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秋も深まり、妖怪の山を紅葉が覆い始めた九月。今までなりを潜めていた秋姉妹が待ってましたとばかりに猛威を振るい、人里に大量の恵みを与える豊作の季節に、俺はというと珍しく守矢神社の方に足を運んでいた。別に遊びに来たとか飯をたかりに来たとかそういう訳ではなく……まぁ、その、とにかく俺は人生の節目を迎えようとしていたんだ。……はっきり言ってしまえば、ご想像の通りなんだけど。
つまるところ、本日は俺と霊夢の結婚式なんかがあるワケで。
どうもこちらの平均結婚年齢は外に比べると若いらしく、十五歳の霊夢でも充分適齢なんだそうな。いやまぁ、俺の記憶にある外界の情報は全部貰い物に過ぎないんだけど、東風谷と共に衝撃を受けたのは記憶に新しい。驚いていたのが俺達二人だけだったという事実にもちょっとだけショックを受けた。カルチャーショックとはこのことを言うのだろうな、と二人して酒を酌み交わしたのもいい思い出だ。その時東風谷が異常なまでの絡み酒を披露してくれたが……後になって霊夢が言うには、「この鈍感馬鹿」だという事らしい。よく意味が分からん。
博麗神社ではなく守矢神社で結婚式を行う理由だが、これは霊夢が当事者であるからだ。まさか自分で結婚式を進めるわけにもいかないので、もう一つの守矢神社に白羽の矢が立った。二柱も喜んで引き受けてくれたのは良かったが、その話が決まった途端に東風谷と霊夢が異様な雰囲気を身に纏って弾幕ごっこを始めたのが無性に気になっている。聞き取れた限りでは「見せつけるつもりですか!」「せいぜい羨んでなさい!」とかなんとか言っていた。羨むって、そりゃ年頃の女の子にとっちゃお嫁さんってのは夢だろうけどさぁ。
そんなわけで、現在俺は守矢神社の一室で開式を待っている。一応一人ではないが、その一緒にいる相手というのが……、
「なんでここにいるんですか、紫さん」
「む、なんですのその他人行儀な呼び方は。育ての親を捕まえてさん付けなんて、お母さん貴方をそんな子に育てた覚えはありません」
「いや、そうなんですけど……」
珍しくちゃんとした着物に袖を通して部屋の隅に座っている妖怪の賢者様がむすっとした顔で頬を膨らませているが、俺としてはどうしようもなく口元を引き攣らせるしかない。約二百年に渡る記憶のすべてを思い出した俺は当然彼女に育てられたことも覚えており、一応は義母として認識してはいる。だが、それはあくまでも記憶上の話であって、新たに幻想入りしてからの呼称が完成してしまっている以上なかなか呼び方を変えることができないのだ。向こうは昔みたいに呼び捨てしてくるけど。
紫さんは用意された茶を上品に啜ると、呆れたように溜息をついた。
「いくら最近まで記憶を封印されていたとはいえ、私にとって貴方は息子も同然。式である藍とはまた違った愛情を向けていますのよ? それなのに威自身が私を敬遠していては、本末転倒じゃありませんの」
「う。お、俺だって昔みたいに戻れるように努力はしているんですけど……」
「敬語禁止」
「……努力はしているんだけどさ」
「よろしい」
言われた通りに敬語をやめると、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべる紫さ……いや、母さん。うん、まぁいつまでも他人行儀にしておくのはお互いによろしくない。これをいい機会にして、徐々に慣れていくとしよう。母さんも俺ともっと家族同然の付き合いをしたいみたいだし。後で藍さんや橙にも改めて挨拶しておこう。
俺がそんなことを密かに決心していると、母さんは不意に立ち上がって部屋の襖を開けた。
「あれ、どっか行くの?」
「いつまでも子離れできないっていうのも恥ずかしい話ですからね。そろそろ他の方々に挨拶をしておこうと思ったのよ」
「そっか。まぁ、いろいろありがとう。お母さん」
「……素直に言われると、また照れますわね」
「やーい顔真っ赤ぁー」
「うるさいですわ!」
「もう」と口を尖らせながらも顔を赤くして出て行く姿は俺から見ても可愛らしいなと思えるものだった。別に近親相姦的な意味ではない。や、母さんとは血が繋がってないからそんな感じにはならないけども……とにかく、浮気はしていない。うん。
一人になってしまったので暇な時間が訪れる。守矢神社の庭とかを散歩してもいいのだが、この袴と上着がまた窮屈で動きづらいのだ。変に着崩してまた衣装直しされるのも面倒くさいし、その場合はまた母さんに子ども扱いされるのが目に見えているので尚更避けたい。以上から、暇であっても部屋でじっとしておく方が何かと効率がいいのでございます。あ、花札あるじゃん。
