遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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お久しぶりです。


電脳戦

 雲一つない青空。

 燦々と照りつける日差しを反射させ、黄金のように輝く砂の大地が視界いっぱいに広がっている。この細やかな砂粒と同じように空から見下ろせば、砂の海の只中に立っている自分の存在など小さいものなのだろう。

 このネオドミノシティに来てからこんな光景を見られる日が来るとは思っていなかった。思えば俺の知っている景色などネオドミノシティの表と裏の街並みの一部がせいぜい。知らない景色の方が多いのだから、きっとどこへ旅立ってもこうして新鮮な感想を覚えるのだろう。

 などと少々の現実逃避気味に思考を走らせてみたものの、このピンチは俺を待っててくれる訳でもなく、まして見逃してくれるつもりもないらしい。

 

「バトルだ! 『アームド・ドラゴンLV10』でダイレクトアタック!! アームド・ビック・パニッシャー!!」

 

 辺り一面見渡しても地平の果てまで続く砂世界では遮蔽物がないため、その声はよく通った。

 攻撃宣言に応えるように立ちはだかる巨竜は咆哮を上げる。その音の衝撃波は黄金色の乾いた砂を巻き上げ波模様を生み出した。

 その威容は対峙するだけで圧倒されそうになる。

 振り上げられた腕に蓄えられ始めた漆黒のエネルギーの影響か、晴れ切っていた青空を黒々とした雲が覆い始めた。向かい合っている距離を考慮しても収束しているエネルギー弾の直径は俺の身長を優に超えているだろう。

 吹き付ける風は勢いを増していき、立ち込める暗雲には時折稲光が見える。

 強大な攻撃を前に俺を守るモンスターは0、妨害札もない。

 巨腕に蓄えられた闇黒のエネルギー弾が放たれるのを眺めていることしかできない。

 砂漠を割りながら迫るエネルギー弾を前にせめてもの抵抗として両腕で顔を守りつつ前傾姿勢で衝撃に備えた。

 

「ぐあっ!!」

 

 が、そんな俺の努力をあざ笑うかのように、俺の体は塵紙のように吹き飛んだ。骨の髄まで響く重い衝撃が空中でも尚も残っている。

 打ち上げながら相手を視界に入れると、ビルの5、6階の高さから道行く人を見下ろしたときのサイズくらいに映る。

 これがここでの攻撃力3000の衝撃の威力か。

 いや、本当に恐ろしいのはここからだ。

 今度は打ち上げられた高さの位置エネルギーが牙を剥く。徐々に地面に向けて加速して落ちていくのが感じられることに肝が冷えた。地面との接触の直前、咄嗟に頭を両手で抱えて強く目を閉じた。

 

「こはぁっ!」

 

 肺が引き絞られ空気が俺の意思に反して吐き出された。

 地面に叩きつけられた衝撃で爆弾でも爆発したかのように砂が打ち上げられ視界を潰す。

 

 

八城LP4000→1000

 

 

「けほっ、けほっ!」

 

 客観的に見れば凡そ生身の人間が耐えられるような攻撃ではないが、こうして五体満足なのはおろか咽せる程度のダメージで済んでいるのはこの世界のおかげだ。

 もっとも体をすぐに起こせる状態ではないが。

 

「どうした? もうデュエルは終わりか?」

 

 投げかけられる挑発には睨み返して答えるしかなかった。

 

「まだ戦意はあるようだな。そうでなくては面白くない。俺はこれでターンエンドだ」

 

 まったくダメージを受けた際のリスクが釣り合っていない。

 呼吸を整えながらぼんやりと此処に至るまでの経緯を思い出していた。

 

 

 

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 アカデミアでバトルロイヤルデュエルを行った翌日の放課後。

 18時きっかりに俺はアルカディア・ムーブメントの本社ビルに着いた。

 約束の時間の17時に遅れたのではない。こちらに戻ってきてから無理を言って施設の案内の時間を遅らせてもらったのだ。

 受付で名前を告げると12階まで案内人がついてくれた。3人しかいない特進クラスともなるとVIP待遇になるらしい。

 エレベーターで目的のフロアまで上がると他の部屋とは違う意匠の凝った扉の前まで案内される。

 

「失礼します」

 

 ドアが開くとまずは一礼。

 するとこちらに向き合って配置された席に腰掛けていた男が立ち上がった。

 

「あぁ、よく来てくれたね」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべこちらに向かって来る男の姿を改めて確認して、動揺が表に出ないよう感情に蓋をした。

 

「これからよろしくお願いします」

 

 粗相のないように折り目正しく頭を下げる。

 姿勢はそのまま目の前に立っている男の情報を正しく脳に反芻させる。

 グレースーツを着こなした褐色の髪のこの男。依頼を受けて調べたここの親玉の容姿と合致する。

 

「こちらこそよろしく。そしてようこそ。アルカディア・ムーブメントへ。君の入会を心から歓迎するよ」

 

 アルカディア・ムーブメントの総帥であるディヴァイン氏直々のお出迎えとは予想外だった。そしてその予想外を超える出会いが続く。

 

「さて、ここでのことを話す前に紹介しておこう。君と同じ特進クラス所属の生徒だ」

 

「!」

 

 ディヴァインが腰掛けていた席の隣に立っていた少女がこちらに視線を向けていた。

 少女は俺の知っている人物だった。

 肩まである真紅の髪。ただ顔の両サイド部分の髪だけは胸元まで伸ばしているのがアクセントとなっている。整った顔だちにキリッとした目じりは可愛らしいというよりは美人という印象を覚えた。約1年ぶりの再会になるが、相変わらず中学生とは思えないほど発育の良さは健在だった。

 

 ただあの時よりも目は暗い。

 

「……」

 

「あー、彼女は十六夜アキ」

 

「八城……です。よろしく」

 

「……馴れ合うつもりはないわ」

 

 そう言い捨てると十六夜は踵を返し奥の扉から部屋を出て行ってしまった。

 

「気を悪くしないでくれ。彼女は人見知りをするタイプでね」

 

「そのようですね」

 

 前にデュエルをした時も他人を寄せつけない壁を作っているのは感じた。そのことに関して俺は他人のことを言えたものではないが。

 ただ以前にも増して暗い表情を浮かべていたように見えたのは気のせいではないだろう。人体実験や洗脳教育といった単語が頭を過る。黒い噂とやらも真実味があるように思えてきた。

 思えば彼女のデュエルは全てのカードに実体を伴わせる事ができていた。このサイコデュエリストの総本山にいると言うことも納得できる。

 

「本当はこのクラスにもう一人いるのだが、生憎と今日はここに居なくてね。紹介はまたの機会にさせて貰おう」

 

 十六夜と同じ特進クラスに所属するデュエリスト。それはサイコデュエリストとしての能力故なのか、はたまたデュエルの実力によるものなのか。いずれにせよ興味をそそられるものだ。

 

「では早速だが、簡単にこの施設の中を案内しよう」

 

 付いて来たまえと続けると、ディヴァインは進んでドアを開け先を促した。

 どうやら挨拶だけでなく総帥と言うトップ自らが案内役までしてくれるとは、この特進クラスが如何に優遇されているかが分かる。

 

