遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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集団戦

 壁紙も張られていない剥き出しのコンクリートに囲まれた部屋。部屋に点いている唯一の裸電球に照らされて見える壁にはバケツで水をぶちまけたかのような染みがいくつも見える。

 薬品の臭いが酷く鼻に残るこの部屋は叶うなら二度と来たくないと思っていたところだった。

 

「……久々に顔を見せたと思ったら、また派手にやったのね」

「あんまり時間がない。手短に頼む」

「……りょーかい」

 

 サイレント・マジシャンの転移で直ぐに闇医者の拠点まで来た俺は直ぐに手術台の上にうつ伏せで乗せられていた。

 いや、乗せられていたとだけ表現すると語弊があるか。正しくは手術台の上で四肢を革のベルトで拘束されている。まるでこれから拷問にでもかけられるかのような状態だ。上半身裸の状態で手術台に乗っているせいで直に冷え切った金属から肌を刺すような温度が伝わってくる。

 俺を見下ろす闇医者の顔は相変わらずやつれた姿をしていた。ピンクの肩まで伸ばした髪は傷んでおり枝毛が目立つし、目元の隈はくっきりと残ったままだ。穴倉生活が長いせいか申し訳程度に羽織った白衣は所々黒ずんでしまっている。身だしなみを整えれば間違いなく美人に化けるはずだが、本人にはその気がないらしい。

 

「……最後に確認ね。麻酔無し、傷の完全修復で一時間のオーダーで本当に後悔しない?」

「あぁ」

「傷が残らないようにとなると追加料金が発生するけどそれで構わない?」

「……あぁ」

 

 俺としては傷が残るのは構わない。ただこの傷を見る度にサイレント・マジシャンが責任を感じて顔を暗くする展開が容易に想像できたため、今回は金を積んででも傷を無くしてもらうことにしたのだ。

 そのサイレント・マジシャンには手術室の外で待っていてもらっている。ここに来る直前のやり取りのせいで顔を合わせづらいこともあり、この状況には正直救われている。

 

「……幸い傷の保存状態が良いから綺麗に治るはず」

「はぁ……良かった」

「じゃあそろそろ始めるよ」

「……なるべく痛くすんなよ」

「それは無理な話」

 

 そう言う闇医者が抱えているのは細身な女性の胴回りほどの太さのある巨大な注射器だ。針の太さは1センチはあるだろう。中に入った液体は何をどう間違ったのか緑色で、これが俺の体に注入されると思うと冷や汗が流れる。

 

「えい」

「ぐぅっ!!」

 

 やる気のない掛け声でそれはいきなり俺の背中に突き立てられた。

 背中のちょうど真ん中に熱せられた鉄を押し付けられたかような激痛が走る。あまりの痛みに一瞬、意識が飛びかけ視界が白んだ。だがそれは苦痛の始まりでしかない。

 

「あっ、ぎぃ! うぐぅ!」

 

 注射器内の液体が体に注入されていくとマグマでも体に撃ち込まれているのではと錯覚する程に熱が広がっていく。苦痛から逃れようと体を動かそうとしても四肢を固定する革のベルトがギチギチと軋む音を響かせるだけだった。

 

「まだ十分の一も入ってないよ? 我慢しなさい」

「わがぁぁ! っでぇぅぐぅぅ!」

 

 痛みでまともな言葉が喋れない。与えらえた布を噛み締め痛みを必死でこらえる。これが無ければ舌を噛んでしまっただろう。

 覚悟していたとはいえこの痛みは尋常ではない。一時間でこの傷を完全修復させるために色々と体に無理をさせているせいなのだろうが、じっとしていて堪え切れるものではなかった。

 体から溢れ出る脂汗が止まらず、四肢を拘束するベルトの内側が滑り始めてきた。

 

「やっと十分の一ぐらいかな。辛抱して……」

「くあがぁぁっ! あ、あぁぁ……」

 

 体中が焼けるように熱い。

 急速に音が遠のいていく。闇医者が何を言っているのか聞き取れなくなった。口から抜ける空気に声が乗せられているのかもわからない。

 全身の血液の中をハリガネムシが踊り狂いのたうち回っているかのような感覚を最後に俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「お疲れ様。無事治療は終わったよ」

「……どれくらい飛んでた?」

「ちょうど一時間くらいかな。もっと寝てるかと思ったけど」

「そうか……」

 

 背中にはまだ焼印を押されているかのような痛みが残っている。だが鏡を見ると背中の傷は綺麗さっぱり消えていた。相変わらず注射器一本で傷が塞がってしまう理論の”り”の字も分かりはしない。ただこれが精霊の使える治療魔術だと言われれば、もう経験上納得できてしまう。

 時間はもう18時過ぎ。そろそろ帰らないと不味い時間だ。

 

「……ちょっと。まだ動かないほうがいいよ。痛みもまだ引いてないだろうし」

「生憎だが時間がない。治ったなら帰らせてもらう」

 

 確かに痛みはまだ抜けていないが、堪え切れないほどの痛みではない。普段通りに過ごすことなど雑作もないことだ。そう思って脱いでいたシャツを拾って着たのがまずかった。布地が肌に触れた途端、電流が走ったかのような痛みに一瞬で表情が崩れた。

 

「ほら、言ったでしょ。無理すると痛みが悪化するよ?」

「……堪えきれないものじゃない。大丈夫だ」

「……そんな青ざめた顔で言われても全く説得力がないね」

「うっ……そもそも口下手な俺に説得力を求めるのは間違ってるな。代金はまた今度渡しに来る」

「はぁ……待って」

「……うおっ!」

 

 諦めたような溜息を吐いた闇医者に呼び止められ振り返ると、適当な調子で放られた小包が目前に迫っていた。

 

「……これは?」

「痛み止め。三日も飲めばその痛みは引くはず」

「いや、こんなもん受け取ったらせっかく麻酔無しにした分の料金が帳消しになるだろ」

「……サービス。その料金はいらないよ」

「……ありがとう」

「大したものじゃないからいい。その中の紙に書いてある治療代は今月中にお願いね」

「分かった」

 

 包みを開けるとハート型の錠剤が入ったミニボトルと100とだけ書かれた紙片が入っていた。

 溜息が出そうになるのをグッと堪える。また稼げばいいだけの話だ。

 こうして俺は無事帰路に就くことができた。一日しか滞在しなかったが、随分長く精霊世界にいたように感じられた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 週が明けるといつものように学校に行く生活がやってきた。

 今日は実技デュエルがなかったこともあり、授業中は睡眠学習に徹することができたおかげで気が付けば帰りのHRだ。

 連絡もこれと言って自分に関係することはなく、ぼんやりと昨日のことを思い出していた。

 家に帰ると急な泊りで狭霧に説教を食らったり、アルカディア・ムーブメント用のデッキ調整を済ませなければならなかったりで昨日は大変だった。次からは家に帰れなくなりそうな時は、もっと事前に山背さんの家に泊まると連絡を入れるようにしようと反省したのが記憶に新しい。

 

「さて、最後は明日香先生とのデュエルの件で連絡だ。最初は八代に任せる予定だったが、鉄と大、山背のように今年からこのクラスに入った者もいると言う事で、急な話だが代表戦を行う事になった」

「よっしゃぁ!」

「まことか?!」

「え、私もですか?!」

「……」

 

 と、ここで教室が一際大きな盛り上がりをみせる。珍しくその情報は自分に関わる事だと耳に入ってきた。

 結局代表戦を行うことになったか。

 大と鉄、どちらも腕に自信があるようなのでこれは楽しみが増えたな。しかし担任の教師の次の一言で俺の事情は急変した。

 

「ただし総当たり戦をやろうにも、中間試験が近くてそこまで大幅な時間デュエル場を押さえられん。そう言う訳で試合形式はバトルロイヤルの一発勝負ということになった」

「「「「っ!!」」」」

 

 バトルロイヤル。

 

 それは予想しない展開だった。今までの戦いは一対一がメインだったが、集団戦となると経験が浅い。これは戦術の組み立て方が大分変ってくる上、専用のデッキの調整も必須だ。

 さらに俺だけが狙われる状況に陥った場合、それを捌ききるのは困難を極めるだろう。純粋に手数に2倍の開きがあれば如何に実力が上でも時にその差を易々と覆される。これに敗れれば当然強敵と戦う機会が失われてしまう。どうやら前哨戦だと思って楽しむ余裕など無さそうだ。

 さて、どうしたものか。

 俺の思惑など差し置いて話は決定の方向に進んでいく。

 

「代表戦は今週の土曜日の放課後。なので各人準備をしておいてくれ」

「おうよ!」

「了解した」

「え、ええぇ! ど、どうしよう……」

「……」

「八代? 聞いてたか?」

「……はい。聞いてました」

「おぉ? 聞いてたか、良かった。それにしてもいつもに増して暗いな。どうした? 流石のお前もバトルロイヤルは自信がないか?」

 

 担任の教師から心配とも挑発とも取れる言葉を投げかけられた。

 元々学校での体裁など気にしていない身の上。ここでバトルロイヤルの案を真っ向から突っぱねれば代表の座を得られる可能性はある。だがそれをすれば暗にバトルロイヤルに勝てないと認めることになる。

 それにそもそも挑まれたデュエルに背を向けるという選択はあり得ない。故に俺の答えは決まっていた。

 

「いえ。どんな状況でも相手のライフを先に奪いきる。それが俺のデュエルです。バトルロイヤルでもやることは変わりません」

「ははっ、お前らしいな」

「呵々っ! 言ってくれるじゃねぇか!」

「良いぞ、戦王。それでこそ挑み甲斐があるというものだ!」

 

