東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 今日も無事に更新。少しは文章上手くなったかなぁ。
 それでは今回もマイペースにお楽しみください♪


マイペースに彼と私

 あの日は、お母さんの墓参りに行った日だった。

 死体も見つからず、本当に亡くなったのかもわからないお母さん。まだ生きていると信じていたかったが、何年経っても姿を見せない以上いつまでも淡い願いを持ち続けているわけにはいかない。そう結論した私は、神社の裏庭に粗末ではあるがお母さんの墓を建てていた。骨も遺品も入っていない、空っぽのお墓を。

 週に三回の頻度で墓参りをする私はその日も桶と柄杓を持って、うっすらと生えた草の中に佇む墓石の掃除をしていた。名前も書かれていない、ただ石が重ねられただけの墓に水をかけ、手拭いで清めていく。

 こうしていると、お母さんと一緒に暮らしていた頃の記憶が鮮明によみがえってくる。眩しくて、楽しくて、どれだけ落ち込んでいたとしてもすぐに笑顔が戻ってきていたかつての日常が、脳内に浮かぶ。

 

「……もう、帰ってこないのかな」

 

 思わずそんな呟きが漏れた。私らしくない、弱り切った声が空中に霧散する。誰もいない神社に、ポツリと寂しく響き渡る。

 お母さんがいなくなって、もう何年も一人っきりの暮らしが続いていた。一人でご飯を食べて、一人でお風呂に入って、一人で寝て。話す人のいない孤独な毎日を、私は過ごしていた。

 静寂に包まれた広い神社で、たった一人で。

 

「……寂しい、よぉ」

 

 再び漏れ出す弱音。先ほどよりも悲しみの感情が込められた声が震える唇から溢れる。

 墓石を拭く手はすっかり止まってしまい、力が入らない。カタカタと石が揺れ始めていたが、すぐに原因を察した。柄杓を持ってもいないのに石が地面が湿り始めている理由も、理解した。

 いつも墓参りに来るたびに寂しさが溢れだす。普段は考えないようにしている現実を突きつけられ、堰を切ったように涙が流れていく。すっぽりと空いてしまった心を埋めようとするかのように、無意識のうちに墓石を抱きしめていた。ひんやりとした石の冷たい感触が、私の凍ってしまった心を表現しているかのように思えた。

 

 こんなんじゃ駄目だ。しっかりしないと。そう呟いて心を整えようとはするものの、今日は何故か立ち直れる様子がない。いつもならば不器用ではあるが気持ちが落ち着くはずなのに、今日に限って悲しみが晴れない。巫女服の袖が涙で濡れていく。既に右側の袖口が、使い物にならないほどにぐしゃぐしゃになっていた。

 どうにもならない負の感情に押しつぶされそうになり、いっそのこと大声で泣いてしまおうかと開き直りかけた時のことだ。私は奇妙な感覚を覚えた。頭の中に何かが入り込んでくるような、ねっとりとした感覚。……私が管理している博麗大結界が緩み、何者かが迷い込んできたときの感覚だった。

 今までにも何度か経験したからか、すぐに状況を把握する。柄杓と桶を墓の前に置き、桶の中に手拭いを入れこむと境内の方へと歩き出す。博麗神社に迷い込んだ外来人は境内に向かうことが多いという私の持論に沿った行動だ。

 それにしても、

 

(よりにもよってなんでこんな時に幻想入りしてくるのよ)

 

 別に外来人に罪はないのだが、もう少し空気を読んでくれてもいいものではないかと理不尽にも舌を打ってしまう。泣き腫らして真っ赤になった顔で会話をしろと言うのか。そんなみっともない姿を他人に晒さなければならない状況に気持ちが曇った。なんて日だ、と妖怪の山に向かって叫びたい衝動に駆られたが、そこは大和撫子な自分のイメージを崩さないためにもなんとか踏み止まる。

 

 裏庭から境内へと向かう途中には、桜の木が生い茂る中庭がある。縁側に面するその庭には玄爺がひっそりと暮らす池があったり、最近暇なので始めてみた盆栽的なものも置いてあったりする。基本的には、風景を眺めつつ一人でまったりお茶を飲むスポットでもある。

 そんな中庭。私的隠れた名所であるその縁側に、見慣れない格好をした一人の青年がぼんやりとした様子で腰掛けていた。緑一色に包まれた桜の林を無機質な瞳で見上げる青年。

 私と同じ黒髪は男にしては艶があり、クセのまったくないストレート。白を基調とした、胸部になにやら文字が書かれている薄手の服に身を包み、下には以前早苗に見せてもらった『でにむ』とやらを履いている。絵に描いたような外来人の服装だ。

