東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 更新です。地底キャラ、可愛いです。


マイペースに地底なう

「……や、落ちるとか死ぬとか言っていたけど、ようするに飛べば良かっただけなんだよな」

 

 底の見えない奈落の穴。四方を闇に包まれた空間を、俺は変換機を逆噴射させながらゆっくりと降りていく。あまり力を入れ過ぎると上に行ってしまうから、絶妙な力加減が大切だ。昔の俺には到底できない芸当だけど……ホント、修行しておいて正解だったよ。

 もうかれこれ三十分ほど降下を行っているが、なかなか地面が見えてこない。なんか途中で桶に入ったツーアップの美少女に出会ったが、全然ゴールではなかったようだ。なんか最初だけめっちゃ速いショット撃ってきたけど、弾幕の間が広すぎたからそのままスルーした。無駄な弾幕ごっこは俺の寿命を縮めるだけだし。なんかすまんな名前も知らない桶の人。

 今頃一人寂しく浮いているであろう桶妖怪に想いを馳せながら、下降を続ける。

 その状態を維持してさらに一時間ほど経過した頃だろうか、ようやく地面が見えてきた。

 すたっと華麗に降り立つ(こ、こけてなんかないんだぜ!)と、長時間に及ぶ飛行の影響で縮み上がっていた全身をリラックスさせるべく深呼吸。息を整え、周囲を見渡す。

 

「……川に、橋?」

 

 俺の目の前を流れる無色透明の水。両端を見渡すと果てが見えないほどに長い。相当の距離を誇っているであろう川がさらさらと流れている。

 そして、その上を跨ぐようにして掛けられた赤い橋。江戸時代の時代劇に出てくるような、漆の塗られた古めかしい橋が堂々たる様子で佇んでいた。

 あまりの物珍しさに、思わず近づくと鑑賞を始めてしまう。ほえぇ……すっげぇなコレ。こんなに歴史情緒に溢れる遺物にお目にかかれるとは、夢にも思わなかった。

 独特の手触りをここぞとばかりに楽しむ。

 すると、

 

「……あら、久しぶりに観光客かしら?」

 

 少し甲高い、聞きようによってはヒステリックにも思えるような声が響いた。つられて顔を上げると、橋の欄干部分にもたれかかる一人の美少女が。

 青を基調とした和風のスカート。黒い襦袢の上には茶色の袖の短い半纏を羽織っている。鮮やかな金髪と切れ長の緑眼が特徴的な、エルフ耳の美少女。

 目を見張るほどの美しさ。それなのにどこか暗い雰囲気を纏ったその少女は、欄干から離れると少しづつ俺の方へと歩み寄ってくる。

 

「初めまして、私は水橋パルスィよ。地下と地上を結ぶ縦穴の守護者。まぁ簡単に言うと、警備員みたいなものね。四六時中ここにいて、通過する人達を監視している。貴方は?」

「あ、俺は雪走威って言います。博麗神社の居候で、今は地霊殿に向かう途中ですね」

 

 そう言ってポケットから霊夢に渡された封筒を取り出すと、水橋さんに見せる。彼女は何故か、心底どうでもよさそうにそれを一瞥すると、ぽつりと一つこう呟いた。

 

「……妬ましいわね」

「……は?」

「妬ましいって言ったのよ。これくらいも聞きとれないの? その難聴っぷりが妬ましいわ。あぁ妬ましい」

「…………」

 

 突如「妬ましい」を連呼し始めた水橋さん。俺は別に何も悪いことはしていないはずなのに、顔は怒りか憎悪で醜く歪み、今にも俺を殺しそうなほどの殺気を放ち始めている。嫉妬心と呼ぶのが最も合いそうなオーラを全身から放出する水橋さんは、ぐいと俺に詰め寄ると何一つ嬉しくない上目遣いで言葉を並べ立てていく。

 

「いきなり地底に現れたと思ったらさとり宛の紹介状? なに、アンタ地霊殿にバイトでも見つけに行くわけ?」

「え、えぇっ? いや、俺は単純に一週間住まわせてもらいに……」

「はぁ!? 同居! 同棲! リア充は楽しそうで何よりですね妬ましい!」

「アンタどこまで嫉妬深いんだ!」

「地底に咲く一輪のトリカブトとは私の事よ」

「毒吐く気満々じゃねぇか!」

 

 なんかもう取り返しがつかないほどに嫉妬心丸出しの水橋さん。俺を凄まじい形相で睨みつけながら爪を噛むその姿は、まさに鬼。萃香さんは完全に鬼なのに、恐ろしさは彼女を遥かに凌駕する気がする。外人さんみたいな容姿で美人なのに、内面がこんなとかマジで終わってるんだけど。

 

「あぁもう、妬ましいわね。とっとと行きなさいよアンタ。私だって暇じゃないの、これ以上時間を取らせないでくれる? 妬ましいわ」

「もう頭の中で妬ましいがゲシュタルト崩壊起こしそうですよ……」

「そうやってすぐに難しい言葉使おうとして……そういう頭いいですよアピールが更に妬ましいわ」

「はいはい……」

 

 もう何を言っても妬ましいしか返ってこなさそうなので、俺は盛大に溜息をつくと気力の抜けた情けない表情で橋を後にする。ぎりぎりと奥歯が粉砕するんじゃないかという勢いで歯軋りをしている嫉妬女に思わずツッコミを入れそうになったが、これ以上あの人に関わると大切なものをもっと失いそうな気がしたので、全速力でその場から走り去る。遥か前方に行燈のような輝きが明滅しているのを頼りに、地底を進んでいく。

 

「アレが霊夢の旦那さんねぇ……確かに面白そうな人間ではあるわ。妬ましいほどに、興味が湧いてきたじゃない」

 

