遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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独壇場

 時刻を少し遡る。

 トビーと八城がデュエルを始めた頃、アルカディア・ムーブメントのビルの上階の一室で二人の男が密会していた。

 一人は前髪が三日月のようなカーブを描き大きく右に流れている特徴的なヘアスタイルの男。その褐色の髪と切れ長の目、シャープな顔立ちはアルカディア・ムーブメントの案内パンフレットを見た事のある人間ならばその総帥のディヴァインである事が分かるだろう。

 テーブルを挟んで向かい側に座るのはベレー帽を被り紺色の長袍を着た男。穏やかな笑みを浮かべているのは会談の内容が納得のいくものだったからだろうか。

 

「それでは三日後、よろしくお願いしますよ。プロフェッサー・フランク」

「えぇ、畏まりました。必ずやこの少女が隠している潜在能力を暴いてみせましょう」

 

 二人は握手を交わしその日の会談を終える。

 

 “この少女”

 

 それが指すのはテーブルの上に乗せられた写真。

 そこに映るのは艶のある腰まで伸ばした白髪の少女。細身で色白なその姿は儚く庇護欲をそそり立てる。アカデミアの制服を着ている事から登校中に撮影したと思われるがカメラに気付いている気配は無く、盗撮された写真である事が分かる。

 フランクはその写真を内ポケットにしまうと立ち上がり真っすぐと部屋のドアに向かって行く。

 

「では」

 

 そう言葉少なく一礼だけするとフランクは部屋を後にした。

 そしてそれと入れ替わるようにくすんだ金髪のスタイルの良い男が入ってくる。その男の視線は部屋を出て行った男を僅かに追っていた。

 

「なんだ、デュエル屋か?」

「シュウか。あぁ、ちょっとね。それと入るときはノックぐらいしたまえ」

「まぁ堅い事言うなよ。んな事よりどうして外部のデュエル屋なんかに依頼したんだ? この前みたいに俺が出れば金なんて掛からなかっただろう」

「餌はそう頻繁に撒くものじゃないのさ。それに今回はただデュエルするだけじゃ目的を果たせないんでね」

「……へぇ。まぁあんたが何を企もうが知ったこっちゃねぇや。あんたの目的と俺の目的の利害が一致する限り付き合ってやるさ」

「それは……頼もしいね」

 

 そんなやり取りをしながらシュウは先程フランクが腰掛けていたソファーに腰を下ろす。自然な流れで足を組むのはその動きが癖になっている証拠だろう。しかしそんな行儀のいいとは言えないシュウの態度にもディヴァインは眉一つ動かす様子は無い。

 

「それで? 何しに来たんだシュウ?」

「何か面白そうな匂いがしたから来たんだよ」

「……それだけか?」

「あとはこのソファー。俺の部屋のよりも良いヤツだろこれ? やたら座り心地良いから気に入ってんだ」

「はぁ……まぁ好きなだけ座って行くと良い」

 

 少し呆れた様にため息を吐いたディヴァインだったが、直ぐに意識を切り替えたようで「さて」と立ち上がると部屋の奥のドアと向き合う位置にあるデスクに向かって行く。

 

 コンコンッ

 

 ドアのノックする音が響いたのはそんな時だった。

 その小気味好い音に面倒くさそうな視線を向けるシュウ。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 ディヴァインの許可を得て入ってきたのは紅髪の少女。顔にはまだ幼さが残るが出るとこが出た丸みの帯びた体つきは大人のそれである。

 その姿を視界に収めるとディヴァインは歓迎するかのように穏やかな顔つきとなった。

 

「アキか」

「今忙しかった?」

「いや、ちょうど一段落した所だ。何か用かい?」

「そう言う訳じゃないんだけど……用が無ければ来ちゃダメかしら?」

「ふっ、まさか。いつでも来てくれて構わないよ」

「ありがとう」

「なんだよディヴァイン。随分と俺が来たときと反応が違うじゃねぇか」

「まさか。そんなつもりは無いさ」

「シュウ……居たのね」

「なんだ十六夜。居たら都合が悪かったか?」

「別に……」

「おいおい、顔を合わせて早々に揉めるのはよすんだ」

「揉めてるつもりはねぇよ。ただ一方的に目の敵にされてるだけだ」

「…………」

 

 十六夜に睨まれてもそんなものは何処吹く風、シュウは肩をすくめるだけだった。そんな態度にますます十六夜は視線を鋭くする。部屋の空気がピリピリし始めたのは当然の結果と言えよう。

 もう我関せずと決めたようでディヴァインは仕事用デスクの前に座ると書類に目を通し始める。

 

 プルルルルルッ

 

 部屋の中に流れた嫌な空気を引き裂いたのはディヴァインの仕事用デスクの上に乗せられた内線電話だった。ディヴァインはワンコールで受話器を取り通話を始める。

 

「こちらディヴァイン。どうした? あぁ…………あぁ、分かった。報告感謝する」

 

 内線で何かの報告を受けたのか、ディヴァインはデスクのリモコンを操作し部屋の大モニターを下ろす。

 

「……何か問題でもあったの?」

「そうじゃない。なんでも面白いものが見れるそうだ。折角だから見てくと良い」

「……?」

「期待させといて退屈なのは勘弁だぜ」

「多分大丈夫だろう。わざわざ私に報告してくる程だ」

「誰と誰のデュエル?」

「レベル5の生徒と特進クラスへの入学希望者だそうだ」

「おぉ! そいつは随分と愉快な事になってるな」

 

 ディヴァインがモニターを付けると映る会場は薄暗くなっていた。

 片方のサイドには『エーリアン・ウォリアー』と『エーリアン・ドッグ』が並び、もう一方のサイドには『マンジュ・ゴッド』とウジャト眼が刻まれた黄金の壺が並んでいる。

 モニターを見る三人は一瞬で『イリュージョンの儀式』が発動されている状況を把握した。

 やがてその壺に『マンジュ・ゴッド』の魂が焼べられ、不気味な振動が最高潮に達した時、それは起きた。

 

【『サクリファイス』を特殊召喚!】

 

 現れる『サクリファイス』。

 モニターの向こうの会場はそれに響いていた。

 

「ふむ」

「へぇ」

「……」

 

 そしてディヴァイン、シュウ、十六夜の三人もまた三者三様のリアクションでその光景を見つめていた。『サクリファイス』の登場で大きく注意が惹き付けられたようだ。

 それから何かを言う事も無く三人は勝敗が決するまでモニターに釘付けになっていく。それはまさしく八代の狙い通り。こうしてデュエルはアルカディア・ムーブメントの総帥の目に留まる事になったのだった。

 

 

 

————————

——————

————

 

八城LP4000

手札:1枚

場:『魅惑の女王LV5』(『サクリファイス』装備)

魔法・罠:『強制終了』

セット:3枚

 

 

 

トビーLP1700

手札:3枚

場:無し

魔法・罠:『補給部隊』×2、『古代遺跡コードA』、『洗脳光線』

セット:無し

 

 

 

「僕のターン、ドロー! 永続トラップ『洗脳光線』を墓地に送りマジックカード『マジック・プランター』を発動! これにより2枚ドロー!」

「…………」

 

 力強いドローのかけ声とともにトビーが動き出す。

 ここでさらに手札を稼いでくるか。

 流石に5枚も手札があるとフィールドを完全にひっくり返される可能性は十分ある。そしてこの場を完全に返されるとこの手札1枚ではどうにもならない。

 このセットカードのみで対応しきれると願うしかない。

 

「よしっ! 魔法カード『侵食細胞「A」』を発動! 相手の場のモンスター1体を対象に発動し、そのカードにAカウンターを一つ乗せる。これで『魅惑の女王LV5』にAカウンターを乗せるよ!」

 

 発動された『侵食細胞「A」』のカードが場に現れると、そこから紫色の肉塊が勢いよく『魅惑の女王LV5』の体にへばりつく。『魅惑の女王LV5』は不快そうに手でそれを払おうとするが一向に落ちる気配はない。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター0→1

 

 

 5枚の手札でありながらそのスタートが『侵食細胞「A」』である時点で手札に魔法・トラップを一掃するような札が無いと分かる。それは僥倖なのだが、こちらのモンスターに対してAカウンターを載せてきた時点で、それを使って何かを仕掛けてくる事が予想される。今の場でAカウンターを使用するカードは『古代遺跡コード「A」』のみだが、その効果ではこの盤面を解決する事は出来ないはず。一体残りの手札で何を仕掛けてくる?