 座っているから詳しくは分からないが、それほど身長は高くなさそうだ。あまり筋肉質でもなく、どちらかといえば中性的な印象を受ける。あまり覇気も感じられないせいか、それが顕著だった。

 そんな一風変わった無気力青年に、私は何故か視線を奪われていた。特にこれといって秀でたものがあるとは思えないのに、どことなく私は惹かれていた。今考えると、私は彼の纏う『マイペースな雰囲気』に呑まれていたのかもしれない。

 落ち着いた感じで爽やかな風を楽しんでいた様子の青年は、先ほどから浴びせられている私の視線に気づいてはいないのか、思わずと言った様子でぽつりと呟きを漏らした。

 

「……なんか、落ち着くな」

「不法侵入者の癖に、何呑気にくつろいでんのよ」

「?」

 

 答えるようにして返された私の声に、青年が怪訝な表情で振り向く。そして私の顔を見ると、驚いたように少しだけ目を丸くした。……しかし、それは未知の世界での遭遇に驚いたような感じではなさそうだ。どちらかというと、私に見惚れているような、そんな感じだった。

 呆けたように私を見つめている青年の口から、無意識なのだろうか私の服装についての考察が紡がれ始める。時折一人で疑問をぶつけていることから、思考がそのまま口に出ているのであろうことを察した。脳と口が直結しているのではないかと思うほどに、自分の思考がだだ漏れな男だ。

 ひとしきり考察が終わったようなので、私は溜息交じりにそれを指摘する。

 

「……アンタさっきから声に出てんだけど、そこんとこ正しく理解してる?」

「え、マジで? まぁいいや」

 

 なんだこのふざけた対応は。

 飄々としすぎている返事に少しだけ怒りを覚えてしまう。引き攣った笑顔を浮かべ、拳を握り込みながら私は宣言した。

 

「よし、とりあえず一発殴らせろ」

「普通に嫌です」

 

 しれっと拒否する青年。対して、私はもやもやとした気持ちでいっぱいだった。コイツのマイペースな雰囲気はどうにも調子が狂う。真面目に応対しているはずなのに、シリアスさをごっそり持って行かれてしまう。

 こんな面倒くさい男は早く外界に返すべきだろう。

 懲りない様子で幻想郷のことについて矢継ぎ早に質問を繰り返す男の手を取ると、外界へとつながる鳥居の方へ連れて行こうとした。……が、ソイツは動かない。しっかりと地面を踏みしめて、動くまいと必死に抵抗している。何を考えているのか、この馬鹿は。

 

「……いやいや、何抵抗してんの。ここら辺妖怪とか出るんだから、早くしないと食べられるわよ」

「好意で言ってくれているところ悪いが、その案内は不要だ」

「は?」

 

 突然素っ頓狂なことを言い出した男のへらへらとした顔を思わずまじまじと見つめてしまう。外来人らしくない発言をされた気がして、一瞬頭が真っ白になった。

 私の動揺を知ってか知らずか、男は相変わらずのマイペースな様子でさらっとこう宣言した。

 

「俺は、この世界で生きる」

 

 衝撃。まさにその一言に尽きる気持ちだった。そして同時に、言いようのない高揚感が胸の内に湧き上がってくるのを私は確かに感じていた。

 普通ならば自分の世界に帰ることを望むはずの外来人が幻想郷に留まることを選んだというのも驚いた理由の一つだが、何よりも自分の意志を頑なに押し通そうとする彼自身に驚愕した。どんなことを言われても自分の意志を曲げない、そんな彼に私は心を奪われた。胸が、すく思いだった。

 一応博麗の巫女としての務めを果たすために説得を試みるが、心のどこかでは無駄であろうことを理解していた。マイペースを自称するだけあって、その意志は固い。私が今更何を言ったところで、彼の気持ちが変わるとは到底思えなかった。

 その時の彼の瞳に宿っていた強い光は、お母さんへの思いで憔悴しきっていた私の心を明るく照らしてくれた。馬鹿みたいに一直線で、どうしようもなくマイペースな彼の人柄は、寂しさで消え入りそうだった私を励ますようにしていとも簡単に私の心の隙間に入り込んでいた。久しぶりに感じる満足感と喜びが形となって目から溢れそうになったので、誤魔化すために彼の手を掴むと本殿の方へと歩き出す。その前に、髪をぐしゃぐしゃと掻いて唸る素振りは忘れない。素直に家へと招くのはなんか嫌だった。

 

