事の発端は一本の電話だった。
それは治安維持局勤めでの書類との格闘を終え、翌日のアトラス様のスケジュールを確認している最中、廊下でバッタリ上司であるイェーガー室長と出くわしてしまったときのことであった。
いじらしい笑みを浮かべたイェーガー室長との会話が始まって間もなく携帯が鳴った。内心では苦手な上司との会話を避けることができると思い心を躍らせながらも、電話に出る許可を頂いてから通話を開始した。
その電話の相手は治安維持局のコールセンター窓口からだった。コールセンター窓口からかかってくることなど身に覚えも無く、不振に思いながら電話に出ると、なんでもその相手はデュエルスタジアムの警備員からの電話を受けたらしい。
その内容を要約すると“スタジアムでキングと見知らぬ学生らしき人間がデュエルをしているのだが、スタジアムの使用申請がされていない。そういうことは事前に申請をしてからやってくれ”とのクレームがきたとのことだ。このクレームの対応は無事済ませたのだが、はたしてキングは今日スタジアムでデュエルをするスケジュールがあったのか、それを秘書の私に確認するために電話を繋いだらしい。
どうかと問われれば答えはNOなのだが、ここでNOと答えてコールセンターから再びスタジアムの警備員に繋いで、デュエルを中止させるよう依頼すると言うのも今更だ。そんなことをすれば治安維持局の信用問題にも関わる。それに堂々とスタジアムでデュエルをすると言う選択は、恐れる事を知らない彼の判断なのだろう。ともなれば、その相手はアトラス様自らがデュエルをする事を望んだ相手と言う事になる。そんなデュエルを中断させられたら、アトラス様の機嫌が損なわれる事は容易に想像できる。そう判断した私は“スタジアムの申請をし忘れてしまったのかも知れない”と適当にごまかしながら電話を切った。
とは言え、キングであるアトラス様のフリーなデュエルがそう簡単に許される事であるはずもない。私の一存でこのデュエルを許可することはできない以上、ゴドウィン長官への報告が必要だろう。
私の電話する様子を見ていたイェーガー室長は概ねの事態を把握していたようで、二言三言のやり取りを済ませると先にモニタールームに向かっていく。その後、急いで長官室に向かい長官への報告をすると、その内容には長官も珍しく驚いた様子を見せた。そう言った経緯で、今私はゴドウィン長官と一緒にモニタールームへ向かっている。
「長官」
「…………」
呼びかけに足を止めるゴドウィン長官。長官室でのやり取りでは、アトラス様がスタジアムで学生と思わしき一般人とデュエルしていると言うことの報告しか出来ていなかった。そのために伝えていない事がある。
「報告が遅くなってしまい、申し訳ありません」
「…………」
それは謝罪。今日はアトラス様の休日で秘書としての仕事は無かったとは言え、こんな事態になってしまった事に対する責任が全くないとは言えない。仮にも秘書として近い場所にいる以上、業務内容には無いがアトラス様の行動の先読みも求められるのだ。深々と頭を下げていると、顔を上げるように声がかかる。
「今回の件は不測の事態でした。今日はキングの貴重な休日。そのスケジュールの管理までされる事を、彼は良しとしなかったでしょう。報告の遅れも仕方がありません。むしろ今回のような場合にも関わらず報告が挙がったことだけでも僥倖と言えます。それに幸いにも相手はただの一般人。スキャンダルとして取り上げられたとしても、彼のキングとしての経歴が危ぶまれる事は無いでしょう」
「…………」
“キングとしての経歴が危ぶまれる事は無い”と言うのは、アトラス様が勝つ事が前提の事。もちろん相手が誰であろうとも、アトラス様が負けるなどとは毛頭思っていない。
ただ、気がかりなのはその学生だった。アトラス様が特別興味を持った様子の学生の心当たりなど、一人しか思い当たらない。自分が引き取った同居人の青年の顔が頭に浮かぶ。
まさか…………ね……
相手が学生らしき人と言う事であって、学生だと決まった訳ではない。それに万が一相手が八代君だったとしても……と、ここまで考えて思考が停止する。
相手が八代君だったらどうなるのだろう?
確かに八代君はアトラス様を除く私の身近にいるデュエリストの中では一番強い。セキュリティの中の凄腕とされる牛尾君にも毎回勝っているし、デュエルアカデミア内でも負け無しらしい。この前自分も戦ってみたが、やっぱり全然敵わなかった。
アトラス様が負ける未来は見えない。ただ、八代君が相手なら八代君があっさり敗北する未来もまた同じく見えなかった。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ。なんでもありません」
ずっと俯いていた事を不審に思われたらしい。つい考え事に耽ってしまった。アトラス様が誰と戦っているかはこの扉を潜れば分かる事。
ただ、この時なぜだかこの扉を潜りたくない。そんなことを思った。
自動ドアが開くと中には既にイェーガー室長がいた。ちょうど携帯での連絡を終えたところのようだ。入ってきたゴドウィン長官に気が付くと恭しく頭を下げる。
「お待ちしておりました、長官。既にスタジアムの警備員には箝口令を敷き、その場の権限は治安維持局に移譲させました。スタジアムの出入り口もすべて監視中なので、万が一スタジアム内に鼠が紛れ込んでいたとしても、今回の件の情報が漏洩する恐れは無いでしょう」
「流石ですね、イェーガー室長」
「恐縮でございます。イッヒッヒッ」
タイミングを見計らったかのように設置された巨大モニターにスタジアム内の映像が流れる。そしてその両脇に2つずつ小さな空中ディスプレイが展開され、別の角度から対峙する2人のデュエリストが映し出された。
「…………」
「おやおや、これはまぁ」
様子を見るにもう既にデュエルは始まっているようだった。アトラス様の場に並ぶ2体の竜。一つは彼の代名詞とも言える絶対的力を持つ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。もう一つは見た事の無い竜だった。白くしなやかな体つきをした美しい竜。一見細身で儚いように見える姿だが、その内からは力強さを感じさせる。そんな2体の竜を従えるアトラス様を見せられ、改めてその実力に驚かされる。だが、それ以上に驚くべき事があった。
「八代君っ?!」
2体の竜と正面から向き合っているのは、エースカードであるサイレント・マジシャンを場に出しているデュエリスト。それは見紛う事も無い、同居している青年であった。
「ほう、ジャックの相手を知っているのですか?」
「あぁそう言えば。もうすぐで1年にもなりますか。あなたが保護責任者になってから。彼が……その彼なんですね?」
「…………はい」
頭の中で否定していた。まさかそんな事がある訳が無いと。だが現実を見てみれば、まるでそこにいるのが当たり前と言うようにアトラス様と対峙する八代君の姿があった。
「ふむ。彼もそれなりのようですが……ヒッヒッヒッ! やはりキングに及ばないようですね。彼が倒れるのも、最早時間の問題」
「…………」
「…………」
アトラス様の優勢と断じるイェーガー室長と無言のゴドウィン長官。確かにフィールドを見れば2体の竜を場に出しているアトラス様の方が優勢だ。だけど……
“手札が増えれば反撃の可能性も増やせる”
八代君に言われた言葉が思い出される。手札の枚数を見ればアトラス様は1枚なのに対し、八代君は6枚。これはつまり八代君はまだ反撃の手を残していると言う事になる。このデュエルが早々に決着がつくとは到底思えなかった。
『これでターンエンドだ!』
『…………ふふっ……』
「————っ!」
モニター越しに聞こえる彼らの声。その時、確かに見えた。うっすらだが八代君が初めて笑うところを。その表情の変化はとても小さなものだったが、なんだかとても楽しそうだった。
「中断させますか?」
「いえ、もう少し見守りましょう」
イェーガー室長のこのデュエルを中断させる提案を切って、真剣な眼差しでモニターを見つめるゴドウィン長官。長官の目にはこのデュエルがどのように映るのか、それを推し量る事は出来なかった。
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八代LP3300
手札:6枚
場:『サイレント・マジシャンLV4』(『ガガガシールド』装備)
フィールド:『魔法都市エンディミオン』
セット:無し
ジャック・アトラスLP2800
手札:1枚
場:『レッド・デーモンズ・ドラゴン』、『スターダスト・ドラゴン』
セット:魔法・罠2枚
「俺のターン、ドロー」
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に加え『スターダスト・ドラゴン』を並べられ、さらにカードを2枚セットされたこの状況は辛いものがある。だがここを突破できれば、今ジャック・アトラスの手札は『マッド・デーモン』1枚。勝利の流れは一気にこちらに来るはず。『漆黒のパワーストーン』を処理されてしまったが、サイレント・マジシャンに魔力カウンターを乗せる手は残っている。このターンで攻勢に打って出る。
「『黒魔力の精製者』を召喚」
『ガガガシールド』を構えたサイレント・マジシャンの側に現れたのは、分厚い魔術の本を片手に抱えた魔術師。着ているのはシャープな形状の金と群青に染まった魔導服だが、帽子は他の魔法使い族モンスターのような尖り帽ではなく、天辺が平らな兜のような形状の帽子だった。口元は白い布で隠れており顔は見えないため、どのような表情をしているかは全く読めない。
黒魔力の精製者
ATK1200 DEF1800
「このカードは1ターンに1度、表側攻撃表示のこのカードを表側守備表示に変更し、自分の場の魔力カウンターを置くことができるカードに魔力カウンターを1つ置くことができる。『黒魔力の精製者』を守備表示に変更し、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターを1つ乗せる」
『黒魔力の精製者』の掌に魔力が集中していき、1つの光の小球が精製される。その光球はサイレント・マジシャンに向かって飛んでいき、体の中に取り込まれていく。吸収した魔力によって体を更に成長させたサイレント・マジシャンはまだ顔に幼さは残すものの、より大人の女性の体つきに近づいていった。
サイレント・マジシャンLV4
魔力カウンター 3→4
ATK2500→3000
セットカードは残り2枚。ここで一番注意すべきはあのカードが攻撃反応型の罠の可能性が残っていると言う事。モンスターを破壊する類いのカードだったら『ガガガシールド』の効力を受けているサイレント・マジシャンを守る事はできる。だが、攻撃反応型の除外する効果を持つカード『次元幽閉』だった場合は守る事はできない。しかしセットカードを恐れて攻めに転じるタイミングを逃せば勝機は訪れない。
『…………』
サイレント・マジシャンを見れば俺の意思に応えるように頷いてみせる。どうやらサイレント・マジシャンも覚悟はできているようだ。
「バトル。『サイレント・マジシャンLV4』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!」
サイレント・マジシャンの杖に込められた魔力が一気に膨張する。その瞳に映るのは相対する強敵、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』のみ。その相手を倒すためだけに集中された魔力を解き放つべくサイレント・マジシャンがその杖を振りかぶる。そのサイレント・マジシャンを迎え撃つため『レッド・デーモンズ・ドラゴン』はその右腕に炎を纏い始める。その様子を眺めるジャック・アトラスは余裕の笑みを浮かべたままだった。
「なるほどな。『ガガガシールド』を装備した『サイレント・マジシャンLV4』は1ターンに2度まであらゆる破壊をされない事を利用し、レッド・デーモンズだけを倒そうと言う訳か。だが! そんな小手先の手で我がレッド・デーモンズを倒せはせん! ダメージステップ時、永続トラップ『闇の呪縛』を発動! このカードは相手の場の表側表示のモンンスターを選択し、そのモンスターの攻撃力を700ポイントダウンさせる」
