――――キィンッ!
甲高い金属音。銀光の煌めきが一陣空を駆け抜け、こいしに迫っていたタケを後方に吹っ飛ばす。
攻撃途中に妨害されたタケは瞬時に体勢を整えるが、そこに銃弾のような形をした弾幕が雨霰と降り注いだ。無数の霊力弾は地面を抉り、タケの全身を打ちのめす。
身体中に弾丸を浴びながらも手甲で防御するタケは突然の乱入者目がけて変換機から霊力弾を放つ。
だが、空気を切り裂きながら飛来する霊力弾を呑み込むようにして五芒星を模った弾幕がタケを襲った。赤と青、二色の弾幕は何かの儀式を模しているようで、今からが本番だと言わんばかりにタケに降り注いでいく。
弾幕の応酬に動くことを諦めたのか、その場で足を踏ん張ると極太レーザーを放射。並大抵の攻撃では粉砕できないだろう威力の砲撃が周囲の地面を巻き上げ、五芒星ごと薙ぎ払う。
そこに対抗するように放たれたのは、青白色の光。
夜空を駆ける一筋の流星。人々の願いが込められた恋の魔法は、すべての憎悪が核となるタケの攻撃と拮抗。しばらく押し合った末、両者激しい爆発と共に消滅する。
大技を繰り出した後だからか、タケもすぐには次の攻撃に移れないようだ。歯を食いしばって霊力砲を構える姿が見えるが、その表情はいつになく苦しい。もはややぶれかぶれに行動しているように見える。
攻撃の反動に耐えるようにして次弾を装填するタケ。その上空から一つの影が迫る。
脇の開いた、紅白カラーの巫女スタイル。右手には愛用の大幣を持ち、周囲を取り巻く四つの陰陽玉。普段のらりくらりとした顔は別人のように引き締まっていて、彼女の美しさを一層際立たせている。
左の指に挟むは一枚の札。何やら色々と文字が書かれてあるソレは、彼女の霊力を受けて紅に光り輝いている。
頭上からの攻撃にようやく気が付いたタケは咄嗟に腕を掲げて防御しようとするものの、既に砲撃の準備に取り掛かっているため間に合わない。
少女は輝く札をタケに向かって思いっきり投げると、凛とした声で叫ぶ。
「神技【八方鬼縛陣】!」
『うぁぁあああああっ!?』
着弾と同時に光り輝く柱が天に向かって伸びていく。
発生した力の奔流は真下のタケを押し潰すように具現化。その姿はまさに悪しき者を縛る御柱。高密度の霊力によって動きを封じられたタケは必死に身動ぎを繰り返すが、脱出することは叶わない。
ひとまず状況が落ち着いたのを感じた私ははっと我に返ると、先程大怪我を負ったこいしの安否を確認しようと声を上げる。
「こいし、無事かっ!?」
「悟り妖怪は大丈夫ですわよ。私がスキマを通して、永遠亭に搬送しましたわ」
「紫……? お前が、どうしてここに!?」
「スキマ妖怪は神出鬼没。神隠しの主犯はいつでもひょっこり顔を見せますのよ? それに……」
急に隣に出現した紫ドレスの女に正直驚きを隠せないが、紫は普段のように顔を扇子で隠すとどこか浮かない表情で封じられているタケの方に視線を送った。冷酷非情な最強妖怪らしくない悲しみと愛情の混ざった複雑な顔に、私はかける言葉を失くしてしまう。
紫は一度目を伏せると、空中で様子を見守っていた先代の方を見た。
「……お久しぶりですわね、鏡華」
「紫、貴女記憶は……?」
「幽々子と映姫の力を借りて、ちょちょっと。術式さえ分かれば、私に解けない封印なんてこの世にはありませんもの。そこの娘達を含めて、最低限必要な人数の記憶は戻していただきましたわ」
「……ごめんなさい」
「謝るぐらいなら、早くこの阿呆みたいな異変を終結させて一緒に宴会しましょうか。懺悔ならそこでたっぷり聞いてあげますわよ?」
「……そうね。紫の言う通りだわ」
「何の話かまったく把握できないんだけど」
「まぁいいじゃありませんの。萃香には追々説明いたしますわ」
何故か互いに微笑み返しながら分かりあう二人に疎外感を覚えるが、当の紫はいつもの胡散臭い笑顔で私の疑問を煙に巻くばかりだ。すぐに状況を説明してくれる気はないらしい。そりゃあ今はそんな場合じゃないってことくらい分かっているけどさ……仲間外れは淋しいんだよ、ったく。
だがまぁ、寂寥の念に駆られるのはまた後にしておこう。
あの馬鹿巫女の封印だって、永久に持つわけじゃない。ただでさえ『感情』なんていう大袈裟なもんの集合体であるタケの力は、下手すれば神様にも匹敵する。いくら霊夢が並はずれた霊力を持っているとしても、ここで限界まで使い切ってしまうのは得策じゃない。
だから――――
「若い奴らにばかり任せておけるか! 年長者の意地を見せてやろう!」
「私は永遠の十八歳ですので、関係ないですわね」
「鏡見る? 残酷な現実に涙することになるわよ」
「死人に言われたくありませんわ!」