花札を床にばら撒いて、適当に役を作っていく。
「花見で一杯。月見で一杯。猪鹿蝶ぉ~♪」
「でもやっぱり一番好きなのは五光なんですね」
「そうそう。点数高いし綺麗だし……って、誰だよ!」
「私ですよ」
結構自然な流れで会話に入ってきた人物に驚き慌てて視線をやると、いつの間にか襖が開かれ知り合いの一人が部屋の中へと入ってきていた。……っと、よく見ると二人だ。能力上存在感が薄いから、一瞬分からなかった。
胸元に巨大な眼がふよふよ浮かんでいる二人組の少女達は、いつも通りの服装で部屋に入ってくる。桃色髪のさとりちゃんに灰色髪のこいしちゃん。地底ではいろいろと世話になった悟り妖怪の二人だ。そういえば、永遠亭にお見舞いに行ってから久しぶりの顔を見る気がする。
さとりちゃんの背後に続いて入ってきたこいしちゃんは俺を見つけると、弾かれるようにして懐へと飛び込んでくる。
「お兄ちゃん久しぶりっ!」
「久しぶりこいしちゃん。怪我の方はもういいの?」
「うん! だっていくら妖怪とはいっても所詮はお兄ちゃんの攻撃だもん。そんなに酷くはなかったよ!」
「……ま、まぁ、大事に至らなかったのは良かったよね。うん。お兄ちゃんウレシイヨー」
「威さん、顔の表情がなくなってますよ」
何気にえぐいことを平然と言ってのけるこいしちゃんに対して加害者である俺は何一つ反論できない為、情けなくもスルーするしかない。そんな俺の心を読み取る以心伝心少女さとりちゃんは何やらニヤニヤしながら俺の方を見ているが、悔しかったので彼女のあられもない入浴シーンを思い浮かべて反撃しておくことにした。あれ以来俺とのお風呂ハプニングが彼女の弱点となっており、俺は弄られる度に同様の仕返しを繰り返している。もうそろそろ慣れてもいい頃だろうに、相変わらず初心だなぁ。
二人はあらかじめ用意されていた座布団に座ると、俺に向かい合う。
「まぁとりあえず、この度はおめでとうございます」
「あー、うん、ありがとう。でも、いろいろごめんね? こいしちゃんに至っては、殺そうとまでしちゃったし」
「気にしないでよお兄ちゃん! あれは本気の遊びだったんだから、仕方ないって!」
「妖怪レベルの遊びはハードルが高すぎるんだよ……」
「そんなこと言いますけど、威さんも妖怪じゃないですか」
「う……確かに、区分的にはそうなるね……」
今更ではあるが、俺は感情の妖怪として分類されるらしく、幻想郷縁起にも英雄一覧ではなく妖怪の欄に記載されるらしい。そりゃ憎悪から生まれたんだから妖怪扱いは仕方ないんだけども、一応この数か月は人間として生活してきたわけだから抵抗がないと言えば嘘になる。いや、妖怪として生きてきた年数の方が長いけど……。次期博麗の巫女は半妖とかで大丈夫なんだろうか。むしろ人間でもなく妖怪でもない方が仲裁役としては適しているかもしれないが。
種族間の差になんとなく思い悩んでいると、さとりちゃんが急になんだかそわそわし始めた。ちらちらと隣のこいしちゃんに視線を送り、合図している。はて、いったいどうしたのか。
さとりちゃんの合図を読み取ったこいしちゃんはあからさまに不自然な様子で立ち上がると、襖の方に向かう。
「あ、あー。ちょっと退屈だから、フランや鵺と一緒に遊んでくるよー。またねお兄ちゃーん」
「え、えぇと……またねこいしちゃん」
「じゃーねー」
一応手を振りかえしておくが、明らかに普通ではない様子に首を傾げてしまう。そんでもってさとりちゃんの顔が段々と赤らんでいくのは何故なのか。俺は貴女のように読心能力を持ち合わせてはいないので、ぜひともその口から直々に教えてもらいたいです。直に心に語りかけているのでちゃんと聞こえているでしょうさとりちゃん。
俺のジト目&お願いを受けてようやく何かを決心したのか、さとりちゃんは大きく息を吐くと顔を引き締めて口を開く。
「私はたぶん、威さんのことが好きなんだと思います」
「……はい?」
「ですから、私は威さんのことが好きです。それは友人としてではなく、一人の男性として。地霊殿で貴方と過ごしてから、私は威さんに恋をしているんです」
「……略奪愛?」
「人聞きの悪いことを急に言わないでくださいよ……。別に霊夢から威さんを奪おうなんてこれっぽっちも思っていません。……どこぞの風祝は知りませんが」
「え? 東風谷がどうしたって?」
「いえ、お気になさらず。まぁとにかく、私は威さんのことが好きなんですよ」
さらっと重大発表をしでかしたさとりちゃん。なんだ、なんだなんだなんだ!? なんで急にこんなこと言われてんだ俺は! 今までそんな伏線なかったじゃん! さとりちゃんルートなんて微塵も開かれてなかった気がするんですけど!