「……!」
露わになったセットカード。そこから飛び出したのは何本もの鎖。
『うっ……!』
噴射された鎖はサイレント・マジシャンの四肢に巻き付きその体を縛り上げる。攻撃のモーションに入っている最中の出来事。振り下ろされるはずだった杖は途中で止まり、結果そこに蓄えられていた魔力は中途半端な状態で発射される。
サイレント・マジシャンLV4
ATK3000→2300
しかしそんな半端な状態での攻撃が通じるはずも無かった。サイレント・マジシャンの攻撃はあっさりと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前に弾き飛ばされる。
「レッド・デーモンズに刃を向けた事を後悔するが良い!! 反撃のアブソリュート・パワーフォース!!」
『……っ!!』
ギラリと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の瞳が光った。炎に包まれたその右腕がサイレント・マジシャンに迫る。咄嗟にガードしようと前に突き出した『ガガガシールド』がその攻撃を受け止めた。
『きゃぁぁああ!!』
予想外の衝撃に悲鳴を上げ弾き飛ばされるサイレント・マジシャン。その攻撃の余波が俺のライフを削り取る。
八代LP3300→2600
「『闇の呪縛』の対象となったモンスターは攻撃も表示形式の変更もできない。攻撃の手を失った貴様に、最早このバトルフェイズは続行できまい」
鎖を解こうと藻掻くサイレント・マジシャンを見て、ジャック・アトラスがそう告げる。まさにその攻撃は予想通りだったと言わんばかりの表情だ。
『うぅ……』
鎖にしばられ自由が利かず苦しそうなサイレント・マジシャン。その様子を見た途端、不意に心がざわついた。
「まだだ!」
「何?」
声を張り上げたのは無意識。なぜこんな気持ちになるのかなんてことはどうでも良い。今はただあの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒す事だけが頭を支配していた。怪訝そうな顔のジャック・アトラスを他所に、俺は更なる手札のカードを切った。
「速攻魔法、『ディメンション・マジック』発動。自分の場の魔法使い族モンスター1体をリリースし、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。俺は場の『黒魔力の精製者』をリリース」
黒い煙が立ち籠めると共にその中から出てきたのは人型の棺だった。それは巨大マジックの大脱出ショーで使われるセットような鉄パイプの立方体の中に鎖でつながれている。その棺は開き『黒魔力の精製者』がその中に入ると、再びその扉が閉められる。
「っ!! 永続トラップ、『ディメンジョン・スイッチ』発動! 自分の場のモンスター1体を選択してゲームから除外する。この効果で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を除外!」
「くっ……逃がしたか……俺は手札から『氷の女王』を特殊召喚」
空間に亀裂が走り異次元に繋がるゲートが開かれる。そしてその中に消えていく『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。そして直後に棺が再び開かれた。そこから姿を現したのはその中に入った『黒魔力の精製者』では無く、透き通るような白い肌の女性。水色の髪も肌と同じ色の白いドレスもよく見ると氷で作られていた。氷で出来たロッドが地面に触れると、途端にそこから氷が広がっていく。
氷の女王
ATK2900 DEF2100
「その後、フィールド上のモンスターを1体破壊できる。俺が破壊するのは『スターダスト・ドラゴン』」
『氷の女王』はそのロッドを『スターダスト・ドラゴン』に向けると青白い光線が放たれた。その光線が直撃した『スターダスト・ドラゴン』の体は隅々まで凍り付き氷の彫像となる。ロッドを地面に付けるとその氷の彫像は木っ端微塵に砕け散った。
『スターダスト・ドラゴン』はあらゆる破壊効果を無効化する効果を持っている。だが『ディメンションマジック』の効果のモンスターを破壊する効果は効果解決時に選択するものであって、発動時は手札の魔法使い族を特殊召喚する効果扱いとなっている。そのため『スターダスト・ドラゴン』ではそれを無効にする事は出来ない。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 12→13
「これで壁モンスターは居なくなった。『氷の女王』でダイレクトアタック!」
「キングのデュエルは常に相手の先を行く! 『ディメンジョン・スイッチ』のもう一つの効果発動! このカードを墓地に送る事で、このカードの効果で除外したモンスターを特殊召喚する。舞い戻れ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」
空間に亀裂が奔る。そしてその罅割れから獰猛な鉤爪が飛び出す。その空間をこじ開けるように入った亀裂を鉤爪は広げていき、中から『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が飛び出してきた。
レッド・デーモンズ・ドラゴン
ATK3000 DEF2000
「くっ……これでターンエンドだ」
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。正直なところ打点こそ高いものの耐性がある訳でもない。今まで対峙してきたモンスターと比べても特別強力な効果を持っていると言う事でもない。なのに、この6ターンの間、この『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できずにいる。それは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の力と言うよりも、ジャック・アトラスが『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の力を十二分に引き出した結果なのだろう。
「俺のターン、ドロー!」
「相手プレイヤーがドローした事で『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る」
『うぅぅ……あぁぁ!!』
魔力カウンターが増え、体が成長したサイレント・マジシャン。だが、その成長した体に巻き付いていた鎖が一層深く食い込み苦悶の声を蒸らす。特に胸元はキツく締め上げられる事になり、かなり息苦しそうだ。
サイレント・マジシャンLV4
魔力カウンター 4→5
ATK2300→2800
次のターンになれば、既に魔力カウンターが5つ乗っているサイレント・マジシャンをレベルアップさせ、『闇の呪縛』の鎖から解き放つ事が出来る。そのためにもこのターン、サイレント・マジシャンを守りきらなければ……
「マジックカード、『紅蓮魔竜の壺』を発動! このカードは自分の場に『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が居る時のみ発動する事ができるカード。デッキから2枚ドローする。ただし制約として、次の相手のターンのエンドフェイズ時までモンスターの召喚、特殊召喚はできなくなる」
ジャック・アトラスの前に『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の顔が描かれた壺が現れる。その壺から出た光がジャック・アトラスのデュエルディスクに注ぎ込まれる。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 13→14
これで相手の手札は『マッド・デーモン』と『紅蓮魔竜の壺』の効果でドローした2枚。まさかこのタイミングで手札の枚数を増やされるとは。
「『闇の誘惑』を発動! デッキから2枚ドローし、俺は手札から闇属性の『マッド・デーモン』を除外する」
更にデッキからカードを2枚ドローし『マッド・デーモン』が除外される。これであの3枚の手札は完全に未知のものとなった。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 14→15
「ふははっ! どうやら運は俺に味方したようだ! さらに俺は2枚目の『紅蓮魔竜の壺』を発動! カードを2枚ドローする」
「なんだと!?」
このターンに2回目となる『紅蓮魔竜の壺』の出現。それにより手札は4枚まで増加する。このターンの開始前は1枚だった手札が3枚も増加するとは、流石に驚きを隠せない。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 15→16
だが『紅蓮魔竜の壺』にはデメリットである発動したプレイヤーは次のターンのエンドフェイズ時までモンスターを召喚、特殊召喚出来なくなる制約を負う。つまりこのターンこれ以上モンスターが出てくる事は無い。
「バトルだ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『氷の女王』を攻撃!」
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃が『氷の女王』を襲う。攻撃力の差は100と言えども、そこには絶対的な差が存在する。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の炎を帯びた右腕と『氷の女王』の杖から放射される青白い光線は拮抗しているように見えるが徐々に押され始める。
「如何に氷を操る最上級魔術師が相手と言えども、我がレッド・デーモンズの業火を止める事など出来ん! やれぇ!!」
ジャック・アトラスの声に応えるように咆哮をあげると、その拮抗は完全に崩れ右腕の炎は『氷の女王』を焼き尽くした。場に残ったのは『氷の女王』付けていた白銀のティアラのみ。
八代LP2600→2500
「『氷の女王』が破壊され墓地に送られたとき、墓地に魔法使い族モンスターが3体以上いる場合、墓地の魔法カードを1枚手札に加える事ができる。俺の墓地には既に魔法使い族モンスターが3体以上いるためこの効果は使用可能。俺が手札に加えるのは『死者蘇生』!」
残されたティアラが輝きを放ち始める。その輝きを受けたデュエルディスクは墓地から『死者蘇生』のカードを戻した。
「……カードを4枚セットしてターンエンドだ」
4枚の新たなセットカードか。随分と強固の布陣だ。こいつはサイレント・マジシャンの攻撃を簡単には通してくれなさそうだな。
「俺のターン、ドロー」
「このドローフェイズ、トラップ発動! 『デモンズ・チェーン』!」
「なっ!?」
「その様子だとこの効果は知っているようだな! 対象は当然『サイレント・マジシャンLV4』だ!」
セットカードが捲られると、そこから緑色に錆び付いた鎖が噴射される。それはサイレント・マジシャンに巻き付くと、『闇の呪縛』の束縛に加えてさらに鎖に締め上げられる。
『うっ……くぅ……うぅぅ……』
力の抜けるような声を漏らしながらサイレント・マジシャンの体は輝きを放つ。そしてその光は『デモンズ・チェーン』の鎖に伝播していく。
『は、はぅぅ! ふぅあっ! あ……んっ! あぁぁぁ!』
やがてその声は喘ぎ声へと変わっていき、体もどんどん幼い『サイレント・マジシャンLV4』の姿へと戻っていく。まるで鎖に力を奪われていくかのように。
サイレント・マジシャンLV4
魔力カウンター 5→0
ATK2800→300
『デモンズ・チェーン』。それは対象のモンスターの効果を奪う悪魔の鎖。そしてその鎖に捕われた者の攻撃する力も奪っていく。『闇の呪縛』、『デモンズ・チェーン』の双方の鎖に捕われたサイレント・マジシャンは四肢を縛られて宙につり下げられた。その両目は閉じられ力なく眠っているようだ。
「くっ……」
思わず噛み締める力が強くなる。一刻も早くサイレント・マジシャンを鎖の呪縛から解放しなければ、このままだと次のターンに『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃を受けてゲームエンドになってしまう。だが、幸いこの状況を打開できるカードを引けたのが救いか。
