東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 今回は『東方文伝録』の主人公『沙羅良夜』が出てきます。前回から言っていますが、本作は『東方文伝録』との連動要素を含みます。そちらの作品も同時にお読みいただくと、さらに深く楽しめるかと思います。

 それでは、お楽しみください♪


マイペースに射命丸家

 家族って、なんだろう。

 私にも親と呼べる存在はいた。父親の顔は見たこともなかったけれど、今の私そっくりな、少しだけスタイルのいい母親がいた。幻想郷中から【博麗の巫女】と呼ばれ、親しまれていたお母さん。

 異変を解決するたびに宴会を開き、紫と飲み比べをし、みんなで笑っていた。豪快で酒飲みで泣き上戸で最強なお母さん。女手一つで私を育ててくれた、優しい優しいお母さん。

 正直に、素直に面と向かって言うのは恥ずかしくて口には出せなかったけど、そんなお母さんが私は大好きだった。スペルカードルールもなかったから、妖怪退治の度に傷だらけになって帰ってくるお母さんが、私の誇りだった。私の手を握る、決して綺麗とは言えないお母さんの手が、私は大好きだった。

 昔、お母さんにこんなことを言われたことがある。

 

 ――――霊夢、この世で一番大切なことって何か、分かる?

 

 幼い私は特に考えることもなく、ただお母さんの手を握りながら無邪気に「わかんなーい」と笑っていた。

 そうしていつものように私の頭を優しく撫でると、口元を綻ばせて言い聞かせてきた。

 

 ――――霊夢はまだ小さいから分からないかもしれないけど、今からお母さんが言うことをちゃぁんと覚えておきなさいね?

 

 ――――うん? ……うん、わかった!

 

 ――――よし、いい子ね。

 

 私の返事を待っていたのか、とても柔らかな笑みを浮かべるお母さん。でも、その顔はどこか真剣で、子供ながらにもふざけてはいけないと認識させられた。

 お母さんはゆっくりと、噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 

 ――――いい? 霊夢。この世で一番大切なことはね、『さようならとありがとう、そして大好きは言えるときに言わなくちゃダメ』ってことよ。

 

 ――――ダメー?

 

 ――――そう、ダメ。これだけは、絶対に守ってね? とってもとっても大事なこと。人生はいつ何が起こるか分からない。だからこそ、この三つの言葉だけは絶対に言いそびれちゃダメよ。わかった?

 

 ――――うん! お母さん、大好きー!

 

 ――――ふふっ、ありがとう。私も大好きよ、霊夢。

 

 そう言ってまたわしゃわしゃと頭を撫でるお母さんの表情は、今思い返せばどこか憂いを帯びていたような気もする。

 そんなことを言い聞かされ、私も素直に頷いた一週間後。

 

 

 

 お母さんは、私の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

「――――ぅ……?」

 

 窓から差し込む朝日の眩しさに、思わず目が覚めた。鬱蒼としているはずの魔法の森にも日差しは届くらしく、夏の暖かな陽だまりがぼんやりと存在を主張しているのがわかる。

 耳を澄ますと、ぐつぐつという鍋の音が台所の方から聞こえてくる。どうやら、魔理沙が朝ごはんを作ってくれているらしい。相変わらず早起きで、優しい親友だと苦笑まじりに思う。対して、私はどれだけ呑気な奴なんだろうとも。

 寝癖でボサボサになった髪は後で直すとして、まずは巫女服に着替えよう。泊まる頻度がそれなりにあるため、霧雨家に置いたままにしているスペアの衣装を身にまとう。……ちょっと埃っぽいが、いたしかたあるまい。

 

「……それにしても、ずいぶんと懐かしい夢を見たものね」

 

 昨日に引き続き、珍しい夢ばかり見ている。疲れているのだろうと思うが、基本的に食う寝る遊ぶの三大欲求を全力で満たしている私の生活において、疲労なんていう現象が姿を見せることは滅多にないのだが。やはり、あの馬鹿がいないせいもあるのだろうか。

 リボンをしっかり結び終えると、枕元に置いていた陰陽玉ペンダントをつける。なんだかよくわからないが、つけておかないといけない気がしたのだ。これを付けていないと、あの馬鹿が消えてしまいそうに思えて。自分でも、非科学的な理論だとは思う。

