遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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活動報告と同じ内容ですが、第23話『異世界』のデュエルに繋げる都合上、第22話『乙女心』のデュエルの内容を一部変更しました。
お手数をおかけしますが、第23話『異世界』を読む前に第22話『乙女心』をもう一度ご確認下さい。(12/13)


異世界

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 全力で走り続けること5分。久しく走ってなかったことやペース配分も碌に考えていなかったせいもあり早くも肺が悲鳴を上げていた。日ごろの運動不足がまさかこんなところで仇となるとは……これからの生活にランニングを加えることを心に誓った。

 家でサイレント・マジシャンを待っていた時間は10分程度。つまり彼女と別れてから30分くらいは時間が経過していることになる。その30分の間に彼女が事件に巻き込まれる可能性は十分にあるだろう。

 いつも彼女と別れるY字路を過ぎてさっき別れた場所までは戻ってみたが、周辺を探してもサイレント・マジシャンの姿はなかった。探すと言ってもこの時間の人の通りは疎らなのと、この辺りは住宅街で学生が時間を潰せる店は無いため、建物の中を探すということはしなくていいのが救いだ。

 そしてそこから引き返してY字路まで戻った所でついに足が止まってしまった。両手を膝につき呼吸を整えねばこれ以上走れる気がしない。足を止めると途端に体温が上がり体中から汗が噴き出してくる。一分休んだらまた走り出そうと心に決め、今はこのまま体力の回復に努めることにした。

 

「あれ、八代君?」

 

「はぁっ、はぁっ、え?」

 

「どうしたの? そんなに血相を抱えて?」

 

 頭の上からかけられる女性の声。それは普段耳にしているサイレント・マジシャンや狭霧とも違うものだった。しかしそれ以外に街中で話しかけてくる女性に心当たりがなかったため聞き違いかとも思い顔を上げてみると、目の前に立つのはやはり知らない女の子だった。

 下はジーパン、上の黒のTシャツには“Beat Burn”と書かれている。身長は俺の肩くらい。深緑色のポニーテールと顔のそばかすが印象的な可愛らしい少女だ。

 

「はぁ、はぁ、えぇっと……どちら様で?」

 

「えぇぇ!! 一年間クラス一緒だったのに覚えてくれてないの!?」

 

「はぁ、あぁー、ごめん」

 

「結構ショックだわ……原律子よ。ちなみに今も同じクラスだから、覚えててよね」

 

「そうだったのか。善処する」

 

「名前くらいすぐ覚えれるでしょうに……まぁ良いわ。それで? 何やら焦ってたみたいだけどどうかしたの?」

 

「そうだ!! 山背さんを見なかったか?!」

 

「あうぇ?! や、山背さん?」

 

「あぁ! この辺で見かけてないか?!」

 

「え、えっと、落ち着いて! 山背さんでしょ? うーん、向こうから来たときはすれ違わなかったし。最後に見たのは学校から帰るときでそれ以降は……っていうか一緒に帰ってたんじゃなかったの?」

 

「そうだったんだがなんて言うか……うん、そうだな。分かった。じゃあ急ぐから!」

 

「ちょっ、勝手に一人で納得して行かないで、ってもう!」

 

 原が後ろから何かを言っていたが今は無駄な時間を過ごすわけにはいかない。

 会話の間にもう十分に休めた。俺は再び駆け出した。

 向こうと原が指差した方向は狭霧の家の方。少なくとも入れ違いになる事は無かったと分かっただけで御の字だ。後はサイレント・マジシャンの家に向かうだけだ。

 走るなか頼むから俺の杞憂に終わってくれと願いながらも、嫌な予感は確信に変わっていくのだった。

 

 

 

「八代君ってあんなに焦ったりもするんだ……」

 

 取り残された原は一人そう呟いた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 フィールド魔法『魔法族の里』の効果により周りの景色は一変する。駐車場にあった数台の車は消え去り、太い木々が広い間隔で立ち並ぶ自然豊かな場所に早変わりした。光が入らなく薄暗かったのが嘘の様に木々の葉の隙間からは優しい陽光が降り注いでいる。その木々をよく見ると根元に穴が掘られていたり、或は巨木の中をくりぬかれていて、そこに住居が造られているのが分かる。これが魔法使い達の暮らす長閑な里である。

 

「ようやく意識を自分の心の深層に落としましたか。さて、どんな力を隠しているのやら」

 

 プロフェッサー・フランクはぼんやりと虚空を見ている山背の姿を見て満足げに微笑む。

 それから周りの変わった景色を見渡すと徐に『魔法族の里』の中に生えている木の一本に近づいていく。歩数にして四歩。そこは『魔法族の里』のソリッドビジョンが無ければ車が駐車してある場所だ。

 

「サイコデュエリストならこのフィールド魔法の影響が出ているはずですが……」

 

 そう呟いてフランクは木の根元を足で軽く突く。爪先は木の根元に触れるとそのまますり抜けた。

 実体を持たないソリッドビジョンで映し出される物体の境界に何かが触れると、通常は映像にノイズが奔ったり、映像が透けたりする。今回もその例に漏れず『魔法族の里』の風景がブレて外の景色が透けて見える。だが……

 

「これは……?」

 

一瞬透けて見えた車と地面の境界部分は不自然に捻れていた。

 もう一度確認するために根元に爪先をすり抜けさせるが結果は同じ。木の幹の部分に手を通すと車が透けて見えるが、車の窓ガラスとドアの境界がコーヒーにミルクを垂らして混ぜた様に歪んで見える。

 

「サイコパワーではない、か……」

 

 フランクは木の幹にすり抜けさせた手を一旦戻すと、もう一度手をすり抜けさせて車に触れるまで手を伸ばす。すると今度はその手の輪郭がぐにゃりと歪む。

 

「っ!!」

 

 ギョッと目を見開いて急いで手を戻すが、フランクの手に異常はなかった。それから二度三度手を他の場所ですり抜けさせるが、何度やっても結果は変わらない。

 

「世界が……いや、空間が歪んでいる? 彼女の力は一体……ん?」

 

 山背に視線を戻したフランクはそこで山背の足下が光り輝いていることに気付く。そしてその光は明滅を繰り返すそれを見つめているうちにフランクの意識はその光に吸い込まれていった。

 

 

 

————————

——————

————

 

「ここは……里のはずれ」

 

 意識がハッキリした時、私は周りの景色を見てそう判断した。

 懐かしい景色だ。ここは里から少し離れたこの場所は整備されていない土の道の上。周りには里よりも緑豊かな木々に囲まれている。この道に沿ってもう少し里から離れると小川のせせらぎが聞こえてくるはずだ。そこで子どもの頃よく遊んでいたのを今でも覚えている。

 

「でも、私はどうやってここに……?」

 

 記憶が混濁している。ここに来るまでの経緯が思い出せない。それを思い出そうとすると頭の中に白い靄が掛かったように記憶が霞んでいく。

 分からないのはここに来た理由だけではない。

 

 これからどうすればいいのか?

 

 それすらも分からない。折角近くまで来たのだから久々に里に顔を出すべきか。いや、今更どんな顔をして里帰りなんて……

 そんな事を考えていると突如目の前にブラック・マジシャン・ガールが現れる。肌全体が不健康に見えるほど青白く辛そうな表情をしていた。

 

『サイレント・マジシャン……』

 

「ブラック・マジシャン・ガール! どうしたの?! そんなボロボロで! それに、なんでここに?!」

 

『安心して。これは本体じゃないよ。窓から少し力を送っているだけ。思い出して! あなたが今何をしていたかを』

 

「窓……ってことはっ!」

 

 自分の腕を確認すると光に包まれてデュエルディスクがそこに現れる。その上には『ブラック・マジシャン・ガール』と『熟練の白魔導師』のカードが置かれていた。空いていた手にはいつの間にか『魔導戦士ブレイカー』のカードが収まっている。

 その事に気が付くと『ブラック・マジシャン・ガール』の横に『熟練の白魔導師』も現れる。その『熟練の白魔導師』もまた『ブラック・マジシャン・ガール』同様に苦しそうだ。

 そうだった。私はデュエル中で、あの不気味な男と戦っていたのだ。一体どうしてそんなことを忘れていたのだろう。そしてどうして私はそんなデュエルの最中にデュエルモンスターズの世界に来てしまったのだろうか。

 一つの疑問は解決したけどまた一つ二つと疑問が湧いてくる。

 

『……来るよっ!』

 

「……っ!」

 

 浮かんだ疑問を解消する間もなくブラック・マジシャン・ガールが私に警戒を促す。

 そのブラック・マジシャン・ガールの視線の先、およそ7、8メートルぐらい前方の地面に黒いシミが広がっていく。そこから泉が湧くかのように黒い何かは広がっていきマンホールくらいの大きさになった時そこから人が現れた。

 

「ここは……?」

 

「あ、あなたはっ!」

 

「ん? んふふふっ。そうか、なるほど。これが君の意識の中に眠る心象世界。つまりこれこそがデュエルモンスターズの精霊世界と言う訳ですか」

 

 辺りを見渡した後、私を見つけるとフランクはそんな感想を漏らす。周りを見ただけでここをデュエルモンスターズの精霊世界だと分かった事も然ることながら、それ以上に気になる事があった。

 

「どうしてあなたがここに……?」

 

「ふふふっ、君がこの私をこの世界に導いたのですよ。やはり君は特別な力を持っているようだ」

 

「……?」

 

 私が導いた?

