東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 話自体は進みませんが、おなじみ説明回ということで一つ。


マイペースに説明会

『まぁ、過去話と言っても大したことはないんですがね……どこから聞きたいっすか?』

「誕生秘話は簡潔に。重要なのは幻想郷に関係するところだからさ」

『ありゃりゃ、ダイジェスト版だと少々筆が乗らねぇかもしれませんが、まぁいいでしょう。荒筋的に寂しくいきやしょうか』

 

 さてさて、とどこから取り出したのか、小槌を片手に咳払い。今から自分の過去を語るとは思えない軽快さに隣で勇儀が困惑の表情を浮かべている。かくいう私もちょっと気を削がれそうなんだけども……まぁ、鬼にも時にゃ我慢が必要だろう。

 小槌を軽く振り上げ、叩く。

 

 ポンポン、ポンポン

 

『昔々のそのまた昔。具体的に言うと江戸時代後期頃でしたかねぇ。どこにでもあるような田舎の農村にオレこと【ユバシリタケル】は生を受けたんでさぁ』

「江戸時代って……それにしちゃあちょっとばかし精神年齢が低いように感じるんだけど」

『外見年齢に不相応な精神年齢は違和感を与えるだけじゃないっすか。どこにでも溶け込めるように自然な対応。これ大事』

 

 とても自然に対応していたとは思えないけど、とかいうツッコミは伏せておく。

 

 ポンポン、ポンポン

 

『両親は貧しい中でも一生懸命にオレを育ててくれやした。働き手が欲しかったのか、それとも純粋な愛情からだったのかは不明ですが、まぁ、辛い中でできうる限りの愛情は注いでもらいました。いやはや、今思い出しても涙が出ちゃう。だってオトコノコだもん!』

「ぶん殴るぞこの三文芝居野郎」

『いやん。ご遠慮為すって星熊さまぁ』

 

 ポンポン、ポンポン

 

『ま、そんなわけで、オレは両親に深い愛情を向けていた訳ですが……オレが五歳になったくらいでしたかね、悲劇が起こりました』

「悲劇?」

『えぇ、ヒントは口減らし……って、あらら、言っちゃいましたね』

 

 わざとらしく舌を出して誤魔化すタケ。勇儀がまた額に青筋浮かべているけれども、それは放っておいて私は頭を働かせる。

 江戸時代。都市の方でもちょくちょく飢饉や噴火で餓死者が出ていたような時代だ。タケが生まれたと言っている田舎の農村ではそれがより顕著だっただろう。不作で米が取れないにも関わらず年貢は徴収されるもんだから、飢えはさらに酷くなる。私も実際に光景を目撃したが……あれは本当に酷かった。地獄絵図をリアルに見た気がしたね。

 そんな中で、タケが言った『口減らし』。食料が不足しすぎた結果、少しでも消費を減らすために子供を殺すってやつだったか。本当に追い詰められた人間は肉親でも手にかけてしまうようで、あれは彼らの残酷さを一番に表していたように思う。や、事情はあるんだろうけど。

 

『天明の大飢饉……って言ってもお分かりかどうか知りませんけど、まぁ、ちょっと度の過ぎた飢饉のせいで食べ物が手に入らなかった結果、口減らしでオレは殺されました。あれだけ大好きだった両親から、直接殺されたんですよ。苦しいとか痛いとか思う前に、絶望が大きかったですね。「あぁ、愛情なんてものは、些細なことで憎悪にひっくり返るのか」って』

「……なるほど。その思いから愛憎の妖怪になったってところかい?」

『ご明察。同じような境遇の奴らを大量に取り込んで、オレは新たに【愛と哀を操る妖怪】として爆誕したんっす。愛を集め、哀を晴らす。オレ達の苦しみを味わえーってことですね』

 

 へらへらと笑いながら語るタケだが、当時に関して多少ながら思うところがあるらしい。わずかばかりの悲哀に顔を歪めていた。それほどまでに、辛かったのだろう。愛していると思っていた相手から殺されたなんて、普通に考えて発狂ものだ。しかもタケは五歳なんていう幼い頃に口減らしされている。理性なんて無いに等しいから、感情をそのまま妖怪化してしまったということか。

 気がつくと、地霊殿メンバーも何やら神妙な面持ちでタケの話に耳を傾けている。さとりは読心で話を最後まで読み取ったのか、他とは違って顔を青褪めさせていた。……いやいや、まさかそんなシリアス話が私達を待ち受けているのかい? いやだなぁ。

 ポン、と再び小槌を打つ。

 

『生誕事情はそんなもん。んでもって、ここからは幻想郷事情です』

「そういや、どうやって幻想郷に来たんだい? 紫の反応を見る限りだと、妖怪として堂々入ってきたようには思えないけど」

『えぇとですね。ぶっちゃけて言うと、外から幻想郷に迷い込みそうだった一般人に背後霊的な感じで着いて行きました。平成元年くらいだったかなぁ。さすがに存在が危ぶまれたんで、どうせなら幻想郷で暴れてやろうかと』

