今回は威視点ですが短め。間の息抜きとでも思ってもらえれば幸いです。
修業は明日から。そう言い渡された俺はしばらく白玉楼内を探検すると、縁側に座ってぼーっと空を見上げていた。現世と違って色彩豊かな空がない冥界。黒一色で染められた空を見ていると、不思議な気持ちになってくる。冥界の空気にあてられたせいであろうか、心がざわざわと酷く落ち着かない。
霊夢の顔を見てないせいもあるのだろう、もやもやとした気持ちが首をもたげはじめ、恋しさが募る。彼女に会えない寂しさに、思わず溜息をついてしまう。
俺の心境を表すかのように暗い天空を見ていると、ふとこんな歌を呟いてしまった。
「……嘆けとて、月やはものを思はする。かこち顔なる、我が涙かな」
およそ千年前に生きた歌人、西行の詠んだ歌だ。自然と人間の関係について深く感じ、情趣を突き詰めていった伝説の歌人。歴史で習ってから、俺が最も尊敬する偉人でもある。
この歌は、そんな西行の歌の中でも恋愛感情について詠まれたもの。自らの恋しさを、月のせいにするという捻った発想が生み出した傑作だ。その凄さは後世にも讃えられ、こうして俺の記憶にも刻み込まれている。
しかし……月も出ていないのにこんな歌を詠むと、違和感がハンパないな。
「……おもしろい歌ですね」
「妖夢さん」
俺の歌を聞いて、感想を述べるのはこの白玉楼における世話係、魂魄妖夢さんだ。つい数時間ほど前までは別室にて肉塊として放置されていたのだが、どうやら復活を果たしたらしい。さすがは半人半霊。生命力も半分は化け物クラスと言うことか。
妖夢さんは茶と饅頭を載せたお盆を置くと、俺の隣に座った。湯飲みを手渡してくる。
「落ち着きたいときには、お茶がオススメですよ」
「あ、ども。わざわざすみません」
「いえいえ、お気になさらず」
こういったことには慣れているのか、俺の謝辞に照れることもなく対応する彼女。饅頭を上品に食べ始めると、俺と同じようにして空を見上げる。
「……つまらない空でしょう? そちらと違って雲も太陽もない。ただの漆黒が支配する冥界。陰の気が溜った空気は吸う人の心を荒ませる。明るい要素なんて何一つないですもん」
「そういう表現をされると返す言葉もありませんけど……でも、ここはここで良いところだと思いますよ。静かだし、落ち着きがあって俺は好きです」
「珍しいですね。変わってるって、よく言われませんか?」
「毎日言われますよ」
主に家主の方から一日四、五回の頻度で言われます。そんなにおかしいのか、俺は。
妖夢さんは口に手を当てくすりと微笑むと、目を瞑った。冥界の空気を感じているようだ。
「……私は半分幽霊ですから、冥界の空気が好きなんです。本来いるべき場所ですし。でも、半分人間だから居座ろうとは思えない。難儀な性質ですよ」
「へぇ……じゃあ、なんでこんなところで庭師なんかを? 人里あたりで働いても良いでしょうに」
「あはは、色々と理由はあるでしょうけど……一番はやっぱり、幽々子様の存在ですかね」
「幽々子……もとい、ゆゆちゃんの?」
「はい」
言葉と共に向けられた笑顔には一片の虚偽も含まれてはいなくて。彼女がどれだけゆゆちゃんのことを慕っているのかが手に取るように分かった。
空に視線を移し、遠いところを見つめる妖夢さん。
「大食いで我儘で自己中で無茶苦茶でひきこもりで穀潰しで本当にどうしようもないお方なんですけど……」
「…………」
そこまで言うか、というツッコミは心の中にしまっておく。
俺に向けた言葉のはずなのに、まるで自分に再確認するように、彼女は噛みしめながら言った。
「それでも、あの人は私の主で、最も尊敬に、信頼に値するお人なんですよ」
「……羨ましいですね、そういうの」
「雪走さんと霊夢も、似たようなものじゃないですか?」
「え?」
思わず妖夢さんをまじまじと見つめてしまう。確かに多少の信頼関係はあるとは思っているが、彼女達ほど固い絆で結ばれているとは思っていなかった。俺は大好きだけど、いつも拒絶されているし。正直言っていいように使われているだけだと思うんですが。
「そんなことありませんよ。貴方達は私達から見ても、これ以上ないくらい信頼し合っています」
