東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 予想より一日短い滞在だったので更新できました。やったねふゆい! ゆっくり楽しんでもらおう!
 それじゃあ早速第三話。マイペースに、どうぞ~♪


マイペースに話し合い

「それじゃあまず雪走君の行動方針だけど……」

 

 紫さんは扇子を口元に持っていくと、優雅に微笑みながら会議を開始する。清楚な雰囲気も相成って非常に美しい。上流貴族とかはこんな感じなんだろうか。

 

「なにが上流貴族よ。紫なんてナマケモノで充分だわ」

「いきなり妖怪相手に喧嘩吹っかけるお前も大概だな」

「いいの。どうせ私には誰も勝てないんだから」

 

 ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らす霊夢。なにをそこまで怒っているんだコイツは。おそらくそれなりの付き合いであろう紫さんにいきなり毒を吐くとか、正気の沙汰とは思えない。

 しかし紫さんもこんな霊夢には慣れているようで、「はいはい」と軽く受け流していた。大人だ。対応が霊夢と違って大人だ。

 

「じゃあ改めて。雪走君はまずどうしたいの?」

「とりあえず友人を増やそうかと。気の合いそうな人っていますかね?」

「ほとんど妖怪ばかりだから何とも言えないけど……あ。そういえばいるわよ、雪走君と同年代の高校生が」

「マジっすか。急に条件一致っすね。それも高校生って……逆に怖いんですが」

 

 まさか本当にいるとは思わなかった。高校生……博麗神社から幻想入りした人間ではないのだろう。全員帰ったって言っていたし。ということは別ルートか。自分から来たのかな?

 

「東風谷早苗(こちやさなえ)っていう女の子よ。風祝(かぜはふり)……って分かるかしら」

「確か巫女の亜種でしたか」

「そんな感じね。そこの腋巫女と違って信仰集めに熱心な可愛らしい子よ。そこの腋巫女と違ってね」

「紫アンタ実は根に持ってるでしょ」

「なんのことかしら」

 

 しれっと言う紫さんだが目が全く笑っていないので正直怖い。いやいや、巫女と妖怪の争いなんて見せていただかなくて結構です。俺以外は平和でいてくださいよ。

 紫さんはお茶を啜りながら東風谷とやらの説明を続ける。風祝。しかも現人神らしい。天皇一家かよ。

 住処は天狗の統べる妖怪の山。天狗とかいるんだな。さすがは幻想郷。この調子だと河童とかにお目にかかれそうだ。

 

「いるわよ、河童。エンジニアだけどね」

「とうとう科学技術に手を出しましたか。幻想郷にもITの波が?」

「来てほしいものよね。パソコンとか使ってみたいし」

 

 キラキラと目を輝かせる紫さんはまるで子供の様。見目麗しい彼女も新技術が楽しみなのだろう。いつか来る情報化社会。紫さんなら効率よく使ってくれそうだ。

 

「……話を戻すけど、結局どうすんの? 守矢神社に行くで決定?」

 

 霊夢がバリバリと下品に煎餅を噛み砕きながら問いかけてくる。怖ぇ。さっきにも増して威圧感が。見たところ十四、五歳の年下少女に睨まれるというのもどうかと思うが。……なんかゾクゾクしてきた。

 

「うぁ、変態ね威。マゾヒストだったんだ」

「そんな身体を抱きながら言われると真実味増すからやめてくれ。俺はノーマルだ」

 

 ガチでドン引きしているように見えるから達が悪い。からかうにももう少し甘さを見せてくれよ。

 そんな俺と霊夢の掛け合いを微笑みつつ眺めていた紫さんは、二つ目の蜜柑をつまむともぎゅもぎゅ言わせながらサラッと言った。

 

「そうね。じゃあ明日連れて行ってあげなさいよ、霊夢」

「……ごめん紫、言っている意味が分からない」

「いやだから、一緒に守矢神社まで行ってきなさいってば」

「えー……」

 

 心底嫌そうにジト目を開始する霊夢だが、現在最も傷ついているのは他ならぬ俺だという事実にいい加減気が付いてほしい次第である。なぜここまで嫌がられねばならんのだと声を大にして言いたい。俺としては、霊夢みたいな美少女と行動を共にできるので願ったりなのだが。

 しかしこの万年腋巫女は俺の心境を悟る余裕はないらしく、わずかに赤らんだ表情を必死に隠すようにして紫さんに反論している。

 

「こんな弱っちいヤツ連れてったら即死よ? 天狗に抹殺されるだけじゃない」

「だから霊夢が付き添ってあげなさいと言っているの。貴女なら天狗ごときに負けることはないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「それに、貴方も雪走君と一緒にいられて万々歳じゃない。何をそんなに反対しているのかしら?」

「誤解を招くような発言禁止!」

 

