東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 ようやく本編です。やはり威の字の分は書きやすい。

 ※「第三十八話【番外編】第一位 博麗霊夢」の後書きにも本編が書いてありますので、全話一斉表示でお読みいただいている方がいらっしゃったらそこだけ読み直すことをお勧めします。

 それではようやく再開した本編。マイペースにお楽しみください♪


マイペースにお風呂パニック

 目を覚ますと、視線の先は知らない天井だった。

 

「……いやいや、もう何度目だよこの状況」

 

 最近は意識を失ってから知らないところに運び込まれるのが多い気がするな、とボヤキながらも状態を起こす。確か昨晩は萃香さん達と地底の居酒屋を回りまくっていたのだったか。十軒を超えた辺りから数えるのをやめたが、それからしばらくの記憶があまりよく思い出せない。どうやら、酔い潰れてしまったようだ。

 やけに弾力感のある高そうなベッドから降りると、ご丁寧に揃えてあったスリッパを履いて部屋中をくまなく探ってみる。

 

「なんか、すっげぇ色んなモノをゴテゴテと集めた部屋だな」

 

 壁にいくつもの肖像画が飾ってあるのはまだ許せるが、天井の一番高いところでキラキラ光りながら存在を主張しているあのステンドグラスはいったい何なのだ。教会に飾ってあるようなキリストの描かれたステンドグラスを見ていると、なんだか背中がむず痒くなる。うぅ、やっぱり俺には神聖なものは似合わねぇよ。

 家具も一応確かめてみるが、これといって統一性のないものばかりだ。漆が塗られた和風の箪笥もあれば、ニスで塗り固められた西洋のクローゼットがあったりもする。和洋折衷と言えば聞こえは良いのだろうが、これは明らかに調和を完全に無視したテキトーすぎる集め方だった。いかんせん趣に欠けるというのが俺の素直な感想だ。

 他に何か情報はないか。現在地の詳細を少しでも得るために箪笥の引き出しを開ける。

 

「…………」

 

 思わず、言葉を失った。様々な思いが交錯し、俺の中で駆け廻る。

 三十センチ四方程の引き出しに詰め込まれた、小さく折り畳まれた布切れ。水色やピンクなどの淡い色から、縞模様といった王道、そしてレース状の大胆な装飾が施されたブツまで、種類は目を疑うほどに豊富だ。そのどれもが、何故か魅惑的な雰囲気を放出している。

 まさかこれは。頭の中で仮定が形となっていく。博麗神社でも似たようなものを洗濯していたりするせいか、想像以上にはっきりと推測できてしまう。

 ……一応、確かめよう。

 水色の布を一枚手に取ると、俺は顔の前でそれを広げた。

 

 逆三角形の輪郭で、頂点部分にやや皺が寄った布。太い棒――――例えば脚が入りそうな程の大きさを持った穴が下部に二つ存在していた。肌に優しい手触りで、これならばいくら動いても蒸れることはないだろうと推測できる。

 嫌な予感に冷や汗が流れる。絶対に見つけてはいけないものを見つけた気がして、俺は口元がヒクヒクと引き攣るのを感じた。

 

「……見なかったことにしよう」

 

 こんなにあるのだから一枚くらい持って帰ってもバレやしないだろうが、万が一誰かに見つかってしまったら犯罪者扱いはまず免れない。特に博麗の鬼巫女にでも見つかった日には、俺は明日からお天道様の下を歩けなくなってしまう。何を祀っているのか分からない博麗神社の御神体になるのだけは、絶対に避けなければ。

 パンテ……いや、女子の秘密な部分を覆い隠す為の布切れをそっと引き出しの中に戻すと、俺は扉を開けて部屋の外に出た。これ以上部屋の中を捜索してもおそらく発見できるものは俺の命を脅かす危ないものばかりだろう。俺は別に下着泥棒になりたいわけではないのだ。未練がないと言ったら嘘になるが、命には代えられない。

 部屋を出ると、そこは左右に果てしなく続く廊下だった。足元には赤い高そうな絨毯が敷かれていて、それが遥か先まで続いている。さっきの家具といいステンドグラスといい、ここには相当の金持ちが住んでいるのだろう。紅魔館並の経済状況だ。

