白玉楼生活、三日目。
……どこか伝説に挑戦しまくる黄金な番組風になっているのは、気のせいだ。
俺は今、戦国武将が装備するような武者鎧一式を身に纏い、白玉楼前の長い階段を往復している。
「うぉぉぉおおおおおおおおお!!」
「頑張ってくださーい!」
「うぉぉぉおおおお…………ぉぉ」
「ゆ、雪走さん?」
「…………(ガラガッシャーンッッ!!)」
「雪走さぁああああん!!」
あまりの重さにスタミナがどんどん失われ、力尽きた俺は後ろ向きで階段から転げ落ちた。凄まじい衝突音と共に、俺の脳がぐわんぐわん揺れまくる。
落下した俺に、焦りまくった妖夢さんが駆け寄ってくる。なにせ百段近くある階段だ。高さも段差もそれなりにある。いくら鎧を着こんでいるとはいえ、大怪我をしてしまうかもしれない。その前に、いろいろと再検討して欲しいところがたくさんあるんですがね……。
「大丈夫ですかっ、雪走さん!?」
「……あー、はい。怪我自体は大したことないです。身体は丈夫ですし、そっちは心配しないでください」
「よかった……」
「……まぁ精神的肉体的疲労がピークなんですけどね(ふらっ)」
「ちょっ、それ一番ヤバイやつじゃないですか!」
眩暈がしたかと思うと、そのまま大の字に倒れ込む俺。ちなみに今の往復は三十本目だったりする。普通に考えて死ぬレベルだ。よくもまぁそこまで耐え抜いたものである。これだけは褒めてもらいたい。
妖夢さんによって武者鎧を脱がされると、冥界のひんやりとした冷気が火照った身体を癒してくれる。
「あぁ……生き返る……」
「……こんな時にこんなこと言うのもアレなんですけど、この修行ってぶっちゃけ意味ないと思うんですよね。それなら私と組手した方が百倍有意義だし。たぶん腰痛めるだけだと思います」
「だったら最初からやらせないでくださいよ! コレ想像以上に疲れるんですから!」
「だ、だって、幽々子様の指示でしたから逆らうことも出来なくて……」
妖夢さんは申し訳なさそうに目線を逸らす。彼女の立場的にゆゆちゃんに反対することはできないことはわかっている。だから、そのことを言われてしまうと俺もそれ以上彼女を責めることはできない。
少々沈黙の時間が続く。な、なんか気まずい! 修行中なのに、空気が悪い!
「い、いったん白玉楼に戻りませんか妖夢さん! ほら、息抜きも兼ねて!」
空気を変える意味でもある場所移動。とりあえず団子でも食べて休憩したいという気持ちもある。おやつ食べればこの淀んだ空気も少しは良くなるだろう。
俺の無理矢理な誘いに、妖夢さんは渋い表情ながらも頷いてくれた。俺の鎧の上半身部分を持ってもらい、一緒に階段を上っていく。蹴ったら折れそうな程華奢な体つきなのに、重たい鎧を持ってふらつく様子は全くない。凄いなぁと何の気なしに妖夢さんを見つめてしまう。
「……さ、さっきからどうしたんですか雪走さん。じっと見つめてきて」
「いえ、そんな細腕で鎧を軽々と担いでいるなんて凄いなぁと思いまして。どこに筋肉ついているんですか?」
「えと、気の応用みたいな感じで、内側の筋肉だけ鍛えたんですよ。美鈴さん……紅魔館の門番の方に教えてもらいました」
「へぇ……そんな方法、実在したんですね……」
グラップ〇ーとかジョジ〇だけの話かと。まさか本当に存在するとは夢にも思わなかった。凄いな、気。俺も教えてもらおうかな。かめ〇め波とか撃ってみたい。
鬼のように長い階段をなんとか登り終え、白玉楼の門をくぐる。……なんか小腹がすいてきた。朝の八時から修行を始めてから数時間が経過している。もうすぐ昼飯時なのだろう。
くぅと腹の虫が図々しい鳴き声を上げる。妖夢さんはくすりと笑った。
「組手をする前に、お昼御飯にしましょうか。幽々子様もお腹を空かせて待っていることでしょうし」
「あの人は年がら年中空腹しているのは気のせいですか?」
「幽々子様ですから」
