今回はちょっと分かりにくい内容かもです。事前に言っておきます。
それでは、マイペースにお楽しみください♪
暗い、見渡す限り漆黒の闇。
自分の他には何も存在せず、声すら聞こえない閉ざされた世界。
「……なんかカッコよくモノローグで語ってみたけど、状況が掴めん」
何一つ説明されることなく真っ暗な世界に突然置かれたので、現在俺は混乱の真っ只中だ。こういう望む時に限ってあのスキマ妖怪は説明をしないので、半ば諦めかけてはいるが。
恋力を鍛えるという名目で意識の底に落とされた俺。彼女達がどういう修行を課すのか皆目見当もつかないが、あの二人の性格を鑑みるにロクなことではないと思う。年長者だし。
「…………?」
ふと、目の前の空間が少しだけ揺れた気がした。蜻蛉のように淡く、水面のように揺れている。
空中なのに波紋が広がる。何を落としたわけでもないのに、次々と波が広がっていく。
――――威。
突然、名前を呼ばれた。思わず周囲を見渡すが、誰もいない。何もない、無の空間で反響する俺の名前。
しかし今の声には聞き覚えがあった。いや、ありすぎたといってもいい。
どこか上目線で、生意気で、それでいて誰よりも少女染みた声。日頃は一歩引いた傍観者ぶっているくせに、実は幻想郷で一番騒動が大好きなお転婆娘。
確かな自信を持って、俺は『彼女』の名前を呼ぶ。
「霊夢、か……?」
――――そうでもあるし、そうでもない。私は博麗霊夢だし、博麗霊夢ではない。
「は? いやいや、なんだその性質の悪い宗教染みた台詞は」
こいつはいつから神道以外の宗教にハマったというのだろう。そういうのは外の世界のモノだと思っているのだが。最近いろいろと問題だし。
声が聞こえる度に俺の前方が光を放ち始めた。その輝きは段々と人間を模っていき、俺の愛する彼女を作り上げていく。
――――私は貴方が想像した博麗霊夢の幻影。偽物で、それでいて本物の心を持った人形。
「むっずかしい言い方するなぁ……つまりはアレか、俺の妄想でできあがった霊夢ってことか」
――――簡単に説明するのなら、その通り。
無表情のまま頷く霊夢。普段の彼女に比べて感情の起伏が乏しく、表情の機微も疎い。本当に偽物のようだった。
だが、俺は考える。どうしてこの『霊夢』が俺の前に現れたのかを。
紫さんとゆゆちゃんは、この『霊夢』に何をさせる気なのかを。
――――威。貴方は私が好き?
「……いきなりだな。いつも言っていることを今更聞くか?」
――――答えて、ちゃんと、貴方の本心で。
無表情ではあるものの、どこか真剣な面持ちで霊夢は問う。俺の知っている博麗霊夢ならば照れて素直に聞けないであろう質問を、この霊夢は淡々と聞いてくる。
そういうところは、彼女とは違うんだなと思ってしまう。……そして、答えを考える。
俺は博麗霊夢が好きだ。その点に関しては否定しない。誰に否定されても、頑として反論する。命をかけてもいい。
しかし問題は、この霊夢の『好き』というのが何を指しているのかと言うことだ。
顔が可愛い美少女である霊夢を『好き』ということなのか。
スタイルのいい霊夢を欲する『好き』ということなのか。
どこまでも素直じゃないツンデレな霊夢の心を『好き』ということなのか。
一目惚れだから理由なんてないと言ってしまえば楽だろう。実際初日に紫さんに理由を聞かれた時は、俺はそう答えた。霊夢への好意的な行動の理由を、『一目惚れしたから』なんて中身のない薄っぺらな答えでちゃっちゃと流してしまった。
……だが、本当にそんな答えでいいのだろうか。
――――私の気持ちは『私』には分からない。あくまでも今の『私』は貴方の知っている博麗霊夢でしかないから。今現在の博麗霊夢のことは、『私』には分からない。
「……じゃあ、なんで俺にそんなことを聞くんだよ。デレるにしても雑すぎるぞ」
――――『私』が質問するのは、貴方と私のため。正しい愛を確認させるため。
「正しい、愛……?」
霊夢はコクンと頷いた。小動物のような動作に、新鮮さを感じてしまって思わず胸が高鳴る。あまりにも霊夢らしくない挙動に、心臓が早鐘を打ち始める。
俺に向かって歩を進めながら、霊夢は言葉を続ける。
――――雪走威の恋力は愛の深さと濃度で力を増す。貴方が私を想うほどその力は強大になり、貴方自身を強くする。
「…………」
――――でも、今の貴方は本当の愛というものが分かっているの? 正しい愛がどういうものか、理解しているの?
