東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 シリアスばっかし続いてるんで、箸休めに番外編を挟みます。まぁ、ギャグではないですが。
 総集編? 振り返り? まぁとにかく、霊夢のデレをお楽しみください。


【番外編】色は匂へど、少女は願う

 今日は朝から突然の雨。昨日は龍神様の石像を見に行く機会がなかったから、何の対策もしていなかった。そろそろ食料が底を尽いてきたから買い出しに行こうと思っていたのに……まぁ、また晴れたら威でもパシッて買いに行かせればいいか。今日すぐにでも餓死するわけでもないし。

 雨の湿度で結構早めに目が覚めてしまった私は、隣で涎垂らして爆睡かましている居候の間抜けな表情に笑みを零すと、起こさないように気をつけながらこっそり寝室を後にした。途中台所で酒とつまみの準備をすると、縁側へ向かう。夏とはいっても雨が降っているために少々肌寒いが、軽く上着でも引っかければ大丈夫だろう。

 ちょっとばかしひんやりした縁側に腰掛け、熱燗を一口呷る。適度な刺激が喉元を通り過ぎる感覚に身を震わせると、私は軽く溜息をついた。たまには、雨見酒なんていうのも乙なものね。

 ふと中庭に視線をやると、土砂降りでもなく小雨でもない、まさに「雨」と表現できそうな強さでしとしとと地面を濡らしている。緑の葉っぱが生い茂った桜の木も、雨の重さで枝をだらしなく垂れ下げていた。湿気のせいか珍しく蝉やカブト虫も姿を隠していて、久方ぶりの静けさに慣れない自分がいた。おかしい。元々は一人で静かに呑む方が好きだったはずなのに。

 再びぐい、と一口。

 

「……威の馬鹿も、起こして来ればよかったかな」

 

 今更ながらに後悔。別段酒に強いわけでもない(むしろ弱い方)威と一緒に呑んでも限界は見えているが、それでも退屈しのぎにはなっただろう。いや、酒呑みながらアイツのセクハラに延々と耐え続けるのも癪だが……まぁ、イヤな気分はしないからいいのか。ちょっとスペルカードでお仕置きすれば万事解決だし。

 変わり映えのしない風景をぼんやりと眺めながら、なんとなく流れ的に思考が威の方へとシフトした。

 

「そういえばアイツ妖夢と幽々子に修行してもらったって嘯いていたけど、結局のところどんだけ強くなったのかしら。弾幕ごっこで咲夜辺りと張り合ってくれないと、妖怪退治の補助を任せられないんだけど」

 

 そもそもが外来人で一般人である威にそれほどまでの戦闘力を期待する方が無理というものなのだが、一応博麗神社に居候している以上妖怪退治の仕事は手伝ってもらわねばなるまい。そうしてくれないといつまでもアイツは他称「ヒモ男」のままなのだし。そうすりゃ私も楽できるし。……どっちかというと、こっちが本音ね。楽して悪いかこらー。

 ……そういえば、

 

「白玉楼から戻ってきてからしばらくの私、本当に病んでたわねぇ……」

 

 嫌なことを思い出してしまった。一時的な恋の病と思いたいが、それにしても随分と乱れていた当時の自分を思い返す。

 魔理沙や配達屋といろいろ話してようやく威への本当の気持ちに気が付いた私は、何を勘違いしたのかスキンシップと甘言を片っ端から詰め込んだような甘ったるい人格で威に接していたのだ。思いつくデレは片っ端から実行していたと思う。抱擁に接吻、色仕掛けに「一緒にお風呂入ろう作戦」。今思うと阿呆以外のなんでもないのだが、当時は必至すぎて自分を顧みる余裕もなかったのだから仕方ない。しかし、それはもう自分でもドン引きする程の気色悪さであったということだけは述べておこう。。普段からセクハラと告白三昧な威をして戦慄させたくらいである。その程は、推して知るべし。私の普段が普段なだけに、高低差が激しかったからというのも気色悪さの一つだったろうが。それにしても、よくもまぁ当時の私はあんな鳥肌が立つようなことを平気で口走っていたものだ。威のこと言えないなぁ、と苦笑交じりに再び一口。

 その後魔理沙や早苗、咲夜と女子会的なもんやって、色々あって……、

 

「……あぁ、そっか。私が風邪ひいたんだったっけか」

 