 

「そして『エーリアン・テレパス』を召喚」

 

 何も居なくなった相手の場に新たに現れたのは赤色の肌をしたオオサンショウウオのような姿をした怪物。一般のオオサンショウウオとは違い大きな口の中には肉を引き裂くための鋭い歯がずらりと並び、鼻からは二本の長いひげが伸びている。後ろ足は存在しないが、コブラが胴だけで頭を起こす様に器用に頭を持ち上げてこちらを見つめている。

 

 

エーリアン・テレパス

ATK1600  DEF1000

 

 

 この流れでトビーの狙いは判明した。

 だがそれを見越した上で俺は心の中でほくそ笑む。この動きのために手札2枚を消費してくれたのなら、こちらとしては寧ろありがたい。

 

「『エーリアン・テレパス』の効果発動。1ターンに1度、相手モンスターに乗っているAカウンターを1つ取り除くことで、フィールドの魔法・罠カード1枚を破壊する。この効果で『魅惑の女王LV5』に乗っているAカウンターを取り除き、僕が破壊するのは『強制終了』!」

 

 『エーリアン・テレパス』はその大きな口を『魅惑の女王LV5』に向けると勢いよく息を吸い込み始める。それは超強力掃除機の吸引口の如く周りの物が吸い込んでいく。『魅惑の女王LV5』は懸命に『サクリファイス』の体を掴んでそれに引き込まれない様に堪えていた。

 そんな中『魅惑の女王LV5』の体にこびり付いていた紫色の肉塊が徐々に剥がれて『エーリアン・テレパス』の口の中に吸い込まれる。そうして『魅惑の女王LV5』の体から綺麗さっぱり肉塊が落ちると、『エーリアン・テレパス』の二本の髭が徐々に真紅に染まっていく。

 なるほど、どうやらその髭から熱線を放って『強制終了』のカードをぶち抜く腹らしい。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 1→0

 

 

 『エーリアン・テレパス』の効果で『強制終了』を狙ってくる事は分かっていた。このカードを破壊しなければバトルが行えないのだから、ビートダウンでライフを削る事を目的にした相手からすれば最も破壊する優先が高いカードだろう。そして相手がそれを狙ってくると分かっていればその対策を講じる事もまた簡単なことだ。

 

「そうおいそれと破壊させるわけにはいきませんよ。永続トラップ『宮廷のしきたり』を発動。このカードが存在する限り、お互いのプレイヤーは『宮廷のしきたり』以外の場の永続トラップカードを破壊出来なくなります」

 

 俺が『宮廷のしきたり』を発動すると同時に『エーリアン・テレパス』の髭から二筋の熱線が放たれる。その灼熱のレーザーは『強制終了』のカードに当たる直前に『宮廷のしきたり』によって生じた薄いバリアに阻まれ弾かれる。

 これにより『エーリアン・テレパス』の効果は不発。2枚のカードを無駄に使用させた上にこちらは無傷。

 わざわざこの2枚のカードを使ってきた事から、残り3枚の手札に場の魔法・トラップを1枚除去出来る汎用速攻魔法『サイクロン』のような便利な除去カードは無いと考えていいだろう。いや、『サイクロン』を握っていたら『強制終了』の効果の発動にチェーンして発動させる可能性もあるか。まだ油断は出来ない。

 

「くっ……なら速攻魔法『「A」細胞散布爆弾』を発動。自分のフィールドの“エーリアン”モンスター1体を破壊し、そのモンスターのレベルの数だけAカウンターを相手フィールド上の表側表示モンスターに置く。僕は『エーリアン・テレパス』を破壊し、そのレベル分4つのAカウンターを『魅惑の女王LV5』に置く」

 

 『「A」細胞散布爆弾』が発動されると『エーリアン・テレパス』の体が爆ぜる。そして飛散する体の一部が『魅惑の女王LV5』の体に降り注ぐ。また紫色の肉塊を体中に浴びることになった『魅惑の女王LV5』はゴミを見るかのような目でトビーを見るようになった気がする。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 0→4

 

 

「ほう」

 

 上手い手だ。

 『「A」細胞散布爆弾』は普通に使えば自分のカードを2枚消費してAカウンターを相手のモンスターに乗せるだけの効果であまり効率のいいカードではない。だがこの布陣においてはそれだけに留まらない。

 

「さらにフィールドの“エーリアン”モンスターが破壊された事で『古代遺跡コードA』にAカウンターが1つ乗る。そして『補給部隊』2枚の効果で2枚ドローする」

 

 

古代遺跡コードA

Aカウンター 1→2

 

 

 『補給部隊』が2枚存在するこの場において、『「A」細胞散布爆弾』は消費した分のカードをリカバリー可能なドローソースへと早変わりする。

 自分のターンに能動的に自分のモンスターを破壊する手段を残している辺り、『補給部隊』のカードをキチンと使いこなしていると言えよう。

 これでトビーの手札は4枚まで回復した。

 どうやらこのまま何事も無くターンを渡してくれる気は無いようだ。

 はたして何を引き込んだのか?

 

「『古代遺跡コードA』の効果発動。1ターンに1度、フィールドのAカウンターを2つ取り除く事で、自分の墓地の“エーリアン”モンスター1体を特殊召喚する。『魅惑の女王LV5』のAカウンター1つと『古代遺跡コードA』のAカウンターを1つ取り除き、僕は『エーリアン・テレパス』を特殊召喚する」

 

 『魅惑の女王LV5』の体に張り付いていた紫色の肉塊の一部が剥がれると共に、トビーの前に墓地へと続く暗い穴が開きそこから『エーリアン・テレパス』が浮上する。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 4→3

 

 

古代遺跡コードA

Aカウンター 2→1

 

 

エーリアン・テレパス

ATK1600  DEF1000

 

 

 これでトビーは再び『エーリアン・テレパス』の効果を使用出来る状況になった。だが『宮廷のしきたり』によって『強制終了』が守られている以上、彼が狙うのは……

 

「そして『エーリアン・テレパス』の効果を再び発動。『魅惑の女王LV5』のAカウンターを1つ取り除き、『宮廷のしきたり』を破壊する」

 

 『魅惑の女王LV5』の顔にこびり付いていた肉塊が『エーリアン・テレパス』に吸収される。この時、煩わしい肉塊が剥がれた事で『魅惑の女王LV5』の表情に幾らか余裕が戻ったように見えた。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 3→2

 

 

 そして『エーリアン・テレパス』の髭から放たれた二本の熱線は表になっている『宮廷のしきたり』のカードで交叉し、それをクロスに焼き切った。

 これで『強制終了』のカードを守るカードはもう無い。

 しかしこの動きをするのにトビーは4枚まで増えた手札を1枚も消費していない。ここで更に『強制終了』を破壊するカードまで引き込まれていたら少々分が悪くなる。

 トビーの次の一手に自然と心臓が高鳴るのを感じた。

 

「さらに場のAカウンターを2つ、僕はそれを『魅惑の女王LV5』から取り除く事で手札の『エーリアン・リベンジャー』を特殊召喚する」

 

 上空に突如として黒い穴が空く。すると『魅惑の女王LV5』の髪や体に付着していた紫色の肉塊はその穴に吸い込まれていく。これで『魅惑の女王LV5』に乗っていたAカウンターは全て取り除かれた。

 やがて上空に空いた黒い穴から一つの黒い塊が落下してくる。地面とぶつかり土煙が立つ中から浮かび上がったシルエットは『エーリアン・ウォリアー』同様の二足歩行の怪物。ただその大きさは二回り程大きいか。

 土煙が晴れて姿がハッキリと見えるとその違いが明らかになっていく。

 まずカラーリングが異なっていた。『エーリアン・ウォリアー』は紺色の筋繊維を白い外甲が覆っていたのに対し、『エーリアン・リベンジャー』は鮮血の如く赤い筋繊維にダークグレイの外甲に覆われている。さらに腕の本数は6本に増えており、それぞれに5本の鋭い爪が伸びていた。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 2→0

 

 

エーリアン・リベンジャー

ATK2200  DEF1600

 

 

 4枚の手札の内の1枚は『エーリアン・リベンジャー』だったか。

 どうやら少なくともこのメインフェイズ中に『強制終了』を破壊してくるつもりは無いらしい。

 

「『エーリアン・リベンジャー』の効果発動。1ターンに1度、相手フィールドの表側表示モンスターすべてにAカウンターを置く」

 

 『エーリアン・リベンジャー』の口から放たれた紫色の肉塊のような物体が『魅惑の女王LV5』の胸元に直撃する。『魅惑の女王LV5』は折角全ての付着物が取れたのに、再び同じ目に遭う事になったのが余程堪えたのか両拳を握りプルプル震えている。怒りの感情を露わにしたいのだが、女王と言う立場故に感情を公的場で露わに出来ないという葛藤がその表情から読み取れる。瞳が薄らと光っているのは彼女の涙なのかもしれないと言うのは考え過ぎだろうか。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 0→1

 

 

 召喚権も既に『エーリアン・テレパス』に使用し、1ターンに1度の『古代遺跡コードA』の効果も使用した今、このターンこれ以上モンスターを展開してくる可能性は低いはず。逆にこれ以上モンスターを展開してきた場合は『強制終了』を破壊する算段があると見て間違いない。

 どの道トビーは間違いなくバトルを仕掛けてくる。たとえ『強制終了』を破壊する術が無くても『強制終了』の効果を使用させれば俺は場のカードを1枚墓地に送る事が出来るからだ。しかしそのコストを確保するのはこのデッキに限って言えば大した事ではない。『サクリファイス』や魅惑の女王によって装備した相手のモンスターを墓地に送って、自分のターンになったらまた相手のモンスターを装備すれば良いだけだからだ。そのために『強制終了』と『サクリファイス』や魅惑の女王は相性が良い。

 そう考えるとトビーがこのターン『エーリアン・リベンジャー』を特殊召喚した理由は二つ考えられる。一つは『強制終了』を処理する札を握っているため、このバトルフェイズでの追撃要員として。もう一つは『強制終了』のコストで『魅惑の女王LV5』に装備された『サクリファイス』が墓地に送られると読み、次のターン『エーリアン・テレパス』が装備された時に自分の場ががら空きにならない様にするための壁として。『エーリアン・リベンジャー』のレベルは6のため『魅惑の女王LV5』では装備される心配が無いことも場に出した理由に挙げられるだろう。

 そんな事を考えているとトビーがこのターンを動かし始める。

 

「これでバトルに入るよ! 『エーリアン・リベンジャー』で『魅惑の女王LV5』に攻撃」

 

 まずこれ以上の追加のモンスターは無いようだ。

 『エーリアン・リベンジャー』は攻撃宣言を受けると、『エーリアン・リベンジャー』は腰を落として発達した脚部に溜めを作る。その瞳には敵として『魅惑の女王LV5』が捉えられていた。

 

 来るっ!