「『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンターを6つ取り除き、俺は手札から『神聖魔導王エンディミオン』を特殊召喚する」
中央の塔の周りを回る魔力球の中の6つがその軌道を変化させ、サイレント・マジシャンの横で円を描く。そしてその6つの光球は光の線で結ばれ、円の中に六芒星が描かれる。立ち籠める黒い煙。その中から現れたのはシャープな魔導服を着込んだ漆黒の魔術師。縁はグラスグリーンで彩られ、所々に薄紫の宝玉が埋め込まれている。身丈の半分程の大きさの金属輪が背中に付けられ、そこを通した紫のマントが時おり風で靡く。クワガタ顎のように二股に分かれた紫の帽子と、羽をモチーフにした目元を覆う仮面が一体となっていて、仮面から覗かせる瞳は妖しく光っていた。
神聖魔導王エンディミオン
ATK2700 DEF1700
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 16→10
こいつのこの効果での特殊召喚時の魔法回収効果と、手札の魔法をコストに場のカードを破壊する効果があれば、この状況を一気にひっくり返す事が出来る。そしてたとえ破壊されようとも自身の効果での特殊召喚は墓地からでも可能。つまり魔法都市にはまだ10の魔力カウンターが残っている今なら、破壊されても直ぐに蘇生する事が出来る。しかし『神聖魔導王エンディミオン』を前にしてもなお、ジャック・アトラスは焦る様子は無い。
「この効果で特殊召喚に成功したとき、墓地から魔法カード1枚を手札に加える事ができる。俺は墓地の『闇の誘惑』を回収する」
紫の宝玉を囲む鉤型に曲がった部分を先端にした長い杖。それを振るうと墓地へと続く漆黒の穴が開かれる。そこから周りを照らす光が現れ、杖の動きに合わせデュエルディスクに向かって飛んできた。光を吸収したデュエルディスクは墓地から『闇の誘惑』のカードを吐き出させる。
「トラップ発動! 『奈落の落とし穴』! 特殊召喚した『神聖魔導王エンディミオン』を除外する!」
「しまっ……!!」
言い終わる前に異変は起きた。地鳴りと共に『神聖魔導王エンディミオン』の足下の空間が割れる。その先に続くのは異次元空間。そこに引きずり込まんとする引力は最上級魔術師の『神聖魔導王エンディミオン』ですら抵抗する事を許さない。そうして何事も無かったかのように閉じていく空間の後には何も残らなかった。
「頼みのエースの『サイレント・マジシャンLV4』は鎖に繋がれ、反撃の一手である『神聖魔導王エンディミオン』は除外された! さぁ、どうする!」
「……………………」
残り3枚のセットカードによる妨害、完全に失念していた。別に警戒していたからと言って、それを避ける手段は無かった。ただ、あらゆる可能性を思考して動くいつものデュエルが出来ていない。
『ます……た………』
「――――っ!」
今にも消えてしまいそうな力ないサイレント・マジシャンの声。体の自由を奪われ、四肢を軋み上げる2つの鎖の呪縛に捕われた痛々しい様子。
それを見るとどうしてこうも心がざわつくのだ?
「………確かにこの手札の中にこの場を逆転するカードは無い」
「ふん、ならばターンエンドでも……」
「だが! 逆転のカードが無いなら引き込むまでだ!! マジックカード『闇の誘惑』を発動!」
まただ。声を張り上げるなんて、どうにもいつもの調子ではない。感情的になったところで引くカードは変わらないのだ。ただ、ここであのカードを引けなければ敗北が確定する。
ドクンッ!
心臓が激しく高鳴る。あの感覚だ。デッキに置いた指先にカードの感覚が伝わってくる。ここで唯一の逆転に繋がるただ1枚のカード、そいつをこの手中に引き込む。
「ドローッ!!」
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 10→11
「っ!! 俺は『闇の誘惑』の効果で『召喚僧サモンプリースト』を除外」
『召喚僧サモンプリースト』のカードを除外しながら思う。多分、今俺は笑っているのだと。
手札に来た只1枚の逆転のカード。引き込んだそれを迷わずデュエルディスクに挿入する。
「そして俺はマジックカード『レベルアップ!』を発動! この効果で『サイレント・マジシャンLV4』を墓地に送り、デッキから『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚する」
『はっ!!』
直後、力強く目を見開いたサイレント・マジシャンの体から爆発的な光が広がっていく。サイレント・マジシャンを縛っていた2つの鎖は、その衝撃で吹き飛ばされ跡形も無く消えていった。
やがて閃光からその姿が露となる。先程まで力なく宙吊りにされていた少女だった姿はどこへやら、ゆらりと滑らかな髪を風に揺らしながら力強く大地に立つ女性がそこにはいた。“純白”、まさにその言葉が一番似合う白魔術師。完全に成長したこの姿からは幼さはすっかり抜け落ち、顔つき体つき共に大人の女性のものとなっている。ついにこのデッキのエースが真の姿を解放した。
サイレント・マジシャンLV8
ATK3500 DEF1000
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 11→12
素の打点で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できる唯一のカード。サイレント・マジシャンは対峙する『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒すと言う意志を示すかのようにその杖を向ける。
「ほう、この土壇場でまだ抗う術を引き込むとは。そうでなくては面白くない!」
完全な姿のサイレント・マジシャンを前にしても、ジャック・アトラスはこの状況を楽しむかのように笑みを浮かべていた。
残りのセットカードは2枚。『レベルアップ!』の発動で『サイレント・マジシャンLV8』の特殊召喚には成功している事から、召喚反応の罠では無いようだ。攻撃反応型の可能性も残っているが、まだ返しの札も残っている。とは言え、それは除去カードに対するものであって、先程のように除外されてしまうと正直もうお手上げになってしまう。
だが『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を打ち倒すこれと無い好機。ここで畳み掛ければゲームエンドまで持ち込める可能性も十分にある。いつだってそう、勝利と敗北は紙一重。勇気ある一歩が勝利を掴み取る時もあれば、その一歩が敗北の地雷を踏み抜いてしまう時もある。ただ、その一歩を踏み出す事をしなければ永遠に勝利を掴み取る事は出来ない。故にここは攻める!
「さらに『死者蘇生』を発動。墓地から『ブリザード・プリンセス』を特殊召喚する」
サイレント・マジシャンの真横に現れた黒い穴。そこから生えてきたのはマンホールより二回り程太い氷柱。高さは2メートル程だろうか。卵が割れ新たな生命が誕生するかのように、砕け散った氷柱から姿を現したのは氷の姫。楽しそうに杖を振るうと、その杖に鎖でつながれた巨大な氷球がそれに合わせて舞い、重力に従い地面に落ちて辺りに地鳴りを響かせる。
ブリザード・プリンセス
ATK2800 DEF2100
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 12→13
この2人の攻撃が通れば勝利が確定する。布陣は整った。この手が吉と出るか凶と出るか。立ちはだかる『レッド・デーモンズ・ドラゴン』、そしてそれを従えるジャック・アトラスを倒すべく攻撃の火蓋を切った。
「バトル。『サイレント・マジシャン』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に……」
「貴様の攻撃などレッド・デーモンズの咆哮で掻き消してくれる! トラップカード『威嚇する咆哮』発動! これにより貴様はこのターンバトルフェイズを行えない!」
大地を揺るがす今日最大の咆哮。ビリビリと伝わってくる嘗て感じた事の無い強さの音の波。それだけで2人の魔術師の体の自由は奪われていた。
「ちっ……カードを1枚伏せてターンエンドだ」
仕留めきれなかったか。『サイレント・マジシャンLV8』と『ブリザード・プリンセス』が並んだ状況を目の当たりにしても、全く動じる様子もなかったことから何かあるとは践んでいたが、それが『威嚇する咆哮』とは……ここは場に2人の魔術師を残せた事を喜ぶべきなのか。
「俺のターン、ドロー!」
ジャック・アトラスの手札は今引いた1枚のみ。その手札から何を繰り出してくるかは未知数。こちらのセットカードでは2人を守る事は出来ない。固唾を呑んでそのカードの行方を見守る。
「バトル! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『ブリザード・プリンセス』を攻撃! アブソリュート・パワーフォース!」
業火を纏った右腕が『ブリザード・プリンセス』を襲う。氷を操る最高の攻撃力を誇る『氷の女王』ですら受けきれなかった一撃を受け止められるはずも無く、氷は水に還りその姿は消滅した。『ブリザード・プリンセス』の防ぎきれなかった炎がライフを削っていく。
八代LP2500→2300
「せっかく蘇生したモンスターも我がレッド・デーモンズの前では無力だったようだな」
「だがその『レッド・デーモンズ・ドラゴン』でも、俺のサイレント・マジシャンには手も足も出ないようじゃないか」
『………!』
「ほう、言ってくれる。俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」
俺の受け答えにニヤリと笑ってみせるジャック・アトラス。やはりどうも調子が狂う。普段なら受け答えなどしなかっただろう。だがそれがこの胸の高鳴り、高揚感の正体である“楽しい”と言う感覚のせいなのか。
あの1枚はセットカード。これで伏せは2枚。セットカード増えた事で再び召喚反応、攻撃反応などの警戒すべきカードの可能性が生まれた。
「俺のターン、ドロー」
くっ、やはり序盤でのドローターボで引きたいカードを引き過ぎたか……デッキを安定させるために複数枚積んでいたカードが手札で被って死に札となっている。そろそろ決着を付けないとデッキも保たないな。デュエルディスクに差し込まれた残り枚数が一桁になっているデッキが危機感を煽る。
「永続トラップ『リビングデッドの呼び声』を発動。墓地から『マジカル・コンダクター』を攻撃表示で特殊召喚する」
墓地から呼び戻したのは『マジカル・コンダクター』。思えば先のターンの『死者蘇生』でこいつを特殊召喚する手があった事をすっかり失念していた。どうにも『サイレント・マジシャンLV8』の特殊召喚に成功したことで油断が生まれていたようだ。
マジカル・コンダクター
ATK1700 DEF1400
ここでも召喚反応のカードが発動する兆しは見られない。これはもう召喚反応の罠が仕掛けられていないと見ても良さそうだ。
「『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンターを使って『マジカル・コンダクター』の効果発動。8つの魔力カウンターを使って墓地から『ブリザード・プリンセス』を特殊召喚する」
中央の塔の周りを回るすべての魔力球が『マジカル・コンダクター』の元に集まっていく。8つの魔力球を吸収した『マジカル・コンダクター』は今日描く最大級の魔方陣を作り上げる。その中央から現れた氷柱から再び『ブリザード・プリンセス』がその姿を現す。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 13→5
ブリザード・プリンセス
ATK2800 DEF2100
場に3人の魔術師が並ぶ。今度こそ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』もろともジャック・アトラスを倒しこのデュエルに勝つ!