「1〜5階は講義を受ける教室、各クラスのデュエル場がある。君も体験入学で利用した場所だ。レベル5までのクラスはここを利用している」

 

 吹き抜けの中を交差してフロアを繋ぐエスカレーターを降りながらディヴァインの説明が始まった。

 

「特進クラス以外の人と合同でデュエルを行うことはあるのですか?」

 

「講義は合同のものも受けられるが、デュエルはないよ。特進クラスには強力なサイコパワーを持っている子がいるからね。その子達用に別の場所を確保しているのさ」

 

 前に十六夜とデュエルした時のことを思い出す。あの時は俺自身も実体化したソリッドビジョンのモンスターの攻撃で意識を失ったし、デュエル場も破損が大きかった。

 確かにサイコパワーの強いデュエリストとのデュエルには施設の修繕の費用もかかる上、対戦相手にも危険が伴うことを考慮すれば専用の設備が必要となるのだろう。

 

「このモニタールームでは過去のプロデュエリストの試合の映像が観れる。20年分の世界各国のリーグのデュエルは全て網羅しているよ。最初に利用する際は入り口にある受付に声をかけてくれたまえ。一般生と違って専用の部屋が用意されている。受付の者が席まで案内してくれる」

 

 最初に案内されたモニタールームは仕切りで区切られた5人用のテーブルが並んだ部屋だった。各席には専用のモニターとヘッドセットが備え付けられており、通常の生徒はそこでプロの試合を分析するのだろう。

 ディヴァインが手を向けた受付に目をやれば、受付の女性は笑顔で会釈をしていた。ぎこちない会釈を返すとモニタールームを後にし、次のフロアへの案内が続く。

 

「ここはデュエルライブラリー。デュエル関係の文献から雑誌まで保管されている。興味があるかは分からないが、伝承にあるカードの資料も僅かにある。他にもリーグ戦に出場した際のプロデュエリストのデッキレシピが載っている雑誌もある。気になるものがあれば気軽に足を運ぶと良い」

 

 デュエルライブラリーはこのフロアの南北側全てを使って展開されていた。今入った南側は書店に並んでいるようなデュエル学、デュエル史、本棚が整列している。

 入り口付近の棚には最新のデュエル雑誌の表紙が並んでいる。表紙の中には当然ジャック・アトラスも写っているものもあるが、知らないプロデュエリストの姿も多く写っている。

 適当に手に取った雑誌の『熱きデュエリスト達』の表紙もジャック・アトラスではない。

 

「君も将来はプロ志望なのかい?」

 

「いえ……」

 

「ほう、意外だね。腕には自信があるだろうに」

 

「プロの世界はデュエルの勝率だけで生き残れる世界ではありませんから」

 

 プロデュエルの世界は少なくとも今までのデュエル屋稼業とは色が異なるし、何より自分自身が大衆に囲まれてデュエルをするのがあまり好きではないので目指す気にはならなかった。

 そう、プロデュエリストとはデュエル屋のように、ただ勝つ事だけに特化したものではない。勝つまでのデュエルのプロセスで如何に観客を魅了するかというのもまた重要な要素だ。そしてデュエルを重ねて人気が出れば、大手企業とのスポンサー契約を結び、資金援助を得ながら活動を続けていくというのが王道の成功ルートとなる。

 必然的に新人は爪痕を残そうと派手な地雷デッキを使う傾向にあるし、中堅以上でもデッキの構築は安定性を重視し、コンスタントに自分の勝利の流れを作るようなタイプと言うよりも、手札事故のリスクを背負ってでも上振れしたパフォーマンスを重視するデュエリストの方が多い。

 そんな環境の安定しない魔窟の中で勝率と人気の両方を維持するのは殊更難しい。

 

「学生ながら現実的な考えだ。もうおじさんになってしまった私とは違って、君はまだ若い。ここでの成績次第では道が開ける可能性もある。目指す前から悲観的にならず今できることに励むと良い」

 

「えぇ……まぁ、はい……」

 

「ん? 何か気になる物でも?」

 

 だからこのように雑誌を捲れば『究極完全態・グレート・モス主軸のハイランダーデッキ』などと言うデッキの見出しが踊ることになる。しかもプロの公式戦において勝敗の結果に関わらず全ての試合で『究極完全態・グレート・モス』を出すとは時代が生んだ傑物も居たものだ。

 

「あぁー、中には参考にしたくてもできないものもある」

 

 プロへの道の厳しさを改めて感じさせられたデュエルライブラリーだったが、その後に案内された場所は特筆するものはなかった。デュエルアカデミアにもあるレベルのシュミレーターの他、食堂や購買といった一般的な施設といった具合だ。そしてそのどれもが外部に公開されている情報と違いはなかった。

 

「君が利用しそうな施設を見てもらったが、感想はどうだろうか?」

 

「環境は充実していると思います。ただ疑問なのはクラスの人数は三人しかいませんが、普段のデュエルはどうするのでしょう?」

 

 仮にも二人はサイコデュエリスト。講師が相手ではまず体が保たないはず。

 そんな相手と連日デュエルすることになるのなら、此方としても相応の準備が必要になる。

 こちらの言わんとすることを察したディヴァインは「あぁ」と朗らかな笑って言葉を続けた。

 

「もっともな疑問だね。だが心配には及ばない。デュエルの相手ならばこちらで手配している」

 

「手配……?」

 

「口で説明するよりもまずは見てもらった方が早いだろう。今日最後に案内するつもりだった場所だ。付いてきたまえ」

 

 ディヴァインに促されるままに部屋を出て、エレベーターでこのフロアを後にした。

 

 

 

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 最初に目にした光景は何もない砂の海と呼ぶに相応しい場所だった。

 見渡す限り地平の彼方まで黄金色に輝く砂の大地。終わりのない涸れた地面にしがみつく様に根を張る背の低い草からは真っ先に死を連想させられる。

 広大な砂漠は過酷な自然の猛威を前に人の手がついに及ぶ事がなかった場所だ。

 時折風が巻き上げる土埃と燦々と降り注ぐ日の光になかなか目が慣れない。

 だが俺はここが嫌いじゃない。観客がいないスタジアム、人通りのない路地裏、深夜のセキュリティの押収品保管庫前、いずれも他人の目がない場所では自分の感覚が研ぎ澄まされていた。

 そこにあるのは相手と自分。交わす言葉はカードのみ。そんな意識をデュエルのみに集中させることができる場は貴重だ。

 

 ディヴァインに案内されるままに地下の施設に辿り着くと、肌にピッタリ張り付く服の上下を渡され更衣室でそれに着替えるように指示を受けた。その後に医者か研究員かは分からない風貌の男と簡単な問診をして、健康に問題ないことを確認すると、巨大なモニターの前に配置されていた日焼けカプセルのようなポットの中へ入るように促される。仰向けになると心電図を取るときに体に貼るような電極を体に手早く装着され、渡されたヘッドセットを装着した途端、視界にこの世界が広がっていた。