 魑魅魍魎の蔓延る幻想郷を一人で旅するなんて言っている外来人を保護。

 表面上だけ見ると、私は博麗の巫女としての仕事をこなしただけに過ぎないだろう。一人の命を未然に救い、被害を抑えたと思われるはずだ。私自身も、そう自分に言い聞かせていた。

 しかし、本心ではそうは思っていない。これまでの弱った自分を、この途方もない馬鹿なら救ってくれるかもしれないという確かな希望を持っていたのだ。不機嫌そうな顔で会話をしている最中も、私はコイツに賭けてみようという思いを持っていた。

 それでも、私は他人に聞かれれば「保護しただけ」と答えていただろう。その時は別の視点から見た自分の気持ちを認めるのが嫌で、情けなかったから。

 でも、今改めて思い直す。そして、自分に素直になってみると、導き出される答えは一つだ。

 

 私は、もうこの時から既に威に惚れていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 襖から差し込んだ朝日の眩しさに、私は思わず瞼を上げた。昨晩寝すぎたことで眠りが浅くなっていたのだろうか、基本的にだらけ体質な私がこの程度の光で目を覚ますとは珍しい。

 差してくる光の角度から察するに、まだ朝方も早い時間だ。よくよく耳を澄ませると、遠くから鐘のような低く響く音が届いてくる。前庭掃除のヤマビコが命蓮寺の鐘を鳴らしているのだろう。随分と距離はあるはずなのだが、それなりの大きさで聞こえる。近所に住んでいる人達はさぞかし迷惑していることだろう。朝っぱらから叩き起こされる哀れな住民達に人知れず苦笑する。

 よく寝たおかげで、熱はすっかり下がっているようだ。身体の怠さも軽くなっている。意識もはっきりとしているし、回復したと言っても良いだろう。ただ、汗のかきすぎで寝巻が濡れそぼっているから、早いところ着替えておきたい。

 巫女服を取りに行くために居間へ行こうと立ち上がる私だったが、ぐいと右手がいきなり引っ張られて思わずたたらを踏んでしまった。膝立ちのまま、右の方を見やる。

 しっかりと繋がれた右手。私よりも大きな温かい手が私の手を包み込んでいた。

 徐々に視線を付け根の方に向けていくと、布団の傍で横になっている青年の姿が。中性的な顔には疲労の色が見え、艶やかな黒髪は汗でぺったりと額や頬に張り付いてしまっている。かすかな寝息から彼が眠っていることが分かるが、延ばされた右手が私の手を離す様子はない。固く握りしめたまま、決して離れまいとしている。

 一瞬目を丸くしてしまう。その時、私の脳裏に昨晩彼へとかけた言葉が不意に浮かんできた。

 

『傍に、いて……。……独りに、しないで……』

 

 それは私が熱にうなされる中、威に言った願い事だった。はっきりとした意識もなく、マトモな判断も下せないような状況の私が漏らしたそんなお願い。それを聞いた彼は、嫌な顔一つせずに承諾してくれた。そして、優しく手を握ると私を安心させるように柔らかく微笑みかけてくれた。

 でも、まさか……まさかコイツ、一晩中ずっと手を握っていてくれたの?

 いくら私の願いだからって、普通そこまでするだろうか。昨日の時間から考えて彼は晩御飯も食べてはいないはずだし、そもそもこんな畳の上で寝るなんて自殺行為だ。起きたら絶対に全身が痛むし、畳の跡がついてしまう。時間を見積もって、自分の布団で寝てしまうというのが一番現実的なはずだ。少なくとも、私ならそうする。

 しかし、このどうしようもないほど一直線な馬鹿はそんな打算的なことは一切せず、愚直にも丸々一晩私の傍にいてくれたらしい。手を握り、寂しさを紛らわせるために、彼は自分を二の次にして私の為に尽くしてくれていたらしい。

 思わず、さっき見た夢を思い出してしまった。威と初めて出会い、私の人生を大きく変えたあの日の夢。子供のように無邪気な威に惹かれた、運命の日のことを。私を救ってくれるんじゃないかとささやかな期待に想いを馳せた日のことを。

 どうしてここまで一心に尽くしてくれるのか。未だに手を握り続けている威を呆然と見つめる。よっぽど疲れていたのか、まったく起きる様子を見せない威。

 すると、

 

「……れい、む……すき……」

「ぁ……」

 

