東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 今回は少し短め。まぁ間の挟みみたいな話だから気楽にお楽しみください。


マイペースに臨戦態勢

「な、何が……何がどうなって……!」

『おいおい、そういう状況把握ってのは覚妖怪の十八番だろ? そのご自慢のサードアイでオレの心の中でも覗いちまえばいいじゃねぇか。それとも、こんな醜い男に深入りしたくはないってか? かー、哀しいねぇ』

 

 驚愕に目を見開く私に呆れたような表情を向けながら、威さん……いや、威さんだったモノは大仰に肩を竦めました。哀しい、と言っているくせに口調はあくまで単調で、とても感情を感じさせるような喋り方ではありません。あくまでわざとらしく、演劇口調で台本を読むように言葉を吐き出し続けています。

 今日は朝から調子の悪かった威さん。こいし達が気を利かせて気分転換に旧地獄の祭に出かけていたのですが……突然苦しみ始めた威さんは勾玉の根付を取り出すと、天に掲げたソレを握り潰しました。そして、それからは人が変わったような様子でいる。

 人が変わった。……おそらく、今朝から度々『視えて』いたもう一人の威さんでしょう。彼らしくない悲哀の表情。彼らしくない芝居がかった喋り方。そして、へらへらと人を小馬鹿にするような態度。そのどれもが威さんとは正反対で、まるでそっくりそのままひっくり返したかのようです。

 

「お、お兄ちゃん!? 急にどうしたのさ!」

『はろーこいしちゃん。キミのおかげで予定よりも早く《こっち》に現れることができたんだわ。やー、無意識ってのは恐ろしいねぇ。結果がどっちに転がるかなんて考えもしない。ま、その無意識によってオレは結構助かってんだけどさ。礼だけは言っておこうかな。さんきゅー♪』

「ふ、ふざけるんじゃないよアンタ! 訳分からないこと言ってないで、早く普段のアンタに戻りな! 何が起こってんのかはアタシには分からないけど、こいし様達が計画したこのお出かけを滅茶苦茶にするわけにはいかな――――」

『うるせぇんだよ、このクソ猫が』

「っ……!?」

 

 思わず息を呑んでしまう。それほどまでに怒りが濃縮された声に、私やこいしはおろか怒鳴り散らしていたお燐までもが言葉を失っていました。地獄から這い上がってきた怨霊の様な……もしかしたらそれ以上の負の感情を込めた言葉に、私達は呆然と立ち尽くすしかありません。

 眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌悪の表情を浮かべる威さんは軽く舌を打つと、私達を舐めるように見渡し、

 

『なんかもうすっげぇ哀しいわ。これは色々と壊して餓鬼みてぇにストレス発散するしかねぇよなぁ?』

 

 ぐぐ、と両脚に力を込めるように腰を落とすと、地面を蹴って空中に飛び上がりました(・・・・・・・・・・・)。変換機も使っていない。というか、ロクに霊力も備えていない一般人である威さんが飛ぶことがそもそもあり得ないのですが。彼は驚異の跳躍力で宙に浮かぶと、落下することもなく優雅に私達の頭上に漂っていました。相変わらずの、卑屈な笑顔を浮かべたまま。

 威さんが飛び上がった瞬間、周りが喧騒に包まれ始めます。彼の噂を聞いていた住民達も驚いているのでしょう。ただの人間であるはずの博麗神社の居候。大した力も持っておらず、霊夢にセクハラするくらいしか能のない変態。その程度の認識であったはずの人間が、今自分達の目の前で不敵な笑みを浮かべたまま空中遊泳している。祭の盛り上がりとは明らかに異なった困惑の雰囲気が場を包み込んでいきます。

 思い思いに騒ぎ立てる群衆。自分が注目されていることに満足したような笑みを浮かべると、威さんはあくまでもわざとらしく右手を地面に向けます。――――その手に膨大な量の『力』が集まっていることに気が付いたのは、おそらく私やこいしだけかもしれません。不可視の何か。しかし高密度の力は馬鹿みたいな勢いで膨れ上がっていきます。

