「ちょっ……何よその話! お母さんと威が戦ったとか、私聞いたことないんだけど!」
「霊夢さん。それよりも先に私に何か謝ることがあるんじゃないですかねぇ……?」
「うっさいこの永遠の二番手カラー! 今は黙ってなさい!」
「普通に酷い!」
鈴仙に慰められている守矢の風祝は放っておくことにする。
映姫は話し疲れたのか喉を潤すように茶を啜ると、
「雪走威は外来人の息子として肉体を得、生を受けた。元々が怨霊みたいなものですから、魂を乗っ取ることくらい造作もなかったのでしょう」
「いや、だからお母さんと威が戦ったのって……」
「少しは待つことを覚えなさい、霊夢。話の段階を踏んでいるんですから」
早く本題に入ってほしい私は映姫をなんとか急かそうとするが、彼女はいたって落ち着いた調子で私を諫めるばかりだ。悔悟棒を突きつけて今にも私の頭を叩こうとしている。このまま食い下がって説教にもつれ込むのは御免被りたい。
これ以上の反抗は不利と悟った私は大人しく口を噤む。
「孤児となった彼は紫に引き取られ、育てられました。八雲家の一員として幻想郷内でもそれなりの知名度を誇っていましたよ。博麗の巫女……まだ幼かった貴女と仲良く遊んでいたという事実も手伝っていたんじゃないかと思います」
「私と、威が……?」
「はい。記憶にはないかもしれませんが、貴女と彼は仲睦まじくいつも一緒に遊んでいましたよ。貴女が五歳になる頃には既に博麗神社の庭で共に追いかけっこをするくらいでした。ユバシリタケルは人間とは異なるせいか肉体の成長が遅く、引き取られて十年たっても七歳ほどの身体でしたしね」
「…………」
映姫の言葉を頭の中で反芻しながら、私は以前見た夢のことを思い出していた。
幼い私と誰かが一緒に遊んでいる夢。見た感じ仲が良さそうに私と遊んでいたあの少年の顔を確かめることはできなかったが、今の話を鑑みるとあれはもしかして幼い頃の威だったのではないだろうか。無駄に単純でまっすぐで、マイペースなアイツ……。
魔理沙も私と同じことを思ったのか、ちらと目配せをすると私が頷くのを確認してから話を切り出した。
「そういえば、霊夢がちょっと前から変な夢を見始めたって言ってたんだよ」
「変な夢?」
「あぁ。今は昔のことなんて全然覚えてないはずなのに、夢の中では母親の事とか小さい時の事とかを思い出すらしいんだ。その中では雪走らしいガキも出てきたらしい」
「封印したはずの記憶が夢で蘇る……まぁ、有り得ない話ではありませんわね」
「後これは私が気づいたことなんだが、霊夢が持っている勾玉のペンダントがあるだろ? 夢を見るときには、コイツが光るんだよ」
「光る、ですか?」
「そうそう。こう、ピカピカーッて感じでさ」
「へぇ……霊夢、ちょっと見せてくれない?」
「ん」
魔理沙の話を聞いた幽々子に促されるままにペンダントを渡す。陰陽玉を二つに割ったような形をしているソレは一見すると普通の勾玉なんだけど……まじまじと見つめる幽々子の顔を見る限り、なにかしらの不思議があると判断するべきなんだろう。まぁ夢見ている最中に光る勾玉が普通なわけないんだけどさ。
幽々子が勾玉を観察する中、ここで妖夢と鈴仙がふとこんなことを漏らした。
「霊夢っちの勾玉は赤で、タケっちの勾玉は白なんだね」
「そうですね。私も以前雪走さんに見せてもらいましたけど、霊夢のものと同じくらい年季が入った一品でした。本人は誰からもらったか分からないって言ってましたが……」
「――――って、さらっと言ってるけどアンタ達結構重要な事言ってる自覚ある!?」
「や、霊夢っちが気づいてないだけで結構皆気づいてるから。姫様でさえ知ってたから」
「え。そ、そうなんだ……」
苦笑交じりに突きつけられた事実に私としては落ち込むばかりだ。皆が気づいているのに私だけ威の所有物を知らなかったとか、恥ずかしいにも程がある。
