東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 更新遅れました! 面目ないです!
 一応私生活が一段落付きましたので、少しは更新早まるかと。ご迷惑おかけします。
 それでは最新話。相も変わらずマイペースにお楽しみいただけると幸いです♪


マイペースに風邪っぴき

 今日は朝から身体が動かない。手足は重いし、頭はガンガン痛む。家事をしようにも言うことを聞かないこの肉体では動くことすらままならない。威に朝ごはんを作ってあげないといけないのに、なんたることだ。

 

「熱はあるし息も荒い。身体の節々も痛むようだから完全に風邪だなこりゃ」

 

 額に触れたり全身をマッサージしたりして私の苦痛を和らげようとしている威がのほほんと言う。彼の手が体に触れる度に心臓が高鳴っているのだが、今は喜ぶ元気すら出ない。残念だ。

 タオルを濡らし、火照っている私の額に乗せながら威は苦笑交じりに漏らす。

 

「まぁ最近はお前らしくもなく無駄に元気だったから、これを機に少し頭を冷やすことだな。霊夢らしいツンデレが復活するのを祈ってるよ」

「なに……よぉ……。いつもは、ツンが酷いとか言ってるくせにぃ……」

「この頃のお前はデレすぎなんだよ。そういうのは俺の仕事だ。ツンデレ要素がない霊夢は、なんかあんまり霊夢らしくない」

「……意味わかんない」

「いずれ分かるさ。ま、仕事は俺がやっておくから、今日は大人しく寝ておくこった」

 

 そう言うと私が着替えたばかりの巫女服を抱えて部屋を出ていく威。汗とかその他諸々の口に出したくはない乙女の秘密がこびり付いた服を男性、しかも大好きな相手に洗濯されるというのは些か抵抗があるが、マトモに身体を動かせない今の私が洗濯を完遂できるはずはないので大人しく任せておくことにする。なんだかんだいって仕事はちゃんとやるヤツだから、心配することはあまりないだろう。

 威が出て行ったことで静けさを取り戻した寝室。少し寂しいなとか思いながらも、これ以上彼に心配をかけないよう黙りこくって天井を眺める。

 

「……デレすぎ、かぁ」

 

 先ほどの威の言葉がなんだかやけに心に残った。刺さった、といってもいいかもしれない。

 沙羅の馬鹿に諭されて、私はあの日確かに威への恋心を自覚した。隠すことをやめ、気持ちのままに行動しようと心に決めた。あの日から私は彼を突き放すことはせず、それどころか自分から積極的に好意を表現してきたと思う。

 でも、それがかえって彼に違和感を与え、気を悪くしていたのではないだろうか。私がデレればデレるだけ威が怯えたようにしていたのは、普段の私を欲していたからではないだろうか。

 自分に素直になろうと決めたけど、それは果たして今までの態度を百八十度改めるということだったのだろうか。

 

「難しい、なぁ……ケホッ」

 

 頭を少々使いすぎたのか、渇いた咳を漏らしてしまった。熱も上がってきたようで、頭痛が激しい。今は大人しく、調子が戻るまで寝ておくとしよう。

 理想と現実のギャップ。ままならない人間関係にやるせない気持ちを抱えながらも、私は目を閉じると意識を手放した。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

「……で、アンタはここで何しているのよ。泥棒?」

「お見舞いに来てやった親友つかまえて第一声がソレかよ」

 

 既に日は天上に昇ってしまい、残暑の暑さがより厳しさを増してきている。風邪を引いているときは汗を流すことが重要だとよく言われるが、こんなクソ暑い中布団を被っていたら発汗多量で死んでしまうんじゃなかろうか。割と本気で心配になる。

 そこんところを踏まえた威が置いてくれている氷水を少しづつ飲みながら、いつの間にか隣で林檎を剥いていた普通の魔法使いにジト目を向ける私。基本的に「死ぬまで借りる」をモットーにしているコイツが家に侵入してくると、真っ先に窃盗を疑ってしまうあたり私も慣れたものだと自嘲してしまう。パチュリーの図書館での前科が多すぎる魔理沙もいけないのだが。