 これがVRというやつなのか。自分の与り知らぬところで技術は日々進歩しているのが世の常というが、デュエルの話題が絶えない学園の噂でも電脳空間でのデュエルと言うのは耳にしたことがない。最高設備を用意したデュエル教育機関と謳っているのもあながち間違いではないらしい。

 

 砂を踏みしめる音がほぼ一定の間隔で近づいてくる。

 感傷に浸っていられる時間は終わったようだ。光の揺らぎの中から対戦相手が現れた。

 

「ふん。まさかアカデミア卒業後の一戦目の舞台がこんな砂漠とはな。これもプロの世界の洗礼というヤツか」

 

 蜃気楼の中から現れたのは全身黒の衣装に身を包んだ青年だった。初対面のはずだがその姿は何処かで見た事があるような気がした。

 アカデミアの卒業生というからには年齢は俺よりも少し上だろう。同学年の人間の名前さえもほとんど記憶していない俺では当然デュエルアカデミアのOBに面識などあるはずがない。

 ここに来ての第一声を鑑みるに、この相手は卒業後すぐにプロの世界に足を踏み入れた紛れもない強者だ。よもやそんな相手とデュエルをセッティングしてくれるとは嬉しい誤算だった。自然と気持ちが上に向いてきた。

 

「それにしても観客はいないのか。俺様の華麗なるデビュー戦だというのに……これでは盛り上がらないではないか……」

 

 ただ残念なことに趣向は合わないようだ。

 こちらから何か声をかけるべきか。言葉を選んでいる時だった。 

 

「っ!」

 

 突然、音もなく世界から色彩が消えた。

 モノクロ写真の世界に切り替わったと認識すると同時に別の違和感が生まれていた。対戦相手の歩みがピタリと止まっている。この異変に気付き動揺するなどの反応が一切ない。

 

「おい」

 

 こちらの呼びかけにも応じる様子はない。ロボットの電池が切れてしまったかのように動きが停止している。

 いや、停止しているのは相手だけではない。

 日の光の揺らめきはなくなり、風で巻き上げられた砂もまた空中で固まって居た。

 まるで俺を残してこの世界の全てが止まっているかのように。

 

【驚いたかい?】

 

 戸惑う俺の様子を見て楽しむかのように天から声が響く。

 俺をこの場に連れてきたディヴァインのものだ。当然といえばそうだがこの空間での出来事はすべて見られているらしい。 

 

「そうですね。この世界には驚かされました」

 

【ん? あぁ、そうか。初めてこの電脳空間を見れば驚くものか。いや、私が聞きたかったのは対戦相手のことだったのだがね】

 

「もしかして有名なデュエリストなのでしょうか?」

 

【……驚いた。まさか万丈目準を知らないデュエリストがいるとは】

 

 万丈目準。

 

 その名はどこかで見たような気がするが、やはりそれをどこで見たのかは思い出せない。

 

【彼はデュエルキングになった事もあるプロデュエリストだ。少なくとも君が物心ついてからもプロの世界で戦っていたと思うんだけどね】

 

「何分世間の事情というのには疎いもので。そんな相手とデュエルをする機会が得られて光栄です。それと相手の方が動かないのですがこれは? 通信に何か問題でも?」

 

【君と話をする時間を作るために停止させている】

 

「停止? それは一体……?」

 

【期待させてしまって申し訳ないが、これは本人ではない。ある伝手から彼のデュエルディスクのデータを入手してね。そのデータの履歴から再現した所謂AIというものだ】

 

「再現したAI? この人が、ですか?」

 

【そう。デュエルディスクは常にデュエリストと共にあるもの。デュエル中に引いたカードだけでなく、ドローカードの順番や引いたカードの中で使用したカード、そのデュエリストのデュエルの記録すべてを保持している。その記録を読み取り人工知能にそのデュエリストの使用カード、癖、戦術を学習させてそのデュエリストを再現したという訳だ】

 

「……!」

 

 その言葉に驚愕を覚える。

 つまり日常的に利用しているデュエルディスクがあれば、そのデュエリストを再現することが可能ということになる。デュエルディスク盗難なんて事になれば忽ちデュエル屋家業に支障が出る可能性がある。

 

【尤もデュエリストを再現するのにはAIが導き出した結果に対して、評価をしなければ精度が出せなくてね。片方のデュエルの記録だけでなく、実際の対戦の記録と照合させたりとクリアしなければならない課題も多い。その辺のプロデュエリストのデュエルディスクのデータがあったとしても、照合できるデュエルの回数が少なければ再現度がお座なりになるなんて事が殆どだ】

 

 だがそんな心配は杞憂だったようだ。プロの公開されているデュエルと違って、裏でやっているデュエルの対戦のデータが残る事はまず無い。ニケとしてのデュエルAIが生まれる心配は当分無さそうだ。

 

【けど今回君の相手を務めるこのAIに関しては安心してもらっていい。デュエルAI『Type-Thunder』。未来にデュエルキングまで上り詰めたデュエリストを元にした最高傑作の一つだ】

 

 デュエルキングという言葉に心臓が一際大きく跳ね上がった。

 無論、それは内から湧き上がる歓喜によるものだ。

 図らずもデュエリストの頂点まで上り詰める程の相手とデュエルする機会に巡り会えるとは。いずれ超えなければならない相手との再戦前に、今までの自分の研鑽の成果を試す機会が得られるとは僥倖だ。

 

【ふふ、怖気付いたかな?】

 

「まさか。むしろ願っても無い強者が相手で気持ちが高ぶってきました」

 

【そのようだね。君のバイタルの数値を見ても高揚しているのがわかる。あとは事前の注意事項を伝えておこう。このデュエルでダメージを受けると体に負荷がかかるように設定してある。今後このクラスのサイコデュエリストとのデュエルをした時に君の体がどの程度耐え得るのかの簡単な確認だと思ってくれればいい】

 

「……お手柔らかに」

 

 予想通り仕掛けてきた。はたして負荷がどれくらいかかるか。流石に初戦で体が動かなくなるレベルは勘弁願いたいところだ。

 

【ではそろそろ空間を動かすとしよう。存分に君の実力を発揮してくれ】

 

 そう言うとモノクロになった世界が一転、大まかに色彩が変わっていき、徐々に細かな色が戻っていく。

 

【あぁ、それと。デュエルディスクのデータは少々古い(・・・・・・・・)。そこは目をつぶってくれたまえ】

 

「?」

 

 ディヴァインはそう言い残すと今度こそ此方への通信が切れた。

 モノクロの世界の色彩が完全に戻ると、止まっていた空間の物理現象が動き始める。

 固まっていた万丈目の瞳にも光が戻った。

 

「お前がプロデビュー戦の最初の相手という訳か」

 

「……そういうことになりますね」

 

 対峙しただけで血が騒ぐ。この感覚は久しい。持てる力をすべて出し切ったとしても勝てるか分からない。まさかここでそんな相手と巡り会えるとは。

 

「俺は! 一っ! 十っ! 百っ! 千っ! 万丈目サンダー! 次のデュエルキングになる男だ!!」

 

「八城。あんたを倒す男の名だ!」

 