「バトル! 『サイレント・マジシャンLV8』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!」
白い光を放つ魔力がサイレント・マジシャンの杖に集中する。今日3度目の『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とのバトル。1度目は向こうからの攻撃を『ガガガシールド』で受け止め引き分けた。2度目はこちらから仕掛けたが反対に『闇の呪縛』に捉えられ反撃を受けた。これも『ガガガシールド』の効力があったおかげで引き分けに持ち込めた。この3度目は、この3度目こそは勝ってみせる。サイレント・マジシャンも同じ気持ちなのだろう。その後ろ姿からはそんな決意のようなものを感じる。そしてその決着をつけるべくサイレント・マジシャンが地面を蹴って飛び出す。
「トラップカード『陰謀の盾』を発動! このカードは発動後、装備カードとなり自分の場のモンスターに装備する。俺は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に装備!」
サイレント・マジシャンの行く手を阻むように『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前に盾が出現する。ブラウンをベースとした金縁の盾。そこには向かい合うように銀のペガサスが描かれ、その前足を描かれた盾の上に乗せている。盾の中に描かれた盾は十字に配色を分けられ、同色が隣り合わないように赤と白の2色で色付けられていた。
それに構う事無く振りかぶった杖を振り下ろすサイレント・マジシャン。攻撃力3500の魔法使い族史上最強を誇るサイレント・マジシャンの一撃。白き輝きを放つ膨大な魔力の奔流がその盾に押し寄せる。盾はその勢いに押され徐々に亀裂が入り始める。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
気合いの一声と共に放出される魔力が膨れ上がる。目の前を白一色で染上げんばかりの魔力はその盾をついに打ち砕く。しかし……
『なっ!?』
白い光が収まり見えたのは無傷の『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。全力で放った一撃をもってしても盾を砕く事だけに留まってしまった事実にサイレント・マジシャンは驚愕を隠せないようだ。
「無駄だ! 如何に強力な攻撃力を持つサイレント・マジシャンであっても、この『陰謀の盾』は1ターンに1度、装備モンスターの戦闘破壊を無効にし、更にそのダメージを0にする!」
また防がれた……この場に既に10ターンも居座り続けている『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。それはこの場に君臨する絶対王者のようだ。サイレント・マジシャンの攻撃が防がれた今、俺の場に『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できるモンスターはいない。
「……ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー。……っ!」
最早防御する札も残っておらず、『マジカル・コンダクター』や『ブリザード・プリンセス』は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃の格好の的となっている。
「……………」
「……………」
しかし、いったい何を引いたんだ? 先程からあの引いたカードを見たまま固まって、ターンの進行をしていない。そのカードをどうするのか思考しているのか?
「…………ふっ、どうやら今度はこちらの番と言う訳か……」
「…………?」
「くくくっ、ふははははははっ!! この感覚だ! この俺の渇きを満たす事の出来るデュエル、それを俺は待ち望んでいた! 奴とのデュエル以外でそれは満たされる事は無いと思っていたが、やはり俺の目に狂いは無かった! 八代! 貴様も今、感じているのだろう? この昂りを!!」
突如弾けるように笑い出すジャック・アトラス。その様子だと、どうやらお互い同じ気持ちでデュエルをしていたらしい。気が付けば口はまた勝手に動き出していた。
「あぁ、そうかもしれない。いや……そうだ! この感覚、このデュエルで満たされる確かな実感を感じている!」
「そうか! このデュエルでキングたるこの俺の、幾重にも張り巡らされた未知の罠を恐れず進む貴様の勇気は見事だった! そしてならば俺もその未知の領域に足を踏み入れよう!」
「なにを……?」
「『アドバンスドロー』を発動! 俺は場のレベル8以上のモンスターをリリースして2枚ドローする。俺がリリースするのは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」
「なっ!? 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を自ら捨てただと?!」
「捨てたのではない!! 生まれ変わるのだ!!」
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の姿が光へと変わっていく。最期の雄叫びを上げるとその姿は光へと変換されジャック・アトラスのデュエルディスクに降り注ぐ。
「行くぞ!! ドロォォー!!」
固唾を呑んでその様子を見つめる。このドローは何を導くのか。このデュエルの行方を決める運命の賽は投げられた。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 5→6
「……っ! どうやら運命は俺に味方したようだ! さらにマジックカード『貪欲な壺』を発動! 墓地の『レッド・デーモンズ・ドラゴン』、『スターダスト・ドラゴン』、『ランサー・デーモン』、『トラップ・イーター』、『トリック・デーモン』の5体をデッキに戻し、更に2枚ドロー!!」
ここに来て『貪欲な壺』を引くドロー力。運命すらも自分に引き寄せるドロー力が無ければキングと言う地位を維持する事は出来ないのだろう。このドローで何を引くのかは分からない。ただ、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』がエクストラデッキに戻った今、このターン中に再び『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が召喚される。そんな予感がしていた。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 6→7
だが、ただ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を再び出したところで、それでは『アドバンスドロー』発動する前と状況は変わらない。いったいこのターン何を仕掛けてくるのか。
「貴様の場の『リビングデッドの呼び声』を墓地に送り『トラップ・イーター』を特殊召喚! そして『リビングデッドの呼び声』が場を離れた事で『マジカル・コンダクター』は破壊される!」
「くっ……」
場の『リビングデッドの呼び声』を丸呑みにしてジャック・アトラスの場に現れた『トラップ・イーター』。まさか1度のデュエルで2度もその姿を見る事になるとは。
トラップ・イーター
ATK1900 DEF1600
『リビングデッドの呼び声』のカードが噛み砕かれると同時に、『マジカル・コンダクター』は胸の辺りを抑えて苦しみ始める。そして真下に出現した墓地に続く穴へと沈み消えて行った。これで場にはレベル4のチューナーが1体で、まだ召喚権が残っている。先程の予感が確信へと変わった。
「さらに『バイス・バーサーカー』を召喚」
「ここで『バイス・バーサーカー』だと!?」
『…………?』
腕を組みながら体表が水色の人型の悪魔。頭や肩、肘先、胸、股、腿に膝下は特に分厚く発達した紫色の鎧のような肌が覆っている。『バイス・バーサーカー』はその体よりも大きな一対の漆黒の翼を羽ばたかせながらゆっくりとフィールドに降りてきた。
バイス・バーサーカー
ATK1000 DEF1000
レベル4のモンスターの中ではステータスは低いモンスター。場にいる時は特に能力も無いのだが、その真価はシンクロ召喚に使用されたときに発揮される。
「レベル4の『バイス・バーサーカー』にレベル4の『トラップ・イーター』をチューニング!」
『トラップ・イーター』が4つの緑光を放つ輪に姿を変化させ、その中を『バイス・バーサーカー』が飛翔する。輪の中で『バイス・バーサーカー』の輪郭が解け4つの輝く光球が体内から飛び出した。
「王者の鼓動、今ここに列を成す! 天地鳴動の力を見るが良い!!」
光の柱が輪の中を抜ける。確信した通りの事が起きた。そこから現れようとする力、その圧倒的な威圧感を前に嫌な汗が背中を伝う。
「シンクロ召喚! 我が魂ぃ!! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!!」
光が弾けた。中から溢れるのはその熱で光を歪ませる程の業火。すべてを焼き尽さんばかりの紅蓮の炎を纏った悪魔の竜は、再びこの場に戻った存在感を誇示するかのように高らかな轟咆を上げる。
レッド・デーモンズ・ドラゴン
ATK3000 DEF2000
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前とは違う只ならぬ圧を感じ取ったのか、サイレント・マジシャンは俺を守るように間に割って入る。
「『バイス・バーサーカー』を素材としてシンクロ召喚を行ったプレイヤーは2000ポイントのダメージを受ける」
足下に出現した黒い穴から溢れ出す黒い靄のようなものがジャック・アトラスを包み込む。ライフが大幅に削られているのにも関わらず、そこにある表情は勝利に飢えた肉食獣のような獰猛な笑みだった。
ジャックLP2800→800
「だが、そのかわりこのカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターの攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで2000ポイントアップする。よって『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力は5000!!」
ジャック・アトラスのライフを削っていた闇が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に吸収されていく。
爆発。
溢れる力を周りに放出しなければ体を保てないとでも言うように、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は雄叫びを上げ、体を纏う炎がその勢いをより一層増す。筋肉を隆起させその体つきも一回り大きくなっていた。
レッド・デーモンズ・ドラゴン
ATK3000→5000
『…………』
圧倒的の力の前にサイレント・マジシャンはただ言葉を失っていた。
『バイス・バーサーカー』の能力で攻撃力が上昇するのはエンドフェイズまで。『ブリザード・プリンセス』を攻撃したところで俺のライフは100残る以上、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃の矛先は確実にサイレント・マジシャンに向かう。
「くっ!」
その攻撃が来るのが分かっていながら、それを止める術を持たないこの状況が歯がゆい。そしてサイレント・マジシャンにとっての死刑宣告が告げられる。
「受けろ! 我が魂の一撃を! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『サイレント・マジシャンLV8』を攻撃! アブソリュート・パワァーフォォォース!!!」
『……はっ!』
絶対に敗北すると彼女も理解しているはずだろう。それでもサイレント・マジシャンはその手の杖に持てる魔力のすべてを注ぎ込み、迫る『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向かっていく。
放たれる白い魔力の奔流。今までもあらゆる敵を打ち倒してきた一撃。されど今回は相手が悪かった。
『……っ!』
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の炎を纏った右腕はまるで紙を千切るように、サイレント・マジシャンが放った濁流の如く押し寄せる魔力の奔流を引き裂いて行く。そこには拮抗など起きる事無く、あるのは一方的な蹂躙。そして『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の右腕は魔力の放出源であるサイレント・マジシャンの杖まで到達する。
直後、右腕に弾かれるように吹き飛ばされるサイレント・マジシャン。その体が宙を舞う様子はスローモーションで、足下からゆっくり光の粒子となって消えていく。サイレント・マジシャンがフィールドから消えると同時に、押し寄せる熱風と衝撃が俺のライフを大幅に削っていった。
八代LP2300→800
長かった両者の戦いに決着がついた。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は元の場に戻ると戦いに勝利した事を誇示するかのように咆哮をあげる。
「カードを1枚セットし、ターンエンドだ」
ターンエンド宣言が終わると『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の姿は一回り縮み、元の姿に戻っていった。
レッド・デーモンズ・ドラゴン
ATK5000→3000
だが、まだこれで終わりじゃない。逆転の手は残されている!
