「ここは……?」
眠りが浅くなり快適な温もりに包まれている状況に違和感を覚えたところで俺は目を覚ました。
緩やかに像を結ぶ視界が真っ先に捉えた天井は記憶に無いものだ。木の中身をなだらかな錐状にくり貫いたような構造をしており、真ん中に火の灯っていないカンテラがぶら下がっている。ドアの隙間から辛うじて入ってくる光で確認出来たのはこの程度だ。
だがそんな天井の構造や寝かされているベッドからうっすらと木の香りがすることからも分かるが、ここは件の闇医者の拠点ではない。あそこで俺が寝泊まった時の何もないコンクリート部屋とはあまりにも様相がかけ離れているし、なによりもあそこは薬品の臭いが染みついている。
こうして無事に俺がベッドで寝ているのはサイレント・マジシャンがあのデュエルに勝ったからだろう。あの相手の雰囲気から察するにあのままサイレント・マジシャンが負けていたら俺も彼女も碌なことにならなかったはずだ。
「そうだ! サイレント・マジシャン! うっ……」
勢いよく体を起こすと背中に鋭い痛みが奔る。
体を見ると上半身に包帯がぐるぐる巻きにされていた。あまり自覚はなかったがこの怪我は思っていたよりも大きいものだったようだ。同時に下半身も重く思うように動かないことに気付く。背中に衝撃を受けたことは覚えているが下半身にまで影響していたのだろうか。
「ん?」
「すぅ……すぅ……」
耳を澄ますと穏やかな寝息が聞こえる。
ようやく暗さに目が慣れてきたおかげでようやく俺は布団の膨らみの存在に気付いた。
布団を捲るとちょうど俺の股の前に頭を向け、うつ伏せで見知らぬ幼女が無防備に寝ている。触れば壊れてしまう繊細な人形のように整った容姿をした白髪の美少女だが、呼吸のたびに上下に動く小さな体がこの少女の生を実感させた。しかし怪我をしているのか白いノースリーブから伸びる細い腕や頭に包帯が巻かれている姿は痛々しい。
「んぅ……」
俺の動きで目を覚ましたことに気が付いたのか、幼女は顔にかかる長い白い髪を払い、目をこすりながらゆっくりと顔を持ち上げた。そしてピタリと互い視線が合う。
「ま、ますたー……?」
「……」
その小さな口から発せられた第一声に思考が停止した。
今のは俺の聞き違いだろうか?
知らない幼女が同じベッドにいることだけでも理解できないのに、その上その子にマスターなどと呼ばれるとは……一体何が起きているんだ?
人違いか?
そんなこちらの困惑を他所に幼女の寝起きのぼんやりとした目はだんだんと確信めいたものとなり、
「ますたーっ!!」
「うおっ!?」
「よかった! よかったですぅ!!」
そう言いながら幼女は俺の胸に顔をぐりぐり押し付けてきた。
突然の展開に戸惑っていると胸元が徐々に湿っていくことに気付く。最初こそ勢いよく顔を擦り付けていたが、だんだんと勢いがなくなり背中が不規則に上下し始めていた。
泣いている。
声を殺して泣いているのだ。
その涙から俺を想う気持ちが伝わってくる。
「……サイレント・マジシャンなのか?」
「ぐすっ……はい、わたしです。ますたー、からだのちょうしはどうですか?」
「まだ万全じゃないがなんとか動けそうだ。心配かけたな。それよりお前の方こそ大丈夫なのか? なんか体が縮んでるけど」
「わたしはへいきです。すこしやすめばすぐにもとにもどりますから」
「そういうものなのか? まぁ問題ないならいいんだが」
俺を見上げているサイレント・マジシャンの顔をよく見れば確かに普段デュエルで見る『サイレント・マジシャンLV4』と一致する。印象が全然違って見えるのは帽子を被ってなかったり服装の違いがあるからだろう。それと体が縮んだせいか声も幼くなっているようだ。
「あ、あの……」
「どうした?」
「ごめんなさい」
謝罪とともに勢いよく頭を下げた。
何に対する謝罪なのか分からず戸惑っているとサイレント・マジシャンは頭を下げたまま言葉を続ける。
「かってにとびだして、かってにでゅえるしてやっかいごとにまきこまれたうえ、ますたーにけがまでおわせてしまって……ほんとうはわたしがますたーをおまもりしなきゃいけないのに……わたし、わたしっ! ほんとうに、めいわくばかりかけて! だからっ! ごめんなしゃひっ! っ!?」
サイレント・マジシャンの謝罪はしかし俺の落としたチョップによって遮られた。突然の一撃にサイレント・マジシャンは目を白黒させている。
「謝るのは俺だ」
「え?」
「サイレント・マジシャンが楽しみにしてたデッキ作り、依頼を優先して先延ばしにしちまってよ。悪かった」
「そんなっ! ちがうんです! あれはわたしがますたーのじじょうをわかっていたのに、こどもっぽいことをしてしまったわたしがいけないんです! あそこでわたしがとびださなければこんなことには……」
「それは怒ってもないし、迷惑だとも思ってねぇよ」
「でも……」
「デモもストもねぇ! 第一勝手に飛び出して何が悪い? 勝手にデュエルして何が悪い? 良いんだよ。飛び出そうが、デュエルしようが。そんなことでいちいち俺の許可なんていらねぇ。それにこの怪我は俺が勝手に負ったもんだ。サイレント・マジシャンのせいじゃねぇよ」
「…………」
不味い。
つい責めるような口調になったせいでサイレント・マジシャンの表情が暗くなってしまった。しかも姿が完全に幼女のそれであるためきまりが悪いったらない。
「あぁーなんだ。別に責めたい訳じゃねぇんだ。ただそうやって俺に遠慮してっていうか、一々俺の事を気にし過ぎっていうか。俺が言いたいのはもっとやりたいようにして欲しいって事だ。普段迷惑かけてるのは俺なんだからよ」
「……! めいわくなんかじゃないです!! ますたーのそばにいてちからになれることがわたしののぞみなんですから!」
「うぉっ! そ、そうか」
いきなりこちらに顔を近づけてまくし立てるサイレント・マジシャンの豹変っぷりについ驚いて声が出てしまった。
「迷惑云々はおいといても、もっと自己主張して良いんだぞ? あんまり自分でこう言うことがやりたいとか言わないしよ」
「……じこしゅちょうをしてもいいなら、ひとついいですか?」
「おう。一つと言わずドンと来い」
「では……」
サイレント・マジシャンは一旦言葉を区切ると、意を決したように俺の目を真っすぐと見つめ言葉を続けた。
「ますたー、もうこんなあぶないことはやめてください。こんかいはさいわいいのちにべつじょうはありませんでしたが、もしものことがあったら……」
「……自己主張の第一声がそれか。なんか俺の思ってたのとは違うな。それに自己主張しろって言っておいてあれだがそいつは約束しかねる。同じ事があったら俺は同じ事をするな」
「ますたーっ!」
「泣きそうになるのは勘弁してくれ。あんな場面に出くわしたらやめろって言われようがどうせ体が勝手に動いちまうよ」
「っ!」
「それに俺の身を案じるなら今回みたいなことにならないようデュエルの腕を磨けばいいだけだろ? まだ今回の詳しいデュエルの内容を聞いてないけど、あそこまで追いつめられるなんて相当強い相手だったのか? 少なくとも俺が見た限りではそうは見えなかったが」
「あぁ……それは……」
途端に俯き歯切れが悪くなるサイレント・マジシャン。
「……どうしてそこで目を逸らす? 流石にそこはしっかりしてくれよ。仮にも俺に勝ったことのあるデュエリストなんだからよ」
「はい……もうしわけ……ありません……」
「まぁ、分かってくれれば良い。ただし、戻ったらデッキの作りに付き合ってもらった後、デュエルしてもらうからな」
「ほんとう……ですか? それは……たのしみ……で……す。ます……たー……」
「っ! おい、サイレント・マジシャン? サイレント・マジシャン!?」
突然俺の体に倒れ込んだサイレント・マジシャンは呼びかけても反応がない。
呼吸はしているが完全に意識を失っている。
やはり俺が倒れた後、相当の無理をしたのだろう。本人は大丈夫と言っているが、体が小さくなるなんて普通のことじゃない。今後もこのままなのか、もしかしたらこれ以上幼なくなって消えてしまうのではないか、或いはこのまま目を覚まさないのではないか、そんな最悪の予想が脳裏を過る。
こうして過ぎていく時間がサイレント・マジシャンの生死を分けるかもしれない。そんな中精霊の治療方法なんて心得てない俺には何も彼女に出来ることは無く、それがどうしようも無くもどかしい。
ガチャ
「あら? 起きてましたか?」
部屋の扉が開いたのはそんなときだった。
扉を開けた主はこちらを確認して少し驚いた表情を見せた。
「俺たちを助けてくれた人ですか?! サイレント・マジシャンが意識を失って! どうしたら?!」
「落ち着いて下さい。ただ疲れて寝てるだけですよ」
「えっ?」
「すぅ……すぅ……」
よく見ればサイレント・マジシャンは規則正しい寝息を立てていた。これと言って苦しそうな様子も見られない。
「けど、小さくなってるのは?」
「魔力切れですね。この子は昔から魔力を一気に使い過ぎるとこうなっちゃうんです」
「そうか……元には戻るんですよね?」
「えぇ。寝て体力を回復させて食事を取れば大丈夫です」
「はぁ、良かった……」
安心すると同時に張っていた気が抜ける。
扉を開けた主はブロンドの長い髪の女性。雪のように白い肌をした美女だった。身に纏った金の刺繍のなされた紺のドレスは簡素な部屋であるこの場には似付かわしくないように思える。例えるなら七人の小人の家にやって来た白雪姫のように。
そんな観察をしながら俺はこの初対面の女性を知っていることに気付く。一度気付くとそれは直感から確信へと変わっていった。
「ふふっ、同じでしたよ」
「?」
「この子がここに来て意識を一瞬取り戻した時も、自分の怪我なんて気にせずあなたの心配ばかりしてました」
「あぁ、心配かけたみたいですね」
「敬語は結構ですよ。普段サイレント・マジシャンに話す口調で構いません」
「そうです、いや、そうか。そう言ってくれるなら普段の口調に戻そう。これで良いか、ノースウェムコ?」
「あら、分かっていたのですか?」
名前を呼んでみるとノースウェムコは顔を綻ばせた。やはり予想通りの相手だったようだ。
「まぁ、その姿を見て気付いた。それより順番が前後してしまったが改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、俺たちを助けてくれて」
「当然のことをしただけです。他ならぬ私の友人の恩人なのですから」
「恩人なんて大げさなものじゃないさ。いつもは俺が世話になってばかりだ」
「恩人というのは今回のことだけではないんですけどね……」
「……?」
他にサイレント・マジシャンに出来たことなどあっただろうか?
どう言うことだ?