 相手がAIである以上、こんな名乗りに意味はない。

 これは元となったデュエリストへの敬意だ。

 気合いに呼応するように彼我の中心から放射状に一陣の風が吹いた。

 

「先行は俺だ。ドロー」

 

 先行を示すディスクのライトは相手に点った。

 AIとデュエルをするのは初めてのこと。プロデュエリストを元としたという性能が如何程のものか見せてもらおう。

 

「永続魔法『異次元格納庫』を発動。デッキからレベル4以下のユニオンモンスターを3体まで除外する。俺は『Y-ドラゴン・ヘッド』、『Z-メタル・キャタピラー』、『W-ウィング・カタパルト』を除外!」

 

 最初に使用されたカードは俺の知らないカードだった。

 万丈目の上空に蜃気楼でも発生したかのような空間の歪みが発生すると、中から巨大なアームが3本出現する。それぞれ除外対象の機体を掴むとその空間へと戻っていった。

 

「そしてこの効果で除外したモンスターと対になるユニオンモンスターが召喚された時、任意の数だけ特殊召喚できる」

 

「っ?!」

 

 予想を遥かに上回る強力な効果に言葉を失った。一枚で三体のモンスターを並べられるポテンシャルがあるカードをリスク無しで発動できるとは……

 

「俺は『X-ヘッド・キャノン』を召喚!」

 

 現れたのは下半身部分が無い人型の機体。いや、下半身が無いというのは語弊があるか。正しく表現すれば腰から下に接続されているのが脚部ではなく、モーニングスターのように棘が生えた球体である。

 全身のカラーリングはブルー。両肩から伸びる砲身こそが名前の所以なのだろう。

 

 

X-ヘッド・キャノン

ATK1800  DEF1500

 

 

「この瞬間『異次元格納庫』の効果が発動! 『Y-ドラゴン・ヘッド』と『Z-メタル・キャタピラー』を連続発進!」

 

 歪んだ空間から二機の機体が金属アームによって運び出される。

 一機はドラゴンを模した赤い戦闘機。名前の通り機首が竜の頭の形をしている。

 続くもう一機は黄色のキャタピラ機。巨大なキャタピラを覆う装甲が爪のように鋭い。キャタピラに挟まれた低い胴部分の正面のモノアイがこちらの様子を分析しているようだ。

 

 

Y-ドラゴン・ヘッド

ATK1500  DEF1600

 

 

Z-メタル・キャタピラー

ATK1500  DEF1300

 

 

 瞬く間に三体のモンスターが並んだ。

 X、Y、Zのモンスターが並ぶことの意味など考えるまでもない。

 

「このターンで来るのか」

 

「いくぞ! 俺は場のX、Y、Zを融合合体させる!」

 

 AI万丈目が手を挙げる動作に従い3機の戦闘兵器は一斉に空中に飛び立つ。

 最中『Y-ドラゴン・ヘッド』の左右に広がっていた翼は胴体まで折り畳まれ、『Z-メタル・キャタピラー』の両キャタピラは間隔を空ける。

 

「『XYZ-ドラゴン・キャノン』!!」

 

 『Z-メタル・キャタピラー』の上空を飛んでいた『Y-ドラゴン・ヘッド』はキャタピラの間に収まると、その上から『X-ヘッド・キャノン』の下半身のモーニングスターのような球体が接続される。

 合体の完了を告げるように機体全体から目に見えて激しい電気を迸らせた。

 

 

XYZ-ドラゴン・キャノン

ATK2800  DEF2400

 

 

「さらに魔法カード『カオス・グリード』を発動!こいつは墓地にカードが存在せず、カードが4枚以上除外されている時に発動できる」

 

「なっ?!」

 

 まったく発動条件の難しいカードを鮮やかに発動してくれる。

 『XYZ-ドラゴン・キャノン』の『融合』を必要としない融合召喚では素材となったモンスターは全て除外される。そして『異次元格納庫』の効果で除外されている『W-ウィング・カタパルト』と合わせて4体のモンスターが除外されている訳だ。

 

「カードを2枚ドロー! そして手札の『サンダー・ドラゴン』を捨て効果発動。デッキから『サンダー・ドラゴン』を2体手札に加える」

 

「おぉ」

 

 ここに来て予想以上に古くから存在するカードの登場に感嘆の声が漏れた。だが古いカードとはいえその性能は今でも悪いものでは無い。デッキ圧縮とともに手札枚数を増強できるのは優良カードといえよう。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

「私のターン」

 

 初手で『XYZ-ドラゴンキャノン』とは随分と飛ばしてきたものだ。

 使用率が低い理由としてその召喚が難しいことが挙げられる。

 だがその効果は侮れない。1ターンに制限なく手札を”任意のカードを破壊する除去札”に変えることができる。

 出てしまえば盤面をひっくり返すことのできるポテンシャルはあるカードだ。幸いにも耐性効果を持つわけでは無いのでこのターンに対処したい。

 

「魔法カード『儀式の下準備』を発動。デッキから儀式魔法『イリュージョンの儀式』と、そのテキストに記されている儀式モンスター『サクリファイス』を手札に加えます」

 

「ほう。『サクリファイス』か」

 

 手札に加えた『サクリファイス』を見ても動じる様子がない。となるとあのセットカードは『XYZ-ドラゴンキャノン』を守るカードと見るべきか。

 

「『イリュージョンの儀式』を発動。手札の『サクリボー』をリリースし、手札から『サクリファイス』を儀式召喚!」

 

 フィールドに現れたウジャト眼の刻まれた黄金の壺に『サクリボー』は吸い込まれていく。魂を取り込んだ壺の瞳が不気味に輝くと、壺全体は肥大しながら形状を変えていく。

 

 

サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

「儀式召喚に使用された『サクリボー』の効果によりカードを1枚ドローする」

 

 これで実質手札消費を一枚に抑えて『サクリファイス』の展開に成功した。初動としては重畳だろう。さぁ、あとはあのセットカード次第だ。

 

「『サクリファイス』のモンスター効果発動。1ターンに1度、相手の場の表側表示モンスターを自身に装備します。『XYZ-ドラゴンキャノン』を吸収!」

 

 ウジャト眼の下の穴が大きく広がると辺りに転がる石や砂を吸い込み始める。その吸引力は増していき、引き寄せられる石のサイズも徐々に大きくなっていく。『XYZ-ドラゴンキャノン』もまたその引力によって『サクリファイス』との距離をが縮まっていく。

 

「させるか! トラップ発動! 『亜空間物質転送装置』! 『XYZ-ドラゴンキャノン』をこのターンの終わりまで除外する!」

 

 薄紫のバリアに包まれた『XYZ-ドラゴンキャノン』は上空に打ち上げられ『サクリファイス』の効果圏内から離脱した。

 

「流石に『XYZ-ドラゴン・キャノン』を逃す札は持っていますか。けどこれで場は空きました! 『黒き森のウィッチ』を攻撃表示で召喚!」

 