 魔理沙は自分と私の分を律儀に半分ずつ皿に分けると、美味しそうに頬張っていた。

 

「……アンタも、暇ねぇ……」

「幻想郷で暇じゃないやつなんているのかよ。娯楽もロクにないド田舎なのに」

「弾幕ごっこでもしておけば暇つぶしくらいにはなるんじゃないの?」

「チルノが呻くような暑さの中弾幕なんか受けたら焼け死ぬって。さすがに私もそこまで弾幕狂じゃねぇよ」

 

 一応自分が弾幕オタクだという自覚はあるようで、手をひらひらさせながらくつくつ笑っている。彼女の生き甲斐は弾幕と魔法と言っても過言ではなく、幻想郷内ではおそらく最も真面目に弾幕ごっこに取り組んでくれているヤツだと私は思っている。スペルカードルールが効率的に広まったのも、実は魔理沙のおかげであるところも大きい。褒めると調子に乗るから言わないけど。

 満足げに林檎を咀嚼する魔理沙を見ながらも、他に物音がしないことにふと気が付いた。

 

「そういえば、威は?」

「旦那さんなら永遠亭に風邪薬貰いに行ったぜ? 私は雪走に留守番と看病頼まれたからここに来た」

「自分の意志で来たんじゃないのね……」

「お前なら風邪も逃げ帰るだろうと思ってたのさ」

「殴るわよ」

「寝てろよ病人」

 

 至極真っ当な返しに思わず口ごもってしまう。してやったりな顔が非常にムカついたので、身体に差し障りが出ない程度の小さな霊力弾を放って目の前で炸裂させてやった。驚きのあまり仰向けに倒れ込んだ姿が滑稽でちょっとだけ気持ちよかった。

 というか、永遠亭に行ったってアイツ道知ってたっけ?

 

「今頃迷いの竹林で文字通り迷っているだろうな」

 

 魔理沙はこともなげに言い放っているが、実際とんでもない事態だ。妖怪兎が蔓延る竹林で迷うなんて自殺行為もいいところ。たまに凶暴な妖怪とかも出るし……妹紅のやつに頼るしかあるまい。後は威の自己防衛能力を信じよう。修行したんだから大丈夫だろう。

 しかし、私のせいで危険を冒してまで永遠亭まで遠出しなければならなくなった威に申し訳なく思ってしまう。精神的疲労だけではなく、肉体的にも疲労を与えてしまうなんて。よくもまぁ文句ひとつ言わずに尽くしてくれるものだ。

 そんなことを魔理沙に言うと、何故か呆れたような溜息をつかれた。納得がいかない。

 

「あのなぁ、家族の為に働くってのは考えるまでもなく当たり前の事だろ?」

「でも私はアイツに迷惑ばかりかけちゃってるのよ? 自分に素直になってみれば『らしくない』とまで言われているし、気持ちを表現すればするほど威にストレスを与えちゃってる。そんな傍迷惑な女を、家族だなんて思ってくれているはずないじゃない」

「……お前、それ本気で言ってんのか?」

「食欲に応じる私並には至極真面目なつもりだけれど」

「はぁ……もしかしたらとは思っていたが、まさか本当に勘違いしてやがったとは」

「なによ嫌な感じね」

 

 普段から何かと皮肉ったらしい親友ではあるが、今回ばかりはそれが顕著だ。心の底から呆れているように金髪をガシガシと掻いている。枝毛が増えるわよ、魔理沙。

 ひとしきり髪を掻いて幾分か気持ちが収まったのか、胡坐を組み直すと彼女にしては珍しい真面目な表情をして、

 

「雪走にとっちゃ、今のお前も昔のお前も変わらず『大好きな博麗霊夢』なんだよ」

「……はぁ?」

「だからさ。ツンデレだろうがデレデレだろうが、雪走がお前のことを愛しているっていう事実に変わりはないわけだろ? そりゃあ今のお前は昔に比べて違和感バリバリだし、アイツも慣れない反応に戸惑ってはいるだろうけどさ。それでもお前が博麗霊夢だっていうことには変わらない。アイツの家族だっていうことに変わりはないんだよ」