そう尋ねるよりも先にノースウェムコが口を開いた。
「このままこの子が寝ている所で話すのもなんですし、よろしければこの子が起きるまでお茶でも飲みながらお話しませんか?」
「そうだな。ここに来るまでのこととかを教えて欲しかった所だ。サイレント・マジシャンはここで寝かせておけば良いか?」
「はい、それが良いと思います。体は動かせますか? よろしければ手をお貸ししますが」
「いや、激しく動かなければ問題ない」
ノースウェムコの差し出す手を断って一人で立ち上がる。すると背中の皮が延ばされ傷口に痛みが奔るが耐えられないものではない。
「こちらです」
ノースウェムコの案内に従って俺は寝室を後にした。
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————
客間に案内され俺は簡単にここまで来た話を聞いた。
ボロボロのサイレント・マジシャン見つけたこと。俺たちをここまで運んで傷の手当をしてくれたこと。
俺がここに運ばれてから丸一日が過ぎているらしい。念のため狭霧に泊まってくるとメールしておいたのは正解だったようだ。
「そうか。ここに来たのはそういう流れだったのか」
「えぇ。八代さんの傷は応急処置はしてあります。ですが向こうの世界に戻ったらお医者様に診ていただいて下さい。本当は今すぐにでも向こうの世界に転移で送って差し上げたいのですが、次元を超える転移魔法などは実力が足りず……なので向こうの世界に戻るには彼女の魔力が回復するまで待ってもらうしか……力不足で申し訳ありません」
「そんな頭を上げてくれ。こうして手当してもらっただけでも十分助かってる!」
「そう言って頂けるとありがたいです。はい、これで穴も塞がりましたよ。どうぞ」
「あ、あぁ。ありがとう」
手渡されたのは俺の着ていた服だった。最初に見たときは血だらけでズタズタに引き裂かれてぼろきれの様だったアカデミアの制服も、今では血の染みも破けた穴も綺麗さっぱりなくなり新品同様になって返ってきた。買い換えたほうが間違いなく手間がかからないであろう大修繕を、ここまで来た経緯を話す片手間でやってしまうのだからやはり最上級魔術師の力は凄まじい。
「お茶です」
着替えている合間にお茶が出された。
淹れたてのハーブティーからは良い香りが立ち上る。一口飲むとスッキリした味わいが口に広がり体中に熱が伝わっていく。
「美味いな」
「気に入っていただけて良かったです。このハーブ、家で作ったものなんですよ」
「自家栽培か。まるで店で出てくるような本格的な味わいだ」
「ふふふ、ありがとうございます。クッキーもどうぞ」
勧められるがまま皿に盛られたクッキーに手を伸ばす。濃い茶色の円形のクッキーは予想通りのチョコ風味。さっぱりとした口当たりのハーブティーに対ししっかりと甘味が残るこのチョコクッキーの相性は抜群だった。
「うん、このクッキーも良い。これも手作りなのか?」
「えぇ。お口にあって良かったです。遠慮せずにどんどん召し上がってください」
「それじゃあお言葉に甘えて。ノースウェムコは料理が上手いんだな」
「いえ、私なんか簡単なものしかできませんよ。料理ならそれこそサイレント・マジシャンの方が色々上手に作れますよ」
「あぁ、そういえばサイレント・マジシャンも料理上手だったな。最近は食べてないけど」
サイレント・マジシャンの料理を食べたのは狭霧に山背静音として紹介したときだったか。まだ数ヶ月と過ぎていないのにもう随分昔のことのように思える。
「では頼んでみたらどうですか? あの娘なら喜んで作ってくれると思いますよ」
「んー、とは言っても作ってもらう機会がないからな。食べられるのはいつになるか」
「それならいい機会がありますよ。学園に通ってらっしゃるみたいですし、お昼のお弁当なんかはどうでしょう?」
「弁当か。考えたこともなかったな。けど朝早起きして作るのは大変じゃないか?」
「そんなこと気にしないでかまいませんよ。きっとそれ以上にあの娘は嬉しいと思うんで」
「そうなのか? よくわからないがじゃあ今度頼んでみるかな」
普段は食堂で食べているが、正直に言えばメニューに飽きてきていることもある。偶にで良いから作って貰えるとありがたいというのが本音だった。
「サイレント・マジシャンのことを結構知ってるみたいだけど、長い付き合いなのか?」
「そうですね。まぁ幼馴染といったところでしょうか」
「あいつに幼馴染がいるとは……初耳だ」
「あの娘はあまり話すほうじゃありませんからね。普段あの娘とどんな話をしてるんですか?」
「サイレント・マジシャンとの会話……? ふむ、あまり意識したことはないな。そうだな、学園の話とか?」
「……なぜ疑問形なんですか。はぁ、前途多難だなこりゃ……」
それからしばらくノースウェムコとの他愛無い話が続いた。
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「ふふ、なんか新鮮です。デュエルの時はあんなに凛々しい顔をなさっているのに、話してみるとまた別の表情が見られるのですね」
「そうか? これでも周りからは表情が変わらないって評判なんだけどな」
こんなに話したのはいつ振りだろうか。少なくともこちらの世界に来てからは一度もないことだ。
紅茶のポットが二度目の空を迎えている。だが話していると不思議と話題は尽きなかった。やはり共通の友人であるサイレント・マジシャンの存在が大きい。
「ところでその口ぶりだと俺のデュエル見たことあるのか?」
「はい、あなたのことは窓から見させてもらっていましたよ」
「……窓?」
「あら? 彼女から精霊力の話は聞いていませんでしたか?」
「精霊力……あいつのできる魔術のことは聞いてるけど、精霊力ってのは特には聞いてないな」
サイレント・マジシャンから聞いているのは転移魔術、結界魔術、それと攻撃魔術の話だけ。それらは彼女の魔術師として使える魔術であって、精霊の力というものではないはずだ。
「そうでしたか。では少し私たち精霊の話をした方が良さそうですね」
「折角なんで色々と教えてもらえると助かる。こっちの世界に来たことだし良い機会だ。聞かせてもらえるか」
「はい。ではまず窓の説明から。今何かカードを持っていらっしゃいますか?」
「カード? あぁ、持ってるぞ」
ズボンのベルト通しにつけられたデッキケースからカードを1枚抜き取る。適当にカードを選ぶと出てきたカードは『サイレント・マジシャンLV4』だった。
「ここですぐ出すのがあの子、か……見せつけてくれるな」
「……? それでカードがどうかしたのか?」
「ごほんっ、えぇ。八代さんは私たちモンスターの姿を認識する時、カードの何処を見ますか?」
「どこって、まぁこのイラストが書かれている所だろ」
「そうですよね。デュエリストの皆さんはカードのイラストを通して私たちの姿を見ていると思います。そしてその逆も然り、私たち精霊もこのイラストの描かれた枠からあなた達を見ることができるんです」
「?」
「まぁ、そんなことを言われてもピンときませんよね。長々と説明するより実際に見てもらったほうが早いでしょう」
そういうとノースウェムコは目を閉じて右手を前に出した。それで何かが起こるということもなく俺はただその様子を黙って見ていることしかできない。
そんな沈黙が30秒ほど過ぎた時だった。「見つけました」と呟くと同時にノースウェムコの右手に光が集まる。その光は小さく集まると一辺が親指の長さくらいの正方形に形を変えた。
「これは?」
「そちらからでは外が見えませんのでこちらに来てもらえますか?」
「わかった」
言われるままにテーブルを回りノースウェムコの横に並ぶと、その面はさっき見ていた面とは違い光を放っておらず、写真のようにこことは違う別のどこかが映し出されていた。
「何だ? 何かが映ってる。これは、デスクライト?」
「そうみたいですね。この景色に見覚えはありませんか?」
「いや、こんなデスクライトなんて何処にでも……ん? この天井、見覚えがあるような。気のせいか? なんか俺の部屋に似てるような……」
「はい。ここに映っているのはあなたの部屋ですよ」
「なっ?! 盗撮のカメラ映像?!」
「ちげぇよ! はっ! ごほん。これがあなたの部屋の机に置かれている私のカードから見た景色です。もっと正確に言うとカードのイラストが描かれている枠の範囲での景色ですけど」
「……なるほど。口振りからするに俺のカード以外の自分のカードからの景色も見えるのか」
「そういうことです。他の私のカードからの景色も見せたいところですが、持ち主でない人に他の窓からの景色を見せることは禁止されているのでそれはできません」
「いや、いい。つまり全世界の自身と同じカードのイラストの枠を通して、精霊はその世界を見ることができるんだな?」
「その通りです。私たちはこれを窓と呼んでいます」
「窓、ね」
サイレント・マジシャンのカードを見ながら考える。
このカードのイラストの枠から他の精霊たちがこちらを見ていると思うと少し怖い。今まではそんなこと知らなかったから着替えているときにカードを放置したりしていたが気を付けた方がいいな。それで精霊から影で露出魔扱いされるのは心にくるものがある。これからはカードすべてを小さな覗穴だと思って生活しよう。
「けどよ、窓って言ってもそんなに小さな枠じゃ俺のデュエルしてる時の顔なんて見えないんじゃ?」
「窓からの景色だけじゃ厳しいでしょうね。けどソリッド・ビジョン、でしたっけ? あの技術のおかげで私たちが見ることのできる景色は格段に広がりました」
「ソリッド・ビジョンのおかげ? どういうことだ?」
「ソリッド・ビジョンによってデュエル中、私たちの姿が映し出されますよね? その時に窓から力を送ると私たち精霊は一時的にソリッド・ビジョンによって映し出された体に憑依することができるようになります」
「なるほどな。だから俺のデュエル中に俺の表情まで見れたってわけか」
「はい。あのBF使いとのデュエルはここ数年で一番良かったですよ。」
「そ、そうか。今思えばそうとは知らずに何度も破壊を許してしまって申し訳なく思うが……」
「そこは御気遣い無く。基本手的に破壊されると言っても接続が切れるだけで私たちに影響はありませんし、私たちも遊園地のアトラクションを楽しむような感覚でやっていることなので」
「なんか、そう聞くと身も蓋もない話だな」
「でも事実ですよ。こちらの世界はそれぐらいしか娯楽と呼べるものがありませんから」
「そういうもんか」
言われてみれば確かにこの客間を一つとっても娯楽品の類いは見当たらない。思わぬ所で精霊達の生活の一端が垣間見えた瞬間だった。
「ん? そういやサイレント・マジシャンはそんな窓とか関係なく向こうの世界で実体化してるけどあれはどういうことだ?」
「それは彼女の行った
「げーとぎあす?」
聞きなれない単語に思わずオウム返ししてしまった。
「はい。門契約とは特定の窓、つまりカードをこの世界と向こうの世界を行き来するための門にするというものです」
「へぇ、そんなこともできるのか。じゃあ外の世界を見たいなら手っ取り早く門契約ってのしちまえばいいんじゃねぇか?」
「いえ、門契約というのはそんなに簡単にできるようなことではありません。条件はもちろん制約もあるので」
「……? そうなのか。その具体的な条件と制約ってのは?」
「……私の口から話すことも出来ますが、それはサイレント・マジシャン本人から聞いた方が良いと思います」
「……そうか。分かった」
ノースウェムコの表情から何となくその内容を察した。
自由に精霊世界と現実世界を行き来出来るとてつもない能力を得たのだ。彼女を縛る制約はそれ相応に大きいものなのだろう。それを本人のいない場で許可無く語ることは憚られよう。
と、ここで俺はある考えに思い至った。
「……なぁ、全世界のカードが窓ってことはもしかして俺の居た世界にも」
コンコン
タイミング悪く木の戸をノックする音が俺の言葉を遮った。
「ちょっと失礼します」と一言断ってノースウェムコは来客者の対応に向かった。と言っても戸が俺のすぐ後ろにある関係上そのやり取りは俺にも聞こえるわけなのだが。
「あら? 二人で来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「連れてきた人たちの怪我どうなったかなって思って。白い姉ちゃんと兄ちゃんは目を覚ましたか?」
「一緒にお見舞い」
「あぁ、それならちょうどお兄さんが起きたところよ」
「あっ! ホントだ!」
俺の姿を確認するとこちらに赤髪の少女が元気よく走り寄ってきた。
「兄ちゃん、怪我はもう大丈夫なのか?」
「あぁ、お陰様でとりあえずは動けるようになったよ。世話になったな。ありがとう、ヒータ」
「へへっ、いいって! ってあれ? 俺の名前知ってるの?」
「そりゃあな。魔法使い族なら大抵知ってるさ」
「へぇ、兄ちゃんってすげぇんだな」
ニカッと犬歯を見せて太陽のような笑顔を向けるヒータが眩しい。とっさに肩まで伸び放題伸ばしたような彼女の赤髪をガシガシ撫でまわしたくなる衝動をぐっとこらえる。
しゃべり方は少年のようだが、これが見せブラというものなのだろうか。シャツの前のボタンを閉じていないせいで黒の見せブラや臍が大胆にはだけている。本人はそんなことをまったく気にしていないようだが、そういうものだと思っていればいいのだろうか。
「ほら、適当な椅子に座ってて。今お茶淹れるから」
「はーい」
「うん」
ノースウェムコに促されてヒータと一緒に緑髪の少女が部屋の席に着く。丸いテーブルを囲んで俺は二人に挟まれる格好になる。
ノースウェムコの話だと倒れた俺とサイレント・マジシャンを見つけたのはヒータとノースウェムコだったという話だったが、果たしてこの子は……?