「……理解しているのかとか、いきなり聞かれてもな」
――――これはとても大切な事。愛情の具体化、そして愛の尊さを理解することが貴方の力を強くする。魔法や気、怪力、そして霊力が強さを表すこの幻想郷での、貴方だけの修行法。誰にも真似できない、唯一無二の力。
……正直言って、いろいろと言われすぎて頭の回転が追いついていない。元々そんなに頭のいい方ではない上に、先ほどの答えを同時に考えているせいもあって彼女の言葉を噛みしめることが難しい。
だけど、俺は答えなければならない。噛みしめて、理解して、熟考して、答えを出さなければならない。
俺は、博麗霊夢のどういうところが好きなんだ?
吊り上った勝ち気な目が特徴的なツンデレ腋巫女。属性をあげるならば文章一行で済む。なんのことはない、どんな創作にもいるヒロインキャラだ。特段珍しくもない。主人公が惚れる事にも、そんなに理由はいらない。
だが、霊夢は現実の人間だ。そんなキャラ付けなんかで収まるような単純な思考や心はしていない。
いつもは強気で毒舌で、悪口ばっかり言っているけど褒めるところはしっかり褒めて。
みんなが馬鹿騒ぎしていると迷惑そうにするくせに、帰ってしまうと寂しそうな顔をして。
何処までも初心で純情で、赤面症だからいつも俺にからかわれていて。
ワインが苦手で、一口でも飲むと猫みたいにごろごろと他人に甘えて、大胆になって。
よく手入れされた霊夢の黒い長髪が好きだ。
よく整った霊夢の綺麗な顔が好きだ。
サラシで誤魔化しているけど実は大きい霊夢の胸が好きだ。
すらっと伸びた艶めかしい霊夢の四肢が好きだ。
どこまでも素直じゃなく、本心をそのまま言葉にできない霊夢の不器用さが好きだ。
純情さが、強さが、健気さが、崇高さが、傲慢さが、ふてぶてしさが。
博麗霊夢を形作るあらゆる感情が、俺は大好きだ。
「……っは」
改めて考え直してみると、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑いが漏れてしまう。こんなことを質問してきた目の前の『霊夢』や、同時に考え直すという行動を取ってしまった俺自身に笑いが込み上げてくる。
『霊夢』は急に笑い出した俺を怪訝な表情で見つめていた。どうすればいいのか分からないのか、ただ呆気にとられているのかは分からない。ただ、困っているということだけは伝わっている。
言葉も発せないほど戸惑っている彼女に向けて、俺は笑みを向けた。
「俺なりの答えを、言わせてもらうよ」
――――いきなり笑い出したかと思えば、唐突なのね。
「マイペースだからな。常識には囚われない」
――――早苗みたいなこと言って、馬鹿ね。
『霊夢』が少しだけ表情を和らげた。初めて見せる感情の変化に、ちょっとだけ嬉しくなってしまったのはここだけの話だ。
凛と『霊夢』の目を見据える。透き通った、吸い込まれそうな茶色の瞳を見つめて、俺は自信満々に言い放った。
「俺が霊夢を好きなことに、正しい答えなんてねぇよ。同時に本当の愛なんてモノもない」
――――一応、その答えを導き出した理由だけでも聞いておこうかしら。
「理由っつうか……そもそも、誰かを愛することに正しさとかそういう概念が存在しねぇだろ」
――――概念が、ない……?
