!!」

「この瞬間、『サイレント・マジシャンLV4』の効果発動。相手プレイヤーがドローする度にこのカードに魔力カウンターを乗せる。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗っている魔力カウンターの数×500ポイントアップする」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

 魔力カウンターが乗ったことでその容姿は少し成長し、髪も身長も伸び小学校の高学年相当の体つきになった。

 

「俺は『カオスライダー グスタフ』を守備表示で召喚!」

 

 大型バイクに股がる筋骨隆々な男が爆走しながら現れる。体には肩に金属で出来た棘付きの肩パットや肌の色がほとんど分かる程露出するような金属を巻き付けるだけと言うなんとも世紀末を彷彿させるような格好だ。表側守備表示で召喚されたため手持ちの長刀を構えず、また全体のカラーリングがすべてブルー系になっている。

OCGルールとは異なる点の一つとしてこの世界では表側守備表示での召喚が許されている。これの利点としてパッとあげられるのはディフォーマー系のモンスターは守備表示での効果を直ぐに使えると言ったところか。

 

 

カオスライダー グスタフ

ATK1400  DEF1500

 

 

「さらにカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 どうやら初手に『大嵐』は無かったようだな。

 伏せカード1枚。牛尾のデッキなら攻撃反応型の相手モンスターを破壊する類いの罠か、表示形式を変更するタイプの罠か。まぁどちらにせよ問題は無いか。

 

「俺のターン、ドロー。通常ドローをしたことで永続魔法『強欲なカケラ』に強欲カウンターを置く」

 

 

強欲なカケラ

強欲カウンター 0→1

 

 

 一応、ここはあの罠を警戒する意味でも堅実に動こう。

 

「俺は『魔導騎士 ディフェンダー』を召喚」

 

 金縁の重厚なメタリックブルーの鎧を身に纏った騎士がサイレント・マジシャンの横に並び立つ。右手の剣の大きさはナイフ程の長さと短いのに対し、左腕の盾はサイレント・マジシャンの身の丈程もあるくらい大きい。その能力もまさにディフェンダーの名に恥じぬ強固なものだ。

 

 

魔導騎士 ディフェンダー

ATK1600  DEF2000

 

 

「このカードの召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く」

 

 

魔導騎士 ディフェンダー

魔力カウンター 0→1

 

 

「バトルだ。『魔導騎士 ディフェンダー』で『カオスライダー グスタフ』を攻撃」

 

 左手の巨大な盾の中心の赤い宝玉に光が集まり青白い光の壁が『カオスライダー グスタフ』に迫る。衝突した光の壁の衝撃に耐えようと踏ん張りを見せる『カオスライダー グスタフ』だったが、耐えきることが出来ず吹き飛ばされ破壊されていった。

 

「このときトラップカード『ブロークン・ブロッカー』を発動! このカードは自分フィールド上の攻撃力より守備力が高いモンスターが戦闘によって破壊されたとき発動することが出来る。そして、そのモンスターと同名のカードを2体まで自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する。俺はデッキから『カオスライダー グスタフ』をデッキから2体特殊召喚するぜ」

「……カードを1枚セットし、ターンエンドだ」

「へへっ! 俺のターン! ドロー!!」

「『サイレント・マジシャンLV4』の効果で魔力カウンターが一つ増える」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 1→2

ATK1500→2000

 

 

 あまり良い状況じゃないな。モンスターを残してあいつにターンを回してしまった。となると、あの禁止カードが間違いなく来る。今のところこの手札じゃ処理できない以上なんとか耐えるしか無いか…

 

「俺はマジックカード『増援』を発動するぜ! 俺が手札に加えるのはチューナーモンスター『トラパート』だぁ!!」

 

 よりにもよって厄介なモンスターを加えやがって……あのモンスターは戦士族シンクロモンスターのシンクロ召喚にしか使用できないと言う制約を負う代わりに、シンクロ召喚したモンスターが戦闘を行う時、ダメージステップ終了時まで相手の罠カードの発動を封じる効果がある。シンクロ召喚されればこのデッキにおいてはかなり厄介な存在になる。

