東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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マイペースに油断

 博麗鏡華。

 霊夢の母親であり、先代博麗の巫女。格闘術に長け、かつては妖怪相手に素手で戦っていたという人間離れした武闘派巫女。歴代博麗の中でも、特に封印術に関しては他の追随を許さないとまで言われる彼女は、紫と共に『結界少女』とまで呼ばれていた過去を持つ。幻想郷の平和を守ってきた鏡華は、ある日突然姿を消した。その行方を掴むことは誰にもできず、今では事実上の死者として博麗神社の裏庭に墓を立てられている。

 鏡華が博麗の巫女を務めている時代は地底にいた為、彼女に実際に会ったことはなかったが、噂には聞いていた。地上に私達鬼の四天王さえも上回る武の使い手がいる、という噂。根も葉もない嘘っぱちだと思う一方で、もしもそんな奴がいるなら一つ手合せ願いたいとは思っていたが……まさか、本当に実在するとは。

 

「先代巫女、か……。けっ、本当にいるなら、もっと早く地上に出ていればよかった。あたし好みの筋肉してやがる」

「勇儀……アンタ、筋肉フェチだったのかい?」

「フェチとかじゃねぇよ! あたしはただ、あの強そうな女と喧嘩してぇってだけだ!」

「まぁ、気持ちは分かるけどさ」

 

 左目を腫らせた状態のくせに心底悔しそうな声を上げる勇儀はどこまでも鬼という種族の本能に従っているなぁ、と何気に関心。私は私で先代巫女とは戦ってみたいと思うけれども、さすがにこんな窮地で自分の願望を最優先で口にする程空気が読めないつもりはない。まぁ、衣玖には負けるけど。

 指の関節をパキパキ鳴らしながら一人興奮気味に先代巫女を見つめている勇儀。だが彼女とは反対に、私は戦闘意欲ではなく先代に対して怒りの感情を持ち始めていた。とある寂しがり屋の少女を長い間独りぼっちにしてきた目の前の子不孝ものに対して、どうしようもく憤っていたのだ。

 今は戦闘中である事にも構わず、私はありったけの大声を先代にぶつける。

 

「アンタ! 今まで霊夢を放っておいて急に登場するなんて、良い根性してるじゃないか!」

「酒呑童子、か……」

「私のことはどうでもいい! ただね、アンタが行方を眩ませている間、霊夢がどんな気持ちでいたと思ってんだい! 昼間は変に強がって平生を装って……それでも、それでも毎晩あの子は泣いていたんだよ! 生きているのか死んでいるのかも分からないアンタのことを慕いながら、霊夢はずっと耐えていたんだ!」

「……そうね。確かに私は、あの子をずっと独りにしてきた」

 

 先代は私の言葉に反論することはせず、それどころか悲しそうに目を伏せた。よくよく目を凝らせば、悔しげに唇を噛みしめているようにも見える。頑強な身体は不自然に震え、親から叱られた幼子が必死に涙を我慢しているような姿を彷彿とさせた。

 先代は肩を小刻みに震わせたまま、ゆっくりと口を開く。

 

「威君を封印したことで命を落とし、私は幽霊となって幽々子のところで世話になっていたの。またいつ彼が復活し、幻想郷を危機に陥れるか分からない。だから私は、映姫にも協力を頼んで幽霊から亡霊になった。できるだけ強固な存在に、人間と変わらない姿を取る為に。そして何より、威君に対抗するために。私は白玉楼で力を蓄え、来たる時に備えていた」

「それなら、なんで霊夢のそばにいてやらなかったんだよ! 死んでいたとしても、こうして会話ができるんだ! 抱きしめることだってできたはずだ! たとえ血が通っていなくても、愛する娘のそばにいてやるのが親ってもんじゃないのかよ!」

「……私の存在を明るみに出すわけにはいかなかった。それに、私があの子のそばにいれば、霊夢はもっと弱くなっていたわ。あの子を立派な博麗の巫女にするためにも、私は霊夢の元を離れないといけなかった」

