遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜   作:GARUS

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万丈目

 薄暗く狭い空間は人の不安を煽る。

 例えば人気がなく明かりの付いていない廊下。視界が不明瞭な中、自分の足音だけが一定の間隔で響き続けている時に、不意に自分が発した音以外が聞こえたら? それは窓ガラスに吹き付ける風の音だとしても、誰かが外から窓を叩いている、或いは何かが外から窓を壊そうとしている、酷ければ何者かが窓を破って自分を襲おうとしている、なんて勝手に悪い想像が膨らんでいく事がある。

 だからそう。たまに聞こえてくる金属を細かく叩くような音は、きっと隙間風が吹いたときに風に煽られて、何かがこの金属の壁や床を打ち付けている音に違いない。音が近づいたり遠のいたりしているのは私が移動しているからであって、間違っても衛生環境がよろしくない場所に住まう生物の足音とかではない。

 細長く続いているこの空間に身を隠し匍匐前進をする最中、そんな不安と戦っていた。

 一定の間隔で存在する細かい格子状の光が差す通気口からは人が普段利用している廊下が見える。

 表と裏の世界を隔てる境界と表現するのは少々大げさかもしれないが、私が通っている空間から見える光景を生で見る人は恐らく殆どいないだろう。

 多分壁に触れたら冷たいのだろうが、精霊化している私は物理的制約を無視できるため、通気口内を移動しても環境の影響を受けることはない。

 しかし生きているうちに空調のダクトの中を移動する日がくるなんて思ってもみなかった。

 

 事の発端はミスティ・ローラさんからの依頼を受けた後に遡る。マスターと雑賀さんは依頼達成のためアルカディアムーブメントへの潜入計画を立てた。

 段階は大きく分けて四つ。

 第一段階ではアルカディアムーブメント本社のビルの正確なマップの作成を行う。

 第二段階ではマップを全て巡りながら監視カメラの位置を掌握する。それと並行してアルカディアムーブメントの警備状況や代表のディヴァインの行動把握も進める。

 そして第三段階で警備が厳重な部分を探し目ぼしい実験場の特定を目指す。

 これらの情報が全て揃ってから最終段階で研究データを盗み出すという手筈になっている。

 その第一段階となるアルカディアムーブメント本社の構造を把握すべく、こうして空調の中をこっそり移動している。

 私の任務はサイコデュエリスト研究施設の内部状況の確認だ。

 雑賀さんの事前調査でアルカディアムーブメントのビルの表向きの見取り図の情報は分かっている。その情報と研究施設内の状況に差がないかの調査をマスターから任されている。

 

 ただ、ここは特異な能力を持つサイコデュエリストの研究機関。表に出ていない部分に浸かっている人間の中なら私たち精霊を感知できる能力を持っている人間がいる可能性がある。だから安全を期すためにこうしてスパイ映画のようなことをしているのだ。

 今日の調査は既に完了している。

 あとはマスターの帰宅のタイミングで合流するだけだ。マスターがデュエルをする部屋に案内されるところまでは、空調の中を進みながらついていっていたため、マスターの居場所は分かっている。

 次の通気口に近づくにつれてこの組織の関係者の話し声がハッキリしてくる。

 

「バイタルサインはどうだ?」

 

「かなり乱れていますがまだ危険域には入っていません。ただ初ダメージが3000では、これ以上のデュエル続行は厳しいのでは……」

 

 最初に不穏なやりとりが聞こえてきた。

 下を覗き込めばディヴァインと言う男と白衣を纏った研究員らしき男が話している。その側でカプセルのようなものに横たわるマスターの姿もあった。肌にピッタリと張り付いたダークグレーのバイタルスーツの下には幾つもの電極が伸びており、その先のモニターには脈拍などの数値がモニタリングされている。

 マスターの息遣いは荒く、脈拍もかなり乱れているのが見てとれた。

 そして部屋の中の壁に埋め込まれた一番巨大なモニターにはマスターが倒れている様子が映されている。

 デュエルの状況はライフポイントこそマスターの方が僅かに優位に立っているが、それでも残りライフは1000。決して安心できる数値ではない。

 けど、ライフが残っているのならばマスターはどんな状況でもデュエルを続ける人だ。

 

「いや、彼の心はまだ折れていないようだ」

 

【はぁ……はぁ……】

 

 モニターの向こうのマスターは蹌踉めきながらもなんとか立ち上がってみせた。

 

「よし。ダメージフィードバックを特進標準レベルまで上げろ」

 

「し、しかし、それだと人体への影響が」

 

「構わん。これからこの特進クラスでやっていく以上、何れにしてもこの程度のダメージには慣れてもらう必要がある」

 

 体の底から溢れる感情に任せて魔力が吹き上がりそうになる。

 だが、ここで私が力を振るえばマスターの立てた計画は叶わなくなるため、奥歯を噛み締めて堪える。

 

「それにこれ以上ダメージを受けるとも限らないだろう。引き続きモニタリングを頼むよ」

 

 そう言って睨みつける私の視線を背にディヴァインは部屋を後にした。

 先ほどまで感じていた不安など消え去った。このデュエルの行く末を見届けなければ、そしてマスターがこれ以上深刻なダメージを負わないことを願わずにはいられない。

 

【私のターン……ドロー】

 

 マスターの絞り出した声を聞き、視線を改めてラボの中央モニターに戻す。

 マスターのフィールドには『強制終了』が張ってあるのみ。マスターの身を守るモンスターは存在しない。

 思わず拳を握る力が強くなる。今すぐあの場に駆けつけたいという衝動を抑えつけるのが苦しい。

 

【『ミスティック・パイパー』を召喚】

 

 殺伐とした場の空気を変えるようにガラ空きのマスターの場にサーカスの団員の如く目を引く顔に朱の線を引いた男が現れた。軽快なステップを刻みながら笛吹けば、水色の頭髪が跳ね上がる。

 

 

ミスティック・パイパー

ATK0  DEF0

 

 

 だが『ミスティック・パイパー』にはマスターの身を守る力はない。これを出す以外の選択肢がないのだろうか。

 

【『ミスティック・パイパー』の効果発動。このカードをリリースしてカードを1枚ドローする。ドローしたカードがレベル1のモンスターの場合、もう1枚ドローできる】

 

 マスターのデッキは『サクリファイス』デッキ。レベル1のカードを採用している比率は高いはず。それにマスターなら……

 

【ドロー】

 

 静かに引いたカードを確認するとマスターはそのカードを相手へと公開した。そのカードは画面にも映し出される。

 

【私がドローしたのはレベル1の『金華猫』。よって追加でドローする】

 

 そして追加ドローしたカードを見て、少し考える素振りをみせた。

 『金華猫』は召喚成功時に墓地のレベル1のカードを蘇生する効果を持つスピリットモンスター。

 召喚権を使った今、マスターがこの局面を打開する手はモンスターの特殊召喚か、或いは除去カードの使用のみ。

 ここにきて悩むと言うことは引いたカードはそのどちらでも無いと言うことなのか。

 モニター越しのマスターの表情からは一切読み取れない。

 

【カードを1枚セットし、ターンエンド】

 

『……っ!』

 

 思わず息を飲んだ。

 マスターの命運はあの1枚のセットカードに委ねられた。

 ここはブラフで止められる場面ではない。

 ダクトを移動中に耳にこびり付いて離れなかったカサコソという音はもう全く気にならなくなった。

 

【ふん。打つ手なしか。ならばこのターンがラストターンだ】

 

 AI万丈目はその最後の手を警戒する素振りすら見せない。

 ドローしたカードを確認するとそのカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

【魔法カード『貪欲な壺』を発動。墓地の『サンダー・ドラゴン』2枚、『仮面竜』、そして『アームド・ドラゴンLV3』、『アームド・ドラゴンLV5』をデッキに戻し、カードを2枚ドローする】

