それでは早速本編へ。第二話です。どうぞ~♪
本殿の中は普通に和室だった。
畳と襖。真ん中に炬燵が置いてある光景は祖父母の家と似通ったものがある。唯一違うとすれば、そこら辺に散らかされてある煎餅の食べかすくらいだろう。どうやら霊夢のヤツ、日頃寝そべって煎餅を食しているらしい。仮にもそこそこ美少女、それも巫女なんだから、そういうズボラな行動は慎んだ方がいいのではなかろうか。
「五月蠅いわね。いいのよ誰も見てないんだから」
「現在進行形で俺が目撃している件についてはどう対処するつもりだ」
「炬燵に入って蜜柑でも食べてなさい。床、見えなくなるから」
それは根本的解決にはなっていないだろう、という俺の呟きはおそらく届いていない。もはや聞く気がないのだから届くはずもないが。腋巫女め。横乳でも覗いてやろうか。
「殺すわよ」
「読心能力まで持っていたとは……!」
「だぁからぁ、アンタ全部口走ってんのよ! 軽口もそこまで行くと逆に尊敬できるわ」
「いやぁ、もっと褒めてくれて構わねぇぜ?」
「死ね」
台所に行った霊夢の顔を直接拝むことは不可能だが、おそらく冷徹な視線で俺を睨んでいることは確かであろう。まだ邂逅して三十分ほどしか経ってはいないが、だいたいの彼女の人物像が掴めてきた。とりあえず、毒舌なツンデレ巫女なのだ。おぉ、すげぇオプション付きじゃないか。同志達に教えれば歓喜熱狂は確実だろう。知らんが。
「……ほら」
「ん?」
物思いに耽っていると、いつの間にか台所から霊夢が帰宅していた。手にはお盆。その上にあるのは急須と湯飲みだ。どうやらお茶を淹れてくれていたらしい。素直な好意は貴重だ。普段軽口を叩くだけの俺ではあるが、流石にこういった気遣いに文句を言うほど愚かではない。正直に頭を下げる。
「ありがとう」
「……アンタが素直にお礼を言うと、なんか裏があるんじゃないかと疑いたくなるわ」
「この短時間でそこまで評価が落ちているという衝撃事実に驚きが隠せないんだが」
「自業自得でしょ」
「ぐぅ」
「本当にぐぅの音を出す奴なんて初めて見たわ」
なまじ図星なだけに反論の仕様がない。くそぅ、痛いところを突きやがって。マイペースに生きるってことは同時に評価への執着を捨てるということ。まさかここまでキツイものだとは思わなかった。……まぁ、やめないけど。
喉も乾いていたので、とりあえず霊夢が淹れてくれたお茶を啜る。
「……薄くないか? コレ」
「そりゃあね。もう二十回目だし」
「……まさかとは思うが、この茶葉使い回してないよな?」
「今言ったじゃない。二十回目よ」
「…………」
貧乏にも程がある。そこまで貧窮しているのか?
「巫女の収入源は基本的にお賽銭なの。でもウチは妖怪の集会所になってるから、参拝客もロクに来ない」
「だから収入が少ないのか」
「そうよ。もー、紫達ももう少し遠慮してくれればいいのに……」
「……そういや、俺ここに来た時に賽銭入れたぞ? 千円くらい」
「……マジで?」
おぉう。途端に霊夢さんの目が妖しく光り始めましたよ。金に目がない巫女か。新しいな。
「あぁ。でも、外の通貨だけど大丈夫なのか?」
「問題ないわ。知り合いのスキマ妖怪に頼めば交換してもらえるから!」
「急に元気になったな、霊夢」
「えぇ。今ならアンタに土下座してもいいくらい舞い上がってる。ホント、ありがとね!」
そう言うや否や、ダッシュで部屋を後にする腋巫女。おそらく賽銭箱の元へ行ったのだろう。相当嬉しかったのか今まで見たことのないような笑顔を浮かべていた。……可愛かったな。
しかし、霊夢がいなくなってしまうと話し相手に困る。さて、今からどうするか。
「暇だなぁ」
「……じゃあ、私が代わりに話を聞いてあげるわよ?」
「!」
『頭上』から響いてきた謎の声に俺は慌てて炬燵から出ると、臨戦態勢を整える。妖怪が出るとか言われる世界だ。油断したら食べられるのは目に見えている。武器なんて持っていないが、組手の構えで応戦だ。
天井を仰ぎ見る。さて、どんなヤツが――――
「……紫色のドレスを着た清楚な美人さんがいた場合、俺はどうすればいいんだろうな」
「あらお上手ね。貴方意外と世渡り上手?」
「先ほどここの家主に嫌われましたがね」
「霊夢の言葉は八割逆だから気にしない方がいいわよ」
美人さんは天上に広がる謎の『スキマ』から身を乗り出し、俺に微笑みかけてきていた。スキマの中には数多のギョロ目が窺える。なんだアレは。天上の穴、にしては禍々しすぎる。おおよそこの世のものとは思えない物体が、今俺の目の前に広がっている。軽口を叩いてはいるが、内心マジでビビっています。
俺の動揺を読み取ったのか、美人さんは「あぁ」と悟ったように頷くと、安心させるためか笑顔のまま言葉を続ける。
「このスキマに驚いているのでしょう?」
「……驚いたな。表情を読まれたか」
「いえ、貴方少しだけど呟きが漏れていたのよ。思考が駄々漏れ。嫌でも気づくわ」
「またかよ。そればっかりだな」
そろそろ口にチャックを付けておきたい。業者さんに頼むか。
それにしてもそろそろ名前を教えていただきたいのだが。『美人さん』と呼ぶのにもいい加減疲れてきた。
「貴女、素直すぎやしないかしら」
「いえいえそんな。自分こう見えても捻くれ者ですし」
「……ふふっ。いいわね、気に入ったわ。私は八雲紫(やくもゆかり)。この幻想郷の創造者であり、管理主みたいなものよ」
「管理主、ですか」
いよいよラスボスクラスが出現し始めたか。まだ序章もいいところのはずだが。スライム程度で苦戦する進行度じゃないと、開始二日で死んじまうかもしれない。
紫さんは器用に降りてくると、俺の向かい側に座り炬燵に入り込む。
「あぁ、いいわぁ」
「一応今は夏なんですけどね」
「いいじゃない。こういうのは雰囲気よ、雰囲気。言ったもん勝ちね」
「そういうモンですかねぇ」
この人、意外と気が合うかもしれない。マイペース万歳道を究めていそうだ。というか、俺が出会う奴らはこんなのばっかりか。これは思ったより希望が持てそうだ。
霊夢はまだ戻ってこない。俺の賽銭に頬擦りでもしてるんじゃなかろうか。それはそれで面白い絵だから見てみたいけど。
「……ときに貴方、雪走威(ゆばしりたける)と言ったわね」
「聞いてたんすか」
「これでも一応管理者だからね。貴方が幻想郷に迷い込んだ時から、存在には気が付いていたわよ。普通ならそのまま霊夢に任せちゃうんだけど……ちょっと事情があってね」
炬燵の上に頓挫している蜜柑に手を伸ばし、慣れた手つきで皮を剥く紫さん。美人が食事をする光景は男子学生にとって嬉しいものがあるが、現在彼女の表情は決して笑ってはいない。殺気を秘めた瞳で俺を射抜いている。……あ、え? いきなりデッドエンド?