 

 そう思った瞬間、『エーリアン・リベンジャー』は力強く地面を蹴り上げて驚異的な勢いで宙を舞っていた。体勢を見るに振りかぶった6本の腕を落下する勢いを付けて振り下ろし、『魅惑の女王LV5』をその鋭い爪で引き裂こうと言うのだろう。

 それに対する俺の手は決まっていた。

 

「トラップ発動。『ゴブリンのやりくり上手』」

「っ!」

 

 狙うのは2ターン目と同じ展開。

 『強制終了』のコストに『魅惑の女王LV5』に装備された『サクリファイス』を使わない事で次のターン『魅惑の女王LV5』のレベルアップに繋げる事が出来る。『魅惑の女王LV7』になれば『エーリアン・リベンジャー』であろうと装備する事が可能となる。

 結果論だがもし『サイクロン』を握っていたとしたらこの場合メインフェイズに発動しておくのが正解だったのだろう。

 

「さらに『強制終了』の効果も発動。『ゴブリンのやりくり上手』を墓地に送りバトルフェイズを終了する」

 

 『ゴブリンのやりくり上手』のカードが墓地に送られていく。これでこのターンの3枚ドローが確定した。

 相手の『サイクロン』が発動するとしたらここだ。

 緊張の一瞬。

 『エーリアン・リベンジャー』が合計30本もの爪を勢い良く振り下ろす。それは『魅惑の女王LV5』に直撃する寸でのところで薄い半透明の膜にぶつかり、そして

 

「…………」

 

大きく後ろに弾き飛ばされた。

 それはつまり『強制終了』の効果が成立したと言う事だった。

 

「そして『ゴブリンのやりくり上手』の効果により、墓地の『ゴブリンのやりくり上手』の枚数+1枚、つまり3枚ドローし手札を1枚デッキに戻す」

 

 これは最高の引きだった。手札で腐っていた『魅惑の女王LV5』のカードをデッキに戻しつつの3枚ドロー。文句無しのパーフェクトだ。

 

「カードを2枚伏せてターン終了」

 

 これで相手の場の魔法・トラップゾーンのカードが全て埋まった。

 魔法・トラップゾーンのカードを埋めてまでカードを伏せてきた事を考えると、あれらは俺の行動を妨害するためのカードと見て間違い無いだろう。だがそれを恐れて勝負に出ないという選択肢は無い。こちらもある程度の妨害なら踏み越えることの出来る札は既に揃えている。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 引いたのは『増殖するG』。

 手札から墓地に送る事で相手がモンスターを特殊召喚するたびにカードをドローする事のできる手札増強カードだが、このターンに欲しい札ではない。だがこのターン決めきれ無かった場合にはこのカードに頼ることになりそうだ。

 

「スタンバイフェイズ、『魅惑の女王LV5』の効果により自身の効果で装備カードを装備したこのカードを墓地に送りレベルアップする。『魅惑の女王LV7』をデッキから特殊召喚」

 

 『魅惑の女王LV5』の姿が『サクリファイス』と共に黒い火柱の中へと消える。その規模は『魅惑の女王LV5』の召喚の時の比ではない。黒炎はデュエル場の天井まで立ち上りその熱で風が吹き荒ぶ。やがて漆黒の炎は情熱的な紅蓮の炎に変わっていき、形状も立ち上る火柱から徐々に縦長の球状に変化していく。それは巨大な炎の蕾の様だ。

 

 その開花の時は突然だった。

 

 細長い花弁が広がるかの如く四方に咲き乱れ、火花が辺りに四散する。その様子は彼岸花を見ているようだった。

 炎の華の中心に立つのは鳶色の髪を腰の辺りまで伸ばした女性。身長は女性にしては高く170cm後半くらい、手足は長く引き締まったスタイルはモデルのようだ。

 また年を重ねて体が成長したのに伴い衣装の露出も増え一層妖艶な魅力が増していた。肩から腕までを露出したビスチェドレスで前は辛うじて隠れているが、太腿は大胆に曝け出され会場の男どもの視線を釘付けにしている。

 

 

魅惑の女王LV7

ATK1500  DEF1500

 

 

『この派手好き……』

 

 サイレント・マジシャンがボソッと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

「『魅惑の女王LV7』の効果発動。1ターンに1度だけ相手の場のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する事が出来る。これにより『エーリアン・テレパス』をこのカードに装備する」

 

 『魅惑の女王LV7』は『エーリアン・テレパス』と目を合わせる。そしてそれ以外の所作は必要なかった。

 それだけの事で『エーリアン・テレパス』はフラフラとこちらのフィールドへと進んでくる。その様子はまるで肉に惹き付けられる意識の無いゾンビの様だ。

 

「トラップ発動! 『惑星汚染ウイルス』! 自分フィールドの“エーリアン”モンスター1体をリリースする事で相手のフィールド上の表側表示のAカウンターが乗っていないモンスター全てを破壊する」

 

 『惑星汚染ウイルス』のカードが発動されるとお互いのフィールドの丁度中央ぐらいまで移動していた『エーリアン・テレパス』の体の輪郭が消えていき、紫色の球体へと変貌をしていく。その大きさはバランスボール程か。完全にその姿を球体に変化させた時、それは起こった。

 

 爆発。

 

 フィールドの中心で起こったそれは地面を揺らし、まるで爆弾を炸裂させたかの様にそこを中心に猛烈な爆風を巻き起こす。だが、その爆風だけであれば場のモンスターを破壊するには至らないだろう。

 問題なのはその風に乗せて運ばれてくるウィルスだ。「A」細胞と言う抗体を持たないものがそれに触れると、どんなものであれ朽ち果ててしまう致死率100%の病原菌。それを高密度で含んだ空気は紫色に染まり、巻き起こる紫色の風は文字通りの死を運ぶ風となる。

 そんなウィルスがフィールドの中心からドーム状に広がり『魅惑の女王LV7』に迫る。『魅惑の女王LV7』はそれを受けまいと三重の魔法障壁を展開していた。

 が、相手は極小の病原菌。そんな抵抗をあざ笑う様にその障壁を一層一層すり抜けていく。なまじ障壁を展開したせいで、層と層の間が紫色に変わる事から死の時が刻々と迫ってくる様子が見てとれる。

 そして最後の層をウィルスが突破し『魅惑の女王LV7』に接触しようとした

 

 

 

 その時だった。

 一条の光が上空から降り注ぐ。

 

 

 

 その光は『魅惑の女王LV7』と迫るウィルスの間を割る様に地上にぶつかり視界を白く染上げる。

 

「何が……っ!」

 

 視界を埋めていた光が収まると紫色の霧が立ちこめる中、そこには白く輝く人が丸ごと入れる程のサイズの球があった。球の輝きが薄れていくにつれて中身がはっきりと見える様になる。

 そこには一本の金の槍があった。長さは人の身の丈程。その穂先は地面に突き刺さり、そこを中心に光の球が形成されていたようだ。そしてその中には『魅惑の女王LV7』の姿もあった。完全に無事と言う訳ではなく、その槍を杖にするように立っている様子は辛そうだ。

 俺は呆けた様子でこちらを見るトビーにこうなった種明かしをし始める。

 

「速攻魔法『禁じられた聖槍』。これは場のモンスター1体の攻撃力を800下げ、このターンあらゆる魔法、トラップの効果を受けなくさせる。これで『惑星汚染ウィルス』の破壊から逃れさせてもらいました」

 

 『魅惑の女王LV7』が辛そうにしていたのは決してウィルスの影響ではなく、単に聖なる力が強過ぎる槍の近くにいたからというだけだったと言う訳だ。

 

 

魅惑の女王LV7

ATK1500→700

 

 

 これでこのターン『魅惑の女王LV7』の効果は使用出来なくなってしまったが問題ない。俺は更なる追撃のために手札を切る。

 

「『儀式の準備』発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後墓地の儀式魔法を手札に戻す。私はデッキから『サクリファイス』を、墓地からは『イリュージョンの儀式』を手札に加える」

「その2枚が手札に加わったと言う事は……また……」

「その通り。『イリュージョンの儀式』を発動。手札の『サクリボー』をリリースし『サクリファイス』を儀式召喚します」

 

 再び場は暗くなり出現する二つの銀のゴブレットとウジャド眼が刻まれた黄金の壺。今回その魂を焼べられるのは茶色の毛並みをした球状の悪魔。一頭身のその身には二つのクリクリした可愛らしい瞳があり、体からは金属の手足が付いている。後頭部には金属の球体が埋め込まれており、時折何かの信号を発しているのかそれは光っていた。

 『サクリボー』は「くりぃ〜」と言う悲鳴と共にゴブレットの中に吸い込まれると、その中でワインレッドの炎に変換されて壺の中に吸い込まれる。そうして壺が余す事無く魂を吸収すると変形を始め、異形の怪物『サクリファイス』へと姿を変えるのだった。

 

 

サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

「『惑星汚染ウィルス』の効果により、このカードを発動してから相手のターンで数えて3ターンの間に相手が召喚、反転召喚、特殊召喚したモンスター全てにAカウンターが置かれる」

 

 出てきて早々に『サクリファイス』の体には充満する紫色の霧から発生した紫色の肉片がこびり付く。

 

 

サクリファイス

Aカウンター 0→1

 

 

「リリースされた『サクリボー』の効果発動。『サクリボー』がリリースされた場合、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 召喚反応の妨害の様子は無い。

 このまま効果が通れば残った『エーリアン・リベンジャー』を破壊を介す事無く処理することができる。

 

「『サクリファイス』の効果発動。『エーリアン・リベンジャー』をこのカードの装備カードとし、その攻撃力と守備力の値を得る」

 