 

 しかしここでしっかり手札を補充してくるあたり油断はない。あわよくばセットカードへの対策札を呼び込もうという狙いが伺える。

 

「そして手札の『サンダー・ドラゴン』を捨て、再びデッキから『サンダー・ドラゴン』を2体手札に加える」

 

 公開情報としてモニターに映されているAI万丈目の手札は『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・ブラック』、2枚の『サンダードラゴン』の5枚。これに新たに引いた3枚のカードとなった。

 手札の枚数こそ8枚だが、その実はカサ増ししているだけでこの場で影響のあるカードは3枚のドローカードのみ。まだ攻め手のパターンは絞られているはず。

 

【さらに魔法カード『手札抹殺』を発動! お互い全ての手札を捨てて、捨てた枚数だけドローする】

 

【!?】

 

 その光景に私は言葉を失った。

 AI万丈目は手札を全てディスクの墓地に入れると新たにデッキから7枚のカードを手札に加えている。

 もしも私が劣勢状況の中で相手の手札が7枚に回復するのを目の当たりにしたら……その絶望感は計り知れない。少なくとも追い詰めたライフを直前で全回復されるよりも精神的には堪える。

 

【手札から墓地に送られた『ライトロード・メイデン・ミネルバ』の効果により、デッキからカードを1枚墓地に送る】

 

 マスターもここで墓地にカードを増やすことはできたが、アドバンテージの差は歴然だ。

 

【『闇の量産工場』を発動。墓地の通常モンスター2体を手札に戻す。俺が手札に戻すのは『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』の2体】

 

 ここにきて『手札抹殺』で捨てたカードを回収し、手札は8枚に戻った。

 

【『天使の施し』を発動。デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる】

 

【『天使の施し』だと?!】

 

 一体私は何を見せられているのだろうか。

 絶望の底はまだ見えていなかった。

 AI万丈目は更にデッキから3枚ドローし、10枚となった手札から2枚を選んで墓地に捨てる。

 先程の『闇の量産工場』で手札に戻した2枚をここで捨てれば、残った8枚は未知のカードという事になる。このデュエル中盤において相手の初期ターンの以上の手札状況に戻るなんて理不尽があるだろうか。

 そもそも『天使の施し』は現在のレギュレーションでは使用されることが許されていないカードだ。何故そのようなことが起きているのかは分からないが、デュエルは続行されているので、マスターもこのレギュレーションに合意はしているのか。

 

【このバトルで引導を渡してくれる! 『アームド・ドラゴンLV10』でダイレクトアタック!】

 

 『アームド・ドラゴンLV10』の腕に黒いエネルギーが収束し始める。大地が悲鳴を上げているかのように震えているせいなのか、画面の映像も細かく揺れている。

 晴天が曇天へと変わり風が荒れ狂う。

 そして死神が鎌を振り下ろすように腕が弧を描くと、黒雷を迸らせる闇黒の魔弾が放たれた。表面から枝のように伸びる黒雷が掠めるだけで岩は塵へと変わり、近づくだけで砂は道を譲るかのように引き砂漠が割れていく。

 その光景に心臓は早鐘を打ち、呼吸をすることも忘れていた。

 ただマスターの横顔からは焦りは見えない。

 迫りくる魔弾に対して左腕を前に突き出して応える。

 

【罠カード『ゴブリンのやりくり上手』!】

 

【はっ、今更そんなカードを発動して何になる!】

 

『これは……』

 

 『ゴブリンのやりくり上手』は攻撃に干渉する罠ではない。『アームド・ドラゴンLV10』の攻撃は減衰することなくマスターに向かう。

 

【さらに『強制終了』の効果を重ねる! 場の『ゴブリンのやりくり上手』を墓地に送りバトルフェイズを終了させる!】

 

 宣言と同時に透明の膜がマスターを守るようにドーム状に展開される。直後、魔弾との衝突で膜は大きく凹むが、それもマスターの目前で止まった。膜で弾かれた黒雷は地面に落ちると爆発を起こし砂漠中に大穴を空けていく。

 爆発で巻き込まれる砂のみが映される画面の数が増えてきた。

 唯一生き残っていた上空から俯瞰して映す画面には押し潰す勢いで肥大していく魔弾が見える。圧縮された膨大なエネルギーが臨界点を超えようとしているようだ。

 

 そしてその時がきた。

 

 外圧から解き放たれた魔弾は水泡が外気に触れ弾けるように盛大に爆ぜた。

 

 同時に最後の画面も映像が途切れた。

 

 ここ窮地でこの2枚を場に揃えているとは……流石の引きの強さに思わず舌を巻く。

 改めて見ると『強制終了』と『ゴブリンのやりくり上手』の組み合わせは強力だ。単体ではどちらも損失が大きいカードだが、その損失を帳消しにした上でアドバンテージを稼げている。

 爆発から画面が復旧すると映し出された戦場の様子は凄惨なものだった。

 『アームド・ドラゴンLV10』とマスターの間にはクレーター状の大穴がポッカリと空いている。もしマスターがこれをもう一度受けていたらと想像するだけで背筋が寒くなる。

 

【そして『ゴブリンのやりくり上手』の効果で墓地の同名カードの枚数+1枚ドロー。その後、手札1枚をデッキに戻す。墓地に『ゴブリンのやりくり上手』は2枚存在するためドローする枚数は3枚】

 

 『手札抹殺』のタイミングで墓地に送られた『ライトロード・メイデン・ミネルバ』の効果で『ゴブリンのやりくり上手』を追加で墓地に送っていたようだ。相手にペースを持ってかれそうな手札枚数だったのが一転、十分に逆転を狙える状況になった。

 

【カードを3枚伏せてターンエンドだ】

 

 この絶望的な状況の中、それでもマスターは笑っていた。その目は明らかに追い詰められている者の目ではない。寧ろ相手のライフを奪い切ろうとする捕食者のようにその目をギラつかせている。

 

 マスターを映すモニターに意識を集中させるため、視界の中で揺れて邪魔な前髪を掻き上げ帽子の中にしまい込む。

 

【私のターン! ドロー】

 

 ドローしたカードを確認する間は一瞬。流れる動作でディスクにこのターンを始める最初のカードを刺した。

 

【魔法カード『貪欲で無欲な壺』発動! 墓地の異なる種族のカード3種類をデッキに戻し、カードを2枚ドローする】

 

 マスターが戻したのは『マンジュ・ゴッド』、『ライトロード・メイデン・ミネルバ』、『金華猫』の3枚。それぞれ天使族、魔法使い族、獣族と条件を満たしている。

 似た効果の『貪欲な壺』と比較するとデッキに戻すモンスターの数は少ないが、こちらは種類の縛りがある。それだけなら相互互換だろう。だがそれに加えて『貪欲で無欲な壺』はさらにデメリットが大きい。

 

【ただしこのカードの発動ターン、バトルフェイズを行えない】

 

【ふん。バトルを放棄してでも時間稼ぎの手を呼び込むつもりか】

 

【いや、ここは雑に解決させて貰う!】

 

 天に掲げられたカードが光る。

 マスターとAI万丈目さんの間、数キロほどの上空に黒い点が出現する。それは渦を巻きながら範囲を広げていき、やがて空を黒で覆い尽くした。

 

【魔法カード『ブラックホール』】

 

【何?!】

 

 渦の中心に開いた穴に向けて岩や木々が吸い込まれていく。徐々に勢いを増す引力を前に『アームド・ドラゴンLV10』の両足もついに地面から離れ、徐々に浮遊していく。手足を振り地面に戻ろうと抵抗するも虚しく、渦の中へと消えていった。

 

【これでフィールドのモンスターは全滅だ】

 

【おのれぇ……】

 