 思いっきり駆け出したために風を切っていたせいか、水橋さんがポツリと漏らしたそんな言葉に俺がついぞ気が付くことはなかった。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 陸上選手のように走ることおよそ三十分。ようやく俺は提灯の光が溢れる下町風な場所に到着した。

 走り疲れたのか、先程から肩で息をしてしまう。深呼吸をしても息が整えられないし、足がすでに棒のようになって固まっている。そして今になって思ったのは、やはり変換機で跳べばよかったのではないかという後悔だ。こんな重い物体担いでいるくせして、よくもまぁ頭からすっぽ抜けるものだ。凄い思考回路してんな、俺。

 

「それにしても……江戸時代の居酒屋街道みたいな感じだな」

 

 目の前に広がる長屋や屋台の列に目を丸くしながら、鬼や化け猫達の間を通り抜けていく。提灯や暖簾が大量に掲げられているだけあって、建物の多くは宿屋と酒場を経営しているようだ。先ほどからすれ違う妖怪達から異常なくらいの酒の臭いが漂ってくるのは、おそらくそういうことなのだろう。鬼って酔っぱらいっぽいイメージだし。現に萃香さんも飲んだくれだし。

 何の気なしにぼんやりと歩き回ってみる。飲み屋と言っても色んな種類があるようで、串カツ屋から、果ては酒しか置いていない単純な酒場などもある。結構な店舗数があるにもかかわらず、そのすべてから例外なく楽しそうな笑い声が聞こえてきていた。それだけ住民が多く、人気の場所だということなのだろう。幻想郷の人達は酒好きばっかりだしな。

 そうやって街を観光すること一時間。少々動きすぎたのか、腹の虫が弱々しく存在を主張し始めた。

 そういえば朝飯食ったっきりなにも腹に入れてなかったな。もう三時間以上は経っただろうし、そろそろ何か食べておくのも悪くないだろう。

 そうと決まれば即実行。目の前で賑わいを見せている【ミスティアの八目鰻~地底店~】の暖簾をくぐり、店内へと入っていく。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 足を踏み入れるや否や、前方から鳥がさえずるような聞き心地のいい声が飛んできた。しかしそれでいて威勢のいいその声は、そのまま俺をカウンター席へと誘導する。

 

「おひとり様ですか? こちらへどうぞ!」

「あ、はい。どうもです」

 

 応じるようにしてカウンター席の一つに座る。席に着くと、先程から叫んでいた声の主(おそらく店主)が俺の前にやってくる。茶色を基調とした和服に身を包み、これまた茶色の三角巾を巻いている可愛らしい薄茶髪の少女。背中には鳥のような形状の巨大な翼が生えており、彼女が鳥の妖怪だということをうかがわせる。接客の様子を見るに、笑顔の絶えないとてもいい女の子のようだ。

 店先の看板から察する限り、おそらくミスティアという名前なのだろう店主さんは、お品書きらしき紙を慣れた手つきで俺に向かって差し出してきた。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び申し上げ下さい!」

 

 そう言うと手元に並んでいる鰻の串を焼く作業に入るミスティアさん。童顔の額に珠の汗を大量にかいているが、まったく疲れている様子はない。相当慣れているのだろう、巧みな手つきで次々と鰻を焼きあげていく。近くではバイトらしき数名の妖怪達があたふたと働いているのだが、やはりミスティアさんは一際手際よく作業を進めている。さすが、こんな地底で店を開くだけはある。

 容姿と仕事ぶりのギャップに謎の萌えを感じながらも、俺は渡されたお品書きを眺めていく。

 

(八目鰻の蒲焼、八目鰻の刺身、八目鰻ラーメン……店名からもしやとは思っていたけど、まさか本当に鰻しかないとはなぁ……)

 

 美味しいけどさ、鰻。栄養価も高いし、良い食材だけどさ。

 いろいろ考えて苦笑してしまうが、なんにせよお腹が空いていることに変わりはない。資金もそれなりに所持しているし、今は八目鰻料理を楽しむことだけに専念しよう。

 粗方の注文を決め、ミスティアさんを呼ぶ。

 

「すみません、注文いいですか?」

「喜んで!」

 

 パァッと輝かしい太陽のような満面の笑みを浮かべて応対してくれるミスティアさんに、思わず頬が紅潮してしまう。なんかあんまりにも純粋無垢な笑顔すぎて逆に照れ臭くなってしまった。こういう子供みたいな印象の妖怪なら、俺だって大歓迎なのに。

 意外な場所で得られた心の安息に思わず頬が緩むが、そんな内心を悟られぬようポーカーフェイスに努めながら注文を行う。……「かしこまりました!」と再び見せられたスマイルに心が洗われた心地がしたのは気のせいではあるまい。

 地底って暗いイメージがあったけど、予想以上にいいところだな。最初に遭遇したのが水橋さんだったから悪いイメージが先行していたが、これは考えを改めるべきかもしれない。結構魅力的な場所じゃないか、地底。

 料理を待つ俺の周りでは、酔いが回っているのか頬を赤らめた鬼やその他の妖怪達が楽しそうに酒を飲みつつ談笑している。なんかこういうところは外と変わらないんだな。サラリーマンたちが飲み屋で食事しているような光景に、自然と表情が柔らかくなる。気持ちも落ち着き、リラックスしてきた。

 こんなに気持ちのいい場所ならば、一週間の生活も苦ではないかもしれない。明るい地底ライフに想いを馳せ、一人でニヤニヤ笑ってしまう。

 そんな時、

 

「表ぇ出な、このチビ鬼がぁ!」

「いい度胸だよこの星角!」

 

 店内の一角から、そんな感じの荒々しい怒声が起こった。

 

 

 




 次回もお楽しみに♪

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