東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 威編は基本コメディ、霊夢編は基本シリアスになりつつある本作。


マイペースに太陽の畑

 昨日は稗田家での新たな謎や幻想郷縁起騒動などいろいろあったのだが、なんやかんやでお泊り会開始から三日目である。人里観光も昨日で一段落したらしく、各々が手土産を片手にほくほくした笑顔で人里の出口へとやってきていた。特にハイテンションなのは鈴仙だろうか。なんでも珍しい薬草が安価で手に入ったらしい。帰ったら永琳に自慢してやるといって大騒ぎしている。別にどうしようと彼女の勝手ではあるが、あまり調子に乗ると永琳に実験動物にされてしまう可能性が高い。ほどほどにして欲しいと珍しく彼女の心配をしてしまう。

 それぞれが荷物を抱え、慧音や妹紅を始めとした人里住民達からの見送りを受ける私達。妖怪に対して多少の恐怖心を抱いている大人な方々はさすがに来てはいないものの、昨日早苗や咲夜、妖夢と交流を深めたらしい寺子屋の皆様及びその保護者が大量に姿を見せていた。まぁ彼女達は妖怪じゃなくて人間(妖夢は半妖だけど)だから、とっつきやすいという理由もあるのだろう。妖夢とか鈴仙とかもあんまり妖怪らしくはないし。見た目は完全な人間だしね。

 

「これから幻想郷を観光するんでしょ? 輝夜に会ったら『次は絶対にぶち殺す』って言っておいてくれない?」

「自分で言いなさいよこのツンデレ不死者」

「だっ、誰がツンデレよ! べべべ、別に輝夜に会うのが恥ずかしいってワケじゃなくて、ただ、最近忙しくて会えてないというか、なんというか……」

 

 顔を赤らめてぼそぼそと俯きがちに呟いている焼き鳥屋さん。そんなに思い悩むくらいならさっさと会いに行けばいいでしょうに。忙しいとか言ってもアンタ達蓬莱人は多分に時間を持ってんだから。

 一人思考のループに囚われはじめた妹紅に嘆息する。と、向こうから慧音が私の方へと歩いてくるのが見えた。魔理沙との会話を終えたのだろう。順番に声をかけているようだ。

 

「見慣れたメンバーだが、観光旅行という体で来られるとまた一味違った感じがするな。いつでも会えるのになんだか寂しい気持ちになってしまうよ」

「相変わらず感傷的ねぇ。そんなに落ち込まなくてもまたすぐに会いに来てやるわよ。どうせ買い物とかもあるんだしさ」

「まぁそれはそうなんだがな。場の雰囲気というものだよ」

 

 豊満な胸の下で腕を組んだまま快活に笑う慧音。相変わらず包容力のある大人な女性だ。こういう肝要で大らかな所は素直に見習いたいと思う。ただ勘違いすることなかれ。慧音は誰よりも厳しい先生様であるから、怒らせると滅法怖いのだ。裏表の激しい教師とか子供達はさぞ毎日がサバイバルだろう。

 それからしばらく世間話に花を咲かせていた私達だが、子供達に呼ばれた慧音は一つお辞儀をすると向こうに歩いて行ってしまった。先生って大変だな、と最近痛切に思う。世話のかかる居候と一緒にいるから、子供達の相手をする苦労を共感しているのかもしれない。今度子供の教育法でもご教授願おう。

 

「霊夢さーん」

 

 不意の呼び声に振り向くと、早苗が門の方から走ってきていた。相変わらずのまったりした走り方だが、表情がどこか緊張しているようにも見える。普段からマイペースこの上ない彼女にしては珍しい表情に、何かあったのだろうかと勘繰ってしまう。一歩踏み出す度に激しく揺れる双丘に異常な殺意が芽生え始めるが、怒りをぶつけるのはまた今度にしておこう。今は話を聞くのが先決だ。

 早苗は息を切らせながら私の前で立ち止まると、深呼吸をする間もなく一気に捲し立てた。

 