「だからって……!」

「甘えは人を弱くする。長生きな貴女なら、知っていると思うけど」

「っ……!」

 

 一瞬視線が交錯する。その瞬くような時間で飛ばされた氷のような視線に、私は戦慄のような感覚を覚えた。背筋には無数の汗が浮かび、知らず知らずの内に上下の歯が互いを打ち鳴らす。とても人間とは思えない殺気と覚悟。あまりにも冷たい彼女の雰囲気は、私の精神を軽く圧迫しかけていた。

 鬼の四天王であり日本三大妖怪とまで恐れられる私がここまで呑まれるなんて……。

 おそらくではあるが、人間から亡霊になったことで負の感情のストッパーが外れたのだろう。既に魂だけの存在である彼女は人間に比べると本能の度合いが強い。幽々子が食欲を最優先にしているように、先代は『博麗の巫女としての本能』に身を任せている。秩序、そして継承。彼女は親としての愛情を感じながらも、それよりも博麗の巫女としての使命と義務を最優先にしたのだろう。

 馬鹿らしい。自分の子供を悲しませてまで優先する使命なんて、あるはずがない。

 心の中で毒づくが、恐怖に支配されている私の口はまるで糸で結ばれたかのように動かない。かつて己の身体一つで妖怪達を討伐してきた博麗の巫女の迫力は、鬼さえも屈服させる程の濃度を持っていた。

 私がそれ以上反論しようとしないのを見て取った先代はタケの方に向き直ると、

 

「久しぶりね、威君。十年ぶりかしら?」

『けっ……誰かと思えば、死にぞこないの年増じゃねぇか。わざわざ俺の為に黄泉の国から舞い戻ってくれるたぁ、嬉しすぎて吐き気がすらぁ』

「まったく、ガキんちょのくせに生意気な口叩くわね。年上のいう事には従えって習わなかったの?」

『生憎と、オレを育てたのは異様に胡散臭いどこぞのスキマ妖怪なんでなぁ。野良育ちのアンタよりは礼儀を知っているつもりだぜぇ?』

「あら失礼ね。ドブネズミに負けた覚えは無いのだけれど」

『クソ猫が。窮鼠に噛まれた雑魚のくせに調子に乗るなよ?』

 

 軽口の応酬が始まる。軽快な台詞が飛び交うが、それに反して二人の表情はいたって真剣そのものだ。会話の中で、霊力を練りながらも互いの隙を窺っている。その姿はまるで毒蛇のようで、己の毒牙で相手を一噛みしてしまわんと牽制し合っているようであった。

 先程からこちらの動きまで把握していたタケだが、さすがに先代巫女が相手となると余所見をしている余裕もないらしい。こちらに視線を送ってくることもせず、ただ目の前の敵だけを見つめている。

 これは……チャンスだ。

 視線だけで勇儀に合図を送る。長年共につるんできた仲だ、これだけで大方の事は通じるはず。

 私の考えを読み取った勇儀は心底嫌そうな表情を浮かべた。まぁ、無理もないか。おそらく幻想郷一の戦闘欲を持つ彼女に対して私が命じたのは、『さとり達を連れて永遠亭に急げ』という撤退命令なのだから。

 ここに勇儀を残し、私が永遠低まで着いて行くという選択肢もあるだろう。しかし、怪力勝負の勇儀に対してタケはトリッキーな技術戦闘。力任せに暴力を振るうだけの彼女ではタケの相手は荷が重い。現に、先程の戦闘で勇儀はいいように弄ばれていた。仮に先代と組んで再びタケと戦ったとしても、足手まといになることは避けられないだろう。勇儀には悪いが、ここは戦闘パターンに種類がある私が引き受けるべきだ。

 そういう旨をできる限り伝える。結局最後まで不機嫌さを隠そうともしない勇儀だったが、舌打ち一つ残すとお燐を抱え、さとりやお空を連れて地上へと続く縦穴へと飛んで行った。