 地上では起こり得ない暴威に曝されては対抗手段を持たないモンスターはひとたまりもないだろう。

 マスターの宣言通り、フィールドのモンスターが全滅するのは勿論、『アームド・ドラゴンLV10』が呼び寄せた雷雲のカケラすらも残さず空は無に帰した。

 

【カードを1枚セットし、このターンはこれでターンエンド】

 

 ブラックホールが消滅するとフィールドは闘う二人を残して更地と化していた。宇宙規模の災害が襲ったというのに、戦場は青空を取り戻し照りつける太陽が砂を黄金のように輝かせる。

 

【タダでは終わらせんぞ! この瞬間、罠カード『おジャマトリオ』を発動! お前の場におジャマトークンを3体特殊召喚する!】

 

 起き上がった罠カードから3つの影が飛び出した。

 マスターの場に現れた3体どれもが二頭身で同じ赤のブリーフを履いており、それぞれ特徴的な風貌をしている。

 一体は『おジャマ・イエロー』が元となるトークン。名前の通りの全身黄色い肌、顔の半分を占める赤い唇、梨型の頭から伸びる二本の触手の先端に眼球が付いているのが特徴的だ。

 もう一体は『おジャマ・グリーン』が元となるトークン。ゴブリン族のような緑色の肌、鈴型の頭の八割を一つの眼球と口が占めている。そして目を引くのは顔の端から端まで裂けている口に収まりきらない紫色の舌が常に外にはみ出ていることだ。

 そして残る一体は『おジャマ・ブラック』が元となるトークン。重度のメタボ体型でもはや首がどこにあるか判断がつかない。

 どれもマスターの場に似つかわしくない絵面のモンスター達だ。

 

【さらに罠カード『補充要員』を発動! 墓地の攻撃力1500以下の通常モンスターを3体まで手札に加える。俺は墓地の『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・ブラック』を回収する!】

 

 絶えず続く手札増強カードにデュエルから目が離せない。

 そんな中、通気口からモニターを見下ろす視界の上の方で二本の毛が先ほどから揺れているのがいい加減鬱陶しい。

 また勝手に帽子からはみ出た自分の髪が風で揺れているのかと思い髪をかけ上げた時、それと目が合った。いや合った気がしたと言うべきか。

 1センチほどの間隔の黒い瞳。逆三角形の顔の形の先端に2本の顎、恐らく頭部から生えた2本の触覚がチラチラと揺れて見えていたのだろう。正面から見てもその6本の脚とその脚から生えた棘の形まで綺麗に見て取れた。まるで挨拶でもするかのように一本の脚を頭に掲げている。

 あぁ、やはりこの通風口内に響くカタカタという音は風の仕業ではなく、この生き物が闊歩する音だったのだ。精霊状態だと言うのに自分の意識が、いや魂が体から離れているような感覚がした。

 その黒光りする全長5センチほどの生き物が鼻先数センチの距離にいる。その事実を正しく認識した瞬間、

 

「○×△☆は︎@#きゃnぴ?!?!??!」

 

 我を忘れてひっくり返った。

 

 

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「ふむ、期待以上だ」

 

 ディヴァインの一言がモニターの映像から現実へと意識を戻すキッカケだった。

 

「どうだい、アキ? このデュエルは」

 

「そうね。思ったより粘っていると思う」

 

 喉の渇きも忘れる程に見入っていたらしい。

 折角入れたティーカップから立ち昇る湯気は既に無く、案の定口をつけた紅茶は温くなっていた。

 このデュエルを見始めた理由は少し興味があったからだ。私とあの男の二人だけしかいなかったクラスにやってきた八城という男の実力がどれ程のものなのか。

 都合がいいことに相手も彼の実力を引き出すに足る力がある。デュエルアカデミアの黎明期の卒業生。卒業前で既にプロデュエルの世界に踏み込んでいた実力者だ。

 初めてこのAIとデュエルした時、私は負けている。

 『アームド・ドラゴンLV10』を倒したとは言え、流れは依然としてAI万丈目にある。

 モニターに映る白色の髪の青年はこの流れを変えることができるのか。それともこのまま終わるのか。

 このデュエルがどのような結末を迎えるのかが、ただ気になっていた。

 

 燦々と砂漠を照らす陽射しに影が指す。そこで画面に舞い上げられた砂が映る頻度が上がってきたことに気がつく。

 AI万丈目の前に巨大な竜巻が発生したのは直後のことだった。

 

【『ハリケーン』を発動! 邪魔な『強制終了』諸共吹き飛ばせ!】

 

 砂を巻き上げながら巨大化する風の渦は八城に向かって移動を開始する。

 

【さらに罠カード『埋蔵金の地図』を発動。こいつはセットされたこのカードを手札に戻す効果が発動した時に発動できる。カードを2枚ドローし、その後手札を1枚捨てる!】

 

 自分の【ハリケーン】に合わせ、さも当然かの様に手札交換のコンボも重ねていく。

 

 八城を映し出すモニターは全て吹き付ける砂で黒く染まっていった。セットカードが白い光に包まれ風に巻き上げられる瞬間だけモニターの煌めきで伝わってくる。

 まさに連続のパワーカードによる蹂躙。

 暴風が治まり映像が復帰した時には八城の場は"おジャマ"トークンを残すのみだった。

 

【そして俺はフィールド魔法『おジャマ・カントリー』を発動】

 

 何もない砂の大地が突如隆起する。砂を掻き分けて現れたのは粘土の塊だった。

 巨大な大福のような形状のそれは石灰で壁を作った家だった。どの家も側面に空いた穴には木の窓枠がはめ込まれており入り口は丸い木戸で統一されている。

 わざわざここで『おジャマ・カントリー』を発動したと言うことは、あれが来る。

 

【さぁ、舞台は整った! 魔法カード『融合』発動! 手札の『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・ブラック』を融合!】

 

 半透明の状態で現界したおジャマモンスター達は上からイエロー、グリーン、ブラックの順で重なるとまばゆい光を放つ。

 

【現れろ! 『おジャマ・キング』!!】

 

 光の中から現れたのは一頭身の白い巨人だった。巨大な顔面から顔の五分の一も無い腕と脚が生えている。ピンクのパンツを履いているのだが脚が顔から生えているため、顎あてのようにも見え、それがまた生理的嫌悪感を覚えさせられる。

 そして融合素材となった”おジャマ”モンスターの奇形部分を見事に引き継いでいる。

 眼球は二本の顔から伸びた触手の先端に付き、鼻は額から生えているため顔面の上部分を両断する山脈のようになっている。口を開けば顔が上下で別れてしまったのではと錯覚するほど大きい。

 まともなキングの要素はマグカップほどの大きさの王冠が頭上に乗せられている部分だけだ。いや、気持ち悪さだけでいったら間違いなく王の風格を持ち合わせているか。

 

【『おジャマ・キング』が存在する限りお前の場の残りのモンスターゾーンは使用できない】

 

 "おジャマトークン"はアドバンス召喚のためのリリースをすることができない。これで八城は場に新たにモンスターを出すことができなくなった。

 けどそのフィールドロックが狙いではない。

 

【また『おジャマ・カントリー』は俺の場に"おジャマ"モンスターが存在する時、フィールドのモンスターの元々の攻撃力・守備力を入れ替える】

 

 

おジャマ・キング

ATK0→3000  DEF3000→0

 

 

おジャマトークン×3

ATK0→1000  DEF1000→0

 

 

 『ハリケーン』で妨害の芽を摘み、わざわざ攻撃力を上昇させて大型モンスターを構える流れ。

 間違いない。このターンで決めに来ている。

 やけに大きく唾を飲み込む音が聞こえた。それが自分の物であることを自覚するのに一瞬の間を要した。

 

【魔法カード『おジャマッスル』を発動! 『おジャマ・キング』以外の場の"おジャマ"モンスターを全て破壊し、破壊したモンスター1体につき攻撃力を1000ポイント上昇させる!】