 

 すべての準備を終えると、居間に出る。すでに朝食の準備は終わっているようだ。パンとシチューを並べていた魔理沙は、私の顔を見ると朗らかな笑顔で「おはよう」と声をかけてきた。

 

「おはよー」

「あいっかわらず寝坊助さんだな霊夢は。もちっと早く起きて用意を手伝ってくれてもいいんだぜ?」

「私の辞書には『欲求に逆らうことなかれ』としか書かれていないのよ」

「真っ先に香霖堂に売り払うことをお勧めするな」

 

 軽口を叩き合いながらも席に着く。茸メインな山菜シチューに、思わず喉がゴクリとなった。

 

「食い意地張ってんなー」

「良いでしょ別に。マシな食事取るようになったのは威が来てからなんだから」

「しっかり養ってもらっちゃってまぁ……すっかり夫婦だな、お前達」

「はいはい、そうですねー」

 

 最近幻想郷内ではお約束になりつつあるやりとりに辟易しつつも、シチューを飲み始める。……くそぅ、反論できないくらい美味しいじゃないの。なんでコイツはこんなに料理ができるのか、意味が分からない。

 

「花嫁修業の一環だからな。恋する乙女はサイキョーなのさ!」

「ふーん。あ、バターとってよ魔理沙」

「無視かよ……」

 

 がっくりと項垂れる悪友がなんだか微笑ましい。霖之助さんが世話を焼きたがるのも分かる。

 そんなこんなで朝食を食べ終えると、私は荷物を纏めて霧雨家の扉を開けた。

 

「なんだ、もう行くのか? ゆっくりしていけばいいのに」

「ちょっと行きたいところができたのよ。昨日はいきなり押しかけてごめんなさいね、魔理沙。泊めてくれてありがとう」

「……お前が素直にお礼を言うと気持ちが悪いな」

「どういう意味よ!」

 

 私をどういう人間だと思っているんだ、お前は。

 深い溜息をつく。能力を使用して少し浮いたあたりで、魔理沙が不意にポツリと漏らした。

 

「いつでも来いよ。相談相手ぐらいなら、なってやるからよ」

「……ありがと」

 

 私達らしくない会話にちょっと照れくさくなってしまって、私は大急ぎで上昇を開始した。見る見るうちに魔理沙が小さくなっていき、魔法の森が全体図として視界に入る。

 ……さて、じゃあとりあえず。

 

「ブン屋のところにでも、行きますかねぇ」

 

 おそらく仲良く痴話喧嘩を繰り広げているであろう新聞屋を目的地に、私は飛行した。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 射命丸文の家は、妖怪の山でも頂上近くに存在する。あのプライド高き鴉天狗だから仕方がないことだとは思うが、もう少し遠慮をしてもいいんじゃないかと自分を棚に上げて考えてしまう。……なによ。私が傍若無人だなんて分かってるわよ。自覚してるっての。

 途中守矢神社にて早苗を少しからかってから、私は新聞屋の扉の前にいた。中からは、案の定二人のやかましい言い争いの声が聞こえてくる。

 

『今日の朝ごはんはパンじゃなくてお茶漬けがいいって言ったじゃないですかぁ!』

『知らねーよそんなの! 初耳すぎて心当たりがなさすぎるわ! つーかつべこべ言わずに食え! 残したら豊穣神に突き出すからな!?』

『残念でした今は夏だから穣子さんはお休み中でーす』

『揚げ足取りがうぜぇえええええええええええ!!』

 

 ……どんな喧嘩だ。

 熟年夫婦もびっくりなくだらなさに頭痛と眩暈が併発しそうだ。一年前からそうだが、この二人はいい加減くっついたらいいんじゃないかと切に思う。

 バタバタと騒がしい効果音に冷や汗を全力でかきながらも、私は私なりにまったく遠慮なしで扉を開いた。

 

「ちょっとお邪魔するわよ――――――――っ」

 

 扉を開いた先の光景に、思考が止まる。あまりにも彼ららしい、日常的なシーンに呆れてものも言えない。

 先ほどまで二人してぎゃーぎゃー騒いでいたバカ二人は何故か床に寝転がっていて、男の方が女の方に覆いかぶさっていたのだ。見ようによっては、今からコトに及びますよと言っているようにも見えないことはなくなくない。