俺の混乱を他所に、さとりちゃんは淡々と言葉を続ける。
「私は能力のせいで、妖怪達からも嫌われる存在です。だから地底の管理も任されています。このことについては、威さんも知っていますよね?」
「それはまぁ、以前聞いたし」
「私と仲良くしようなんて考える人はほとんどいませんでした。例外として勇儀さんや萃香さんがいましたが、鬼は実力的に他者を恐れるなんてことがないので別です。そんなイレギュラーを除くと、私はずっと孤独でした。心を開いてくれる人なんて一生現れない。半ばそうやって信じ切っていた頃もあったんですよ」
「はぁ……」
「でも、そんなときに現れたのが貴方です」
当時を思い返しているのか、幸せそうに目を閉じると胸元をきゅっと握る。
「威さんは私を前にしても緊張なんてせず、ありのままの姿で接してくれました。心の中で思っていることと言動が完璧に一致している人間に会うのは初めてで……結局威さんは人間じゃなくて妖怪でしたけど、それでも嬉しかったんです。あぁ、私を受け入れてくれる人もいたんだって。初めて人に褒められたり好意を向けられたりしたことが本当に嬉しくて。気づいた時には貴方の事を愛おしく思っていました」
「……でも、俺は……」
「はい。分かっています。威さんは霊夢の事が好き。ですから、私を好きになってくれとは言いません。ただ、この気持ちだけは伝えておきたかったんです。たとえ叶わない恋でも、私にとっては初めての恋愛でしたから」
「さとりちゃん……」
「私に恋を教えてくれて、ありがとうございました。霊夢の事を幸せにしてやってください。私が嫉妬してパルスィみたいになっちゃうくらい、彼女を愛してあげてください」
そう言って笑顔を浮かべるさとりちゃんだが、俺には彼女が何かを我慢しているように思えた。いくら妖怪だとは言っても、彼女も一人の女の子。恋愛に敗れたことが悲しくないわけがない。女心には疎いとよく霊夢に説教される俺でも彼女の気持ちは分かるつもりだ。そして、さとりちゃんがどういう決意で俺に気持ちを伝えてくれたのかを考えると、胸が痛い。
でも、ここで同情するのはおそらく間違いなのだろう。俺が優しい言葉をかけたとしても、それは彼女にとっては辛いものでしかない。だったらせめて、後腐れなく返事をしておくべきだ。
ただ、さとりちゃんは悟り妖怪だ。俺のこんな浅はかな考えさえ見通しているに違いない。それでも彼女は何も言わない。俺を傷つけまいとして、自分一人で悲しみを背負っている。できることならその悲しみを少しでも肩代わりしてあげたい。しかし、それは彼女に対して失礼でしかないのだ。俺にできることは、彼女の言葉に答えることだけ。
だから、せめてもの償いとして精一杯の笑顔を浮かべ、俺は心の底からお礼の言葉を述べる。
「ありがとう、さとりちゃん。絶対に、霊夢を幸せにするよ」
「……はい。もし霊夢を泣かせたら、地底メンバー総出で懲らしめに行きますからね」
「それは怖いな。殺されないように精進するよ」
「頑張ってください」
ぺこっと礼儀正しく頭を下げたさとりちゃんはそのまま部屋を出て行った。彼女なりに納得できたのかは、俺には分からない。でも、精一杯の事はしたと思う。今度和解ついでに地霊殿に遊びに行こう。菓子折りを持って、霊夢と二人で。愚痴の捌け口くらいなら俺にでもできるはずだから。
さとりちゃんが出て行き静かになった部屋で俺は一人考える。もう一人、彼女と似たような気持ちを俺に抱いているような人間に心当たりがあった。なんか字面だけ見るとすっげぇナルシストな感じがするが、これは俺にとっても死活問題だ。ちゃんと対策を考えて、すっきりさせないとお互いに悪い。
幻想郷内では比較的良心的な少女。少々間の抜けた天然っぷりを見せることはあるものの、妖怪連中に比べると常識的ともいえる人間。ロボットを初めとしたサブカルチャーをこよなく愛する彼女は緑色の髪がチャームポイントで、年の割には大きいと言える胸が魅力的で……、
「雪走君?」
そうそう。こんな感じで顔立ちも整っていて、外見的にはまさにアニメキャラクターのような――――って!