「な、なんか新聞屋さんが大ピンチに陥っているらしくてですね、神子さんが慌ててやってきたんですよ。それで話を聞いた咲夜さんが止める間もなく妖怪の山に飛んで行っちゃって……一応霊夢さんに謝っておいてとは言われたんで、報告に来ました!」

「あの茶らけたハーレム新聞屋が、大ピンチ? 文は何してんのよ」

「詳しいことは分かりませんけど、話を聞く限りではその文さんが関係しているようで……」

「ふーん……まぁ、咲夜が向かったならなんとかなるでしょ。あまり人ん家の事情に首を突っ込むのも野暮だしね」

「放っておいていいんですか?」

「構やしないわよ。咲夜なら完璧に瀟洒に事件を解決してくれるでしょ」

 

 何気に仲がいい新聞屋のことが心配なのか地味に食い下がってくる早苗だが、あくまでも射命丸一家の問題なので私達部外者が引っ掻き回すのは避けた方がいいだろう。異変に発展するほどのモノならば私も動かざるを得ないが、今回は夫婦喧嘩の延長みたいなお家騒動だ。夫婦喧嘩は犬も食わずって言うし、放っておけば自ずと解決するはずだ。問題ない。

 私の説得に渋々ながらも頷く早苗。彼女は彼女で友人のピンチを放っておけない優しい女の子だから落ち着かないのだろう。気持ちはわかるが、今回は遠慮してもらうとしよう。

 急遽咲夜が脱退してメンバーは五人になってしまったが、彼女達はまだ楽しむ気満々だ。かくいう私も謎解明の糸口すら掴めていない体たらくである。この程度で旅を終えるほど、私達の気は脆くない。

 荷物を再度抱え直し、魔理沙達を呼び集める。

 

「ほら、さっさと行くわよアンタ達。今日合わせて五日で幻想郷一周するなら、早く出発しないと!」

「なんだ霊夢。色々文句は言いながらも結局はお前が一番やる気じゃないか」

「謎の究明に努める博麗の巫女はいつだってやる気満々なのよ」

「結局私事かよ」

「悪い? これでも真剣に取り組んでいるつもりなんだけど」

「思い詰めるのは勝手だがあんまり根詰め過ぎて観光旅行を二の次にするのはいただけないな」

「そこら辺は分かってるわよ。私だって旅行を素直に楽しむ気持ちくらいはあるわ。公私混同は私の嫌いな言葉の一つだし」

「どーだかなぁ。お前、集中すると公も私も関係なくなるヤツだから、私としちゃあ心配だね」

「……善処するわ」

「見守っておくよ」

 

 どうにも反論できない心当たりが多すぎて思わず視線を逸らしてしまう。自分以上に自分の事を知っているヤツが相手だとやはり調子が狂う。どれだけ見栄を張ろうと一瞬で看破されてしまうのだからやりにくいったらありゃしない。しかもそれが正論であるならば尚更だ。大人しく頷くしかない。

 傍らでニヤニヤと腹立たしい笑みを浮かべて私の反応を窺う親友に心の底から溜息をつきながら、私は仲間達を伴って人里を後にするのだった。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 『愛』は『哀』になり『会い』は『遭い』になる。どんな言葉も紙一重。表があれば裏がある。

 

 

 一面性の存在なんてあり得ない。万物には必ず二面性があり、利益と不利益を必ず兼ね備えている。

 

 どれだけ純粋な人間でも、どれだけ一途な想いでも、その裏には必ず理由がある。本人ですら気づかない、誰も知らない理由が、必ずそこにはある。

 

 何かを思い出せば何かを忘れる。何かが蘇れば何かが消え去る。

 

 それは例えば記憶。それは例えば封印。それは例えば想い。

 

 少女は少しづつ思い出す。失ったはずの記憶を思い出す。

 

 少年は少しづつ失っていく。自分を抑えつけていた枷を失っていく。

 

 

 『愛』は『哀』になり『会い』は『遭い』になる。

 

 

 善は悪。愛情は嫉妬。一途は移り気。弱は強。楽は怒。

 

 ふとしたきっかけさえあれば、表裏はすぐにでも入れ替わる。

 