 それが誤解でないことを死ぬほど信じている俺はどうすればいいんだ、霊夢よ。

 もうそろそろ反論の余地がなくなってきている。霊夢もそれを察してきているようで、段々と言葉に力が入らなくなってきていた。おぉ、流石は紫さん。毒舌屁理屈霊夢を相手取って、圧倒的な口撃力だ。弟子入りを考えた方がいいかもしれない。

 

「もぉ……なんで私がわざわざそんなことを……」

「気になる男の子にアピールチャンス♪」

「誰が誰を気になっているってのよ! 冗談も大概にしろ!」

「なんだ霊夢。照れ隠しか? 俺ならいつでもウェルカムだぜ☆」

「……ふっ!」

「がっほぅ!?」

 

 霊夢の怒りのボルテージが臨界点を突破したようだ。即座に湯飲みを取ると全力で俺に投げつけてくる。予想外の神速に避けることも敵わず、俺は為す術もなく湯飲みを顔面に貰ってしまった。割れなかったのが唯一の救いだろう。ぐぉぉ……陶器って痛ぇ……!

 

「……はぁ。分かったわよ。連れて行けばいいんでしょ、連れていけば」

「最初から素直に『一緒に行くわよ』って言えばいいじゃない。捻くれ者ねぇ」

「紫うるさい。お茶入れてあげるから黙ってて」

「ぐぇ」

 

 そう言うと居間を離れ、再び台所へと赴く霊夢。向かう途中にしっかりと俺の顔面を踏みつけていくあたりが実に彼女らしい。ふっ、だがしかし霊夢よ。俺の頭上を通過したことで貴様の下着が綺麗に見えたぞ! 巫女の癖にドロワーズを穿くとは俺に対する挑戦状と言うことだな! いいだろう。受けて立――――

 

「真顔でそんな事言ってるとまた踏まれちゃうわよ?」

「いいんです。これが俺の素ですから! 自分、マイペースっすから!」

「それはマイペースとは違う気が……。ふぅ、やっぱり面白いわね。雪走君は」

「紫さんほどの美人さんにそう言ってもらえるなら光栄です」

 

 男冥利に尽きるというものだ。霊夢だと色気に欠ける。サラシを巻いているのか知らんが、もう少し胸があっても罰は当たらないだろうに。

 紫さんはまた微笑みながら俺の方を見ている。しまった。また口に出ていたか。

 

「貴方、この短時間でよっぽど霊夢の事が気に入ったらしいわね」

「みたいですね。一目惚れじゃないですか? 今まで見たことないくらいの美少女でしたし」

「あら、それなら本人に直接言ってあげたら? きっと喜ぶと思うけど」

「自分には縛られて捨てられるビジョンしか浮かびません」

 

 あのツンデレ巫女は恥ずかしさがピークに達すると人に暴力を奮うきらいがあるので、あまりふざけたことを言いまくるとかえって命の危険が高まってしまう恐れがあるのだ。まぁ俺が気になるようになるまでまだ時間がかかりそうだがな。出会って数時間で両想いなんて、どこのギャルゲーだ。俺には笑顔惚れ能力は備わっていない。あるのは軽口と放浪癖くらいである。

 

「まぁ貴方がそう思うなら構わないけど。……あぁ、そうそう。守矢神社に行くなら一つだけアドバイスしてあげる」

「アドバイス? 東風谷の好みとかですか?」

 

 黒髪の美男子とかだったらピッタリ当てはまるのに。

 

「まぁそんな感じね。『昭和のロボットアニメ』が大好きらしいわよ?」

「……すみません。ソイツ、女子高生ですよね?」

「えぇ。貴方と同年代の」

「…………」

 

 まさかの趣味に驚きを隠せない。マジンガーZとか何十年前だよ。相当の物好きだな、その東風谷って女は。幻想郷に来るだけのことはある。

 紫さんも似たようなことを思ったらしく、来た当時は驚きの連続だったそうだ。いきなり『ロケットパンチ!』と叫ばれた時はさすがにビビったらしい。顔も知らぬ東風谷よ。ロボットアニメ知らない人に対して突然技名叫ぶのはどうかと思うぞ。紫さんだったからよかったかもしれんが、霊夢とかなら驚いて八つ当たり食らうかもしれん。まだよく生態は分かっていないが、アイツならやりそうだ。

 

「……さて、それじゃあ私は帰るわね」

「まだ霊夢がお茶淹れてますが、どうします?」

「申し訳ないけど、遠慮させてもらうわ。代わりに貴方が貰っておいてちょうだいな」

「ありがたきお言葉です。……色々ありがとうございました」

「いえいえ。また何かあったら呼んでね」

 

