一応注意書きをば。
※注意!
・今回はあくまで番外編です。本編の進行具合とは異なりますのでご容赦を。
・月日陽気さん作【東方文伝録】との連動要素がございます。まずはそちらからお読みくださると、より快適に、楽しく、気持ちよく読了できるかと思います。
・石を投げないでください。
・霊夢党ハーメルン支部の諸君は感想にて威を虐めないでください。
・感想、待ってます♪
それでは用法用量を守って正しくお読みください♪
夜の中庭にしんしんと雪が降り積もる。かれこれ一週間近く振り続けているソレは、地面を覆い隠して雪合戦が余裕でできるほどに蓄積していた。
俺が幻想郷に来てから半年ほど経つが、人里から離れたところにある博麗神社はとても静かだということに今更ながら気付かされる。まぁそれも当然か。四方を森に囲まれたこの神社を訪れる参拝客なんてたかが知れているし、そもそも妖怪が闊歩する幻想郷においてこんな夜中に外出するような命知らずはまずいない。いたとしても守矢の風祝か、ウチの最強巫女くらいのものだ。……あ、後は森の魔法使いも。彼女は面倒事が大好きだから。なんか人間ばかりで複雑な気持ちだ。もっと頑張れ妖怪。
現在の時刻は午後八時。いつもならば妖怪達が集まり、雪見の宴と化すはずの時間であるが、今日ばかりは彼らも大人しくしている。珍しく気を遣ったのだろうか。傍若無人な自己中の集まりの癖に、そういう点においては理解のある方々だ。別にお願いしたわけでもないのに、よくもまぁやってくれる。
台所から鶏肉を焼く香ばしい匂いが運ばれてきた。貧乏で有名な博麗神社にはあまりにも似つかわしくないそれに思わず苦笑を浮かべてしまう。こういう日くらいはご馳走を食べても罰は当たらないだろうと、俺の持参したお金を崩して彼女がわざわざ買ってきたのだ。俺はどんな食事だろうが気にしないのに。彼女にはそういう【行事】が気になるらしい。
『今日は特別な日なんだから、ご馳走食べないと駄目なの! 私だって食べたいんだからいいの!』
今朝顔を真っ赤にしてそう叫んでいたのだが、果たして本音はどちらだろうか。おそらく後者であることは予想するまでもない。あのツンデレは自分の本心を表に出すことを嫌うが、欲望に関しては全面的に押し出してくるんだから質が悪い。もう少し女の子らしいロマンチックな台詞を言えないものだろうか。
かくしてご馳走の材料を買い揃えてきた彼女は台所に引き籠ると、同時に俺を縁側に追いだした。なんでも料理ができるまで楽しみにしておきなさいとのお達しである。非常に嬉しい限りではあるが、この寒空の中外に放り出すことはないだろうと思う。さっきから寒すぎて震えが止まらない。
することもないのでぼけっと雪を眺めていたのだが、さすがに暇だ。せっかく雪があるんだから雪だるまでも作ってしまおう。立ち上がると、予想以上に積もった雪に手を入れて雪玉を作っていく。
コロコロと転がすごとに大きくなっていく雪玉。芯なんてないはずなのに、なんでこんなに丈夫なのか分からない。雪と言うものは俺達が想像する以上に硬い物質なんだろうか。化学には疎い俺だから、そういう反応はよく分からない。
雪玉に新たな雪がくっつくザクザクという音と、台所から時折聞こえる彼女の鼻歌がなんとも心地よいハーモニーだ。周囲が静かなせいもあるのだろう。二つのBGMがいい具合に混ざり合い、俺の心を癒してくれる。
一時間ほど雪玉を転がし続けると、俺の肩ほどまでに大きくなった。これは身体だ。頭を作るためにもう三十分ほど転がし続ける。……よし、できた。
小さな方を大きな方に乗せると、立派な雪だるまの完成だ。
「……ちょっと斜めになっちまったな」