 ぽつりと、威がそんな言葉を漏らした。毎日のように私に語りかけてくる言葉。いい加減聞き飽きているにも関わらず、その一言がやけに心の中に染み渡っていく。自分の気持ちを自覚しているせいもあるのか、無意識に放たれた素直な告白に心臓がけたたましく早鐘を打ち始める。頬は見るまでもなく赤くなっているだろうし、もしかしたら口元もにやけているかもしれない。あまりの嬉しさと恥ずかしさで、全身が溶けてしまいそうな程に火照ってしまっている。

 『好き』。その一言で、私は完全に骨抜きにされていた。

 昨日までの私なら、ここで襲い掛かっていたかもしれない。欲望に身を傾け、威の意志を確認することなく行為に及んでいた可能性が高い。それほどまでに、今までの私は悪い意味で素直すぎた。……でも、今は違う。

 魔理沙に諭され、反省して、威の優しさに触れて。自分がどういう風にあるべきかを見つめ直すことができた。今の私なら、きっと一番私らしい態度を示すことができる。

 威が目覚めないのを確認すると、私は少しだけ表情を緩ませる。

 

「……バカ。相変わらず思考がだだ漏れなんだから」

 

 深い眠りについたまま完全に爆睡している威の頬をぷにぷにと突っつく。わずかに声を漏らして表情を歪めるその姿が、普段の彼らしくない新鮮な感じがして面白い。

 しばらく威を突っついて遊んでいると、ふと半開きになった彼の口元に目が留まった。すーすーと浅い寝息が漏れている其処に視線が釘付けになり、一層心臓が高鳴る。もしかしたら威に聞こえてしまうんじゃないかと言うほどに、騒がしく鳴り響いている。

 ……周囲を見渡す。スキマらしき存在は見当たらない。早朝なので魔理沙が突撃してくる可能性も皆無だ。同じ理由で萃香が湧き出てくることもない。今頃は勇儀の家で酔い潰れている頃だろうし。

 やるならば、今しかない。

 

「……別に、好きとかそう言うことじゃないのよ? た、ただのお礼。そう、お礼よ。いや、好きじゃないってことじゃないけど、これはそういうことじゃなくて……看病してくれた感謝の気持ちっていうか、その……」

 

 誰にともなく言い訳してしまう。こういう素直じゃないところが彼にツンデ霊夢と呼ばれてしまう理由なのだろう。一人で身振りを交えてあたふたと自分の行動を取り繕う私は、傍から見れば相当滑稽に違いない。紫に見られたら小馬鹿にされるところだ。

 しばらく言い訳を続けていると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。頬の火照りも冷めてきたようだ。最後にもう一度だけ大きく深呼吸をして、威の唇を見据える。

 

「……よし、い、いくわよ……!」

 

 無駄に気合を入れて、身体を倒しながらゆっくりと顔を近づけていく。右手は握られたままだから、左手を威の顔に添えて照準を合わせる。ある程度近づいたところで、私も目を瞑った。

 そして、

 

「んっ……」

 

 柔らかい感触が唇を通して全身に広がっていく。なんともいえない幸福感に心が満たされ、いつまでもこうしていたいという欲望が脳内に渦巻いている。左手は決して彼の顔を離すことはなく、私自身もしばらくの間接吻の感触を楽しんでいた。あまりの気持ちよさに全身が震え、変な汗が出てきている。

 とても長く感じた。私の無呼吸維持限界時間からして本当はそんなに経過してはいないのだろうが、一時間くらいこうしていたように感じる。ゆっくりと顔を離しながら、呆けた頭でそんなことを考えていた。

 少し名残惜しい感じもしたが、そこはなんとか自制を効かせて上体を起こす。起きた時以上に汗だくになっている寝巻に気付き、思わず苦笑が漏れた。

 口吸いをしたというのに、このトーヘンボクはむにゃむにゃと眠ったままだ。どれだけ鈍感なのだと声を大にして文句を言いたい。……いや、途中で目を覚まされても困っただろうけど。

 やることを終えたからか、胸の高鳴りは少しづつ治まってきている。ほんのちょっとずつではあるが、マトモな思考に向ける余裕も出来てきた。……そして、今私が言うべき言葉も思いついた。

 未だに眠り続けている馬鹿を困ったような表情で見下ろすと、私は溜息をつきながら、それでもどこか安堵と慈愛の感情を湛えて愛する男性にこう告げる。

 

「やっぱり大好きよ、ばーか」

 

 どこまでも素直じゃない、私らしく罵倒を織り交ぜたそんな告白は彼の耳に届いたのだろうか。夢の中にでも響いてくれたのなら嬉しいなとか思いながらも、私は握られた手を愛おしげに見やるといつまでも眠りこけている居候の肩を揺らして起こす作業を始めた。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに♪

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