 

「今加えた『トラパート』を召喚! そしてレベル4の『カオスライダー グスタフ』にレベル2の『トラパート』をチューニング! シンクロ召喚! 『ゴヨウ・ガーディアン』! 見やがれ、これが権力だ!」

 

 まったく初手に召喚反応型の罠が無かったことが悔やまれる。

歌舞伎役者のような隈取りで顔を彩ったが体の良い大男。髪型から服も江戸の時代感を持ったモンスターで武器も長い紐に結んでつけた十手と江戸時代の警察を彷彿させる。

 

 

ゴヨウ・ガーディアン

ATK2800  DEF2000

 

 

 六つ星シンクロモンスターの中でも破格の攻撃力を持つこのモンスターはOCGでシンクロが出現した初期のもので、まだシンクロの有能性を理解してなかったのかデメリットも存在しない。その出しやすさと強力な能力故に禁止カードとなってしまったカードだ。

 

「さらに『カオスライダー グスタフ』の効果発動。このカードは1ターンに墓地の魔法カードを2枚まで除外することができ、除外した枚数×300ポイント攻撃力が相手のターン終了時までアップする。俺は墓地の『増援』を除外し攻撃力を300ポイントアップさせるぜ!」

 

 

カオスライダー グスタフ

ATK1400→1700

 

 

 おっさんの場にエースモンスターが出たため見物する同僚のセキュリティの連中は盛り上がりをみせる。その様子に満更でもないような得意げな表情を浮かべたながらおっさんはデュエルを進める。

 

「行くぜ! 『カオスライダー グスタフ』で『魔導騎士 ディフェンダー』を攻撃!! 暴走上等 参連悪辰苦!」

「トラップカード『攻撃の無敵化』を発動。このターン『サイレント・マジシャンLV4』の効果破壊及び戦闘破壊を防がせてもらう」

 

 『ゴヨウ・ガーディアン』の攻撃宣言時は『トラパート』できないため、ここ以外でこのカードを発動するタイミングはない。『魔導騎士ディフェンダー』に使うことも出来たが、効果破壊カードを万が一握られていたら新たな札を使うことになる。先を見据える意味でもここはあまり多くのカードを使うリスクは避け堅実に動く。

バイクを勢い良く発進させ『魔導騎士 ディフェンダー』と距離を詰めると、長刀で一閃。『魔導騎士 ディフェンダー』は斬りつけられる。

 

 

八代LP4000→3900

 

 

「このとき『魔導騎士 ディフェンダー』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを取り除いて破壊を免れる」

 

 

魔導騎士 ディフェンダー

魔力カウンター 1→0

 

 

 この『攻撃の無敵化』でこのターンのサイレント・マジシャンの破壊は出来なくなった。本来だったら『ゴヨウ・ガーディアン』がサイレント・マジシャンを攻撃してきたときに『攻撃の無敵化』を発動することでダメージを最小限に減らしてかつ『魔導騎士ディフェンダー』を奪われることを防ぎたかったのだが……『トラパート』を使われた以上は仕方ないことだ。あの『ゴヨウ・ガーディアン』を突破できるのはこのデッキにはこのサイレント・マジシャンの他には無い。それを破壊されたら本末転倒だからな。まさか『攻撃の無敵化』が適用されているサイレント・マジシャンに攻撃を仕掛けてくることは無いだろう。さぁ『魔導騎士ディフェンダー』を攻撃するが良い。

 

「……さらに『ゴヨウ・ガーディアン』で『魔導騎士 ディフェンダー』を攻撃! ゴヨウラリアット!!」

 

 本来はサイレント・マジシャンに攻撃を仕掛けたかったみたいだな。まぁ後半厄介になるのはサイレント・マジシャンだ。

 紐付きの十手を振り回し勢い良くそれを投擲する。十手は『魔導騎士 ディフェンダー』の盾を容赦なく貫きそのまま破壊した。

 

 

八代LP3900→2700

 

 