 ダメだ。デュエルをしていた事やデュエルの流れは思い出してきたけど、ここまで来た直前の記憶がない。無理に思い出そうとするとズキンと奔る痛みに思わず頭を抑えるが、相手はこちらの様子など一向に構う事も無くデュエルディスクを構える。

 

「では、続きといきましょうか」

 

 混乱する中、デュエルの第二幕が始まるのだった。

 

 

 

山背静音LP2700

手札:『魔導戦士ブレイカー』

場:『熟練の白魔導師』(『墓地墓地の恨み』により攻撃力0)、『ブラック・マジシャン・ガール』(『墓地墓地の恨み』により攻撃力0)

フィールド:『魔法族の里』

魔法・罠:『リビングデッドの呼び声』(『ブラック・マジシャン・ガール』対象)、『憑依解放』

セット:『神秘の中華なべ』

 

 

フランクLP3500

手札:4枚

場:『トラップ・マスター』、『L⇔Rロールシャッハー』

魔法・罠:無し

セット:無し

 

 

 

「私のターン、ドロー。私は『トラップ・マスター』をリリースして『超魔神イド』をアドバンス召喚」

 

 これが精霊世界での相手の初手だった。

 『トラップ・マスター』の姿がバスケットボール大の光球に変化すると、球状だった形は膨らみ刺々しく、光球の色は眩い白から宇宙の如く底の見えない漆黒に変わっていく。

 そうして変化が終わり現れたのは竜を思わせる頭を持つ怪物。邪悪な力を溜め込んだ胴は大樹の幹の如く太く、それを支える四本の脚に生えた鋭い鉤爪は地面に食い込んでいる。全長は8メートル以上、胴体と同じくらいの長さの尾を軽く左右に振っただけで周りの木々が大きく揺さぶられる。漆黒の体躯を泳ぐように体表からは電気が迸り、全身から溢れる邪なオーラは墨汁を零したかのように世界に広がっていく。

 

 

超魔神イド

ATK2200  DEEF800

 

 

 さらに禍々しい『超魔神イド』のオーラに呼応するようにフランクからも邪悪な気配を漂わせ始める。黒い湯気のようにフランクの体から溢れ出る不気味なオーラもまたゆっくりと地面を蝕んでいく。この精霊世界ではデュエリストの精神がそのまま世界に影響を及ぼすのだ。

 

「くくくっ、ここに居ると力が溢れてくるようだ」

 

 そしてこの世界に作用するのはデュエリストの精神だけではない。

 『超魔神イド』が歩を進めるだけでそこの地面は闇に侵食され、周りの草木は枯れていく。

 

「なんて瘴気……」

 

 そう、使用するカードもまた実体を持つ。悪意を持って放った攻撃は災厄となり相手だけでなくこの世界にも牙を剥く。

 

「くっ」

 

 この際ここに来たまでの記憶がない事は後回しだ。

 『超魔神イド』による侵食を食い止めるべく結界魔法を行使する。この体で扱える魔力の総量は限られているが、『超魔神イド』とフランクのこの世界への侵食を食い止める程度の力はある。

この世界を、私の生まれ育った場所を守らなくては。

その使命感が私の体を突き動かす。相手に魔法を見られようが力を出し惜しむつもりはない。

 

「むっ、これは……?」

 

 突然足下に展開された白の魔方陣には今まで動揺を表に出さなかったフランクも驚いたようだ。そして白い光が一瞬輝きを増すと魔方陣は消失した。もちろん魔方陣が打ち消された訳ではない。狙い通り魔方陣の輪の範囲に邪気を封じ込める事に成功した。

 

「……ほう。そんな事もできるのですか。興味深い。ですが、それで攻撃は止められるのでしょうか。バトル! 『超魔神イド』で『熟練の白魔導師』に攻撃!」

 

 結界魔方陣により多少は動きに制限を与えられてようだが、『超魔神イド』はそれをものともせずに『熟練の白魔導師』に向かって駆け出す。

 『超魔神イド』の攻撃力は2200。力を失ったままの『熟練の白魔導師』が受ければ私にそのダメージがそのまま通る。この世界でその一撃のダメージは十分に致命傷となり得る可能性がある。

 

「速攻魔法発動! 『神秘の中華なべ』! 『熟練の白魔導師』をリリースして、その攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフを回復します」

 

「この時を待っていた! 速攻魔法発動! 『魔力の泉』!」

 

「っ!?」

 

「流石はアカデミアの生徒。その様子ではこのカードの効果を知っているようですね」

 

「『魔力の泉』は相手の場の表側表示の魔法・トラップの枚数だけデッキからカードをドロー出来るカード。私の場に表側になっている魔法・トラップは『魔法族の里』、『憑依解放』、『リビングデッドの呼び声』、そして『神秘の中華なべ』の4枚。つまり……」 

 

「そう! よって私はデッキからカードを4枚ドローする! そしてその後、私の場で表側の魔法・トラップの枚数だけ手札を捨てなければならない。しかし私の場で表側になっている魔法・罠は『魔力の泉』のみ。よって捨てるカードは1枚で済みます。まぁさらに制約として次のあなたのターンのエンドフェイズまであなたの魔法・トラップは破壊されなくなり、発動も無効にされなくなりますが、このアドバンテージのリスクとしては大したものではない」

 

「くっ、『神秘の中華なべ』の効果で私は『熟練の白魔導師』の守備力を選択。ライフを1900回復します」

 

 『超魔神イド』の攻撃の寸でのところで『熟練の白魔導師』の魂が私のライフへと変換され、『超魔神イド』の攻撃の手は空を切った。

 

 

山背静音LP2700→4600

 

 

 これでライフでは優位に立った。

 だがこのタイミングで2枚の手札増強。

 こちらの手札が1枚の劣勢時に更に相手に手数を増やされるのは不味い。こちらの手札は『魔導戦士ブレイカー』と次のドローで引くカードの2枚のみ。このターンは凌げたとしても次の相手のターンになれば6枚まで増える手数に対応できるか……

 

「攻撃対象が消えたため攻撃対象を変更! 『超魔神イド』で『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃! ヴァイオレント・エゴイズム!」

 

 『超魔神イド』は飛び上がると『ブラック・マジシャン・ガール』目掛けてその鋭利な爪を振り下ろす。当然魔力を失っている彼女にそれを受けきる術などある筈もなく、紙切れの如く蹴散らされる。

 心の中で彼女に謝りながら私は反撃の一手に出る。

 

「『憑依解放』の効果発動。私の場のモンスターが破壊された時、デッキから守備力1500の魔法使い族モンスターを1体特殊召喚します! 『憑依装着-ウィン』を特殊召喚!」

 

 風が吹いた。

 『ブラック・マジシャン・ガール』の後から現れたのは緑髪の少女。背丈はヒータと然して変わらない。ヒータと違い白のシャツの上に枯色のローブを羽織り上半身の露出を抑えている。だがそれ故に下の深緑色のプリーツスカートから出ている健康的な太ももが引き立てられて見えた。

 そんな彼女はたれ目で物静かな印象を受ける。彼女の司る魔力は風。彼女から溢れる魔力はここの木々を静かに揺らしていく。

 

 

憑依装着-ウィン

ATK1850  DEF1500

 

 

 何とか場にモンスターが繋がった。

 相手の5枚の手札の中に『憑依解放』に対する手は無かったのが唯一の救いか。だけどあれだけの手があれば……

 

「私は魔法カード『招来の対価』を発動。これでターンエンドです。そしてこのエンドフェイズにこのターンリリースしたモンスターの数によって『招来の対価』の効果が適用される。私がリリースしたモンスターは『トラップ・マスター』の1体。よってデッキからカードを1枚ドローします」

 

 しかし予想に反して相手は何も仕掛けてこなかった。

 何も伏せず『憑依装着-ウィン』に対して何も仕掛けてこないなんて一体何狙っているのだろう?