 『サクリファイス』の胴の穴が大きく開き、その強力な吸引力をもって『エーリアン・リベンジャー』の体を徐々に引き寄せていく。『エーリアン・リベンジャー』は六本の手の爪を地面に食い込ませ、引きずり込まれない様に必死の抵抗を見せる。だがそんな抵抗も虚しく爪を刺した地面ごと引き込まれ、『サクリファイス』の胴体の穴に頭から吸い込まれていく。『エーリアン・リベンジャー』の体をゆっくり取り込むと、捲れ上がっていた外皮の内側から捕らえられた『エーリアン・リベンジャー』の無惨な姿が晒される。

 

 

サクリファイス

ATK0→2200  DEF0→1600

 

 

 相変わらずもう1枚のカードは発動する気配を見せず、『サクリファイス』の効果も無事発動できた。

 ここまで来れば、たとえあれが『聖なるバリア-ミラーフォース-』であろうとも『禁じられた聖槍』によって守られた『魅惑の女王LV7』は影響を受けないためこちらへの被害は薄い。

 果たしてこのままゲームエンドとなるのか。だとすると少々派手さに欠けるかもしれない。だが『サクリファイス』を出す時に仮にあのカードを使ったとしても盤面的においしくなかったから仕方が無いか。

 

「『サクリファイス』でダイレクトアタック」

 

 『サクリファイス』は吸収した『エーリアン・リベンジャー』から力を奪い取ると、それを自身魔力に変換しウジャト眼にそれを収束させ始める。

 これを阻む可能性があるとすればもう片方の伏せカード。果たしてここで発動するカードか。

 裏側のカードに意識を集中させている時だった。

 

 チカッ

 

「っ?!」

 

 脳内に薄らと伏せカードのビジョンが過った。

 今見えたものは何だったのか? 

 その疑問を深く考える間もなくトビーはリバースカードを発動させる。

 

「させない! 永続トラップ『洗脳光線』を発動! 相手の場のAカウンターの乗ったモンスター1体のコントロールを得る。これで今度こそ『サクリファイス』のコントロールを完全に奪わせてもらう」

「……まだ持っていましたか」

 

 『洗脳光線』が照射されると『サクリファイス』の体に付着した肉片が反応し、『サクリファイス』の体の自由が奪われ相手の場へと移動する。

 

 さっきのは何だったのだろうか?

 

 トビーがカードを発動する直前、俺の脳内にも一瞬『洗脳光線』のカードが過っていた。直感的に理解出来たといったそんな感じだった。汎用トラップである『奈落の落とし穴』や『聖なるバリア-ミラーフォース-』を事前に読める事は昔にもあった事だが、『洗脳光線』を読む事ができるとは……

 おっと、今はそんな事に驚いている場合ではない。デュエルに集中しよう。

 結果論だが『禁じられた聖槍』を使うタイミングを間違えたようだ。『惑星汚染ウイルス』の発動に対して発動し『魅惑の女王LV7』を守るのではなく、この『洗脳光線』に対して発動していれば『サクリファイス』のコントロールを奪われることはなかった。そうすれば『サクリファイス』で『エーリアン・リベンジャー』を吸収し、ガラ空きとなったトビーにダイレクトアタックを決めてゲームエンドに持ち込めたのだ。

 だがあの時はセットカードが召喚無効系のカウンタートラップの可能性もあった。下手に『禁じられた聖槍』をあの時に温存し、『サクリファイス』の召喚時にそんなカウンタートラップを踏めば俺の場はガラ空きになる。そうなればそれこそこの状況よりも分が悪くなっていた。それに任務としては出来るだけ印象を与える勝ち方をする上で、『魅惑の女王LV7』を正規の手順で出してそれを維持して勝利すればインパクトはなかなかなものになるだろう。故にあの時の判断はミスでは無い。

 

『…………』

 

……いや、正直に言えば『魅惑の女王LV7』を正規の召喚方法で出せたことへの達成感もあった。俺のデュエル経験の中でそれは初めてのことで、それが破壊されそうになった時の判断は堅苦しい理屈抜きの咄嗟の事だったことも認めよう。だからそんな半目でこっちを見るのはやめて欲しい、サイレント・マジシャンよ。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ。そして『魅惑の女王LV7』の攻撃力は元に戻る」

 

 

魅惑の女王LV7

ATK700→1500

 

 

 これで俺の手札は『増殖するG』1枚のみ。

 対する相手はこのターンで2枚まで手札を増やす。

 モンスターは『魅惑の女王LV7』と『サクリファイス』が正面から睨み合う格好になっている。

 相手にセットカードは無いが。こちらが次のターンで機能するであろうセットカードは今伏せたカードのみ。果たしてこのターンを凌ぎきれるか。このデュエルはこのターンが正念場だろう。

 

「今のターンで決めきれなかったのが君の敗因だよ! 僕のターン、ドロー!」

 

 力強いドローだ。

 このターンで勝負に出るという気概を感じさせる。

 こちらの手札は少なく場もこのデュエルで初めて劣勢に傾いた今は向こうからしたら絶好の好機だろう。2枚の手札で何を仕掛けてくる?

 

「『エーリアンモナイト』を召喚」

「っ!」

 

 『サクリファイス』の隣に現れたのは表面が青白いオウムガイ。その渦巻状の貝からは鋭い棘が何本も生えており、自然のオウムガイと比べて厳つい印象を受ける。口元に生えた無数の触手の中に取り分け長く太い八本の先端には強靭な爪が輝いていた。

 

 

エーリアンモナイト

ATK500  DEF200

 

 

 ついにこれが出てきたか。

 ステータスこそ低いが、チューナーモンスターにしてこのデュエルで相対したくなかったあのシンクロモンスターを呼び出す事のできる能力を秘めた優秀なカード。

 これでも序盤に出されなかった事を喜ぶべきなのか。

 曇るこちらの気持ちとは対称的に、トビーはようやく呼び込めたこのカードへの喜びがその晴れ晴れとした表情から伝わってくる。

 

「このカードの召喚に成功した時、自分の墓地からレベル4以下の“エーリアン”モンスター1体を選択して特殊召喚出来る!」

「手札から『増殖するG』を墓地に送って効果発動。相手がモンスターを特殊召喚する度にデッキからカードを1枚ドローする」

「くっ、『エーリアンモナイト』の効果で『エーリアン・ウォリアー』を特殊召喚」

 

 『エーリアンモナイト』の真横に生まれた底の見えない穴にその八本の触手が伸びていく。何かを探る様に動いていた触手だが、目的のものを見つけると勢いよく引き上げられる。その先端が絡まって引き上げられたのは『エーリアン・ウォリアー』。触手が解かれ地面に下ろされると、地面を確かめる様に二三度地面を踏みしめていた。

 

 

エーリアン・ウォリアー

ATK1800  DEF1000

 

 

 と、『エーリアン・ウォリアー』の足下に黒い影が蠢く。そしてそれが行動を開始したのは直後の出来事だった。黒い影が一斉に羽ばたき、俺のデュエルディスク目掛けて移動を開始する。

 その光景に審判の講師は一歩後ずさり、サイレント・マジシャンは手で顔を覆いながら俺の後ろに隠れて踞っていた。

 

「『増殖するG』の効果でドロー」

 

 とにかく次のターンで攻勢に転じられるカードか、このターン相手の動きを阻害する手札誘発のカードが引きたかったが、今引いたカードは生憎それではない。

 だが不幸中の幸いなのはトビーはこのまま間違いなくシンクロ召喚を行うと言う事。勿論本当ならば『増殖するG』が抑止力になってシンクロ召喚をしないでいてくれるのが理想なのだが、相手も引くに引けない状況。『増殖するG』で相手にアドバンテージを取られようともトビーは絶対あのシンクロモンスターを出してくるはずだ。その時にもう1枚カードを引くチャンスと前向きに考えよう。

 

「レベル4の『エーリアン・ウォリアー』にレベル1の『エーリアンモナイト』をチューニング」

 

 『エーリアンモナイト』と『エーリアン・ウォリアー』が天に引き寄せられるかの如く宙に浮かぶ。『エーリアンモナイト』の体が弾け緑の光輪を放出すると、『エーリアン・ウォリアー』がその中心を潜っていく。『エーリアン・ウォリアー』の体の輪郭が透けていき、その中から四つの輝く光球が放出される。

 

「数多の星々の侵食の砦! 宇宙の果てより飛来せよ!」

 

 突如として暗雲が立ち籠めた。それは天井を埋め尽くし雷鳴を轟かせ始める。

 そして緑光を放つ輪の中心に四つの光球が縦一直線に並んだときだった。その暗雲から極光が降り注ぐ。

 

「シンクロ召喚! 今こそ侵略の時! 『宇宙砦ゴルガー』!」

 

 天が轟く。

 暗雲の内から姿を見せたのは巨大な生きた砦。

 大雑把に形状を捉えればそれは卵型だった。全長は少なく見積もっても10メートルはあるだろうか。全体的に薄群青色でその胴部部には帯の様に縦長の穴が並んでいる。頭頂部には顔と思しき部分が存在し、そこを基準に背中部分には巨大な富士壷のようなものがびっしりと生え渡っている。さらに体のそこら中から触手が生えその先端には眼球がついており、死角を潰す様に向きを変えて周りを監視しているようだ。

 

 

宇宙砦ゴルガー

ATK2600  DEF1800

 

 

 まさしく宇宙からの侵略者。ハリウッド映画の世界から飛び出してきたような姿をしたそれだが、そんなことは関係無いとでも言わんばかりに黒光りする群れは『宇宙砦ゴルガー』の背後から俺のデュエルディスク目掛けて飛来する。その堂々たる様は数億年前から地球に住み着き隕石が降ろうともしぶとく生き延び続けた種族の威厳すら感じた。なんだか宇宙から侵略者が来て地球の支配者が変わろうとも彼らは生き延びていきそうだ。