「……それで、何か分かったの、幽々子?」
「えぇ、もちろん。込められた霊力とか術式とかを逆算してみたら、結構大事なことが分かったわ」
満足そうな笑みを浮かべる幽々子は勾玉を手に乗せたまま、さらにいっそう目尻を下げる。
「これは容れ物よ。鏡華が死ぬ前に
「ある物? 私の子供の頃の記憶じゃないの?」
「ある意味ではその通り。でも、正確にはそうじゃない。これは貴女の記憶でもあり、別の人の記憶でもある。詳細に言えば、ある人の存在を証明するための記憶かしらね」
「存在を証明するための、記憶……」
思わず彼女の言葉を繰り返す。なんとなくではあるが、勾玉に秘められているものの正体が掴めたような気がしたのだ。プラスとマイナスの二面性をもつ彼だからこそ、その存在を証明するためにお母さんが封印したであろう記憶。
映姫は幽々子の言葉を待つことはせず、淡泊に話を続ける。
「彼は様々な人から多くの愛情を注がれました。元来の【愛される程度の能力】によって愛情を集め、意識の奥底で機会を窺っていたのでしょう。本来の彼である【憎悪】を吐き出すためには力となる【愛情】が必要でした。表と裏……他人の感情を操作して、彼は世界への復讐を狙っていたのです」
「裏の雪走君が現れるまでは、基本的には今の彼と同じ人間だったわ~。無邪気で素直でマイペース。嘘なんてつけない真っ直ぐな性格の子。きっと表の雪走君は裏の自分を自覚していなかったのね。他人から愛情を注がれやすいプラスの性格だけを詰め込んだ雪走君はあくまでも栄養を吸収するための存在にすぎないから」
「愛情の許容量を超えたユバシリタケルは、十年前のある日に突然豹変しました。嘘つきで、卑怯で、罵詈雑言の数々を飛ばし続ける裏の性格が現れたんです。表の彼とは違って妖力の具現化が巧みで、身体能力も妖怪のソレ。力で言えば上位妖怪クラスのものを持っていたでしょう。ちょっとした実力者でも瞬殺されてしまうほどの強さ。彼はその力で、幻想郷を破壊しようとしたのです」
「そしてユバシリタケルを止めるために名乗りを上げたのが――――」一拍間を置き、映姫は満を持して彼女の名を言い放つ。
「先代博麗の巫女、博麗鏡華。……霊夢、貴女の母親です」
☆
『――――とまぁ、最終的に本性を現したオレは博麗の巫女と戦い、結果としては封印されちまった訳なんですよ。「自分は外の人間だ」っていう偽物の記憶を植え付けられた状態で、オレは外界の博麗神社に封じ込められていたんっす。まぁ、死に際にやぶれかぶれで行った封印術なんで、十年そこらが限界だったみたいですけど』
『オレの身の上話はそんなところっすね』小槌を空中に粒子化して霧散させつつも、私達に下品な笑顔を向けるタケ。舐めるような視線に正直悪寒と気持ち悪さが止まらないが、彼の過去を聞いた直後であるせいか戸惑いの方が大部分を占めている。超展開どころの騒ぎではない。どれくらい凄まじいかというと、無意識下で行動しているはずのこいしが目を見開くレベルでヤバい。
頭の後ろで手を組んでのんびり欠伸をするタケに、隣で黙って話を聞いていた勇儀がようやく言葉をぶつけた。
「随分長々と御大層な身の上話を聞かせてくれたが……結局のところ、現在のアンタの目的は何だい?」
『目的ねぇ……「酒と女で酒池肉林!」とか言ったらどうします?』
「そっちの方がまだ平和で良いさ。まぁ、その女の中にあたしらは入ってないと思いな」
『あら残念。星熊童子さんはスタイルも良くてオレの好みなんですけど……あ、酒呑童子さんはパスで』
「な、なんだよどういう意味だいタケー!」
『だってペチャだし』
「ぶっ飛ばす!」
怒りに任せて足元の小石を投げつけるが、軽く手を払って粉砕される。わ、割と本気で投げたんだけど……そこら辺はやっぱり妖怪ってことかね。