 相手は依然として自分のデュエルについて雄弁に語る事はない。ただまるでこちらの考えている事を見透かしているように不気味に微笑むだけだ。

 

「私のターン、ドロー」

 

 引いたのは『アームズ・ホール』。

 これでこちらの手札は2枚。相手の手札は5枚と一見不利に見えるこの状況だが、場を見ると以外にもそうでもない。

 相手の場には『L⇔Rロールシャッハー』、『超魔神イド』のみ。素のステータスは場の『憑依装着-ウィン』も手札の『魔導戦士ブレイカー』も超えている『超魔神イド』だが、『憑依解放』がありこちらが攻撃を仕掛ける場合に限り『憑依装着-ウィン』はそれを上回る。

 『魔導戦士ブレイカー』を並べれば相手の場に妨害する札が無い今、盤面はひっくり返る。だけど……

 

「…………」

 

「ふふっ……」

 

 そんな事をこの相手が分かっていない筈が無い。

 これは明らかに誘っている。この盤面を返したとしても相手にはまだ手札が5枚残っているのだ。ここで勝負を決めきれない以上、一気に攻勢に出たところで纏めて返されるだろう。

 ここで手札の『魔導戦士ブレイカー』を失えば『魔法族の里』の制約により魔法カードを封じられてしまう。それから逃れるためには魔法使い族を次のターン引かなければならない。それを引けず魔法カードを引こうものなら忽ち手札の『アームズ・ホール』諸共手札は皆死に札となり、その先に待っているのは敗北だ。

 だからここで私が取るべき手は……

 

「魔法カード『アームズ・ホール』を発動! デッキの一番上からカードを1枚墓地に送り、デッキ・墓地から装備魔法カード1枚を手札に加えます。私は墓地の『ワンショット・ワンド』を手札に加えます」

 

 これで『アームズ・ホール』の制約により私は召喚権を失った。けどこれでいい。今私に必要なのは次につながる手札なのだから。

 

「そして『ワンショット・ワンド』を『憑依装着-ウィン』に装備。攻撃力を800ポイントアップさせます」

 

 『憑依装着-ウィン』の手の杖が変わる。先端が三日月型に割れた形状が特徴的なワンド。魔力をブーストさせる一撃特化型の杖を装備した事で『憑依装着-ウィン』からは溢れる魔力はより強くなった。

 

 

憑依装着-ウィン

ATK1850→2650

 

 

 これで『憑依装着-ウィン』の攻撃力は下級モンスターでは及ばぬ数値となった。

 

「バトルです。『憑依装着-ウィン』で『超魔神イド』に攻撃!」

 

 『憑依装着-ウィン』が『ワンショット・ワンド』を天に掲げる。するとその先端に集まる魔力は風を起こし渦上に広がっていく。それに伴い周りの木々は大きく揺り動かされ木の葉は宙を舞台に踊る。統制の取れた魚の群れのように舞う葉は彼女の生み出した渦巻く風の中に引き込まれると、一瞬で粉微塵に切り刻まれた。この光景だけでも彼女の攻撃の殺傷性が伺えるが、その規模は尚も広がり続ける。

 緑色の魔力の暴風の塊は天に伸びていき、やがて人が災害として畏れる竜巻へと変貌を遂げた。半径5メートル、高さは30メートル余りと自然のそれと比べると規模は小さいが、周りの木を根こそぎ引き抜き次々にバラバラにしていく破壊力は十分に災害と呼ぶに値するだろう。

通常の彼女の力ならまずここまでのものを作れない。ただ今は彼女の魔力は『ワンショット・ワンド』を通して増幅されており、その力だけならかの『ブラック・マジシャン』すらも凌駕している程だからこそできた芸当なのである。

『憑依装着-ウィン』は杖の先端を『超魔神イド』に向けて振り下ろすとともに竜巻は移動を始める。彼女の魔力で制御されるそれは寄り道をすることなく真っ直ぐと『超魔神イド』に向かって突き進む。自然災害と違い人為的に操作される竜巻は逃れる相手を追い続けることができる。故にこれを打ち消すだけの力を持たない『超魔神イド』はこの一撃から身を守る術はない。

さらに言うならばこの一撃は『超魔神イド』との接触の瞬間に一段と威力が増す事が決まっている。それは『憑依解放』が後続のモンスターを呼び出す力だけでなく“憑依装着”モンスターが攻撃をするダメージ計算時に攻撃力を800ポイント増加させる効果もあるからだ。

攻撃力3450と言えば私の全力に匹敵する程の力。セットカードも無しに『超魔神イド』が受けきれる攻撃ではない。

 

そして竜巻が獲物を捕らえた。

 

 大気をビリビリと震わせる耳を劈く音と同時に緑色の暴風の中で迸る電気が黄色く輝く。それは『超魔神イド』の最後の抵抗だったのか、竜巻の中で黄色く輝くそれは徐々に萎んでいった。

 だが直ぐにその光景に違和感を覚えた。目算だが竜巻は私とフランクのフィールドの丁度間くらいで止まっているが、果たして『超魔神イド』はそんな手前にいただろうか?

 そんな疑念が湧いた直後、緑色の魔力の竜巻を内側から食い破るようにドーム状に広がる電気を伴った衝撃波が産声を上げた。その衝撃は竜巻を掻き消すだけに留まらず、眩い輝きと共に『憑依装着-ウィン』をも軽々と吹き飛ばす。

 

「くっ……」

 

 突然の光に目を瞑った私の体を僅かな衝撃と微かな電気の痺れる感覚が貫く。ゆっくり目を開くと目の前でよろよろと立ち上がる『憑依装着-ウィン』の姿があった。どうやら彼女は吹き飛ばされただけで無事なようだ。

 

「一体何が……?」

 

 突然竜巻内で発生した電気を伴う衝撃波。まだその発生源には土煙が舞っており視界が開けない。

 

「いやぁ、なるほど。最上級モンスタークラスの攻撃ともなるとここまでの威力になるとは。流石に肝を冷やしましたよ」

 

 そんな言葉とは裏腹に煙の向こうから聞こえてくる声には余裕の色があった。

 何が原因かは分からないがウィンの攻撃が防がれたのは確かだ。煙が晴れると案の定フランクとそして『超魔神イド』が無傷で姿を現す。

 

「墓地の『超電磁タートル』の効果を発動しました。墓地のこのカードを除外する事でバトルフェイズを終了させます」

 

「墓地……っ!」

 

 『魔力の泉』で手札を捨てたあのタイミングか。

 道理で何もカードを伏せていないのに余裕があった訳だ。こちらが『アームズ・ホール』を使った時点で確実に攻撃を止める事ができると確信していたのだろう。

 これでこちらの『ワンショット・ワンド』の効果で次のターンに備えるための手札を確保する算段が崩れた。攻撃力が如何に2650あろうとも耐性が何も無い『憑依装着-ウィン』では次のターン手札6枚となる万全な相手に破壊されない筈が無い。しかしこうなるならやはり『魔導戦士ブレイカー』をここで使わなかったのは正しかったのか。

 

「ふふふ、『アームズ・ホール』を使って召喚権を失い、手札には『魔導戦士ブレイカー』1枚しかないあなたに最早このターンできることはありません。さぁ、ターンエンド宣言をどうぞ」

 

「……これでターンエンド」

 

「私のターンですね。ふふっ、ドロー。速攻魔法『移り気な仕立て屋』を発動。このカードは場の装備魔法を正しい装備対象に移し替える事ができます。これによりあなたの『憑依装着-ウィン』に装備された『ワンショット・ワンド』を私の『L⇔Rロールシャッハー』に装備します」

 

 『移り気な仕立て屋』のカードが輝くと瞬く間に『憑依装着-ウィン』の手にあった『ワンショット・ワンド』は元の杖に戻り、『ワンショット・ワンド』はそこにあるのが当然と言わんばかりに『L⇔Rロールシャッハー』の横に浮かんでいた。

 

 

憑依装着-ウィン

ATK2650→1850

 

 

L⇔Rロールシャッハー

ATK1200→2000

 

 

 たった一手。

 たった一手で戦況が完全にひっくり返った。場のモンスターの攻撃力最高だった『憑依装着-ウィン』はこの一手で最低にまで転落した。これで『憑依装着-ウィン』の戦闘破壊は確定だ。

 

「そして魔法カード『一騎加勢』を発動。このカードはターン終了時まで自分の場のモンスターの攻撃力を1500ポイントアップさせる事ができるカード。これにより『超魔神イド』の攻撃力を1500ポイントアップさせる!」

 

「っ!?」

 

 発動された『一騎加勢』のカードから莫大な力が『超魔神イド』の体に集まる。吸収された力は『超魔神イド』の体内を巡り血肉となりより凶悪な姿へと変化していく。膨張し続ける『超魔神イド』の体からは邪悪なオーラが止めどなく溢れてくる。

 

「くっ!!」

 

 それによるこの世界への侵食を抑えようともう一度魔方陣を展開し更なる魔力を込める。が、『超魔神イド』から吹き出る闇のオーラは私が魔方陣に供給する魔力で抑えきれる量を上回っていた。

 このままでは結界が破られる。そうなれば被害が何処まで拡大するか予測できない。

 

 普段抑えている力を解放すべきか。

 

 解放すれば『超魔神イド』による侵食を大幅に食い止められるだろう。ただしそうすれば私の本来の姿を晒すことになる。それは普段マスターに止められていることであり、おそらくそれが相手の狙いと推察される。もしかしたら私の正体がばれる事で今後マスターとの生活に危険が及ぶかもしれない。

