東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 超展開とか言わないで、傷ついちゃうから!


マイペースに八雲家

 八雲紫が住む家は、幻想郷の端の端、それはもう僻地と言っても差し支えない程度の場所に佇んでいた。今まで何度か足を運んだことはあるが、なんでこんなド辺境に住んでいるんだろうかと割と真剣に思ってしまう。もう少し中心部に住めばいいのに。仮にも幻想郷内での最高権力者なのだから、中枢で偉そうにふんぞり返っていればいいじゃないのよ。

 山と森、湖の間にひっそりと佇む木造一戸建てが見えてきた。私達は再度荷物を持ち直すと、玄関前の原っぱに着地する。

 

「ほぇ~……賢者様ってのは、やっぱり一目のつかない所に住むのが定番なのかにゃー?」

「兎が猫言葉喋ってんじゃないわよ気色悪い。ウサウサ言ってろクソ鈴仙」

「なんでそんなど真ん中ストレートをぶち込んでくるのかな霊夢は! いいじゃん可愛いじゃん微笑ましいじゃんもっと大きくなろうぜ霊夢っち!」

「すまん鈴仙。霊夢に同調する気はないが……あからさまにあざとすぎてちょっと引いた」

「まさかの追撃にうどんげちゃんの心はボロボロですけど!?」

 

 相も変わらず妙なボケをかましてくる鈴仙に魔理沙と二人でツッコミを入れながら、八雲家の玄関前へと向かう。私達の背後では早苗と妖夢がお互いに人里で購入したお土産を見せ合っていた。なんかこの二人だけしっかりと観光を楽しんでいる気がする。まぁ、僻地で笑いながらお土産見せ合う女の子ってのもどうかと思うけど。やっぱり常識に囚われてはいけないのだろう。

 何はともかく、まずは紫を呼び出すことが先決だ。荷物を一旦地面に置くと、扉をノックしようと手を伸ば――――

 

「紫ぃー、邪魔するぜー!」

 

 ――――す直前に魔理沙が前触れなくいきなり扉を開けていた。あんぐりと大口を空けて呆けている私達に気付いていないのか、「お、開いてんじゃん」とか言いながら扉をくぐるってちょっと待て。

 私は咄嗟に魔理沙の襟首を引っ掴むと、無邪気に不法侵入を行おうとした馬鹿を睨みつけた。

 

「アンタに礼儀とか気遣いとかそういう概念は存在しないのか!」

「何言ってんだよ霊夢。鍵開けとく方が悪いんだろ? 家があったらまず侵入。貴重なものは死ぬまで借りる。それが私、霧雨魔理沙さ!」

「なにを自慢げに最低なこと言ってんのよアンタは! そんなだから毎回毎回パチュリーが泣きながら私のとこにやってくんだっつーの! いい加減本返してあげなさい割とガチで落ち込んでたわよあの子!」

「だから返すって、私が死んだらな」

「アンタはどこぞの悪徳高利貸しかー!」

「……人ん家の前で大騒ぎしないでくれないか、迷惑なんだが」

「あ、藍じゃない。おはよー」

「あぁ、おはよう」

 

 軒先での騒ぎを聞きつけたのか、私達の目の前にはいつの間にか九本の狐尾を生やした女性が呆れたような面持ちで突っ立っていた。陰陽師をインスパイアしたような衣装を着ているせいもあってか非常に奇妙な雰囲気を醸す女性だが、これでも一応千年ほど前には稀代の美女として名を轟かせていたらしい。玉藻前とか言ってたっけか。あからさまに堅物な印象なのに色気で男を誑かしていたとか、やっぱり人は見かけによらないなと深く考えてしまう。いや、藍は人間じゃないけど。

 腕を組んで溜息をつく藍。その後ろで何やらぴょこぴょこと顔を覗かせている猫耳が見えた。こそこそしている気弱そうな猫娘は、ちらちらと私達の方を窺うと再び藍の背中に隠れてしまう。……猫又の橙だ。一応藍の式であるらしいが、とてもそんな重要役職とは思えない。ペットと言っても違和感はないだろう。

 そんな引っ込み思案な橙に声をかけたのは、我らが怖いもの知らず東風谷早苗。どうやら知り合いであるらしく、橙が姿を見せるや否や元気に彼女の名前を呼んで駆け寄っていた。橙も早苗のことは知っていたのか、ぎこちないながらも早苗の方に歩み寄っていく。

 

「橙ちゃんおはよ! 今日も可愛いですね!」

「あ、うん……おはよう。早苗お姉ちゃんも、その……可愛いよ?」

「ぐはぁっ。……お、お持ち帰り」

「やらせないわよ何口走ってんだこの色ボケ風祝」

 