 

「相手が特殊召喚に成功したためカードをドローする」

 

 残念ながら引いたカードは『魅惑の女王LV3』。さすがにこのタイミングでこれを引いても次のターンに活かせそうにない。

 一方『宇宙砦ゴルガー』と言うエースモンスターが登場した事で周りのレベル5の連中も息を吹き返し、「行けるぞ、トビー!」「新参者を潰せー!」等という声援が始まる。

 

「『宇宙砦ゴルガー』の効果発動。フィールドの表側表示の魔法・トラップカードを任意枚数手札に戻し、その後戻した枚数だけのAカウンターを場の表側表示のモンスターに置く。僕がこの効果で戻すのは僕の場の『古代遺跡コードA』、『補給部隊』2枚、そして君の場の『強制終了』の合計4枚!」

 

 砦の上部の緑色の目が光った。そこから放たれる四本の青白い光は何かを探す様にフィールドを縦横無尽に動き回る。その光線は『魅惑の女王LV7』や『サクリファイス』に当たった所で何の影響も及ぼす事は無い。だが場で表側になっているトビーの指定した表側表示の魔法・トラップカードに照射されるとそのカードが光り始め手札に戻される。

 

「そして4つのAカウンターを『魅惑の女王LV7』に乗せる」

 

 『宇宙砦ゴルガー』の背中の富士壷のような器官から四つの黒い影が打ち上げられる。その正体は紫色の肉塊。天に打ち上げられたそれは重力に従い落下を始める。

 それが自分に迫っていると気が付き表情を引きつらせる『魅惑の女王LV7』。避ける事もままならずそれを受けた姿は無惨なものだったとだけ言っておこう。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター0→4

 

 これこそ『宇宙砦ゴルガー』の厄介な能力。これを序盤に出されていたら『強制終了』をバウンスされ戦略が大きく狂わされていただろう。『魅惑の女王LV7』は射殺さんばかりの鋭い視線を『宇宙砦ゴルガー』に向けている。

 

「さらに『宇宙砦ゴルガー』のもう一つの効果発動。1ターンに1度、場のAカウンターを2つ取り除くことで、相手の場のカード1枚を破壊する。僕は『魅惑の女王LV7』のAカウンターを2つ取り除き、『魅惑の女王LV7』を破壊する」

 

 『魅惑の女王LV7』に付いた四つの紫色の肉片のうちの二つが『宇宙砦ゴルガー』の胴に空いた穴に吸い込まれていく。このデュエルで魅惑の女王は一体何度この肉片を浴びせられて剥がされたのか、少し不憫に思うところだ。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター4→2

 

 

 『宇宙砦ゴルガー』の胴部部に空いた穴が二つ輝き始める。そこには青白い光が徐々に収束していくのが見てとれる。そして直径1メートルクラスになった二つの光弾はそのまま下にいる『魅惑の女王LV7』へと落とされた。

 その光弾が迫るにつれゴゴゴゴゴッと大気を揺らす音が近づいてくる。

 これを受ければ『魅惑の女王LV7』は破壊され俺の場ががら空きになってしまう。

 

「トラップ発動。『ガガガシールド』! このカードは発動後装備カードとなり

自分の場の魔法使い族モンスター1体に装備する。私は『魅惑の女王LV7』にこれを装備」

 

 『魅惑の女王LV7』の手に“我”と真中に刻まれた体を覆えそうな巨大な盾が出現する。その盾を迫り来る二つの巨大なプラズマ球に向けると『魅惑の女王LV7』の囲う様に半透明の薄い膜が張られる。

 

 そして着弾。

 

 恐ろしい爆発と共に極光が視界を埋め尽くす。

 その風が僅かに俺の衣服を揺らしているのは仮にもトビーがサイコデュエリストだからだろう。

 耐えきれない程でもない風と眩い光が収まるのを待つと、そこには無傷の『魅惑の女王LV7』が『ガガガシールド』を携えていた。

 

「『ガガガシールド』を装備したモンスターは1ターンに2度まで戦闘及び効果での破壊を免れる事が出来る」

「なら永続魔法『古代遺跡コードA』を発動。そして魔法カード『手札抹殺』を発動する。お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その後捨てた枚数だけカードをドローする」

 

 ここで手札を入れ替えさせてくるのか。

 こちらとしては願ってもない展開だったため内心戸惑う。『増殖するG』の効果で引いていた今までの札は次のターンの返しの札としては心許なかった。

 

「よしっ!」

「ふっ、なるほど」

 

 『手札抹殺』で新たに加わった3枚の手札は逆に申し分無い。今まで悪かった引きの分を見事に挽回したような札である。これでこのターンを凌げれば次のターン最高の見せ場が作れそうだ。

 しかしそれはトビーも同じ。『補給部隊』2枚をこの手札交換で変えたことで勝負に出る算段を整えたらしい。

 だが依頼を果たすためにもこのターンを凌ぎきってみせる。

 俺がそう決意を新たにするとトビーもまた最後の2枚の札を切った。

 

「やはり僕程度に敵わない君じゃあの人(・・・)の居るステージにはふさわしくない」

「まだ決着はついていませんが?」

「今からそれを教えて上げるよ! 魔法カード『二重召喚』を発動! これによりこのターン僕はもう一度モンスターを召喚できる。僕は『サクリファイス』をリリース」

「っ!」

 

 ここに来てのアドバンス召喚?

 

 『二重召喚』も然ることながらこのタイミングでのアドバンス召喚は想定外のことだった。

 確かに『サクリファイス』をこのターン放置しておけばエンドフェイズにAカウンターが取り除かれ『洗脳光線』が消えて俺の場に戻ってきてしまう。しかしその対策でこのターンでアドバンス召喚を仕掛けてくることまでは読めなかった。

 一体何が出てくるのか。

 『サクリファイス』の姿が消えていくのを見ながら続いて現れるモンスターを固唾を飲んで見守る。

 

「『宇宙獣ガンギル』をアドバンス召喚」

 

 会場が陰る。しかしそれは暗雲が天井を覆った訳ではない。

 そいつは空から落ちてきた。

 『宇宙砦ゴルガー』に勝るとも劣らないサイズの化け物の正体こそ『宇宙獣ガンギル』。何十本もの白くカニの爪のように鋭い足でその巨体を支え、上半身には象の鼻よりも太く長い触手を何十本も生やしている。口には肉食獣のように鋭い歯を並べ、鋭い眼光で本能に赴くままに獲物を探す様子はまさに獣であった。

 

 

宇宙獣ガンギル

ATK2600  DEF2000

 

 

「『宇宙獣ガンギル』はレベル7だけど、自分フィールド上に存在する元々の持ち主が相手のモンスターをリリースする場合、このカードはリリース1体でアドバンス召喚する事ができる」

 

 『宇宙砦ゴルガー』、『宇宙獣ガンギル』の2体が並ぶ様はまさに地球侵略の直前の光景を見ているようだ。

 侵略者である『宇宙砦ゴルガー』から次々と送り込まれる下級エーリアン達。それに地球側は応戦するも突如発生した未知のウィルスが蔓延し戦力が大幅に削られる。そして残り少なくなった残存戦力を『宇宙獣ガンギル』が全てを蹂躙していく。

 そんな侵略の絵が脳内に思い浮かんだ。

 

 

「そして『宇宙獣ガンギル』の効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体にAカウンターを一つ乗せる。これで『魅惑の女王LV7』のAカウンターを増やすよ」

 

 『宇宙獣ガンギル』は何かを咀嚼するように口を動かすと、痰を吐き出すかのように紫色の肉塊を『魅惑の女王LV7』に吐きかける。

 流石に不憫に思ったのかサイレント・マジシャンもこれには同情的な視線を送っていた。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター2→3

 

 

 これで場にあるAカウンターは三つ。

 トビーの手札が尽きた今、狙いはもう見えている。

 

「そして『古代遺跡コードA』の効果発動。『魅惑の女王LV7』に乗ったAカウンター二つを取り除き、墓地から『エーリアン・テレパス』を特殊召喚」

 

 『魅惑の女王LV7』の体に付着した二つの紫色の肉塊が『古代遺跡コードA』のカードに吸い込まれてく。そして再び赤いオオサンショウウオのような姿をした『エーリアン・テレパス』が墓地から出現した。だが『宇宙砦ゴルガー』や『宇宙獣ガンギル』と並ぶそれは初めて見たときよりも矮小な存在に見える。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター3→1

 

 

エーリアン・テレパス

ATK1600  DEF1000

 

 

「『増殖するG』の効果でドロー。っ!」

 

 『エーリアン・テレパス』の足下から空を舞う黒の群れをデュエルディスクで受け止めながら引いた新たなカードを見た瞬間、俺はこのデュエルの勝利を確信した。

 そんなことも露程も知らぬ周りのレベル5の連中が懸命にトビーを応援しているのを見るとなんだか申し訳なさすら湧いてくる。

 

「へへっ、行きますよ。『エーリアン・テレパス』の効果発動。『魅惑の女王LV7』のAカウンターを一つ取り除き『ガガガシールド』を破壊する」

 

 『魅惑の女王LV7』の体についた残りの紫色の肉片が『エーリアン・テレパス』に吸い込まれる。そうして得た紫色の肉塊を糧に『エーリアン・テレパス』は二本の髭にエネルギーを蓄え始める。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター1→0

 

 