 

「……」

 

 一瞬の逡巡。

 

だが直ぐに力を解放することを決めた。

 もちろん無闇矢鱈に力を晒す事は止められている。しかしどうしても力を解放しなければならないような何か不測の事態があった時にのみ、私の判断で力の解放が許されている。

私の生まれ故郷の危機に力を出し切らないなんて事は出来なかった。

 真の姿になるべく体内の封じている魔力に意識を向ける。だが、

 

「な、なんで?!」

 

 体内に封じていた筈の魔力が見つからない。

 まるで自分の体の中心が抜け落ちてしまっているかのように、体の奥に封じていた魔力がそこには無かった。心当たりも無く原因が全く分からない自身の体の異状に動揺が生じる。

 そうして隙が生まれた直後、『超魔神イド』が世界に干渉する事を封じていた魔方陣がついに破られた。

 吹き上がる禍々しいオーラは天へと昇り空の色を灰色に曇らせていく。地面の細かい揺れは徐々に激しさを増しバランスをとって立つ事が難しくなってきた。

 『超魔神イド』の体は倍以上に肥大し、体はより刺々しくより鋭利に変化していく。

 

 

超魔神イド

ATK2200→3700

 

 

『ガァァァァアッ!!!!』

 

「っ!」

 

 咄嗟に魔法障壁に今使える全ての魔力を集めたのは今までの戦いの経験からだった。そしてその判断が功を奏したようだ。

 

 背後の道の両側に茂っていた森は一瞬にして更地となっていた。

 

「なんて……力……」

 

 冷や汗が頬を伝う。

 唯の咆哮でこの威力。

 攻撃力3000オーバーのモンスターがその力を解放すればその気まぐれで災害を引き起こす。攻撃力3700とは万全の状態の私をも超える力。『憑依装着-ウィン』が攻撃表示の今、『超魔神イド』の攻撃での大ダメージは必至。果たしてその超過ダメージを受けきれるか……

 

「ふっふっふっふっふっ! どうやらこれ程強大になったモンスターの力は封じられないようですね。これでバトルに入る! そしてこのバトルフェイズに入った時、手札から速攻魔法『封魔の矢』を発動!」

 

「しまっ――」

 

 暗雲立ち籠める灰色の空から大量の矢が降り注ぐ。

 それは私の場で発動している『憑依解放』、『ワンショット・ワンド』のカードに突き刺さった。その鏃からは魔の力を封ずる力が込められていた。

 

「ふっふっふっ、このバトルフェイズの間、お互い魔法・トラップの効果を発動できなくなる! これで『憑依解放』の効果は封じたぞ!」

 

 マズイ。

 これで『憑依解放』で後続のモンスターに場を託す事も、奪われた『ワンショット・ワンド』の効果を使う事も叶わなくなった。

 

「『L⇔Rロールシャッハー』で『憑依装着-ウィン』を攻撃!」

 

 『L⇔Rロールシャッハー』の魔力が『ワンショット・ワンド』に注ぎ込まれる。それにより増幅された紫色の魔力の暴風が『憑依装着-ウィン』に襲いかかる。

 『憑依装着-ウィン』もそれに対抗するべく緑色の嵐で迎え撃つ。

 

 紫と緑の衝突。

 

 数秒間の拮抗は紫に軍配が上がった。

 『憑依装着-ウィン』の体を弾き飛ばした紫色の魔力の嵐は私にも襲いかかる。

 

「くぅ……」

 

 

山背静音LP4600→4450

 

 

 『超魔神イド』によるこの世界への干渉を少しでも抑えるために全ての魔力のリソースを割いてしまっているせいで障壁を張る余裕が無い。そのため紫色の風の刃は私の体にその爪痕を刻んだ。腕や脚からは血が伝う。

 

「ほう、あくまでこの世界を守る事を優先しますか。『L⇔Rロールシャッハー』が相手モンスターを破壊した時、相手のデッキトップのカードを確認する! ピーピング・マインド!!」

 

 『L⇔Rロールシャッハー』の能力で体を動かされデッキ一番上のカードを公開させられる。

 

「ふふふっ、『闇の誘惑』とは。分かりますよ。焦り、不安、恐怖、あなたの心の闇が手に取るように伝わってくる」

 

「あっ!」

 

 フランクの体から溢れる邪気が増し魔方陣による結界が破られた。それにより黒い邪気は広がり地面に染み込み土地を涸らしていく。

 

「んふっふっふっふっ! 素晴らしい力だ! これがデュエルモンスターズの精霊世界!」

 

「やめて下さい! この世界を不用意に破壊するなんて酷い事!! なんでこんな事をするんですか!!」

 

「なんで? くくくっ! それは君のその表情を見るためだよ!」

 

「なっ?!」

 

「依頼主からは君の持っている力を確認し報告せよとの事だったが、別に君の心を壊してはならないなどと言う制約はされていない! 私は見たいんだよ! 私の前で心をすべて曝け出し、そしてそれを汚され、苦痛に歪み絶望するその表情がねぇ!!」

 

「っ!!」

 

 ゾクッ

 

 フランクの狂気に歪んだ表情を向けられ背中に冷たいものが走った。思わず一歩後退ってしまったが、その体の動きは固い。

 

「さぁ、苦痛に満ちた声を聞かせてくれ! 『超魔神イド』でダイレクトアタック! ヴァイオレント・エゴイズムゥッ!!」

 

 力の増した『超魔神イド』はフランクの攻撃命令を受けこちらに迫ってくる。

 これをこのまま受ければ間違いなく無事じゃ済まない。そんな危機的状況を前に『超魔神イド』の動きがゆっくりと鮮明に脳に伝わってきた。

 右足で地面を蹴ると空中で二本の後ろ足が前足を僅かに追い越す。後ろ右足が地面に着くと直後に左足で地面を蹴り飛び上がり体全体が伸びきる。前の左足から着地し再び前右足で地面を蹴ってこちらに向かってくる。そんな走る様子を見てこれが四足歩行の獣の走り方なのかとそんなどうでも良い感想を抱いた。

 そうして目前に迫った『超魔神イド』は巨大な三本の爪を振りかぶり、そこで来るべき衝撃に備え私は目を閉じた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 そこは白い世界だった。

 見渡す限りの白。上下左右の概念がない世界の中で意識が揺蕩う。

 

「サイレ…………ジ……ン……」

 

 そんな世界の外から誰かが私に話しかけている。

 その声はぼんやりとした私の意識にスッと入ってくる。はっきりとは聞き取れないがなんだかこの声を聞いていると心地よい。このまま微睡みの中で意識を落としたら気持ちよく眠れそうだ。

 

「サ……ント……ジシャン……」

 

 だがその声の主はそれを許してくれないらしい。

 私の意識が落ちるのを防ぐ様に体が少し揺すられるのを感じた。さっきよりもはっきり聞こえる声はどうやら私の名前を呼びかけているようだ。重い瞼を持ち上げ薄らと声の主を見上げるが、まだ視界がぼやけてそれが誰だか分からない。

 

「サイレン……マジシャン!」

 

「んっ……」

 

 小気味好い音を響かせて頬が二三弾かれ軽い痛みを感じる。

 ここで何度も私を呼ぶこの声は私の知っている声だと気付いた。普段一番私が聞いてる声。ただいつもよりもその声は強く、その中に焦りの色がある。

 意識がゆっくり戻っていくにつれてぼやけたシルエットは徐々にはっきりしてくる。前髪が目にかかる程の少し長めの痛んだ黒髪、その隙間から覗かせる鋭い黒い目、右頬に浅い傷を残した細めの顔立ちのこの男の人は……

 

「サイレント・マジシャン!! サイレント・マジシャン!!」

 

「ます……たー……?」

 

 焦点が合いようやくこの声の主がマスターである事が分かった。

 マスターは今まで私に見せた事も無い必死な形相でこちらを見つめていた。マスターの乱れた息づかいを感じるくらい顔の距離は近い。どうやら私はマスターに頭を抱きかかえられて上体を起こされているようだ。体が触れ合っている所からマスターの少し熱い体温が伝わってくる。

 しかしその事にどうにも現実感が無い。そもそもマスターがここにいるなんてあり得ない事だ。これは夢、或は私の妄想なのだろうか。

 

「サイレント・マジシャン! 大丈夫か?」

 

「マスター……どうして、ここに?」

 

「帰ってくるのが遅いから気になって……はぁっ……探しに来たんだ。そうしたらよく分からない事になってる場所を、くぅっ! はぁ……見つけてな。直感でお前がヤバそうだと思って飛び込んでみたら、はぁ、案の定だったって訳だ」

 

「…………」

 

 頭を少し動かして周りを見渡す。周りは木々に囲まれた里から出た所の道の上ではなく、自然と共に暮らす里の家々に囲まれた場所へと変わっていた。だがここはデュエルモンスターズの精霊世界では無く、現実でのソリッドビジョンであることは瞬時に分かった。