「この瞬間、『ゴヨウ・ガーディアン』の効果が発動だぁ!! 戦闘で破壊した相手のモンスターを自分の場に守備表示で特殊召喚する!」

 

 『魔導騎士 ディフェンダー』を貫いた十手はそのまま虚空を締め上げるように回りだす。そしてそれを勢い良く引く動作とともにその虚空を巻き上げていた中に『魔導騎士 ディフェンダー』が出現し、おっさんの場に守備表示で置かれる。面倒くさい能力だ。

 

「これで俺はターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー。通常ドローをしたことで『強欲なカケラ』に強欲カウンターが1つ乗る」

 

 

強欲なカケラ

強欲カウンター 1→2

 

 

「そして強欲カウンターが2個乗った『強欲なカケラ』を墓地に送ることでデッキから2枚ドローする」

 

 ……流石に制限カードの『オネスト』とか『月の書』が都合良く来てくれるなんてことはないよな。ここは耐えるしかないか。

 

「俺は『マジシャンズ・ヴァルキリア』を守備表示で召喚」

 

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』は守備表示で召喚したために屈んでいるが、立てば隣に並び立つサイレント・マジシャンよりも少し身長がある女性平均よりは少し高い程度の背丈の魔法少女。その出で立ちは整っており、帽子から溢れる長いサラサラのオレンジの髪や細足掻くスラリと伸びた手足からは気品を感じる。ややグリーン寄りのブルーの魔導師のローブから大胆に露出した肩や胸元、太ももはとても色っぽく目に毒である。

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア

ATK1600  DEF1800

 

 

 こいつでサイレント・マジシャンの魔力カウンターが溜まる時間をなんとか稼ぎたいところだ。

 

「バトルフェイズ。『サイレント・マジシャンLV4』で『カオスライダー グスタフ』を攻撃」

 

 まだ完全に魔力を充足させれた訳ではないが、レベル4の中では十分強力な打点のになったサイレント・マジシャンの放った白色の魔力弾は『カオスライダー グスタフ』をあっさりと吹き飛ばす。

 

 

牛尾LP4000→3700

 

 

「ちっ!」

「そしてカードを1枚伏せてターン終了」

「俺のターン! ドロー!」

「『サイレント・マジシャンLV4』に3つ目の魔力カウンターが乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 2→3

ATK2000→2500

 

 

 ようやく普段の見慣れている精霊状態程の背丈に成長した姿になったサイレント・マジシャン。日常生活のときのどこか儚げな印象はデュエルのときは無く、その瞳には強い意志を感じる。

 

「くっ……」

 

 おっさんの表情からは焦りが見える。どうやらサイレント・マジシャンをこのターン処理できるカードが無いようだ。これはチャンスか?

 

「バトルだぁ!」

「いや、このメインフェイズ終了時リバースカード発動。『ガガガシールド』を『マジシャンズ・ヴァルキリア』に装備。装備モンスターは1ターンに2度まで戦闘破壊とカード効果による破壊を無効にできる」

「なにぃ!?」

 

 『トラパート』の効果で『ゴヨウ・ガーディアン』の攻撃するときにこのカードを発動することは出来ない。故にこのタイミングで発動。『マジシャンズ・ヴァルキリア』の効果でこの『マジシャンズ・ヴァルキリア』以外の魔法使い族モンスターへの攻撃が封じられてる今、『マジシャンズ・ヴァルキリア』の守備力を突破できるモンスターは『ゴヨウ・ガーディアン』以外居ないため、このバトルフェイズは手札に『サイクロン』でも握ってない限り無意味なはず……

 

「……ならばモンスターをセットしてターンを終了だ」

「俺のターン。ドロー」

 

 よし、こっちの思惑通り時間は稼げてる。それにしてもここでセットモンスターか。リバース効果で破壊するようなモンスターは入ってなかったと思うが、万が一それでも対応は出来る。だからここは普通に攻める。

 

「俺は『魔導戦士 ブレイカー』を召喚。このカードの召喚成功時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。そしてこのカードの攻撃力は乗ってる魔力カウンター1個につき300ポイントアップする」

 