 俺の遠回しな勝利宣言にギラギラと闘志を滾らせた二人の視線がこちらに向けられる。二人の気合は十分。これは本番で心踊るデュエルができると期待しよう。

 

「ふむ。皆もそれで良いか?」

「「「はーい!!」」」

「あ、あの……」

「よし、それじゃあHR終了の号令を!」

「起立っ! 礼!」

「「「さようなら!!」」」

 

 原の号令で挨拶が終わるとHRが終了になった。

 クラスメイト達は椅子を机に上げ掃除当番の者以外は教室を出始める。

 

「け、結局私も参加になってしまいました……」

 

 こちらを向いたサイレント・マジシャンの表情は暗い。そもそも声の小さいサイレント・マジシャンは何というか……不憫だった。

 まぁ帰りにお汁粉でも買って励まそう。

 そんなことを考えながら教室を出ようとした時だった。

 

「八代君。ちょっと良い?」

 

 珍しいことにサイレント・マジシャン以外で俺を呼び止める声がしたのは。

 声の方をパッと振り返ると、しかし声をかけたと思しき人はいなかった。

 

「ここよ! 下!」

 

 顔を下げるとそこにいたのは原だった。

 まともに向き合って見ると頭一つと半分くらい身長の開きがある。今まで気付かなかったが随分と小柄だったようだ。

 

「原か。なんだ?」

「はぁ、良かった。覚えててくれたのね。それに免じてさっきのチビ扱いはなかった事にしてあげる。聞きたいことがあるの。二人で話せるかしら?」

「……? 構わないが」

 

 サイレント・マジシャンに少し外すとだけ伝え、原の後に続き教室を出た。珍しい組み合わせに周りから不思議なものを見るような目を向けられる。それは俺も同じだ。

 深緑のポニーテールが揺れる背中を追う最中、原に話しかけられた理由を考えていたが特に思い当たる節はない。

「ここで良いか」と小さく呟く原に連れてこられた場所は人が居ない廊下の端だった。原はこちらに振り向くなり真っ直ぐと俺の目を見て口を開いた。

 

「単刀直入に聞くわ。八代君って山背さんと付き合ってるの?」

「っ?!! ど、どういうことだ?」

「どういうこともないわよ。そのままの意味で」

 

 そう言う原はからかい半分という様子ではない。眼差しは至って真剣なものだった。

 突然の質問に少々動揺してしまったが俺とサイレント・マジシャンこと山背静音が付き合っているか、それに対する答えは決まっていた。

 

「……そんな事実は無いな」

「そう……」

 

 俺の答えに原は期待外れだったのか俯いた。

 当然いきなりそんなことを聞かれた理由が気になった。

 

「なぜそんなことを思ったんだ?」

「なぜって、結構噂になってるのよ? 普段一緒に帰ってるし。それに一昨日だってあんなに必死に探してたから」

「あー……なるほど」

 

 一昨日の事を思い出す。確かに原とはサイレント・マジシャンを探している途中に出会っていたな。だがその後の出来事が色々と衝撃的過ぎてすっかり忘れていた。周りからの目のことを何も考えていなかったが、言われてみればそう見られても不思議ではないことだ。一緒にいるのが当たり前になっていたせいで気付かなかった。

 

「っていうか一昨日の探してたのは何だったのよ。あの後見つかったの?」

「ちょっとしたすれ違いだ。問題なく見つかった」

「ふーん。まぁ今日見てる限り山背さんも普通だったしね。良かったわ」

 

 その答えに安心したようで棘があった口調も少し穏やかになる。

 

「珍しいな」

「何が?」

「俺に話しかけてくるヤツがいるなんてな」

「それはこっちのセリフよ」

「ん?」

「私もあなたにまともに相手してもらえるとは思わなかったわ。前は話しかけるなオーラ全開だったのに。なんか変わった?」

「……さぁな」

「今更恍けてもダメよ。山背さんのおかげ?」

「な、なぜそうなる?!」

「だって山背さんだけじゃない? 八代君が話してて距離が近いの。正直付き合ってるって思ってたわ。でも付き合ってないんだとしたらどういう関係?」

「どういうって……そりゃぁ……」

 

 そこで言葉が詰まった。

 俺と彼女はどういう関係なんだ?

 

 当たり前のように一緒に生活してもう数年の時が過ぎている。

 だが恋人ではないし友人かと聞かれればそれも違う気がする。俺と彼女の関係を表す言葉をしばらく頭の中に浮かべてみたが、どれもしっくりこない。

 

「何? ありきたりな言葉でいうと友達以上恋人未満ってやつ?」

「……なんか違うな」

「そう? ふふっ、あなた達なんだか不思議な関係ね。まぁ良いわ。山背さんも待ってるだろうし、私の用はこれでおしまい。じゃあね」

「お、おう」

 

 それだけ言い残すと原は立ち去ってしまった。自分の言いたい事だけ言ったらそれで終わりとばかりに綺麗さっぱりといなくなる、まるで台風みたいなヤツだ。廊下の生徒に紛れ消えていく背中を見てそんな感想が浮かんだ。

 

「あいつとの関係か……」

 

 それからしばらくサイレント・マジシャンとの関係を考え立ち尽くしていた。

 

 

 

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——————

————

 

「……」

「……」

 

 気まずい……

 帰宅後、サイレント・マジシャンと二人きりの自室にはなんとも口を開き辛い空気が漂っていた。

 理由は簡単。昨日の今日で二人きりになると昨日のことをどうしても意識させられるからだ。それに俺の場合あの嵐のように去っていった原のこともあり、余計に意識をしてしまっている。

 サイレント・マジシャンの頬がほんのりと朱に染まって見えるのも、そして俺もまた赤くなっているのも決して気のせいではなく事実だろう。

 互いに話す切っ掛けを伺い視線が合う度に互いに顔を逸らす。そんなやり取りが5分は続いただろうか。

 こんな時に視線を遊ばせるものがあれば気を紛らわす事もできるのだろうが、生憎とこの部屋にはオシャレな小物なんて気の効いたものは存在しない。相変わらずすっからかんの本棚とデスクの上のちょこんと乗っているノートPC、椅子代わりに二人で腰掛けているベッド、カードが入ったジュラルミンケース、それだけだ。

 ちなみに以前購入した狭霧の載っている雑誌は引き出しに保管してある。流石に同居人の載った雑誌を本棚に堂々と置ける程、図太くはない。

 

「……」

「……」

 

 さて、そろそろこの沈黙をなんとかしよう。でないと気が保たない。現在進行形で心臓の鼓動の調子がおかしくなっている。

 しかし、いざ何かを言おうにも話題が咄嗟に思いつかない。

 

 何か、何か話題は無いか……

 

 けれどもそう考えれば考える程に思考は纏まらず何も思い浮かばない。焦りが心拍数を加速させ、思考を掻き乱す。この悪循環から脱却すべく、いや、早鐘を打つ心臓の不快感から逃れるために、何も思いつかぬままに口を開いた。

 

「あのさっ!」

「あ、あのっ!」

 

「「っ!?」」

 

 奇しくも同じタイミングで俺たちを声をかけていた。

 

「お、おう。さ、先に言えよ」

「い、いえ! ま、マスターからどうそ」

「……」

「……」

 

 そう互いに譲り合って再び長い沈黙に入ろうとしていた。

 だが、これは不味い。折角、会話のきっかけが生まれたというのにこのままではまたさっきと同じ状況に戻ってしまう。ここは無理にでも会話をつなげなければ。

 

「きょ……」

「……きょ?」

「きょ、今日は随分と、ひ、冷えるな?」

「……」

 

 途中、声が裏返ったせいで顔が急速に熱を帯びる。

 そして俺は一体何を言っているんだ?

 自分のコミュニケーション能力の低さを再認識した瞬間だった。

 しかしサイレント・マジシャンは俺の失態などなかったかのように、すかさず言葉を返してくれた。

 

「そ、そうですね! 天気予報によると当分は冷えるみたいですよ」

「あ、あぁ! そういや朝のニュースでやってたな!」

「はい!」

「……」

「……」

 

 が、サイレント・マジシャンのフォローも虚しくここでゲームオーバー。会話が途切れてしまった。

 けれどもまだチャンスはある。サイレント・マジシャンが切り出そうとした話題がまだ残っているのだから。このコンテニューに賭けるしかない!