 私は確か『超魔神イド』のダイレクトアタックを防ぎきれずにそこで意識を途切れさせたはず……

 

 

山背静音LP4450→750

 

 

 デュエルディスクを確認するとライフはキチンと減っている。と言う事はやはりあの攻撃を私は受けたと言う事だ。しかし不思議な事に身体で痛む所は無い。そしてデュエルはまだ続いている。

 自分で上体を起こしてマスターの背に隠れた方を見れば、対戦相手の男が確認できた。その前には『超魔神イド』と『L⇔Rロールシャッハー』も健在である。途端に先程まで自分に迫っていた危機がフラッシュバックし胸の奥から冷たいものが広がっていく。

 フランクはマスターを見ながら心底不快だと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「なんだ小僧? これは彼女と私のデュエルだ。邪魔をしないでくれるかな?」

 

「初から……はぁっ……うっ……そんなつもりはねぇよ」

 

「それは何よりだ。いきなり割り込んで来た手前、自分を救世主だとか勘違いした輩だと思ったよ」

 

「ふっ、くくく……」

 

「何がおかしい?」

 

「いや、はぁっ、そいつは随分と間抜けな……勘違いをしてるって思ってな」

 

「ふふっ、それは自分が自虐かな? これから嬲られる少女を前にこのデュエルに割って入って救世主になる勇気も無く、何もできない臆病者であるという」

 

「違う」

 

 そう相手の問いに一切の淀みなく言いきったマスター。だがなんだか様子がおかしい。呼吸は不自然に乱れ、話している途中に時折苦悶の表情を浮かべたり呻き声が漏れたりしている。そんな辛そうな様子が伺えるマスターだがそれでも相手と向き合うためか、ふらつきながらと立ち上がり始める。

 

「マスター……?」

 

「……」

 

 私が声をかけると心配するなと言う様にマスターはぎこちない笑みを返す。そうして立ち上がり半身で相手を見据えるマスターだが、立って体を支えるのがやっとなようでふらふらと今にも倒れそうな様子だ。

 マスターの様子に不安を覚えた私を他所に、マスターは堂々と宣言した。

 

「このデュエルに勝つのはこいつだぞ? なのに一体どうして俺が割って入る必要があるんだ?」

 

「っ!」

 

 私が勝つ。

 

 マスターはそう言いきった。その言葉はスッと心の中に入り込む。

 

「ふふふはっはっはっはっはっ! 何を言い出すと思えばこの小娘が私に勝つ? この状況で? 彼女の手札は『魔導戦士ブレイカー』1枚、次ドローするカードは『闇の誘惑』と決まっているこの盤面で? はっはっはっ! どうやら貴様は臆病者ではなくただの愚か者だったらしい」

 

「はぁ……『闇の誘惑』はドローソースだ。その、はぁ、先こいつが何を引くか……お前は知らないだろう? んくっ、はぁ……はぁ……そんなんで勝利を確信してる時点で、お前は三流なんだよ」

 

「三流はどっちだ! 彼女がその『闇の誘惑』を使うには『魔法族の里』により魔法使い族モンスターを場に出さなければならない。この状況で場に出せるのは『魔導戦士ブレイカー』のみ。手札が『闇の誘惑』だけになってそれを発動しても闇属性モンスターが引けなければ手札を全て失う。仮に上手く闇属性モンスターを引けたとしても召喚権を『魔導戦士ブレイカー』に使って、手札1枚でこの私の布陣を返せるはずが無い!」

 

「はっ! 1枚の未知なる可能性、それだけあればお前を倒すには十分だろうが。こいつを誰だと思ってやがる」

 

「っ!!!」

 

 マスターの言葉には一分の迷いも無い。

 この状況を全て把握した上でそれでも私が勝つと、そう確信している。その言葉には私への絶対的な信頼があった。それが分かると冷えきった胸の内が温まっていく。

 

「んぬ……そこまで言うならせいぜい見せてもらおうか! その未知なる可能性とやらを! そして絶望の中で知るがいい! このデュエルに希望など無いと言う事を!!」

 

「安心して見てろ。お前に次のターンは来ねぇから、うっ!」

 

「っ?!!」

 

 マスターの体が大きくぐらついた時、見えてしまった。今まで死角になっていて見えなかったマスターの背中が。

 

 赤だった。

 

 男子デュエルアカデミアの制服の上着は青のはずだが、マスターの背中は赤かった。

 おかしい。マスターは制服を着ていたのだ。

 なのに、それでも、マスターの背中は真っ赤に染まっていた。

 

「ま、マスター。そ、それ……」

 

「あぁ……ちょい無理してたが、そろそろ限界……はぁ……これが終わったら携帯、買いにいこう。次何かに巻き込まれた時に、痛っ……連絡出来ないのは不便だから……な」

 

 一瞬、悪戯がバレてしまった子どものようにバツの悪そうな顔を見せたマスターだが直ぐにぎこちない笑みを浮かべる。そして慣れない手つきで私の頭をくしゃっと撫でながら、私を安心させるように語りかける。マスターのそんな意図が分かってしまうからこそその様子が痛々しく思えて、気が付けば一筋の涙が頬を伝っていた。

 

「ははっ、何泣いてんだ……はぁ……まぁ、後は……任せ……た…………」

 

 そしてそれだけ言うとマスターの身体から力が抜けていき前のめりに倒れていく。まるで操り人形の糸が切れたかのように。急いで立ち上がり受け止めたが、その時には既に意識が無くなっていた。

 

「マスターっ! マスターっ!!」

 

 いくら呼びかけてもマスターが反応する様子は無い。

 背中を改めて確認すると制服は破け肉を深く抉った痛々しい三本の裂傷があり、そこから夥しい量の血が流れ続けていた。呼吸は浅く医学の知識が無い私でもこのままじゃ不味いことぐらい分かる。このまま血が止まらなければ脈拍は弱くなって最終的に……

 

「ようやく黙ったか。全く不快なガキだ」

 

「い、いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 体の中でプツンッと糸が切れる音が聞こえた瞬間だった。普段抑えている体に溜めていた魔力が一気に溢れてくる。それは白い光の柱となり天に昇っていく。

 私が些細な事で飛び出していなければ、私がこのデュエルに乗らなければ、相手の心の隙を見せなければ、マスターはこんな事になる事は無かった。後悔、怒り、悲しみ、抑える事のできない様々な感情が溢れる魔力の勢いを増させていく。

 

「だがある意味手間が省けた。お陰で彼女の真の秘めた力を引き出せたようだ」

 

 この魔力の放出に身体が保たず節々に痛みが奔るが、本能的に姿を成長させる事で身体を最適化する。同時に衣装も放出する魔力に耐えられるよう光の中で普段の白の魔導服に変更する。

 さらにギリギリ残った理性で現実世界に影響を及ぼしかねない放出された膨大な魔力を纏め上げ、強引にこのデュエルフィールド内にいる人間をデュエルモンスターズの精霊世界に飛ばす次元転移術式に利用していく。

 そして私の身体の最適化と次元転移術式を起動する準備が完了した時、視界は全て白い光に染上げられた。

 

 

 

 光が収まると目の前の風景は里のから離れた先の荒廃した戦場に変わっていた。相手も私の体に倒れかかったマスターもこの場に転移している。

 転移が無事完了した事を確認すると、直ぐにマスターの背中の傷口に魔力を集中させる。回復魔術系統がからっきしな私ではこの傷を治す治癒魔法など使えない。

 私が発動したのは結界魔法。これでマスターの出血を封じ込める。これが私のできる精一杯の応急処置だ。そしてデュエルに巻き込まれないよう木々の生えた道の外れに傷口を上にして寝てもらう。

 

「なるほど、またデュエルモンスターズの精霊世界に飛ばされた訳か。まさかと思っていたが、君はデュエルモンスターズの精霊、それも高位魔術師の“サイレント・マジシャン”だったのか」

 

 この世界に転移したこと気付いたフランクの独り言を耳に流しながら、手を握ったり開いたりを繰り返し体の調子を確かめる。

 この姿になるのは三年以上ぶりだろうか。

 体を動かすのは問題ないようだ。違和感があるのはいつもよりも視界が高い事と胸の膨らみが増した事か。背が伸びたのはまだしもこうして胸が大きくなると少し邪魔に感じる。

 

「……一つ聞く」

 

「……ん?」

 

「マスターは……私を庇ってこうなったの?」

 

「マスター? あぁ、その小僧か。その通り。私の『超魔神イド』のダイレクトアタック直前、意識が現実世界に戻されたようでね。気が付けば『超魔神イド』の一撃の前に身を滑り込ませていたよ。精霊世界の力で破壊力を持った『超魔神イド』の攻撃だったと言うのに。本当にバカなヤツだ」

 

「…………許さない」

 