「俺のターン、ドロー。マジックカード『貪欲な壺』を発動。墓地の『サイレント・マジシャンLV8』、『召喚僧サモンプリースト』、『見習い魔術師』、『水晶の占い師』、『マジカル・コンダクター』の5枚をデッキに戻し2枚ドローする」
サイレント・マジシャンを失った現状、こちらの場には『ブリザード・プリンセス』のみ。対するジャック・アトラスの場には『レッド・デーモンズ・ドラゴン』と先程セットされたカード1枚に5ターン前から伏せられているカードが1枚。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 7→8
今ある手札は『レベル調整』、『魔法都市エンディミオン』が2枚、『テラ・フォーミング』。そしてこの『貪欲な壺』で引いた『旗鼓堂々』と『手札抹殺』の6枚。まず『手札抹殺』を使ってこの手札で腐っている『魔法都市エンディミオン』2枚と『テラ・フォーミング』を別のカードと交換しておきたい。ここまでは確定なのだが、問題は『レベル調整』と『旗鼓堂々』の2枚だ。
まず『レベル調整』。このカードは墓地の”LV”と名のつくモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚できる通常魔法。デメリットとしてはそのモンスターのこのターンの効果の発動及び攻撃が出来なくなる事、そして相手は2枚ドロー出来ると言う事。これを使えば『サイレント・マジシャンLV4』を復活させられる。ただ現状サイレント・マジシャンをレベル8にするための手は無いため、『手札抹殺』でもう一度あのカードを引き込まなければならない。さらに相手に2枚ドローさせる効果がどうもネックだ。とは言え、あの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒せるビジョンが思い描けるのは後にも先にもこいつしかいないのも事実。発動するならジャック・アトラスの手札が無い事を利用し、先にこのカードをセットしてから『手札抹殺』を発動することで墓地にカードを送る機会を与えない方が賢明だろう。
次に『旗鼓堂々』。このカードは墓地の装備カードを場の正しい対象に装備できる速攻魔法。デメリットしてはこのターンのその後の特殊召喚を封じられる事。これで『ブリザード・プリンセス』に攻撃力を上昇させる装備魔法を付ければ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できる可能性はある。だが、これで反撃を受け『ブリザード・プリンセス』が破壊された場合、その後の『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚すると言う道は完全に絶える。かといってこのカードを『手札抹殺』を発動する前にセットすればこのターンで発動は出来なくなる。
つまりこのターンの最大の悩みどころは『ブリザード・プリンセス』で仕掛けるか、否かと言う事になる。サイレント・マジシャンでしか『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒せるビジョンが湧かないと言うのは、俺の直感であって論理的な根拠は何も無い。それにサイレント・マジシャンをレベル8にできるかどうかすら分からない。もしかしたらここで仕掛ければ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒せる可能性だってある。
「どうした? ターンを進めないのか? 今更我がレッド・デーモンズの前で恐れを成した訳でもあるまい!」
「………!」
そうだ、いったい俺は何を恐れている?
2枚のセットカードがあると言ったところで、それを恐れて仕掛けなければ勝機など巡ってくる事なんてありはしない。僅かでも可能性があるならそこに賭けて攻めるべきなんじゃないのか。
「俺は………」
『マスター……』
「――――っ! カードを2枚セットし、マジックカード『手札抹殺』を発動! お互い手札をすべて捨て、捨てた枚数だけ新たにドローするっ!」
一瞬、脳裏を過ったサイレント・マジシャンの姿。そして聞こえた声。当然フィールドを見回したところでサイレント・マジシャンの姿などあるはずも無い。一度デュエルで場に出たサイレント・マジシャンはそのデュエルが終わるまで精霊化して俺の側に来る事は無いのだから。だが、それは直前で俺の判断を変えた。セットカードを前に恐れを成した訳ではない。
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 8→9
“あの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』にリターンマッチしてやるのはお前なんだろ?”
新たに手札に加えた3枚のカードの先頭のカード、『サイレント・マジシャンLV8』の姿を見ながらそう思った。
再び視線を相手に戻す。倒すべきは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とジャック・アトラス。立ちはだかる強固なコンビネーションを打ち砕かない限り俺に勝利は訪れない。
何気なく視線を戻したつもりだったが、そこで信じられないものが目に飛び込んできた。
「なっ! どうして手札が2枚に増えている?!」
「ふん、今頃気付いたか。貴様が『手札抹殺』を発動した瞬間、こちらもトラップカードを発動していた」
「何っ?」
ここでジャック・アトラスの場で露わになっているカードの存在に気付いた。随分と考える事に集中し過ぎて周りが見えていなかったらしい。
「トラップカード『無謀な欲張り』。このカードは2回のドローフェイズをスキップするかわりに、2枚カードをドローする効果を持つ。これにより俺は2枚カードをドローした。そして貴様の『手札抹殺』の効果でそのカードを捨て新たに2枚カードをドローしたのだ。さぁ、随分と思い悩んでいたようだが次の手は決まったか?」
「くっ、伏せていた『レベル調整』を発動。相手は2枚ドローし、自分は墓地から“LV”と名のつくモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。俺は墓地から『サイレント・マジシャンLV4』を特殊召喚する」
光を放つ小さな魔方陣からサイレント・マジシャンが召喚される。ただ、その姿からは先程までの凛々しさは無くなり、むしろあの強大な『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前では儚さすら感じる。そんな状態でも彼女の背中からは微塵も迷いを感じない。そこにあるのは確かな信頼だった。
サイレント・マジシャンLV4
ATK1000 DEF1000
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 9→10
「ふん、今更『サイレント・マジシャンLV4』を呼び出したところで、我が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』には遠く及ばんぞ!」
「だったらその距離を縮めるために俺がその背中を押してやるまでだ! 手札からマジックカード『レベルアップ!』を発動! 『サイレント・マジシャンLV4』を墓地に送り、『サイレント・マジシャンLV8』を手札から特殊召喚する!」
爆発的な光が降り注ぐ。
その光に包まれたサイレント・マジシャンは魔力を吸収し真の力を取り戻していく。そして『レベルアップ!』による導きのもと、再びデッキのエースたるサイレント・マジシャンがその姿を現す。墓地の暗闇とのコントラストのせいか、そのとき現れたサイレント・マジシャンは神々しく目に映った。
サイレント・マジシャンLV8
ATK3500 DEF1000
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 10→11
「流石だ。1ターンにして召喚条件の厳しいエースを呼び戻すとは。貴様をデュエルの相手に選んだこのジャック・アトラスの目に狂いは無かったようだ」
「いつまで余裕でいられるかな? もう『バイス・バーサーカー』によるステータスアップは無くなっているんだぞ?」
相手の手札が増えたのは痛いところだが、これで相手の場には5ターン前から伏せられているカード以外の防御をし得るカードは無い。だが、あれが仮に強力な攻撃反応型のカードなら発動する機会はいくらでもあった。なのにこのカードは一向に発動する事は無かった。つまりここから導かれる結論は、今この『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を守るカードは何も無いと言う事だ。
「バトル! 『サイレント・マジシャンLV8』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!」
『いきます……』
サイレント・マジシャンが小声で呟く。
既に魔力の充填が終わったその杖を『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向けると、先程のお返しとばかりにすべてを飲み込まん勢いの白い魔力が放出される。セットカードが発動される気配はない。
いけるっ!!