 『魔導騎士 ディフェンダー』とは対照的に金縁に紅の細身の鎧を身に纏った戦士が現れる。右手の剣も左手の盾もバランスのとれたサイズで『魔導騎士 ディフェンダー』と比較すると機動力が高そうな印象だ。

 

 

魔導戦士 ブレイカー

魔力カウンター 0→1

ATK1600→1900  DEF1000

 

 

「バトル。『サイレント・マジシャンLV4』で『魔導騎士 ディフェンダー』に攻撃」

 

 先程よりも一回り大きくなった白色の光弾が『魔導騎士 ディフェンダー』目掛けて放たれる。その巨大な盾で光弾を迎え撃つも盾の範囲をも上回るサイズの光弾はその姿全体を覆い尽くし光の中で『魔導騎士 ディフェンダー』は消滅した。

 

「さらに『魔導戦士 ブレイカー』でそのセットモンスターに攻撃」

「破壊されたのは『マッド・リローダー』だぁ! このカードが戦闘で破壊された時、自分の手札を2枚墓地に送り、2枚新たにドローする」

「ドローしたことで『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターがさらに乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 3→4

ATK2500→3000

 

 

 今となっては後の祭りだが『魔導戦士 ブレイカー』から先に攻撃しておけば、『ゴヨウ・ガーディアン』を処理できたという訳か。まぁサイレント・マジシャンの魔力カウンターが増え、良い方向に流れが出来たと前向きに考えよう。

 

「俺はカードを1枚伏せターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

「この瞬間、『サイレント・マジシャンLV4』に最後の魔力カウンターが乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 4→5

ATK3000→3500

 

 

「『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力が俺の『ゴヨウ・ガーディアン』を上回ったからっていい気になるなよ?」

「…………………………」

 

 相手の手札は依然5枚。油断するなんて文字は当然ない。まして、こちとら軽く事故を起こしてるんだ。伏せてある3枚のうちの1枚は間違って混ざってたカードでブラフにしかなっていないし、残りの2枚の伏せも正直心許ない。このターンが勝負。

 

「ちっ! その澄ませた顔をしてられるのも今のうちだ! マジックカード『大嵐』発動!フィールド上のすべての魔法・罠カードを破壊する!」

「カウンタートラップ『魔宮の賄賂』発動。その『大嵐』の発動を無効にする」

「くっ、だがその後『魔宮の賄賂』の効果で俺は1枚ドローするぜ!」

 

 危なかった。『魔宮の賄賂』が無ければ守りが無くなるところだ。本来なら伏せるカードを今のような『大嵐』で処理されないように、『大嵐』そのものを発動できないようにするんだが。キーカードが今回はことごとく来ていない。

 

「俺は『悪夢再び』を発動! 墓地から守備力0の闇属性モンスター2枚手札に加える。俺は墓地の『マッド・リローダー』と『ダーク・スプロケッター』を手札に加える」

 

 これで手札は6枚。さて、何を仕掛けてくる。

 

「俺はディスクライダーを召喚!」

 

 猛々しいエンジン音とともに姿を見せたバイクを駆るモンスター。大部分の緑色の肌を露出しており、そこから見える筋骨隆々の鍛え上げられた肉体はたくましいの一言に尽きる。メタリックブルーとシルバーの2色をベースにしたバイクのカラーリングは『カオスライダー グスタフ』と対照的だ。

 

 

ディスクライダー

ATK1700  DEF1500

 

 

「さらに墓地の『ヘルウェイ・パトロール』を除外することで、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスターを特殊召喚する。これにより『ダーク・スプロケッター』を特殊召喚!」

 

 さっき戦闘破壊した『マッド・リローダー』のコストを上手く使っているな。それにしても『ダーク・スプロケッター』とはこの場合は厄介なチューナーだ。

 

 

ダーク・スプロケッター

ATK400  DEF0

 

 

「レベル4の『ディスクライダー』にレベル1の『ダーク・スプロケッター』をチューニング! シンクロ召喚! 現れよ、泣く子も黙る双子の野獣刑事! 『ヘル・ツイン・コップ』!」