 

「そ、それで? さっき何か言いかけてなかったか?」

「あ、あぁ! そうでした! え、えっと、きょ、きょ」

「きょ?」

「きょ、今日はずっと曇ってましたね!」

「……」

 

 今日は曇って、っていかん。考えていたら会話が途切れる。

 条件反射で言葉を返さねば。

 

「そ、そうだな! 明日もずっと曇りらしい。これも天気予報でやってた」

「あ、そうでしたね! 一緒にニュースで見ましたね!」

「そうそう!」

「……」

「……」

 

 まさかの連続ゲームオーバー。再び会話が途切れてしまった。

 でも今度は何も考える必要がなかった。

 

「「ぷっ」」

「くくくっ」

「ふふふっ」

 

 互いの顔を見て吹き出し笑い合う。

 どうやら俺もサイレント・マジシャンも同じような思考を辿っていたようだ。

 ひとしきり笑い合うとさっきまでの気苦労が嘘のように自然と言葉が続いた。

 

「あぁー、まさかお互い話題を何にも考えてなかったとはな」

「しかも咄嗟に出たのが二人とも天気のことだなんて、ふふっ。考えることは一緒みたいですね」

「どうやらそうみたいだな」

 

 一緒にいる時間が長いと思考回路も似通うらしい。そしてお互いのことが言葉にせずともなんとなく分かる。それは少し照れ臭いのと同時に居心地の良さを感じる。

 この関係を表す言葉はまだ思いつかないが、別に今はそれでいい気がする。

 なんだか意識し過ぎていたのがバカらしくなる程、自然に緊張がほぐれていった。

 

「さて、じゃあデッキ組むか。今回のバトルロイアルに向けて」

「あの、マスター。そのことなんですが」

「ん?」

「私はこのバトルロイヤル、マスターに勝利を捧げたいです。だから」

「待った」

 

 サイレント・マジシャンが言わんとすることは皆まで言わなくても分かる。だからこそ最初に言わねばならないことがある。

 

「確かにこのバトルロイヤルで俺は勝ち抜きたい。だがだからと言ってデッキをそれ用に二人合わせて作るのはフェアじゃない。それはできない」

「そう……ですよね。マスターならそう言うと思ってました」

 

 叱られた犬のように目に見えてシュンとした様子となるサイレント・マジシャン。

 

「けど、それは協力するのがダメって訳じゃない。確実にあいつらは俺を潰すまでは共闘するだろうしな」

「っ! じゃあバトルロイヤルでは全力でマスターのアシストをしますね!」

「お、おう」

 

 卓袱台越しにぐいと身を乗り出して来たサイレント・マジシャンに思わずたじろぐ。

 やはり華を咲かせたような笑顔が近づいてくると心臓が跳ね上がってしまう。

 

「じゃあちょっとデッキを組んできます!」

「おう」

 

 そう言い残して部屋から消えていくサイレント・マジシャンを部屋で見送った。

 

 デッキを示し合わせるのはなし。

 

 確かに俺はそう言ったが、そんなことをしなくてもそれと似た結果になるのは目に見えている。

 机のよく使うカード群に目をやる。そこには魔法使い族のカードが並ぶ。

 互いの普段使う種族が同じ。それもお互いにデュエルの手を知った仲だ。

 意識せずともデッキが合ってしまうのは必然のことだろう。

 

 

 

————————

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————

 

 

「七十九ッ………………、は、八十ッ…………」

 

 蛍光灯が照らす六畳間にきっかり十秒間隔でカウントする苦しそうな声が響く。それに追随するようにミシミシとフローリングが軋む音が繰り返される。それ以外の音が無いこの部屋では男の息遣いや水滴がポタポタと落ちる音さえもハッキリと存在を主張していた。

 水滴が繋がり水溜りを作り始めていた焦げ茶の床には片腕立て伏せをする鉄拳の姿が映り込む。裸の上半身には汗の水滴が無数に浮かび上がっていた。

 窓の表面が既に結露していることからも分かるが、籠った汗蒸気で室内の温度は外気と十度以上の開きがあるのだろう。そんな軽いサウナ状態となった部屋を気に留めることなく拳はトレーニングを続ける。

 

「まだまだ……へばらねぇぞ」

 

 拳が見上げる先には椅子に立てかけられたカードがあった。

 まるでそのカードに挑むように瞳に闘志を宿らせながら拳は腕立て伏せを続ける。

 

 コンコンッ、ガチャ

 

「兄貴ー、ご飯できたよーって暑っ! 汗臭っ! 何やってんの?!」

 

 そんな男の自己鍛錬する部屋に押し入ってきた美少女。

 少女はこの部屋のドアを開けるなり鼻をつまんで不快そうに表情を歪める。堪え切れないと言うようにもう片方の手に持った携帯で鼻元を仰ぐとそれに合わせて腰まで伸びた髪が揺れる。

 

「刀か。見りゃわかんだろ、筋トレだ」

 

 鉄刀。

 拳の妹でアカデミアの中等科に通う三年生。例にも漏れず片時も携帯を手放せない現代っ子だ。

 兄と同じ茶髪だが癖毛は遺伝しなかったようで、ストレートヘアは重力に逆らうことなくまっすぐ流れている。まだ十代半ばで幼さは残るが、釣り目で整った顔立ちは将来美人になるだろうという説得力があった。

 しかし自宅故、上下赤のジャージにノーメイクという完全にオフの格好をしているせいで色気の欠片も感じられない。いや、ジャージの上からは発展途中の体の起伏が見て取れるのが最後の色気の防壁か。

 そこそこモテると言うのが本人の談なのだが、拳はいつもオフの格好しか見ていないためそう言う妹を一笑に付している。

 

「換気ぐらいしなよ! 暑苦しくてしょうがない」

「無理だ。窓開けると寒い」

 

 そう言って話を聞かずに筋トレを続ける兄を見てため息一つ。

 が、その後は特に何も言わず携帯を弄るのに戻る。このまま兄の筋トレが終わるのを待つようだ。

 しかしその兄の筋トレはなかなか終わる気配を見せない。流行りの携帯アプリのゲームのステージを2、3クリアした辺りで流石に時間を潰すのに飽きたらしく、携帯の画面から僅かに目を外し兄の様子を確認する。

 

「……いつ終わんの?」

「まだ、かかる」

 

 言葉に棘のある妹の問いなど全く気にかけることなく拳は腕立てを続ける。

 そんな兄の様子に腹を立てたのか、刀は無言で近づくとゲシゲシ背中に蹴りを入れ始めた。しかし視線はまた携帯の画面に戻されている。今度はメールの確認のようだ。

 

「こらっ、蹴るな揺らすな。蹴るくらいなら乗れ」

「えぇー、やだよ。そんな汗ビッショな背中に乗るなんて。絶対ジャージに染みちゃうじゃん。まぁ、でもちょっと踏むだけならしてあげる」

 

 刀は片腕立て伏せをする拳の背中に白のソックスに包まれた片足を乗せるとグリグリと踏みつける。ソックス越しに拳の体温と汗が染みこむのを感じ少し眉を顰めたが、視線は相変わらず携帯の画面に向いたままだ。

 そんな状態でも拳は先程までと変わらないペースで腕立て伏せを続ける。

 

「だから踏みながら揺らすなって。それに体重かけてるのかそれで? あんま変わんないぞ?」

「注文多いなぁ。じゃあ、これでどう? ふんっ!」

 

 携帯から視線を外し拳の背に乗せていた足に体重をかける。しかし足の裏に返ってきたのは岩を押しているかのような感触だった。ごつごつとした背中をいくら押そうとも拳の体は微動だにしない。多少ムキになって押しても結果は変わらなかった。

 

「……ダメだな。全然変わってない。ちょっと背中に立ってみろ」

「兄貴ってホント筋肉バカだね。わかったよ。これでいい?」

 

 刀が背中の上に乗ったのを確認すると拳は再び上下運動を開始した。ペースは変わらず五秒かけて腕が伸びきるまで体を持ち上げ、五秒かけて顎が床に着くまで上体を沈める。 

 初めはメールのやり取りに戻っていた刀だが、やがてエレベーターに乗っているかのように揺れずに上下移動を繰り返す拳に関心が向いた。

 

「おぉーおぉー! 全然揺れない。ちょっと感動したわ」

「……お前、ちゃんと飯食ってんのか?」

「えっ、なんで?」

「軽過ぎだろ。お前、別に痩せてんだから変なダイエットとかすんじゃねぇぞ?」

「……」

 

 言葉の調子こそ軽いがそこには妹を気遣う兄らしさが垣間見える。これが妹を背中に乗せたまま腕立てをする兄という構図でなければ恰好がついただろう。

 刀がどんな表情をしているのか腕立て伏せを続ける拳にはわからない。わかるのはその言葉を受け止めて確かな間が生まれていた事だけだった。

 

「うるせぇ、っよ! ふんっ! 余計なお世話だっ、つーのっ!」

「おぉ、スクワットか。それ良いな。続けろ」

 

 自分の感情を隠すためか、拳の体により負荷がかかるようにスクワットを始める。だが拳はというとそれを嫌がる気配は無く、むしろ腕立て伏せで体が沈むのに合わせてスクワットをするのがお気に召したのか、口調。

 それからさらに数十回の腕立て伏せをすると、ようやく拳はトレーニングを終え床にうつ伏せで倒れこむ。

 

「ふぅ、終わったぁ。ありがとな、刀」

「はぁ、はぁ。別にいいけど」

 

 何の気なしに返事をする刀だが、途中からスクワットを始めた自分よりもずっと前から腕立てを続けていた拳の呼吸が乱れていないことに理不尽さを覚えていた。そのせめてもの当て付けなのか刀は拳の背中の上から退く気配を見せない。

 

「……ねぇ」

「なんだ?」

「明日、大事なデュエルなの?」

「……そうだ」

「勝てるの?」

「勝つ」

「あっそ……」

 

 大事なデュエルの前日は必ず体を苛め抜く兄の習慣、それを知る妹だからこその問い。短いやり取りでの拳の受け答えに素っ気なく返事をしながら刀は察した。”勝てる?”と言う問いに肯定ではなく”勝つ”とだけ返ってきた意味を。

 

「まぁ見には行かないけど応援してあげる。一応妹だし」

「そっか」

「じゃ。服着たら降りてきてね」

 

 それだけ言うとようやく拳の背中の上からぴょんと飛び降りる刀。

 そのまま部屋を出ようとする刀の背中に拳はふと思い出したように声をかける。

 

「あぁ、刀。言い忘れてた」

「ん?」

「明日のデュエル、軍曹も出るぞ」

「……」

 

 その一言で刀はピタリと動きを止めた。そしてスタスタと無言のまま起き上がった拳のところまで戻ると……

 

「なんでそういうこと早く言わないのバカ兄貴っ!」

「痛って! どつくなよ! こっちはわざわざ教えてやったってのに!」

「うるさい! 女の子には準備ってもんがあんの! あぁもう最悪! そうなら美容院行って来ればよかった!」

 