紫さんは蜜柑を頬張りつつも、先ほどとは打って変わって警戒心を募らせた表情をすると、
「単刀直入に聞くわ。貴方、何者?」
「……いや、何者と言われましても。ただのしがない一般人としか答えられないのですが」
「とぼけないで。普通の人間ならこういう摩訶不思議世界に入りこんだ時点で、元の世界に帰りたがるはずなの。それは今まで例外のない事実。それなのに、貴方はこの幻想郷に留まることを望んだ。……正直、怪しいのよ。一般人とも異なる不思議なオーラ。妖力とも神力とも違う、謎の力」
「…………」
「もう一度聞くわ。貴方、何者?」
……再び問いかける紫さんの表情は監督者のソレで。彼女なりに幻想郷を守ろうと行動しているのが手に取るようにわかった。同時に、誤魔化す余裕なんてないってことにも。
しかしなぁ、誤魔化すも何も、俺は何の変哲もない一般男子高校生なのであるからして。紫さんを欺くような非日常的存在では決してないのだ。ゆえに言葉を変えることはできない。そもそもその『謎の力』って何ですか。俺が逆に聞きたいですよ。
おそらくまた口に出ていたのだろう。紫さんは少しだけ警戒を解くと、淡々と言葉を続ける。
「……本当に、心当たりはないのね」
「まぁ、はい。自分は一応平凡な人間のつもりですんで」
「隠し事とかは……いえ、やめましょう。そういうのは苦手みたいだしね」
「誤解が解けたようで安心しました」
結局、俺は相変わらず人好きする性格ではないようだ。マイペースに生きすぎているのか、疑われやすい性質のご様子。苦労するなぁ。
しょうもない誤解もなんとか解けたようで、俺と紫さんはお互いの近況報告を朗らかに交し合っている。
「……ま、俺がここに来た理由はこんな感じですね。楽しみを求めて参りました」
「楽しみねぇ。博麗神社に住めるみたいだけど、これからの予定とかはあるの?」
「決まってませんね。というかどこに何があるか分かりませんし。とりあえず霊夢と話し合って、方針を決めようと思っています」
「……貴方、霊夢の事どう思ってるの?」
「え? 普通に可愛いですけ――」
「いきなり訳分かんないこと言ってんじゃないわよこのバカ威!」
「ぐふぅ」
突如飛来した謎の珠(陰陽玉と言うらしい)が鳩尾に直撃。そのまま蹲る俺。痛む腹を抑えつつ顔を上げると、そこにいたのは博麗霊夢。なんか額に青筋浮かべているが、どうした。
「どうしたもこうしたも……!」
「あら霊夢、お邪魔してるわよ」
「元はと言えばアンタのせいでしょうが紫! 初対面の相手にそんなこと聞くな!」
「いやねぇ動揺して。もしかして嬉しいの?」
「知り合って数時間の馬鹿にそんなこと言われて嬉しいとかないわよ。馬鹿じゃないの?」
「じゃあ何故俺は吹っ飛ばされて……」
「それ以上喋ると封印するわよ」
それが巫女の台詞かよ。
一瞬の睨みを利かせた霊夢が異常に恐ろしくて、そんな軽口を叩く気合は残されていないんだけどな。
「だから言ってるっての。少しは口を締めなさい。レミリアとかだと殺されるわよ?」
「いきなり新しい登場人物出されてもわかんねぇからやめてくれ」
誰だよそいつ。外人か?
「それじゃあ霊夢も揃ったことだし、雪走君の今後の予定でも立てるとしましょう」
「……紫も残るの?」
「だって面白そうだし。もしかして不満?」
「……別に」
「ふふ、好印象ね雪走君」
「はぁ」
紫さんの言うことはイマイチピンと来ないが、知恵を貸してくれるメンバーが増えてくれるのならありがたい。マイペースに漂流するにしても指針が決まらないと意味ないからな。その点紫さんは管理者らしいし、頼りになるだろう。
すっかり冷めてしまったお茶を淹れ直し、話し合いを開始する。……霊夢が不機嫌そうなのは、後で問いただすとしよう。
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