 

 八城の場の"おジャマトークン"が次々と爆発した。その粒子を体に取り込んだ『おジャマ・キング』の筋肉が活性化していく。太い血管が浮き上がり、腹の贅肉が消え見事なシックスパックが浮かび上がり、二の腕の力こぶが一回り大きくなった。

 

 

おジャマ・キング

ATK3000→6000

 

 

【さらに! "おジャマトークン"が破壊された時、そのコントローラーは300ポイントのダメージを受ける!】

 

 爆発で巻き上げられた砂埃を突き破り八城の体が宙を舞った。

 ダメージフィードバックレベルを上げた影響か、打ち上げられた高さは3000ものダイレクトアタックを受けた時に匹敵する。砂漠に叩きつけられる様子は見るだけで痛々しい。事実うつ伏せで倒れている八城は苦しそうな表情を浮かべ、直ぐに立ち上がることができない様子だ。

 

 

八城LP1000→100

 

 

 それも当然。

 残りライフは100。もう後はない。

 

【トドメだ! 『おジャマ・キング』でダイレクトアタック!!】

 

 攻撃力6000のダイレクトアタック。

 ライフが万全であっても一撃でゲームを終わらせる事ができる決戦火力だ。

 『ハリケーン』で魔法・罠を吹き飛ばされ、場に盾となるモンスターもいない八城に防ぐ術はない。

 

 『おジャマ・キング』はパンプアップして膨らんだ筋肉を十全に活かし八城目掛けて飛び上がる。踏み込みで舞上げた砂煙を突き抜け、短い脚ながらも10m近くの大ジャンプを成功させていた。両腕を真横に突き出したポーズで体勢を決めると同時にAI万丈目は高らかに攻撃名を宣言する。

 

【おジャマッスル・フライング・ボディアタック!!】

 

 

 太陽を背に受け十字の影を作りながら筋肉という名の凶器が迫り来る。八城を映すモニターは徐々に黒く染まっていく。

 

「ふぅ……」

 

 長くカップを手にしていたままであったが、ようやく紅茶を口にする時間ができた。

 冷め切ってはいるものの慣れ親しんだ味が口に広がり、デュエルの激しい攻防に当てられた昂りを落ち着ける間となった。

 

 本音を言えば、このデュエルで少しだけ八城という男を見直した。

 このAI万丈目を相手に序盤は主導権を握ることができていたと評価するに値するデュエルだった。

 体に多大な負荷がかかるようなダメージを負ったとしても戦意を失わず、そしてライフが残っている限り最後まで全力で戦い抜いたデュエリストには敬意を表さねばなるまい。

 少ししてディヴァインの端末への着信が鳴った。

 

「こちらディヴァイン。どうした?」

 

【こちらラボ003。先ほどのダメージで被験者のバイタルが危険域に達しています。これ以上の負荷がかかると生活に影響する深刻なダメージが残る可能性があります。デュエルを中断しますか?】

 

「ふむ」

 

 バイタルが危険域に達しているのなら直ぐにデュエルは中断すべきだろう。ただでさえ最初に受けたダメージが大きすぎた。 

 

「……?」

 

 そこまで思考を巡らせた時に初めて、デュエルの中止の判断を要するということはデュエルがまだ続いている(・・・・・・・・・・・・)ということだと気がついた。

 モニターは依然として真っ黒なまま。

 ただ予想していた『おジャマ・キング』の巨体が砂漠に激突する衝撃音が聞こえてこない。ノイズが紛れる音声にはバチバチと何かエネルギーがぶつかり拮抗しているような音がスピーカーから流れていた。

 何個かの黒い画面が切り替わり続けると、やがて八城のシルエットが見える角度のモニターへと映像が切り替わる。

 

【はぁ……はぁ……なるほど……カードプールが違うと勝手が違う。はぁ……もっともそれはそっちも同じか】

 

 八城の突き出した右手の先、フライング・ボディプレスを仕掛けた『おジャマ・キング』が不可視の壁に阻まれているかのように、空中で静止している光景が映し出されていた。

 

【手札から発動した『バトル・フェーダー』の効果。相手の直接攻撃宣言時、このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了する】

 

 そう、八城の頭上へ落ちてきた『おジャマ・キング』の巨体をバリアが阻んでいた。

 バリアを張ったのは十字架のような形状の悪魔だった。バリアは振り子時計の針と鐘を先端につけた腕が胴を中心に回転することで発生しているらしい。

 

【ちっ! まだ攻撃を防ぐ手を残していたか】

 

 やがて『バトル・フェーダー』が張ったバリアは『おジャマ・キング』のフライング・ボディプレスを弾き返した。       

 

【はぁ、はぁ……勝手に終わった気になるなよ。くくっ】

 

【ふっ、今の攻撃を凌げたのがそんなに嬉しいか】

 

【それもあるが、それだけじゃない。プロデュエリストっていうのはこんなにも予想を覆してくるものだとはな。いやはや百聞は一見にしかずってヤツか】

 

【まさかデュエル中の相手から褒められるとは思ってもみなかったな】

 

【シナジーがあるカードを使っている訳でもなく"XYZ"、"アームド・ドラゴン"、"おジャマ"の複合テーマデッキをこうも見事に使われたら賛辞の一つくらい出るもんだ】

 

【ふん、貴様も骨があるやつだとは認めよう。お前のデュエルを見せてみろ!】

 

【あぁ、次は俺の番だ】

 

 倒れていた体を起こし砂を払いながらゆっくりと立ち上がる。

 その様子は先程までとは雰囲気が違うような気がした。今まで感じることの無かった闘志がヒシヒシと溢れ出てきている。それはギリギリのピンチを乗り越えた高揚感によるものか。

 あらゆる競技にも共通することかもしれないが、ピンチを凌いだ際にはそれと同等のチャンスが生まれる。勝負を賭けにいったにも関わらずそれを返された場合、もう反撃のためのリソースが残っていないことが大半だ。

 つまりこれは八城にとって絶好の好機。これを活かせるかどうかが実力を見極めるいい機会だろう。

 

「どうやら本人は続行を希望らしい」

 

【バイタルは依然として危険な状態を行き来しています。次ダメージを受ければ命に関わる可能性もありますが】

 

「サイコパワーの反応はどうだ?」

 

【まだこれといった反応は何も】

 

「追い詰められれば数値に影響すると思ったが……いや、まだ様子を見よう。このまま続行だ」

 

【承知しました】

 

 ディヴァインはそう言うと通信を切った。

 ただ残りライフは100。オーバーダメージの負荷は身体に深刻なダメージをもたらすことは経験したからこそ分かっている。

 

「ディヴァイン……」

 

「心配するなアキ。次のダメージを受けそうになったらフィードバックを切るよう連絡を入れる」

 

 私の向ける視線の意味を察していたディヴァインは穏やかな笑みを浮かべながら安心させるように私の望んでいた返事をくれた。

 これで心置きなくこのデュエルを集中して見ることができる。

 モニターに視線を戻すと、八城は既にドローを終えていた。

 AI万丈目はターン終了前にカードを2枚伏せたようだ。

 今度はターンが回ってきた八城が仕掛ける。

 

【手札の魔法カード『イリュージョンの儀式』を捨て、『二重魔法』! 相手の墓地の魔法カードを選択して、そのカードを発動する! 俺が選ぶのは『強欲な壺』】

 

「……」

 

 上手い。

 そして同時に『二重魔法』とは珍しいカードを使っていると思った。その効果は相手に依存するところが多く、積極的に採用されるカードではない。

 ただ1枚の手札を2枚に化けさせる本元のようなアドバンテージは稼げないものの、手札で腐っていた『イリュージョンの儀式』と一緒に手札交換をしたと考えればこれは有効な手だ。