「こここ、東風谷ぁっ!?」
「はい。常識に囚われない守矢神社の風祝、東風谷早苗ですが、なにか」
「……なに怒ってんのさ」
「別に。いつも通りです」
唐突に目の前に現れた件の少女に腰を抜かしそうになる俺。頭に思い浮かべていた人が急に視界に出現したらそりゃあ驚くってものだが、なんだかむすっとした表情で至近距離から俺を見つめている東風谷に違和感を覚えて思わず様子を窺ってしまう。本人は否定しているけれども、半目かつ口を「へ」の字にしているのを見れば怒っていることは明白だった。霊夢が臍を曲げた時に浮かべる表情と全く同じである。なんだ、幻想郷の女達は同じ感情表現をシェアでもしているのか。
東風谷は不機嫌さを隠そうともせずに露骨に顔に出したまま、憮然とした表情で俺の隣に腰を下ろす。
「……後少しで式の準備が終わるので、報告に来ました」
「そ、そうか。わざわざありがとな」
「…………」
「なんだよ」
「……別に」
「だからなんだってんだよ!」
ぷくーとハムスターのように頬を膨らませてそっぽを向く東風谷の真意が掴めず戸惑う俺。コイツは本当に何を怒っているのか。今日は俺と霊夢の結婚式という晴れがましいイベントがあるというのに……うん? 待てよ、まさかコイツ……。
一つの可能性に思い当たった俺は間髪入れずに東風谷に問うた。
「もしかしてお前、俺が霊夢と結婚することが気に喰わなくて怒ってるんじゃ――――」
「喰らえ鉄拳ロケットじゃないパンチ!」
「あっぶねぇえええええええ!!」
目にも止まらぬ超スピードで放たれた拳が俺の顔面を襲うが、咄嗟に身体を仰け反って回避。鼻先を掠めた瞬間何かが焦げたような音がしたのは気のせいではあるまい。というか、鼻っ柱がめっちゃ熱い!
「い、いきなり何すんじゃボケェ!」
「黙りなさいこのデリカシー不足め! そういうことは例え事実でも黙っておくのが男の美学ってものでしょう!?」
「え、じゃあ東風谷って本当に俺の事が好きなわけ?」
「しまった! 誘導尋問でした!」
「違ぇよ! 今のはただの自爆だろうが!」
顔を両手で隠すようにしてオーバーリアクション気味に叫ぶ東風谷だが、顔が真っ赤になっているために内心の羞恥心を誤魔化そうとしているようにしか見えない。いや、実際ただの自爆なんだが、話題が話題なんで突っ込んだことを聞きづらいんだよな……。……でもまぁ、そこをあえて聞いちゃうのが雪走威クオリティなんだけど。
流れ作業で秘密が露呈してしまったうっかり巫女は俺にバレたことで相当混乱しているのか、突然俺の両肩に手を置くと半ばヤケクソ気味に叫ぶ。
「こ、こうなったらダメ元です! 私のお嫁さんになってください!」
「いろいろ待とうか東風谷! 状況及び性別的に訂正の必要があるぞ!」
「ウチも神社ですよ!」
「別に神社に憧れているわけじゃねぇよ!」
「じゃあほら、私巫女! 脇巫女です!」
「だからアイツの外見的特徴に惚れたわけじゃねぇから!」
「胸ですか! ちょっと小さめの胸が良いんですか!?」
「テメェがデカいだけであって霊夢は一般女性と比べると十分に巨乳だ!」
「な、なんで私が巨乳な事を知っているんですか! このスケベ!」
「どうすりゃいいんだよ!」
「じゃあ今度から私の事名前で呼んでください!」
「…………は、名前?」
「はい。名前呼びを所望します」
今までの流れを片っ端から無視したテンションであっけらかんと言い放つ東風谷。先程は生娘みたいに赤面状態だったくせに、今はどこか達観したような柔和な笑顔で俺の方を優しく見ている。なんだ、この数秒間にコイツの中でどんな心境の変化があったんだ。
イマイチ状況が掴めない俺は間の抜けた顔をしているのを自覚しつつも、恐る恐る尋ねる。……裏を抑制してから、なんかマイペースさが落ち着いてきた気がするな、俺。