 踏むと足首まで埋まるのではないかというほどに柔らかな絨毯の上を進んでいく。五メートルおきくらいに部屋が並んでいて、【こいしの部屋】やら【お燐の部屋】やら書かれている札がかかっていた。面白い名前だなとか思いながらも、俺はどんどん先へと進んでいく。誰々の部屋とか明記されている場所に入ると基本的にロクな目に遭わないということはすでに紅魔館で体験済みだ。俺は学習ができる男なので、同じ轍は踏まない。

 廊下をずんずん進んでいく。時折二又の猫や大きめの鴉と擦れ違ったが、奇異の視線を向けられるだけで他に襲い掛かられるようなことはなかった。どうやら敵地で目覚めたというワケではないらしい。……いや、そもそも敵とかいないからその表現はおかしいのだが。もしかしたら、ここが件の地霊殿とやらなのかもしれないな。地底だし、でっかい屋敷だし。そう考えると、色々と安心してくる。

 まぁ何はともかく、ここの家主を探そう。挨拶するなり自己紹介するなりしておかないと、ここが本当に地霊殿なのかどうかも確かめられないのだし。

 そうと決まれば善は急げ。まずは片っ端から部屋を捜索してみるか。ちょうど目の前に佇んでいた扉を開け、中に入る。扉には札がかかっていなかったので、とんでもないドタバタ騒ぎに巻き込まれることもあるまい。巻き込まれ体質に定評のある俺は色々なことに気を配って生きていかなければならないのだ。こういう注意は払っておくに越したことはない。

 

 中に入ると、そこには木製のロッカーが大量に陳列していた。網籠らしき物体がロッカーの一つ一つにそれぞれ置かれていて、天井では古びた扇風機が力なく回転している。

 床と壁、そして天井は完全にヒノキ製だ。和風感丸出しの板張りに囲まれた、風情のある空間がそこにはあった。

 どこかで見たことのある景色。俺は周囲を見渡しながら、真っ先に頭に浮かんだ単語を思わず口に出していた。

 

「……銭湯の、脱衣所?」

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 そこに脱衣所があるならば、服を脱いで銭湯に入るのが筋というものだ。

 ジーンズとシャツ、そして下着を竹籠に入れ、入浴の準備を整える。タオルや石鹸は用意していないが、別にそこまでガチなバスタイムを味わおうとしているわけではないので構わないだろう。俺はただ、地底の銭湯という未知の領域を体験したいだけなのだ。人間なら、未確認の出来事に挑戦する気持ちは大切だろ?

 素っ裸になり解放感を味わっていると、目の前に全身が映るほどの姿見が鎮座していることに気付いた。銭湯といい家具といい幻想郷にしてはハイテクな物品が揃っている事実に驚きが隠せない。なんだ、地底は地上よりも技術進歩が著しいのか。

 そんなどうでもいい感慨を抱きながらも、なんとなく鏡の前でポージングしてみたりする。

 

「……別に、小っちゃくはないよな」

 

 足の付け根で存在を主張しているある一部分に思わず視線が行ってしまうが、俺は首を振って目を背けた。何を考えているんだ俺は。小っちゃくない。小っちゃくなんかないんだ。気にするんじゃないよまったく。

 男として譲れない最後の一線を心の中で引き直し、再度姿見を見る。……一瞬心が腐りかけたが、そのことについて考えるのをやめると俺は曇った硝子戸を開いて温泉の方に足を進めた。

 

「おぉ……!」

 

 無意識に、感嘆の溜息が漏れる。目の前に広がる光景に、俺は軽く感動さえも覚えていた。

 淡い照明の光を浴び、光沢さえ放っている磨かれたヒノキの床。四方は白塗りの壁で囲まれていて、その一角では蛇口や洗面器といった入浴セットが異様な存在感を放っている。古都幻想郷らしくない文明の利器が目に入り、思わず息を呑んだ。

 そして何よりも俺の目を引いたのは、視線の先で優雅に揺らめいている無色透明の温泉だ。これまた檜製のでっかい湯船に囲まれて、いかにも気持ちよさそうな湯気をもうもうと立ち上らせている。……ヒノキ好きすぎるだろここの家主さん。