 照れ混じりにぼそっと呟かれた橙の口説き文句に一瞬で陥落した早苗は、橙を抱きかかえると空の彼方にフライアウェイしていく寸前だった。あまりにも鮮やかでスムーズな動きに魔理沙達はおろかあの藍や妖夢までもが対応できなかった始末だ。私が展開を予想して前もって結界を張っておかなければ、おそらく橙は守矢神社まで拉致されていたことだろう。ていうか威の時も思ったけど、この子行動力ありすぎるでしょう。

 若干涙目で慌てて藍の後ろに戻っていく橙に再び早苗が劣情を催しかけるという事故もあったが、とにかく仕切り直す。

 後ろ手に橙を慰める藍に、妖夢が相変わらず丁寧な調子で話しかけた。

 

「あの、私達は今幻想郷観光旅行をやっていまして。その一環として八雲家を訪れたわけなんですけど……八雲様はいらっしゃいますか?」

「紫様? いることにはいらっしゃるが……現在取り込み中でな。手が離せない状況なのだよ」

「取り込み中?」

「あぁ。なんか西行寺さまと閻魔様が起こしになっている。非常に難しい表情でやってきたから、相当な事情があるのだろう」

「幽々子様が? なんでまた……食事は永遠亭の人達にお願いしてって言っておきましたのに……」

「いや、それはアンタ従者としてどうなのよ」

 

 主の食事を他人に任せて旅行している従者っていうのは状況的に大丈夫なのだろうか。主従関係が崩壊の危機に瀕している気がして滅茶苦茶心配になる。威曰く前にも幽々子に肉塊にされたみたいだし、次は霊体共々成仏させられるのではなかろうか。

 それにしても、幽々子と……映姫? 紫と仲のいい幽々子が八雲家を訪れることはよくあることにしても、年がら年中忙しい閻魔様がここまで足を運ぶと言うのは些か不思議だ。基本的に何があっても部下の死神任せにしているような重鎮が自分の足で出向いてくるなんて、いったいどういう風の吹き回しだろう。

 

 ――――申し訳ないんだけど、私の口からはあまり詳しいことは言えないわ。

 

 ふと、昨日幽香から言われた一言が頭をよぎった。幻想郷最古参メンバーの幽香にして、口止めされているというお母さんの過去。彼女以上の力を持つ妖怪なんて、この幻想郷にはもう後三人しかいない。

 幻想郷の地獄を統括する閻魔、四季映姫ヤマザナドゥ。

 冥界の白玉楼に住む亡霊、西行寺幽々子。

 そして、幻想郷の創設者にして妖怪の賢者、八雲紫。

 幽香以上の妖怪が今一堂に会している。それは奇妙としか言いようのない事態だ。しかもこの時期に。あまりにも異常事態が頻発しているこの時期に、三人が集まっているなんて。

 

 破られた幻想郷縁起。

 過去を蘇らせる陰陽玉。

 

 私の知らないところで、何かが起こっている。確証は無いけれど……博麗の巫女としての勘が、そう私に囁いている。

 

「藍」

 

 気が付くと、私は彼女の名前を呼んでいた。不意に名指しされた藍は、視線を妖夢から私へと移す。相変わらずクールに首を傾げる彼女の肩を掴むと、私は今までのふざけた雰囲気を一掃して口を開いた。

 

「三人の所に案内しなさい」

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

「そんなっ……嘘でしょう、映姫……」

「気持ちは察しますが、事実です。受け入れてください」

 

 思わず卓袱台を叩いて立ち上がる私に、映姫はいたって冷静に対応した。おそらくは驚愕に染まっているだろう私を前にしても、顔色一つ変えることはない。そんな彼女の様子に、私はより一層表情を歪めてしまう。とても人前にお見せできる顔ではないはずだ。呆れたように嘆息する幽々子の様子からそれが分かった。

 急に私の家にやってきた映姫と幽々子。珍しい組み合わせね、とか思いながらも客間に案内したのだが、そこで聞かされた話は私の予想を遥かに上回る事実だった。信じられない。でも、証拠を提示されると反論できない事実を突きつけられ、私は言葉を失うしかない。

 未だ気持ちの整理がつかないながらも、腰を下ろす私。戸惑っている私を見かねたのか、いよいよ幽々子が口を開いた。

 

「十年前の衣服とか道具とか……後は、写真? そんなものがいきなりごっそりなくなっていたのに、少しも変に思わなかったの?」

「い、いえ、一応おかしいなってみんなで探したりはしたわよ? でも、どこにもなくって。よくある紛失かなって思っていたんだけれど……」

「はぁ……。あの八雲紫がこのザマっていうのは、忘れっぽいと言うのか鏡華が凄いと言うのか……」

「で、でも……そんないきなり言われても信じられないわよ。確かに明らかな証拠はあるかもしれないけど、あまりにも唐突過ぎるわ。だって誰も知らないのよ? 私も藍も、橙も。八雲家の誰も知らないだなんて、そんなのおかし……」