 ……さて、

 

「お前はお姉ちゃんに着いて行かないのかい、こいし?」

「いつまでも姉離れできないっていうのもカッコ悪いしね。それに、お兄ちゃんと戦うのもなんだかんだで楽しそうだし」

「……この戦闘狂め」

「いやだなぁ、無意識の結果だよぉ」

 

 結局さとり達と共には行かずにここに残ることを決めた無意識妖怪に変な呆れを覚えつつも、心強い仲間ができたことに安堵する。絶対に必要だとは言わないが、背中を安心して預けられる味方がいるに越したことはない。これで純粋に前を向いて戦える。

 

「じゃあ背中は頼むよ、相棒さん?」

「私の弾幕って乱雑に無意識で放ってるから、当たっちゃったらごめんね?」

「……なんとか当たらないように善処してくれ」

「うん、それ無理♪」

 

 ……さとりの方を残すべきだったかもしれない。

 実に明るい笑顔でキャッキャ騒ぎながらタケを見上げるこいしに不安が拭えないながらも、未だ動く気配がない先代を見上げる。

 ――――が、次の瞬間。

 

「ふっ!」

 

 先代の身体が瞬時に消え、気が付いた時にはタケが地面に凄まじい勢いでめり込んでいるところだった。一瞬遅れて激しい爆音が耳に届き、その後ようやく私の意識が追い付いてくる。

 今、何が起こった?

 慌てて上空を見上げると、そこには何かを下に向かって殴りつけたような体勢で浮遊している先代巫女の姿が。目を凝らすと、何やら右手がバチバチと火花を放っているように見える。

 火花を纏う彼女の右手には、一枚の札が貼り付けられていた。

 

「……博麗流格闘術、紫電」

『くっ……ず、ずいぶんと大袈裟なお遊戯じゃねぇかコノヤロー……!』

 

 服に着いた土を落としながら減らず口を叩くタケ。だが、言葉の軽さに反してその表情は優れない。頭を強く殴られたのか、タケの左目を覆うように頭から血が流れ出していた。

 攻撃が見えなかった。

 いや、攻撃どころの騒ぎではない。動きさえも視認することができなかった。

 神速。まさにそう表現するのが相応しい動き。私の動体視力を以てしても見切れない速度。

 博麗の巫女は、本当に計り知れない化け物だ。

 タケはゆっくりと立ち上がり、上空に佇む先代を睨みつける。完全にこちらのことが意識にないようだが、その機会を逃すほど私の頭はお花畑ではない。

 隣で心底楽しそうに笑っているこいしに合図を送る。

 

「いくよこいしっ! ありったけの弾幕をぶつけちまいな!」

「非殺傷設定?」

「この際威力は問わないよ!」

「やったー! じゃあ……本気でいくねーっ!」

 

 私の言葉にいっそう目を輝かせると、即座に飛翔しタケの方へと向かうこいし。まるで水を得た魚のような喜び様だけど、アイツもしかしてタケのこと殺しゃしないだろうね? 一応タケを慕っているみたいだから大丈夫だとは思うけど、無意識で生きる彼女が何をしでかすかは誰にも予測できない。

 

「お兄ちゃーん! 私と弾幕ごっこやろうよー!」

『はン……雑魚に興味はねぇんだよ』

「そう言わずにさー。まぁとにかく……本能【イドの解放】!」

 

 戦闘中だというのに馬鹿正直にスペルカードを掲げ、発動を宣言するこいし。

 弾幕はこいしが持つ愛情を表しているのか、ハートの形をした大型の妖力弾が無数に空中に出現。三百六十度へ見境なく発射されていく。あの位置だと先代まで巻き込むことになるが、無意識少女がそこまで考えているわけがない。それに、あの化物巫女がこの程度の弾幕を躱せないとは思えないし。