 バタンと閉められる扉の音で刀の機嫌の悪さが伺える。部屋を飛び出した刀の背中を見送ると、拳は「教えても殴るのかよ」と一人ごちるのだった。

 

 

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 モニターの明かりのみが光源となっている薄暗い部屋の中、一人の男がその前でデュエルディスクを構える。

 

「これで我々の勝利だ」

 

 モニターに映る映像をメガネ越しに眺めながら大鑑はそう宣言した。

 直後、モニターに映し出される黄色い装甲を纏った機械仕掛けの竜が砲撃によって破壊され、相手のライフポイントが0になった。その後青色の文字で画面に大きく表示される”Winner”の文字。

 それを確認した大はふぅっと軽く息を漏らす。

 

「今日一番の相手だったな。こちらのカードの効果を知らなかったのか、時折戦術に誤ちがあったとは言え、それを覆すが如く思いっきりのいい戦術。最後の追い込みは危なかった。これでまだノーマルランクとは、末恐ろしいヤツだ」

『そうですね。この実力なら1ヶ月以内にカッパーランクまで上がってくるでしょう』

 

 無機質な女性の機械音声が予測を伝える。市販の音声ガイドシステムを大自身が弄ったためその受け答えはより柔軟なものだ。

 

「1ヶ月でカッパーか。それは少し早すぎやしないか』

『いえ。相手のここ1ヶ月での対戦履歴を見るとアクセス頻度が1日5時間以上。十分に可能かと思われます』

「1日5時間か。それは随分とやり込んでるな」

 

 デュエルディスクをネットに繋ぎ世界中のデュエリストとのデュエルを可能にしたGlobal Dueling System、通称GDSではレート制が採用されており、上位1%までをゴールド、10%までをシルバー、30%までをカッパー、60%までをブロンズ、それ以下をノーマルランクとしている。

 大はその中でもシルバーランクに位置する上位ランカー。レート戦ならば近いレートのデュエリストと対戦が組まれるので、ランクが三つも離れたノーマルランクとの対戦などまずありえない。それが実現したのはレートの変動が行われないランダムマッチでのデュエルだったためだ。

 

 ピョコン!

 

 お知らせ音が鳴ると同時にモニターに映るチャット画面に新規のメッセージが届いたアイコンが点く。

 

『ジャスティス・マシーン・ヒーローさんから新しいメッセージが一件届いています』

 

 『ジャスティス・マシーン・ヒーロー』というまるで小学生が考えたかのようなハンドルネームに、大は初めて見たときクスリと笑ってしまったことを思い出す。

 そんな相手からはてさて一体どんなメッセージが届いたのか、期待半分不安半分でメッセージを開く。

 

【対戦ありがとうございました! 色々と勉強になりました! またデュエルして下さい!】

 

「ほう」

 

 開いたメッセージ画面に映し出された文章。そこに綴られていたのは感謝の思いと向上心溢れる素直な思いだった。ハンドルネームといいこの文章といい対戦相手は本当に小学生なのかもしれないと大は思い始めていた。

 

【対戦ありがとうございました。ログインしているときはいつでも誘って下さい】

 

とは言え憶測で相手を軽んじ礼節を欠くのはマナー違反。それに好感の持てる相手だったので、フレンドコードを続けて送信した。数秒後、新規フレンド登録のアナウンスとともにメッセージが届く。

 

【フレンドコードありがとうございます! 初めてのフレンドです!! これからよろしくお願いします!】

 

「ふっ」

 

 なんとも初々しい返信だ。思わず笑みが浮かんだ。

 ただデュエルへのひたむきな情熱を感じるこの相手はいずれ強くなる、そんな予感がした。

 

「接続を切ってくれ」 

『了解しました』

 

 接続が切られたことでデュエルディスクも連動して電源が落ちる。

 

『準備はできましたか?』

「あぁ。試したいことは全て試した。今俺にできる最高のデッキを組んだつもりだ」

 

 そう言い切った大はヘッドセットを外すと部屋の明かりを消し、静かに眠りについていく。

 

 

 

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——————

————

 

 土曜の代表戦。

 アルカディア・ムーブメントからの呼び出しがあったりとこの日を迎えるまでに随分と濃い時間を過ごしたように感じる。

 対外代表決定バトルロイヤルの会場となったのはデュエル場A。

 去年に行われた学年混合デュエルで俺と十六夜が初めて会った場所だ。ここは大きなデュエルリングが一つセンターにあり、それを囲むように客席が配置されている。客席のキャパシティは1000人。最新のデュエル設備が整えられており、卒業代表デュエルなどの学校行事や対外向けに行われるデュエルはここで行われる。天上院明日香とのデュエルもここで行われるとの事だ。

 

「広いですね」

「あぁ。まさか代表決定戦くらいでここの使用が許可されるとはな」

 

 サイレント・マジシャンと共に東側の入り口から入場した俺たちは客席をぐるりと視界に収める。まるで三流のアマチュアリーグの試合のように客席はスカスカだ。それは授業のコマを一つ使ってのデュエルのため、他のクラスは授業中でありこのデュエルを見ているのは俺たちのクラスメイトのみだからである。

 いや、ちらほらと見慣れない顔もあるようだ。中等科と思しき何人かの生徒や職員室でも見た事の無い大人もデュエル場に視線を注いでいる。中等科の日程は分からないが、恐らく土曜の6限に位置する授業はないのだろう。外部からわざわざ見に来る人がいたのは予想外だが、確か申請をすれば学内のデュエルを見学できたはずだ。プロでもない学生のデュエルをわざわざ平日に見に来るとは酔狂なものである。

 尚、観客のクラスメイトはこのデュエルをただ見ていれば良い訳ではなく、分析レポートを翌週までの課題として出されているあたり、このデュエルが授業の一貫である事を思い出させる。そのためクラスメイトのこちらを食い入るように見る視線が嫌というほど感じられるのには辟易するのだが。

 

「とうとうこの日が来たであるな!」

「サシじゃねぇのが唯一気に食わねぇところだが……今日は派手にやろうぜ!」

 

 デュエル場に上がると大と鉄の二人が熱い闘志を迸らせ俺たちを待っていた。

 自然と口角が上がるのが分かる。

 

「あぁ、望む所だ」

「っ! ふふっ」

 

 デュエルディスクが熱い。相手の闘志に当てられそれに呼応するかのようにデッキに宿るカードの魂から熱が伝わってくる。

 俺の内心を察したのかサイレント・マジシャンは隣で笑みを零していた。

 

「最後にルールを確認だ。ルールはバトルロイヤル形式。1ターン目の攻撃は禁止。優先権はターンプレイヤーからターン順に回ってくるものとする。良いな?」

「了解」

「おう!」

「はいっ!」

「あぁ」

「よし。では位置に着け」

 

 担任によるデュエルの最後の確認が済むと、それぞれはデュエル場の四方に移動する。

 鉄、大にサイレント・マジシャン、どの顔一つとっても十分な気力を感じさせる良い顔つきだ。

 そして互いの呼吸が一つになった瞬間、俺たちは同時にデュエルディスクを起動させた。

 

「「「「デュエルッ!!!!」」」」

 

 四人のデュエリストの声が重なりデュエル場に木霊する。バトルロイヤルの幕開けだ。

 

「先行は俺だ。ドロー!」

 

 一番手は大。

 順番は次にサイレント・マジシャン、三番手に鉄、そして最後に俺だとデュエルディスクに示される。

 正直このバトルロイヤルルールにおいて最後と言うのは非常に不利だ。理由は単純、先にターンを迎えたプレイヤーの妨害札が盤面に揃った状態で最初のターンを迎えなければならないからだ。

 そして大と鉄は俺を間違いなく狙ってくる。このデュエルの苦戦は必至だろう。

 だがそれを楽しみにしている自分もいる。さて、大と鉄はどのようなデュエルを見せてくれるのか。お手並み拝見といこう。

 

「手札の『始原の帝王』を墓地に送り魔法カード『汎神の帝王』を発動。このカードは手札の“帝王”と名のつく魔法かトラップカードを墓地に送ることで発動できる。そしてデッキからカードを2枚ドローする」

「っ!」

 

 “帝”デッキか?

 大のスタートのカードで瞬時にデッキテーマが思い浮かぶ。同時にこの予想が当たってるとするならば、と背筋に寒いものが走る。

 “帝”デッキの純粋なデッキパワーだけを見ればクロウの使う“BF”よりも上。一対一でも苦戦は確実だと言うのに、バトルロイヤルでさらにもう一人が追加されて攻められたら流石に不味い。

 俺の不安を他所に大は更にアドバンテージを稼ぎにくる。

 

「そしてさらに墓地の『汎神の帝王』を除外し効果を発動する。デッキから“帝王”魔法・トラップカードを3枚相手に見せ、相手はその中から1枚を選ぶ。その相手が選んだカードを自分お手札に加え、残りはデッキに戻す。私が選ぶのはこの3枚だ。さぁ山背さん。選びたまえ」

 

 そう言って大が見せた3枚のカードは全て同じカード、『進撃の帝王』だった。

 

「えぇっと、じゃあ私から見て一番右で……?」

「あい分かった。ならばこれ以外はデッキに戻そう」

 

 それに戸惑いながらも律儀に応じるあたりサイレント・マジシャンらしい。そして然も相手が選んだかのように振る舞う大の白々しい振る舞いもまた堂に入ったものだ。

 

「なぁ軍曹、それって選ぶ意味ねぇんじゃ?」

「ふっ、まぁそう言ってくれるな。これも様式美と言うヤツだ」

 