「君もサイレント・マジシャンを助けてくれたのか?」
「ううん、私は何もしてない。たまたま窓からあのデュエルの様子を見てただけ」
「そうか。でもわざわざ来てくれてありがとう。あいつも喜ぶと思うよ」
窓。
ということはあのデュエルでサイレント・マジシャンはこの娘もデュエルで使っていたということか。
じっと何かを待つようにこちらを見ていることに気付く。
「…………」
「ん?」
「…………」
「なんだ?」
「じー……」
「ど、どうした?」
「名前」
「名前?」
「ヒータの名前は知ってた。私は?」
「あぁ、もちろんわかるさ。ウィンだろ?」
「ん」
ウィンはヒータと比べると感情が読み取りにくいが、名前を当てたら嬉しそうに少し表情を緩めた。
垂れ目の見た目から予想出来る通りのんびりとした性格のようだ。
「はい、二人ともお茶が入ったわ」
「おぉ、ありがとう姉さん!」
「ありがとう」
ヒータとウィンの前にもお茶が出てくると二人はそれぞれクッキーやお茶に手を伸ばし思い思いのペースで食べ始める。その合間に話しかけてきたのはヒータだった。
「なぁなぁ兄ちゃん。俺、兄ちゃんのデュエル見たことないんだけど、なんかすげぇ強いんだろ? 今度俺を使ってみてくれよ」
「あぁ、良いぞ」
「……ヒータだけずるい。私も」
「お、おう。心配せずとも二人を入れたデッキは考えてるさ」
「本当か! どんなの? どんなの?」
身を乗り出して興味津々な様子でこちらを見つめるヒータ。その様子は大好物のおやつを目の前にした犬のようだ。激しく揺れている尻尾が幻視される。ここはその期待に応えねばなるまい。
「そうだな。パッと思いつくのは憑依装着時の高い攻撃力を生かしたビートダウンデッキ。『魔法族の里』を使い相手の魔法を封じた上で相手のライフを削っていく。この場合、高打点モンスターはトラップで処理することになるな。それと『憑依解放』を使うのなら“墓守”と組み合わせても良いかもしれない。“墓守”にも守備力1500のモンスターは多いから『憑依解放』で場を繋ぎやすい。霊使いを活かすとしたらそうだな。直ぐに思いつくのは『デブリ・ドラゴン』で釣り上げることができることか。そのままシンクロ召喚しても良いし、ウィンなら直ぐに憑依装着に移れる。ヒータを活かすなら『溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム』を採用して相手のモンスターを除去しつつ憑依装着に繋げるのが望ましいかな。他には……んー……すまん、直ぐに思いついたのはありきたりなこれくらいだ」
駄目だな。
理解しているようで専用デッキを組むとなるともう少し考察が必要なことがわかる。まだまだ精進せねばなるまい。
内心反省を終えるとそこで反応がなかなか返ってこないことに気付いた。期待に応えられなくて幻滅されてしまったかと一瞬考えたが、そんな心配は無用だったようで彼女たちの顔を見れば瞳をきらきらと輝かせていた。
「お、おおおぉ! 本当に色々考えてくれたんだな。デッキのことはあんまりよくわからなかったけど、俺たちのことをしっかり考えてくれてるのが伝わって嬉しかったぜ」
「咄嗟に聞いてこれだけのことがスラスラと出てくるのは常日頃から私たちのことを考えてくれている証拠。ありがとう」
「礼を言われることじゃないさ。デュエリストなら当然のことだろ」
「ふふっ。あなたがそうやって真剣に私たちのことを考えてくださる人だからこそ、私たち精霊もあなたに惹かれるんですよ。それは私個人も……」
そう言いながら対面に座るノースウェムコはそっと俺の手をとり優しく両手で包む。陶磁のような肌の繊細な指先が軽く俺の手を撫でるだけで体温が上がるのが分かった。
突然のことに驚き顔を向ければ、ノースウェムコは艶っぽい笑みを浮かべてこちらの目を覗き込んでくる。青い瞳は見つめていると思わず引き込まれてしまいそうな魔力を感じた。
「……からかわないでくれ」
「あら、振られちゃいました。ふふっ」
ノースウェムコは俺の反応を楽しむようにコロコロ笑うとパッと手を放した。
それを少しばかり残念に思う自分がいるあたり情けないものだ。
そんな俺の様子を見ていた右隣に腰掛けるヒータは俺の服の裾を軽く引く。そちらを向けばヒータは耳打ちするためなのか顔を近づけてきた。
「?」
「兄ちゃん、姉さんは表では礼儀正しくて優しいけど実はな……」
「ヒータ?」
「ひゃいっ!!」
「何を言おうとしたのかしら? 後でゆっくり聞かせてもらいましょうか?」
「ひぃぃ!!」
ノースウェムコは笑っている。だがその笑顔に寒気を感じたのは間違っていなかったらしい。ヒータが本気で怯えた表情になっていた。
「と、冗談はさておき、前からお尋ねしたかったのですが、なぜデッキの構築の仕方を変えたのでしょう?」
「構築の仕方? いや、変えた覚えはないぞ? デッキを組んでテストプレイをする。それで必要なカード、不要なカードを考え組み直しまたテストプレイをする。それの繰り返しだ。以前と何も変わってない」
「いえ、気付いていませんか? 変わっていますよ。以前はデッキを作るとき特定のカード群しか見ていませんでしたが、今は手持ちすべてのカードを吟味されていますよね?」
「っ! ……あぁそれはそうだな」
「そうするようになったのはどうしてですか?」
「……」
どうして……か。
当たり前のようにやっていたことを聞かれると答えに詰まった。
その質問を受け僅かに間が生まれる。その間に自分の中の言葉を整理していきながら答えていった。
「……気づいたんだ。こっちの世界に来てから色んな相手とデュエルをして。その中には俺がデッキに入れることなんて考えたこともないカードを使いこなしてみせる奴もいた。魔法・トラップは特にそうだが、それまでは汎用性の高い強力なカードを入れることが当然だと思ってた俺は、それを見て衝撃を受けたんだ。それが切っ掛けで偏見は一旦捨ててどんなカードもデッキに入れることを考えるようになったのが切っ掛けだと思う」
そう考えるようになって使うようになったカードを思い出してみる。直近であったのは『フルエルフ』か。それから直ぐに思い浮かんだのは『ガード・ブロック』や『立ちはだかる強敵』、『ブロークン・ブロッカー』のカードだった。どれも元の世界にいた頃のデッキには入っていなかったカードである。
「そう言われたら確かにデッキの組み方変わってたな。前だったらアドバンテージが稼げないとか、破壊されたら使えないとか、発動するのが難しいとか、リスクばかり考えて入れてなかったカードも使うようになってる。だけどちょっと無理な構築をしたかなって思っても、それでデッキがうまく回ったりするんだから不思議だ」
「それだけ精霊が力を貸したいと思っているのでしょうね」
「と言うと?」
「窓から見える景色はすべてが良いものではありません。ずっと暗いカードケースにしまわれたままの窓、道端で捨てられて一日の雲の流れを眺めることしかできない窓、時にはショーウィンドウに並べられてたくさんのデュエリストの方に晒されて屑カードと罵られる窓もあります」
「……」
「それは使用者が少ないカードになればなるほど顕著なこと。そういったカードの精霊が数少ないデュエルを見れる窓に力を送りたくなるのは至極当然のことでしょう? ましてその主が真剣に自分のことを考えてくれてるデュエリストならなおさら」
「その話し振りだと逆に多くの人に使われているカードって言うのは精霊の力を受けにくいってことか」
「大雑把に言えばそうですね。使ってる人数が多いカードはそれだけ力を分散させてしまっているので、精霊の力を借りづらいというのが正しいでしょう」
「……」
思い当たる節はある。
『奈落の落とし穴』、『強制脱出装置』などのカードは強力なのだが、手札に加わるタイミングがこちらの世界に来てからはどうも上手くいかないことが多くなったと思う。
しかし精霊の話を聞いたらその理由にも納得がいった。
これからは精霊の力を当てにする訳じゃないが、それも考慮に入れたデッキ構築を心がけていこう。その方が新たな可能性を開けそうだ。
そんな決心を新たにしているときに、寝室の扉が開かれた。
「あら、お目覚め?」
「う、うぅん……おはようございます」
やってきたのはサイレント・マジシャン。まだ寝ぼけているのか瞼が半開きになっている。姿も依然として小さいままだ。立ってみると分かるが今の彼女はウィンやヒータよりも小さい。
ぐぅ〜
「おなかが……すきました……」
「あらあら。ちょっと待っててね。今適当に用意するから」
顔を赤らめる余裕も無く消え入りそうな声での空腹宣言を受けノースウェムコは料理場に向かう。
俺も腹が減ってきたところなのでタイミングとしてはちょうど良かった。
————————
——————
————
サイレント・マジシャンが目を覚まし、丁度お腹が空いてきたと言うことで夕飯となったわけだが、
「あの、サイレント・マジシャン?」
「……なんですか、ますたー?」
「いや、なんですかっていうか、普通におかしくないか?」
「おかしくないです。こ、これはしかたのないことなんです」
「そ、そうか」
「……」
「……」
なぜかサイレント・マジシャンは俺の膝の上に座っている。
どうやらこのまま食事になるようだ。
ことの発端はこの家の椅子の数が足りなかったことだ。
来客が少ないノースウェムコ宅には椅子が四つしかなかった。
解決策としてすぐに思いついたのは一人が立ったまま食事をすること。
誰かが立ったまま食事をすることになるのなら俺が立つべきだろうと口を開く前にヒータが動いたのだ。
「それならこうすればいいじゃん!」
そう言ったヒータは右の席から立つと、ちょこんと俺の膝の上に腰かけてきたのだ。
予想していない動きに俺は体を動かすことができなかった。
「な?」
そう言って少し誇らしげに無邪気な笑顔を向けてくるヒータ。その警戒心もなく平気で異性に体を預けてしまう無防備さが少し心配になる。が、彼女の楽しそうな表情を見ていたらなんだかそんな心配は無用なように感じた。この彼女の無垢な笑顔を見れば今の俺のように心が浄化されることだろう。
座高の差の関係上、頭がちょうど俺の鼻の前あたりにあるため、ヒータの髪の匂いが近い。お日様の光をたっぷり浴びたかのような香りは嗅いでいるうちになんだか気持ちが落ち着いていく。
「ヒータ邪魔。その席ならヒータよりも軽い私が座るべき」
そんなヒータに癒されているとウィンが抗議してきた。左の席から立ったウィンはヒータをジト目で睨む。
「む。それは聞き捨てならないぞ、ウィン。俺のほうがウィンよりも重いっていうのか?」
「事実。私のほうが一センチ身長も小さい」
「たかが一センチがなんだよ! 俺の方が運動してるから余計な脂肪が無くて軽いにきまってる!」
「知ってるヒータ? 脂肪よりも筋肉の方が重いって?」
「なっ?! そうだったのか……」
「わかったら退いて。ヒータは重いから八代が可哀想」
言い合いの流れはウィンに傾いたようだ。
一体どうしてこんなことになったのだ。彼女たちに専用のデッキやデッキ構築の話をした後からはますます懐かれた気がする。まぁ慕われる分には悪い気はしないのだが。
しかしこのままでは俺の膝の上に誰かが乗ることが確定してしまう。その前に俺が立って食べると宣言せねば。
「いや、あの……」
「うぅ! 嫌だ!! 俺知ってるんだぞ! ウィンのお尻が大きくなってること!」
「なっ?!!」
「この前お風呂で見たぞ! ”また大きくなってる……”って自分でお尻触ってたの! お尻に脂肪がいっぱいついてるウィンの方が重いに決まってる!」
「け、けど、ヒータの筋肉で固まったお尻よりも柔らかいから乗っても痛くない。八代も私が座った方が嬉しい」
「そ、それだったら俺だって! む、胸はウィンよりも大きくて柔らかいぞ!」
「む、胸は座るのに関係ない!!」
「関係あるぞ! おりゃ!!」
「うぉっ?!」
言い合いの末、ヒータは俺と向かい合うように座り直すと俺にギュッと抱き付いてきた。
まだ成長途中の胸の膨らみが服越しに伝わってくる。
「ど、どうだ? 俺の方が良いだろ?」
「……」
どう答えろと?!