「えっと、一応確認しておきたいんだけど……東風谷は俺の事が」
「早苗」
「……早苗は、俺の事が好き……なんだ、よな?」
「……はい。私は、雪走君……いえ、威君の事が大好きです」
「それは、友達としてじゃなく……」
「勿論、男の子としてですよ」
淡々と告げる早苗の声は恥ずかしさと悲しさ、その両方が込められたような響きを持っていて。何かを覚悟した女性を前にして、俺は思わず言葉を失ってしまう。彼女の話を聞いた方が良い。心のどこかで、俺自身がそう言っていた。
口を噤み、黙り込む。気配を悟った早苗は気持ちを切り替えるように深く息を吸うと、今までのふざけた雰囲気とは対照的な真剣みを帯びた眼差しで俺を真っ直ぐ見つめる。
「最初は、楽しそうな人だなって思ってました。私の無茶ぶりにも乗ってくれるし、何よりあの傍若無人な霊夢さんを手玉に取っていたので。霊夢さんが心を開くような威君はいったいどんな人なんだろうと疑問に思った時からですかね、いつの間にか私は威君に惹かれていました」
「俺に……?」
「気がつくと視線は威君を追っていて、頭の中も威君のことで一杯。会えた日はすっごくテンションが上がったし、会えない日は次に会った時にどんなことを話そうかと考えていると心が弾みました。威君が霊夢さんと仲良くしていると胸が痛くなったり、私に笑顔を向けてくれると心臓が跳ねたり。つまるところ、絵に描いたような恋をしていたんですよ、私は」
「意外と乙女だったんだな」
「失礼ですね。私はいつでも純情乙女ですよ」
「ふふっ」と軽く笑みを零す早苗。だけど、俺には分からなかった。なんでコイツは、こんなに明るく笑えるのだろう。
その恋が叶わないことを、コイツは誰よりも知っているはずなのに。
「東風谷――――」
「威君。私が今から言うことに、真剣に答えてください」
「……あぁ」
俺の呼びかけを遮って言葉を乗せる早苗。自分の妙な様子を悟られたことを感じたのか、半ば早口で俺を牽制する。言葉を遮られた俺がそれ以上追及することは雰囲気的に憚られた。彼女の言葉を待つしかない。でも、彼女が俺に対して抱いている感情を知った今なら分かる。早苗がどういう質問をしてくるのかが。
翡翠色の双眸が俺を見つめる。まるで心を見透かされているような感覚に襲われるが、早苗は威を決して核心に触れた。
「威君。私は、貴方の事が好きです。私と付き合って下さい」
告白。すべてを代償にした、早苗の覚悟。答えがどうであろうと互いの関係性に変化が訪れてしまうことを理解しながらも、彼女は思いを口にした。それほど、俺の事が好きだから。今までよりも深い関係になりたいと、誰よりも彼女自身が願ったから。恐れずに決意を言葉にしてくれた早苗の勇気に、不意に心臓が早鐘を打つ。昔の立場的には同年代。親友で、なおかつ美少女な早苗からの告白に俺は頬が赤らむのを感じた。霊夢から告白された時とはまた違った感覚が俺の心を支配する。
嬉しい。素直にそう思う。妖怪である俺に対して大きな愛情を持ってくれている目の前の少女に、俺はある種愛おしさのようなものを感じていた。それは友情なのかもしれないし、愛情なのかもしれない。自信が持つ能力上断定はできないが、どちらにせよ好意的なものだろう。
……でも、俺の答えは決まっていた。
彼女に正面から向き合い、俺は――――
「すまない。俺は、霊夢の事が好きだ」
――――彼女の思いを、踏み躙った。
「……そう、ですか」
「あぁ。早苗の気持ちは嬉しいよ。でも、俺は誰よりも霊夢の事が好きなんだ。だから、早苗の気持ちには応えられない」
「……まぁ、予想はしていましたけどね。でも、やっぱりちょっと悲しいかな」