 そう鉄の尤もなツッコミも大は涼しい顔で受け流してみせる。

 だがそんなやり取りよりも俺は大が手札に加えたカードに意識を向けていた。

 どうにも『進撃の帝王』を手札に加えた事が頭に引っかかる。と言うのも“帝”デッキにおいて『進撃の帝王』を3枚積む事はまずない。『進撃の帝王』を3枚積む必要があるデッキとなると、それは別のデッキと考えた方が自然だ。しかしパッと『進撃の帝王』を使用するデッキが思いつかない。

 そう考えあぐねていると、その答えは直ぐに明らかになった。

 

「このカードは自分の場にモンスターが存在しない場合リリースなしで召喚できる! 『巨大戦艦ビック・コアMk-Ⅱ』、発艦せよ!」

 

 大の真上の空間に亀裂が奔る。

 次元の壁を突き破り場に現れたのは巨大なロケットだった。先端は赤、ベースは淡いメタリックブルーの色合いのロケットは左右に割れると、その中から幾つもの大型レーザー砲が付けられた船体が露となる。左右に分かれたロケット部分を腕に見立てるなら形状はトライデントのようだ。また船体の中央部には灰色の球体が三つ取り付けられていた。

 

 

巨大戦艦ビック・コアMk-Ⅱ

ATK2400  DEF1100

 

 

 なるほど“巨大戦艦”使いとは、『進撃の帝王』を積む理由に納得がいくと同時にまた癖の強いテーマを使うものだと感心した。戦った経験は無いが能力がピーキーなため、それらの特性は全て記憶に残っている。

 “巨大戦艦”シリーズは戦闘破壊耐性を持つ上級モンスターだが、自身に乗ったカウンターが無い状態で戦闘を行うと戦闘後破壊されてしまうのが共通効果である。

 展開力も乏しく個々の戦闘能力もパッとしなければ効果破壊耐性も無い。頼みの戦闘破壊耐性もカウンターが乗っていなければ自壊してしまう欠陥だらけのテーマだったため登場当初の評価は散々なものだった。

 しかし『進撃の帝王』の出現でデュエリストの評価は見直される事になる。アドバンス召喚したモンスターに効果破壊耐性を持たせるこのカードにより“巨大戦艦”のネックだったカウンターを失った後の自壊が無くなったのだ。さらにアドバンス召喚したモンスターは効果対象にもならなくなるため、『進撃の帝王』がある状態の“巨大戦艦”達は戦闘、効果で破壊されず、効果対象にもならないと言う圧倒的な耐性を持つ事になる。

 無論、『進撃の帝王』さえ破壊してしまえば耐性を打ち消す事は出来るが、そう都合よく『進撃の帝王』を除去するカードが来るとは限らない。事実、俺の手札に『進撃の帝王』を破壊するカードはない。

 布陣を整えられたら崩すのは苦労しそうだ。

 

「カードを2枚セットしターンエンドだ」

 

 セットカードは2枚か。妨害の可能性があるセットカード2枚は気持ち的によろしいものではない。初手伏せのオーソドックスなラインだろう。

 これから鉄がさらにカードを仕掛けてくると思うと気分が重い。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 そんな陰鬱な気分も彼女の声を聞いた途端に吹き飛んだ。どうやら彼女はこのデュエルの清涼剤のようだ。

 ふと、彼女のデュエルを新鮮に感じたのは、アカデミアの制服を着てのデュエルを見るのが初めてだからか。いや、初めて見ると言うのは語弊がある。アカデミアでの彼女のデュエルを傍目で見ることはあっても、こうして一部始終を見ることのできる機会はなかったのだ。

 大や鉄も同じようで、興味深げに彼女のターンを見入っていた。

 

「魔法カード『儀式の下準備』を発動。デッキから儀式魔法カードを1枚選び、さらにその儀式魔法カードにカード名が記された儀式モンスター1体を自分のデッキ・墓地から選び、その2枚を手札に加えます」

「ここだ。速攻魔法『相乗り』を発動。相手がドロー以外でカードを手札に加えた時、カードを1枚ドローする」

「くっ、私が手札に加えるのは『カオス-黒魔術の儀式』と『マジシャン・オブ・ブラックカオス』の2枚です!」

「『マジシャン・オブ・ブラックカオス』、だと? っと、カードを1枚ドローする」

「おぉ、マジかよ」

 

 『マジシャン・オブ・ブラックカオス』が手札に加わるのを見た大と鉄の表情には驚きが見られた。かく言う俺もサイレント・マジシャンのデッキに『マジシャン・オブ・ブラックカオス』が投入された型になっていることに少なからず驚いていた。彼女のデッキの全貌は分からないが、前に対戦したときとは違う構築になっているのは確かだろう。このターンでそれがどれだけ明らかになるか、気になる所だ。

 

「手札のレベル8モンスター1体、私は『マジシャン・オブ・ブラックカオス』を捨て、魔法カード『トレード・イン』を発動。デッキから2枚ドローします」

 

 が、このターン登場かと思われた『マジシャン・オブ・ブラックカオス』はあっさり手札コストとなって消えてしまった。手札に儀式のリリース用のモンスターがいなかったのだろうか。

 

「『魔道化リジョン』を召喚」

 

 ふらりといつの間にかサイレント・マジシャンの前に赤い尖り帽を被った赤鼻の道化が立っていた。赤い球状の腰周りから伸びる胴や脚は黄色に統一され、手首や肩、膝には緑色の球体が付けられた衣装は如何にもサーカスに登場しそうな姿だ。『魔道化リジョン』は会場全体を見渡すと芝居がかった様子で恭しく一礼してみせる。

 

 

魔道化リジョン

ATK1300  DEF1500

 

 

「『魔道化リジョン』がモンスターゾーンに存在する限り、自分は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズに魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示でアドバンス召喚できます。私は『魔道化リジョン』をリリースし『D・D・M』をアドバンス召喚」

 

 しかし登場間もなくして『魔道化リジョン』もフィールドから退場となった。『魔道化リジョン』の体が光の球に変化すると、その球が変形し新たな姿となり場に顕現する。

 現れたのは頭から黒のローブですっぽり覆われた人だった。その上から茶色の太いベルトが体を拘束するように巻き付けられ、その中心には青い宝玉が埋め込まれている。正面からはベルトは丁度アスタリスクを横倒しにしたように見える。

 その拘束しているベルトの下を通して覗かせる両腕には銀色の手甲が付けられており、そこに血管のように張り巡らされた赤いラインが刻まれている。お陰でそれ自体が生身の腕なのではないかと錯覚させられる。

 

 

D・D・M

ATK1700  DEF1500

 

 

「そして『魔道化リジョン』がフィールドから墓地へ送られた場合に効果を発動。自分のデッキ・墓地から魔法使い族の通常モンスター1体を選んで手札に加えます。私が手札に加えるのは『ブラック・マジシャン』」

「ぶ、『ブラック・マジシャン』?!」

「まさか山背さん、『ブラック・マジシャン』使いか!?」

 

 驚いたのは大と鉄だけではない。観客のクラスメイトもざわめいていた。

 この世界では『ブラック・マジシャン』がレアカードであることを改めて認識させられる。

 

「あ、『相乗り』の効果でカードを1枚ドローする」

 

 未だ動揺が抜けない大だが、それでもデュエルの処理を続ける。

 そんなざわめきを気に留める事無くサイレント・マジシャンは次の行動に移っていく。

 

「永続魔法『魂吸収』を発動。このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、1枚につき500ライフを回復します」

 

 『魂吸収』は相手のデッキが除外系だった時を想定していれたのだろうか。大は次元系の型のデッキでは無いようだが、“帝”関係のカードは除外をコストとするカードが多い。それが積み重なれば戦況に影響するくらいのライフアドバンテージを稼げる可能性はあるな。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を除外します。私は『ブラック・マジシャン』を除外。さらにカードが除外された事で『魂吸収』の効果でライフを回復します」

 

 

山背LP4000→4500

 

 

 そんな事を思っていれば早速自分でライフを稼いできたか。

 何のために『D・D・M』を出してきたのかと思っていたが、なるほど、このタイミングでの『ブラック・マジシャン』の除外は上手いな。

 

「『D・D・M』の効果発動。手札の魔法カードを1枚捨てます。私が捨てるのは『カオス-黒魔術の儀式』。そしてゲームから除外された自分が持ち主のモンスター1体を特殊召喚します。来て、『ブラック・マジシャン』!」

 

 『D・D・M』の腕が光り輝くと背後の空間が歪んでいく。光が捩じ曲げられる様子はまるで透明な水飴を通しているかのようだ。

 その空間の歪みを通して現れたのは紫色の魔導服を身に纏った長身の男。青白い肌をした眉目秀麗の魔術師は異次元から戦場に戻るとゆっくりと瞼を持ち上げる。その瞳にはこの度の敵が映し出されていた。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500  DEF2100

 

 

「うぉぉぉ!! すげぇ! 本物の『ブラック・マジシャン』だ!」

「まさかデュエルで相見える事が出来るとは、感慨深いものがあるな!」

 

 鉄や大だけでなく会場も『ブラック・マジシャン』の登場でドッと沸き立つ。

 そんな熱気の中、俺はサイレント・マジシャンのここまでの試合運びに感心していた。

 最初の『儀式の下準備』でサーチしたが『マジシャン・オブ・ブラックカオス』が『トレード・イン』のコストで捨てられたため、手札で腐っていたであろう『カオス-黒魔術の儀式』を『D・D・M』のコストで捨てつつ、『ブラック・マジシャン』の召喚に繋げるとは綺麗な流れだ。その『ブラック・マジシャン』の除外も『闇の誘惑』によるもので動きに無駄が無い。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』を『D・D・M』に装備。攻撃力を500ポイントアップさせます」

 

 

D・D・M

ATK1700→2200

 

 

「さらに『ワンダー・ワンド』の効果発動。このカードと装備対象モンスターを墓地に送りデッキからカードを2枚ドローします」

 

 これでサイレント・マジシャンの手札は5枚。発動した『魂吸収』のことを考慮すれば『ブラック・マジシャン』を実質手札消費無しで出したと言うことになる。見事にデッキを回すものだ。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドです」

 

 サイレント・マジシャンのスタートは良いものだ。ただこのバトルロイヤルにおいては少々守りが薄い。尤も他の二人の矛先が俺に向いている以上は安全だろうが。

 

「『ブラック・マジシャン』使いとは期待させてくれるじゃねぇか。俺のターン、ドロー!」

 

 サイレント・マジシャンの『ブラック・マジシャン』を見て一層やる気を見せる鉄。大の“巨大戦艦”デッキに続いて果たして何を見せてくれるのか?