 チャージが終わるとノータイムで『エーリアン・テレパス』の髭から熱線が放たれた。二本の熱線は『ガガガシールド』を焼き切ろうと地面を焦がしながら迫る。

 だがこうなることは『宇宙獣ガンギル』が出てきた時から読めていた事。場にセットカードは無く完全にこの効果が決まると思っているトビーには悪いが、『手札抹殺』によって手札に呼び込んだ1枚を使わせてもらおう。

 

「手札の『エフェクト・ヴェーラー』を墓地に送って効果発動。『エーリアン・テレパス』の効果を無効にする」

 

 『ガガガシールド』を焼き切ると思われた『エーリアン・テレパス』の放った熱線は寸でのところでかき消された。

 これでトビーの手札は尽きフィールドでこのターン使える効果も全て使用した。墓地で発動するカードを捨てるタイミングも無かったため、後はバトルに入るしかない。

 

「これでいけたと思ったんだけどね。ならバトルに入る! 『エーリアン・テレパス』で『魅惑の女王LV7』を攻撃!」

 

 『エーリアン・テレパス』の口から両手で抱えきれない程の大きさの巨大な火球が発射される。『魅惑の女王LV7』はそれを受け止めようと『ガガガシールド』を構える。

 

「『ガガガシールド』の効果により『魅惑の女王LV7』は破壊を免れる」

 

 『ガガガシールド』が輝くと再び『魅惑の女王LV7』を囲うように半透明のバリアが展開される。

 衝突は一瞬だった。

 火球は『ガガガシールド』に触れると『ガガガシールド』内に残った魔力によって霧散する。

 ただその熱波は俺の服を僅かに焦がしライフを削った。力は十六夜程では無いにしてもサイコデュエリストと言う訳か。

 

 

八城LP4000→3900

 

 

 役目を終えたとばかりに『ガガガシールド』から魔力光は消え去った。

 

「これで『ガガガシールド』の効力は失われたね! 『宇宙獣ガンギル』で『魅惑の女王LV7』を攻撃!」

 

 トビーの猛攻は続く。

 『宇宙獣ガンギル』の攻撃は至ってシンプルなものだった。

 その巨大な体躯を使っての突撃。単純だがそれを繰り出すのが5メートルクラスの怪物となるとその威力はちょっとした災害に匹敵する。

 『ガガガシールド』の効力が失われた今、『魅惑の女王LV7』にその災害から身を守る術は残されていない。焼け石に水程度にしかならないが、それでも彼女は諦める素振りを見せず防御用に三重の魔法障壁を展開する。

 しかしそんな抵抗に目もくれる事も無く『宇宙獣ガンギル』は突き進む。その巨体の影が『魅惑の女王LV7』を覆ったとき、俺は更なる手を切った。

 

「墓地の『サクリボー』の効果発動。自分の場のモンスターが戦闘で破壊される場合、代わりに墓地のこのカードを除外することができる」

 

 『魅惑の女王LV7』の魔法障壁と『宇宙獣ガンギル』の接触の直前、体が透けた状態の『サクリボー』がその間に入り込む。

 

「く、くりぃ〜」

 

 魔法障壁と『宇宙獣ガンギル』の巨体との板挟みに苦しそうな声を上げる『サクリボー』。しかし小さい体ながらもその最後の力を振り絞り生み出した小規模な爆発によって『魅惑の女王LV7』と『宇宙獣ガンギル』の体を引き離す事に成功する。

 『魅惑の女王LV7』は俺の前まで吹き飛ばされ転倒し、俺のライフもまた後ろに抜ける衝撃と共に減らされる。倒れた『魅惑の女王LV7』の露出が多い格好は一層乱れ、周りの観客の男が響く。

 

 

八城LP3900→2800

 

 

 『魅惑の女王LV7』はフラフラと杖をつきながら立ち上がると、何事も無かったかのように姿勢を正し女王としての毅然とした立ち振る舞いを見せる。

 

「そうだった。君の墓地には『サクリボー』がまだいたね。けどいい加減に『魅惑の女王LV7』には消えてもらうよ! 『宇宙砦ゴルガー』で『魅惑の女王LV7』に攻撃」

 

 トビーの命を受けついに『宇宙砦ゴルガー』が動き始める。

 浮遊している『宇宙砦ゴルガー』は胴体に空いた穴からは一斉に光が灯る。その光は幾条もの筋となって地上を照らし出す。まるで脱獄囚を探す刑務所のサーチライトの如く地面を奔る光の一つがついに『魅惑の女王LV7』を捉えると、全ての光が彼女に向けられる。その眩さに『魅惑の女王LV7』は手を翳した。

 標的を捉えた『宇宙砦ゴルガー』は頭部の二つの瞳を光らせると、口と思われる穴に不穏な光が集まっていく。徐々にエネルギーが集まっていくにつれてその色は白からオレンジに、オレンジから赤に、そしてついには赤黒く染まっていく。

 その膨大なエネルギーに天が震えているようだ。天に断続的に響く音は激しさを増し、やがて空が陰った。

 だがよく見ると空が陰ったのは『宇宙砦ゴルガー』によるものではない。

 

「えっ?」

 

 『宇宙砦ゴルガー』の頭上に突如現れた巨大な黄金の球。『宇宙砦ゴルガー』の巨体すらもその影で覆ってしまう程の巨大な球はそのまま落下し『宇宙砦ゴルガー』を圧し潰していく。

 その重さに耐えきれず下降を始めた『宇宙砦ゴルガー』に攻撃に移る余裕は無かった。口に溜まっていたエネルギーは四散し全てのエネルギーを体制維持に回しているようだったが、『宇宙砦ゴルガー』は敢え無く地上に落下する。

 『魅惑の女王LV7』は何が起きた分からない様子で呆然と目の前の光景を眺めていた。

 空に浮いた侵略の砦を墜とし『魅惑の女王LV7』を攻撃から救った黄金の球。それは徐々に縮んでいきバレーボール程の大きさになると、ようやくその全体像が見えてくる。コンセントプラグのような形状をした黄緑色の手足をぶら下げ、パッチリと見開かれた二つの大きな瞳が特徴的なモンスター。それは無事役目を終えフィールドから消えていった。

 俺は呆ける一同にこのモンスターの正体を明かす。

 

「相手のモンスターの攻撃宣言時に、手札の『クリボール』を墓地に送って効果発動させてもらいました。その効果で攻撃モンスターは守備表示になる。残念でしたね」

「くそっ!」

 

 『魅惑の女王LV7』を突破できずトビーは地団駄を踏む。トビーの逆転を信じて疑わなかった周りのギャラリーは静まり返り、その音だけがむなしく響く。

 これで全てのモンスターで攻撃宣言を終えたトビーにこのターンできる事は無くなった。

 

「これで僕はターンエンド……」

 

 絞り出すような声には悔しさが滲んでいた。

 彼には分かっているのだろう。如何に高攻撃力のモンスターを並べようとも、『魅惑の女王LV7』を場に残し、さらに次のターン3枚に増える手札の意味を。自分と相手の間にある圧倒的な実力の差を。

 俺のこのデュエルでの目的は“レベル5”の人間と圧倒的な実力の差を示す事。この段階で対戦相手であるトビーにそれは充分に伝わったはずだ。だがこれを見ている人間、特にカメラの向こう側でこちらを見ている人間全てにそれが伝わったかは定かではない。

 故に俺はここで手を緩めない。一分たりとも反論の余地を残さず誰もが俺の特進クラス入りに疑問を持たないほどの絶望的な実力の差を見せつけるために。そのための手は既に全て揃っている。

 ここからはデュエルでなく演出である。ただ勝利を求められる普段のデュエル屋稼業には縁のないもの。こう言ったものが求められるのはプロデュエリストだ。ただ勝つだけではなく時にピンチを演出し、時に圧倒する。そうやって観客を沸かせながらデュエルを魅せる。プロの世界の上位者達はそのような技術も持ち合わせなければならない。キングであるジャックはその最たる例であろう。

 そのような演出をするには相手の実力を計る能力、デュエル全体を把握する能力が求められ、さらに彼我の実力に大きな開きが条件として必要になる。その内のどれか一つでも欠ければそんな演出は瞬く間に崩れ、それどころか敗北に繋がるリスクも孕む。その実際の例は地下で戦った元プロの氷室か。

 今回のデュエルは演出と言っても最善手を打ちながら最後に圧倒すれば良いだけなので難易度は高い方ではない。ただ何分そう言った演出でのトークスキルはおろか普段から口下手故にそこだけが不安だった。

 そうした不安を抱えながら誰も口を開かない中、俺は最後の演出へと取りかかった。

 

「さて、今のターンで決めきれなかったのが君の敗因、でしたっけ? その言葉、そのまま返しましょう。私のターン、ドロー」

 

 静寂の続くデュエル場で俺の声ははっきりと響く。会場の視線が俺の次の手に集中しているのが分かる。

 

「『魅惑の女王LV7』の効果発動。『宇宙砦ゴルガー』をこのカードの装備カードにする」

 

 『魅惑の女王LV7』は魔方陣を足下に展開する。

 そこに普段サイレント・マジシャンが使用する転移用の魔方陣と同じ文様が刻まれていると気が付いた時には『魅惑の女王LV7』の姿は光の中に消えていた。

 転移先の地点は『宇宙砦ゴルガー』の頭頂部。

 そこに腰を下ろす『魅惑の女王LV7』を見ていると、彼女がそこに君臨するのは当たり前の様に思えてしまうから不思議だ。彼女に命ぜられるがまま『宇宙砦ゴルガー』は再び浮上すると俺の場に移動しゆっくりと旋回してトビーへと向き直る。