「あはは……」顔を引き攣らせて不格好に笑う早苗。気丈に振舞ってはいるものの、目尻に浮かぶ涙を俺は見逃さなかった。相変わらず、どこまでもお人好しな奴だ。俺を傷つけない為に自分が我慢するなんて、本当にとんだ馬鹿野郎だ。
本当に、コイツは――――
「た、威君!? いきなり何を……!?」
「……ごめん、早苗」
「え?」
気がつくと俺は、早苗を正面から強く抱き締めていた。突然の奇行に早苗は顔を赤らめて目を白黒させるが、そんな彼女の様子にもかかわらず俺はただ謝罪の言葉を口にする。
霊夢の事が好きなのは事実だ。早苗の告白に応じられないのも同様。だが、彼女が俺のせいで悲しんでいるのもまた事実なのだ。俺の言葉で傷ついた少女が目の前で泣いている。その事実が胸に突き刺さり、気づいた時には腕の中に早苗を抱き締めていた。
早苗の体温を感じたまま、謝り続ける。
「ごめん、ごめん、ごめん……!」
「……謝らなくていいですから、一つだけ私のお願い聞いてくれませんか?」
「おね、がい?」
「はい」
「……分かったよ。じゃあ、言ってくれ」
「私とキスしてください」
俺に身体を預けたまま放たれたその言葉には、言い知れない真剣さが帯びていて。彼女なりのケジメが込められているのだろう。
……早苗の肩に手を置き、身体を離す。真っ直ぐ顔を見つめると、早苗は朱に染まった顔をニコリと綻ばせた。その表情に再び謝罪の念に駆られるが、なんとか感情を抑え込んで顔を近づかせる。
――――――――そして、
「……ご結婚、おめでとうございます」
「……あぁ、ありがとう」
どこか満足したような表情で部屋を去っていく早苗に言葉を返す。
彼女とのキスは、何故だか少し涙の味がした。
☆
迎えに来た洩矢様に連れられて本殿に向かう。俺と霊夢の仲を終始からかっていた洩矢様は到着間際に不意に振り返ると、
「早苗の事、ありがとね」
とだけ言い残して客席の方へと去っていった。どうやら事情を知っていたらしい。さすがは神様というところか。だいたいのことはお見通しらしく、容姿に似合わない柔らかな笑みを浮かべて俺に礼を言っていた。そこまで言われるほど大したことはしていないのだが……まぁ、素直に受け取っておこう。
本殿に足を踏み入れると、視線の先にいたのは白無垢姿の博麗霊夢。
いつもの派手な巫女服とは違って白一色の衣装。腰ほどまであるはずの髪は頭の後ろで結わえられていて、違った印象を抱かせる。彼女の清楚さがいっそう引き締まったような感じがして、とても新鮮だ。やっぱり美人だな、とあまりの美しさに惚けた頭の隅で考える俺はおそらく正常。
霊夢は俺に気付くと、もはや恒例と化した呆れた表情で肩を竦める。
「やっと来たわね、この浮気者」
「うぇ、早苗のことがここまで広まってやがるだと……!?」
「ここまでも何も、早苗を焚き付けたのは私だもの。知らないはずないじゃない」
「まさかの裏ボス! 首謀者はてめぇか!」
「ふん。どうせアンタのことだから変に気にしているんだろうと思ってね。キスでも何でもしていいからすっきりさせなさいって私から提案したのよ」
「そうなのか早苗!」
「ま、まぁ……なんか騙した形になっちゃいましたね。あはは」
今回の取り仕切りをやってくれる早苗が気まずそうに笑うが、俺的には結構衝撃だった。なにより霊夢にすべてお見通しだったことが恥ずかしい。いつまでたってもこいつには敵わんな。尻に敷かれる未来が鮮明に予想できて溜息が出る。鬼嫁に怯える夫の図……。
「誰が鬼嫁よ!」
「うぐぅ! あ、頭はやめろ頭は……」
「うっさいこのマイペース馬鹿! ちょっとは衝撃受けて改善しないと馬鹿が治らないのよ!」
「ひでぇ!」
愕然として叫ぶと、周囲からクスクスと笑い声が上がる。とても結婚式とは思えない柔らかな雰囲気に俺と霊夢は顔を見合わせると、同時に笑みを零した。なんとも馬鹿らしくて、どこまでも締まらない。でも、それが俺達らしいと言えばらしい。結局のところ、荘厳な雰囲気は俺達には合わないのだ。