 至近距離で放たれた弾幕は豪雨のようにタケに降り注ぐ。

 さすがに素手で挑むのは得策ではないと感じたのか、タケは咄嗟に懐から札を取り出すと、地霊殿に置いてあるのだろう手甲と霊力変換機を口寄せ。腕捌きで弾幕を弾きつつ、自らも弾幕をばら撒いていく。

 しかし元が実戦向きで、弾幕ごっこには慣れていないタケだ。回避は得意ではないらしく、攻撃する間にもこいしのショットを次々と身体に受けていた。

 

『ち、ぃ……っ! 面倒くせぇんだよ!』

「あはははは! じゃんじゃんいっくよーっ! 抑制【スーパーエゴ】!」

『ぐぁっ!? コイツ、戻って――――!?』

 

 こいしのスペルによって、放射された弾幕が踵を変えて彼女自身の方へと舞い戻っていく。まさか弾幕が回帰するとは思わないタケは背中からモロに食らい、思わずと言った様子でたたらを踏んだ。

 一度体勢を崩した以上、弾幕を完全に回避することはできない。それは空中でやや自由に動ける妖怪であっても同じだ。地上と違って踏ん張れないから、機敏に動くのは至難の業なのだ。

 前のめりになるタケはなんとか体勢を整えようとするが、こいしが次弾を放つ方が速い。

 

『こなくそっ……!』

「そーれっと!」

『がぁああああっ!!』

 

 がら空きになった腹を狙ってこいしが妖力弾をぶち込む。弾幕ごっこでは妖怪の中でもトップクラスに君臨するこいしの攻撃は重い。ただでさえ殺傷設定で戦っているのだから、その威力は想像を絶するだろう。人間相手に多少加減をしていた勇儀の攻撃とはあまりにも強さが違う。

 爆音と共に再び地面にめり込むタケ。あの威力だ、いくら打たれ強さに定評があるタケといっても、あの至近距離で妖力弾をモロに入れられればひとたまりもないはず。

 

「やったやったーっ! 私の勝ちだねーっ!」

 

 諸手を上げて子供のように飛び跳ねるこいし。さすがは無意識と言ったところか。相手が親しい相手であっても勝利を純粋に喜ぶ。少々危ない気はするが、戦いに躊躇がないというのは強みだろう。

 やれやれ。でもまぁ、これでとりあえずは一段落かね。

 緊張と警戒を一気に解いて、こいしの元へと向かう。とにかくタケを捕縛して、スキマ妖怪のところにでも連行しよう。処置はあちらさんがどうにかしてくれるだろうし。

 伊吹瓢が無事であることを確認しつつ、ぴょんぴょん跳ねまわるこいしを労ってやろうと近づき――――

 

「…………は?」

「え……?」

 

 私とこいしは同時に気の抜けた声を漏らした。突然起こった事態が理解できず、事態の把握が遅れたからだ。

 私は前方――――こいしの方を見ていた。

 そしてこいしは自分の方――――自分の腹を突き破る右腕(・・・・・・・・・・・)を呆けたように眺めていた。

 ごぶっ、とこいしの口から血液が溢れ出る。

 思わず私は彼女の名を叫んでいた。

 

「こいしっ!」

『……あんまりナメてんじゃねぇぞ、ちびっこ』

「お兄、ちゃ……?」

『死ねよ、妖怪風情が』

 

 いつの間にか膝立ちで腕を突き出していたタケは、右腕を引き戻すとその手に霊力を圧縮する。視認できるほどの密度を誇った霊力弾。その殺傷力は、わざわざ考えるまでもない。

 ゼロ距離。私の手は届かない。

 

「やめろ、タケ!」

『残念でしたぁ! もう無理だよクソ野郎が!』

「酒呑童子! 早く止めなさい!」

「できるならやってるよ!」

 

 上空から先代が降下してくる気配を感じるものの、間に合わないことが分かってしまう。

 タケは心の底から歪んだ笑みを浮かべ、右手を満身創痍のこいしへと向け――――

 

 

 

 

 

 




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