頬を赧め上目で俺を見つめるヒータに心の中で叫ぶ。
ここで”良いな”とでも答えればロリコンと確定するし、”柔らかいな”なんて答えればそれはそれで変態だ。俺の返答次第でこの話はあらぬ方向へシフトしていく可能性もある。ここは慎重に答えねば。ある意味デュエルよりも長考を余儀無くされる案件だ。
しかし無言で考え続けたせいで俺の反応が芳しくないものだと思ったのかヒータは涙目になっていく。くそっ、まさか時間制限があったとは。
「ひーたちゃんどいてください!」
この空気を打破したのはサイレント・マジシャンだった。
やはりずっと俺の傍にいるだけのことはある。俺の窮地を察してこの場を執り成してくれるようだ。
「このなかでいちばんちいさいのはわたしです! だからますたーのひざにはわたしがすわります!!」
「え?」
身長はヒータやウィンよりも小さいのに有無を言わさないオーラを放ったサイレント・マジシャンを前に、ヒータは俺の膝の上からすごすごと降りていく。そして空いた俺の膝の上にしれっと座ると
「さぁ、ご飯にしましょう!」
そう言って場の指揮を執るのだった。
そんな小さな魔法使い達の様子を見てノースウェムコは「あらあら」と楽しそうに微笑んでいた。
そんなわけでサイレント・マジシャンが俺の膝の上に座って食事をするわけになったのだが……
食い辛い……
「…………」
俺の意図を汲むことに長けた彼女がそれに気付かないはずがないのだが、俺が退いてくれという雰囲気を出しても、ふんすっという感じに顔を背けて聞き入れられない。どうやらこのまま食べるしかないようだ。
テーブルの上のキッシュを取ろうと上体を傾けるとサイレント・マジシャンに体が密着することになるのだが、それだけで顔の下の髪からふわっと香る柑橘系のシャンプーの匂いを意識させられ心臓が跳ね上がる。これではキッシュの味なんてさっぱりわからない。
「うぉぉぉ! うめぇぇ!!」
「ん。ノースウェムコは料理が上手」
霊使いの少女たちは先ほどまでのやり取りを忘れたかのように料理に舌鼓を打っている。
しかしこの幼児退行した姿のサイレント・マジシャンを意識していると思われたらあらぬ勘違いを受けそうだ。俺は平静を装って話を振ることにした。
「サイレント・マジシャンの体は何時ごろ元に戻れそうなんだ?」
「……たいりょくはかいふくしているので、しっかりたべてまりょくをかいふくさせればもとにもどれます」
「そ、そうか」
依然としてサイレント・マジシャンの機嫌は良くない。まぁこのままにしておけばいずれ機嫌は直るだろうと、俺は食事が終わるまでの間この状態を甘んじて受け入れることにした。
「ごちそうさまー! 美味かったなぁ!」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。うぇむこちゃん、ありがとう」
「ご馳走様。何から何までありがとうな」
「お粗末様です。お気になさらずに」
そう言うとノースウェムコは使い終わった皿を浮かせて皿洗いと食器を拭く作業と片付ける作業を並行して行っていく。こうして見ていると魔術の便利さが改めて分かる。
さて、食事が終わったのでそろそろ席を立ちたい所なのだが、サイレント・マジシャンが一向に退く気配を見せない。試しに膝を少し動かして遠回しに退いてくれと言うメッセージを送ってみる。
「……」
「……」
ふんす。
あっ、ダメだ。俺の無言の抗議は棄却された。
其処かこのサイレント・ロリ・マジシャンはもっと深く腰掛けてきた。俺の胸元に背を凭れかける格好になる。
肉体が幼児化したことで精神もそれに引き摺られているのかもしれない。まぁこのくらいは可愛いものだ。普段からこれくらいの自己主張をしてくれた方が寧ろ良いのだが。
それとどうでも良いことだがサイレント・ロリ・マジシャンというのは語感が良いな。絶対に本人には言えないが。
「それにしてもここに来た時はお姉ちゃんだと思ってたけど、こうしてみるとなんだか子どもみたいだな」
「なっ! こどもじゃないですよ!」
「へへっ! 知ってるぜ! 自分で子どもじゃないっていう人は子どもなんだって!」
「むぅ! ちがいます! わたしはもうおとなです! ひーたちゃんよりもおねえさんなんですよ!」
考え事をしているといつの間にかヒータとサイレント・マジシャンの言い争いが始まっていた。その内容は見ていて微笑ましいものだった。これでは容姿も相まってますますサイレント・ロリ・マジシャンと言うあだ名が俺の中で定着してしまうな。
「なでなで」
「なっ?! うぃんちゃん?!」
「今は私たちよりも小さい。なんだか妹が出来たみたい」
「うぃんちゃんまで……わたしはいもうとじゃなくておねえさんなんですっ! としうえのひとのあたまをさわっちゃいけないんですよ! ますたーもなんとかいってください!」
「ん? あぁ、ごめんな。今聞いてなかったわ、サイレント・ロリ・マジシャン。あっ」
ピキッ
空気に罅が入る音が聞こえた。
一瞬なにが起きたのか理解出来なかったが、直ぐに自分のしてしまったことに気が付いた。
しまったと思っても後の祭り。一度吐いた唾は飲めぬのだ。
流石のヒータもウィンもこの言葉には顔を引きつらせていた。
「ぷふっ! 八代さん、サイレント・ロリ・マジシャンって……語感良過ぎ……あははははっ!」
ただ一人笑うのはノースウェムコのみ。
しかし俺にこれを笑う余裕など無かった。
俺の膝の上の本人の表情が見えないのがこれ程怖いとは。心なしか暗いオーラが出ているようにも見える。
と、サイレント・マジシャンはちょんっと俺の膝の上から降りる。
「さ、サイレント・マジシャン?」
「……いますぐもとにもどります」
俺の方に向き直ったサイレント・マジシャンはむくれ顔でそう宣言した。
戻ると言って直ぐ戻れるものなのか疑問に思ったが、直ぐにサイレント・マジシャンの体が光り始めてそんな疑問は吹き飛んだ。
「んっ……くぅぅっ」
「お、おい! 大丈夫か?!」
自分の体を抱きかかえるようにしながら表情を歪めるサイレント・マジシャンは見るからに辛そうだった。
「す、すいません……はぁ、ますたー。ちょっとだけ……」
そう言うとサイレント・マジシャンは俺の体にしな垂れかかる。そして細い腕を俺の首に回し足も俺の腰回りに絡めると、小さな体の割に力強くしがみ付いてきた。その様子は高い木から落ちないように幹にしがみつく子どものようだ。
「んっ! ふぅ、んんっ!」
俺の胸元に熱い吐息を掛けるサイレント・マジシャンの体から発せられる光の強さが増していく。それに伴い彼女の体温も上っていくのが服越しに伝わってくる。
「くっ」
「んぅぅ! はぁ、はぁ! くぅっ! うぅぅ!」
ついにサイレント・マジシャンの眩しさに耐えきれず目を閉じた時、彼女の体の変化が始まったようだ。腰に回されたほっそりとした太股は徐々にむっちりと肉感が増し、感じる重さがだんだん増えていく。身長が伸びるのに伴い顔の位置は胸から首、顔の耳と上がってくる。
「あふ、ふぅぅ! はぁ、んっ! んぅぅ!」
吐息とともにサイレント・マジシャンの悩ましげな声が耳に直にぶつけられ心臓の動悸が激しさを増す。これだけでも心臓がはち切れそうなのだが、さらに心拍数を跳ね上げる事態に陥っていた。最初は意識していなかったが、体が成長するにつれて二つの肉塊が徐々に大きく膨らみながら俺の腹から上にスライドしてくるのだ。
俺の胸板に押し付けられ、ふにゅんっと形を崩す双丘からバクンッバクンッと激しい鼓動が伝わってくる。恐らく俺の心音も同じように伝わっているのだろう。
「申し訳、ありま……んぅ、せんっ! あふぅ、もうちょっと……はぁ、もうちょっとですからぁ! くぅっ!」
まだ終わっていなかったのか……
目を開けることができない状況のためサイレント・マジシャンの体が今どうなっているのかわからない。俺にできるのはこの状況を早く終わらせてくれと願うことだけだった。
サイレント・マジシャンの体が再び強張る。押し付けられるたわわに実った果実がさらに上にスライドしてきたことで彼女の体の成長が実感できる。と、そんな事を思っていると、
「っ!?」
顔に二つのマシュマロが押し当てられる。口と鼻を圧迫されたことにより急に息苦しさが増した。まだ顔の下半分が触れているだけだが、このまま彼女の成長が続けばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
俺は状況を脱するべく顔を後ろへずらそうと顔を動かす。
「はぁ、あっ! だめです! う、動くとぉ! んふっ、くぅぅ!」
「んぐっ!」
が、逆に首に回していた手を頭に回されがっちりホールドされてしまった。これにより顔の下半分が完全に肉の海に埋まる。
そこは未知の世界だった。ムワッとした熱蒸気が鼻を包み彼女の汗の香りが強く意識に刻み込まれる。その匂いは不快感をもたらすものではなく、嗅げば嗅ぐほど鼓動を加速させ理性を溶かす媚薬のようだ。熱気も相まって意識が朦朧とし始める。
しかしサイレント・マジシャンの連撃は止まらない。成長が続き彼女の特大に実った果実は俺の顔を完全に包み込んでしまった。結果、酸素の供給量が著しく減ることになる。酸素を求め息を大きく吸い込むと彼女から放たれる淫靡な香りが鼻腔の奥まで突き刺さり、ますます俺の血流を加速させていく。血の流れが速くなると血液の運ぶ酸素の消費スピードも増し、さらに息を大きく吸い込まなければならなくなる。そんなスパイラルに陥り、だんだんと意識が遠のいていく。
「んんんぅっ!!」
「んぐぅっ!!」
声にならない悲鳴を上げるとサイレント・マジシャンは腰に回している脚も含め一際大きく俺の体を締め付けた。幸か不幸か背中に負荷がかかったおかげで奔る痛みが俺の失いかけた意識を繋ぎ止める事となった。
「あぁぁ、はぁっ! はぁっ! も、元に、戻りましたっ!」
「ぷはぁっ! はぁっ! はぁっ! そ、そうか」
ホールドから解放され不足していた酸素を口から大量に肺に取り込む。瞼を隔てていても分かるくらい眩い光に晒されていたせいでまだ視界が白んでいる。俺は荒い呼吸を整えながらゆっくりと色を取り戻していく目の前の光景をぼんやりと眺めていた。
「はぁ、はぁ、っ!」
幾分か呼吸が落ち着き俺の眼球が最初に捉えたのは、一人の女神だった。
非の打ちどころのないという言葉はこのことを言うのだろう。
体のパーツどれをとってもそれだけで美術品のようで、それらが一つとなった全体は完璧なバランスがとられている。まるで一つ一つのパーツが精巧に作られ、それらを完璧なバランスで組み合わせた時計の如く完成された美しさがそこにあった。