 この2枚のドローで逆転の手を呼び込む可能性は十分に期待できる。

 その瞬間、ドローしたカードを確認した八城の目がギラリと光ったように見えた。

 

【墓地の『黒き森のウィッチ』と『エフェクト・ヴェーラー』を除外し、手札から『カオス・ソーサラー』を特殊召喚!】

 

 白光と闇黒が混ざったサークルよりその男は現れた。魔術師特有の青白い肌、だが露出した上半身から見てとれる筋肉は戦士と言っても十分なほど引き締まっている。既に準備は万端とでも言うように右手に光の魔法、左手に闇の魔法の光が灯っている。

 

 

カオス・ソーサラー

ATK2300  DEF2000

 

 

【『カオス・ソーサラー』の効果発動! 『おジャマ・キング』を次元の狭間へ消し飛ばせ!】

 

 『カオス・ソーサラー』の手に集められた黒と白の光は一つの魔力球となり『おジャマ・キング』へと放たれる。そしてそれは白い巨体の前で拡がりをみせると、歪曲した空間を作り出す。その先は異空間。呑まれれば自力で帰ることは不可能だ。

 

【させるか! 速攻魔法『融合解除』を発動! これにより『おジャマ・キング』を解き、素材となったモンスター一式を場に特殊召喚する!】

 

 『おジャマ・キング』の体が光ると融合元となった三つの体に分裂した。巨体を飲み込むはずだった異次元への入り口は『おジャマ・キング』の残滓を追うように消えていく。

 『おジャマトリオ』で出現していたトークンと同じ姿形をしているモンスターが、今度はAI万丈目のフィールドに現れる。

 

 

おジャマ・イエロー

ATK0  DEF1000

 

 

おジャマ・グリーン

ATK0  DEF1000

 

 

おジャマ・ブラック

ATK0  DEF1000

 

 

 起死回生の一手も虚しく不発に終わった。『カオス・ソーサラー』は効果を使用したターンに攻撃ができない。つまり現状では守備力1000のおジャマモンスターすらも倒せるカードは存在しない。

 このままターンを終了すれば相手はデュエルキングへと上り詰めたこともあるデュエリスト、間違いなく八城の盤面は突破され残り100のライフなど消し飛ぶだろう。

 このままの敗北もあり得る。

 と、八城のデュエリストとしての実力を知らないままであればそう判断していたことだろう。

 

 だがここまでのデュエルを作ってきた男が、この程度のことに考えが及んでいないはずはない。

 まだ何かやる。その確信があった。

 

【『ナイトエンド・ソーサラー』を召喚】

 

 何もない空間から黒い布切れが渦巻いて現れる。布が広がると中から砂漠の金色の砂を反射する一振りの鎌が最初に飛び出し、それを携える腕、胴、頭、足の順で持ち主が姿を見せた。白髪の中から飛び出した兎のような長い耳が目を惹く少年は静かに相手を見据えている。

 

【レベル6の『カオス・ソーサラー』、レベル1の『バトル・フェーダー』にレベル2の『ナイトエンド・ソーサラー』をチューニング!!】

 

「レベル9のシンクロモンスター!?」

 

「ほう。シンクロ召喚も使うか」

 

 一般的にレベルの高いシンクロモンスターはそれだけステータスが高く、有する効果が強い傾向にある。今まで私が見たことのあるシンクロモンスターの中でもレベル9は最高のものだ。

 ディヴァインも興味深い様子で現れるモンスターに期待の眼差しを向けている。

 モンスター達の体から放出されたレベルの数の光球は『ナイトエンド・ソーサラー』の体から生じた一重の輪に並ぶ。

 光球を貫くように光の柱が突き抜けた瞬間、モニター全てが光でホワイトアウトした。

 

【シンクロ召喚! 『ミスト・ウォーム』】

 

 光の中から大量の白い煙が噴き出てくる。その白い煙は瞬く間にフィールド全体に広がっていき、砂漠を燦々と照らす太陽を雲が覆い始めた。

 突如発生した霧に"おジャマ"モンスター達は不安げに辺りを見渡している。

 だが霧の主は依然として高密度の霧の塊の中に姿を隠し続けている。

 

 

ミスト・ウォーム

ATK2500→1500  DEF1500→2500

 

 

 映像が不明瞭な中、八城の効果宣言はマイクが正確に拾った。

 

【『ミスト・ウォーム』のシンクロ召喚時に効果発動! 相手の場のカードを3枚まで手札に戻す!】

 

【なんだと?!】

 

【おジャマモンスターを全て吹き飛ばせ!!】

 

 その攻撃は足元からきた。

 地面を突き破り噴出した高圧の蒸気が"おジャマ"モンスター全てを打ち上げる。空中に放られた"おジャマ"モンスターは呆気なくフィールドから消えていく。

 

【”おジャマ”モンスターが消えたことで『おジャマ・カントリー』による攻守反転状態は解除される】

 

 

ミスト・ウォーム

ATK1500→2500  DEF2500→1500

 

 

 賑やかな住民たちが一斉に消えたことで、この砂漠の町『おジャマ・カントリー』に静寂が訪れた。砂漠を照らす太陽の光さえも遮る分厚い霧によって、この場の支配者が誰であるかが示される。

 八城の真の狙いはこれだったのだ。『カオス・ソーサラー』の効果が不発に終わることも折り込み済みで、全ては最後にこの状況を作るための布石。

 これでAI万丈目の壁となるモンスター全て排除した。

 

【バトル! 『ミスト・ウォーム』でダイレクトアタック!!】

 

 攻撃宣言がなされた直後だった。体に纏っていた霧の鎧を脱いだ主がその姿を晒した。

 青紫色の巨大なムカデ。それが『ミスト・ウォーム』の正体だった。

 節の一つ一つに火山のように隆起した器官があり、そこから霧が絶えず溢れ出ている。

 『ミスト・ウォーム』の体全体を覆っていた霧は口元に集まっていたために、その姿が確認できたようだ。霧は密度を上げてガマ口のように大きく開いた口の前に収束していく。

 

 圧縮された霧が口内が見えなくなるまで充満した時、高密度の水の塊が光線のように吐き出された。

 軌道下の砂が二つに別れ、大地そのものを割る災害のごとく圧倒的な劣勢を覆す逆転の一撃。

 AI万丈目の顔面めがけて放たれたそれは、寸分違わずAI万丈目の額に吸い込まれていき、

 

 

 

 

 

 

 

 一枚のシャボン玉のような薄膜に受け止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 白い一条のレーザーを阻む膜は表面の虹色を揺らしながらエネルギーを四散させていく。

 この現象を引き起こすカードの正体を看破できないデュエリストはいない。

 

【ここに来てかっ!】

 

 八城が苦しげに声を上げる。

 

 聖なるバリア-ミラーフォース-

 

 攻撃反応型の罠の中でも圧倒的な殲滅能力を持つカード。

 

 攻撃の反射角度の調整が完了し、四散していたエネルギーが八城のフィールドに降り注ぐ。

 受けた攻撃の威力を倍増させ跳ね返すバリアは文字通りの破壊の雨をもたらした。

 スピーカーから絨毯爆撃でも起きているかのような地面を抉る爆音が断続的に伝わってくる。

 舞い上がる砂煙によって八城の姿を映していたモニターは全てノイズに呑まれていった。

 

 幾許かしてモニターの映像が戻ると霧で覆われていた空模様はすっかりと晴天へ戻り、相対する二人の場はまた更地と化していた。

 

【……カードを3枚セットし、ターンエンド】

 

 八城の体がぐらついた。

 先のターンで100まで削られたダメージがここにきて出てきたのか。逆転への気力で体を支えていたのだろうが、その目論見が潰えた今、体がとうとう限界を迎えたようだ。

 

「頃合いか」

 

 ディヴァインはデュエル空間にマイクを繋げるよう指示を出す。

 デュエルの音声が切れ静寂が訪れた部屋にオペレーターがキーボードを叩く乾いた音が響く。

 

 最後までデュエルを続けていたらどうだったのだろうか?