 『サクリファイス』とは打って変わり出現したのは人型の若い女性。背中まで伸びた紫色の髪が黒のローブにかかっている。瞑目して立つ姿からは戦場から目を逸らしているように思わせるが、額から覗く第三の目だけはあたりを警戒している。

 

 

黒き森のウィッチ

ATK1100  DEF1200

 

 

 『サクリファイス』に打点を与える事はできなかったものの、これで相手にダメージを通すことができる。

 

「さらに装備魔法『ワンショット・ワンド』を『黒き森のウィッチ』に装備」

 

 『黒き森のウィッチ』の手元に先端が三日月型の長杖が出現し、それを大切そうに両手で抱える。

 

 

黒き森のウィッチ

ATK1100→1900

 

 

「バトル! 『黒き森のウィッチ』でダイレクトアタック!!」

 

 『黒き森のウィッチ』が杖に蓄えた紫色の魔力球は一直線に万丈目目掛けて飛んでいった。

 

「ぐっ!」

 

 胸に直撃した魔力球の衝撃で、万丈目は押し出されるように地面を滑る。

 苦悶の表情を浮かべるあたり、とてもAIとは思えない再現性だ。

 

 

万丈目LP4000→2100

 

 

 これで先制ダメージは取った。序盤で4000のライフポイントから凡そ半分を削ることができたのは上々の滑り出しといえよう。

 

「『ワンショット・ワンド』の効果発動。戦闘終了時にこのカードを破壊する事でカードを1枚ドローします。そしてカードを1枚セットしターンエンド」

 

 

黒き森のウィッチ

ATK1900→1100

 

 

「このエンドフェイズに除外されていた『XYZ-ドラゴンキャノン』は帰還する!」

 

 歪んだ空間から『XYZ-ドラゴン・キャノン』が帰還する。

 このターンで対処できなかったのが唯一の心残りだ。

 

 

XYZ-ドラゴン・キャノン

ATK2800  DEF2600

 

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 カードを引くだけの動作で風圧がここまで届いてきた。

 AIが相手だと言うのに気迫を感じるのは元となった人間によるものか。

 

「手札を1枚捨て『XYZ-ドラゴン・キャノン』の効果を発動! 貴様のセットカードを破壊する! ハイパー・ディストラクション!!」

 

 『XYZドラゴン・キャノン』の両肩の砲身にエネルギーが蓄えられ始める。

 予想通りの展開。故に対策は講じている。

 

「させるか! 手札から『エフェクト・ヴェーラー』を捨てその効果を無効にする!」

 

 『エフェクト・ヴェーラー』の影が砲身を撫でるとそのエネルギーは霧散する。

 

「ふん。それで凌いだつもりか! 俺は『V-タイガー・ジェット』を召喚! 『異次元格納庫』の効果により除外されていた『W-ウィング・カタパルト』を特殊召喚する!」

 

「既にパーツは揃ってたか?!」

 

 青の主翼のジェットが『XYZ-ドラゴン・キャノン』の横に着陸する。名前の通り機首の虎の顔を中心に前腕の爪がミサイルに、後脚が水平尾翼になっている。

 

 

V-タイガー・ジェット

ATK1600  DEF1800

 

 

 続いて現れたのは全体のカラーリングがブルーのカタパルト。一体どこの誰が設計したのか戦闘機を射出する機構そのものに翼を与えた型破りな機体だ。

 

 

V-タイガー・ジェット

ATK1300  DEF1500

 

 

 これで場にV、Wのモンスターが揃った。

 狙いなど考えるまでも無い。

 

「ふふん! さぁ行くぞ! 『V-タイガー・ジェット』と『W-ウィング・カタパルト』を融合! 『VW-タイガー・カタパルト』!」

 

 『V-タイガー・ジェット』が飛び上がるのに続いて『W-ウィング・カタパルト』もスラスターを吹かせる。カタパルトの間隔を広げると背後から追いついた『V-タイガー・ジェット』の両足部分を着地させた。

 

 

VW-タイガー・カタパルト

ATK2000  DEF2100

 

 

 構図としては『W-ウィング・カタパルト』に『V-タイガー・ジェット』が乗っただけで、『XYZ-ドラゴン・キャノン』の変形を見た後だと少々見栄えはしない。

 だがこの合体にはまだ次がある。

 

「まだだ! さらに『VW-タイガー・カタパルト』と『XYZ-ドラゴン・キャノン』を融合合体!」

 

 『V-タイガー・ジェット』の脚部がそれぞれのカタパルトから離れ、分裂していたカタパルトは空中で再び合体。さらに『W-ウィング・カタパルト』の背後のジェットの噴出口から脚が飛び出した。

 同時に『XYZ-ドラゴン・キャノン』のキャタピラが解除され、折りたたまれていた赤い翼が背中にスライドし展開される。解除されたキャタピラは『X-ヘッド・キャノン』の腕に接続され、先端に爪を携えた腕部分となり、キャタピラが元々接続されていた部分には『W-ウィング・カタパルト』が接続された。

 

「サンダー召喚! 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』!!」

 

 最後に『V-タイガー・ジェット』が両肩に腕を置き頭部へと合体すると、巨大な二足歩行ロボットへと変形が完了した。

 漢の浪漫の集大成というべき巨大合体ロボを間近で見ることができ、少なからず感動を覚えた。大の巨大戦艦が並ぶ光景も壮観だったが、この威容もまた対峙すると圧を感じる。

 しかし危機的状況に反して胸の高鳴りを感じていた。

 

「『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果発動。1ターンに1度、相手の場のカード1枚を除外できる。除外するのはさっき大事に守っていたその伏せカードだ!」

 

「ならばそれを使うまで! 速攻魔法『サクリファイス・フュージョン』を発動! 場の『サクリファイス』と手札の『融合呪印生物-闇』を除外し、『サウザンドアイズ・サクリファイス』を融合召喚する!」

 

 『融合呪印生物-闇』は融合素材の代わりになる能力を持つモンスター。今回の融合では『千眼の邪教神』の代替として使用した。

 『融合呪印生物-闇』が『サクリファイス』の体内に取り込まれる。

 最初に変わったのは色だった。『サクリファイス』の体表が青灰色から茶褐色に変化する。

 続いてテニスボール大の膨らみが『サクリファイス』の表面に無数に広がっていく。そこに一本の筋が入ると一斉に両側へ皮膚が捲れ中から眼球が姿を現した。それぞれが瞳を不規則に動かし続けているため死角はない。数多の敵を捕食し続けた底の見えない穴にはヤツメウナギの口の如く鋭い牙が生え揃い、次の獲物を求めるように膨縮を繰り返している。

 

 

サウザンドアイズ・サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の登場の直後、『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の砲撃が『サクリファイス・フュージョン』を空間の歪みへと消し飛ばした。

 

「くっ! 効果をうまく躱した上に攻撃を封じてきたか」

 

 そう、『サウザンドアイズ・サクリファイス』には自身以外の攻撃及び、表示形式の変更を封じる効果がある。

 勿論『サクリファイス』同様の相手モンスターの装備効果もあるが、装備しているモンスターが無くとも自身を守ることができる。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 危ないところだった。『サクリファイスフュージョン』を除外されてしまったのは痛手だが、被害は最小限に抑えられたと言えよう。

 『XYZ-ドラゴン・キャノン』の手札コストは恐らく『サンダードラゴン』のはず。『エフェクト・ヴェーラー』が無ければターン1制限のないあの効果で勝負が決まっていたところだ。

 

「ドロー!」

 

 これで『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を残してターンが回ってきた。

 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』も『XYZドラゴン・キャノン』同様に効果耐性は持っていない。これは絶好の好機だ。デュエルの流れを一気に引き寄せる!