 

『…………』

 

 三人もの生物がいるというのに、空気が凍った。息ひとつ漏らせない緊迫した雰囲気に、タラリと嫌な汗が流れ落ちる。

 件の二人が口をパクパクさせて私を見上げる中、私はちょっといたたまれないような感じで顔を背けると、扉をそっと閉めた。

 

『べ、弁解をさせてぇえええええええええええええええ!!』

 

 妖怪の山全体に響くんじゃないかと思えるくらいの叫びに、私は舌打ち交じりに扉を開く。けっ、イチャイチャシーンを見せつけてんじゃないわよ。

 

「見せつけてねーし! 今のは事故だ事故! れっきとしたアクシデント!」

「そ、そうですよ霊夢さん! そもそも、私と良夜がそんな関係であるはずがありません!」

「お、なぁんだ朝食中なんだ。私もいただくわねゴチになりまぁーっす」

『まさかの空気ブレイク!』

 

 どこまでも仲が良い二人は頭を抱えてうがうが唸っている。うるさいな。おちおち飯を食ってもいられない。

 二人ともなんかしばらく戦闘不能状態なんで、ちょっと説明をしておこう。

 

 全身黒づくめの、なんか変わった格好(本人いわく『詰襟』というらしい)をした銀髪の少年は沙羅良夜(さらりょうや)。一年ほど前にいきなり幻想郷に現れた外来人だ。

 なんか妖怪の山に突然現れたらしく、記憶もなくしていたらしい。覚えているのは自分の名前のみ。このままでは妖怪に食べられて死んでしまうというところに偶然通りかかった文が彼を拾ったということ。滅茶苦茶頼み込まれたらしいが、プライドの塊な彼女が首を縦に振ったという事実が衝撃的だった。意外と甘いのね。

 

 そんで沙羅の隣で同じように這いつくばっているのが件の射命丸文。妖怪の山を治める天狗の仲間で、新聞記者。面倒くさく、しつこい性格をしている意地の悪い鴉天狗だ。私も地味に彼女が苦手。まぁ、沙羅が来てからは少しづつ丸くなっているみたいだけれど。妖怪の山ではこの二人のかけあいがなにかと人気らしい。

 

「どうするんですか良夜! 貴方のせいでまたいらぬ誤解が増えてしまいましたよ!?」

「俺のせいか!? どちらかってーと物を投げ始めてかつ俺を引っ張った文が悪ぃーんじゃねーの?」

「なっ! 居候の癖に家主に向かってその物言い……表に出なさい馬鹿良夜! 今日こそ主の偉大さと言うものをその身に刻み付けて差し上げますよ!」

「弾幕使えねぇパンピー捕まえて殺人予告だと!? 冗談抜きで死ぬわ!」

「……アンタ達、元気ねぇ」

 

 これで居候と家主の関係だと主張するのだから恐れ入る。どう見ても相思相愛なバカップルではないか。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの仲の良さ。素直じゃないわね、この二人。

 

 

 ――――わかってるんだろ? 雪走の気持ちくらい。

 

 

「…………」

 

 居候と、家主。

 まるで私と、威の関係。私達も周囲からしてみれば、こういう風に見えているのだろうか。

 今私が抱いているような感情を、幻想郷のみんなはもっていたのだろうか。だとしたら、素直じゃないのは彼じゃなくて、どう考えても私の方……。

 

「……ど、どうしたんだよ博麗。なんか元気ないぞ?」

 

 いつもの私らしくない、暗い雰囲気に気が付いたのか、沙羅が慌てた様子で顔を覗き込んでくる。どこか威に似た感じがする彼の顔に、思わず顔が赤らみそうになったのはここだけの話だ。

 沙羅につられて、文までもが私を見てくる。……私はそんな彼らに憔悴しきった顔を見せると、絶対に聞こうと思っていた質問を投げかけた。

 

「ねぇ二人とも。……本当の家族って、なんなのかな」

 

 




 中途半端ですが、続きは二話後の霊夢編で。次回は白玉楼、威編です。
 感想・批評コメント・評価など心よりお待ちしています。
 それでは次回も、マイペースにお楽しみに♪

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