 それが最初に浮かんだ疑問だった。身体の負担を無視できたとして、このデュエルは八城の敗北で終わったのか。最後に3枚のカードを伏せたのが気がかりだった。

 程なくしてデュエル空間のオブジェクトは全て停止し、八城のアバターのみが動いている状態となる。

 

「どうだい? このデュエルAI『Type-Thunder』とのデュエルは? そろそろ体がキツくなってきた頃だろう。デュエルをリタイアして休んでも構わないが?」

 

 膝に手を当て震える身体を支えている八城の姿がメインスクリーンに映し出される。耳を澄ませば抑え込もうとしている乱れた呼吸がスピーカーから聞こえてきた。

 音声の伝わるラグなのか、ややあって八城からの応答があった。

 

【はぁ……リタイア? ……冗談はよしてほしい。悪いが負けてやる気は毛頭ない】

 

 鼻で笑いながらそう言い切った。

 この状況でも闘志に衰えを感じさせない芯のある声だった。

 

「ほう? だが状況は芳しくないようだが?」

 

【現状は、だ】

 

 普段の丁寧な言葉遣いは鳴りを潜め、はっきりと断じてみせる。

 このデュエルはまだ終わってなどいない。勝つのは俺だ。

 言外にそう告げているようだった。

 

【それと、こいつとのデュエルの感想? あぁ、最高に楽しいよ。……だけど同時に残念でもある。はぁ……コレとのデュエルはこれっきりで十分だ】

 

「はは。流石に体には堪えたかな?」

 

【体がキツイのは事実だが、理由は違う。……もう底は見えた】

 

 会話の中で八城の足の震えが収まっていた。

 膝にあてていた手を離し、ゆっくりと曲げていた背を伸ばしていく。

 

【はぁ……はぁ……あぁ、クソ。本当に残念だ。本当はこんなもんじゃ無いんだろう? この万丈目と言うデュエリストは】

 

「? いや、このデュエルAI『Type-Thunder』は当時の万丈目準を限りなく近い精度で再現している。それは保証しよう」

 

【違う……はぁ……そう言う事じゃ無いんだ……】

 

 空になった右手を額にあてながら呻くように呟いた。溢れる感情を抑えようとするように右手に力が込められている。が、その時間もわずかなもので、一息吐くと強張っていた体から余計に入っていた力が抜け落ちた。

 

【根本として目指す地平が違っている】

 

 そして面をあげはっきりと告げた。

 

【このAIは詰まる所、目指しているのは当時の万丈目(・・・・・・)というデュエリストを如何に高い精度で再現するかということ。使用するカードも当時のままで、新しく生み出され続けるカードを吸収し研鑽するという行為がない。当の本人ならいざ知らず、高みの収束点が決まっている相手に、果てのない高みを目指す俺が負ける道理はない】

 

 目にかかる白色の前髪を搔きあげながらそう宣言した。

 ライフが残り100、身を守るモンスターもいない危機的状況を前にそう言ってのけた。

 モニター越しでこちらを見る青色の瞳には一切の揺らぎはない。

 

「っ!」

 

 一瞬、その姿が脳裏に刻まれたあのデュエリストの幻影と重なった。

 

「わかった。その言葉の結末はデュエルで見届けさせてもらおう」

 

 通信を切ると、ディヴァインはデュエルの続行を指示する。八城を除いて固まっていたモノクロの世界に色が戻ると電脳世界は動き出す。

 

【先のターンはいい反撃だった。だが、このデュエル! 勝つのは俺様だ!! 俺のターン!!】

 

 AI万丈目のターンが始まった。

 手札は5枚。”おジャマ”モンスター以外のこのターン引いたカードは果たして何なのか。最初の一手に緊張が走る。

 

【『おジャマ・イエロー』を召喚!】

 

 

おジャマ・イエロー

ATK0→1000  DEF1000→0

 

 

 ここで先のターンに『ミスト・ウォーム』で"おジャマ"モンスターを戻したことが仇となった。

 AI万丈目がこのターンに何を引いていようとも八城の残りライフは"おジャマ"モンスターの攻撃力で削りきれる圏内。ダメージソースを引く必要はないのだ。

 互いのリソースは少なくライフも僅か。

 恐らくこのターンで決着がつく。デュエリストとしての勘がそう告げていた。

 気がつけば画面から目が離せなくなっていた。

 

【さぁ行くぞ! 今度こそトドメだ! 『おジャマ・イエロー』でダイレクトアタック!!】

 

 AI万丈目はこのターンでドローしたカードを使用しなかった。

 ならばそれは通らないだろう。

 八城とて何も無策で勝負を賭けた訳ではないはず。

 『おジャマ・イエロー』がひょろ長い手を振りかぶって飛び上がる。

 

【罠カード! 『カウンター・ゲート』!! 更に【強制終了】を】

 

【そう何度も同じ手は食わんぞ! 速攻魔法【サイクロン】!!】

 

 八城の前で起き上がった2枚の罠の内、『強制終了』は起き上がる途中で突風に吹き飛ばされて粉々に砕け散る。AI万丈目の攻撃を二度止めたカードだが、やはり三度目はなかったようだ。

 だが『カウンター・ゲート』の方は効果は健在。

 八城への攻撃を遮るように鋼鉄の扉が出現する。

 『おジャマ・イエロー』の拳は扉に当たるもあっけなく弾き飛ばされた。

 

【だが『カウンター・ゲート』は相手のダイレクトアタックを無効にし、その後カードを1枚ドローする。それがモンスターだった場合、攻撃表示で召喚できる!】

 

【何?!】

 

 ここのドローが勝負の結果を左右する1枚になるのは間違いない。

 八城は瞼を閉じ意識を集中させていた。

 この勝負を賭けた1枚のドローに彼は何を思うのだろうか。

 壊れ物を扱うかのようにそっと優しく右手の指先がデッキの上に乗せられる。

 その瞬間、目が見開かれた。

 

【ドローォォオオ!!】

 

 その気迫はモニター越しにも関わらず私の体の芯まで響いた。

 これが当てられるという感覚なのだろうか。より鮮明に脳裏にフラッシュバックしたのは圧倒的窮地から逆転してみせたデュエリストの姿。胸の奥に熱い炎が灯ったかのような感覚があった。このデュエルの熱で体が火照ってきている。

 八城の場の鋼鉄の扉がギシギシと音を立てながら開かれていく。途端に陽射しに負けない光が中から溢れてくる。

 そして扉が開ききると中から女性が歩み出てきた。

 

「……っ!」

 

 その姿には見覚えがあった。

 少女と表現するには大人びているが、決して大人とも言えない浮世離れした整った顔たち。微笑を浮かべるその瞳の奥に冷たいものを感じさせる。

 紅と黒をベースとしたドレス姿は同性すら惹きつける妖艶さがあった。

 八城が最初にここに訪れた時に使いこなして見せたこのデッキの象徴的モンスター。

 

 

魅惑の女王LV3

ATK500  DEF500

 

 

「ふふっ。面白い。ここで魅惑の女王を引いてくるか!!!」

 

 その奇跡のドローに息を飲んだ。

 ディヴァインは興味深げに笑みを浮かべる。

 このタイミングでの『魅惑の女王LV3』のドローの逆転へと直結する。

 『おジャマ・カントリー』がある現状、攻撃力の面では『おジャマ・イエロー』が『魅惑の女王LV3』を上回っている。だが『魅惑の女王LV3』はレベル3以下の相手モンスターを自身に装備する能力を持っている。