そう確信した時、突如サイレント・マジシャンの攻撃は掻き消された。
『あっ…………?』
「えっ…………?」
口から間の抜けた声が漏れる。それは攻撃していたサイレント・マジシャンも同じだった。
何が起きたか理解が追いつかない。ただ、目の前のありのままの事実を述べるなら、サイレント・マジシャンの攻撃は打ち消され、依然として『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は健在でありジャック・アトラスのライフポイントは1ポイントも減っていないと言う事だ。
「墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果だ。墓地のこのカードをゲームから除外する事で、相手ターンのバトルを1度だけ無効にできる」
「馬鹿な!? そんなカードを墓地に送るタイミングは…………っ!」
————————トラップカード『無謀な欲張り』。
————————このカードは2回のドローフェイズをスキップするかわりに、2枚カードをドローする効果を持つ。
————————これにより俺は2枚カードをドローした。
————————そして貴様の『手札抹殺』の効果でそのカードを捨て新たに2枚カードをドローしたのだ。
「そう、貴様が発動した『手札抹殺』。あれにより『無謀な欲張り』で手札に加わっていた『ネクロ・ガードナー』を墓地に送っていたのだ」
勝利を確信していた。だが、仕留めきれなかった……
完全に『手札抹殺』を利用されている。あのタイミングで『無謀な欲張り』を発動させる事で、墓地に送るべきカードを手札に呼び込む神業的ドロー力。これがキングと称されるこのシティのトップに立つ男の実力か……
「くっ…………」
改めてジャック・アトラスの手札が4枚である現状が重くのしかかる。相手に手札を与える事の危険さ、それを狭霧に説いたばかりだったな。そんな事をふと思い出す。まして相手がジャック・アトラスともなると、その危険度は計り知れない。使用するカードが予想できないのだ。下手にモンスターをセットすれば『マッド・デーモン』や『ランサー・デーモン』の様な貫通効果を持ったモンスターで、残り僅か800のライフを削りきれる可能性すら十分あり得る。その攻撃を止める術も無い今、不用意にモンスターをセットする事すら憚られる。だが、この場の布陣を返された場合、ここで守備モンスターを出すための召喚権を使わなかったことが敗北に直結する可能性もある。
逡巡。
それが俺の次の一手を決めかねたとき、サイレント・マジシャンと目が合う。
『………………』
「………………」
一瞬の視線の交錯。その揺るがない瞳に強い意志を感じた。言葉など不要。我ながら細い神経だとごちる。このターンの初動を『手札抹殺』に決めた時点でサイレント・マジシャンにこのデュエルの行方を預ける覚悟を決めたはず。それなのに相手の手札の枚数が増えた途端これだ。
だが、もう迷わない。
「俺はカードを1枚伏せてターンエンド」
最早、守るためのモンスターなど出す気は無い。サイレント・マジシャンにこのデュエルの運命を預ける。睨み合うお互いのエースモンスター。生き残るのはサイレント・マジシャンか『レッド・デーモンズ・ドラゴン』か。この決着がこのデュエルの決着を意味するだろう。そしてその決着の時が迫る。
「ふん、『無謀な欲張り』の効果によりドローフェイズはスキップされる。だが、先程の『レベル調整』によるドローで俺に勝利の手札は揃っている! このジャック・アトラスに手札を与えた事を後悔するが良い!」
ジャック・アトラスの手札は4枚。場には『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とセットカードが1枚。迎え撃つ俺の場には攻撃表示の『サイレント・マジシャンLV8』と『ブリザード・プリンセス』が並び、セットカードが2枚ある。普通のデュエリストなら素の攻撃力で勝っている『ブリザード・プリンセス』を標的に攻撃を仕掛けてくるだろう。だが恐らくジャック・アトラスは、このターン素の攻撃力で劣る『サイレント・マジシャンLV8』に仕掛けてくる。
「くくく、楽しいデュエルだった。だが、楽しい時間と言うのは常に早く過ぎ行くもの。このデュエルもいよいよ決着の時は近いようだ」
「あぁ、同感だ。そろそろここいらで白黒はっきりさせよう」
やけに舌が回る。本当に今日は調子が狂いっぱなしだ。目を閉じれば瞼の裏に映る今日のデュエルの激しいぶつかり合い。過去最高と言っても良いデッキの回り。だが、それをもってしても倒す事が出来ない立ちはだかり続ける壁。それに一度は破れもした。
しかし! それでも! こうして再び見えている!!
目を見開く。そして宣誓する。それは宿敵を打ち倒すと言う決意を。そして傍らにいる者に伝える覚悟を。計らずもお互いに口火を切るタイミングは同時だった。
「貴様のサイレント・マジシャンを倒して幕を閉じる!! 勝つのはこの俺だ!!!」
「あんたのレッド・デーモンズを倒して仕舞いだ!! 勝つのはこの俺だ!!!」
そして間が生まれた。まるで向かい合う手練の剣士が構えてお互いの隙を探りあっているように、張りつめた空気がこの場を支配している。手札を持っていない右手で軽く握りこぶしを作れば、手にはじんわり汗が滲み、自分の心臓の音はゆっくりと、しかし力強く脈拍を刻む。時間にしたら僅かなものだったのかも知れない。されど研ぎすまされた感覚はその間を何倍、何十倍まで引き延ばしているようにすら感じさせる。
やがて動き出したジャック・アトラス。手札にある1枚のカードを抜き取るとそれをデュエルディスクに差し込む。そのモーションすら動画のコマ送りを見ているように、動作の一つ一つが鮮明に脳に伝えられる。
「俺は『デーモンの斧』を『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に装備。これにより攻撃力は1000ポイントアップする」
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の右腕に出現した巨大な斧。刃は分厚くその斧の半分程の大きさを占め鈍く光っている。そこまでならただの巨大な斧で済む。だがその刃が生えている場所が深緑色の皺だらけの人の頭部と言う光景を見れば、誰もが制作者の悪魔的狂気を感じるだろう。
レッド・デーモンズ・ドラゴン
ATK3000→4000
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 11→12
どんな手で来るのかと思えば、自身の攻撃力を上昇させる正攻法で来たか。『団結の力』や『魔導師の力』、『巨大化』と言ったカードが出る前まで最大の攻撃力の上昇値を誇っていた装備魔法。その上昇値1000と言う数値は今でも大きいと言える。それを軽々振り回す様子から『デーモンの斧』は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の右腕によく馴染んでいる事が伺える。
「これで『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力は貴様の『サイレント・マジシャンLV8』を上回った! 行くぞ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃! アブソリュート・パワァァーフォォォォース!!!」
こうしてサイレント・マジシャンと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の6度目の戦いの火蓋は切られた。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』はこの戦いに勝利すると言う意思を示すかのように、力強い雄叫びをあげるとその右腕に炎を集める。
その炎は腕だけでなく『デーモンの斧』までにも及び、灼熱の業火に包まれた『デーモンの斧』は妖しげな赤黒い光を放ち始める。そしてその状態で勢い良くサイレント・マジシャンに迫る…………と思われた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』だが直前で角度を変え、天を目指して急上昇を開始した。その高さは魔法都市の一番高い塔の高さをも越え、あっという間にその姿が豆のように小さくなる。どうやら落下する力も利用して、持てる力をすべて出し切る算段なようだ。
「攻撃宣言時、速攻魔法『旗鼓堂々』を発動! 墓地の装備カードを正しい装備対象に装備する。俺は『ワンショット・ワンド』を『サイレント・マジシャンLV8』に装備。そして『ワンショット・ワンド』の効果により『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃力は800ポイントアップする!」
『旗鼓堂々』の使用によって新たに魔力球が精製される。そして魔法都市の中央の塔の周りを回る他の魔力球の輪の中に入ろうと上昇を開始するそれと共に、その塔の天辺を目指し飛び上がるサイレント・マジシャン。右手に持っていた杖は光に包まれると、先端が三日月型になっているロッドに変化した。こちらは上から振ってくる『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を塔の天辺で迎え撃つつもりらしい。
サイレント・マジシャンLV8
ATK3500→4300
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 12→13
空から赤黒い光の点が降ってくる。その光はだんだん大きくなっているように見える。その光景は隕石の落下を思わせた。
対するサイレント・マジシャンは落下してくる『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に杖を向ける。その杖には白い光が集まってくる。その輝きは一等星の輝きにも勝るとも劣らないもの。そして落下してくる赤黒い火球が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』だと視認できる距離まで迫った時、魔法都市の空を白が覆った。
衝突。
その衝撃は10メートル以上離れた地上をも揺るがす。魔法都市全体、いやもしかしたらこのスタジアムの外までこの地鳴りは響いているかも知れない。見上げれば夜だと言うのに空は明るく白で塗りつぶされている。その中にある白い雲間から顔を覗かせる夕日のような紅点。それこそが『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。空を食いつぶさんとする勢いの膨大な魔力の壁と真っ正面からぶつかり、そして拮抗しているのだ。
だが、攻撃力ではサイレント・マジシャンの方が上。通常ならサイレント・マジシャンが勝つはずである。それでも、この緊張感が緩まるなんてことはなかった。相手はジャック・アトラス、こんなにあっさり倒せるなら苦戦なんてするはずが無い。まだ、何かある!