『まぁそろそろ茶番も飽きましたし……』コキコキと肩を鳴らしながら、タケは私達を見下ろす体勢で口の端を妖しく歪めると右手を突き出し――――
『やっぱり、憎しみの果てに皆殺しエンドで!』
――――瞬間、私の右で呆けたように突っ立っていたお燐の腹部が爆ぜた。
「にゃぐっ……!?」
自分でも何が起こったのかわかっていないのだろう。お燐はきょとんとした表情のまま、無意識に呻き声だけを漏らして爆発の勢いで後方にぶっ倒れた。倒れる際に後頭部を地面に強く打ちつけたようだが、それ以上に激しい腹部の痛みでガクガクと白目を剥いて痙攣を繰り返している。
「お燐!」
『ありゃー? 当初の予定では脳味噌をぶちまける予定だったのにぃ……鈍ったか?』
「こんの……ふざけてんじゃないよこのクソ野郎がッ!」
「勇儀落ち着け! 無暗に突っ込むな!」
「うるせぇ! こんなの黙って見てられっか!」
あくまでも茶番染みた挙動をやめないタケに激怒した勇儀が私の制止も聞かずに飛び出した。持ち前の脚力で弾丸のような速度で空中のタケに詰め寄ると、怒涛の拳を浴びせ始める。
「うらっ、おらっ、でりゃぁあああああ!!」
『あはははははは! いいねいいよいいですよ星熊童子! その怒り! その憎しみ! その悲しみ! 心から溢れる負の感情をどんどんぶつけてください!』
「その薄汚ぇ口今すぐ閉じろ! ぶっ殺すぞ!」
『殺してくださいよ。……貴女如きにできるものならねぇ!』
「っ! この……野郎!」
タケの挑発に乗せられて勇儀の手数が見る見る増えていく。唸る拳を空を裂き、しなるように放たれる蹴撃は空気を割らんとするほどの勢いだ。久々に見る勇儀の本気。妖怪一の怪力を誇る彼女の乱打は万物を打ち砕く。
だが、タケはそのすべてを躱し、払い、受け止める。かつてのアイツからは考えられないくらいの機敏さと動体視力で攻撃のすべてを受けきっていく。側頭部に迫った蹴りを腕で受け、鳩尾を狙った拳は身を捻って躱す。嵐の勢いで放たれる乱撃を捌きながら、そのうえ隙を見つけては霊力弾を浴びせていた。あの勇儀が赤子扱いされている。その事実がまた彼女の怒りを煽り、攻撃を単調なものにしているのだろう。
「挑発に乗るな勇儀! 少しは冷静になって状況を見ろよ!」
「だぁーっ! いちいちうっさいんだよ萃香! これはあたしの喧嘩だ、アンタは黙って見物してな!」
『喧嘩? はて、オレにはじゃれあっているようにしか感じませんが』
「減らず口も叩けねぇくらいぶちのめしてやる!」
もはや怒りで我を失った勇儀に戦略なんていうものはない。
超至近距離の間合いで右の拳を振るう。鍛え上げられた丸太のような腕が一瞬膨張したかと思うと、一陣の風となってタケの顔面を襲う。
彼が首を捻ることで拳を躱すと、勇儀はすかさず膝を跳ね上げて鳩尾を狙った。
回避直後でさすがに行動が遅れたか、鳩尾とはいかずともタケの横腹を深く抉る。
鬼の怪力で放たれた膝蹴りは横腹の肉を削ぎ落したが、見ると勇儀の左目が赤黒く腫れ上がっていた。
先程の攻撃の間にタケが拳を横殴りに入れたのだ。人間ではまずありあえない威力。霊力を拳に集めて放ったと思われる。
さすがに肉を削ぎ落されてマズイと感じたのか、タケは二人の間で霊力弾を破裂させるとその勢いで後退する。
間合いを取られた勇儀は見るからに不機嫌に鼻を鳴らしていた。
「ケッ……面白くねぇな畜生」
『痛てて……内臓飛び出ちゃいますよ、もう』
ひーひー言いながら傷口に手をかざすと、徐々に風穴が塞がっていく。吸血鬼並みの再生力だ。太陽の下でも動ける分、タケの方が質悪いけど。
二人は互いに見据え合い、こちらに気を向けている様子はない。お燐達を避難させるのは今の内だろう。