呼吸の度シルクのように滑らかな白の長髪が俺の首筋を撫ぜる。
そんな女神が頬を上気させ潤んだ瞳でこちらを見つめている。前に垂れていた長く白い髪を掻き分ける動作だけで心臓の鼓動が乱れた。
俺は時が止まってしまったかのようにそんな彼女にただ見惚れていた。
「マスター……」
「っ!!」
艶っぽい声で呼びかけられ心臓が一際大きく跳ね上がった。触れられてもいないのに俺のこの鼓動が伝わっているのでは無いかと心配になる。
じっとりと手に汗がにじむ。さっきまでは気付かなかったが既にお互い汗で服をぐっしょり濡らしたせいで、服越しでも肌の感触がはっきりとわかる状態だった。
整い始めていた呼吸が乱れ始める。
ふと呼吸を意識したら彼女の薄ピンク色の形の良い唇が目に入った。浅い呼吸の度に小さく開いたり閉じたりする唇がとても扇情的に見える。
途端にその唇に触れたいと言う欲求が頭の中を渦巻き始める。だが辛うじて残っていた理性がそれはダメだと歯止めをかけていた。それがいけない理由までは頭が回らない。ただそれをすれば何かが壊れてしまうということだけは分かった。
と、目と目が合う。
その瞬間、あぁダメだと心の中で思った。恐らく彼女も同じことを考えているのだろう。潤んだ瞳の中で渦巻く葛藤の決着が着いたのが見てとれた。
そして俺たちはどちらからかは分からないが、お互いがその瞳に吸い込まれていくかのように顔の距離を近づけていき……
「あらあら、サイレント・マジシャン。随分と大胆ねぇ。ふふっ」
「「っ!!」」
第三者の声によって意識が現実世界に戻された。サイレント・マジシャンも慌てて俺の上から飛び退く。
いったい俺は何をしようとしていたんだ……
先ほどまでの流れを思い出し一気に自己嫌悪に陥る。
「これじゃあサイレント・エロ・マジシャンってところかしら? 昔からムッツリだったものねあなた」
「そ、そんなことありません! 適当なこと言わないで!」
「なぁ、姐さん! 何があったんだ! 俺にも見せてくれよ!」
「ノースウェムコ。もう良いでしょ? 手、どかして」
「あらあらごめんなさい。そうですね。あなた達にはまだ早い光景だったから目を塞がせてもらいましたが、もう大丈夫です」
「うわぁああ! すげぇ! 姉ちゃんでっかくなってる!」
「デュエルの時よりもおっきい……?」
冷静になって改めて見ると二人の言う通りサイレント・マジシャンの体はいつもよりも成長していた。
身長が伸びたのもそうだが、女性らしいラインが強調され出るところがしっかりと出た悩ましい体つきになっている。あの膨らみに顔を埋めていたのか……
サイレント・マジシャンは服の裾を掴みながら視線を彷徨わせモジモジし始めた。
「……あんまり見ないで下さい。その……恥ずかしいです」
「っ! す、すまん」
「……」
「……」
同時に顔を逸らし俺たちの間になんとも居心地の悪い空気が流れる。
サイレント・マジシャンを意識したら先ほどの間近で見た艶っぽい彼女の表情を思い出し顔が火照った。
そんな俺たちの雰囲気を察したのか、それを感じさせない明るさでノースウェムコが話を進めてくれた。
「ほら。もう魔力も回復して体が戻ったのなら早く転移した方が良いんじゃない? 大事なマスターの怪我もまだお医者様に見てもらってないんだし」
「そ、そうでした! マスター、では戻りましょう!」
「あ、あぁ。ただあと少し待ってくれ」
「……? わかりました」
今席を立つことはできないのだ。
目を閉じ努めて無心になる。
それからヒータ、ウィン、そしてノースウェムコに見送られ転移をするまで、体を落ち着かせるのに数分の時を要した。
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————
一方その頃、アルカディア・ムーブメント本社デュエル場にて二人のデュエリストが対峙していた。
「一体どうしてこんなことに……」
片方の男、プロフェッサー・フランクは一人ごちる。
「おい、おっさん。準備いいか?」
「くっ……誰がおっさんだ!」
デュエル場で向かい合うくすんだ金髪の青年に睨みを飛ばす。しかし青年は苛立つフランクの様子に肩をすくめるだけで反省の色は見えない。
一体どうしてこんなことに、とフランクは改めてこうなるに至った経緯を思い出すのだった。
プロフェッサー・フランクは今年でデュエル屋歴10年を迎える。
沈めば最後、なかなか浮くことのない業界のため、2年も残れば1人前とされるデュエル屋の中で10年間も生き残り続けている彼はベテランの地位を築いていた。
最近のデュエル屋業界では3年間無敗のニケが話題になっているが、キャリアとしてはまだ浅いニケよりもベテランのデュエル屋を贔屓する依頼主も数多く存在する。
そんなベテランの中でもプロフェッサー・フランクと言えば一目置かれている存在だった。デュエルでの勝利はもちろん、相手の心理を巧みに読む事に長けている彼はデュエルの最中に相手から情報を抜き取る仕事もできるというのが強みだからだ。
着実に依頼主と信頼関係を築き大手のお得意様も得た彼はデュエル屋として絶頂にいたといっても過言ではない。
しかしそんな時は脆くも崩れ去った。
事の起こりは身に覚えのないアルカディア・ムーブメントの総帥であるディヴァインと結んだ契約だった。それに気づいたのはなぜか路上で目覚めた時に携帯に入ったディヴァインからの一通のメール。
”結果の報告をお願いします。”
ただ一文だけ送られてきたそのメールから依頼の話であると結び付けられないほど彼は愚かではない。
ディヴァインの記憶違いではないかとも思いながら急ぎ彼は自宅に戻ると、確かにその契約の書類があった。そこにはフランクの直筆のサインもあり、本物で間違いないものだとわかった。
依頼の内容はターゲットの能力の確認。依頼自体あったことが記憶にないため当然添付されている写真の白髪の少女に見覚えはない。しかも悪い事に報告期限は昨日でもう過ぎていた。
依頼に失敗したのならまだしも依頼をすっぽかしたとなればデュエル屋としての信用が完全に失墜する。そうなれば今まで積み上げてきた信頼も全て失い、デュエル屋としては二度と返り咲けないだろう。
だが今回のことを下手に誤魔化してそれがバレれば命が狙われる事になるかもしれない。
苦渋の選択の末フランクはここまでに至る記憶がないことを正直に話すことにし、重い足取りでアルカディア・ムーブメントに向かった。
「この度は本当に申し訳ありませんでした。願わくばもう一度チャンスを頂ければ必ずやこの依頼を成し遂げて見せましょう」
ディヴァインの元に案内されるなりフランクは事情を説明し頭を深く下げた。ディヴァインの表情が見えないが、デュエル屋としてのキャリアの中でもこれほど心苦しいことはなかった。
「頭を上げてください」
「はい……」
恐る恐る顔を上げるとディヴァインは薄らと笑みを浮かべていた。それは獲物をどう料理するかを考える狩人のように。
こういう場面で笑顔を出す相手ほど碌なことを考えていない。フランクの経験則だった。
「今回のことは大変残念でした。よもやあなたが依頼を反故にしてしまうとは……これが業界に知れ渡ればこれからデュエル屋としてやっていくことは厳しくなるでしょう」
「……」
「それに信用を失っているあなたに同じ依頼を任せることはできません」
「……」
フランクは何も答えることができない。
そしてこの流れは予想通りのものだった。
今後考えられるのは違約金を支払わされデュエル屋のどん底にたたき落とされるか。この失態の情報の秘匿の膨大な対価を要求されるかだ。
どちらに転んだとしても明るい未来は無い。
フランクはどちらの話に向かうのか、ディヴァインの続く言葉を待っていた。
「なので速やかに前金の払い戻し、及び違約金を支払ってお帰り下さい」
「……っ!」
結果は前者。
今まで築き上げてきたデュエル屋としての地位が音をたてて崩れていった。
これからどうしたら良いのか、目の前が真っ暗になった気分になる。
「っと、言うことも出来るのですがね。デュエル屋の中でベテランの地位を築いてきたあなたを失墜させてしまうのは心苦しく思うのです。何故ならあなたの実力はこの十年間のキャリアが確かに証明しているものなのだから」
「……?」
「そこで、こういうのはいかがでしょう。最近うちのシュウがデュエルの相手がいないと不満がっていましてね。彼の相手をしていただけるのなら、この事は前金の払い戻し、及び違約金の支払いをもって無かったことにしたいと思うのですが、いかがでしょう?」
「……! それでよろしいのですか!」
無かったことにする、もしそうなれば契約を反古にしたことも無かったことになり地位を失うことは無い。
思わず声を大きくしてしまう程の破格の条件だった。
「えぇ。では早速それでよろしくお願いします」
ディヴァインは人の良さそうな笑みを浮かべながらそう答えた。
そんなやりとりを経て彼は今に至る。
「はぁ……」
「なんだ? 長いこと黙ってたと思ったら第一声が溜息かよ。幸せが逃げるぜ?」
「こんなことになった時点で幸運などもう枯渇しているよ」
「辛気臭ぇ顔してんな。まぁ詳しい事情はよくわからねぇが、今は俺とのデュエルに集中してくれや。あんた、仮にも裏の世界じゃ名の通ったデュエリストなんだろ? 少しは愉しませてくれるよな?」
「やれやれ、身の程を知らない小僧に世間の厳しさを教えてやるのも大人の仕事……か。あっさり勝ってしまっても恨まないでくれよ」
軽いやり取りを済ませ二人はデュエルディスクを展開する。
「「デュエル」」
「私のターン、ドロー! 私はモンスターをセット。カードを5枚セットしターンエンド」
手札を全て1ターン目に使い切るという大胆な手に出たフランクだが、初手としては最高のスタートだとほくそ笑む。
「俺のターン、ドロー」
だがシュウにターンが回ると直ぐにフランクの表情は引き締まる。
相手のシュウはアルカディアムーブメントの総帥であるディヴァインも実力を認めるほどの腕前。それを見極めるためフランクはこの自分の布陣を前にどういった対応をするのかを試金石にする心算だ。
「モンスターをセット。カードを1枚セットしターンエンドだ」
対するシュウの初手は無難な手だった。斬新な動きを期待していたフランクからすると少々拍子抜けする展開である。しかしそんなことはおくびにも出さずシュウの一手に対し動きを見せる。