「そうですかねぇ……」
「霊夢は恥ずかしがり屋ですから。そういった自分の弱い感情は表に出さないんですよ」
「ツンデレって大変ですね」
「筋金入りの捻くれ者ですし。苦労しますね、雪走さん」
同情の視線を送ってくる妖夢さん。嬉しいやら情けないやらで、俺としては溜息をつくしかない。霊夢って万人共通の厄介者なんだな。
饅頭を食べながらしばらく雑談に興じていると、妖夢さんが何やら見つけたらしく、眉を少し吊り上げた。
「あれ、その根付……」
「根付? ……あぁ、携帯のストラップですか」
妖夢さんの視線の先を辿ると、俺と共に幻想入りした携帯電話が。それには白い勾玉のストラップが一つだけついている。球体を半分にしたような、そんな形状の勾玉が。
携帯電話を持ち上げると、ストラップを弄りながら苦笑する。
「いつ、誰にもらったのかとかまったく覚えてないんですよね。でも、昔小さい頃に誰かから貰ったはずなんですよ。今じゃすっかりお守り代わりです」
「へぇ……なんかいいですね、そういうの。ロマンチックで。案外幼馴染に貰ったとかじゃないんですか?」
「幼馴染なんていう魅力的な存在がいれば、ですけどね」
生憎俺にはそういった関係の友人はいないため、その線はまずないだろう。ロクに友人もいなかったくらいだし。
出所不明な怪しさ満点の勾玉なのに、なぜだか捨てようとは思えなかった。持っているとなんか安らいだ気持ちになれるんだよな……。勾玉って、そういうものなんだろうか。
今は思い出せないが、いつか記憶が蘇ることもあるだろう。無理して回想する必要はないのだから。
……それよりも、やっぱり霊夢の事が気になってしまう。アイツはあぁ見えて物ぐさだから、帰ったら家の中がゴミ屋敷になっているかもしれない。霧雨さん辺りが助けてくれるといいが。
俺の不安げな表情を見た妖夢さんはお茶を注ぎ直すと、
「……霊夢なら、大丈夫ですよ」
「え……?」
「金の亡者で素直じゃなくて暴力主義で単細胞で妖怪を見たら即退治するような直感巫女ですけど、霊夢なら大丈夫です。安心していいと思いますよ。少なくとも、野垂れ死ぬことはないでしょう」
「いや、そういう心配はしていませんが……」
というか、そこまで言いますか。博麗の巫女って幻想郷では慕われている職業とばかり思っていたのだが、そういうわけではないんだろうか。守矢の二柱もからかっていたし、案外軽んじられているのかもしれない。
「博麗の巫女自体が軽く見られているわけではないんです。ただ、霊夢は性格が性格ですから、堅い態度とか役職とかを嫌うんですよ。私も、『私はただの貧乏巫女なんだから、気を遣わないでくれ』って言われちゃいました」
あはは、と恥ずかしそうに後頭部を掻く妖夢さん。おそらく、霊夢は妖夢さんみたいな同年代(幽霊だから実年齢は違うかもしれないが)の友人に距離を置いてほしくなかったのだろう。何気に寂しがりやな霊夢は建前とは正反対に一人であることを嫌う。なんだかんだ言いつつも霧雨さんとの付き合いをやめないのはそのためだ。口では『一人がいい』と言っていても、内心誰かと共にいることを望んでいる。
難儀な性格だなーとか、思ったり思わなかったり。
「……本当に好きなんですね、霊夢の事」
「そりゃ好きですよ。彼女への愛は幻想郷一……いえ、宇宙一です」
「凄い自信ですね」
「自覚がありますから」
一目惚れから始まった霊夢への愛だが、今ではどんなバカップルにも負けないくらい彼女のことを愛していると断言できる。霊夢がどう罵ってこようが、この気持ちは変わらない。筋金入りなんだよ。
結局そのまま、数時間妖夢さんと雑談し続けた。時間の経過に気が付いたのは、俺の腹が盛大に鳴き始めたのを聞いたからだ。携帯電話の時計を見ると、午後七時。
「結構長い間喋ってましたね。晩御飯の準備してきますよ」
「美味しい料理、期待してますね?」
「思わず成仏しちゃうほどご機嫌な出来にしてきます♪」
成仏は正直困るんですけどね。
妖夢さんが調理場へ歩いていく。その背中を見送りながらも、俺は再び霊夢のことを考えるのだった。
次回もお楽しみに♪