 AI万丈目の残りライフは500。『おジャマ・イエロー』を効果で退かせば『魅惑の女王LV3』の攻撃力圏内だ。

 絶体絶命のピンチが千載一遇の勝機に変わった瞬間だった。

 

【くくくっ】

 

 だからこそモニターに映るAI万丈目が肩を震わせて笑っている光景は余りに場違いなもので、思考に空白が生まれた。 

 

【はーっははっは、モンスターを引き当てたか! だが残念だったな! 俺様のデュエルはお前の更に上を行く! 速攻魔法発動! 『速攻召喚』!!】

 

 ガラ空きだったAI万丈目の場に眩い召喚陣が描かれる。

 

【これにより俺は新たにモンスターを通常召喚する。来い! 『おジャマ・ブラック』】

 

 召喚陣の光を背景にゆっくりと歩を進めるのは二頭身のずんぐり体型。黒光りする贅肉を弛わせながら胸を張って歩を進める姿は自身に満ち溢れている。まるで自分もまた対峙する相手の女王に劣らぬ優美さを備えていると言わんが如く。

 

 だが、数歩も歩かぬうちに足を取られ砂漠の小丘から転がり落ちた。

 

 

おジャマ・ブラック

ATK0→1000  DEF1000→0

 

 

 ゆっくりと頭が状況に追いついてきた。

 素の攻撃力は0、普通にデュエルをしていればそのまま攻撃表示で出されることはない単体では脅威とはかけ離れたモンスターだ。

 

 だが今この場においては勝負を決めるカードとなっている。攻守の反転により魅惑の女王の攻撃力を上回っており、残りのライフ100を削り切るには十分な差があった。

 それ故なのか珍妙な姿をしたこのモンスターから普段は感じることのない歴戦の猛者のような貫禄が溢れているように見えた。

 

【ふっ、そのドローで引いたモンスターが、あと500でも守備力が高ければ勝負は分からなかったな。これでフィニッシュだ!!】

 

「ディヴァイン!!」

 

「っ! あぁ!」

 

 部屋を劈く悲鳴のような私の呼びかけに応えてディヴァインは瞬時に手元の緊急スイッチを押した。

 『おジャマ・ブラック』がその贅肉で弛んでいる体からは想像できないような跳躍を見せたのはまさにその瞬間だった。

 脂ぎった肉に浮かぶ汗が光る。

 『魅惑の女王LV3』の顔が引きつっているのが見えた。魅惑の女王の気持ちは痛いほど分かる。あれは生理的に無理だ。

 だが無情にも肉塊は重力に引きづられて魅惑の女王の上に落下し始めている。そして彼女にはそれを弾き返すだけの力は無い。

 

 重機が落ちたかのような腹の底に響く重低音と同時にモニターいっぱいに土煙が舞い上がった。

 

「なるほど。本当に良い、十分な結果だ」

 

 このデュエルの一部始終を見ていたディヴァインの結論だ。

 私も同じ感想だった。

 初見でこのAI相手にここまで食らいついたのは素直に驚いた。新しいデータが供給されない以上実力は変わらないため、数回このデュエルを繰り返せば彼ならば勝ち筋を見出すことができるだろう。

 

 ディヴァインは八城を電脳空間から戻すため研究員へ指示を出していた。最後のダメージは無いはずなので、命に別状はないはず。

 しかし研究室との通信をするディヴァインの様子は芳しく無い。

 

「ん? ログアウトができない?」

 

【申し訳ありません。戦闘が処理中のまま固まっているようでして……ログアウトのコマンドを受け付けません】

 

「何? ここに来て機材トラブルだと? ここで強制終了はタイミング的にマズイか」

 

【ええ。今意識復帰のためのフェーズをスキップして強制終了するのはダメージを大きく受けた身体への負荷が大き過ぎるかと。今ログの状態を確認しますのでもう少々お待ちください】

 

 機材トラブルとは珍しいこともあるものだ。少なくとも私がこれを利用した時には起きたこともない。ただVR空間でデュエルが進行するため、空間全体の映像処理が必要となる都合上、普段のソリッドビジョンと比べると幾分か処理が遅いことは多々ある。しかし処理が遅いだけで、発動したカードの効果は正確に反映されるし、戦闘やカード発動のエフェクトがスキップされることも無かった。

 

「待って」

 

 ここで最後の戦闘の映像を思い返す。

 果たして『おジャマ・ブラック』の攻撃で魅惑の女王が破壊される効果音(・・・・・・・・)は聞こえただろうか?

 

「まだバトルが終わっていないのかもしれない」

 

 砂煙でまだ映像がぼやけているモニターに自然と全員の視線が集まった。

 

【そろそろ起きてくれ】

 

「……!」

 

 それがスピーカーから聞こえた最初の八城の声だった。

 数秒の間が空き映像が戻る。

 戦場の様子は予想通りのものだった。大の字で砂漠に伏している『おジャマ・ブラック』と、姿の見えなくなった『魅惑の女王LV3』。状況だけ見れば脂ぎったボディプレスを受けてなす術なく破壊されたのだろう。

 

 ピクリと大の字でプレスをかけている『おジャマ・ブラック』の体が僅かに動いた。『おジャマ・ブラック』の表情からふざけた笑みが消えていく。身体の揺れが大きくなっていくことに動揺しているようだ。

 そして『おジャマ・ブラック』の体が少しずつ、少しずつだか浮き始めた。その正体は魔法なんて幻想的なものではない。砂漠に埋もれ砂まみれとなった『魅惑の女王LV3』が下から姿をみせる。

 登場の時の優美で妖艶な姿は何処へ消えたのか。今にも倒れそうに震えながら、魅惑の女王はその細い両腕で太った『おジャマ・ブラック』の体を持ち上げていた。苦悶に表情を歪め何か呪文、いや怨嗟の声なのか? 同じことをブツブツと言っているように口が動いている。

 果たしてデュエル中の3Dモデルのモンスターはここまで表情豊かだっただろうか。鬼気迫る表情とはまさにこのことを言うのだろう。私の目に狂いがなければ魅惑の女王は青筋を立てているように見える。それは本当に生きている人間かのような反応だった。

 ナイフやフォークよりも重いものなど持ったことが無さそうな細い腕をしているのに、一体どこにそんな力があったというのか。

 その疑問の答えは天から降りてきた。

 『魅惑の女王LV3』の頭上に向けて、その部分だけ世界を切り取ったかのようにゆっくりと一冊の分厚い本が降りてくる。

 

【速攻魔法『禁じられた聖典』。ダメージ計算時に発動し、このカード以外の効果を封じた上で戦闘を行うモンスターの攻撃力・守備力を元々の数値に戻す】

 

【なんだとっ!?!?】

 

 『禁じられた聖典』は『魅惑の女王LV3』のステータスを強化するものではない。即ち彼女は今自力で『おジャマ・ブラック』の体を持ち上げ切っているということだ。華奢な体つきをしている女王にそんな筋力が備わっているはずはない。火事場の馬鹿力を出しているのだと言わんばかりに、額に血管を浮かび上がらせながら歯を食いしばり、それでもプルプルと足を震わせながらも両足で立っている。これが女王の矜持というものなのか。

 

 そして一度瞼を閉じると気合いを入れるように大きく息を吐き出した。

 ゆっくりと膝を曲げ腰を下ろしていく。汗が頬を伝わり顎から滴り落ちるのが画面に映し出される。目をきつく結び息をこらえながらしゃがんでいき、ついにお尻を膝よりも低い位置まで落としきった。

 その様子をこの部屋の人間は誰しもが固唾を飲んで見守っていた。

 魅惑の女王の表情が苦悶から一転、一呼吸の間に獰猛な笑みに変わった瞬間だった。

 

【はぁっ!!!!】

 

 その時は訪れた。

 『魅惑の女王LV3』は目を見開くと同時に腹の底から気合の一声をあげ、ウェイトリフティングのように一瞬で『おジャマ・ブラック』の体を持ち上げた。

 