 

 何やら軽い調子で言っているけども、こちらとしては迷惑この上ない話だ。確かに物騒な妖怪が大量に巣食う幻想郷だけれども、わざわざぶち壊すために入ってくることもないだろうに。や、喧嘩と大騒ぎが大好きな鬼である私が言うのも可笑しな話なんだけどさ。勝手に外で暴れてくれと思わないでもない。

 ここまでで話し疲れたのか、タケは軽く伸びをすると三度小槌を軽い調子で叩き、

 

『それでは、ここからが本筋ですね』

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

「ユバシリタケルが幻想郷で存在を確認されたのは、二十年前。幻想郷の端にある人里が、一夜にして壊滅状態にまで陥った事件がきっかけです」

 

 映姫が改まった様子で口を開く。すべての事情を知っているであろう幽々子が柔和な笑みを浮かべて茶を啜っているのが無性に気に障るが、場の空気を壊すわけにもいかないので黙っておく。紫や魔理沙も真面目に話を聞いている中で、博麗の巫女である私が取り乱すわけにもいかない。

 

「予兆がまったく感じられなかった奇妙な事件。諍いの種があったわけでもない、そんな普通の里が突然破壊された。……唯一心当たりがあるとすれば、そこには外来人が住んでいたということですね」

「外来人? 私の記憶だと、威以外に幻想郷に残った奴なんて配達屋くらいしか知らないけど」

 

 少なくとも、博麗神社を通って幻想入りした外来人は全員送り返したはずだ。

 

「霊夢の代ではその通りですが、昔はもっとアバウトだったのですよ。貴女の先代……博麗鏡華は、幻想郷に迷い込んで来た外来人達をあちこちの里に住まわせていました。勿論、双方同意の上でですが」

「あぁ、だから人里にもちょっと変わった服装や趣味をした奴がいるのか」

「はい。おそらく、二十年前程に幻想入りした方々でしょう」

 

 魔理沙の問いかけに映姫が頷く。

 

「話を戻しましょう。その里には先程説明した外来人が住んでいました。幻想郷に迷い込んだ彼は、その里の娘と仲良くなりそのまま結婚。博麗神社で式を挙げたので、覚えている人も多いのではありませんか?」

「あー……なんかいましたわね、そんな人。ちょっと気が弱そうだけど、芯の強そうな普通の人間っぽかったわ」

「鏡華も彼についての記憶は操作していませんから、紫が覚えているのも道理です。……彼はその里で平穏に暮らしました。里の為に一所懸命働き、ついには子供まで授かったのです」

「良い話じゃないですか。それが雪走さんとどう繋がるか、まるで見当が……」

「まぁそう急かさないの、妖夢。ここからが本題なんだから」

 

 首を傾げる妖夢を幽々子が優しく諫めるが、私としても気持ちは同じだった。その外来人が里に住んでいたことと威が関係するとは、とても思えない。

 場が再び静寂を取り戻したのを確かめると、映姫はやや目を細め、物々しい雰囲気を纏いながら口を開いた。

 

「幸せに生活していた彼……、しかし、彼の子供が丁度五歳の誕生日を迎えたときでした」

 

 映姫はそこで一度言葉を切ると、

 

「何の前触れもなく、謎の爆発が里を襲ったのです」

「……妖怪か何かに襲撃されたんですか?」

 

 早苗が恐る恐るといった様子で質問する。確かに、幻想郷的に考えるならばその意見が最も常識的だろう。外の世界と違って魑魅魍魎が堂々と跋扈している幻想郷では、怪現象はすべて妖怪の仕業とされているのだから。里が一夜で崩壊したのも、妖怪に襲撃されたというのなら納得できる。

 しかし、私達の予想を裏切って映姫は首を横に振った。

 

「子供が生まれてからその里には鏡華が結界を張っていましたから、妖怪が侵入することはできないはずなんです。それこそ、住人と一体化するとか、そこまでしないと不可能。ですから不思議だったのです。妖怪の仕業ではなかったとして、どうやって里を破壊したのか」

「私は映姫ちゃんから話を聞いただけなんだけど、本当に酷かったらしいわよ~? 家屋は軒並み倒壊していて~、住民もほとんど死んじゃってみたいね~」

「……普通の事故、にしては被害が大きすぎるわね」

「火事や地震が起こったのなら納得は行きますけれど、その時期に自然災害が幻想郷を襲った記憶も資料もありませんわ」

「その通り。災害に見舞われたわけでもない人里が謎の最期を遂げた。原因は不明。浄玻璃の鏡を使っても、魂が引き裂かれすぎていてまともに映りもしない。あまりにも手がかりが少なかったので、そのまま放っておくしかなかったんです」

 

 当時を思い出してか悔しそうに下唇を噛む映姫。幻想郷の魂を裁く閻魔だからこそ、死者の死因を明らかにして弔ってやれなかったことが無念なのだろう。無駄に頑固で生真面目な映姫のことだ、相当悩んだに違いない。