 これこそが“魅惑の女王”が極めた魔術“魅惑(チャーム)”の真骨頂。低級のモンスターが相手ならその目を見るだけで、上級モンスターでも体に触れただけで自身の虜にし下僕へと変えてしまう強力な魔術だ。

 

「…………」

 

 ここまでの動きは流石に予想通りのようでトビーも周りも大きな反応を見せない。

 そして俺は次なる手としてこのデュエルを終わらせる決定打となるカードを発動させる。

 

「『イリュージョンの儀式』発動」

 

 デュエル場が薄暗い闇に包まれる。

 このデュエルで三度出現する事になったウジャト眼の刻まれた壺と二つのゴブレット。壺は早く供物を捧げよとでも言うようにカタカタと音をたてながら振動し始めた。

 

「墓地の『クリボール』は儀式召喚を行う時に必要なレベル分のモンスター1体として、このカードを除外することができる。私は『クリボール』をゲームから除外」

 

 先程『魅惑の女王LV7』を守り抜いた立役者である『クリボール』がそのゴブレットに溶け込むと、生命の原液となったそれが壺の中へと注ぎ込まれる。壺に変化が起きたのは直後の出来事だった。

 

「『サクリファイス』を特殊召喚」

 

 タジン鍋のような形をした壺が変形し、眼球にウジャト眼が刻まれた一つ目の怪物がそこに現れる。胴に空いた全てを飲み込む穴は獲物を探しているかのように膨張と収縮を繰り返していた。

 

 

サクリファイス

ATK0  DEF0

Aカウンター0→1

 

 

「あっ」

 

 それは周りで見ている観客の誰かが思わず出てしまったかのようなそんな声だった。

 恐らく声の主は気付いたのだろう。これで俺の勝利が確定したという事に。トビーの場には『宇宙獣ガンギル』と『エーリアン・テレパス』を残すのみ。残りライフは1700。『サクリファイス』の効果で『宇宙獣ガンギル』を奪えばそれでこちらの場のモンスターの攻撃力の合計が相手のライフと『エーリアン・テレパス』の攻撃力の合算を超える。最大攻撃力もこちらが上回っているため俺の勝利は揺るがない。このままバトルに入ってゲームを終わらせる。そう想像したはずだ。

 

 だが、俺はその想像の更に上をいく。

 

 レベル5を超える圧倒的力を示すために。

 この勝利の印象を見ている人間により強く植え付けるために。

 

「このままでも良いのですが、最後は派手にいかせてもらいますよ。さらにこの瞬間、リバースカードを発動! 速攻魔法『地獄の暴走召喚』」

「じ、『地獄の暴走召喚』だって?!」

「そう。このカードは相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。これにより私は墓地より『サクリファイス』2体を特殊召喚する」

 

 既に場に居る『サクリファイス』の横に二つの黒い穴が開かれる。

 そこから現れたのは同じく2体の『サクリファイス』。唯でさえ攻撃力0とは思えぬ圧倒的存在感を放つ『サクリファイス』だが、それが3体も並ぶとその光景は圧巻だ。

 

 

サクリファイス2

ATK0  DEF0

Aカウンター0→1

 

 

 

サクリファイス3

ATK0  DEF0

Aカウンター0→1

 

 

 「『サクリファイス』が3体並んだ?!」「嘘だろ……」「あ、悪夢だ……」

 見ているレベル5は口々にそう漏らす。実力があるだけに返しの札も持たずにこれを相手取る意味が、恐怖が理解出来たのだろう。

 

「さぁ、君の番だよ。モンスターを出すといい」

「ぼ、僕は『宇宙獣ガンギル』2体をデッキから特殊召喚」

 

 ましてこれと対峙するトビーは尚更か。

 トビーの声は震えている。

 『サクリファイス』に吸収されると分かっていながら自らのモンスターを差し出さなければならない絶望に顔を青褪めさせていた。そうしてこちら同様に3体並んだ『宇宙獣ガンギル』は最上級モンスターだと言うのに不思議と萎縮している様に見える。

 

 

宇宙獣ガンギル2

ATK2600  DEF2000

 

 

宇宙獣ガンギル3

ATK2600  DEF2000

 

 

 『宇宙獣ガンギル』は最早まな板の上の鯛のようなもの。俺は迷う事無く並ぶガンギルに死刑宣告をする。

 

「3体の『サクリファイス』の効果発動。私が装備するのは当然3体の『宇宙獣ガンギル』」

 

 『サクリファイス』3体の捕食が始まった。それぞれの『サクリファイス』は一斉に胴に空いた穴が周りのものを引き寄せ始める。それは体長が5メートルを超える『宇宙獣ガンギル』ですら例外では無い。地面を削りながらジリジリと『サクリファイス』に引きずり込まれていく『宇宙獣ガンギル』はついに穴に接触する。

 だがその穴の大きさを優に超える『宇宙獣ガンギル』は当然そこで詰まってしまう。

 一体どうするのかと見守っている時、それは起きた。

 穴が一気に3メートル近く広がったのだ。それは蛇が自分よりも大きな獲物を飲み込む時に口を大きく広げる様だ。それにより巨大な『宇宙獣ガンギル』の体が三分の一以上飲み込まれる。『宇宙獣ガンギル』は甲殻類の爪のような何十本もの足を動かし抵抗をしているようだが、既にその足の半分以上地面についていないため意味を為していない。

 変化は続く。巨大化した穴につられる様に『サクリファイス』の体もそれに伴い大きくなっていく。

 4メートル、5メートル……肥大していく『サクリファイス』の力は徐々に強くなっていくようで『宇宙獣ガンギル』の体は下半身から穴に消えていく。そうしてぬちゃぬちゃと耳に残る粘着質を響かせながら『宇宙獣ガンギル』の体は『サクリファイス』の体内に沈んでいった。

 

 

サクリファイス

ATK0→2600  DEF0→2000

 

 

サクリファイス2

ATK0→2600  DEF0→2000

 

 

サクリファイス3

ATK0→2600  DEF0→2000

 

 

 『宇宙獣ガンギル』を飲み込んだ『サクリファイス』の大きさはそれ以上だった。巨大化した事で向かい合う威圧感は数段増している事だろう。会場のあちこちから怯えた声が聞こえる。

 しかしそれを嘲笑うかの如く絶望的変化は止まらない。『宇宙獣ガンギル』をその身に宿した『サクリファイス』の外皮が盛り上がっていく。ボコボコと膨れ上がるその様は噴火口から迫り上るマグマのようだ。厚さだけでも50センチはあり、よく伸びる外皮だが時折聞こえるブチブチッという何かが引き千切れるような音から分かる様にそれは明らかにその伸縮の限界を超える速度だ。

 

「う、あ……ああぁ……」

 

 ブチュッという水っぽい何かを潰した音と共にそれは現れた。『サクリファイス』の緑色の体液を撒き散らしながら吸収された『宇宙獣ガンギル』が外皮を突き破って飛び出したのだ。

 余りにグロテスクな光景にトビーは二歩、三歩と後退る。『サクリファイス』の体を突き破って出た『宇宙獣ガンギル』は力なく呼吸するだけで体を動かす事もままならない。体長5メートルを超える『宇宙獣ガンギル』だが、それを拘束する『サクリファイス』の大きさはそれを大きく超え7メートルに迫る程だ。

 そしてそれが三体。

 さらには『宇宙獣ガンギル』を従えていた『宇宙砦ゴルガー』すらも『魅惑の女王LV7』の手に落ちている。彼女は巨大化した『サクリファイス』の上空を『宇宙砦ゴルガー』に乗って漂いながら退屈そうに地上を見下ろしている。

 これ程巨大なモンスターが並んでいるのを見るのは前に挑まれたデーモン使いのデュエル屋の時ぶりか。『戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン』が3体と『ヘル・エンプレス・デーモン』を並べられた時は圧巻の光景だったが、これもまたそれに引けを取らないものだ。あの時と違うのはこれを従えているのは俺と言う事。尤もそのモンスターは全てトビーから奪ったものなのだが。

 そのトビーはと言うと力なく両腕を下ろし戦意を失った様に立ち尽くしている。会場全体も狙い通りこの光景に圧倒され完全に静まり返っていた。

 まさにこのデュエルの終幕にふさわしい展開だ。

 

「……この光景はお気に召したでしょうか? では、そろそろこのデュエルを終わらせましょう。バトル。『サクリファイス』で『エーリアン・テレパス』を攻撃」

 

 『宇宙獣ガンギル』を吸収した『サクリファイス』の内の1体が動き出す。

 ウジャト眼が上から『エーリアン・テレパス』を見下ろすと、一瞬光った。

 直後、『エーリアン・テレパス』のいた場所が爆発し土煙が上がった。その衝撃がトビーのライフを削っていく。

 

 

トビーLP1700→700

 

 

「うぁっ……あぁぁ……」

 

 自分を守るモンスターを失いその表情には圧倒的なモンスターへの恐怖しか残されていなかった。

 

 情けない。

 

 なぜか苛立ちを感じながらそう思うと同時にデュエル前にトビーが放った言葉が頭を掠める。

 

「“格下相手に重ねた勝利なんてここでは全く役に立たない” たしかデュエルの前、そんな事も言っていましたね」

「……」

「今まで私は数多くのデュエルを経験してきました。その中にはライフをギリギリまで削って打ち倒した強敵もいました」

 

 十六夜、デーモン使い、氷室、クロウ。

 思い浮かぶデュエリスト達はいずれも強敵で俺のライフをギリギリまで追いつめた。そしてたとえ逆転され負ける寸前でも最後まで戦意を失う事は無かった。

 

「……そ、それがなんだって言うんだい?」

「そうやってギリギリの戦いで得た経験が今の俺のデュエルの血となり肉となっている。お前が見下していた俺のデュエルの中に役に立たないデュエルなんて無かった」

「っ!!」

 

 だがこいつはどうだ?