「紫、その中に一人だけ含まれていない人がいるじゃないの」

「え? 含まれていないって、誰が……」

「ちょ、ちょっと紫さまぁーっ! 私のこと忘れないでくださいよ悲しいですってぇーっ!」

「あ、白夜……なんか影が薄くて忘れていたわ。ごめんなさいね」

「純粋に酷い!」

 

 白黒のゴスロリを着た銀髪美人が頭を抱えて絶叫する。そういえば、この子を忘れていた。配達屋の母親で八雲家の家政婦である沙羅白夜。外見ロリのくせに胸が異様にでかいという人間離れしたこの女は、そういえば二十年前に八雲家を出ていたのだったか。帰ってきたのはつい最近だけど、すっかり忘れていた。

 

「って、白夜。貴女も一緒に写真探していたじゃないですの。それなのにあのことを知っているわけがないんじゃなくて?」

「いや、確かに写真探しは手伝いましたけど、なにも記憶がないとか言った覚えはこれっぽっちもありませんよっ? だって映姫様の話が本当なら、その時私は幻想郷にはいなかったんですからっ」

 

 そういえばそうか。二十年間幻想郷から外界に出ていた彼女ならば、『この事』を知っていたとしても不思議はない。

 一応、彼女に最終確認を取る。

 

「じゃ、じゃあ……白夜は知ってるの?」

「私とほぼ入れ替わりでしたから、そこまで詳しく知っているわけじゃありませんけどねっ。でも、ちゃぁんと記憶には残ってますよっ」

 

 「やー、以前神社で見かけた時からもしかしてとは思っていたんですけどねぇーっ」心の底からのほほんとした笑みを浮かべながら、白夜は言う。これまでの経緯を全部吹っ飛ばしてしまうような、衝撃的な事実を。

 三人に見つめられる中、白夜は普段通りの調子でニコニコしながらこう言った。

 

「『ユバシリタケル』って、確か二十年前に紫様が拾ってきた少年の名前でしたよねっ?」

 

 ――――その時、今まで閉め切られていた障子が突然開いたかと思うと、一人の少女がそこに立っていた。

 長い鮮やかな黒髪をリボンで停めたその少女は、普段の勝ち気な様子からは想像できないほどに顔面蒼白な様子で私達を見つめていた。紅白の衣装を着たその少女は、柔らかそうな唇をわなわなと震わせながら何かを言おうとしている。信じられない、何が起こっているのか分からない。第三者視点で見ても簡単に分かるくらいに動揺した様子の彼女……博麗霊夢は、落ち着かない様子で視線を私達の間で泳がせながら硬直していた。

 それでも、一言言えただけでも大したものだろう。全身を震わせながらも、霊夢は消え入るような声で私達に尋ねる。

 

「……どういう、こと……? 威が……え……?」

「……混乱するのも分かりますが、とりあえず落ち着きなさい。その状態では聞くものも聞けないでしょう?」

「いや、でも……映姫、今、威がなんて……」

「落ち着きなさい。話はそれからです」

 

 もはや顔が土気色になっている霊夢を無理矢理座らせると、映姫は白夜に水を持ってくるように命じる。確かに、落ち着かなければ話もできない。かくいう私も未だに混乱しているが……彼女の言うとおり、一旦気を静めることが先決だろう。

 霊夢に何度も話しかけてなんとか落ち着かせようとする映姫。彼女達の方に視線をやった幽々子は、先程霊夢が入ってきた障子の方を見やるといつも通りののんびりした調子で表情を綻ばせたまま彼女達(・・・)に言った。

 

「貴女達も、入って来なさいな。お話くらい、聞きたいでしょう?」

 

 とても緊張感の感じられない幽々子の言葉に彼女達は一瞬面食らったように狼狽えるが、そこはやはり霊夢の友人らしく、すぐさま表情を引き締めると彼女の言葉に従った。一人だけ、守矢神社の風祝だけは霊夢と同じように戸惑っている様子だったが、白玉楼の庭師と永遠亭の助手が言葉をかけて落ち着かせていた。

 一気に騒がしくなった部屋を見渡し、最後に入ってきた魔理沙が頭を掻きながら呆れたように言い放った。

 

「おいおい……今回もまた、凄まじい規模の異変が起こってるみたいだな」

 

 それでも苦笑する辺り、貴女は図太い人間よね。

 

 

 

 




 なんか少しだけ威くんの正体について触れられ……てないですね。なんてこったい。
 まぁ薄々お気づきの方もございましょうが、ネタバレ及び予想コメはご遠慮ください。もしかしたら文伝録とは違ったエンディングの可能性もございますよ? 結婚式にマイペースが出てたからってこっちがパラレルの可能性もありますしね!
 それでは次回もお楽しみに。感想もお待ちしています♪

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