 

「俺は手札を5枚捨て、永続魔法『守護神の宝札』を発動!」

「「「!?」」」

 

 その瞬間、俺たちは言葉を失い、会場もまた静まり返る。

 

「そしてその効果により俺はカードを2枚ドローする」

 

 一見、尋常ではないアドバンテージを失っているだけにしか見えないカードだが、維持すれば通常ドローの枚数を2枚に増やせる効果を持つ。

 しかしそれは維持すればの話だ。破壊されれば当然その効力は失われるし、2枚のドローがあるとはいえ未知の2枚のカードにデュエルの全てを委ねればならない大博打カードに変わりはない。

 発動コストに手札5枚を要求されるため基本は初手以外で腐る事の多いカードのため、デッキに採用するにはリスクが大きい。

 

「番長よ、また随分と思い切ったカードを入れてきたな」

「おうよ。このデュエル、まず普通にやっていたら勝てねぇって思ってな。そしてツキの流れは俺にあるようだぜ! 墓地の5体のモンスターをデッキに戻し魔法カード『貪欲な壺』を発動! 墓地の『剣闘獣ラクエル』、『剣闘獣アンダル』、『剣闘獣エクイテ』、『スレイブタイガー』2枚をデッキに戻し、カードを2枚ドローする!」

 

 鉄は“剣闘獣”の使い手か。また良いテーマを使っているな。

 一時代を築き上げたテーマデッキでこれも能力は記憶済みだ。

 まず共通効果として戦闘を行うとデッキに戻り、他の“剣闘獣”を呼び出す能力を持つ。そして呼び出された“剣闘獣”はその時に個々の能力を発揮する。その状況に合わせた効果を持つ“剣闘獣”を引っ張り出すことで小回りの利く動きをするのが特徴だ。

 

「よしっ! 俺は『剣闘獣ラクエル』を召喚!」

 

 それは鉄の背後から堂々と歩いてきた。

 鉄よりも一回り大きい筋骨隆々の虎の獣人。グラディエーターらしく防具として白い骨格が通ったオレンジ色の兜、胸当て、手甲、すね当てを身に付けている。『剣闘獣ラクエル』の最大の武器は闘気と発達した両腕から繰り出される拳だ。肩から伸びる腕は丸太の如く太く、溢れる闘志は炎となり今も茶色い鬣を揺らしている。

 

 

剣闘獣ラクエル

ATK1800  DEF400

 

 

「カードを2枚セットしターンエンドだ!」

 

 こちらもカードを2枚セット。特に専用のカウンタートラップである『剣闘獣の戦車』には十分な警戒が必要だろう。“剣闘獣”が場にいることが発動条件だが、モンスター効果を無効にし破壊する効果は強力だ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 長くターンを待ったが、これでやっと俺のターンが回ってきた。

 大が、鉄が、サイレント・マジシャンが、そして観客が俺のこのターンの動きに注目している。注目を集めたからと言う訳ではないが、ここのターンはしっかり動かなければ。なにせ次のターンからは準備を終え各々が的のライフを削らんと自分のデッキを動かし始めるのだ。このターンでトロトロ準備をしているようではあっという間に押し切られてしまう。

 幸い初手としてはしっかり動けそうである。

 

「『王立魔法図書館』を守備表示で召喚」

 

 突如地面から生えてくる何台もの本棚。見上げても聳え立つ本棚のその最上段は見える事は無い。棚の並びに規則性は無く、それどころか魔術で制御されたそれらは自由に動き回る。

 

 

王立魔法図書館

ATK0  DEF2000

 

 

 まずは召喚に成功した。

 ここで妨害が来る事はないと踏んでいたのは正解だったようだ。しかし鉄と大のセットカード合わせて3枚には油断ならない。

 

「魔法カード『魔力の掌握』を発動。自分の場の魔力カウンターを乗せることのできるカードに魔力カウンターを一つ乗せる。俺は『王立魔法図書館』を選択。更に自分のデッキから『魔力の掌握』を手札に加える」

 

 『王立魔法図書館』の棚にずらりと並ぶ魔導書の背表紙が向く方向に緑色の魔力球が浮かぶ。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

「さらに『王立魔法図書館』は魔法カードが発動される度に魔力カウンターを一つ乗せる」

 

 さらに『王立魔法図書館』に浮かぶ緑色の魔力球が増える。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

 これで『王立魔法図書館』の効果発動までに必要な魔力カウンターまであと一つだ。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを一体除外する。俺は『見習い魔術師』を除外」

 

 『闇の誘惑』の発動により『王立魔法図書館』に魔力カウンターが最大まで補充された。この状況で手札がまだ5枚あるのが心強い。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

山背LP4500→5000

 

 

 そして『闇の誘惑』は良いカードを手札に呼び込んでくれた。

 大、鉄は特に何かを仕掛ける素振りを見せていない。これはいけるか?

 

「これにより『王立魔法図書館』には魔力カウンターが三つ溜まった。よって『王立魔法図書館』の効果を発動。自身に乗った三つの魔力カウンターを取り除き、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 『王立魔法図書館』内部に灯っていた三つの魔力球の明かりが俺のデュエルディスクに吸い込まれる。この効果に対するアクションは無かった証拠だ。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 懸念していた『剣闘獣の戦車』は発動されなかった。まぁ俺だったらこの盤面ではたとえ伏せていたとしても使わなかっただろう。まだカウンターを使う局面ではない。

 これにより手札は6枚。『王立魔法図書館』を召喚した分に使った手札を回収することに成功した。そしてこのドローも良い。

 

「ふぅ……」

 

 ただ問題はここからだ。

 今俺の手札には強力なカードがあるが、この発動に失敗すれば大きな損失を受ける。

 大のセットカードは1枚、鉄は2枚。発動を妨害される可能性は十分にある。本当なら相手のセットカードを剥がしてから使いたいところなのだが、無いものを強請った所で解決にはならない。

 俺は覚悟を決めてデュエルディスクにカードを差し込んだ。

 

「2000ライフを支払い俺の場のレベル4以下である『王立魔法図書館』を対象に魔法カード『同胞の絆』を発動。対象にしたモンスターと同じ種族、属性、レベルのカード名が異なるモンスター2体をデッキから特殊召喚する」

「「「っ!」」」

 

 

八代LP4000→2000

 

 

 コストとして俺のライフが丁度半分削られる。重いコストだが発動を無効にされることは無かった。

 ならば後はデッキからモンスターを呼ぶだけ!

 

「俺は『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃表示、『マジシャンズ・ヴァルキリア』を守備表示で特殊召喚する」

 

 『王立魔法図書館』の右に二つの魔方陣が展開される。白と金の魔方陣から姿を見せたのは『サイレント・マジシャンLV4』、『マジシャンズ・ヴァルキリア』。

 デュエルモンスターズ界で見た幼い姿のサイレント・ロリ・マジシャンはソリッドビジョンに憑依していないため表情が硬い。それを守るように一歩前に立つ『マジシャンズ・ヴァルキリア』の方が動きは柔らかいくらいだ。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア

ATK1600  DEF1800

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

「おうおう、一気にライフを2000も払うとは思いっきりが良いじゃねぇか!」

「序盤にライフを半減させるとは……果たして次ターン周回を凌ぎきれるか?」

「たかが2000のライフだ。何も問題ないな。それに無策な訳でもない。魔法カード『一時休戦』を発動」

「ほう、保険をかけていたか」

 

 大の言う通り『一時休戦』は保険のためのカード。お互いにカードを1枚ドローし、次の相手ターンの終了時までのあらゆるダメージを0にする。

 一見、相手がドローするだけの有利なカードに見えるが、それは違う。損失なしな上、こちらのタイミングで次の相手のターンの攻勢の芽を摘むことのできるのは、ゲームメイクの上では破格の効果だ。さらにバトルロイヤルではこんなこともできる。

 

「対象に選ぶのは山背。これにより俺と山背はカードを1枚ドローし、山背のターン終了時までお互いのダメージは0となる」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

攻撃力1000→1500

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

「くっ! つまり俺の次のターンは八代、山背さんにダメージは通せないと言うわけか」

「しかもちゃっかり手札を山背さんに渡してやがる……なるほど、そう言うことかよ」

「……卑怯と罵るか?」

 

 確かに言われた通り我ながらエゲツない手ではあると思う。裏で結託していたのが露見した呈となったわけだから。

 だがこの選択を俺は躊躇しない。綺麗事を並べて勝利を掴めるほどバトルロイヤルは甘くはないのだ。まぁ恨み言の一つや二つは聞いてやらないことはない。聞くだけになるのだが。

 だが返ってきた言葉は非常に気持ちの良いものだった。

 