「この瞬間、500ポイントのライフを支払いトラップカード『マインド・ハック』を発動! さらにトラップカード『DNA定期健診』も発動する!」
フランクLP4000→3500
「『DNA定期健診』は私の裏側表示のモンスター1体を選択して発動するカード。相手は属性を二つ宣言し、宣言した属性がこのセットモンスターの属性と一致すれば相手は2枚ドローできる。外れれば私が2枚ドローする。さぁ二つの属性を選びたまえ」
「属性当てクイズってわけか。なるほどな。それじゃあ俺は地属性と闇属性を選ぶぜ」
「ほう、即答ですか。根拠を聞いても?」
「大した理由はねぇよ。判断するための材料がまだないからな。単純に一番数が多い地属性モンスターと二番目に多い闇属性を選んだだけだ」
「……なるほど。では答え合わせとしましょうか」
『DNA定期健診』によって表になったのは『L⇔Rロールシャッハー』のカード。属性は光である。
「あぁ、残念。外しちまったか」
「ふふっ、これで私は2枚ドローします」
今回は外したが粗暴な口ぶりとは裏腹に合理的な考え方をする男だ、フランクはシュウをそう評した。どの属性のモンスターの数が多いかを瞬時に判断できるのはそれだけカードの知識があるということ。やはり油断ならない相手だとフランクは気持ちを新たにした。
「さらに『マインド・ハック』の効果により相手の手札、セットされたカードを確認させてもらいましょう」
『マインド・ハック』の効果により公開されたシュウの手札のカードはドラゴン族モンスターである『ラヴァ・ドラゴン』、『タイラント・ドラゴン』、『デルタフライ』の3体と、魔法カードである『左腕の代償』。
場のセットモンスターは『仮面竜』でその後ろには永続トラップ『竜魂の城』が控えている。
「おやおや、『仮面竜』を裏守備でセットですか。攻撃表示で仕掛けていれば私の『L⇔Rロールシャッハー』を破壊できた可能性があったでしょうに。ずいぶんと弱気なことで。私のセットカードの前に恐れをなしましたかな?」
尤も攻撃を仕掛けていれば次のターンで私の勝ちになっていたわけですが、とフランクは続く言葉を飲み込んだ。そして軽い挑発を込めた言葉をかけシュウの反応を伺う。
「ふっ……」
それに対してシュウは笑みを深くするだけだった。その余裕な態度は無性に彼をイラつかせる。ここ半月の記憶がないフランクだが、なぜかシュウと同年代の青年の影が頭にチラつくのだ。
「私のターン、ドロー。『L⇔Rロールシャッハー』を反転召喚」
しかしその程度のことでプレイングを乱す筈も無く、フランクは直ぐに切り替えて自分のデュエルに戻った。
このデュエルで最初に場に現れたモンスターは紫色の幻影。
今は蝶のような形になっているが、見る人によっては別のものに見えるロールシャッハテストを由来とするモンスターだ。
L⇔Rロールシャッハー
ATK1200 DEF1200
『L⇔Rロールシャッハー』の攻撃力は『仮面竜』の守備力を上回っている。『マインド・ハック』によって妨害が無いことが分かっているためフランクは強気にモンスターを展開していく。
「永続トラップ『悪魔の憑代』を発動! これにより私はレベル5以上の悪魔族モンスターを召喚するのに必要なリリースをなくすことができる。これにより私はレベル6の『超魔神イド』をリリースなしで召喚」
次に場に現れたのは龍の頭を持つ四足歩行の魔獣。強大な肉体を支えるために後脚が異様に発達しており、それに付随する爪は人の腕ほどの太さだ。漆黒の体躯からは時折体中に電気が走るのが見える。
超魔神イド
ATK2200 DEF800
セットされているモンスターが『仮面竜』と分かっている時点でフランクは自分の取るべき手を考えていた。
『仮面竜』は戦闘で破壊されたときデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスターを特殊召喚することのできるモンスター。ここで『L⇔Rロールシャッハー』で攻撃を仕掛ければ、シュウが『仮面竜』の効果で取る手は二種類だとフランクは読んでいた。
一つは次の『超魔神イド』の攻撃を受けるためにもう一度『仮面竜』を呼ぶという手。もう一つは手札の最上級モンスターである『タイラント・ドラゴン』を出すために2体分のリリース要員となり且つ自己蘇生能力を持つ『ミンゲイドラゴン』を出してくるという手だ。
前者の場合なら『L⇔Rロールシャッハー』の効果で確認したシュウのデッキトップのカードにもよるが、フランクは『超魔神イド』で続けて攻撃を仕掛ける気はなかった。デッキトップのカードが次のターンでフランクの盤面を処理できる札ではないのなら、シュウが次のターンできるのは『ラヴァ・ドラゴン』か『デルタフライ』の召喚のみ。そこからシュウはシンクロ召喚を狙うだろうが、それはフランクが既に伏せている『破壊輪』で妨害が可能。
後者ならもう1枚のセットカードである『ストライク・ショット』を『超魔神イド』に付与することで貫通ダメージを与え、次のターンの『ミンゲイドラゴン』の自己蘇生を『破壊輪』で処理することで『タイラント・ドラゴン』の召喚を阻止すればいいとフランクは考えていた。
その場合シュウは『ラヴァ・ドラゴン』からシンクロ召喚を狙ってくるだろうが、フランクのセットカードの事情を考えると『タイラント・ドラゴン』を出されるよりましである。
『タイラント・ドラゴン』をフランクが嫌がるのはその能力に理由がある。
まず『タイラント・ドラゴン』は自身を対象にするトラップを無効にして破壊する能力がある。そのため今フランクの仕掛けている『破壊輪』で除去することはできない。
さらに攻撃を行った後に相手の場にモンスターが存在する場合、バトルフェイズ中もう一度だけ攻撃ができるという能力もこの状況では効いている。
フランクの発動している『悪魔の憑代』には通常召喚したレベル5以上の悪魔族モンスター1体のみが破壊される場合、代わりに墓地へ送る事ができる身代わり効果が備わっている。しかしそれで『超魔神イド』の戦闘破壊を一度防いだとしても、『タイラント・ドラゴン』の連続攻撃を受けることになり結局『超魔神イド』を守り切れないのだ。
フランクが手札に握っている魔法カード『地砕き』を使えば『タイラント・ドラゴン』を破壊することは可能だが、その前に『タイラント・ドラゴン』1枚でフランクの場は完全にひっくり返されてしまうのは痛手となる。
そしてシュウは後者を狙ってくるとフランクは読んでいた。
「バトル! 『L⇔Rロールシャッハー』でセットされた『仮面竜』に攻撃!」
『L⇔Rロールシャッハー』から発せられる紫色の魔力の風によりセットされていた『仮面竜』は表となってそのまま破壊される。
「『L⇔Rロールシャッハー』が戦闘でモンスターを破壊したとき、相手のデッキの一番上のカードを確認する。ピーピングマインド!」
「『仮面竜』が戦闘で破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。俺は『ミンゲイドラゴン』を攻撃表示で特殊召喚」
「っ?」
『仮面竜』によって呼び出されたのはフリスビーくらいの大きさの円盤だった。上の面にエメラルドグリーンの円とそれを十字に分けるように赤のラインが入った模様が描かれている。円盤の側面には等間隔に六つの穴が、上面には側面の六つの穴を三つずつに分ける位置に二つの穴が空いている。
カタカタとそれが揺れたかと思うと上面の穴からは二枚の羽が、それらを挟むように側面の穴からは黄土色の亀のような短い四本の足が飛び出す。さらに遅れて側面の穴から同色の細長い尻尾が出てくる。
そして最後に残った穴から首が出てくるのだが、その長さは胴体部分の五倍近い。頭には胴体部分の円盤部分同様の装飾がなされ、大きく開けられた口には将棋の駒の形にデフォルメされた牙がずらりと並ぶ。
装飾からどこかの伝統工芸品を思わせるドラゴンだった。
ミンゲイドラゴン
ATK400 DEF200
そして直後に『L⇔Rロールシャッハー』の効果によりシュウはデッキの一番上のカードを捲って見せる。
「デッキトップのカードは『竜の霊廟』ですか。ふふっ、あなたの墓場という暗示のようだ」
「くくっ、そうだといいな」
「手の内がすべて割れたというのに余裕ですね。それに守備表示でも出せる『ミンゲイドラゴン』を攻撃表示とは……ずいぶんと舐められたものだ」
『ミンゲイドラゴン』が出てくるまではフランクの予想通りだったが、それを攻撃表示で出してくるのは想定外のことだった。攻撃力はお世辞にも高いと言えないモンスターを攻撃表示で出されたことを手抜きと受け取りフランクは苛立ちを露わにする。
「おいおい、勘違いしないでくれよ? 別にこれは舐めプなんかじゃねぇ。これでも俺はあんたのこと買ってるんだ」
「……?」
「俺のセットモンスターが『仮面竜』だと分かってもあんたは攻撃を仕掛けてきた。その場合、相手の狙いとして考えられるのは三つ。一つは俺の表側のモンスターを破壊できるカードを仕掛けてある可能性。二つ目は貫通ダメージを与えるカードを仕掛けている可能性。最後は俺のデッキの『仮面竜』を全て破壊することを狙うかだが……あんたに限っては最後の可能性はない」
「ほう、そう言い切れる根拠は?」
「目だよ。あんたの目からはギラギラとした気迫が伝わってくる。今この一瞬も俺のライフを刈り取るってな。そんな相手が俺のデッキの『仮面竜』を全部破壊するまで待つなんてまどろっこしい真似はしねぇだろ」
「……」
気迫で自分の手の内が読まれるとは、相手の洞察力を褒めるべきが自分の失態を嘆くべきか。だがそんな心情も仕事柄で鍛えたポーカーフェイスによって隠しそのまま続けて攻撃に移る。
「『超魔神イド』で『ミンゲイドラゴン』を攻撃!」
『超魔神イド』が『ミンゲイドラゴン』目指して駆けだす。
大型トラックに匹敵する巨体からは考えられない身軽さで飛び上がると、空中から落下の力を利用した強靭な爪を振りかぶる。
「さらにこの攻撃宣言時、トラップ発動! 『ストライク・ショット』! この攻撃を行うモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップし、さらに貫通能力を得る」
『ストライク・ショット』の効果を受けると『超魔神イド』の落下速度はさらに増し、空気との摩擦で漆黒の体が赤く輝き始める。
超魔神イド
ATK2200→2900