 最近では最も印象的な出来事。粗食節制(故意ではない)をモットーにしていて万年健康優良児の私が珍しく病魔に敗北し、鼻水と共に苦汁をなめたあの日。威に苦笑交じりに世話をされ、魔理沙にからわかれたなんとも情けない日。……そして、私が威に対しての想いを再確認した日。

 久しぶりの高熱で意識が朦朧。食欲もなくマトモに動けなくなった私を、威は嫌な顔一つせずに献身的に看病してくれた。ご飯作って、身体拭って……弱いくせに永遠亭まで一人で風邪薬を貰いに飛んで行って。普段おちゃらけてへらへらしている万年三枚目居候を気取っているくせに、あの時だけは誰よりも頼りになった。誰よりも優しく、そして……誰よりも、格好良かった。

 吊り橋効果かな、とかは思わないでもない。あの時風邪をひかなければこういう素直で落ち着いたまま好意を認めることなんてできなかっただろうし。もしかしたら、今の今まで痴女みたいな愛情表現を繰り返していたのかもしれない。そういう面で見ても、あの時の出来事は私にとって重要なものであったのだろう。

 あの時、私は弱々しく威の手を握りながら、か細い声で彼にこう言ったのだ。

 

 「傍にいて。独りにしないで」と。

 

 今更になって考え直すと、なんとも情けない台詞だなぁとか思ってしまう。妖怪退治のエキスパート、幻想郷の素敵な巫女である天下の博麗霊夢が居候相手に寂しさを訴えかけているなんて。情けないと同時に滑稽だ。紫や魔理沙辺りが聞いたら半年はからかわれ続けるに決まっている。娯楽の少ない幻想郷。人の噂、それも滑稽であるならば、二日もあれば幻想郷中に広まる。危うく楽園の笑い者になるところだった、とちょっと前に安堵の溜息をついた私を誰が責められようか。まぁ、責めた奴は片っ端から退治するけどさ。

 未だに振り続ける夏雨を肴に、熱燗をグビリ。

 

「…………」

 

 無言。雨が地面を跳ねる音に耳を傾けつつ、私はしばらく物思いに耽る。

 アイツが幻想郷に来てから、いろんなことがあった。

 出会った時からマイペースで、人の話なんて一ミリも聞こうとしない。思った事はすぐに口から流れ落ちるため、思考はダダ漏れだ。そのうえ、表情も分かりやすい。嘘をつくなんて里の子供達よりも苦手で、いつも思いつきで行動するような渾身の馬鹿。今どき幻想郷でも珍しいくらいに感情の変化が著しい人間に、萃香や華扇を初めとした妖怪集団でさえも驚嘆していた。あの幽香をもってして「変わっている」と言わしめるほどである。一周どころか五周くらいしても馬鹿だ。

 威の歓迎会を開いた直後に白玉楼に修行に行ったときは、さすがに驚いた。冥界は亡霊と幽霊の住処。陰の気が溜まった場所なので、人間には毒なのだが……あの馬鹿はまったく物ともせずに、まるで避暑地に遊びに行ったかのようにのんべんだらりと修行ライフを過ごしていたらしい。基本引き篭もりで酷い時はパチュリー並みに動かない私が言っていいことではないかもしれないが、少しは場所に適した態度と行動を取りなさいよと小言を漏らしそうになる。や、その話を聞いてから実際に言ったんだけども。

 幻想郷なんていう摩訶不思議な楽園の仲介役をやっている私が、まさか外の世界からやってきた平々凡々な男との出逢いに心を突き動かされるなんて、思いもしなかった。いやまぁ、アイツを一般人に分類するのは至極大層甚だ遺憾なのだけれども。弾幕もマトモに撃てなかったことを考えると、おかしくないのかもしれないが。

 弾幕ごっこはチルノより弱くて、馬鹿で、ヘタレで、助平なマイペース馬鹿。

 

「……あんな奴の、どこに惚れたんだか」

 

 自嘲気味に呟く。苦笑を交えて言葉を漏らす一方で、その答えを私は既に持ち合わせていた。

 優しいとか、一途とか、素直とか、そんな局所的な一面に惚れたわけではない。四日なんていう超絶短期間で心を奪われた情けない私が言えることではないけれども、単発的な彼の魅力にのぼせているわけではない。

 

 威、だから。

 

 雪走威だから、私は好きになったのだ。

 