自分の上着でお燐の傷口を塞いでいたさとりに声をかける。
「さとり。ここは私と勇儀が引き受ける。アンタは地霊殿メンバーを連れて地上に逃げな」
「で、ですが……地底の妖怪は地上に出てはいけない取り決めが……」
「そんなこと言ってる場合じゃないっての。紫には私が後で言っておくから、今はお燐を早く永遠亭に連れて行くことが先決さね。腹破られてんだ、急がないと死んじまう」
「……分かりました」
渋々ではあるが頷いてくれたさとりは、お空とこいしを伴って避難を開始した。三人がかりでお燐を抱え、この場から一刻も早く去ろうと試みる。
――――が。
『おやおや、どさくさ紛れの逃走なんて卑怯な事しないでくだせぇ萃香さんよォ!』
「ちっ! タケを止めろ勇儀!」
「こんのっ……!」
最初から気づいていたのか、想像よりもはるかに速いタイミングでタケが動いた。慌てて勇儀に指示を飛ばすものの、ダメージを負った彼女は一歩出遅れてしまう。
タケは無数の霊力弾を放ちつつ私達の方に向けて高速で飛んできている。
霊力弾は私のミッシングパワーでどうにかなるかもしれない。だが、ここで無暗に巨大化すれば、隙を突かれてさとり達の方に行かれてしまうのがオチだろう。
だったら、私にできることはただ一つ。
「萃めてやるよ、霊力弾!」
【密と疎を操る程度の能力】を総動員して無数の霊力弾を私の手元に萃める。高密度の巨大な光弾を左手で受け止めつつ、タケに向かって手を伸ばす――――っ!?
(重い、だって!?)
左手が霊力に押されていた。私の怪力を以てして、タケの攻撃に押し負けているのだ。慌てて両手で押さえるものの、押し返せている手応えはない。な、なんつう威力だよコイツ!
霊力弾に両手と意識を持って行かれている私は、横を通り過ぎるタケを捕まえることができない。
なんなく通過し、さとり達に迫る。
『皆殺しエンドに生存者なんかいらねぇよ! 皆まとめて木端微塵さ!』
「くっ……!」
仕方なしにさとりが迎撃を試みるが、苦し紛れに放たれた妖力弾にタケを止めるほどの威力はない。弾かれるようにして空中に霧散していく。
間に合わない。
勇儀が後を追い、お空が制御棒を向ける。だが、そのすべてがあと一歩間に合わない。
「くっそ……!」
思わず歯噛みする。
その時だった。
「夢想封印・閃!」
突如声が響いたかと思うと、一筋の光がタケを正面からぶっ飛ばしたのだ。
さとりの背後から飛んできたその光は神々しさと美しさを併せ持ち、邪悪な憎悪の妖怪を軽々と迎撃した。神速。そう表現するに相応しい速度でタケに激突し、押し勝った謎の光。
タケは近くの民家を巻き込んで数十メートル飛ばされていたらしい。ガラガラと瓦礫を押しのけながらのろのろと立ち上がる姿が見えた。
その顔には、今まで見たことがない怒りの表情が浮かぶ。
『……何すんだよ、テメェ』
「それは随分とご挨拶ね。自業自得野郎が何言っているのかしら?」
『うるせぇよ。どこのどいつか知らねぇが、邪魔すんじゃねぇ』
「知らない? 貴方の記憶力は猿以下なの? あんだけ血沸き肉躍る闘争した仲だっていうのに」
呻くように絞り出された声に応じるのは、紅白スタイルの女性。
腰のあたりまで伸ばされた黒髪に抜群のプロポーション。女性的な身体つきながらも、鍛え上げられた四肢には無数の傷が浮かぶ。巫女服を改造したような袴と上衣を着ているが、露わな脇が特徴的だ。
そして何よりも私の目を引いたのは、彼女の端正な顔立ち。……いや、そうじゃない。あの顔は、私が居候している神社の巫女にそっくりだ。瓜二つ、と言ってもいい。
彼女は手甲を嵌めた腕をストレッチ気味に伸ばしながら、凛々しい顔立ちに似合わない豪快な笑みを浮かべて、声高々に言い放つ。
「この博麗鏡華を忘れただなんて、絶対に言わせないわよ!」
感想お待ちしています!