「はっ! ほらな? やっぱり貫通系のトラップを仕掛けてたか。永続トラップ『竜魂の城』を発動! 墓地のドラゴン族モンスター1体を除外し自分の場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップさせる」
それに対してシュウも動く。
『竜魂の城』の発動によりシュウの背後に突如城が聳え立つ。
その城の周りを漂う青白い竜の魂は『ミンゲイドラゴン』に宿ると、その体を一回り大きく成長させた。
ミンゲイドラゴン
ATK400→1100
大きくなった『ミンゲイドラゴン』は上空から降ってくる『超魔神イド』に対し正々堂々真っ向から勝負を仕掛ける。
振り下ろされた爪と捨て身の体当たりの交錯は瞬きする間に終わった。結果は『ミンゲイドラゴン』の敗北。勢いよく跳ね上がり『超魔神イド』に向かっていった『ミンゲイドラゴン』だが、羽虫を蹴散らすが如く振り下ろされた爪により地面に叩き付けられ破壊された。
シュウLP4000→2200
「……」
ここで『ストライク・ショット』を使うかはフランクの迷った末の判断だった。このタイミングでは本来の貫通能力を付与する効果は意味をなさずただの攻撃力補強にしかならない。温存するという選択肢も当然存在した。
しかしそれでもフランクがここで『ストライク・ショット』を使ったのは三つの理由がある。
一つはシュウが貫通能力付与のカードを予想していたからだ。そうわかっていたらシュウは攻撃力よりも守備力が低いモンスターを守備表示で出すことはを極力避けるようにプレイするだろう。
また『ストライク・ショット』の発動条件は自分のモンスターの攻撃宣言時と非常に狭く、コンバットトリックとして利用することはできない。故に下手にシュウが守備表示でモンスターを出すことを狙っているとそれを待っている間に破壊される可能性があったという理由がもう一つ。
そして最後の理由はシュウが言った二つ目の予想が的中したということを印象付け、一つ目の予想から意識を逸らすためだ。これで破壊系のカードが無いとシュウが油断して次のターン『タイラント・ドラゴン』ではなく、『ラヴァ・ドラゴン』や『デルタフライ』を出してくれれば儲けものだとフランクは企んでいた。
「『ワンダー・ワンド』を『L⇔Rロールシャッハー』に装備。これにより攻撃力が500ポイントアップする」
『L⇔Rロールシャッハー』の横に緑色の宝玉が先端に埋め込まれた短いロッドが浮かぶ。そのロッドから魔力を吸収した『L⇔Rロールシャッハー』の体は一回り膨らんだ。
L⇔Rロールシャッハー
ATK1200→1700
「『ワンダー・ワンド』の装備対象モンスターを墓地に送りデッキからカードを2枚ドローする」
新たにフランクが手札に加えたカードは魔法カード『ライトニング・ボルテックス』と『悪魔の憑代』。この瞬間、フランクはこのデュエルの勝利を確信し思わず笑みがこぼれるのを抑えきることができなかった。
「ふふっ、カードを1枚セットしターンエンドだ」
「悪い笑みが隠せてないぜ? 俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、俺の場にモンスターが存在せず墓地に存在するモンスターがドラゴン族モンスターのみの時、墓地の『ミンゲイドラゴン』を特殊召喚することができる」
シュウの場に再び現れる『ミンゲイドラゴン』。しかし『竜魂の城』の効果を受けていないため先の姿よりも小さい。
ミンゲイドラゴン
ATK400 DEF200
「魔法カード『竜の霊廟』を発動。デッキからドラゴン族モンスター1体を墓地に送る。俺が墓地に送るのは『ギャラクシー・サーペント』。そして墓地に送ったモンスターがドラゴン族の通常モンスターだった場合、さらにドラゴン族モンスター1体を墓地に送ることができる。今俺が墓地に送った『ギャラクシー・サーペント』は通常モンスター。よって俺はさらに『霊廟の守護者』を墓地に送る」
墓地に送ったモンスターはどちらも盤面に直接影響を及ぼすことのないモンスターだとフランクは内心嘲笑う。
シュウのこのターン出せるモンスターは『デルタフライ』、『ラヴァ・ドラゴン』、『タイラント・ドラゴン』の3体。
下級モンスターである『デルタフライ』か『ラヴァ・ドラゴン』を出したなら『破壊輪』で除去する。場のドラゴンが破壊されたことで『霊廟の守護者』が自己蘇生するだろうが、次のターン『ライトニング・ボルテックス』で『ミンゲイドラゴン』諸共破壊し、『超魔神イド』でダイレクトアタックすれば決着がつく。
『タイラント・ドラゴン』を出したとしても『悪魔の憑代』2枚で『超魔神イド』を守り切れる。そうすれば次のターン『地砕き』で除去でき、その後復活する『霊廟の守護者』を『ライトニング・ボルテックス』で破壊すれば壁モンスターは消える。そうなればどの道『超魔神イド』のダイレクトアタックで勝てる、とフランクは確信していた。
願わくばダメージを受けずにこのデュエルを制したいがために前者の展開を期待しているフランクだが、その望みは薄いと思っていた。
「『ラヴァ・ドラゴン』を守備表示で召喚」
ところがフランクの予想は外れた。
『ミンゲイドラゴン』の横の地面がぼこりと膨らむと、そこからマグマが吹き上がる。地面を焼きながら広がるオレンジ色の溶岩の中心から姿を見せたのは八本の足を持つドラゴン。高温のマグマの明かりに照らされた体表は薄紫色。頭から尻尾の先までマグマと同じ輝きを放つ背鰭が伸びている。
ラヴァ・ドラゴン
ATK1600 DEF1200
これは僥倖だともはや下卑た笑みを隠すこともせずにフランクは仕掛けたトラップを発動させる。
「ふふっ、それは悪手ですよ! トラップ発動! 『破壊輪』! このカードは相手ターンに、相手LPの数値以下の攻撃力を持つ相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その表側表示モンスターを破壊し、自分はそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。そしてその後、自分が受けたダメージと同じ数値分のダメージを相手に与える」
仕掛けてあったトラップから放たれた金属の首輪が『ラヴァ・ドラゴン』に装着される。首輪には八つの手榴弾がついており『ラヴァ・ドラゴン』がいくらもがこうとも外れることはない。そして腕が手榴弾に触れた瞬間、八つの手榴弾が一斉に起動し『ラヴァ・ドラゴン』の体を跡形もなく消し飛ばした。
爆風がフランクを、シュウを襲う。
フランクLP3500→1900
シュウLP2200→600
「なんだ、除去カードも伏せてたか。自分の場の『霊廟の守護者』以外のフィールドの表側表示のドラゴン族モンスターが効果で墓地へ送られた場合、または戦闘で破壊され墓地へ送られた場合に墓地の『霊廟の守護者』は特殊召喚することができる。甦れ、『霊廟の守護者』!」
爆発の煙が収まると『ラヴァ・ドラゴン』が爆散した場所には老人が鎮座していた。白髭が胸下まで放射状に広がっているのがまず目に付くがそれはまだ人の範疇で収まることだ。だが胴や手足を覆う赤みがかった鱗や禿げ上がった頭から生えた二本の角、背中から生えた短い羽根が人外であることを物語っている。
霊廟の守護者
ATK0 DEF2100
「残念でしたね。素直に『タイラント・ドラゴン』を出しておけば『破壊輪』を受けることもなかったでしょうに」
「ははっ、確かに『破壊輪』を受けることはなかっただろうな。けどこれでいい」
負け惜しみを……そうフランクは心の中で呟く。
これでシュウはこのターンの召喚権を失った。そのため手札に残ったモンスターの『タイラント・ドラゴン』、『デルタフライ』はこのターン死に札となった。このターンできることは『左腕の代償』を発動することだが、そのコストとして残りの手札2枚は除外される。その後デッキから魔法カードを手札に加えられるといっても1枚だけの魔法ではできることは限られる。
強力な魔法カードの代表格である『ブラックホール』を使おうとも『超魔神イド』はカード効果で破壊され墓地に送られた次のターンのスタンバイフェイズ時に自己蘇生するため無意味。『死者蘇生』を今手札に加えようとも墓地に『超魔神イド』を上回るモンスターは存在しない。今加えられて厄介なカードは攻撃を阻害する『月の書』くらいなものだと、フランクは安心しきっていた。
「魔法カード『左腕の代償』を発動! このカード以外の自分の手札が2枚以上の場合、その手札を全て除外して発動できる。デッキから魔法カード1枚を手札に加える。俺がデッキから手札に加えるのは『ドラゴニック・タクティクス』」
「『ドラゴニック・タクティクス』……?」
予想していなかったカードにフランクは眉をひそめる。
「『ドラゴニック・タクティクス』は自分の場のドラゴン族モンスター2体をリリースして発動するカード。俺は『ミンゲイドラゴン』と『霊廟の守護者』の2体をリリースし『ドラゴニック・タクティクス』を発動! デッキからレベル8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する」
「な、なんだ?」
『ミンゲイドラゴン』と『霊廟の守護者』が光となり天に昇っていく。二つの竜の魂は空中で交わると爆発的な光を発した。
自分の予想のレールから外れたデュエルの展開にフランクはたじろぐ。
「現れろ! 『タイラント・ドラゴン』!」
光の中から現れた『タイラント・ドラゴン』は『ミンゲイドラゴン』や『霊廟の守護者』とは比べ物にならないほど巨大だった。
高さは5メートルを超え、最頂点に位置する頭部からは二本の長く尖った白い角が生えており、開かれた口には獲物を食いちぎるための鋭利な歯が何本も並ぶ。頭上から見下ろすエメラルドアイに睨まれただけで熟練の兵士といえども恐怖に身を竦ませることだろう。しかしそんな危険を感じさせるからか、眉間に埋め込まれたエメラルドの宝玉からは見ているだけで惹きつけられるような魔性の魔力を感じる。
その巨体を支える二本の脚には発達した筋肉が見て取れ、その指先にある三本の太く短い爪は地面に深々と食い込んでいる。
だらりとぶら下がった腕は地面に着きそうなほど長く、しなやかに筋肉がついており、その腕を軽く振るっただけでも殺傷能力の高い攻撃が放てそうだ。そしてそれは姿勢のバランスをとっていると考えられる尻尾にも言えることだ。何の気なしに振った尾の一撃は人間など紙切れのように吹き飛ばすだろう。
この巨体を浮かせる翼もまた大きく、その羽ばたきだけで林が丸坊主になったという話も見てうなずける。