「ふっ。いや、口が裂けても言えないな。こちらも番長とはお前らを倒してからやりあう腹積もりだったところだ」

「むしろシンプルでいいじゃねぇか。バトルロイヤルって程だが、実質は俺と軍曹、八代と山背さんのタッグマッチ。そう言うことだろ?」

 

 向けられたのは清々しい笑顔。まっすぐな闘志が伝わってきて俺の中の闘志がより盛り上がってくるのを感じる。

 

「ふふっ、私も楽しくなってきました」

「あぁ、俺もだよ。永続魔法『魔法族の結界』を発動」

 

 天が抜けた岩のドームの上空に巨大な魔方陣が浮かぶ。その青白い光は温かく心を落ち着かせてくれる。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

「これにより『王立魔法図書館』に再び魔力カウンターが三つ溜まった。『王立魔法図書館』の効果を使いデッキからカードを1枚ドローする」

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 これで手札は5枚。

 一ターンで場にモンスターを3体並べて『魔法族の結界』を張り、さらにこの手札を確保出来たのは大きい。少なくともこのバトルロイヤルで次のターン以降に備えるだけの札は揃った。

 

「カードを4枚セットしターンエンド」

「げっ、セットカード4枚かよ」

「流石は“戦王”。堅固な布陣だ……。俺のターン、ドロー」

「相手がドローした事により、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る。そしてその攻撃力は自身に乗った魔力カウンター1つにつき500ポイントアップする」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 1→2

攻撃力1500→2000

 

 

 さて、ここからがいよいよこのデュエルの本番だ。

 それぞれがバトルフェイズを行えるこのターンから本格的なライフの奪い合いが始まる。

 『一時休戦』でダメージはないとは言え、バトルでモンスターを失う可能性は十分ありうる訳だ。

 

「『天帝従騎イデア』を召喚」

「これはまた強力なカードを……」

 

 フルプレートメイルを着込んだ女性の騎士。銀をベースに煌びやかな金の装飾がなされたメイルからは高貴な印象を受ける。

 

 

天帝従騎イデア

ATK800  DEF1000

 

 

「『天帝従騎イデア』の召喚に成功した時、効果発動! デッキから『天帝従騎イデア』以外の攻撃力800、守備力1000のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。俺が出すのは『冥帝従騎エイドス』!」

 

 『天帝従騎イデア』の横に現れたのは漆黒の鎧兜を身に付けた武者。神々しいメイルを装着している女騎士と並んで見ると、黒々とした鬼の顔を模した兜を被った姿は禍々しさが引き立って映る。

 

 

冥帝従騎エイドス

ATK800  DEF1000

 

 

「『天帝従騎イデア』のこの効果を使ったターン、自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない制約を受ける。そして『冥帝従騎エイドス』の特殊召喚に成功した時、効果発動!  このターン、自分は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズにアドバンス召喚できる。俺は『天帝従騎イデア』と『冥帝従騎エイドス』をリリース!」

 

 2体のモンスター姿が薄くなりフィールドから消えていくと、デュエル場の上空がビリビリと震え始める。

 

「2体のモンスターをリリースということは……」

「最上級モンスターか」

 

 サイレント・マジシャンの視線が何も無い『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』の隣の虚空に釘付けになっている。

 まだ姿を現していないが俺の直感が告げていた。大は“巨大戦艦”デッキ使い。ならばここで出てくるのは“巨大戦艦”シリーズのモンスターの最上級モンスターである……

 

「そう、『巨大戦艦 カバード・コア』を召喚!」

 

 空間を突き破り現れたのは円盤形の巨大戦艦。詳しい形状は一つのリングに三つのV字型のピースを並べた形をしている。円盤の中央に収められた球に青白い光が灯ると、その銀色のボディ全体の光沢が鮮やかに照らし出される。

 

 

巨大戦艦 カバード・コア

ATK2500  DEF800

 

 

「『巨大戦艦 カバード・コア』の召喚時にカウンターを2つ置く」

 

 

巨大戦艦 カバード・コア

カウンター 0→2

 

 

 これでこの戦場での最高攻撃力は『ブラック・マジシャン』と並ぶ『巨大戦艦 カバード・コア』の二体の同率一位となった。

 

「『天帝従騎イデア』が墓地へ送られた場合、除外されている自分の「帝王」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。俺は『汎神の帝王』を手札に加える」

「くっ……」

 

 このターン大はアドバンス召喚をしたことで手札を2枚消費したと言うのに、『汎神の帝王』を回収した事で消費した分の手札をリカバリーできる。実質手札消費0で最上級モンスターである『巨大戦艦カバード・コア』を出すとは、サイレント・マジシャンといい見事なものだ。

 

「そして手札の『真源の帝王』を墓地に送り魔法カード『汎神の帝王』を発動! デッキからカードを2枚ドロー」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 2→3

ATK2000→2500

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

 このドローで『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力は『ブラック・マジシャン』、『巨大戦艦 カバード・コア』に並んだ。

 

「さらに墓地の『汎神の帝王』を除外し効果を発動する。俺が選ぶのはこの3枚だ」

 

 大がデッキから選んだのは2枚の『帝王の烈旋』と『始原の帝王』の1枚の3枚。カードの選び方を見るに大が手札に引き込みたいのは『帝王の烈旋』だろう。相手の場のモンスター1体を自分のアドバンス召喚のためにリリースできる速攻魔法の『帝王の烈旋』は確かに盤面をひっくり返す可能性を秘めた強力なカードだ。それこそ俺のデッキでそれに対抗できるのは相手の魔法効果を受けない『サイレント・マジシャンLV8』くらいか。

 この選択権を委ねられたのはサイレント・マジシャン。彼女は迷いなくカードを選んだ。

 

「私が選ぶのは『始源の帝王』です」

「流石に『帝王の烈旋』は加えさせてくれないか。良い読みだ」

 

 

山背LP5000→5500

 

 

「墓地の『始原の帝王』を除外し、墓地にある『真源の帝王』の効果発動。このカードは天使族、光属性、星5の攻撃力1000、守備力2400の通常モンスターとなり、モンスターゾーンに守備表示で特殊召喚する」

 

 

真源の帝王

ATK1000  DEF2400

 

 

山背LP5500→6000

 

 

「そして魔法カード『馬の骨の対価』を発動。場の効果モンスター以外を墓地に送りデッキからカードを2枚ドローする。俺が墓地に送るのはモンスターとなった『真源の帝王』」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 3→4

ATK2500→3000

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

「まだまだいくぞ。魔法カード『二重召喚』を発動。このターン通常召喚を2回まで行う事ができる」

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

「召喚権が増えた事で『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』をリリースし『巨大戦艦 テトラン』を守備表示で召喚」

 

 『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』の内側から光が爆ぜる。トライデントの先端のような形状をしていた『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』とは異なり、内側から現れた『巨大戦艦 テトラン』は凹凸の少ない正方形を少し円に近づけたような形をしていた。ボディ全体のカラーリングは中央に据えられた青白い光を放つ球に近づく程白っぽく、離れる程カッパー色がはっきりと見える。

 

 

巨大戦艦テトラン

ATK1800  DEF2300

 

 

「『巨大戦艦 テトラン』の召喚時にカウンターを3つ置く」

 

 

巨大戦艦 テトラン

カウンター 0→3

 

 

「……」

 

 表情は変えないように努めているがこれは少々部が悪い。

 『進撃の帝王』が無ければ仕掛けた『奈落の落とし穴』で処理できたのだが。1ターンに1度、自身に乗ったカウンターを使い魔法・トラップを除去する能力がこの曲面では辛い。下手なものを破壊されたら危ういな。

 

「『巨大戦艦 テトラン』の効果発動。このカードのカウンターを1つ取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。俺が破壊するのは八代! 俺から見てお前の一番右の伏せカードを破壊する!」

「おおっと! ここで俺も罠を発動だ!」

 

 大のテトランの効果に合わせて鉄が発動したカードは『裁きの天秤』。こいつはマズい。

 

「『裁きの天秤』は俺の手札、フィールドのカードの枚数の合計が、相手のフィールドのカードの枚数より少ない場合発動できるカード。そして俺はその差分だけデッキからカードをドローする。俺の手札は0で場には4枚のカードがある。そして八代! お前の場にはモンスターが3体と魔法、罠が5枚ある! よって俺はその差の4枚ドローする!!」

「……巫山戯た枚数のドローだな」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 4→5

ATK3000→3500

 

 

「よそ見をしている場合か八代!」

 

 『巨大戦艦 テトラン』の中央に位置する青白く輝くコアが明滅する。そしてそれが合図だった。

 

 

巨大戦艦 テトラン

カウンター 3→2

 

 

 テトランから鉄製の腕が四本飛び出す。それが左端の俺のセットカードに殺到した。ガラスを砕いたかのようなエフェクトで光の粒子となって消えた俺のカードが一瞬だけ露となる。

 

「くっ……」

「『奈落の落とし穴』か。良いカードを除去できたようだ。これで心置きなくこのカードが発動できる。永続トラップ『リビングデッドの呼び声』を発動! これにより墓地に眠る『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』を再び起動させる。そしてビック・コアMk-Ⅱは特殊召喚に成功した時、自身にカウンターを3つ置く」

 

 『リビングデッドの呼び声』により再びフィールドに戻ってきた『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』には三つのコアの明かりが灯った。『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』は巨大戦艦シリーズの中で唯一特殊召喚時にカウンターを乗せる効果を発動するカード。これでようやく本来の能力を発揮できると言う訳だ。

 

 

巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ

ATK2400  DEF1100

カウンター 0→3

 

 

