東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 東方霊恋記一発目。威サイドからのスタートです。
 それでは早速マイペースにお楽しみください。


マイペースに修業開始

 白玉楼生活、二日目。

 現在地は中庭。どうやらようやく修行を開始してくれるらしい。

 

「修業を始める前に、まずはこれを差し上げます」

 

 そう言うと妖夢さんは俺に鉄板のようなものを投げ渡した。ずっしりと重いが、金属板が何枚も重なり合ったこれはいったい……、

 

「籠手ですよ。近接戦闘用の、籠手です」

「……勝手な想像ですけど、妖夢さんとの修行だから刀を使うものだと思ってました」

「幽々子様の指示なんです。なんでも、刀よりはそっちの方が合うだろうからとのことです」

「そうよぉ。雪走くんの戦闘スタイルは、どちらかというと超接近戦寄りなの」

 

 縁側に座って俺達を眺めているゆゆちゃん。扇子で口元を隠すあたりが彼女らしい動作だ。どこか妖艶なその挙動に思わず見とれそうになる。……危ない。

 というか、接近戦寄り? ゆゆちゃんの言葉に疑問を抱いた俺は、首を傾げる。

 

「魔理沙との弾幕ごっこを見た限り、貴方は射撃は得意だけど格闘戦の方が向いてそうなのよ。弾幕を避ける際にも腕で捌こうとしていたし。格闘技の心得があるんじゃない?」

「……まぁ一応、空手とかを少々……」

「でしょ? だから、刀よりも戦い慣れている格闘の方がいいと思ったのよ。だから、籠手」

「はぁ……そういうわけですか……」

 

 よく理解はできないが、ゆゆちゃんなりに俺のことを考えてくれた結果なのだろう。他人の親切を無下にするほど俺も悪い人間ではない。ここは素直に彼女の助言を聞いておく。

 鉄板をスライドさせ、肘から上を隠すほどの長さにしてから装着する。

 

「お、思っていたより重いですね……」

「鋼だからね」

「鉄じゃないんですか!?」

「鉄なんて幻想郷じゃ通用しないわ。ギリギリまで軽くして、せいぜいそのレベルの鋼が限界ね」

「どんな魔境だ幻想郷! 斬鉄剣レベルがゴロゴロしてやがる!」

「近接武器だからね~」

 

 幻想郷の人外っぷりに驚きを隠せないが、考えてみると納得できてしまう。そもそも弾幕ごっこが主流なこの世界において、近接攻撃を主とする人間はほぼいない。以前霊夢から聞いた限りだと、妖夢さんと紅魔館の門番、後は鬼くらいのものらしい。天人は……うん、関わる機会はないだろうから省略しておく。

 しっかし、鋼の籠手ってマジですか。重たすぎて使いこなせねぇだろ……。

 

「ちなみにその籠手、霊夢に装備させてみたらものの数秒で軽々使いこなしていたわ」

「ここで見せろや男の意地ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「あぁっ! 駄目です雪走さん! なんか腕の血管が致命的なくらい浮き出してますよぅ!」

 

 霊夢なんかに負ける訳にはいかないと全力を込めて正拳突きを開始するが、なんか腕の先の感覚がなくなってきていた。ぐでんとしているのは、折れているわけじゃないことを祈りたい。

 妖夢さんが慌てて手甲を外し、冷水で腕を冷やしてくれる。

 

「し、死ぬかと……」

「そんなギリギリの状態で修業を始めないでください!」

「ふ、しかし妖夢さん。男には死んでもやらねばならないことがあるのですよ」

「それはきっと今じゃないです! もっと、こう、他にあるはずですよ!」

「霊夢を口説くとか?」

「貴方の霊夢愛は本物すぎますね!」

 

 目を三角にして怒鳴ってくる妖夢さん。彼女にはツッコミの才能があるのではないかと真剣に思う。ゆゆちゃんとコンビを組ませて【幽々子&妖夢】とかで売りだしたらヒットするんじゃなかろうか。

 

「なんかやらしいこと考えてないかしら~?」

「滅相もございません」

 

 この人の勘の良さを忘れていた。即座に煩悩を投げ捨てる。

 さすがにこんな重量のある物体を装備して修行を行うのは現在の俺には不可能なので、今回は素手のまま行うことに。妖夢さんも俺に合わせて無手でやってくれるとのことだ。

 

「わざわざすみません、妖夢さん。俺が不甲斐ないばかりに……」

「いえ、私も修業を始めたばかりの頃は祖父に素手でやってもらっていたんですし……」

「祖父? 妖夢さんのお祖父さんですか?」

「はい。今頃は地底でも探検しているんじゃないですかね」

「な、なんか凄い人ですね……」

「えぇ。自慢の祖父なんですよ♪」

 

 ニコッと微笑む妖夢さんは、本当にその人のことが好きなのだろう。血縁なんだから、当たり前か。

 無駄話もここまで。妖夢さんが左手を前に突き出し、右手を顔の前に構える。俺も同じ構えを取る。これが無手においての基本形らしい。左手は防御の要。右手は顔に迫る攻撃を捌く最後の砦。足は動きやすいように右脚を一歩下げ、斜めに構える。

 俺達の準備が整ったのを確認すると、ゆゆちゃんは扇子をパッと広げて開始を宣告する。

 

「それじゃあ、開始~♪」

「早速いきます……よっ!」

 