「失礼ね、私は亡霊よ!」
「同じじゃないの!」
「うるさーい! いいから行くよ二人とも!」
即興トリオのぐだぐだっぷりに嫌な予感を覚えてしまう。実力的には幻想郷最強クラスを誇るはずだが、チームワーク的には大丈夫だろうか。一抹の不安が頭から離れない。
まぁ、でも……やるしかないよね。
気持ちを入れ替えてタケに臨む。拳を握り締めると、戦闘準備は整った。
そんな中、タケの一際大きい叫び声が地底に響き渡る。
『こんなもんで……オレが負けるかぁああああああああ!!』
「駄目っ、もう術が限界っ……!」
予想以上に早い術式の崩壊。タケもようやく本気を出したということだろう。激しい破砕音と共に光の柱が粉砕され、術式を破られた霊夢が軽く仰け反る。
人数的には有利だが、まだ油断はできない。敵の力は未知数で、マトモな対策すら思いつかない。
でも、私にできることはただ一つ。それは鬼である私が遥か昔からやってきたことだ。
思わずニィと口元が吊り上る。今から始まる死闘を思うと、私の中の闘争心が歓声を上げ始めていた。勇儀にあんなこと言っておいてなんだけど、私も相当戦闘狂だね。
ここからは喧嘩だ。鬼の頂点に君臨する者の意地として、負けるわけにはいかない。
私は大きく息を吐くと、大地を蹴って攻撃を開始した。
☆
私の【八方鬼縛陣】を粉砕した威は荒い息をつくと、今まで見たことがない程の狂気に塗れた顔で私を睨みつけていた。多少は馬鹿な行動が目立っていたながらも基本的には良いヤツだった以前の威の面影はどこにもない。昔の彼がまるっきり正反対の性格になってしまったと表現するのが適切だろう。頭から血を流しつつも私に向けられる彼の双眸は、憎悪と悲哀、そして狂気の入り混じった
だが、今の状態の威を私は見たことがある。紫によってかつての記憶を取り戻した私は、幼い頃に出会った彼の事を思い出していた。無論、お母さんのことも。
威への警戒を怠らないように気を張りながら、ちらと年長組の方に視線を向ける。
私が身に着けている物に酷似した衣装。凹凸がはっきりとしていながらも傷だらけの身体。端正な顔立ち。
私が長年探し続けていた人がそこにはいた。厳しくも優しいかけがえのない母親を数年ぶりに見たことで、思わず目の奥が熱くなる。
「集中しなさい、霊夢!」
「っ!」
感慨に耽り、不意に涙ぐみそうになった私を叱咤したのは、他でもないお母さんだった。久しぶりに耳にする彼女の怒声に肩がビクッと跳ね上がる。
そうだ……今私がやるべきことはお母さんとの再会を喜ぶことじゃない。わざわざ地底まで下りてきた私の使命は、トチ狂った馬鹿な居候を止めることだ!
大幣を腰に差し、両手で持てるだけの札を懐から取り出す。
いくら私が人間離れした力を持つと言っても、やはり人の域を出ることはできない。一人で挑めば、たとえ策があったとしてもただでは済まないだろう。
だけど、私には仲間がいる。
「タケっち、なんか滅茶苦茶ファンキーだねぇ! 霊夢っち、援護射撃は私に任せな!」
「それじゃあ私が動きを抑えます。この白楼剣ならば、雪走さんの迷いを断ち切ることができるはず!」
「斬ったら雪走君が死んじゃいますよ! だからまずは私が秘法【九字刺し】で動きを止めて……」
「捕縛なら霊夢に任せてお前も攻撃しろよ早苗! ちなみに私は火力でゴリ押しするから、そこんとこよろしくな!」
「結局皆好き勝手やりたいだけか!」
『もちろん!』
あまりにもいつも通りなメンバーに呆れながらも妙な安心感を覚える。どこまでも自分勝手な彼女らだが、こういう自己中心的な一面があるからこそ幻想郷でもトップクラスの実力を誇っているのだ。変に作戦を練ってコンビネーションを披露するよりも、個々に任せておいた方が何かと上手くいく気がする。幻想郷の猛者達は、そんな七面倒臭い連中だ。
だったら、私は自分のことに集中しよう。
右方から萃香とお母さんが威に突っこんでいく姿、そして紫が術式の準備を行う様子を確認する。
今回の私の仕事は、戦闘というよりは封印に近い。しかしそれはお母さんが十年前に行った直接的な封印ではなく、どちらかというと紫の境界を操る能力を用いた分割作業に近いものだ。
威の二面性を分割する。平たく言えば、表と裏を別物にする。
裏の威が現れるためには、表の威で力を蓄える必要がある。今回裏が出現したのは、お母さんが二人纏めて封印を施してしまったからだ。穴だらけの応急処置的な封印を破った威は、結局以前と同じように愛情を吸収し、憎悪の面を露わにしてしまった。
だから、今度は別にする。負の感情を司る一面だけを、完璧に封印してしまう。
「奇跡【ミラクルフルーツ】!」