 体の底から沸々と怒りが湧いてくる。自分の不甲斐無さもそうだが、何よりも相手のマスターに対する侮辱が私の怒りに火をつけた。

 そしてふと、一度この力を解放しようとした時に力が出せなかった理由がわかった。深層意識の世界に意識を沈められたせいであの時は精神だけがこの世界に来ていたのだ。魔力を蓄えている体は向こうの世界に置き去りにしたままでは力は出せないのも当然のことだろう。

 

「ふふっ、許さない? 君がいくら憤ろうともこの勝負の結果は決まっているんだよ。装備魔法『リボーンリボン』を『超魔神イド』に装備。さらに永続魔法『悪意の波動』を発動! これでターンエンドだ」

 

 ターンエンドと共に『一騎加勢』の効果が切れ『超魔神イド』の体が萎んでいく。

 

 

超魔神イド

ATK3700→2200

 

 

 フランクが最後に発動した『リボーンリボン』に『悪意の波動』。確かに相手の自信も頷ける。この布陣はこの私のライフ状況おいてはかなり絶望的だ。だけどマスターの信頼を裏切るわけにはいかない。その想いが私の体を突き動かした。

 

「私のターン、ドロー」

 

 分かっている。ここで『闇の誘惑』を引く事はもう。これで手札が『魔導戦士ブレイカー』と『闇の誘惑』になる事も。そして私が打つべき手も決まっている。

 

「私は『魔導戦士ブレイカー』を召喚。『魔導戦士ブレイカー』の召喚成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ乗せる。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗っている魔力カウンター1つにつき300ポイントアップする」

 

「そうだろう。お前にはそれしか手は残されていない」

 

 私の前に新たに現れたのは金縁に紅の細身の鎧を身に纏った戦士。右手の剣も左手の盾もコンパクトで機動力を重視した装備になっている。

 

 

魔導戦士ブレイカー

魔力カウンター 0→1

ATK1600→1900  DEF1000

 

 

 これで自分の場に魔法使い族モンスターが存在するため『魔法族の里』に魔法の発動を阻害されなくなった。

 手札は『闇の誘惑』1枚。

 だが相手も分かっている通り『闇の誘惑』で2枚ドローした内に闇属性モンスターが無ければ手札は全て墓地に送らなければならない。当然そうなれば私の敗北だ。けどこれを温存して何もしなければ結局私の敗北なのは変わらない。つまり勝つためにはここで可能性を掴み取るしか無いのだ。

 まさに背水の陣。

 だが不思議と『闇の誘惑』を発動することに不安は無かった。ここで手札を失う事はないとそんな確信があった。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキから2枚ドローする!」

 

 デッキから引いた2枚のカードを同時に確認する。

 

「そして手札の闇属性モンスター『見習い魔術師』を除外!」

 

「ちっ、運良く闇属性カードを引いたか。だがそれまで! 残り1枚の手札ではどうにもなるまい。無駄な抵抗はやめて早くターンを渡したらどうです?」

 

「私は諦めません! 装備魔法『ワンダー・ワンド』を発動! 『魔導戦士ブレイカー』に装備する」

 

「ほう、これで私の『超魔神イド』の攻撃力を上回りまったか。ふふっ」

 

 

魔導戦士ブレイカー

ATK1900→2400

 

 

 そう、これで確かに『魔導戦士ブレイカー』の攻撃力は『超魔神イド』を上回った。しかし『超魔神イド』に装備された『リボーンリボン』により、戦闘で『超魔神イド』を破壊してもエンドフェイズに蘇ってしまう。さらに『悪意の波動』の効果により相手モンスターを戦闘で破壊する度に私は300ポイントのダメージを受ける。

 私の残りライフは750。仮にそのダメージを受ければ残りライフ450となってターンを渡す事になり、次のターン相手は『超魔神イド』と『L⇔Rロールシャッハー』の自爆特攻をするだけで『悪意の波動』によるダメージを発生させ私のライフを削りきれる。

 『魔導戦士ブレイカー』の効果で自身に乗った魔力カウンターを取り除けば場の魔法・トラップを破壊出来る。けどそれを使えば『魔導戦士ブレイカー』の攻撃力は300下がり『超魔神イド』の攻撃力を下回ってしまう。

 どっちに転んでもこのままでは私に勝機は無い。それが分かっているからこそ相手は余裕の表情を崩していないのだ。

 

「諦めろ。お前に勝ち目は残されていない」

 

「…………」

 

 このままじゃ勝てない。それは事実だ。

 安全策をとるならこのターンをこのまま終了させることも視野に入る。しかし相手300よりも高い攻撃力のモンスターを引くか、『ワンダー・ワンド』か『魔導戦士ブレイカー』を処理するカードを引かれた時点で敗北が決まる。

 相手のドローに勝負を預ける割合を減らした一番無難な選択をするならこのターンは『魔導戦士ブレイカー』の効果で『悪意の波動』を破壊し『L⇔Rロールシャッハー』を攻撃。その後『ワンダー・ワンド』のもう一つの効果を使って『魔導戦士ブレイカー』を墓地に送り2枚のドローに繋げ次のターンを凌ぐためのカードを引き込む事に賭ける。2枚の新たなカードを引ければ次のターンの相手のドローしたカードへの対処と攻撃の対処の両方ができる可能性が生まれる。しかし『ワンダー・ワンド』の効果でのドローで防御札を引けなければそれでおしまいだ。

 私は一体このターンどうすれば良いのか悩んでいた。

 

 マスター、こんな時あなたなら……

 

 チラリと横たわるマスターを見る。当然うつ伏せで倒れているマスターの姿に変化はない。けれども今まで後ろから見ていたマスターのデュエルの様子が脳裏に浮かび上がってきた。

 そうだ、どんなにピンチな時もマスターはドローの可能性を信じていた。ならば私の選択は……

 

「『魔導戦士ブレイカー』の効果発動! 自身の魔力カウンターを1つ取り除き、場の魔法・トラップカードを1枚破壊する私が破壊するのは……」

 

「ふっふっふっ、あくまで足掻くか。良いだろう。ならば選べ! 『悪意の波動』破壊するか、それとも『リボーンリボン』破壊するかを!」

 

「『魔法族の里』!!」

 

 私がそう宣言すると『魔導戦士ブレイカー』は躊躇いなく魔力を込めた剣を地面に突き刺す。

 

 

魔導戦士ブレイカー

魔力カウンター 1→0

ATK2400→2100

 

 

「なっ?! とうとう血迷ったか!」

 

 驚愕する相手を他所に変化は訪れる。剣を刺した地面から亀裂が広がり、それはやがて周りの木々が生えた空間にまで及んでいく。そして亀裂が一瞬激しい光を放つとガラス窓が破られたような音をたて景色が砕け散る。

 しかしまるでそんな事は無かったかのように周りの景色に変化は無い。それはここがそもそもデュエルモンスターズ界の『魔法族の里』の近辺だったためだ。

 

「まさか自棄になるとは。ふっふっふっ」

 

「…………」

 

 反論する余裕は私に無い。

 我ながらかなりの大博打に出たものだ。

 通常召喚は『魔導戦士ブレイカー』に使ってしまった今、この布陣を突破して相手のライフを削りきるためには最早これを上回るモンスターを特殊召喚するしか無い。

 その特殊召喚するカードを引くための『ワンダー・ワンド』なのだが、その時コストで『魔導戦士ブレイカー』は墓地に送らなければならない。私のデッキでこのターンモンスターを特殊召喚できるカードは魔法カードのみ。だが『魔法族の里』を残しておけば私の場に魔法使い族が居なくなった事で魔法カードが使えなくなってしまう。だから『魔導戦士ブレイカー』の効果で『魔法族の里』を破壊したのだ。

 絶対に勝たなければいけないデュエルでの賭けの一手。心臓が早鐘を打っている。これで『ワンダー・ワンド』の効果で目的のカードを引けなければ私の負けだ。

 

 ドクンッ!

 

 心臓は一際大きく鼓動する。それに合わせるように効果発動の宣言をした。

 

「『ワンダー・ワンド』のもう一つの効果発動! 装備モンスターを墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 目を閉じてカードを引く。緊張が頂点に達した瞬間、薄目を開けてカードを確認した。

 

「来た!」

 

 デッキは私の思いに応えてくれた!