 

 赤い二つのライトを照らすバイクに乗っているのは双頭の野獣。分厚い筋肉に覆われた肉体の背中からは翼が生えており、その姿はまさに化け物。その化け物が乗るバイクもハンドルに4つの目がついていると言う怪物バイクと、まさにおっさんが言う通りこんなモンスターを見たら泣く子も黙ると言う言葉も頷ける。それにしてもこのおっさんやたらバイクに乗ったモンスター好きだよな。

 

 

ヘル・ツイン・コップ

ATK2200  DEF1800

 

 

「『ダーク・スプロケッター』が闇属性モンスターのシンクロ素材に使われた時、フィールド上の表側表示の魔法・罠カードを1枚破壊できる。これにより『マジシャンズ・ヴァルキリア』に装備された『ガガガシールド』を破壊だぁ!!」

 

 これで『マジシャンズ・ヴァルキリア』は処理されてしまう。だが、これではまだサイレント・マジシャンを突破することは出来ない。残りの手札4枚で何が来る?そう考えているとおっさんの顔がニヤリと歪む。

 

「まだ『サイレント・マジシャンLV4』が突破できないと思って落ち着いているようだが、まだ俺のモンスターは出そろっちゃいねぇ!! 俺は手札の3枚のモンスターを墓地に送り、手札から『モンタージュ・ドラゴン』を特殊召喚するぜ!」

 

 それは三つ首の竜だった。

 特徴的なのはブルーとホワイトのツートンカラーも然ることながら、細身な二の腕と比べて圧倒的にアンバランスな腕の大きさである。その手の大きさは一つの竜の頭をも軽々と覆えてしまう程の大きさだ。

フィールド上のどのモンスターよりも大きく滲み出る威圧感は強大なもので、体の巨体に見合った巨大な翼で羽ばたく姿はただただ見るものを圧倒する。

 

「くくくっ、『モンタージュ・ドラゴン』の効果は知ってるよなぁ? 墓地に捨てたモンスターのレベルの合計の300倍の攻撃力を得るってことをよぉ。今俺が墓地に送ったのはレベル1の『マッド・リローダー』、レベル5の『手錠龍』、そしてレベル8の『モンタージュ・ドラゴン』! よってその合計は14! 攻撃力は4200だぁ!!」

 

 

モンタージュ・ドラゴン

ATK4200  DEF0

 

 

 これでこのおっさんの主力モンスターが揃った。

 周りのおっさんの同僚達も「今回……いけるんじゃねぇか……?」「ついに、牛尾のヤツやるのか?」「行けぇ! このまま押し切れ牛尾ぉ!!」などとボルテージが上がってきていた。確かに攻撃力2200、2800、4200のモンスターが並ぶ光景は錚々たるものだ。一方の狭霧はどこか不安げな表情でこちらを見ている。審判ならちゃんと全体を見ていて欲しいもんだ。

 

「覚悟は良いか!! 今日でお前には敗北を味合わせてやるぜ!! 『ヘル・ツイン・コップ』で『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

 バイクに股がった『ヘル・ツイン・コップ』は爆走しながら『マジシャンズ・ヴァルキリア』に突っ込んでいき容赦なく弾き飛ばす。

 

「さらに『ヘル・ツイン・コップ』の効果発動! 相手モンスターを戦闘で破壊した時、攻撃力を800ポイントアップさせもう一度続けて攻撃することが出来る!!」

 

 

ヘル・ツイン・コップ

ATK2200→3000

 

 

「続けて『魔導戦士 ブレイカー』に攻撃だぁ!! やれぇ、『ヘル・ツイン・コップ』!!」

 

 さらに速度を上げ『魔導戦士 ブレイカー』に突っ込んでいく。手に持った盾で受け止めようにも攻撃力の差が開いたこのバトルで盾など意味をなすはずも無く撥ね飛ばされ破壊される。

 

 

八代LP2700→1600

 

 

「そして『モンタージュ・ドラゴン』で『サイレント・マジシャンLV4』に攻撃ぃ!! パワーコラージュ!!」

 