 

——そう思った瞬間だった。

 

「このスタンバイフェイズ時にリバースカード発動! 『破壊輪』!」

 

「なっ!?」

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』が鋼鉄のリングに囚われる。その側面を埋めるように手榴弾が並んでいる。

 

「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を破壊する!」

 

 宣言がトリガーとなり手榴弾が一斉に起爆する。

 

「ぐっ……」

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』は爆発に飲まれ跡形もなく四散した。

 爆風と巻き上げられた砂が体に吹き付ける。

 バーチャル世界だというのに爆発の熱や砂がぶつかる細かな針で刺されるようなわずかな痛みをリアルに感じた。壮大な機材への投資を行なっているだけのことはある。

 

「本来であれば破壊したモンスターの攻撃力分のダメージをお互いが受けるのだが、『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の攻撃力は0。よってダメージは発生しない」

 

 これは不味い事になった。『サウザンドアイズ・サクリファイス』は『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』を処理するための要のカード。それを失った今『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』をこのターンで処理できるカードがない。

 残る手札は2枚。次のターンで確実に出したカードの内1枚が除外されてしまう。逆転の鍵は如何にして除外するカードを誘導するかだ。

 

「……『見習い魔術師』を守備表示で召喚」

 

 守備表示での召喚ということで何時ものように魔法陣から勢いよく飛び出さず、片膝をついた状態で現れる『見習い魔術師』。

 

 

見習い魔術師

ATK400  DEF800

 

 

「『黒き森のウィッチ』を守備表示に変更し、カードを1枚伏せてターンエンド」

 

「ふん。守りを固めてきたか。だがその程度の守りではこのオレ様の攻撃を受けきれんぞ!」

 

「……」

 

 確かに状況は一転して苦しい。手札を使い果たし、場にあるカードは『見習い魔術師』、『黒き森のウィッチ』と守りの札が1枚のみ。

 『見習い魔術師』があれば守りとしてなんとかなる事も多いのだが、今回はその例外だ。

 砂漠にそびえ立つ塔の如く君臨しているあの巨大合体ロボット。あれが最大の障害となっている。

 そして相手の手札はこのターンで5枚になった。内1枚は『サンダー・ドラゴン』だろうが、それでも劣勢なのは変わりない。

 だから俺は心理戦に打って出た。

 

「……」

 

 相手の初動は『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』によるカードの除外のはず。

 AI万丈目はこの場合、どのカードを除外してくるかが焦点となる。公開情報の『見習い魔術師』は戦闘破壊をトリガーに、『黒き森のウィッチ』はフィールドから墓地に送られることをトリガーに効果を発動する。もしこれらを効果で除去するカードを握れていないとしたら、相手としてはここで除外する優先順位が高いはず。特に『見習い魔術師』は戦闘破壊された時に後続のモンスターを場に出す効果があるため、バトルでの破壊は避けたいだろう。もしこれを戦闘破壊すれば後続のモンスターが壁となり、俺にダメージを通せる可能性を失うことになる。

 残るセットカードは非公開情報のため除外の対象に選ぶにはリスクが大きい。これがブラフや、先ほどのように自由なタイミングで発動可能なカードだった場合は、貴重な盤面干渉効果を無駄撃ちすることになる。バトルでしか壁となるモンスターを処理できなければ、このモンスターの効果発動を許すことになってしまう。もちろんこのターン攻撃をしなければモンスターの効果は使えないが、その選択はデュエルにおいて消極的過ぎるためないと踏んで良いだろう。

 ここでセットカードを除外してメリットが大きいものは攻撃反応系の罠、挙げるとするなら『聖なるバリア-ミラーフォース-』くらいのものだ。

 

「『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果を発動!」

 

 想定通り最初は『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果から動いてきた。

 こちらの誘導通りに対象を選ぶか。

 続く言葉を待つ間に緊張が高まる。

 

「『見習い魔術師』を除外する!」

 

 AI万丈目が指差した『見習い魔術師』に向けて、時空を貫くエネルギー弾が発射される。着弾と同時に『見習い魔術師』の像は歪み、一瞬で目の前から消えて無くなった。

 

 これでこちらの思惑通り『黒き森のウィッチ』を効果対象から外すことに成功した。

 駆け引きの勝利に安堵する気持ちをポーカーフェイスの裏に隠し込む。

 もしもこれが本人だったら、わざわざ俺が『見習い魔術師』を表側守備表示で出した意味を読んできたかもしれない。だが相手があくまでも過去の対戦データから積み上げた本人の判断を参照するプログラムでしか無いのであれば、俺の非合理的なプレイを前に何故という疑問を持つことはできない。

 しかし今度は俺が混乱させられる手を打たれる番だった。

 

「『仮面竜』を攻撃表示で召喚!」

 

 筋肉質な竜がこの砂漠に降り立った。

 陽の当たる背面や顔、腕、脚は石灰色、それ以外は燃えるような赤い皮膚に覆われている。特に顔の皮膚は硬質化した結果、白陶器のような無機質な質感となっており、仮面を付けているように見える。

 

 

仮面竜

ATK1400  DEF1100

 

 

 新たに攻撃可能なモンスターを出してくることまでは想定の範囲内だった。だが、

 

「ここで『仮面竜』……?」

 

 機械族ユニオンデッキとばかり思っていたが、ここでドラゴン族のカードが出てくるのか。相手のデッキに仕込まれている手が一気に読めなくなった。しかしながらデュエル中に困惑する相手に懇切丁寧にデッキのネタを説明してくれるデュエリストなどいる筈もない。

 

「バトル! 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』で『黒き森のウィッチ』を攻撃! そしてこの攻撃宣言時、『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果で『黒き森のウィッチ』を攻撃表示に変更する!」

 

 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の能力により体の自由を奪われた『黒き森のウィッチ』は片膝を立てて座っていた体勢から立ち上がるように仕向けられる。

 同時に『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の腰から伸びる二門の砲口に青白い光が集まっていく。

 

「くらえ! VtoZアルティメット・ディストラクション・キャノン!!」

 

「っ! 永続罠発動! 『強制終了』!」

 

 起き上がったカードから効力を発揮したことを示す輝きが発せられる。

 

「自分の場の表側表示のカード1枚を墓地に送り、バトルフェイズを終了する」

 

 火炎弾の直撃する寸前に『黒き森のウィッチ』はフィールドから光となって消えた。

 そして対象を失った火炎弾は俺に迫ったが、見えない壁に阻まれるかのように眼前で消滅した。

 