 さよなら。背後にスキマを開き、その場から消える紫さん。ふむ、やはり便利な能力だ。アレがあれば霊夢の入浴を覗くことも可能になるかもしれん。今度手伝ってもらうか。

 犯罪染みたことを計画していると、ようやく準備を終えた霊夢がお盆を持って帰ってきた。

 

 

「……あら? 紫は?」

「帰ったよ。ついさっきな」

「なによ紫のヤツ、手間かけさせておいて……」

「まぁまぁ。お疲れさん」

「ふん」

 

 ……可愛くないな、コイツ。性格的に。

 しかし、紫さんのおかげで少しは機嫌も戻っているようで、時折笑顔を見せている。……それが俺の入れた賽銭を見ながらじゃなかったら、普通に可愛いのになぁ。

 

「……なによ。なんか付いてる?」

「別に。ただ霊夢の笑顔に見惚れていただけさ」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 褒めたのに。理不尽だ。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

『霊夢ぅー、風呂沸いたぞぉー』

「はいはい。今行くわ」

 

 風呂場から聞こえた馬鹿の声に溜息をつきつつも、暇つぶしに読んでいた文々。新聞を置いて立ち上がる私。やれやれ、やっと風呂か。今日はいつにも増して疲れたので、ゆっくり浸からせてもらうとしよう。

 風呂場に向かう途中、これまた居間に戻ろうとしていた威と鉢合わせになった。

 今日『外』から幻想入りしてきたコイツ。歳は二つ三つ上のようだけど、どこか抜けた雰囲気の馬鹿。マイペースで自分勝手で、こっちの話なんかまったく聞かないような頑固な馬鹿。黒髪に、私より少し背が高いくらいのチビ。別段カッコイイ訳でもない、普通の馬鹿。

 

「温度は適度だろうから、ゆっくり浸かれよ」

「言われるまでもないわ」

 

 居候を許したのはほんの気まぐれだった。無謀にも何の用意もなしに幻想郷を探検するなんてほざいたから、死なないようにするために匿っただけ。人間を守る『博麗の巫女』として、当然の判断を取っただけ。

 

 ――――本当に、それだけ?

 

「っ」

「どうした、霊夢?」

「……なんでもないわよ。いいから早く居間に行きなさい」

「いやぁ、お前が入ったら覗こうと思ってるんで……」

「とっとと行かないと頭吹っ飛ばすわよ!」

「り、了解~!」

 

 ピューと脱兎のごとく目の前から消え去る威。いなくなった馬鹿を見送ると再び溜息をつく。……はぁ。ホント、疲れるヤツね。

 脱衣所に着いたので、暑苦しい巫女装束を早々と脱ぐ。

 

「……馬鹿、か」

 

 自嘲気味に呟いたのは、何故なんだろうか。自分にもよく分からない気持ちが、胸の中に渦巻いている。

 『好き』とか『嫌い』とか、そんな単純な気持ちではない……と思う。だいたい、出会ってからまだ一日。そんな早く他人との距離を測れるほど、私は大人じゃない。

 服を脱ぎ終え、手拭いを取ろうと顔を上げる。

 

「あ……」

 

 目の前には、いつかにとりが無断で設置していった鏡があった。胸から上を映すソレには、私の上半身が綺麗に反射している。さすがは河童の技術力。申し分ない出来だ。

 そこに映る自分の顔をぼんやりと見る。……自分で言うのもなんだけど、整っているとは思う。黒い長髪の手入れも欠かしていないからツヤツヤだし、紫から貰った石鹸のおかげでニキビもない。自分でも誇らしいと、胸を張って言える容貌。

 

「……可愛いって、言ってたわよね」

 

 脳裏に浮かぶは、先ほどの威と紫の会話だ。台所でお茶を汲んでいた時にこっそり盗み聞きしてしまったソレ。紫がまた余計なことを聞いていたけど、威の返事が酷く印象的だったのよね。

 

『一目惚れじゃないですか? 今まで見たことないくらいの美少女でしたし』

「……ホント、初対面で一目惚れなんて馬鹿じゃないの?」

 

 それが本心なのかは分からないけど、アイツは嘘がつけない性格というのは今日一日で嫌と言うほど理解している。……本気、なんだろう。

 嫌な気はしない。まぁ、好きと言われて嫌がる捻くれ者は中々いないだろうけど。あぁ、パルスィなら言うかもしれないわね。妬ましさマックスで。

 ……でも、『好き』かぁ。

 

「前向きに考えてみるのも、一つの手よね」

 

 まぁ承諾する気はさらさらないけどね。あんなマイペース男、一緒にいても疲れるだけだし。

 まったく。いてもいなくても面倒くさいんだから。

 

「あぁもう、厄介な拾い物しちゃったわ」

 

 天井の木目を眺めつつも、私は大仰に溜息をついた。……鏡に映ったその顔が、笑っているようにも見えた気がして、また溜息をついちゃったのは別の話。

 

 

 




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