 流れるような動きで大のフィールドには3体の巨大戦艦に並んだ。攻撃力こそ一線級ではないが、その内の2体は戦闘・効果破壊されず、効果対象にならない強力な耐性を持っている。大はこのバトルロイヤルで一番優位な布陣を築いた。

 

「戦力は整った! これより進軍を開始する! 『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』で『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

 『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』の六つの砲門が『マジシャンズ・ヴァルキリア』に向けられる。青白いエネルギーが充填されていくその光景を目に焼き付けながらも『マジシャンズ・ヴァルキリア』の背中からは微塵の恐れも感じない。それどころか一歩二歩と前に進むと、自ら『サイレント・マジシャンLV4』と『王立魔法図書館』の盾になるかのように『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』の前にその身を晒す。

 

「ふっ、その意気は良し。砲撃発射っ!!」

 

 大の宣言と同時に『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』から人一人を軽く飲み込めてしまう程の極太ビームが六本同時に放たれる。

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』が目の前に展開した緑の光を帯びた魔法障壁などこのままではチリ紙同然に消し飛ばされてしまうだろう。だが、こちらもただの攻撃に対抗する策を講じていないような温い守りではない。

 

「トラップ発動! 『ガガガシールド』。このカードは発動後、魔法使い族モンスターの装備カードとなる。そして装備されたモンスターは1ターンに2度まで破壊されない」

 

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』の前に体全体を隠せる程の大きさの赤い盾が現れる。

 瞬時に『マジシャンズ・ヴァルキリア』はそれの後ろに身を置くと、直後に青白い光が盾の前に殺到した。

 

「くっ……」

 

 強烈な光に目を焼かれないよう手で視界を覆う。視線を下に向けると色濃く伸びる盾の影だけがこの攻撃での彼女の無事を証明していた。

 

 光が収まると『サイレント・マジシャンLV4』の前に赤い盾を構えた『マジシャンズ・ヴァルキリア』が立ち堪えている姿が目に入る。今回の攻撃は乗り切れたようだ。

 

「ちっ! 流石に一筋縄ではいかないか! 攻撃を行った『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』は戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に自身に乗っているカウンターを1つ取り除かれる」

 

 

巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ

カウンター 3→2

 

 

 この状況。『ガガガシールド』を破壊する手立てが無ければ俺はこのターンを凌ぎきれるが……

 一瞬、最悪な予想をしたがそれは杞憂で終わった。

 

「これでこのターン八代の場を削る事は不可能か……ならば、目標変更! 『巨大戦艦カバード・コア』よ! 標的を山背さんの『ブラック・マジシャン』に設定せよ!」

「くっ! 『巨大戦艦 カバード・コア』は戦闘破壊耐性があるのを見越してか」

「その通り! 一方的に殲滅させてもらおう! 『巨大戦艦カバード・コア』で『ブラック・マジシャン』を攻撃!」

 

 『巨大戦艦 カバード・コア』の艦内から重い機械の駆動音が鳴り響く。ガコンガコンっと音をたて表に大量のミサイルポットが出現する。

 

「簡単にはやらせませんよ! その攻撃宣言時にトラップカードを発動します!」

「無駄だ! 『進撃の帝王』によりアドバンス召喚された我が艦隊は敵の効果対象にならずカード効果では破壊されん!」

 

 大の言葉尻を掻き消すように『巨大戦艦カバード・コア』の砲門から一斉に大量のミサイルが発射される。標的にされた『ブラック・マジシャン』はそれに対し己が魔術の集大成である紫黒の魔力弾を大量精製し、真っ向から力比べを挑んだ。

 ぶつかり合うミサイルと紫黒の魔力弾。一つ一つが空中で誘爆し、空間が引き裂かれんばかりの爆発音を轟かせ、その衝撃で次々にコロッセウムの岩が砕け、戦場に破壊を撒き散らしていく。

 互いに一歩も譲らない最上級モンスター同士の攻撃のせめぎ合い。それも同威力の衝突においてはその天秤がどちらかに傾く事は無い。ミサイルと魔力弾の衝突による爆発の範囲が徐々に広がり空間を埋め尽くしていく。

 

「うっ……!」

 

 一際大きな爆発に思わず手をかざした。『ブラック・マジシャン』と『巨大戦艦 カバード・コア』の姿が爆風の中に消えていく。

 

 サイレント・マジシャンが最後に何を発動したのか?

 

 それがこのバトルの結果を左右する事は間違いない。

 煙が晴れフィールドを見通せるようになってくると、まず大の『巨大戦艦 カバード・コア』の姿が浮かび上がってくる。その後ろに立つ大も当然健在だ。しかしその表情は怪訝なものだった。

 

「シルクハット……か」

「えぇ、あなたの攻撃宣言時、私はこのカードを発動していました」

 

 そんなサイレント・マジシャンの声が聞こえた時、立ち籠めていた煙が掻き消され彼女の場が露わとなる。大の言葉通りサイレント・マジシャンの場には『ブラック・マジシャン』が入れるほどの巨大なシルクハットが三つ並んでいた。その正面には謎かけを挑むかのようにデカデカと黄色いクエスチョンマークが書かれている。

 何が起きたのか。そのマジックの種明かしはサイレント・マジシャンの前で表になった1枚のカードにあった。

 

「私が発動した『マジカルシルクハット』によって『ブラック・マジシャン』はこの三つの中のどれかに隠されました。残り二つの中には『マジシャンズ・プロテクション』、『速攻魔力増幅器』が入っています。攻撃対象の数が変化したことで攻撃は巻き戻されます。さぁ、どうしますか?」

「くっ、涼しい顔で嫌な選択を強いてくれるじゃないか……」

 

 大の表情は厳しいものだ。それもそうだろう。この状況において大がどの選択をしようともサイレント・マジシャンが損失を被ることはないのだから。

 『マジカルシルクハット』の効果で場に出た『マジシャンズ・プロテクション』、『速攻魔力増幅器』はバトルフェイズ終了時に墓地に送られる。

 『マジシャンズ・プロテクション』にはフィールドから墓地に送られた場合、墓地の魔法使い族モンスターを特殊召喚する効果があるため、仮に運良く『ブラック・マジシャン』を攻撃できたとしても、その効果で『ブラック・マジシャン』を蘇生することができる。

 『マジシャンズ・プロテクション』を攻撃してしまえば、サイレント・マジシャンはさらに魔法使い族モンスターを展開できる。攻撃しない選択をしてもそれは同じだ。

 そして『速攻魔力増幅器』を攻撃した場合はさらにサイレント・マジシャンはデッキから速攻魔法を手札に加えることができる。

 ここはプレイヤーによってどう動くかが変わるところだろう。

 カードを発動した時点で何かしらの策を講じているとは思ったが、見事に躱したものだ。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。ここで引くという選択は当然ない。行くぞ! 『巨大戦艦カバード・コア』で俺から見て右端のシルクハットを攻撃!」

 

 迷いない攻撃宣言。

 再び『巨大戦艦カバード・コア』の砲門から噴射したミサイルはシルクハットを爆散させる。その様相は明らかなオーバーキルだ。

 爆炎の中、カードの破砕音が響く。果たして大が破壊したカードは……?

 

「破壊されたカードは……残念でしたね、『速攻魔力増幅器』です!」

「くっ、しくじったか!」

「『速攻魔力増幅器』が相手によって破壊され墓地に送られた場合、デッキから速攻魔法カードを手札に加えます。私が手札に加えるのは『黒・爆・裂・破・魔・導』」

「ここで『黒・爆・裂・破・魔・導』か……ふむ。『巨大戦艦 カバード・コア』が戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時にコイントスの裏表を当てる。ハズレの場合、カードのカウンターを1つ取り除く」

 

 そのコインは大の頭上にソリッドビジョンで出現した。マンホールほどの大きさのそれの表面にはウジャト眼が、裏面には何も描かれていない。

 

「俺が選ぶのは、表だ」

 

 大が宣言すると、それは空中で高速回転を始める。

 表か、裏か。

 いずれにせよここで『巨大戦艦 カバード・コア』が破壊される事は無い。たとえここで裏が出ようとも、『進撃の帝王』がある以上は『巨大戦艦 カバード・コア』を破壊することは不可能なため、この結果の重要性は低い。

 そんな考えをしながらコインを見つめていると回転の速度が下がっていく。パラパラ漫画のコマのようにウジャド眼が見え隠れするのが繰り返され、そしてついにその回転が止まった。

 

「ふっ、結果は表だ。戦いの女神はまだ俺についているようだな」

「バトルフェイズ終了時、『マジカルシルクハット』で呼び出した『マジシャンズ・プロテクション』は破壊されます」

 

 残された二つのシルクハットが煙となって消えると、真ん中のシルクハットにあった『マジシャンズ・プロテクション』が砕け散った。

 残るシルクハットから裏側守備表示となった『ブラック・マジシャン』が姿を見せる。

 

「『マジシャンズ・プロテクション』がフィールドから墓地に送られた場合、墓地から魔法使い族モンスター1体を復活させます。私が呼び戻すのは『魔道化リジョン』です」

 

 

魔道化リジョン

ATK1300  DEF1600

 

 

「……なるほどな。カードを3枚セットして、俺はこれでターンエンドだ」

 

 今度は3枚のセット、これで大の魔法・罠ゾーンは全て埋まった。

 『奈落の落とし穴』は破壊されてしまったが、なんとか『ガガガシールド』のみで一つのバトルを乗り切れたか。このターンのダメージは『一時休戦』の効果で0になることはわかっていたが、場を維持できるかには神経を使った。

 

 まだバトルロイヤルは始まったばかり。戦いはやがて混戦を極めていく。

 




次回、7/8投稿予定

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