 『モンタージュ・ドラゴン』の三つの口に光が集まっていく。そして口元が見えなくなる程の発光量に達した時、それぞれの口から同時にそれは放たれた。攻撃力4200となったそれの一撃。それはこのデュエル場を照らし尽くすには十分な威力で目の前が真っ白になっていく。周りから聞こえる声や音も消えていき聞こえるのは迫り来る攻撃の轟音、視界に映るのはサイレント・マジシャンだけとなる。そのサイレント・マジシャンは迫り来る一撃を前に動じること無くその背中を俺に預けていた。

 

「リバースカードオープン……」

 

 俺の声もまた轟音に掻き消され目の前が白で塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ! これで俺の勝ちは決まりだぁ!! わっはっはっはっは!!!」

 

 初めに聞こえたのはおっさんの勝利を確信したような笑い声だった。くそっ、まだ視界がチカチカしてちゃんと見えねぇな。向こうもそろそろ気付く頃か?

 

「はっはっ……は……は……?」

 

 ようやく気付いたみたいだ。俺の場のサイレント・マジシャンが破壊されてないことに。そして俺のライフが削られていないということに。

 

「バカなぁ?!! なぜ『サイレント・マジシャンLV4』が破壊されてねぇ?!! どうしてテメェのライフが削られてねぇんだ?!?!」

「よく見ろよ、おっさん。俺の場で発動しているカードをよ」

「あぁん?! リバースカードだぁ?!」

 

 おっさんの視線はサイレント・マジシャンからその後ろの俺の場で発動しているリバースカードに向けられる。そしてそれを認識するとその表情は一変、驚愕したものへと変わった。

 

「禁じられた……聖……杯……だと……?」

「そう、俺は戦闘のダメージステップ時に速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動させてもらった。この効果の対象となった『モンタージュ・ドラゴン』の攻撃力は400ポイントアップしたが、その効果は無効化されたため自身の効果で上がった攻撃力は0になったってことだ。よって攻撃力400となった『モンター・ジュドラゴン』の攻撃を受けても『サイレント・マジシャンLV4』は破壊されないのは当然だろ」

 

 

モンタージュ・ドラゴン

ATK4200→400

 

 

 静まり返るデュエル場。

 盛り上がりを見せていた周りの連中も一斉に黙り伏せる。

 圧倒的に押していたと思われた形勢が瞬く間に逆転してしまったその光景を呆然とその目に焼き付けていた。

 

「さて、それじゃあ反撃だ。いけ、『サイレント・マジシャンLV4』」

「はい」

 

 俺にだけ聞こえるような小さな返事を残し、サイレント・マジシャンは『モンタージュ・ドラゴン』の元へ飛んでいった。そして三つ首の真ん中の頭上に浮かぶとその杖を振り下ろす。

 

 閃光。

 

 杖の先が一瞬輝いたと思った瞬間、『モンタージュ・ドラゴン』を覆い尽くす白い魔力弾が膨張しその姿を包み込む。そして巻き起こる爆風。

 

「ぐぅぅぅ!」

 

 なんとか吹き飛ばされないよう踏ん張りきったおっさんの目の前には既に『モンタージュ・ドラゴン』の姿は無かった。

 

 

牛尾LP3700→600

 

 

 その表情は呆然としたものから苦々しげなものに変わる。気付いてしまったのだ。もう手札が無く打てる手だてが無いことに。

 

「ターンエンドだ……」

「俺のターン、ドロー」

 

 なんだよ、やっとお出ましか。だけどもう出番は無いカードだ。では、ずっと手札に来ていたカードを使いますかね。

 

「『サイレント・マジシャンLV4』の効果発動。魔力カウンターが5個乗っているこのカードを墓地に送ることで、手札またはデッキから『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚する。俺は手札から『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚する」

 

 『サイレント・マジシャンLV4』の姿が光に包まれその姿を変えていく。と言ってもその姿が大きく変化することは無く言うなれば完全な大人の女性の姿になった感じだ。表情が大人びるのも然ることながら胸元の膨らみが魔導師のローブ越しでもはっきりと見て取れる。