 地面を思い切り踏みしめ、一気に距離を詰めてくる妖夢さん。顔の前においていた右手を、身体を捻りながら前に突き出してくる。

 若干慌ててしまうが、左手で軽く腕に触れて軌道を逸らした。咄嗟に左へステップすることも忘れない。妖夢さんを右に流して、なんとか回避に成功した。

 手加減したとはいえ初撃をこうもあっさり躱されるとは思っていなかったのだろう。一瞬目を丸くすると、すぐに口元を吊り上げて笑みを浮かべる。

 

「へぇっ……意外とやりますね」

「それなりにやってましたからね。そんな簡単にやられたら師範に申し訳が立ちませんよ」

「それじゃあ……私が貴方の師範になってあげますよ!」

「期待してま……すっ!」

 

 妖夢さんの手刀が左方から飛来する。腕を立てて防御し、横に流す勢いを利用して中段回し蹴り。しかし、横っ腹を狙った蹴りはなんなく左腕と左足のブロックによって防がれる。

 俺に防がれた手刀を、次は顔面に向かって突き出してくる。刀のような鋭さのそれを、顔を横にずらすことで直撃を免れる。かすってしまったのか、頬にかすかな痛みが走った。

 突きを繰り出したことで妖夢さんは前のめりになっている。左フックで腹部を狙うが、これまた拳を空いていた左手で掴まれて防がれた。

 そのまましばらく膠着状態が続く。

 

「…………」

「…………」

 

 俺達はお互いを見据え、睨みあったままピタリと停止していた。風が葉を揺らす音がやけに響き渡り、ゆゆちゃんが饅頭を頬張る姿が目の端にちらつく。

 だが、俺達はそんなことに気を回す余裕は無かった。……否、もっと別の楽しみに心を奪われていた。

 妖夢さんが不意に口元を吊り上げる。それを見て、俺も表情が緩むのを感じた。

 ゼロ距離にまで詰まった俺達は、おそらく同じことを考えていたのだろう。

 

 

 ――――楽しいっ!

 

 

 拳を重ね合わせて。傷をつけあって。血を流しあって。昭和な感性だと笑われるかもしれないが、俺達は戦い合うことで、確かに分かりあっていた。

 拳を引き、距離を取る。――――一気に地を踏み、駆け抜ける!

 

「はぁぁぁぁああああっ!!」

「でやぁぁあああああっ!!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、鋭い痛みが全身に回る。全体重をかけるが、徐々に押されていくのが分かった。

 妖夢さんは剣士だ。無手は専門外。だから多少は不得手だろうし、戦いにくかったりもするのだろう。しかし、彼女はそれでも俺の上を行く。鍛え抜かれた【魂魄妖夢】は、いかなる条件下においても敗北を許さない。絶対的力を見せつける彼女に嫉妬すると同時に、俺はわずかな快感を覚えていた。

 だけど……それでも、俺は負ける訳にはいかない!

 

「ふっ!」

「なぁっ!?」

 

 筋肉を緩め、拳から力を抜く。支えを失った妖夢さんはたまらず前のめりに。勢いを殺せず、そのまま俺の方へと倒れ込んでくる。慌てて体勢を整えようとしているが、人体の構成上咄嗟に動くことはできない。

 俺は妖夢さんの背後へと回り込むと、拳を固めた。狙うは背中。防御もままならない今の状態ならば、確実に仕留めることができる。

 

「もらった!」

 

 身体を捻り、撃ちだされる弾丸と化した俺の拳は、妖夢さんの背部に吸い込まれて――

 

 

 ――その時、俺の視界に白い布のようなものが入り込んできた。

 

 

 柔らかな、逆三角形の布。何かを隠すように丸みを帯びたソレは、周囲の肌色に対比してよく映えている。若干喰いこむように存在しているその布きれは、まさかまさかもしかして。

 

「やっ……いやぁああああああああああああああああっっっ!!」

 

 翻りすぎた緑のスカートを押さえ、顔を真っ赤にしてしゃがみ込む妖夢さん。彼女らしくない生娘の如き叫びに、俺は硬直するしかない。というか、女の子相手にしてはいけないことをしてしまった気がする。

 

「あらあら、妖夢ったら女の子ね~」

 

 ケラケラと笑うゆゆちゃんが今だけは恨めしい。なんか俺絶対に地雷踏んだ。死亡フラグが確実に立った。

 背後でゆらりと立ち上がる気配。放たれる殺気。地の底から這い上がるような呼吸音。

 だらだらと冷や汗を流しつつも、俺はゆっくりと振り向く。

 

 案の定、そこにいらっしゃったのは半人半霊の鬼化した姿。

 

「ゆ、ば、し、り、さぁぁぁぁぁああああん……?」

「ひぃっ! 弁解できないけど理不尽じゃないかな!?」

「問答……無用……!」

 

 腰を落とし、右拳を腰だめに構える妖夢さん。「ふぅぅぅぅ……」と息を吐く姿は、今の俺には死神のようにも見える。左手を翳しているのは狙いを定める為だろうか。なんというか、これは死んだ気がする。

 

「あぁもぉ……不幸だ……!」

 

 どこぞの幻想殺しな台詞をそのままパクッた瞬間、鳩尾に走る形容しがたいほどの激痛。

 ゆゆちゃんの爆笑する声と妖夢さんの怒鳴り回す声を同時に聞きながら、俺は盛大に地面とキスをするのだった。

 修業開始一日目。強くなるには、まだまだ時間が必要だ。

 

 




 次回は霊夢編。【東方文伝録】をお読みいただいてから読むと楽しさ五割増しでございます。是非。
 それでは次回もお楽しみに♪

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