「キングのデュエルは常に相手の先を行く! ダメージステップ時、トラップカード『燃える闘志』を発動! このカードは発動後装備カードとなりモンスターに装備される。俺はこれを『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に装備!」
そしてその予感は現実のものとなった。6ターンも前から伏せてあったセットカードが今ようやく露となる。ずっと発動しない様子を見てブラフだろうと勘ぐっていたが、なるほど発動しなかった理由も頷ける。確かに思い返してみても今まででこのカードを発動するタイミングは無かった。しかしこんなカードを伏せているとは、本当にセオリー通りの読みが出来ない相手だ。
「そして装備されたモンスターが元々の攻撃力よりも攻撃力が上昇しているモンスターと戦闘を行うとき、装備モンスターの元々の攻撃力を倍にする! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の元々の攻撃力は3000。よってその倍、6000が元々の攻撃力となる!」
『燃える闘志』の発動により点だった紅はその大きさを増していく。白い布地に血痕が広がっていくように、白く光っていた空は赤みを帯びていく。白い魔力と巨大な炎のせめぎ合いはまるで太陽が落下してきたかのような光景だった。
レッド・デーモンズ・ドラゴン
ATK4000→7000
「攻撃力……7000……」
「相手を圧倒するパワー! これこそがキングたるこの俺のデュエル! 確かにこの俺をここまで苦戦させたデュエルの腕は見事なものだった。だが! それでも俺は常に貴様の先を行く!!」
絶え間なく揺れ続ける魔法都市の中、勝利を確信しているような笑みを浮かべたジャック・アトラス。どんどんと押し返される白い魔力は魔法都市の周りを浮遊する魔力球にも影響を与え、その光を様々な色に変化させていく。
「さぁ! 終焉だ! 貴様のエースの最期を見届けるが良い!!」
空を埋め尽くしていた白い魔力が焼き切られ、紅蓮の炎は膨大な魔力を霧散させる。姿を現す『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。あれほどの魔力を放出しきった後の事。サイレント・マジシャンの体は一瞬だが硬直していた。そしてその一瞬のうちに『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は斧を振り下ろした。
そして決着。
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天へと昇る『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。そしてそれを迎え撃つべく塔の天辺で構える『サイレント・マジシャンLV8』。見ていただけでもこれまでに4度にわたる激しいぶつかり合いが、この2体のモンスターの間では起きていた。そしてこれが5度目のぶつかり合い。もう、モニタールームでこのデュエルを見る者は誰もが言葉を失っていた。
そして何よりも驚いたのが、あの普段全くと言っていい程感情を外に出さない八代君が、感情を曝け出してデュエルしている事だった。原因は何であれ、楽しそうな様子の八代君を見れる事はとても喜ばしかった。
「……どうやら決着のようですね。あの八代と言う少年も健闘しましたが、ここまでのようです。もっともキングのデュエルの結果なら当然のものですが……ヒッヒッヒッ」
「…………」
「…………」
アトラス様の発動した『燃える闘志』の発動を受け、攻撃力を7000まで上昇させた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の様子を見ながらイェーガー室長はそう締めくくる。
攻撃力7000。その圧倒的なパワーはまさにアトラス様のデュエルらしいものだった。これが通ればアトラス様の勝利。
ズキンッ
「…………?」
自分の胸を抑える。今奔った胸の痛みはなんだったのか?
自分の想い人が勝とうとしているのに、どうしてこんな気持ちになるのだろうか?
自分の気持ちの整理を行うため、アトラス様への想いを抱くようになったときの事を思い出してみる。あれは初めてアトラス様のデュエルを見た時のことだった。魅せられた。その華麗な戦術で相手を翻弄し、圧倒的な力で相手をねじ伏せていく力強さに魅了された。そして誰よりも側でそのデュエルを見続けたい。誰よりも近くで彼を支えていきたい。そう思った。そう思ったから彼の秘書を希望し、今まで働いてきたのだ。彼の勝利は自分の喜びだった。それなのに……今こうして彼が勝利を手にしようとしているのに…………胸が痛い。
「————っ!」
ふと思い出されるここの扉を潜るときの事。
あの時、自分が扉を潜るとき抱いたここに入る事を拒絶したかった理由がようやく分かった。
分かっていたのだ。アトラス様と八代君がデュエルをしていると言う事が。
そして嫌だったのだ。自分の想い人であるアトラス様が敗北すると言う結末も。同居人である八代君が敗北すると言う結末も。
異性としてアトラス様を想う気持ちとは違う。まだ1年にも満たない間の八代君との同居生活がもたらしたもの。それは親族を想うような気持ちだった。まだまだ出会ってから、決して長いとは言えない期間しか一緒に過ごしていない。だが、いつからだろう? 気が付けば彼の事をまるで弟が出来たかのように感じていたのだ。
だが、どれだけ片方が敗北しまうことを拒絶していても決着は訪れる。スタジアムの夜空を覆う『サイレント・マジシャンLV8』の白い魔力が、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の纏う紅蓮の炎に押されていく。
「イェーガー室長」
「はい」
「キングのお迎えに上がって下さい。スタジアムの点検もよろしくお願いします」
「かしこまりました」
「それと狭霧さん。あなたも彼の保護責任者として、彼を迎えに行くと良いでしょう」
「はい」
長らく沈黙を保ってきたゴドウィン長官の口が開いた。このデュエルの終わりを見越して事態の収拾の動きに入るようだ。
モニターの映像でついに『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が『サイレント・マジシャンLV8』の魔力を焼き払った。
「急ぎましょう、狭霧さん。あなたと同居する八代と言う少年は敗北してしまったのですから。ヒッヒッヒッ!」
「くっ…………」
いちいち嫌味を混ぜてくるイェーガー室長に言い返せず、苛立ちが込み上げる。そして『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の斧は振り下ろされる。
「む……」
「なっ?!」
「なんですとっ?!!」
直後の予想外の出来事にそれぞれが驚きの声を上げるのだった。
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斬っ!!
触れるものすべてを真っ二つにしてしまうであろう重い斬撃。それは空気すらも例外無く切り裂いていった。一瞬、遅れて大気が裂ける音が響く。だが、この場合は大気だけが裂ける音がしたと表現すべきか。
そう、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が振り下ろした斧は見事に空を切ったのだった。
『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が突然現れた巨大な丸い影に襲われ、体勢を大きく崩したことによって。そしてその衝撃は大空を羽ばたくための翼を負傷させた。翼を満足に動かせなくなり空中での自由も利かなくなった『レッド・デーモンズ・ドラゴン』はそのまま落下してくる。
「なぜだ!! なぜ『ブリザード・プリンセス』が攻撃をしている?!」
そう、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を襲ったのは『ブリザード・プリンセス』の持つ杖に付けられた巨大な氷球。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とサイレント・マジシャンの戦いに割って入ってきたイレギュラーにジャック・アトラスは驚愕を隠せないようだ。そして俺のフィールド上での変化に気が付く。捲られた最後のセットカードに。
「援護……射撃……」
「そう、トラップカード『援護射撃』。このカードは相手のモンスターが自分の場のモンスターを攻撃する場合、ダメージステップ時に発動できるカード。そして攻撃を受けた自分の場のモンスターの攻撃力は、自分の場の表側表示で存在する他のモンスター1体の攻撃力分アップする」
「『ブリザード・プリンセス』の攻撃力は……まさかっ!?」
「そう! 『ブリザード・プリンセス』の攻撃力分、つまり『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃力は2800ポイント分アップする!」
翼を満足に動かす事も出来ず落下を続ける『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を追いかけるように、塔の天辺からサイレント・マジシャンと『ブリザード・プリンセス』が降下を開始する。反撃の攻撃に回る事すらままならないこの絶好の好機を2人が逃すはずも無い。魔力の蓄えられた2本の杖先が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向けられる。悔し紛れのように『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の口から炎が吐き出される。
サイレント・マジシャンLV8
ATK4300→7100
「バカな!? 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力7000を上回っただと?!!」
放たれた白い魔力の閃光と青白い魔力の氷撃。2本の魔力は2匹の絡み合う蛇のように途中で混ざり合い『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に襲いかかる。溜めすらも碌に出来なかった炎のブレスなどでは相殺する事など出来るはずも無く、それを受けた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は地面に叩き付けられる。衝撃を殺す逃げ場を失ったその体は一瞬で凍り付くと、光に飲み込まれ跡形も無く消し飛ばされた。
ジャックLP800→700
速度を落としながらゆっくり地面に着地するサイレント・マジシャンと『ブリザード・プリンセス』。13ターンの間、フィールドに君臨し続けた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』をついに倒しようやく安堵の息をつけた。降りてきたサイレント・マジシャンの表情もやりきった達成感を感じさせるものだった。
「『ワンショット・ワンド』を装備したモンスターが戦闘を行ったダメージ計算後、このカードを破壊する事でカードを1枚ドローする。そして『援護射撃』の効果もダメージ計算後無くなりサイレント・マジシャンの攻撃力は元に戻る」
戦闘を終え『ワンショット・ワンド』は解けて元の杖に戻った。そしてその一瞬だが、僅かにサイレント・マジシャンの体が傾くのを俺は見逃さなかった。流石にこの激しいバトルの連続で体力を消耗してしまったのだろう。
サイレント・マジシャンLV8
ATK7100→3500
しかし本当に予想外の事しか起きない。『旗鼓堂々』と『援護射撃』を使ってサイレント・マジシャンの攻撃力を7100まで上昇させれば、いくら攻撃力を上げたところで返り討ちにして決着がつけられると思っていた。だが、蓋を開けてみれば『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力を7000まで上昇させられ、結局与えられたダメージは僅か100。いや、ここは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』だけでも倒せた事を僥倖と思うべきか。
「くぅ……俺は『死者蘇生』を発動し墓地から『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を呼び戻す」
「何っ?!」
『————っ?!』
驚く俺とサイレント・マジシャンの前に墓地へと続く漆黒の穴が開かれる。そして先程のバトルでのダメージも全く感じさせない『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が再び立ちはだかる。
レッド・デーモンズ・ドラゴン
ATK3000 DEF2000
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 13→14
ここまで来ると最早笑いすら込み上げてくる。あれだけ倒すのにターンを費やし、苦労して倒したと思ったらまた蘇ってくるとは……とは言え、よく考えてみれば先程のバトルでジャック・アトラスもまた勝負を決める気でいたはず。攻撃力を7000まで上昇させる事の出来る札を揃えていたのだ。勝利を確信していただろう。そしてそれを破られた今、追いつめられた心境なのは向こうも同じ、いや向こうの方が大きいのではないか?