 場の空気を読んだ藍が全員分の茶を注ぎ直したところで、再開する。

 

「謎の減少によって里は壊滅。生存者はゼロ……と思っていたのですが、なんと一人だけ生き残りがいたのです」

「へぇ、魂ズタズタにされたような奴がいる中、よくもまぁ生き残ったな」

「もしかして……それがさっき言ってた外来人ですか?」

「いいえ。……生き残っていたのは、その外来人の息子です」

「妙ね……。大人達でさえ耐えられなかった中、五歳の子供が生き残るっていうのはあまりにも不自然すぎるわ」

 

 何事にも偶然や奇跡というのはあるのだろうが、その子供以外全員死んでいるというのがどうにも気にかかる。出来過ぎている、といってもいいだろう。

 私の意見に賛同できる部分があったのか、軽く頷く映姫。

 

「今考えると怪しいですね。しかし、当時は私も頭に血が上っていまして、目先の出来事に囚われていたんです」

「紫がその子を引き取るって言ったのも対応が遅れた原因だったりするのよね~」

「……その辺りは記憶に残っていませんわ」

 

 扇子で顔を隠しながらそっぽを向く紫を見る限り、本当に覚えていないのだろう。胡散臭い奴だけど、余計な嘘をつく奴でもないし。……よね?

 最初に聞いた話から想像するに、その子供が八雲家に引き取られた頃からの記憶は先代巫女……お母さんが封印したのだろう。歴代で最も封印術に優れていたと言われるお母さんならば、少し気合を入れれば可能だろうし。基本的に体術ばっかりだから忘れられがちだけど……あぁ見えて素晴らしい術者だったのだ。

 当時を覚えてない紫に代わって、配達屋の母親が言葉を引き継ぐ。

 

「丁度二十年前でしたねっ。調査から帰宅した紫様がショタを連れて帰ってきたのはっ」

「誤解を招く言い方は止めなさい」

「あ……じゃあもしかして、その子供っていうのが……」

「はいっ。ユバシリタケル君ですっ」

 

 年甲斐もなく「にぱっ☆」と効果音を口に出しながら朗らかに笑う白夜。あまりにもあっけらかんと言ってくるものだから衝撃が緩和されてしまう。まだ話はまったく進んでいないというのに、こんな調子で大丈夫なの?

 なんかこんがらがってきたから、一度情報を整理しよう。

 昔幻想入りしてきた外来人。彼が里の娘と結婚して、生まれた子供が里崩壊の中一人だけ生き残った。そんでもって、その子を紫が引き取った、と……。

 

「……紫、アンタ少しは考えて行動起こしなさいよ」

「記憶がないって言ってる相手捕まえて好き勝手言ってくれますわね、霊夢」

 

 私の言葉に紫はヒクヒクと口元を痙攣させていた。まぁ、反論してこない辺りいつもに比べると素直だ。状況が状況だから怒るのを我慢しているのかもしれないけど。 

 ぐるぐると唸りながら私を睨みつける紫を見兼ねてか、映姫は嘆息と共に口を開いた。

 

「あまり紫を責めないでやってください。紫が彼を引き取ろうと思ったのは、ひとえに彼の能力によるものなのですから」

「雪走くんの能力? 【愛を力に変える程度の能力】じゃありませんでしたっけ?」

「それはあくまで副産物にしかすぎません。彼は【愛憎の妖怪】。自分に都合がいいように他者の感情をコントロールすることができるんです。紫があんな事を言い出したのも、ユバシリタケルの能力によるものとみていいでしょう」

「【愛され、憎まれる程度の能力】ってところかしら~。霊夢も心当たりがあるんじゃない?」

「……そういえば、普通じゃ考えられないくらい短期間で威のことが好きになっていたような気がするわね」

「まぁ彼の能力は深層心理を後押しする程度のものですので、元々貴女は彼に好意的な感情を向けていたという事実は変わりません。照れ隠しに能力のせいにはできませんから悪しからず」

「だ、誰もそんなこと言ってないでしょう!? 勝手な想像すんなっつーの!」

「…………チッ」

「オイコラ舌打ち聞こえてるわよ三流風祝」

「なんのことでしょうか」

 

 輝かしい笑顔を向けてくる早苗だが、その表情の裏に禍々しい嫉妬の念が隠れているのを私は見逃さない。この馬鹿はホント気を抜いたらすぐに抜け駆けしようとするんだから……。

 今更だが、新情報が立て続けに出てきたことで頭がパンクしそうだ。滅茶苦茶唐突にトンデモ展開発生してるし……なんか、これ以上は何を言われても驚かない気がする。

 そんな軽い気持ちで耳を傾けながら茶を啜る私だったのだが。

 

「――――それで、十年前に雪走君と鏡華が戦うことになったのよね~」

「ぶっ!?」

 

 何の前触れも予兆もなくぶち込まれた衝撃的な事実に、私は隣に座っていた早苗に向かって思いっきり茶を吹き出してしまうのだった。

 

 




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