「あぁ。愛の形なんて人それぞれだ。確かに世の中には歪んだ愛情があるかもしれない。お金だけの愛や身体だけの愛を求める奴らなんて五万といるさ。でも、そういう愛が正しくないだなんて、いったい誰が決められるんだ? 他人の愛情の正しさなんて、誰が裁けるってんだ?」
――――それはそうだけど……また身も蓋もないことを言うわね……。
「じゃあ逆に聞くけどさ、博麗霊夢はどういう愛が正しいと思うんだよ」
――――……それは。
口をもごもごと動かし、なんとか答えようとするものの言葉にできない様子の『霊夢』。恋力の強化を達成させるために遣わされた自分の使命をこなす為に必死に考えているが、彼女の口が開かれることはない。
柔らかく微笑んで、俺は言葉を続ける。
「愛に正しさなんてない。でもさ、お前がそういう質問をしてくれるまで俺はそういうことすら分かっていなかったんだ。『正しい愛なんてない』のに『俺は霊夢の事を本当の意味で愛しているんだ』なんて思っちゃっててさ。笑っちゃうよな、馬鹿みたいだ」
――――……それは、雪走威の中で何か変化があったと捉えていいのかしら?
「あぁ。今まではただ『霊夢が好きだ』ってことを漠然と思い込んでいた。だけど今は違う。俺は自信を持って、『博麗霊夢という一人の女性の全てを受け入れることができるほど愛している』って言えるよ。重さも深さも強さも段違いだ。お前のおかげでようやく分かったよ。ありがとな、霊夢」
――――バカね、威。
「よく言われるさ」
口元に指を当てて微笑む『霊夢』。それにつられて吹き出してしまう。
恋力の制御が上手くいかなかったのは、俺自身が霊夢への愛を具体化できていなかったせいかもしれない。『好きだ』っていう感情だけが先行して、その意味を理解できていなかったせいかもしれない。
でも、仮にそうであるならばもう大丈夫だ。
答えなんてないけれど、俺は俺なりの答えを見つけた。正解なんてないけれど、俺は精一杯自分なりの『正解』をこれから見つけ出して見せる。
指標を見つけた。答えを導いた。俺自身を見つめ直した。
表層的な部分に変化はあまりないけれど、根本的な部分では確かに著しい変化が起きている。
子供みたいな『好き』じゃない、形を持った『愛している』を掴むことができた。
――――だったら私の役目はここまでよ。修行になったのかは分からないけれど、貴方なりの愛が見つかったのなら、それが力の増幅に繋がるのでしょうね。
いつの間にか、『霊夢』の身体が光を帯びて、粒子となって宙に消え始めていた。既に膝元まで消えてしまっている。役目を終えたからだろう。どこか満足げな笑みを浮かべている。
「ありがとう、霊夢」
――――『霊夢』なんじゃなかったの?
「お前もアイツも、俺にとっては博麗霊夢さ。虚像だろうが妄想だろうが幻影だろうが関係ない。全部を愛するって決めたんだ、お前も受け入れるさ」
――――……思考能力がお粗末すぎて笑えるわね。
「そっぽ向いて言われても説得力ねぇよ」
頬を赤らめ口を尖らせるその姿は、どう見ても俺の愛する博麗霊夢だ。偽物なんかじゃない。
霊夢が消えていくにつれて、俺の意識も遠のき始める。現実に戻されるらしい。もう少しだけこっちの霊夢を見ていたかったのだが……まぁ、我儘は言うまい。
――――さようなら。また会いましょう、威。
「あぁ。お前のことは忘れねぇよ、霊夢」
その言葉を最後に、霊夢は目の前から姿を消した。そして、俺も徐々に意識を失い始める。
意識の中で得た答え。これからは改めて、博麗霊夢を愛することが出来そうだ。
「俺も鈍感が過ぎるんかなぁ」
自嘲気味な呟きを漏らすと、俺は静かに目を閉じた。
次回もお楽しみに♪