 現代日本でもそうそうお目にかからないレベルの和風温泉に、俺はもう我慢することができなかった。先程目に入った洗面器を取ると身体を軽く流し、勢いよく湯船に飛び込む。

 ――――お湯に浸かった瞬間、全身の疲労が一気に抜けていく感覚が俺の全身を支配した。

 

「ふうぅぅぅ……」

 

 気の抜けた息が漏れると同時に顔の表情筋がにへらと緩んでいく。全身の力が抜け、じわじわと温まる感覚に五感の全てを預けているようだ。家主探しとか情報収集とか、そういったアレコレがどうでもよくなるくらい気持ちがいい。

 あぁ……博麗神社だとこんなに身体を伸ばして入浴なんてできないから、すっげぇリラックスできる……。どうせなら霊夢も一緒に連れてくれば良かったな。いや、追い出されたからこんなところにいるんだけど。でも霊夢の裸をじっくり視姦しながら悦に浸るのも悪くないよなぁ……。

 

 ――――カラカラ……。

 

「……ん?」

 

 そんなしょうもない妄想に浸っていると、硝子戸が開けられる軽快な効果音が耳に届いてきた。どうやら、他の利用者が入ってきたらしい。ちょっと驚いたが、そもそもここは他人の家だということに気付く。どちらかというと珍客は俺の方なのだ。今入ってきた人は、ここの住人か誰かなのだろう。

 気持ちよさのせいでうまく働かない頭でそんなことをぼんやりと考える。

 

 ――――だが、俺はこの時気が付くべきだった。この幻想郷における男女比と、出発前に霊夢から聞いていた地霊殿の性別構成を。

 

 ペタペタと足音を響かせながらこちらに近づいてくるその人。距離が短くなるにつれて徐々に姿がはっきりとしてくる。湯煙でぼんやりしていた全身が少しづつ露わになっていき……、

 

 

 目の前に、桃色髪の女の子が現れた。

 

 

「――――――――」

 

 銭湯を発見した時とは違う意味で思考が停止する。今目の前に広がっている光景が理解できず、俺は目を丸くしたまま彼女の全身を凝視するしかなかった。

 常人よりわずかに白い肌は湯気のせいで少し濡れている。熱気によるものなのか、お腹や太腿、腕の辺りには汗が珠となって浮かんでいた。水気が通常よりも淫靡さを際立たせ、俺の脳髄を刺激する。

 背丈は百五十センチくらいだろうか。俺が座っているので詳しい身長は分からないが、霊夢よりも小さい印象を受けた。中学生……下手したら小学生に見えなくもない容姿をしている。

 小動物系の可愛さという表現が最も合う顔は結構整っていて、幼顔なのに不覚にも心臓が高鳴ってしまう。髪留めや肩、胸の辺りから伸びている紐やそれを繋ぐようにしてふよふよ浮いているでっかい目が彼女の人外差を表していたが、そんなことがどうでもよくなるくらいの魅力を彼女は放っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 お互いに見つめあったまま、指一つ動かさない俺達。少しは身体を隠すか何かしてくれないと、露わになった小さめの胸や無毛の秘所にどうしても視線が行ってしまって先ほどから落ち着かない。いや、一刻も早く俺が視線を逸らせばいいだけの話だが、そうもいかないのが男という生き物なのだ。目の前に魅力的な裸体がある以上、そこから逃げるのは俺の本能が許さない。

 少女のキョトンとしていた顔が徐々に驚愕に染まっていく。小さい口が目一杯開かれ、触ったら折れてしまいそうな程繊細な身体を隠すようにして丸める。ペタンと膝をつくその姿が一段と俺の劣情を掻き乱すが、これから起こる展開がいとも容易く想像できるために素直に喜ぶことができなかった。

 とりあえず……一言言っておこう。

 

「……ご馳走様でした」

「――――――――き、」

 

 キャァアアアアアッッッ!! という甲高い悲鳴が上がった瞬間、俺の視界を木製の洗面器が塗り潰していた。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに♪

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