それを分かってか、早苗は礼儀正しい祝詞奏上をまったく省略して、苦笑しつつも霊夢に話しかける。
「じゃあとっととキスだけ済ませてくださいよ。威君が私に寝取られないくらいに愛情の籠ったキスを」
「その催促は果たして必要!? 別に普通で良いじゃない!」
「何を言う。観客が照れてマトモにこっちを見られなくなくくらいのキスをしてやろうじゃないか」
「アンタは黙ってろ! 余計なこと言うと封印するわよ!」
「うぅ。霊夢が虐めるよ早苗ぇ」
「おーよしよし。それじゃあやっぱり私と結婚式やりますか?」
「さらっと人の旦那奪うな!」
「じゃあ早くしてください」
「くっ……」
珍しく早苗相手に言い負ける霊夢は悔しいのか拳を握り込んでぷるぷると震えている。博麗の巫女が初めて敗北した瞬間だった。いやはや、しょうもないねぇ。
そのまましばらく早苗を睨みつけていた霊夢だったが、くるりと鬼気迫る表情で俺の方に向き直ると大声で俺の名前を呼んだ。
「威!」
「はいはい」
もはや自分の事で精一杯な霊夢に微笑ましいものを感じつつ、耳を傾ける。
彼女の台詞は、やっぱりツンデレ成分マックスだ。
「今日からずっと、私の傍にいなさい! 絶対に離さないから、覚悟しなさいよ!」
「あぁ。俺も、ずっとお前の隣にいるよ。いつまでもな」
霊夢は半ばヤケクソ気味に、俺はいたってマイペースにお互い顔を近づけていく。本来神前式に誓いのキスなんてものはないはずなのだが、そこはまぁ幻想郷クオリティということで一つ。普通だと面白くないだろ?
湿った感触は唇に感じた瞬間、一際大きな拍手が巻き起こる。大歓声の中、俺は彼女の耳元に顔を寄せるとこっそり呟いた。
「愛してるよ、霊夢」
「……バカ」
困ったように目を逸らす彼女の可愛さに思わず微笑む。相変わらず素直じゃない不器用な少女は、罵倒を口にしながらも俺の背に腕を回した。……そして、再び顔を見合わせる。
霊夢はニヤリと微笑むと、悪戯っぽく口の端を吊り上げ――――
「私の方が、アンタの事を愛してるわよ!」
清々しい程の笑顔で、珍しく本音を叫ぶのだった。
以上で東方霊恋記は完結となります。最終回が気に喰わないという方、全力でごめんなさい。
さてさて、約一年半に渡って連載してきた本作ですが、紆余曲折が激しかったですね。書いている自分でも驚くほどプロットからかけ離れていく。キャラが勝手に動くというのを初めて経験しました。「少しは言う事を聞いてくれ!」と何度思った事か。……まぁ、それも今となってはいい思い出です。
ここで一つ裏話。本当は恋愛話にするつもりはなかったんですよ。バトルもなしで、のほほんと続ける予定が……どうしてこうなった。でも最終的には満足しています。恋愛モノの経験が積めました。
さて、本編がようやく完結したことで一安心。完結淋しいと言ってくれる読者の方々、朗報です。
後日談はちょくちょく書いていきますよー。
なんか読みたい話とかあったらメッセージでお気軽に言ってきてください。感想欄はなるべく避けてくださいね。非ログインユーザーの方は止むを得ませんけど。
そんなわけで最後までグダグダでしたが、なんとか完結させることができました。月並みな言葉ですが、これも読者様方の温かい応援のおかげです。ありがとうございました。
最後に。
約1500人の霊夢党ハーメルン支部員の皆様。長い間本作と関わってくださって本当にありがとうございます。これからも不定期でグダグダ続くでしょうが、更新を見かけたら是非とも感想いただけると嬉しいです。
それでは、マイペースとツンデレの今後に明るい未来が広がることを願って、一旦筆を置かせてもらいます。
皆様、本当にありがとうございました。