苦笑交じりにそう言う妖夢さん。思い当たる節があるのだろう、どこか困ったように目を細めていた。
中庭に着いたところで鎧を下ろした。腰痛ぇ……。
「あら、お帰りなさい二人とも。そしてお腹がすいたわ妖夢」
「口を開けば飯の事ばっかりですねアンタは」
「だってお腹ペコペコなんだもん。ご飯作って妖夢ぅー!」
「はいはい。すぐに作りますからちょっと待っててくださいね」
やれやれといった様子で台所へと向かう。庭師兼世話係と言っていたが、ちょっと仕事が多すぎやしないか。この人の世話係なんて大変そうだなぁ。
「……雪走君、声に出てるわよ~」
「申し訳ございません」
ニッコリ笑顔のゆゆちゃん。嫌な予感が的中する前に土下座を実行。俺は命を失いたくはない。
彼女はそれくらいでは怒らないようで、ケラケラと喉を鳴らしながら俺を招いている。
縁側の、彼女の隣に腰を下ろした。
「お疲れ様~、疲れたでしょう?」
「えぇとても。正直足腰が限界です」
「ふふ、正直者は好きよ~?」
扇子で口元を隠すと、饅頭を一つ。口に運ぶ所作までもが上品に見えるのだから美人と言うのは恐ろしいし、ずるいと思う。俺がやっても汚いだけだしなぁ。
そう自嘲しながらも俺も饅頭を頬張る。漉し餡の甘さが口の中にふんわりと広がった。
饅頭を飲み込むと、ゆゆちゃんは口を開く。
「雪走君の力の源は、いったいなんだと思う?」
「なんですかいきなり」
「いいから。答えてちょうだい」
「……霊夢への愛、ですかね」
「正解♪」
バッと扇子を開く、貼られた紙には《お見事!》と書かれていた。いつのまに。
「雪走君の能力は【愛を力にする程度の能力】でしょう? 友情でも家族愛でもいいけれど、貴方の場合はやっぱり霊夢愛。一途なまでの想いが貴方を強くしているわ。それは魔理沙との弾幕戦でも気づいたはず」
「それは……はい。確かに、そうですね」
霧雨さんとの弾幕戦。にとりさんの助言でスペルカードを使用した際、俺は霊夢への愛情を強め、力として放出した。恋力変換機の形式上仕方は無いのだが、俺の力の源は確かに霊夢愛と言えるだろう。
だが、それがどうしたのだろうか。最初から分かっていることなのに。
ゆゆちゃんは目尻を下げると、微笑む。
「今更こんなことを言うのもなんだけど、貴方が少し本気で鍛錬したからって肉体的に勝てるようになるのは無理なの。それは人間としては仕方のないことだわ」
「本当に今更ぶっちゃけますね……」
そんなことを言われると修行の意味を失くしてしまうのだが。
「そうすぐに鵜呑みにしないの。言ったでしょう? 【肉体的】には勝てないって」
「肉体的にはって……強くなるとしたら、そういう部分しかないんじゃないですか?」
「……雪走君は、【強い】ってことについてどう考えてる?」
「は?」
これまた唐突な質問に虚を突かれてしまう。しかしゆゆちゃんの顔がいつになく本気だったので、俺は無駄口を叩かずに自分なりの答えを出してみた。
「……やっぱり大切な人を守れるかどうかなんじゃないですかね。絶対的な力を持っていればどんな脅威が襲ってきても退けられますし、負けることはないんですし」
「三十点」
「低っ!」
「間違ってはないんだけどねぇ~……その答えはちょっとばかり愚直よ。力に固執しすぎているわ」
「そう言われましても……」
強いっていうのはそういうものじゃないのか? 力をつけて、初めて守れるようになるんだと思っているんだが。
「貴方の理論だと、筋肉達磨が最強で痩せた人は弱いってことになっちゃうわよ?」
「う。そう言われると確かに違う気がします……」
「でしょう? 【柔よく剛を制す】って言葉があるように、強くなるってことは別に筋肉をつけるわけじゃないわ。かといって、雪走君の場合は技を身につけるにも時間が足りない。はっきりいって外面的な成長は難しい」
「……一応妖夢さんには一本取りかけたんですが」
「妖夢がアレで本気だと思って?」
「…………」