 この状況におけるこのデッキでの最善のドローだと思う。

 

「魔法カード『シャッフル・リボーン』を発動。自分の場にモンスターが存在しない場合、墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。私は『ブラック・マジシャン・ガール』を特殊召喚」

 

 このデュエル四度目になる『ブラック・マジシャン・ガール』の登場。私が不甲斐無いばかりに三度も破壊される事を許してしまった彼女だが、そんな事気にしないでとでも言うように私にウィンクをしてくれた。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000  DEF1700

 

 

「えぇい、しぶとい! そんなものを今更出した所で何も状況は変わらないと言うのが分からないのかっ!!」

 

「まだですよっ! 魔法カード『賢者の宝石』を発動! このカードは自分の場に『ブラック・マジシャン・ガール』がいる時、このカードは発動できます。そしてデッキから『ブラック・マジシャン』を特殊召喚します!」

 

「なっ!」

 

 拳大の眩い光を放つ宝石が天からゆっくりと落ちてくる。『ブラック・マジシャン・ガール』はそれを両手でそっと握りしめると自身の魔力をそれに込める。すると手から虹色の光が溢れ始め、両手に収まっていた宝石が徐々に大きくなっていく。そして輝きが増して宝石が見えなくなると虹色の光は大人を軽く包み込める程の巨大に成長する。それは光の繭のようだった。

 そんな虹色の光を放つ繭が爆ぜると、中から紫の魔導服を着た長身の男が現れる。眉目秀麗な青白い肌の魔術師は手に持った緑のロッドを慣れた手つきで振り回してみせる。『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』の師弟が並ぶ様子はやはり絵になると思った。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500  DEF2100

 

 

「『ブラック・マジシャン』……」

 

 ここで『ブラック・マジシャン』の登場は予想外だったようで相手もたじろいでいた。

 これで盤面のモンスターはこちらが優位に立った。

 『ワンダー・ワンド』で引いた2枚で『ブラック・マジシャン・ガール』と『ブラック・マジシャン』を出せたのはまさに奇跡と言っても良い事だ。

 だけどこれだけじゃまだ足りない。勝つためには手数がどうしてもあと二手が必要なのだ。

 

 目を閉じ呼吸を落ち着かせる。雑念を払い

 

 私がこのターンで勝つためにはこの壁の先にいかなければならない。

 

 大丈夫、私ならできる。

 

 ここまで来たんだ。

 

 自分を、デッキを信じれば、このデッキは応えてくれる!

 

 精神の集中が最高に高まった時、目を見開きこの状況で可能性を繋ぐ事のできるメインフェイズ最後の一手を打つ。

 

「そして墓地の『シャッフル・リボーン』の効果! このカードを墓地から除外し自分の場のカード1枚を対象に発動できる! そのカードを持ち主のデッキに戻してシャッフルし自分はデッキから1枚ドローする。私は場に残った『憑依解放』を戻して、カードをドローッ!!」

 

 引いたカードはこの状況において必要な二つの札の内の一つだった。しかし重要度で言えばもう一方の方が大きい。どうやら勝負は最後の最後まで分からないようだ。

 

「バトル! 『ブラック・マジシャン』で『超魔神イド』を攻撃!」

 

 『ブラック・マジシャン』が飛び上がると杖を『超魔神イド』の頭上に向ける。杖の先から迸る緑色の魔力は稲妻のように『超魔神イド』に降り注いだ。低くくぐもった苦痛に満ちた唸り声を上げながら『超魔神イド』は消滅し、さらに余波がフランクのライフを削る。

 

 

フランクLP3500→3200

 

 

「んくぅぅ! 痛いよ。だがこの痛みはお前にも受けてもらうよ! 『悪意の波動』の効果発動! 自分の場のモンスターが戦闘で破壊される度に相手に300ポイントのダメージを与える」

 

 『悪意の波動』から放たれる衝撃波が迫る。

 魔法障壁を張れば無傷でやり過ごす事など雑作も無い事だが、今はその分の魔力が勿体無い。だから何もせずに覚悟を決めてその衝撃に身を晒す。

 

「くっ……」

 

 

山背静音LP750→450

 

 

 300のダメージと言えど相手の邪悪な想いによって『悪意の波動』による衝撃は増幅されている。それをもろに受けた結果この防御魔術がかけられた衣装のあちこちに穴が空いてしまった。まだ肉体へのダメージは少ないが、もう一度これを受ければ傷を負う事は免れないだろう。

 

 だが、そんな事など今更恐れない!

 

「バトル! 『ブラック・マジシャン・ガール』で『L⇔Rロールシャッハー』を攻撃!」

 

「相打ち覚悟か。迎え撃ちなさい『L⇔Rロールシャッハー』!」

 

 『ブラック・マジシャン・ガール』の放ったピンク色の魔力球と紫色の魔力の嵐が激突する。その威力は全くの互角。ほんの僅かな力がどちらかに傾いただけでこの勝負の結果に直結するだろう。

 もう彼女を目の前で破壊させない。そんな一心で最後の手札を発動させた。

 

「速攻魔法発動! 『禁じられた聖杯』! 『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力を400ポイントアップさせます!」

 

 聖杯の加護を受けた『ブラック・マジシャン・ガール』の体に魔力が宿る。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATk2000→2400

 

 

 魔力の余裕を得た『ブラック・マジシャン・ガール』は杖の先端にもう一つの魔力球を生み出しそれを放つ。その一手がもたらした変化は劇的だった。ピンクと紫のせめぎ合いは一瞬で崩れ、ピンクの魔力球が『L⇔Rロールシャッハー』を撃抜く。

 

 

フランクLP3200→2800

 

 

 そうして爆散した『L⇔Rロールシャッハー』が生み出した衝撃はフランクの体を吹き飛ばした。

 

「んくぅぅぅぉおおおああぁっ!! お前の世界など汚しつくしてくれる!! 『悪意の波動』の効果のダメージを受けろぉ!!」

 

 より一層増した相手の邪悪な想いに応えるように『悪意の波動』の衝撃波の威力は増し、周りの木々を蹴散らしながら突き進んできた。下手をすればこれは攻撃力2000越えのモンスターの攻撃に匹敵するだろう。

 

 これは不味いかもしれない……

 

 けど残りの魔力を考えればここで魔力障壁を張る余裕は無いのだ。

 厳しいかもしれないが、生身の状態で両足を開いて腰を落とし衝撃に備える。

 

 

「くぅぅうっ! きゃあぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」

 

 

山背静音LP450→150

 

 

 気が付けば私は地面に這いつくばっていた。

 ダメージを受ける直前、両腕を咄嗟に交叉させたが、そんな抵抗など無意味。私の踏ん張りも虚しく体は大きく後方に弾き飛ばされてしまった。体勢を整える事もできず地面に叩き付けられ地を滑った結果、体の至る所に擦過傷ができていた。白の衣装のあちこちに血が滲んでいる。

 

「ふっふっふっ! よくもまぁここまで追い上げたものだ。この盤面を返したのは認めよう。確かにあの小僧の言う事も満更ではなかったようだ。だが! お前はこれで終わりだ! このターンのエンドフェイズ『リボーンリボン』の効果で『超魔神イド』は復活する。次のターン『超魔神イド』で『ブラック・マジシャン』に攻撃を仕掛ければ『悪意の波動』の効果でお前のたった150のライフなど消し飛ぶ! ふはっはっはっはっ!!」

 

 勝利を確信し相手は高笑いをして地面に倒れ伏す私を見下ろしているのが見える。

 両腕に力を込めて上体を起こそうとするが、予想以上のダメージを受けてしまったようでなかなか思うように体が動かない。だけど、マスターが受けた傷と比べればこの程度……

 

「……ふふっ」

 

「ん? くっくっくっ、痩せ我慢か? まぁいい。直ぐにその表情を苦痛に歪めてやる。さぁ! ターンエンドしろ!」

 

 マスターの事を考えたらふと笑いが込み上げてしまった。こんな時、マスターならなんて言うかが自然に頭に思い浮かんだのだ。その事を考えると体に少し力が戻った気がする。両腕に力を込めると今度こそ上体を起こす事に成功した。そのまま両膝と両手で体を支えている状態からゆっくりと右足を引き、足の裏を地に着ける。

 

「分かっていませんね……」

 

「何?」

 

 マスターはまだ倒れたまま。

 ならばこの言葉は私が変わりに届けよう。

 マスターと共に戦っているのだと示すために。

 

「あなたのライフを0にするなんて、私のライフが1でもあれば十分ってことです!」

 

 大声でそう宣言すると同時に両手で地面を押し、両足に体重を移すとついに立ち上がる事ができた。気合いが入ったお陰か体全体に力が戻り、体を動かしても不思議と痛みを感じない。

 この勢いに任せて最後の一手に繋げるべくカードの効果を宣言する。

 

「『ワンショット・ワンド』の効果を発動!」

 

「なにっ!?」

 

「このカードを装備したモンスターが戦闘を行ったダメージ計算後、このカードを破壊する事によってデッキからカード1枚をドローします! この効果はたとえ装備対象モンスターが戦闘で破壊された場合も発動できます!」

 

「はっ! だ、だが! 大見得を切ったが結局の所そのドロー頼みじゃないか! ハッタリだ! 引ける訳が無い! たった1枚のドローでこの私を倒しきれるカードなど存在するはずが無い!!」

 

 フランクの言葉など耳に入らない。

 デッキの一番上に手を乗せた瞬間、思い描いたカードがそこにある確かな手応えを感じた。

 

「ドローっ!!」

 