「……でも、じゃあなんでちょっと距離を置いたような」

「お前が『自分に素直になること』を『雪走に対する接し方をすっかり変えること』と勘違いしているからだよ。お前だって、ある日突然雪走が殊勝になって丁寧な敬語を使い始めて、背中がむず痒くなるような紳士な態度を取ってきたらどう思うよ」

「……ぶん殴りたくなるでしょうね」

「それはそれでどうなんだとか思わないでもないが、まぁいい。結局はそういうことさ。不自然なお前より自然体のお前の方がアイツにとっては接しやすいんだよ。それこそ、ツンデ霊夢だった頃のお前がな」

 

 そこまで言うと、喉が渇いたのか台所にお茶を淹れに部屋を去る魔理沙。人の家で勝手なことをと怒るところなのだろうが、ある意味そんじょそこらの家族よりもお互いのプライバシーを握っている関係なだけあって嫌な感じはしない。むしろ勝手にやってくれる分気が楽でいい。

 再び静かになった寝室で、一人考える。何がいけなかったのか、そして、どうするべきなのかを。

 

「ありのままの私、ねぇ……」

 

 多少は風邪もよくなってきているのか、しばらく起きているというのに身体の怠さはそこまで酷くなってはいない。魔理沙と雑談しても疲れない程度には回復してきているようだ。嬉しい限りである。

 そしてそのおかげで、思考に体力を回すことも可能になった。アイツが好きになった『私』と、今の『私』を客観的に照らし合わせてみる。

 

「……キモいわね、私」

 

 四六時中発情期の威にあれほど文句を言っていたくせに、今の自分はそれを軽く凌駕するほどの乱れっぷりだ。とても花も恥じらう十代乙女だとは思えないほどにアッパーしてしまっていた。あの時紫がドン引きしていたのも、今考えてみれば頷ける。悪いことしたなぁ。

 魔理沙の言葉を私なりに噛み砕いてみる。自分に素直になることとは、決して接し方を変えることではないという意見を取り入れてみる。

 それでも、昔のような突き放す接し方ではなく、少しでも彼への好意が見受けられるような態度を取れるように博麗霊夢を見直してみる。

 

「反省、しなきゃなぁ」

 

 相も変わらず歯に衣着せない友人を持つと、色々と気付かされるものだ。

 本人には決して伝えない感謝の念を抱きながらも、私は盛大に複雑な笑みを漏らしていた。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 ――――冷たい。

 私が意識を取り戻したのは、そんな感覚に襲われたからだ。

 未だにはっきりとはしないおぼろげな意識の中で、現在の状況を把握してみる。

 額の上に、氷水の入った布袋が乗せられていた。冷たいと感じたのはどうやらこれのせいらしい。火照った顔にひんやりとした感覚がとても気持ち良かった。

 部屋全体が薄暗く、襖の向こう側にも光が差し込んでいないことから、今は夜だとわかる。魔理沙はいつのまにか姿を消していた。私が寝たのを見て帰ってしまったのだろうか。変なところで気遣いのできる奴だ。

 氷嚢の快適さに身を預けていると、枕元で何かが動く気配がした。無理のない程度に頭を動かしてソレを見やる。

 

「たけ、る……?」

「ん、起こしちゃったか? ごめんな」

 

 そこにいたのは威だった。昼間に永遠亭へと薬を調達に行ったっきり行方が分からなかったが、どうやら無事に帰宅したらしい。傍らに置いてある瓶は、その薬だろうか。『永琳特製風邪薬』と書いてある辺り実験台にされる可能性を疑ってしまう。

 私が目を覚ましたので、良い機会とばかりに具合を診る威。ぺたぺたと顔に手を当ててくるが、冷たくて気持ちいい。氷嚢の準備をしていたからか、常温よりも幾分か体温が低下しているようだった。

 

「まだ熱は高いな……。少しくらい飯食った方がいいだろうけど……食欲は?」

「あんまり……」

「じゃあちゃんとした晩飯はやめとくか。お粥作ってくるからまだ寝てな」

 