 集束する力。私達の方に向けられた右手。先程の台詞――――

 気が付くと、私は周囲に向けて必死に金切り声をあげていました。

 

「み、皆さん! 早く避難して――――」

『遅ェよ、バーカ』

 

 しかし、私が全てを言い終える前に、

 ニィ、と妖しく口元を吊り上げた威さんの右手から放出された謎の力は――――

 

 ――――一瞬で、私達がいた周辺を民家ごと吹っ飛ばしました。

 

 

「き……キャァアアアアア!!」

 

 あまりの威力に地面が消し飛び、猛烈な爆風によって私は盛大に地面を転がってしまいます。全身をぶつけ、引き摺られるように停止した時には鈍い痛みが身体のあちこちに広がっていました。油断していたとはいえ、この威力。下手な低級妖怪くらいなら瞬殺できる程の力に、背中が汗ばむのを感じます。

 そういえばこいし達は無事なのか。服の土埃を払って立ち上がりながら周りを見渡します。彼女達は私よりも着弾点に近いところにいた。しかも無意識で動いているから意識的な回避行動もできない。本能が働いてくれていればいいのだが……。そんな不安に駆られながらも必死にこいし達を探します。

 すると、土煙の中から誰かがこちらに歩いてくるのが見えました。消し飛んだはずの場所から、二つ分の影が私の方に向かっています。

 

「あー、くそ。せっかく祭だってぇのに、なんだいこの大騒ぎは。人がせっかく豪快に呑んでたっていうのによぉ」

 

 一人は背の高い女性。赤い線の入った半袖の襦袢のような服を身に纏い、半分透けているのではないかというデザインの長いスカートを穿いたその女性の額には、星マークの付いた赤い角が生えています。女性としては最高とも言えるプロポーション。女性にしては些か筋肉質の両腕には、目を回して気絶しているこいしとお空が抱えられていました。

 

「まぁいいじゃないの。久しぶりの大喧嘩だ、心の底から鬱憤をぶつけてやれば万事解決だよ!」

 

 対して、彼女の傍らには対照的な幼い少女が。橙色の長髪を足元まで伸ばした彼女は手足に分銅を括りつけています。彼女が動くたびに鎖がジャラジャラと音を上げ、様々な図形をした分銅が地面に引き摺られていきます。どこかのんびりした雰囲気をの少女は、脇にお燐を抱えたまま瓢箪を傾けて何かを呑んでいます。無骨な二本の角を側頭部から生やした彼女は、隣で愚痴っている女性を宥めながらも楽しそうに口元を歪めていました。

 旧地獄の頂点と言っても過言ではない二人。もしかしたら妖怪内でも最強クラスの実力を兼ね備えた彼女達は、私の家族を抱えた状態で私の方に歩いてきていました。

 思わず、彼女達の名前を呼んでしまいます。

 

「萃香さん! 勇儀さん!」

「おっすさとり。とりあえずこのアホ共は無事だぜ?」

「ちょっと危なかったけどねー。ま、私達にかかりゃあこれくらい朝酒前だけどさ!」

 

 胸を張って豪快に笑う萃香さんは、抱えていたお燐を地面に下ろすと背後に視線をやって、

 

「んで、タケのヤツはいったいどうしたんだい?」

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 ――――よく分かりませんけど、悲哀の感情に特化したもう一人の威さんが精神を乗っ取って暴れているみたいなんです。

 

 さとりから聞きだした事情は以上の通りだ。正直説明不足にもほどがあるが、彼女も混乱しているようなので責めたてるのもお門違いというものだろう。まぁあんまり複雑な説明は私も勇儀も理解できないから、大雑把ならそれに越したことはないけどさ。

 

「それにしてもタケのヤツ、まさか人間じゃなかったとはねぇ」

「まぁ人間にしては打たれ強かったし、妙な力を持っていたから可能性はあったけどさー」

 