「獄神剣【業風神閃斬】!」
『蠅がちょこまかと……!』
「魔符【スターダストレヴァリエ】!」
『うっ……ぜぇ! ごっこ遊びやってんじゃねぇんだぞテメェ!』
早苗の霊力弾が威の逃げ道を潰し、妖夢が隙を突いて斬りかかる。手甲で剣を防ぐ威を背中から狙うのは魔理沙だ。八卦炉の最大火力で高速の突進。
しかし威は慌てない。
剣撃を掻い潜って咄嗟に妖夢の手を取ると、身体を捻りながら魔理沙の突進を回避。それと同時に魔理沙の顔面に妖夢を投げつける。
「うわっ!」
「あうっ!」
流星を彷彿とさせる速度を出していた魔理沙は簡単には止まれない。不意に目の前に現れた妖夢を巻き込んだまま威から離れていってしまう。
『火力と速度が足りねぇなぁ! ままごとなら家に帰って子供だけでやりな!』
「そうかい? だったら、大人の本気を見せてやるよ」
『っ!?』
二人を躱したことで気を抜いた威の背後に迫るのは鬼の四天王、伊吹萃香。至近距離に接近するまで威が彼女の気配に気づけなかったのは、萃香が身体を霧状にしてゼロ距離で自分自身を萃めたからだ。彼女にしかできない、ほとんど完璧と言って良い隠密行動。
萃香が真上から真っ直ぐ拳を振り下ろす。
油断していた威は一歩行動が遅れたものの、上体を逸らして拳の直撃を回避。ただし腹部を掠めた為か、思わずと言った様子でたたらを踏む。
『くそ、危ね――――』
「残念。後ろよ」
『なっ!?』
完全に体勢を崩した威の後ろに現れる紅白の影。既に溜めは終わっているのか、腰を低く落とした格好で深く息を吸う。固く握りしめた拳からは眩いばかりの光が放たれ、ただの突きではないことを示していた。
咄嗟に振り向こうとする威だが、遅い。
悪戯っぽく口元を上げたお母さんはウインクを一つ送ると――――
「これはちょっと痛いかもねっ」
『しまっ……!?』
「【夢想封印・破】!」
目にも止まらぬ速度で拳を振り抜いた。
『がっ……!』
「……境符【四重結界】」
威が飛ばされた先にはあたかも動きを先読みしていたかのように丁度良く紫が待ち構えていた。……いや、もしかしたら、お母さんはわざと紫の方に行くように攻撃したのかもしれない。その前の萃香の攻撃もこの為の布石か。
四重の結界に囲まれた威はまともには動けないようで、苦しげな表情で必死に脱出を試みている。
やるなら、今しかない。
首から提げていた赤い勾玉を右手に握り、最後の詠唱を行いながら威の方へと飛翔する。
映姫が提案し、幽々子が具体案を練った今回の作戦。威を表と裏で分離させ、力を弱体化させるというもの。
その為には外部からの攻撃は意味を為さない。
作戦の遂行、その具体策は――――
(威の精神に入って、直接表のアイツを引き出す!)
紫の境界を操る能力。映姫の白黒つける能力。そして、博麗の術式。
そのすべてを使って、今からアイツの中に入る。
これは私にしかできないことだ。他人の精神内で自我を保つには、それなりの精神力と自己を証明するための憑代、次いでその人の中で自分が大きな存在であることが必要となる。
アイツの中で私が大きな存在だなんて、自惚れが過ぎるとは思う。いくら他人に対して嘘をつけない威でも、私以上の優先順位を持った人がいるかもしれない。
いろいろと情報が交錯しているから、まだ私自身気持ちの整理はついていない。威が遥か昔に殺された子供の怨念が集まった妖怪だとか、お母さんを殺した仇だとか、そんなことも言われたせいか正直脳内は混乱気味だ。
それでも、アイツに伝えたい気持ちは一つだ。余計な事情がどうであれ、私はあのマイペース馬鹿に言ってやらないといけないことがある。
はっきり言って博打にも近い方法だが、やらないで後悔するくらいならやって馬鹿を見た方が良い。少なくとも、それが仲間達への最低限の礼儀だ。
右手に持った勾玉を威の額に押し付ける。
『何を――――――――っ!?』
「精神侵入、開始ぃいいいいい!!」
あらかじめ溜めていた霊力を解き放つ。私の力を受けた勾玉が赤く光り始めるのと同時に、意識が徐々に暗闇へと沈んでいく。私の精神が威へと移っている兆候だ。
チカチカと明滅する視界の先で唖然とする裏モード威に悪戯げに舌を出しつつ、心の中で静かに呟く。
(さてと、一世一代の大恋愛劇と行きますか)
ここからは私一人。誰の力も借りられない。
なんだかんだで頼れる紫も、相棒の魔理沙も、大好きなお母さんの協力も得られない。
だが、それでも私に不安はなかった。心に抱えるのはただ一つ。
彼への愛情。
これだけあれば十分だ。絶対にアイツを救ってみせる。
強い決心を胸に、私は最後の意識を手放した。
さぁ、ここからはラストスパートだ! 一気にいくぜ!