 そう言って調理場へと消えていく。米自体は朝炊いていたものを使っているようで、ものの二十分ほどで戻ってきた。温かな湯気をあげている粥を持って部屋へと入ってくるその姿は、まるで母親のよう。

 

「食べさせてやるから、少し起きてくれ。それくらいはできるだろ?」

「だいじょぅ、ぶ……」

 

 寝すぎて思考が覚束ない。喋り方も拙いし、おそらく寝惚け眼だ。また迷惑かけちゃってるなぁと落ち込んでしまうが、早く治すために今は彼に従っておくべきだろう。

 威に支えられ、ゆっくりと上体を起こす。

 

「ほら」

「……熱っ……」

「あ、ごめん。冷ますからちょっと待っててくれ」

 

 健気に息を吹きかけて粥を冷ましてくれる。数回繰り返し、ようやく普通に食べられる温度になった。

 レンゲで粥をすくい、少しづつではあるが咀嚼していく。

 

「っぷ……」

「キツイだろうけど、無理にでも食べておいた方がいい。体力がなくなったままじゃ、病気に負けちまうから」

 

 数十分に及ぶ粥との戦いでも、彼は最後まで私を応援してくれた。

 食べ終わると、威は服を脱がして濡れた手拭いで全身を拭き始める。いつもなら頭が痛くなるほど発狂して胸を揉んできたりするものだが、今はそんな素振りを全く見せない。事務的に、それでいて時折気遣いの言葉をかけながら作業を進めていく。……サラシをとられた時はさすがにヤバいとは思ったが、乳房が露わになった私を前にしても彼は理性を失わずに身体を清めてくれた。

 そうして、再び布団を被る。

 

「早く良くなれよ? お前が弱っているままだと、落ち着かない」

「う、ん……」

「よし。じゃあ今は寝てろ。俺は隣の居間にいるから、何かあったら呼んでくれ」

「……ま、待っ、て……!」

「霊夢?」

 

 立ち上がろうとした威を、慌てて引き留める。いきなり呼び止められた威は怪訝そうな表情を向けていた。しかし、それでも心配の感情を見せてくれるのがありがたい。

 その時の私は、本当にどうかしていたのだと思う。高熱でマトモな思考も出来ず、弱り切っていたのだろう。情けないと、普段の私なら嘲笑しているところだ。

 私は威に手を伸ばすと、こんなお願いをしていたのだから。

 

 

「傍に、いて……。……独りに、しないで……」

 

 

 誰かと一緒にいたかった。独りになりたくなかった。寂しい思いを、したくなかった。

 昔はお母さんがいたが、今はいない。威が来るまでは、何度も一人寂しい夜を過ごした。病気になったときだって、昼間は見舞い客が来てくれるが、夜になると孤独に何度も涙を流した。

 私は、寂しがり屋だ。誰かがいないと何もできない、そんな子供だ。

 だから、威には傍にいて欲しかった。私の手を、いつまでも握っていてほしかった。

 

「おね、がい……」

「……大丈夫だ。俺はずっとお前の傍にいる。どこにも行ったりしないよ」

「ほんと……?」

「あぁ、本当さ。俺が嘘をつけないってこと、知ってるだろ?」

「よかった……」

 

 威は私の隣に座り込むと、伸ばした右手を優しく握りしめてくれる。ようやく普段の体温に戻った、人並み以上に温かい手で私の寂しさを紛らわせてくれる。

 断ってもいいはずだった。拒否しても、拒絶してもいいはずだった。

 でも、彼は私の願いを聞いてくれる。どこまでも、博麗霊夢を受け入れてくれる。

 それが、そのことが、今は本当に心の底から嬉しかった。

 

「おやすみ、霊夢。ゆっくり休めよ」

「うん……おやすみ、威……」

 

 既に眠気で意識は混濁し、瞼も閉じかかっている。

 そんな状況でも、彼の両手は温かな愛情を確かに伝えてくれていた。

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに♪

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