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 太陽の畑。

 見渡す限り一面の向日葵。真っ黄色の芸術が、私達の視界を埋め尽くしている。まさに黄色の絨毯。秘境溢れる幻想郷広しと言えども、ここまで壮大な光景はなかなか存在するものではない。天然ではなく人工の芸術。しかしそれでいて自然情緒を感じさせる雄大な向日葵達。大地の息吹を余すことなく表現している目の前の向日葵畑は、改めて見てみるともはや感動の一言に尽きる光景だった。一度異変解決の際に上空を通ったことはあるが、その時はあまり集中して見ていなかったのでよく分からなかったのだ。こうして見ると、ここまで綺麗だったのかと思わず生唾を呑み込んでしまう。

 仲間達を見渡せば、全員が全員目を見開いて目の前の絶景に見惚れているようだ。あの魔理沙さえもがぽかんと口を開けて立ち尽くしている始末である。それほどまでに、この向日葵畑は現実離れした美しさだった。

 

「あら、これはまた珍しい客人が来たものね」

 

 呆然と立っている私達に声をかけたのは、緑髪の女性だ。白いブラウスに赤白のチェック模様をした上着を羽織った彼女は、同色のスカートを優雅に揺らしながら向日葵の間を縫うように私達の前に現れた。右手に持った大きな日傘が、よりいっそう彼女のお嬢様然とした様子を際立たせている。

 風見幽香。幻想郷に古くから住む大妖怪で、この向日葵畑の持ち主でもある妖怪だ。

 幽香はくるくると柄を握って日傘を回すと、

 

「異変解決メンバーが揃いも揃って私の畑に何か御用かしら。異変にはまだ少し早いと思うんだけど」

「あ、あのっ! 私達今幻想郷を一周して観光旅行をしている最中でして! それで通りがかりにこの畑を見つけたんですけど、あまりに綺麗だったから思わず魅入っちゃってたんです!」

「ふふっ、お褒めに預かりどうも。この子達も喜んでるわよ?」

「あ、あぅぅ……」

 

 慌てたように捲し立てる妖夢の頭に手を置くと柔和な笑みを浮かべて礼を述べる幽香。相変わらず予想外の事態には滅法弱い妖夢が混乱と羞恥心で顔を林檎のように染めてあたふたとテンパっているが、そんな彼女の姿に幽香は再び上品に微笑む。……正直、普段の彼女を知る私としては違和感がとんでもないことになっているのだけれど。アンタそんな清純で上品なキャラだったっけ?

 思わず漏らした呟きに、幽香は怒ることもせず顔だけをこちらに向けて言う。

 

「今日は機嫌がいいのよ。天気もいいし、向日葵達も喜んでいるみたいだし」

「アンタの気分は天気と向日葵次第なんかい」

「もちろんそれだけじゃないけれど、まぁいいじゃないそんなことは。私が嬉しくて、喜んでいるだけ。それで問題ないでしょう?」

 

 妖夢の頭を撫でながらそう言う幽香。まぁ私としては妖怪達が悪さをしてさえいなければ楽でいいから構わないのだが。でもなんか変な感じがしてたまらない。もやもやする。居心地の悪さにもやもやする!

 

「相変わらず素直じゃない霊夢っちに私は溜息が止まんねぇーっすよマリリン」

「誰がマリリンだ。霊夢が素直じゃないなんて今に始まったことじゃないだろ? 捻くれ者巫女は昔から健在さ」

「おうおうそこの白黒魔法使い。喧嘩売ってんならはっきり言いなさい滅してやるから」

「売りたい気持ちはやまやまだが、幽香の畑で弾幕ごっこをする程私は馬鹿じゃない。この花畑荒したら後で何されるか分からんからな。喧嘩はまた後日だ霊夢」

「良い判断ね。もし遠慮せずに弾幕ぶっ放して向日葵の一本でも吹き飛ばしていたら、貴女達の身体はもう消滅しているところよ?」

「笑顔で怖ぇこと言うなよ幽香!」

「だって本気ですもの」

「もっと怖ぇよ!」

 