 いや。持ち上げ切る勢いに任せて上へ放り投げていた。

 

 魔法の力でも働いているのか、『おジャマ・ブラック』は自力の跳躍時よりもさらに高くまで飛んでいた。

 まだ魅惑の女王の動きは止まらない。

 さらに天からゆっくり降りてきた聖典を遅いと言わんばかりに乱暴にむんずと掴むと、それを大きく振りかぶる。そして左半身を前に出しドレスのスカートがめくれるのを躊躇わず左足を高く上げると、

 

【せぇぇぇぇぇえええいっ!!!】

 

野球の投手さながらの投球フォームで聖典をぶん投げた。

 弾丸のようなスピードで砂漠世界を飛んでいく聖典というのは何と珍しい光景か。

 絶妙なコントロールで投げられた聖典の角は『おジャマ・ブラック』の鳩尾に吸い込まれた。そして命中して尚、その威力は衰えず『おジャマ・ブラック』を巻き込んで砂漠で放物線を描いていた。

 

【ちょ、まっ! のわぁぁぁぁぁぁああ!!】

 

 そして射線上にいたAI万丈目をも巻き込み吹っ飛んでいくと、砂の山へと埋もれてしまった。

 

 

万丈目LP500→0

 

 

 そうして最後は何とも締まらない攻撃方法でこのデュエルの幕を下ろした。

 魅惑の女王は最後に八城に向かって振り返ると鼻を鳴らしながら何か口にしていたようだが、それもまた気のせいだったのだろうか?

 

 

 

————————

——————

————

 

「はぁ……はぁ……」

 

 心臓は激しく脈打ち、全身から嫌な汗がダラダラと流れ出る。まるで命が溢れでているのではと錯覚する。肉体的な外傷は無いが、身体の芯にダメージを受けているような感覚が確かにあった。

 辛うじて意識は保てているが、これよりもダメージを受けていたら眠りから当分は覚めることはなかっただろう。

 

「うっ……くっ!」

 

 突然の嘔吐感を歯を食いしばり抑えるが、喉を焼く胃酸の不快感がジリジリと身体を蝕む。

 

「水をどうぞ」

 

「……ありがとうございます」

 

 研究員から差し出されたペットボトルを受け取ったときに、腕から指先に至るまで筋肉が細かく痙攣していることに気がついた。

 碌に力が入らないが、キャップを予め少し開けて渡されたお陰でどうにか水を飲むことができた。

 口から食道を通り胃に冷たい水が流れる感覚がハッキリとわかる。それだけ身体が熱を帯びているということだろう。

 だがお陰で喉にこびり付いていた焼けるような不快な感覚が拭え、少しだけ身体が回復できた気がする。

 

 こうなる事は潜入任務も決めた時から覚悟していたが、これが続くとなると身体が先に堪えてしまうのが目に見えている。早くこの任務を終わらせなければ……

 

 まだ視界もピントが合わずボヤけている中、ヘッドセットが解除され突如部屋の明かりに晒される。反射的に手をかざして視界を遮る俺の耳に届いたのは一人の拍手だった。

 

「素晴らしいデュエルだった。君を迎えて良かったと確信したよ」

 

「ふぅ……ありがとうございます。私も良い体験ができました。最後のような緊張感があるデュエルは久々で……心地よかったです」

 

 呼吸を気合いで元に戻し、不調を表情の奥に隠す。会話に意識を集中させ、まだ疼く体内の痛みから気を逸らしていく。

 

「あぁ。あのラストドローが君に勝利をもたらしたが、裏を返せばアレがなければ負けていた。参考までに聞かせて欲しいのだが、あのドローの時、君は何を考えていたんだい?」

 

「何を……そうですね……」

 

 瞑目してあの時のことを思い返す。

 暗闇の中、自分だけがいる。

 デュエルディスクにセットされたデッキのトップのカード、それがこちらの世界と向こうの世界の境界。

 デッキの上に指を乗せた時、指先から水の底に沈むように意識が向こうの世界に落ちていく感覚があった。より深く深く潜っていくと僅かな光が見えたような気がした。

 

「勝つこと」

 

 究極的に言えばその一言に尽きる。

 ただ勝利のビジョンのみを思い浮かべていると光が形作られて向こうの世界から手を伸ばしていたカードと触れ合ったような気がした。その繋がりを引き抜くイメージでドローした時、自分の思い描いたカードが引けていたのだ。

 ただそんな具体的な説明をする筈もなかった。

 

「はは……なるほど」

 

 この答えにはディヴァインも苦笑いを浮かべていた。恐らくこれは素の反応だろう。

 

「それとデュエル中データを取らせてもらったのだが、なかなか興味深い結果が出たよ」

 

「どんな結果だったのですか?」

 

「君には僅かだがサイコデュエリストとしての力が計測されている。このグラフを見たまえ」

 

 ディヴァインが指差すモニターには波グラフが二つ映されていた。片方は大きく値が上下に振れているが、もう一方は振れ幅があるのは最初だけで途中からグラフが下に大きく振れたまま横一直線のグラフになっている。

 

「見ての通り波形は大きく違う。サイコデュエリストの力が発現している人間は振れ幅が大きく波長も短くなる。対して君はこの波の振れ幅が途中で一切無くなっている。まるでスピーカーの電源コードを抜いたみたいにね。だが注目すべきはそこでは無い。初期の波形はサイコデュエリストの力の発動のそれと一致しているのが分かるだろう」

 

 二つのグラフが重なると確かに波形の細かい振れ幅は違えど、言われてみれば類似する形状に見える。

 

「つまりだ。君はサイコデュエリストとしての才能を有している。そしてその力を無意識に抑えることに成功しているということだ!」

 

 興奮冷めやらぬといった様子で熱く語りかける。

 だが対照的に俺の心はただただ冷め切っていた。

 

「ん? 驚かないのかい?」

 

「! ……いえ。何が何だか。まだいまいちピンと来ていなくて」

 

「ははっ! それもそうか。力が発現していることもわかっていなかったと言うのに、それを無意識に抑えていると言われてもわからないのは当然というものだろう」

 

 その実、俺はどちらも認識していることだ。当時の事はあまり記憶にないが、かつてこの世界に来た直後、その力を目覚めさせて暴走したらしい。それをサイレント・マジシャンに封印して貰っているのが現状だ。

 だが、だからこそ不可解な点もある。力の封印をかけていた筈なのにそれが僅かにでも溢れているということだ。これは一度サイレント・マジシャンに体の状態を見て貰った方が良いだろう。封印が解けかかっているなら再度封印を施すべきだ。

 ただこの状況で封印が解けかかっていたことは潜入任務のためと考えれば好機でもある。

 

「それで今後の話なのだが、定期的に君のデュエルデータを取らせてはもらえないか? 君が力をセーブしているメカニズムが分かれば、アキのように力を制御できない子のための研究に役立たせることができる」

 

 そうディヴァインは微笑みながら問いかけてきた。

 実に最もらしい言葉だ。

 そして事実、サイコパワーの研究においてその力を抑える研究が必要なのだろう。力を抑える事ができるのならば、反対にその力を引き出し増幅させ暴走させることも可能なはずだ。その研究の過程で危険な薬物投与、パーソナルデータの抽出、人権を無視した実験などの実態を掴めるかもしれない。

 

「あぁ。私にできることであれば喜んで」

 

 今回の俺の任務は潜入と研究データを盗み出すこと。

 互いに笑顔の仮面の下で策謀を巡らせながら、固い握手を交わした。

 

 ……ところでディヴァインの後方の天井から白い髪がプラプラ揺れているのが目に入っているのだが、サイレント・マジシャンは一体何をやっているんだ?




27,28話の振り返りをここで書くと長くなるので、後ほどTwitterにまとめます。
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