本気の目でそう言われたので、思わず言葉を失う。
俺だって内心分かっている。妖夢さんの本気があの程度だとは思っていない。確かに剣を使ってないからそれなりなのだろうが、俺みたいな一般人に後れを取るような彼女ではないだろう。気を遣って、手加減されていたのだと思う。
黙り込んでしまった俺を見つめていたゆゆちゃんは、しばらくすると柔らかい笑みを浮かべた。
「まぁ、でも私が修行をつけるって言ったんだから、強くはしてあげるわ。私なりの持論でね」
「はぁ……ですけど、技も力もダメとなると、いったいどうやって……」
「いきなりですがここで質問です。さっき雪走君に鎧を着せたまま階段を昇り降りさせたのはいったい何故でしょーかっ」
再びの質問。今日はクイズデーのようだ。
妖夢さんが「意味がない」と言ったあの修行。それをゆゆちゃんは何かしらの意味があると言っている。普通に考えたなら足腰を鍛えるとかいう答えだろうが……そんな単純なものじゃないだろう。
滅茶苦茶きつかったしな……ダルイし、疲れたし……。
「はい、それが正解よ」
「え?」
「『疲れた』っていうこと、それがこの問題の答えなの」
またもや扇子を開く。文字が《大正解!》に変わっている点についてはツッコまない。
しかし意味が分からない。疲れるっていうのがあの修行の意味……?
「肉体的疲労が蓄積することで、無駄なことを考える余裕がなくなる。ようするに無心になれるのよ。今から雪走君にやってもらう修行にとって、無心になるっていうのはとっても大切な事」
「今から、修行……?」
「そうよ。今から貴方には、ある特別な修行をやってもらいます。それは肉体的に自分を鍛えるものではなく、雪走君の力の源である【恋力】の扱いを上達させるもの。技でも力でもない、貴方だけの力を、ね」
「恋力を、鍛える……?」
言葉にするのは容易いが、イマイチピンと来ない。俺の恋力は霊夢への愛を想うことによって増幅する力のはずだ。それは想えば想うだけ力を増す。鍛えるとか、そういう類のものではないと思うのだが。
だが、ゆゆちゃんには心当たりがあるようだ。俺の恋力を、鍛える方法があるらしい。
「この修行は物凄く効率がいいのよ~? なにせ肉体は使わない上に怪我をすることもない。お腹も空かなければ死ぬこともない。すっごく楽で簡単なしゅぎょうなの」
「へぇ……そんないい修行があるんですね。知りませんでした」
「私と紫で一緒に考えたんだから。ね、紫♪」
「えぇ、大変でしたわ」
「のっはぁ!」
背後から突然発された声に思わず飛び上がる。神出鬼没すぎる賢者様のせいで最近寿命が縮みつつあるのは気のせいではあるまい。
嫌な高鳴りを見せている胸を抑えながら、ゆっくりと振り向く。
「はぁ~い♪ 今日もあなたの後ろに忍び寄るスキマ。ゆかりんよ~」
「お帰り下さいませ、賢者様」
「いきなり酷いわね貴方!」
おっと、無意識に口が滑ってしまったようだ。自重自重。
スキマから上半身を出している紫さん。よく見ると、腕や顔などのあちこちに怪我をしているようだ。いったいどうしたのだろうか。
「ちょっとね……頭のおかしな紅白娘にやられたのよ……」
紅白、という比喩表現で俺の頭に浮かぶのは愛する博麗霊夢くらいのものなのだが、おそらくそれで間違いはないのだろう。紫さんをここまでボコボコにできるのはアイツしかいない。
紫さんは咳払いをすると、いきなり俺の額に人差し指を突きつけた。突然の動作に、疑問符を浮かべる。
「あの……なんですか、コレ」
「修業よ。ちょっとばかし面倒くさい精神世界に行ってもらうの」
「精神世界?」
「えぇ、昔からよく言うでしょ?」
そこで一旦言葉を切ると、彼女は大人びた笑みを浮かべ、そのまま人差し指を額にずぶりと突き刺してくる。
「己を知れば百戦危うからずってね」
それはいろいろと言葉が足りないような気がします、紫さん。
そんな切実な言葉が届くこともなく、俺は意識を盛大に刈り取られた。