「カードを2枚伏せターンエンドだ」
これでセットカードは2枚。場には『レッド・デーモンズ・ドラゴン』1体で手札は0枚。状況的に見れば確実に追いつめている。
残りデッキは僅かに3枚。
「俺のターン、ドロー!――っ!」
引いたカードは『サイクロン』。
フィールド上のマジックかトラップを1枚破壊する速攻魔法。
そう、破壊できるのは1枚だけ。
どちらも直前のターンに伏せられたカード。つまりセットカードは何の情報も無い。召喚反応型のトラップかも知れないし、攻撃反応型のカードかも知れない。はたまた只のブラフの可能性もあり得る。
ただ、いずれにせよこの『サイクロン』で破壊できるカードは1枚のみ。
究極の二択だ。
「速攻魔法『サイクロン』を発動。俺が破壊するのは……」
ここに来て心臓が鼓動を早める。もしかしたらこれが勝敗を決する選択の可能性もある。その重圧が今にも心臓を押し潰しそうだ。
だが、選ばなければならない。選ばなければ道は開けない。この選択を迫られた時に俺が信じたのは……
「俺から見て右のカードを破壊する」
只の己の勘だった。
発動された『サイクロン』により突風が吹き荒れる。渦を巻く風は右側のセットカードに直撃し、そのカードの正体を明かす。破壊されたのはトラップカード『プライドの咆哮』!
魔法都市エンディミオン
魔力カウンター 14→15
危なかった……『プライドの咆哮』は自分のモンスターが戦闘を行う相手モンスターよりも攻撃力が低い場合にダメージ計算時にその差分のライフを払って発動するカード。そしてダメージ計算時のみその自分のモンスターの攻撃力を相手モンスターの攻撃力よりも300ポイント上昇させる効果を持つ。もし左側の1枚を破壊していたら、サイレント・マジシャンは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』との7度目のバトルで返り討ちになっていただろう。
しかし、これで安全に攻撃が通る事が決まった訳ではない。残りの1枚のカードも攻撃反応型の罠の可能性は残っているのだ。だが、そうなった場合は正直もうお手上げだ。返す札など手札はおろかデッキにも残っていない。
正真正銘のこれがラストバトル!
「バトル!! 『サイレント・マジシャンLV8』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!!」
サイレント・マジシャンがゆっくりと杖を向ける。心なしか魔力の収束する速度が遅いように見える。考えてみれば1日で放出した魔力の量は、今までで一番多かったはずだ。体に残された魔力はほとんど残っていなくてもおかしくはない。
だがそんな心配は杞憂だったようだ。杖の周りから光の粒子が少しずつ集まってくる。それは体の中の魔力ではなく、外に散らばっていた魔力の残滓。流石は最上級魔術師と言うべきか、自身の魔力が尽きようともそれを補って戦う術を心得ている。杖の先に魔力が溜まり直径2メートル程の巨大な光の球体が精製される。
狙うは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。最後を締めくくるサイレント・マジシャンの杖に込められた魔力が解放される。しかし、それを遮るようにジャック・アトラスの声が響いた。
「トラップカード『ショック・ウェーブ』発動!」
「…………『ショック・ウェーブ』?」
知らないトラップカードだった。どんなカードであっても、このタイミングでの発動してくる時点で嫌な予感がする。放たれた光の軌道は真っすぐと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向かっていく。
「自分のライフが相手より低い場合このカードは発動できる。そしてフィールドのモンスター1体を破壊する!」
「なんだとっ!?」
発動条件はあるがフリーチェーンのコストなしのモンスター破壊効果?
ふざけるな! もうこちとらそんなカードを防ぐ手だてなんて残っちゃいないんだ……ここまでか………
だが、このとき目に映ったジャック・アトラスの表情はいつもの余裕に溢れるものではなく、苦虫を噛み潰したような顔だった。
「俺が破壊するのは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!」
「何っ?!」
さらなる驚愕だった。
何故?
その答えを考える間もなく『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の体が光を放つ。それはサイレント・マジシャンの放った魔力が直撃する寸前。最期の叫びを上げるとともに大爆発が起きた。それは火山の噴火を目の前で見ているかのように、天高くまで火柱が上がり周りのものすべてを炎に包んでいく。
「そしてお互いのプレイヤーは破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける! つまり『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力3000のダメージがお互いのライフを削る!」
「馬鹿な!? そんなことをしたら……」
言葉を言い切る前に目の前は真っ赤に染まっていった。
八代LP800→0
ジャックLP700→0
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ソリッドビジョンの魔法都市、そしてサイレント・マジシャンが消えていく。お互いのライフポイントは同時に0になった。つまり、引き分け。
ギリッ!
聞き慣れない音。それが自分の歯を噛み締めている音だと気が付いたのは、口の中から鋭い痛みが奔ってからだった。
悔しかった。
持てる力をすべて出し尽くした。デッキの回転も最高だった。それなのに、それなのに……勝利を勝ち取る事は出来なかった……
『マスター…………』
気が付けば疲弊しきった様子のサイレント・マジシャンが、精霊化した状態で脇に立っていた。拳を握りしめる力が強くなる。
ここに来てから初めての経験。唯一己に勝利を譲らなかったデュエリスト、眼前に立つジャック・アトラスを見つめる。多分、向こうとしてもこの結果に満足していなかったのだろう。ぶつかる視線は火花が散っていた。そして先に口を開いたのはジャック・アトラスだった。
「今回のデュエルは引き分けと言う結果に甘んじてやる。一時の間、キングと肩を並べられた事を誇りに思うが良い! だが、次回でこの決着をつける! それで良いな?」
「あぁ、望むところだ」
お互いに納得のいかない結末。これの決着を次回つけると言うデュエリスト同士の誓いがなされた。
だが、それに水を差すようにスタジアムに第三者の声が入る。
「それは勘弁していただきたいですね、イッヒッヒッ」
「…………っ!」
『…………っ!』
「…………イェーガーか」
独特の笑い声。スタジアムの入場口から現れたのは以前イェーガーと名乗った男だった。依頼を終えた後に刺客を送り込んできた道化の男。胡散臭い雰囲気は相変わらず健在のようだった。もっとも会ったのは依頼時であり、プライベートの状態で会うの初めてだ。そしてその脇にいる女性もまた自分のよく知る人物だった。
「狭霧さん……」
「随分と楽しそうだったじゃない、八代君?」
狭霧のお小言が始まるのかと思ったが、予想に反してその声色は随分と嬉しそうだった。何か良い事でもあったのだろうか?
「えぇ、まぁ。というか、見ていたんですか?」
「そうよ。途中からだけどね」
「オッホン! 狭霧さん、そういったお話はご家庭でなさって下さい」
「はっ! 失礼しました!」
わざとらしい咳払いでイェーガーは会話を切ると、ジャック・アトラスに向き直り言葉を続ける。
「キング、今回はゴドウィン長官のご配慮で大目に見ましたが、このような軽率な行動は今後慎むようお願い致します」
「ふん、休日をどのように過ごそうと俺の自由だ」
「お立場を考えて下さい。あなたはキングなのですよ」
指を弾いた乾いた音と共に黒いスーツに黒のサングラスを付けた3人の男が現れる。その内の2人に取り押さえられていたのは、深緑の肩まで伸びたロングヘアでグルグルの渦巻きレンズのメガネが印象に残る女性だった。
「離してぇ!! 離してったらぁ!!」
2人掛かりでもじたばたと暴れるその女性を押さえるのは大変そうだった。残りの1人が持っているのはその女性の私物だろうか、カメラや手帳、携帯などを持っていた。
「ちょっと返しなさいよぉ!! 今回のジャックの非公開デュエル、絶対スクープにしてやるんだからぁ!!」
「常にこういった輩に嗅ぎ回られていると言う事をお忘れなきように」
「あわわわわわ!! どこ連れてくのよぉ!! ねぇちょっとぉぉぉぉ……」
「ぐっ……」
ジャック・アトラスの表情が歪む。イェーガーの指摘の通りキングと言う立場である以上、スキャンダルと言う問題が常に付きまとう。下手な記事が出回ればキングと言う立場そのものが危ぶまれる。デュエルの決着はつけたいが、それを安直には行えないと言うもどかしさが彼を苦しめているのだろう。
「八代! いずれこの決着は必ずつける! それまでせいぜい腕を磨いておけ!!」
それだけ言い残すと、ジャック・アトラスはDホイールに乗ってスタジアムから消えていった。
残されたのは俺と狭霧、そしてイェーガーだった。唐突に口を開いたイェーガーから話しかけられる。
「デュエルを拝見しましたが、あなたも相当の腕の持ち主のようですね」
「はぁ……どうも。えっと……初めまして」
「ヒッヒッヒッ! 初めましてでは無いでしょう。つい最近お会いしていますよ、八代さん?」
「えっ……?」
『————っ!』
初めましてではない?
まさか、正体がバレてる? 俺が『死神の魔導師』と呼ばれるデュエル屋だということを気付かれた?
警戒心が強まる。心臓が嫌なリズムを刻んでいき、背中を冷たい汗が伝う。
「あぁ、つい最近と言っても、もう2ヶ月程前ですか。セキュリティのデュエル場でデュエルをしているのを偶然見ましてね」
「…………それって俺が気付いてないんだから、会ったとは言わないんじゃ?」
「おや、そうでしたか。それは失礼しました。私はイェーガーと申します。以後、お見知り置き下さい。ヒッヒッヒッ」
「……分かりました」
こいつ……紛らわしい言い方しやがって……
内心この人を食ったような態度に苛立ちながらも、改めて隙を見せられないと確信する。実際どこまで俺の事情を知っているのかすら不明だ。
「そんな顔をなさらなくても、キングと戦う機会はまたあるかもしれませんよ?」
「————っ?!」
考え事をしていた表情を見て、どうやらジャック・アトラスとのデュエルの事を思っているのだと取られたようだ。そしてその思いもよらないセリフに耳を疑った。
「それってどういうことですか?」
「イッヒッヒッ! それはそのうち分かる事でしょう。それではこれで」
言いたい事だけ言うと、その場から歩いて去っていくイェーガー。取り残された俺はしばらくの間、その言葉の意味について深く考えていた。そして無意識にポツリと言葉が漏れていた。
「なんなんだ、あの人?」
「……あぁ言う人なのよ」
狭霧の言葉は職場での経験からか、重みを感じた。