首を傾げているように見えなくもない。頭は斜めについているのに、しっかりと固定されてしまって動く様子は微塵もない。違和感がある上に滑稽な雪だるまになってしまったが、作り直すのも勿体ないのでバケツを被せてから木の枝を突き刺し、石ころで目と鼻、口を作って完成させた。……なんか腹立つ顔だなコイツ。
俺を見下しているような、それでいて微笑みかけているようにも見えるコイツの表情に、無意識に吹き出してしまった。なんて顔をしているんだ。悩みなんてまったくない、愉快な表情だ。見ているこっちまで悩むのがバカらしくなってくる。
――なんだか和んだ表情で雪だるまを眺めていると、突如として魔法の森上空が光に包まれた。
けたたましい爆音と共に、空中に大輪の花が咲く。それにしても、花火にしては光が強すぎるような……、
「……あぁ、そういえば霧雨さん達が『射命丸家のために花火を上げるんだ! 弾幕で!』とか張り切ってたな」
記憶喪失の居候と幻想ブン屋は、今頃仲睦まじく寄り添っているだろうか。レミリア嬢やフラン嬢まで協力していたから、おそらくそんじょそこらの花火とは比べ物にならないほど綺麗なはず。霊夢も料理中じゃなかったら一緒に見れたのに、と一人寂しく苦笑を浮かべる。タイミングと運の悪さは相変わらずピカイチな俺だった。
花火と雪。正反対の季節で見られるはずの風物詩。そんな両者が織りなす空中芸術。幻想郷ならではの光景だなぁと、らしくもない情趣溢れる感想を漏らす。どうせ誰も聞いてやしない。どこからともなくひょっこり現れるスキマ妖怪は、この時期は布団の中で冬眠の真っ最中だ。式神達の困惑した表情が目に浮かぶ。藍さんには来年の春まで頑張ってほしいところである。
『いけっ、チルノ! 盛大にぶちかませ!』
『あいあいさー! 【凍符・パーフェクトフリーズ】ッ!!』
霧雨さんの掛け声で空へと躍り出た氷の妖精によって、降り積もっていた雪と輝く花火が一瞬にして氷漬けになる。光をそのままに冷凍できているのは、彼女の力量ゆえだろうか。妖精だから馬鹿にはされているが、実際滅茶苦茶凄いと思う。……こんなこと言うと本人は調子に乗るから、言わんけど。
空にふわふわ浮いているチルノが勢いよくこちらを向いた。明らかに目が合っている。……ニヤリと口元を吊り上げる。
『お次は博麗の二人へ! 氷の妖精からのクリスマスプレゼントさっ!』
チルノが拳を握り込む。ピキ、というひび割れ音がしたかと思うと、氷の結晶が一斉に砕け散った。
先ほどまでそれぞれで空を彩っていた花火と雪が、小さな氷の結晶となってキラキラと降り注ぐ。花火よりも美しく、雪よりも幻想的な光景が冬空を包み込んだ。
「すげ……」
思わずそう呟いてしまったのは致し方ないことだろう。こんなにファンタジックな氷の芸術、『外』にいた頃からは考えられない。魔法や秘術、不思議能力が未だに存在する幻想郷だからこそ有り得る光景なのだ。しかもこれは彼女達からの無償のプレゼント。合理性と利益しか考えない俺達外来人にしてみれば、嬉しいことこのうえない。じわりと涙が浮かんでくるのが自分でもわかった。
「へぇ……チルノもやるじゃない。綺麗ね」
空に見惚れていたからか、背後に近づく気配に気づかず不意にビクッと飛び上がってしまった。驚いた。料理していたくせに、突然登場するから心臓に悪い。
俺の反応に嘆息すると、呆れたような顔をする霊夢。
「後は時間を待つだけだから縁側に来てみれば……子供かアンタは」
「い、いきなり出てきた霊夢が悪いんだろっ」
「なによ、いつ出てきても私の勝手でしょ? このビビリ」
「反論の余地はないけどとりあえず胸揉ませて」
「夢想天生……!」
「究極技はご勘弁!」
自慢の黒髪を逆立たせて霊力を高め始めたので、慌てて床に額を擦り付ける。冬なのに、なんか額が摩擦熱で異常な温度を叩きだしていた。最近土下座に磨きがかかってきている気がして、複雑な気持ちになる。