 理由なんてそんなもんだ。答えなんてその程度だ。どこぞの配達屋に懸想している紅魔館勢や妖怪の山メンバーに聞けばもっと深くて詳細な意見が返ってくるのかもしれないが、私の答えはこれが一番。常識に囚われないどこぞの風祝ではないが、「空を飛ぶ程度の能力」を有する私は何事にも縛られない。良く言えば自由、悪く言えばテキトーだ。そんな私には、こんな感じのテキトーな答えの方が相応しい。考えるのは、性に合わないし。

 気がつくと、徳利の中は空になっていた。萃香の阿呆がこっそり呑んだのかと思ったが、アイツはそんなみみっちいことはしないので気のせいだろう。酒が出続ける瓢箪を持っているんだから、こんな安酒を盗むとも思えない。

 やれやれ。面倒だが、入れ直して来るか。

 よっこいせ、と老人臭い掛け声で立ち上がると、徳利を持って台所へ向かう。

 と。

 

「よ、霊夢。酒の御代わりか?」

 

 歩き出してすぐに、前方から見覚えのある男が歩いてきた。相変わらずのへらへらした緊張感のない顔をした彼は、お盆に二本の徳利を乗せてこちらへと歩いてくる。

 飲み始めてからまだ一時間ほどしか経っていないはずだが、朝に弱い彼が私の補助なしでどうやって起床したのだろうか。

 その答えは、首を捻るほどのものでもなく、

 

「お前が起きた時に一応気が付いたんだけどな。朝は身体が重いから、まったく動けなくて」

 

 あっはっは、と何がおかしいのか大口開けて笑い声をあげる威。相変わらず唐突な彼の挙動に、思わず苦笑を漏らしてしまう。馬鹿ねぇ、と嘆息することも忘れない。

 威はひとしきり笑い終わると、盆を白木板の上に置いてから縁側に腰を下ろした。

 

「そろそろ二本目が欲しい頃かと思ってさ。作っておいて正解だったみたいだな」

「あら、気が利くじゃない。いつもそれくらい尽くしてくれたら私も楽なのに」

「善処するよ。せっかくだから、一緒に呑もうぜ」

 

 有無も言わさず隣に座っているくせに。

 雨空を見上げながらちびちびと酒を呑む居候に肩を竦めると、彼の隣に腰を下ろす。

 そういえば、彼とサシで呑むのは珍しい。一、二回あったかどうかくらいだったか。酒に強くない威はすぐに酔い潰れてしまうので、お互いにどこか遠慮してしまっていたのだ。威もそんなに率先して呑む方じゃないから、気にしてはいないらしいが。

 庭の方を見る振りをしつつ、ちらと隣に視線を向ける。

 中性的だが平凡な顔で、背も高くはない。かろうじて男性にしては珍しいクセのない髪が印象的だが、外見的にはその程度だ。どこにでもいそうな凡人。「愛を力に変える程度の能力」がなければ、人里でも紛れてしまいそうな普通の少年。

 こんなヤツに惚れてしまっているのか。改めて考えると自ずと溜息が漏れた。世の中何が起こるか分からないわねぇ。

 二人して無言のまま、雨を見ながら酒を呷る。彼が入れてくれた酒は火加減を間違えたのか少々温かったが、気にする程のものでもない。

 静寂の中、一人で呑むのが好きだったはずなのに。どうして、二人で呑んでいるこの時を幸せに感じるのだろうか。

 

 ……そんなの、決まっている。

 

 言葉も発さず、不意に彼の肩に頭を乗せる。寄り添うような体勢で半身に触れると、彼の温もりを感じた。

 

「霊夢?」

「……酔っぱらいのやることよ。気にしないで」

「まぁ、俺としては嬉しいからいいけどさ」

 

 嫌がりもせず、それどころか上機嫌に喉を鳴らして雨を眺める威。感情を決して隠さない彼は普段から好意をすぐに口に出すが、直球な言葉に生来耐性を持ち合わせていない私は内心火照っていた。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。妹紅だったら、たぶん焼き鳥になっている。

 

 ――――ずっと、彼とこんな風に過ごせますように。

 

 口には出さないが、雨空に願う。正体も分からない博麗神社のご神体辺りが叶えてくれると、結構嬉しい。

 とある夏の朝方。日頃の猛暑を静かに鎮めていく雨を見ながら、二人で酒を呑み続ける。

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに。

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