 多少の腕はあったがその程度。

 思い浮かぶデュエリスト達を見下せるような実力は無かった。

 ここでようやく苛立った理由が分かった。そんな相手に今までのあのデュエルを虚仮にされたからだ。そしてそれを自覚すると共に沸々と怒りが湧いてくる。

 

「だから……」

 

 俺の空気を察したのか『魅惑の女王LV7』が『宇宙砦ゴルガー』に攻撃の準備をさせ始める。

 

「俺のデュエルの重みを知れ! 『魅惑の女王LV7』でダイレクトアタック!」

 

 俺の命令を聞き『魅惑の女王LV7』は『宇宙砦ゴルガー』に攻撃に移らせる。

 『宇宙砦ゴルガー』のサーチライトがトビーを捉えると、口にエネルギーをチャージし始める。やがて赤黒い光が溜まっていき精製されていくエネルギー弾。

 しかし『魅惑の女王LV7』は何を思ったのか『宇宙砦ゴルガー』に溜まったエネルギー弾を霧散させてしまう。そして『宇宙砦ゴルガー』がゆっくりとトビーのフィールドに向かって移動を開始する。

 

「えっ?」

 

 『宇宙砦ゴルガー』はそのままトビーの頭上まで移動する。何をするのか見ていると『宇宙砦ゴルガー』の頭部がチカッと瞬いた。直後に俺の眼前に魔方陣が展開される。そこから現れたのは『魅惑の女王LV7』。そうして『魅惑の女王LV7』は悪戯っぽく微笑みながら右手を銃の形にしてバンッと撃つ動作をした。

 一体どうやってこれで攻撃するのか疑問に思っていると、『宇宙砦ゴルガー』から不吉な音が聞こえ始める。動力のパワーが落ちていくかのように音が徐々に低くなっていく音だ。

 

「あっ、あぁぁっ!」

 

 それに気付いたトビーだがもう時既に遅し、予想通り『宇宙砦ゴルガー』がトビーに落下し始める。その様子を『魅惑の女王LV7』は冷たい笑みを浮かべながら見ていた。これが散々紫色の肉塊を体に付けられた恨みなのか。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 トビーの絶叫は『宇宙砦ゴルガー』の圧倒的な質量に潰され消えていった。

 

 

トビーLP700→0

 

 

 終わってみれば会場の観客はおろか審判も口を開こうとしない。

 こうして俺のアルカディア・ムーブメントでの初デュエルは幕を閉じたのだった。

 

 

 

————————

——————

————

「ぷっ! くくくくくっ! ぷっはっはっはっはっはっ!! 最高だぜ、あいつ!!」

 

 モニターに映るトビーと八城のデュエルに決着がつくとシュウが弾けるように笑い始めた。その様子に隣のソファーに腰掛ける十六夜は眉を顰める。

 

「……うるさい」

「そう言うなよ、十六夜。折角こんなおもしれぇヤツがやってきたんだ。くくっ、これを笑わずにいられるかよ」

「面白い? 何処が? あのレベル5の子も頑張ってたけど、今のはお世辞にも良いデュエルなんて言えないわ。特に最後の『地獄の暴走召喚』なんて発動しなくても結果は変わらなかった。明らかにあれは無駄な一手だったわ」

「分かってねぇな。んなことはあいつも分かってるだろうよ。分かってて敢えてやってんだ」

「何? それって自分の力を誇示するため? くだらない」

「くくっ、そう言ってやるな。あいつも必死なのさ。“俺はレベル5程度で収まる男じゃねぇ”そんな声がビリビリ伝わってきやがる。それにレベル5のあのガキを圧倒してたのは事実だ。なぁ、ディヴァイン。あいつも招待してやれよ、ここに」

「……!」

「そう結論を急くな、シュウ」

 

 話を振ってきたシュウを窘めながら、ディヴァインはデスクの内線の受話器を取る。

 

「こちらディヴァイン。モニター室、先程のデュエルのデータは取っていたな?」

【はい。全て記録しております】

「さっきのデュエルであの仮入学者からサイコパワーは検出されたか?」

【はい! 微量ながらサイコパワーの反応が確認されました】

「素質はある、か。ふむ……分かった。後でそちらに行く。以上だ」

【了解しました。では後ほど】

 

 モニター室とのやり取りを終えると何かを考える様にディヴァインは瞑目する。

 そんな煮え切らない様子のディヴァインにシュウは立ち上がって訴えかける。

 

「おいおい、そりゃ決まりで良いだろう。迷う必要が何処にある? あの実力を見るにどうせレベル5のトップでも歯がたたねぇよ。本人のご希望通り俺たちと同じステージに上げてやろうぜ」

「シュウ! 前から思ってたけどあなた何様なの?! ここのトップはディヴァインなのよ? あなたの行動は目に余るわ!」

「あ? 十六夜、お前何か勘違いしてねぇか?」

「っ! 何……?」

「確かにこの組織のトップはディヴァインだが、俺はその手下になった覚えはねぇ。俺がここにいるのはたまたま俺の目的とここの方針が一致しただけに過ぎねぇんだよ。言わばこいつは協力関係だ。だから誰かに口うるさく指図される覚えはねぇ」

「なっ?! そうだったの、ディヴァイン?」

「……その通りだ、アキ。形式上はアルカディア・ムーブメントの構成員と言う事になってはいるがあれこれと彼の意志に反した命令はできないよ。尤もお願いは聞いてもらっているけどね」

「そう言う事だ。分かったか、十六夜」

「くっ……」

 

 ディヴァインからの説明もあったが、それでもシュウの態度が気に食わないらしく十六夜の視線は鋭い。

 少し悪くなった空気を変えるためなのか、ディヴァインは話題を元に戻す。

 

「とは言え、シュウ。やたらに彼を推すが、そんなに彼を推す理由は何かあるのか?」

「はっ! そんなの決まってんだろ?」

「はぁ……今のうちに言っておくが、彼が仮に同じクラスになったとしても当分相手はできないからな」

「あぁ? そりゃどう言う訳だ?」

「当然だろう。君とデュエルをして早々にトラウマを植え付けさせてしまったら元も子もないからね」

「けっ、面白くねぇな。だが、その当分ってのに期待させてもらうぜ」

「待つんだ、シュウ。何処へ行く?」

「そう心配すんなって。別に今から遊んでこようなんて考えちゃいねぇよ。昼寝しに行くだけだ。用があったら呼んでくれ」

 

 それだけ言うとシュウはさっさと部屋を出て行った。

 遅れてドアが閉じる音が部屋に残る。

 そんなドアの方を十六夜はじっと睨みつけていた。

 

「勝手なヤツ……」

「まぁ、そう言ってやるな。あんなシュウだが案外私のお願いはすんなり聞いてくれる」

「ディヴァインがそう言うなら良いけど……それで彼、どうするの?」

「そうだな。もう一度試験をしてこの結果がまぐれではないと証明されれば特進クラスに迎えようと思っている。アキは嫌か?」

「興味ないわ。ディヴァインがそう決めたならそれで良いと思う」

「そうか」

「そう言えば目的が一緒って、シュウの目的って何なの?」

「単純さ。“強い相手と戦いたい”ただそれだけさ」

「そんなの、プロでも目指せば良いじゃない……」

「おっと! シュウの前でそれを言うなよ? それは禁句だ」

「……?」

「シュウはプロを憎んでいるのさ。それは家の事情も関係している」

「家の事情……」

 

 家の事情と言う言葉に十六夜は顔を俯ける。同じく家族とすれ違い家を飛び出した身である彼女だからこそ思う所はあるのだろう。そんな十六夜の様子を察しディヴァインは明るい話題を振る。

 

「あぁ、そう言えば。アキが気になっていた先輩、確か八代君だったか?」

「っ! えぇ、そうよ」

「これは恐らくだが、デュエルが見れるかもしれない」

「本当?!」

「まだ確証はないんだけどね。5月か6月に天上院明日香がデュエルアカデミアを訪問するらしい。その時に在校生とデュエルをするそうなんだが、その時の在校生の代表は実力のトップの者が選ばれる。アキが認める程の実力を持つ八代君ならきっとその代表者に選ばれるんじゃないか?」

「そうね。あの先輩ならきっと……けど、どうして?」

「その時はデュエルアカデミアのデュエル場の入場が一般解放される。来場者がどれくらいくるかは分からないが、満員で入れなかったとしてもテレビ中継もされるらしいから最悪テレビで見れると思うよ」

「そう……」

 

 先程まで暗い表情だった十六夜だがこの話を聞き幾分か増しになった。表情の変化は乏しいがそれでも少し口元が緩んでいる様に見える。

 

「喜んでもらえたかい?」

「えぇ、良い事が聞けたわ。それじゃあもう部屋に戻るわね」

「そうか。ゆっくり過ごすと良い」

「ありがとう、ディヴァイン」

 

 そんなやり取りをして十六夜もまた部屋を後にする。

 一人残されたディヴァインは口元に笑みを浮かべていた。

 

(さて、今日の入学希望者の八城君か。見た所実力はあるしサイコパワーの素養もあるようだ。丁度量産予定のサイコパワー兵士の最高レベルがレベル5では少々物足りないと思っていた所。サイコパワー増幅装置の完成を急いだ方が良いな。全く白の少女と言いタイミング良く優秀な駒が見つかってきている)

「くくく……」

 

 本人も気が付いていない内に笑いが溢れていた。だがそれを聞くものは居ない。

 これがディヴァインの企みが静かに動き出した瞬間だった。


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