 これと一緒に初手に来たこのデッキに入れた覚えの無いカードを見たときは死に札過ぎて全く役に立たなかったが、なんとか出せて良かった。それにせっかく入ってたんだ、このカードもあまり意味をなさないけど使うか。

 

「さらにリバースカードオープン。『拡散する波動』。1000ポイントライフを払い、自分の場のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスターすべてに1回ずつ攻撃する。これにより『サイレント・マジシャンLV8』はすべてのモンスターへ攻撃が可能になった」

「なんだとぉ?!?!」

 

 

八代LP1600→600

 

 

「バトル。『サイレント・マジシャンLV8』で『ゴヨウ・ガーディアン』、『ヘル・ツイン・コップ』に攻撃!」

 

 サイレント・マジシャンが生み出した白く輝く魔力弾。その大きさは『拡散する波動』の効果も相まってか留まることを知らない。おっさんから見たらそれは最早『弾』と言うレベルではなく肉薄する『壁』のように映るだろう。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 おっさんの叫びとともにこのデュエルは幕を閉じた。

 

 

牛尾LP600→0

 

 

 

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——————

————

 

「相変わらず強いわね〜八代君は」

「……いえ、ただおっさんが弱いだけです」

 

 デュエルが終わり帰路につきながら狭霧が話を振ってくる。

 今回使ったのは【光軸里メタビート】

 ……だったはずなのだが、他のデッキパーツだった『拡散する波動』が混じってたり、初手に『サイレント・マジシャンLV8』が来てたり、肝心の『魔法族の里』や『奈落の落とし穴』、『次元幽閉』、『神の警告』などの妨害系の罠が全くこないと言う盛大な事故を起こしていた。いや、『魔法族の里』は最後に引いたけど来る頃にはもう必要なくなっていた。

 そんな状態なのに勝ててしまった今回のデュエルは偏におっさんが弱かっただけと言う結論を下すには十分な判断材料だ。ちゃんと回っていればダメージを受けること無く完封もありえただろう。

 

「あらあら、手厳しいわね……本人が聞いたらショックがるわよ?」

「……でも、事実ですので」

 

 俺の返答に苦笑いを返す狭霧。

 愛想が無いのは自覚している。というよりも会話をする気がそもそもあまり無い。だから、あのおっさんのような対応を受けるのは日常茶飯事であり、というよりもあのような態度を取られることの方が自然な対応だとすら思う。

 なのにこの狭霧深影と言う人間は俺と普通に接してくる。俺からすればそのことが不思議でならない。俺と同居することに彼女は何のメリットも無いはずなのに。

 この人の表情を読もうにもこの笑みの裏側の感情など読心術の心得の無い俺からは何も読み取れない。

 

「ん? 私の顔に何かついてる?」

「……別になんでもないです」

 

 キョトンとした顔で尋ねられた問いでようやく狭霧の顔を注視していたことに気付く。何でも無いと言う答えに“そう”と言い、続けて“……変なの”といきなりの笑顔が咲く。不意打ちでこんな笑顔向けられたら普通の男だったら一発で堕ちるんだろうなぁなどとどうでも良いことに思考を巡らせながら顔を背ける。

 夕方になり目の前で沈んでいく太陽がやけに眩しい。

 

「……………………」

「……………………」

『……………………』

 

 訪れる沈黙。

 だけど出会って間もない頃のような沈黙の気まずさのようなものは感じない。

 

「あっ!」

 

 思い出したかのように立ち止まり狭霧が声を漏らす。

 遅れて俺も足を止める。

 

「……どうかしましたか?」

 

 俺の問いかけになぜか一瞬、驚いたような表情を浮かべる。だが、それは一瞬であり直ぐに今日一番の満開の笑顔に変わると嬉しそうに答える。

 

「今日の夕飯は頑張ったご褒美に八代君の好きなカレーよ!」

 

 この同居生活が始まって半年が過ぎたが、この生活も悪くない。

 ふと、そんなことを思った。


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