「『黒き森のウィッチ』がフィールドから墓地に送られた時、守備力1500以下のモンスター1体をデッキから手札に加える! 私がデッキから選ぶのは……『マジカル・コンダクター』」

 

「くっ。これでターンエンドだ」

 

 メインフェイズ2で動く手はなかったようだ。罠が仕掛けられなかったことは僥倖だろう。

 ギリギリの駆け引きに勝利し『黒き森のウィッチ』のお陰で反撃のお膳立ては済んでいる。

 問題はここで俺がキーカードを引けるかどうか、だ。

 数ターンの間に繰り広げた攻防で早くも血が滾るような感覚に陥っている。そしてこの感覚こそが俺のデュエルを常に最高のものとしてきた。

 

「ドロー。っ!」

 

 横目でドローしたカードを確認する。

 

 ビンゴだ。

 

 この賭けに勝った。

 

「『マジカル・コンダクター』を召喚!」

 

 着物のように袖が広い衣装を纏った女性が現れる。帯の部分にはウジャト眼の装飾がなされており、金で作られた額当てと首飾りは高貴さの象徴となっている。

 その姿に何処か懐かしさを覚えるのは胸に掛かるくらいに伸びた艶のある黒髪のせいなのか。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

 そしてこのターン引いた逆転の一手をデュエルディスクに差し込む。

 

「『ワンダー・ワンド』を『マジカル・コンダクター』に装備!」

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700→2200

魔力カウンター0→2

 

 

 幾度となく使用し続けているドローソース。だが、今回はその効果が本命ではない。『マジカル・コンダクター』に魔力を供給できるカードを引くことに俺は賭けていた。

 確率的には凡そ半分。決して大博打と言うほどのものでもないが、勝敗への影響は大きいものだった。

 

「『マジカル・コンダクター』の効果発動! 自身に乗った魔力カウンターを取り除き、取り除いた数と同じレベルの魔法使い族モンスター1体を手札または墓地から特殊召喚する! 魔力カウンターを1つ使い、墓地から『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を蘇らせる」

 

 杖の先端から底の見えない穴へと伸びる緑光が『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を引き上げる。

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター2→1

 

 

サウザンド・アイズ・サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

 魔法カード1枚が『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を蘇らせる蘇生札へと化ける。使い勝手の良い組み合わせだ。

 そして『サウザンド・アイズ・サクリファイス』こそが現状『VWXYZ-ドラゴンカタパルトキャノン』を攻略できる唯一のモンスターだ。

 

「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の効果! 相手の場のモンスターを装備し、その攻撃力、守備力を得る。『VWXYZ-ドラゴンカタパルトキャノン』を吸収する!」

 

 今度こそ、三度目にしてついにサクリファイスが敵を捉えた。

 蜘蛛の糸に絡め取られた獲物のように身動きすら許されず『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』は『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の正面に空いた穴へと引きずり込まれる。

 

 

サウザンド・アイズ・サクリファイス

ATK0→3000  DEF0→2800

 

 

「くっ!」

 

「バトル! 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』で『仮面竜』を攻撃!!」

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の外皮から飛び出ている『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の二門の砲口にエネルギーが蓄えられていく。

 『仮面竜』に直撃すると辺りの砂を巻き上げながら巨大な爆発が起きた。

 仮面以外が跡形もなく消え去っていた。

 

 

万丈目LP2100→500

 

 

「だが『仮面竜』が戦闘で破壊された時、デッキより攻撃力1500以下のドラゴン族を呼び出せる! 来い、『アームド・ドラゴンLV3』」

 

 『仮面竜』が残した仮面が砕け、新たな幼竜が誕生した。まず目がいったのは産声を上げる口。下顎が発達し飛び出ている。

 ドラゴンには珍しく拳が大きいのと腹や肩から短い棘が生えているのが特徴的だ。

 

 

アームド・ドラゴンLV3

ATK1200  DEF900

 

 

 サイレント・マジシャンや魅惑の女王と同じ名前に"LV"を持つモンスター。

 思えば"LV”使いとの戦うのは3年以上ぶりになるか。まさかこのデュエルでそれを見ることになるとは。なんの縁もない相手だが少しばかり親近感が湧く。

 しかしこの状況は良くない。

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の能力で他のモンスターには攻撃が許されていない。『マジカル・コンダクター』で追撃ができない以上、『アームド・ドラゴンLV3』をこのターンで処理することはできない。

 次のターンにアームド・ドラゴンのレベルアップが決まっている状況において『マジカル・コンダクター』を『ワンダー・ワンド』を付けたまま残すのは得策ではないか。

 

「『ワンダー・ワンド』の効果発動。このカードを装備したモンスターとこのカードを墓地に送り、カードを2枚ドローする」

 

 杖に魂を預け『マジカル・コンダクター』はフィールドから消える。

 多少は期待していたのだが、手札に加わったカードは次のターンに備えを作ることのできるものではない。

 

「これでターンエンド」

 

 来るとわかっている脅威に対処する手を残せずターンを渡すのは苦しいが、ここはもう腹をくくるしかない。

 

「俺のターンだ。このスタンバイフェイズに『アームド・ドラゴンLV3』はLV5へと進化する!」

 

 『アームド・ドラゴンLV3』の体が光に包まれると、高さは大人と同じくらい、横幅も高さと同じくらいのでっぷりとした体躯に成長する。

 明るいオレンジ色の皮膚は朱に染まり、灰色外甲も重く鈍い鉛色に変わった。

 肩から生えた棘は本数が増え、膝からはドリルが飛び出している。腹から正中線に沿って生えそろっていた刃はより鋭くなり、腹の両側面にも同様の刃が生えてきた。特徴的だった顎からも左右対称に刃が並び、尻尾の先からも棘が生えて全体のフォルムがトゲトゲしくなっている。

 

 

アームド・ドラゴンLV5

ATK2400  DEF1700

 

 

 “LV”シリーズの進化の条件はモンスターによって様々。サイレント・マジシャンは自身に魔力カウンターを5つ乗せた状態でスタンバイフェイズを迎えることが条件、魅惑の女王は自身の効果で相手モンスターを装備した状態でスタンバイフェイズを迎えることが条件になっている。

 そう考えるとこの『アームド・ドラゴンLV3』の効果は緩い方だろう。

 

「さらに魔法カード『レベルアップ!』発動! 『アームド・ドラゴンLV5』を更にレベルアップさせる!!」

 

 再びアームド・ドラゴンの姿が光に包まれる。体は3メートル級の高さまで成長し、でっぷりとした体型から筋肉質で引き締まった体型へと変貌を遂げていく。

 鈍い灰色の外甲は銀に輝く鎧となりアームド・ドラゴンの強靭な肉体を包み込む。朱に染まった皮膚は煮えたぎるマグマの如く紅蓮色に変異した。

 顎から並んでいた二列の刃は統合され、三枚の巨大な刃が連結し顎の先端から伸びている。

 

 

アームド・ドラゴンLV7

ATK2800  DEF1000

 

 

 まさか連続でのレベルアップをしてくるとは。

 『アームド・ドラゴンLV5』以降の効果は手札のモンスターを捨てて、そのモンスターの攻撃力以下のモンスター破壊する効果を持つ。LV5からLV7に進化することで破壊できるモンスターが1体から全てに範囲を広げることが可能となる。