 一陣の風が吹く。

 そして訪れる静寂。

 時が止まったかのようにあらゆる音が消えた。その最中、私は引いたカード横目で確認しデュエルディスクに差し込んだ。

 

「速攻魔法『光と闇の洗礼』を発動! 自分の場の『ブラック・マジシャン』をリリースしデッキから『混沌の黒魔術師』を特殊召喚します!!」

 

「なっ?!」

 

 場に現れた『光と闇の洗礼』のカードから暗い紫色の霧のようなものが流れ出て『ブラック・マジシャン』の体を包み込む。そして『ブラック・マジシャン』の姿が覆われ見えなくなると、それは再びカードの中に吸い込まれていった。霧が全てカードに戻ると、場にいたはずの『ブラック・マジシャン』の姿は無くなっていた。まるで霧の中に溶けてしまったかのように。

 そして闇と共に『ブラック・マジシャン』の体も引きずり込んだカードから紫色の閃光が放たれる。光の中から飛び出す影が見えたのは一瞬の出来事。

 気が付けば『混沌の黒魔術師』は目の前にいた。特徴的な二方向に別れた尖り帽を被り、その後ろから背中まで伸びた黒髪が溢れている。両手両足にはいくつものベルトが巻いてある漆黒の衣装に身を包み、『ブラック・マジシャン』同様に肌は青白く美男子だ。身の丈程の漆黒の杖を軽く振り回すとその先をフランクに向け早くも魔力を集め始める。

 

 

混沌の黒魔術師

ATK2800  DEF2600

 

 

「ば、バカな……」

 

 フランクは『混沌の黒魔術師』と相対して二三歩後退る。その表情からは余裕の薄ら笑いは消えていた。

 

「覚悟は良いですか?」

 

「や、やめろっ!」

 

「『混沌の黒魔術師』でダイレクトアタック!!」

 

 攻撃宣言を受けて既に魔力を蓄えていた杖を『混沌の黒魔術師』は無慈悲に振り下ろす。その杖からは魔力が放射状に広がり瞬く間に目の前を紫色に染上げた。

 

「ひぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!」

 

 フランクの悲鳴はそのライフ諸共紫色の魔力の奔流に飲まれ消えていった。

 

 

フランクLP2800→0

 

 

 

————————

——————

————

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 デュエルが終わると溜まっていた疲労が一気にやってきた。この調子だと息を整えるのにも時間が掛かりそうだ。

 吹き飛ばされたフランク方を見ると倒れて意識を失っていた。またデュエルが終わった事で彼から溢れ出ていた邪悪な力は収束したようだ。それには少しホッとする。

 だがその代償は大きかった。このデュエルで体力を使い過ぎた。気を抜けば倒れそうになる。しかし私にはやるべき事がまだ残されている。

 痛む体を無理矢理動かしフランクの元まで足を進める。私がやらなければならないのはフランクの記憶の消去と現実世界への次元転移。デュエル中に魔力を温存しておいたお陰でなんとか両方の魔術を使えそうだ。フランクは現実世界のどこかに飛ばせば良いとして、マスターの容態を見ても私達は闇医者を営む彼女の所まで直接転移した方が良いのだろう。ただしそうなると二度の次元転移魔術を使わなければならなくなる。魔力的にはギリギリだが体が保つか不安な所だ。

 幸いフランクは大の字で倒れたまま白目を剥いて意識を失っていた。このまま意識を戻されても面倒なので直ぐにフランクの記憶消去に移っていく。

 愛用の杖を呼び出すとその先をフランクの頭に向ける。魔力を杖に流し込むと白い魔力の光がフランクの頭部を包み込む。

 

「うぅっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 記憶消去の魔術に集中しようとするのだが、体に奔る痛みでなかなか思うようにいかない。

 ちなみに私は記憶操作系の魔術はあまり得意じゃない。私が得意な魔術は砲撃魔法、結界魔法、転移魔法の三種類。こうなったのは戦闘に特化した魔術師として育てられてきたからだ。

 だから今使っている記憶消去の魔術も精密性にかける。最大まで魔力出力上げられた状態だからこそ出来るいわゆる力押しだ。一応このデュエルの前後の記憶だけを消そうと思っているのだが、うっかり消去し過ぎてしまうかもしれない。尤もマスターに大怪我を負わせている時点でそうなってしまっても同情の余地はない。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

 一分くらい時間をかけて記憶消去の魔術を完了させた。最低でもこのデュエルの前後の記憶は消えているはずだが、それ以上の記憶が消えているかは定かではない。それを確認する術は無いのでとっとと現実世界に飛ばすための魔術を発動させていく。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 記憶消去の術とは比べ物にならない量の魔力が体から抜けていく。同じ世界での転移魔法ならばいつもの体でも一日数回は使ったところで疲れないのだが、次元転移となると消費する魔力は桁違いだ。ここに来る時は普段封じていた膨大な量の魔力が暴走し溢れ出ていたため、

 少しでも消費魔力を抑えるため魔方陣を構築していく。横たわるフランクの体の下に内側から魔力光で円が描かれ、二重、三重と魔方陣が描かれる。

 

「うっ……うぅぅっ……」

 

 魔力効率を良く魔術を使うための魔方陣だが、次元転移クラスの魔方陣の構築だけでも魔力の消費が莫迦にならない。それでもなんとか魔方陣を描ききると術式の起動に移っていく。

 

「んんっ!!」

 

 一瞬でごっそり魔力が消費され目の前の景色が霞んだ。腕の血管は浮き上がり、そこから体全体に痛みが広がっていく。しかしこれを堪えなければ注がれた膨大な魔力が暴発しかねない。体の痛みに耐えながらも気を抜かずに魔術に集中しなければならない状況が精神をガリガリと削る。注がれる魔力が増えるにつれ魔方陣の輝きが増していき、その光でついにフランクの姿も見えなくなっていった。

 

「んんぁぁぁぁあああああっ!!」

 

 最後に気合いの一声で次元転移魔法を発動させる。

 その瞬間、魔方陣の輝きは頂点に達しそれは光の柱となって目の前を白く染上げた。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 次元転移魔法は無事発動出来た。これで何とかフランクを次元転移で現実世界に帰せたか。

 最早杖をついてそれに体重を預けなければ立っているのが辛い。足がガクガクと震え今にも倒れそうだ。体力だけでなく魔力も大幅に消費したせいで意識が朦朧としている。あとこれをもう一度発動すると思うと気が遠くなる。

 だがやるしか無い。泣き言を言っている場合ではないのだ。

 

「はぁっ、はぁっ、今から……んはぁっ、戻りますよ、はぁっ、マスター……」

 

 足を引きずりながら倒れているマスターの元へ一歩一歩近づいていく。距離は10メートルも無いくらいか。普段なら何とも思わない距離。しかし今はその距離が果てしなく遠い。

 右足を一歩踏み出す度に体から汗が噴き出し体のあちこち傷口を刺激する。左足は右足の前に踏み出す事が出来ず右足の所までもっていくのが精一杯だ。頭や上半身の体重を預けた杖を前につく毎に体勢を崩し前に倒れそうになる。今倒れたら恐らくもう起き上がれないだろう。

 

「はぁっ、もう少し……んはぁっ、はぁっ、もう少しだからっ、はぁっ」

 

 自分をそう言い聞かせながら足を踏み出していくが、足は重くなる一方だ。それでもわずかながら距離を縮めていった甲斐あって、もうすぐマスターに杖が届きそうな距離くらいまで差し掛かっている。マスターの背中が僅かに上下しているのが見え、それに少し安堵した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 こうしてようやく私と一緒に次元転移するのに必要な最低限の距離まで近づく事が出来た。後はもう一度先程の要領で次元転移魔法を発動させるだけ。

 だがここで何者かがこちらに近づいている気配を察知した。心臓が一気に跳ね上がる。著しく集中力を欠いていたせいで相手の姿はもう既に確認出来る距離まで近づかれていた。

 

「こっちだ、姉さん!」

 

「ちょっと、引っ張らないで」

 

 こちらに向かって来たのは二人組の女性。一人は女性と言うよりもまだ女の子と言った方が適しているくらいの背丈の少女だった。少し癖のある赤いミディアムヘアを揺らしながらもう一人の手を引いて近づいてくる。

 もう一人の後に続く女性は私と同じくらいの身長をしていた。走るのには適さない金の刺繍のなされた紺のドレスを着ているので引っ張られるのが大変そうだ。被っているクロブークをもう片方の手で抑えそこから溢れる脹ら脛まである長い髪を棚引かせているその女性は……

 

「っ!」

 

 向こうも私に気が付いたようでパタリと足を止める。急に立ち止まった女性に怪訝そうな目を向ける赤髪の少女。そんな様子など目に入っていないようでこちらをじっと見つめる女性はポツリと確かめるように口を開いた。

 

「あなた……サイレント・マジシャン?」

 

「……ウェムコちゃん?」

 

 その瞬間、やって来たのが見知った顔で緊張の糸が途切れ、そこで意識が暗転した。

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