割烹着装着の巫女さんは一通り俺を虐め終えると、床が冷たいにもかかわらず隣に腰を下ろした。そして、頭を俺の右肩に乗せてくる。……紫さん特注シャンプーの良い匂いが俺の鼻腔をくすぐった。心臓がトクンと跳ね上がり、盛んに収縮運動を開始する。
「き、今日はなんか素直だな。どうしたデレ期かツンデ霊夢?」
「うっさいわね。今日は特別なのよ。明日からは死ぬほどツンツンしてやるんだから」
「自覚があるならもうちょっと優しくしてくれても……」
「イヤよ。ていうか、『ツンデレの黄金比はツン9:デレ1なのだよ!』とか早苗と配達屋に偉そうに語っていたのはアンタでしょうが」
「……しまった」
「自業自得ね。このバカ威」
にひひ、としてやったりな笑みを浮かべる霊夢。しかしすぐに真剣な表情になると、空を見上げはじめた。花火と氷で勢いづいたのか、チルノと霧雨さんが弾幕ごっこを開始していた。いつもに比べてチルノが善戦しているように見える。……あ、霧雨さんが一機やられた。
「……ねぇ、威」
「なんだ?」
二人の弾幕戦をぼんやり眺めていると、不意に霊夢が俺の名を呼んだ。声のトーンが真面目だったため、茶化すのをやめて普通に答える。こういうときの霊夢は真剣だ。馬鹿にすると後で絶対後悔するというのは身に染みて分かっている。
霊夢は頭を乗せたまま俺の右腕を抱いた。その抱き方は愛おしそうにも、どこか絶対に離すまいとしているようにも思える。子供のように、頑なに。俺の腕を抱いたまま、言葉を紡ぎだす。
「来年も、一緒に過ごせたらいいわね」
「……ホント、びっくりするほどデレるな霊夢よ」
「言わないでよ私も恥ずかしいんだから。女の子の照れを煽るなってのー」
「まぁそれでも可愛いのは相変わらずだけど」
「バカ……」
そして普段通り赤面してそっぽを向く。もはや形式美とも言えるこのくだりは今や幻想郷公認だ。紫さん直々の公認宣言なんだから、自信を持っていい。
霊夢のらしくない問いに、俺は答えなかった。代わりに、右腕を自由にしてもらうと彼女の肩を抱き寄せる。……霊夢の赤面率が三割上昇した。
俯いてなにやら言葉にならない呟きを漏らしている霊夢に笑顔を向けつつ、俺は俺なりに自分の気持ちを表現する。彼女を抱いている手に力を入れる。
【ずっと一緒にいよう】という気持ちを込めて、抱き締める。
「……口で言いなさいよ不器用なんだから」
「うっせ、お前が言うなっての」
「なによバカ。お互い様とでも言いたいワケ?」
「お、分かってるじゃねぇか。以心伝心?」
「ぅ……うるさいわよ、この歩くストレッサー」
なんだか懐かしい罵倒をされた気がする。確か初めて霊夢に出会った時に言われた悪口だ。そういえばコイツは昔から口が悪かったよなぁ。
二人寄り添って空を見上げる。直接言葉で言わなくても、俺達の想いはお互いに通じたはずだ。言葉なんて、必要ない。
来年も再来年もその次の年も。ずっとずっと、俺達は一緒に歩んでいくんだ。
霊夢は俺の腕を肩からどけると、もじもじしながら俺の目をじぃっと見つめた。なんだか物欲しそうな表情で、ゆっくりと目を瞑る。……なるほど。
「クリスマスだから、キスしてほしいと」
「空気くらい読みなさいよこのマイペースバカ!」
なんか全力で殴られた。悪気はなかったのに、理不尽だ。
「もう……」大きな、それはそれは大きな溜息をつくと、彼女は再び目を閉じた。……ここは、男らしく覚悟を決めるしかあるまい。
霊夢の両肩に手を置き、俺も目を瞑るとゆっくりと唇を近づけていく。
――――離れるわけねぇよ。こんなにお前のことが好きなんだからさ。
霧雨さんが放つマスタースパークの輝きが、なんだか俺達を祝福しているように思えたのは気のせいではあるまい。
次回は本編、霊夢編です。お楽しみに。
感想お待ちしています♪