 相手の手札に攻撃力3000以上のモンスターがなければ『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を突破することは不可能。だがこのタイミングで仕掛けてきたということはそういうことなのだろう。

 『強制終了』のみでは対処できない状況だ。

 背筋に嫌なものが走る。

 

「『強欲な壺』を発動。デッキからカードを2枚ドローする」

 

「ご、『強欲な壺』?!」

 

 今でこそレギュレーションで禁止に指定されているため使えないが、当時は採用率100%近いドローソース。ここに来てカードプールの違いが現れてきた。

 

「そして『アームド・ドラゴンLV7』を生贄に捧げる!」

「なっ、まさか来るのか?!」

 

 三度アームド・ドラゴンの体が光の中に包まれる。

 その輝きは砂漠に降り注ぐ太陽よりも眩い。

 膨大なエネルギーの脈動が砂の大地を震わせる。

 

「さぁ、その目に焼き付けろ! これがアームド・ドラゴンの最終形態だ! 『アームド・ドラゴンLV10』を手札から特殊召喚!!」

 

 光の繭が内側から爆発した。

 砂が巻き上げられる金色の中に紅蓮の炎の色が混じる。砂煙に浮かび上がるシルエットは『アームド・ドラゴンLV7』の倍は大きい。身体中から伸びていた刃はより大きく鋭利に成長していく。

 

 

アームド・ドラゴンLV10

ATK3000  DEF2000

 

 

 生誕の咆哮が姿を覆う全てを吹き飛ばした。

 あらゆるものを粉砕、破砕、断絶、鏖殺するための刃が巨体を包む様子は殺戮の巨竜と呼ぶにふさわしい。大鎌の形状をした左右一対の翼がついに体を支えるに足るサイズまで成長していた。

 

 "LV"シリーズのモンスターで唯一最上級を超えるLV10まで達したモンスター。進化前のLV7の効果テキストにLV10の名が刻まれていないため、"LV"シリーズの専用サポートカードである『レベルアップ!』でも出す事が叶わず、デュエル中に出すのは困難を極める。

 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』に続き『アームド・ドラゴンLV10』をよもや一度のデュエルで対峙する日が来るとは。デュエルというのはやはり面白い。

 

「手札1枚を墓地に送り『アームド・ドラゴンLV10』の効果発動! 相手の場の表側表示モンスターを全て破壊する!」

 

 『アームド・ドラゴンLV10』の背からブーメラン状の刃が大量に放出された。

 回転する刃が四方から『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の体をバラバラに切り裂く。

 いや、それだけに留まらず刃が地面にぶつかった衝撃で立て続けに四つの砂柱が立ち上った。

 降り注ぐ砂の雨からはもう免れることはできない。

 

「さらに手札から墓地に送った『おジャマジック』の効果が発動する。デッキから『おジャマ・グリーン』、『おジャマブラック』、『おジャマイエロー』を手札に加える」

 

 そして何だこれは。手札コストにも無駄がない。ここまで完璧に立ち回られると一周回って笑いすらこみ上げてくる。

 

「バトルだ! 『アームド・ドラゴンLV10』をダイレクトアタック!!」

 

 そうして……

 

 

 

————————

——————

————

 

 

 

 VR空間の空も現実世界と変わらず青い。ぼやけた視界が少しずつ明瞭になるとそんな感想を抱いた。

 

「くっ……」

 

 VR空間でのダメージだというのに体全体に酷く鈍い痛みが残っている。たった一発の攻撃を受けただけで、全身を動かすのが億劫になるほどのダメージだ。アカデミアに入ってから受けたダメージの中でもトップクラスだろう。地面に叩きつけられてから僅かに意識も飛んでいたのかもしれない。地面に高高度から落下してその程度のダメージで済んでいると考える方がいいか。

 案の定これもサイコデュエリストとのデュエルを再現するための装置だったというわけだ。

 まったく、この世界では苦痛の伴うデュエルが蔓延り過ぎている。サイコデュエリスト然り電流デュエル然り、そして次は電脳デュエルときた。

 一体どうしてこんなに痛い目にあってまでデュエルをしているのか。この世界に来るまでは娯楽でしかなかったデュエルを。

 

「……」

 

 揺蕩う意識の中、自分の原点を思い返していた。

 そう。この世界に来た時、俺にあったものは己の名と身とカードだけだった。帰る家も家族も友人も、今まで生きてきた証さえも失った俺に待っていたのは裏デュエルの洗礼だった。

 初めは奪われたカードを取り戻すため、カードの持ち主たる実力を証明するため、ただ生き抜くためにデュエルをしていた。そして全てのカードを取り戻した後、今度は元の世界に戻れるという甘言を鵜呑みにしてデュエル屋となり裏世界で我武者羅にデュエルを続けた。

 当然、危険を伴うデュエルも多かった。デュエル後に闇医者に世話になるなんてことは日常茶飯事で、そんなデュエルの時は決まってサイレント・マジシャンは憂いを帯びた表情で俺を見ていた。迷う事なく命懸けのデュエルに身を投じる様子を見て、死に場所を求めているかのように写ったことだろう。

 避けられるデュエルもあったのかも知れない。賢く生きればやらなくていい命を賭けたデュエルもあったのだろう。

 

「そうじゃ……ねぇんだよな……」

 

 砂を握る拳に力が入る。

 確かにこの世界に来た頃は逃げ出したい気持ちで一杯で、デュエルをしたくないと思ったこともあった。

 それでも時に血反吐を撒き散らしながらもデュエルを続けてきた。デュエルに勝つことで明日の生を勝ち取り続けてきた。

 いつしかそれは俺が俺であり続けるための信念めいた何かへと変わっていた。生き方と言ってもいい。

 

"デュエルに対しては決して背を向けない。"

 

 一度でも背を向けてしまえば俺の今まで戦い抜いた決闘に対する裏切りとなる。その裏切りをしてしまえば積み上げてきた足元が崩れ去り、二度とそこに立つことができなくなってしまう。そんな確信があった。

 側から見れば馬鹿馬鹿しい生き方と思われるかもしれない。

 けれどそれを己の道と決めたのならば最期まで貫き通す。

 だからデュエルの最中たとえこの身が砕けようとも一度始めたデュエルから降りるという選択肢など持ち合わせていない。

 

「ん、くっ!」

 

 まだ体に力は入る。

 いや、そもそも実際の体の四肢を刻まれた訳でもない。たかが電脳空間で痛覚に刺激を受けたところで体は動かない筈がない。

 揺るぎない確信が身体中を駆け巡る痛みを乗り越える原動力となり、ようやく立ち上がることに成功した。

 蹌踉めきながらも立ち上がった俺を見て相手は不敵な笑みを浮かべている。作られた擬似人格の笑みにしては、真を感じさせるそんな笑みだった。

 だからこそ、こちらの闘志もまた胸の内で燻り始めるのだ。

 

「待たせた。続きを始めよう」




今週中に後半を出す予定です。
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