 「ふふふ」と口元に手を当てて優雅に微笑む幽香だが、その目はあまり笑っていない。大妖怪らしい殺意に満ちた瞳で私達を見ている。一瞬背筋に悪寒が走ってしまったのはやむを得ないことだろう。やはり彼女を怒らせるとロクな目に遭わない。

 無駄に緊張してしまって思わず嘆息してしまう。魔理沙はいつの間にか早苗達と向日葵鑑賞に専念していた。私と幽香を残し、四人は目を輝かせて向日葵をまじまじと眺めている。

 

「平和ねぇ」

「そうね。あの子達も向日葵達も、恐ろしい程に素直に笑っているみたい。呑気でいいわよね」

「私は花より団子派だから、あんなに集中はできないわ」

「情趣のない巫女ねぇ……侘び寂びは巫女にとって重要なファクターだと思うのだけれど」

「知らないわよそんなの。情趣で腹が膨れるっていうのなら話は別だけど」

「ったく……先代といい貴女といい、博麗の巫女っていうのはホント勝手気ままよね」

「そっか、アンタ昔から幻想郷にいるからお母さんのことも知っているんだっけ」

 

 そこまで言って、ふと思いつく。

 幽香は幻想郷でも最古参メンバーだ。その期間はある意味紫や幽々子に匹敵するほどである。幻想郷創成当初からここで暮らしている彼女なら、もしかしたら私の過去についても何か知っているかもしれない。私自身でも忘れているような何かを、幽香なら教えてくれるかもしれない。

 魔理沙達が遠くに行ってしまったのを確認すると、私は幽香に尋ねた。私の過去と、お母さんのことについて。

 ……しかし、彼女は困ったように眉根を下げると申し訳なさそうに言った。

 

「申し訳ないんだけど、私の口からはあまり詳しいことは言えないわ。いろいろ事情があって、先代については多くのことは語れない」

「ど、どうして!? お母さんのことを話すくらい、そんなに大変な事でも……」

「ごめんなさい。貴女でも言えないような事情があるの。理不尽だとは思うけど、分かってちょうだい」

 

 なんとか食い下がるものの、幽香の諭すような口調に思わず黙り込んでしまう。やはり普段の彼女らしくない。いつもの幽香ならば皮肉交じりにでも真実を言ってくれるのに。私の聞きたいことを、いつもならちゃんと教えてくれるのに。その事情というのは、大妖怪である幽香の発言権までも制限してしまうほどのものであるのか。

 幽香が俄然として口を割ってくれない以上、これ以上の懇願は無駄だろう。彼女の意志は固い。私がいくら頼み込んだところで、結果は変わらない。

 次の心当たりを探そう。魔理沙達を呼び寄せ、太陽の畑を後にしようとする。

 魔理沙達が集まるのを待っていると、ふと幽香は私に聞こえるか否かというくらいの声量でぽつりと呟いた。

 

「幽香?」

「うぅん、なんでもないわ。ほら、さっさと行きなさい馬鹿巫女。お友達が待ち飽きているわよ?」

「え、えぇ……それじゃあね。幽香」

 

 不自然に私を急かす幽香に促されるまま、魔理沙達と共に大空へと飛び立つ。一本一本が鮮明に見えていた向日葵畑は次第に黄色のカーペットへと変わっていく。先程とは一味違った光景に魔理沙達は心の底から歓声をあげていた。……だが、私は先ほどの幽香の呟きが頭からどうしても離れない。

 

 

 ――――何があっても『彼』を信じなさい。最後まで。

 

 

 幽香が漏らした呟きの真意はよく分からない。『彼』というのが誰を指すのか、そして何故このタイミングでそんなことを言ったのか、全てが謎のまま私は太陽の畑を後にする。旅を進めるにつれて謎は深まっていくばかりだ。

 何か大きなものが裏で動いている。そんな気がする。根拠はないけれど、私の博麗の巫女としての勘がそう囁いていた。異変の前のような空気を、わずかではあるが感じ取っていた。

 お母さん。先代巫女。彼。

 新たなキーワードに頭を悩ませるまま、私達は次なる目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 




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