 髪をガシガシと掻きながらしみじみと呟く勇儀。数日前に一緒に呑んでいた(飲ませていたとも言う)相手が急に妖怪みたいな行動を取っていることに驚いているんだろう。かくいう私もびっくりしている。博麗神社で何度か会ってはいるが、その時は普通のどこにでもいるような変態だったし。や、変態がどこにでもいるってのは嫌だけど。まぁとにかく、特段妙なところは感じられなかったわけだ。

 馬鹿みたいに騒いで、霊夢にセクハラして、私達と呑みまくっていたタケが……、

 

「まさか、あんな風になっちゃうなんてねー……」

『おやおや、こいつぁまた凄い奴らが来たもんだ。山の四天王が二人して、オレなんかに何の用ですかい?』

「や、用っていうかさ。私達はタケを止めに来たわけよ。このままそうやって暴れ続けられちゃうと旧地獄が廃墟になっちゃうからさ。基本的に地底を住処にしている私や勇儀的にゃあ、そういう結末だけは結構困るわけなんだよ」

『なるほど。貴女達は自分の居場所を守りたいっつうことっすね? いやー、こいつぁ素晴らしい。泣く子も黙る酒呑童子様が、まさか守るための戦いを志すとは。オレぁもう悲しみと嗚咽が止まりませんよ。しくしく』

「……なぁ萃香。あの馬鹿ぶん殴ってもいいか?」

「ちょっと待ちなよ勇儀。うざいのは分かるけど、もう少しタケと話をさせて」

 

 あまりにも仰々しく喋るタケに勇儀は額に青筋を浮かべて眉をピクピク痙攣させていた。ただでさえ沸点が人より七十度くらい低い爆発魔鬼星熊童子である。四天王の中でも一番怒りやすくていつも私や華扇を困らせていたこいつが、今の心底うざったらしいタケにキレないわけがなかった。いつものタケは愚直で馬鹿みたいに真っすぐだから好かれているみたいだけど、さすがにこのわざとらしさはねー。私も初対面なら即殺していたかもしれない。

 宙に浮いたまま大仰に頷くタケに再び視線を戻すと、話を再開。

 

「ねぇタケ。とりあえずアンタの正体を聞かせてくれないかい? 色々やるにしても、まずはそこからだ」

『オレなんかの正体聞いたって得られるもんは何もないと思うけどねぇ。こんな矮小で卑屈で物悲しい存在を知ったところで、記憶の要領が無駄になるだけっすよ?』

「だとしても、だよ。私だって何も知らない状態で知り合いを殴るのは気が引けるんだ。せめて事情を知った上で戦いたいのさ。鬼としての義理だ、これくらいは許容しちゃあくれないかい?」

『ふむふむ。まぁ確かに一理ありますねぇ。ここいらで盛大に名乗りを上げておくのも、哀しさにスパイスをぶち込むみたいでなんともまぁ絶望的でさぁ。うん、その頼みを聞いてしんぜやしょう!』

「な、殴りたい……あのクソみたいな芝居口調を黙らせたいよあたしゃぁ……!」

「いいから落ち着きなって」

 

 未だに拳を握ってぷるぷる肩を震わせているマジギレ寸前の怪力乱神に声をかけつつも、タケの言葉を待つ。タケはしばらくうんうんと考え込んでいたが、やがてとびっきりの下卑た笑みを浮かべると大袈裟に両手を開いて高らかに叫んだ。

 

『それじゃあお聞かせしましょう! オレの正体及び生誕の経緯、そして十年前の悲劇も合わせた大悲哀譚を!』

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに。感想もお待ちしています!

※大学受験に伴って
受験が終わるまで更新を停止します。
読者の皆様にはご迷惑と心配をおかけすることになりますが、終了次第最新話をお届けしたいと思っておりますのでご容赦下さい。
それでは、良いお年を。

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