タイラント・ドラゴン
ATK2900 DEF2500
「なるほど。そんな方法で『タイラント・ドラゴン』を呼んでくるとは、少々驚きましたよ」
場に出た『タイラント・ドラゴン』を前にフランクは余裕を取り戻す。
これでシュウは手札を全て使い果たした。このタイミングで『タイラント・ドラゴン』が出たのはフランクの想定の範囲外だったが、いずれにせよ攻撃を凌ぎ切る手段もこれを処理する手札もフランクは持っている。
そんなフランクの思惑を知ってか知らずかシュウの表情にも好戦的な笑みが浮かんでいた。
「一応言っておくが、この攻撃だけで意識がぶっ飛んじまうみたいなつまらん幕切れは勘弁してくれよ?」
「くっ、それに関しては君次第だろう。だがデュエルに勝つのは私だ」
「へぇ、良い意気込みだな。じゃあいくぜ! 『タイラント・ドラゴン』で『超魔神イド』を攻撃!」
『タイラント・ドラゴン』が上体を大きく反らす。すると口周りから白い光が発せられる。その正体は口腔に蓄えられた超高温の炎。そして光で『タイラント・ドラゴン』の口元が見えなくなった瞬間、『タイラント・ドラゴン』は勢いよく前足を着いてその炎を吐き出した。
白に近づいた炎は『超魔神イド』の体を軽く包み込むと、背後にいるフランクにも襲い掛かる。
「ぐぅぅぅぅ!!」
シュウはサイコデュエリスト。
デュエルモンスターズのカードをデュエル中に実体化させる能力者であるが故にこの『タイラント・ドラゴン』の攻撃はフランクの肉体に大きなダメージを与えていた。
フランクLP1900→1200
『タイラント・ドラゴン』のブレスに身を焼かれながらもフランクは予め決めていたトラップの効果を起動させる。
「ぐっ、『悪魔の憑代』の効果を発動! 通常召喚したレベル5以上の悪魔族モンスター1体のみが破壊される場合、代わりにこのカードを墓地へ送る事ができる!」
これにより炎が収まった時、『超魔神イド』の姿は健在であった。
その様子を見てシュウは訝しむ。
「あ? 『タイラント・ドラゴン』の効果を知らねぇのか? 『タイラント・ドラゴン』は相手フィールド上にモンスターが存在する場合、バトルフェイズ中にもう1度だけ攻撃する事ができるんだが」
「うぅ……無論承知の上だ」
「はっ、おもしれぇ! まだ手はあるってか? 『タイラント・ドラゴン』で『超魔神イド』を攻撃! 連撃のタイラント・ブレス!!」
再び『超魔神イド』を襲うブレスはフランクにも牙を剥く。だがその直前にフランクは仕掛けていたトラップを起動させた。
「トラップ発動! 『悪魔の憑代』! ぐぅぅぅぉぉぉぉおお!!」
再び『超魔神イド』を襲った灼熱の炎がフランクの身を焦がす。ブレスによって加熱された空気を吸い込めば肺は焼ける。故にこのブレスが収まるまではまともに呼吸をすることすら許されない。
この時間が一体どれほど続くのか、この攻撃の中フランクの感じた一秒は一分よりも長く感じられた。
フランクLP1200→500
「はぁっ! はぁっ! 『超魔神イド』が破壊される代わりに発動した『悪魔の憑代』を墓地へ送る!!」
業火の地獄を耐え抜き、息も絶え絶えの状態でこそあったが、フランクが倒れることは無かった。だが高温の炎に包まれたことで身に纏った衣服は焦げてボロボロになっていた。体も限界が近いように見えるが、それでもフランクの瞳の闘志は消えることはなかった。それは己の勝利を確信しているからか。
そんなフランクの様子を見るシュウの表情には先程までの笑みは無かった。
「なるほどな。2枚目の『悪魔の憑代』があったからさっきも『悪魔の憑代』を使ったってわけか」
「ぐっ……はぁ、はぁ、そういうことだ。はぁ、分かったのならさっさとターンエンドしろ。はぁ、手札も攻撃するモンスターも尽きたお前にこのターンできることはあるまい」
「……? あぁそうか。まだ気付いてないのか。あんたに次のターンなんてねぇよ」
そう言いきったシュウの声は一転、冷たい。
フランクに向ける目は子どもが飽きた玩具を見つめるかのように酷く冷めていた。
「はぁ、つまらんハッタリは止すんだな……手札も尽きたこの状況で何ができるというんだ?」
「口で言うより実際に見てもらったほうが早ぇよな。『竜魂の城』の効果を発動。墓地のドラゴン族モンスター1体を除外し自分の場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップさせる。俺は墓地の『ラヴァ・ドラゴン』を除外し、『タイラント・ドラゴン』の攻撃力をアップさせる!」
シュウの効果発動の宣言により『竜魂の城』の周りを彷徨うドラゴンの魂が『タイラント・ドラゴン』の元へ誘われる。
「何をするかと思えば、お前は自分の持っているカードの効果も知らないのか? 『タイラント・ドラゴン』は対象をとるトラップカードの効果を無効にする。それは例えプレイヤー自身であっても変わらない」
「あぁ、その通りだ。『タイラント・ドラゴン』は自身を対象とするトラップカードの効果を無効にし破壊する。これにより『竜魂の城』は破壊される」
『タイラント・ドラゴン』の眉間の宝玉が強く輝くと『竜魂の城』から送られてきた魂は弾かれ、『竜魂の城』は地鳴りと共に崩れ落ちていく。
「そしてフィールド上に表側表示で存在する『竜魂の城』が墓地へ送られた時、ゲームから除外されている自分のドラゴン族モンスター1体を選択して特殊召喚できる」
「……何が狙いだ? 除外されているのは『仮面竜』と『ラヴァ・ドラゴン』のみのはず。いずれにしても『超魔神イド』には及ばないぞ?」
「おいおい、俺の手札を知らなかったならまだしも『マインド・ハック』でわざわざ確認しておいて忘れてるのは頂けねぇな。」
「……?」
「俺は『左腕の代償』で残りの手札を全て除外してるじゃねぇか。さて問題だ。その手札の中には一体何が残ってたでしょうか?」
「……はっ!!」
「気づいたか? まぁ今更気づいてもおせぇがな」
その言葉の直後、崩れ去った城の残骸から巨竜が舞い上がる。
その羽ばたきだけで城の残骸は跡形もなく吹き飛ばされデュエル場には烈風が吹き荒れた。足腰に力を入れねば立つこともままならないほどの暴風にフランクはよろめく。
そんなフランクの前に立ちはだかったのは生物の中のヒエラルキーの頂点であるドラゴン、その中でも最上位カーストに位置する暴君と恐れられた二頭目の『タイラント・ドラゴン』だった。
タイラント・ドラゴン2
ATK2900 DEF2500
「馬鹿な。この私が……」
最初の挨拶とばかりに咆哮を上げる『タイラント・ドラゴン』を前にフランクは尻餅をついてしまう。勝利を確信していた余裕は完全に崩れ去り、表情は絶望に染まっていた。
「あばよ、『タイラント・ドラゴン』で『超魔神イド』を攻撃!」
シュウの死刑宣告を受け『タイラント・ドラゴン』は口腔に灼熱の輝きを放つ炎を蓄える。その顎門は一度開けばフランクのライフを根こそぎ奪う地獄への入り口。
そうして地獄の門が開かれた。
フランクが最後に見た光景は目の前を覆い尽くす白い炎だった。
フランクLP500→0
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「これはまた派手にやってくれたね」
シュウとフランクのデュエルが終わると、それを別室で見ていたディヴァインはデュエル場に降りてくるなりそう感想を漏らした。その視線の先には服を所々焦し大の字で伸びているフランクの姿がある。
「はっ、よく言うぜ。これがお望みだったんだろう?」
「ふふっ」
そんな小言を漏らし呆れるようなポーズをとるディヴァインをシュウは一笑に付す。シュウの挑発的な問いかけにディヴァインは明確な返事をせずに含みのある笑顔を返すだけだった。
「それで? 今回の相手はどうだったかな?」
「足りねぇよ。最近の中じゃまだマシな方だったが、全然足りねぇ。次はもっと強い相手と遊びたいもんだな」
「やれやれ、無茶を言う。彼はデュエル屋業界でもトップクラスの腕の持ち主だったのだがね」
「はっ! あれでトップ? だとしたらデュエル屋ってのも大したことねぇな。それこそ心躍らせてくれそうなのは前に見たニケって野郎ぐらいか。なぁ、ディヴァイン。今度はニケとデュエルさせてくれよ」
「それは無理な相談だな。いくら君の頼みとは言え、君を満足させるためだけにデュエル屋を雇う資金を動かすことは出来ない」
「ちっ。まぁ期待はしてなかったから良いが。しかし新入りの八城とのデュエルもお預けだし、こりゃ当分は楽しめなさそうだ」
「窮屈な思いをさせて済まないな。また君を楽しませられそうなデュエリストがいたらデュエルを手配する。それまでは待っていてくれ」
「はいはい。ここの玩具とのデュエルはもう飽きてるからな。早めに頼むぜ」
そう言葉を残すとシュウはデュエル場を出て行く。入れ違いで担架を運んできた作業員に指示を出しながらディヴァインは今回のことを考える。
(さて、今回の依頼でフランクはターゲットの何処まで踏み込んだのか……プロを信頼して監視を付けなかったのが仇となったな。だが、この結果は彼女が本物だと言うこと。あとはどう詰めていくかだ)
「とまぁその前に……」
ディヴァインはデュエル場を見渡す。
シュウの立っていた方は特に変化はないが、フランクの背後の壁は熱で歪み大きく変形してしまっていた。サイコデュエリスト用に設計されたデュエル場であるにも関わらずこれ程の爪痕を残すとは、シュウのサイコパワーのポテンシャルの高さを物語っている。
「まずはここの修繕か」
施設維持費もばかにならないなと、ディヴァインはため息を吐いた。
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飛行機から降りて空港にやって来た一人の女性の通話。
「もしもし、私よ。何かしら?」
「もう久々の飛行機で疲れちゃった」
「えぇ、ネオドミノ校よ。元気な子がいるって聞いてるわ」
「言われなくても分かってるわよ。後れを取るつもりはないわ。そんなことで電話してきたの?」
「忙しいんでしょ? 無理しなくて良いわよ。仕事を優先しなさい」
「うん。えっ? カード送った? 別にいいわよ、そんなの。あなたのカードで私のデッキに合うカードなんてあるのかしら?」
「はぁ。しょうがないわね。わかったわ。入れてデュエルすれば良いんでしょ? 応援ありがとう」
「はいはい、愛してるわ。それじゃあね。切るわよ?」
「うん、じゃあまた」