東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 連続投稿です。
 それでは早速。マイペースにお読みください。


マイペースに守矢一家

 赤い衣服に身を包み、胸の辺りには鏡のようなものが取り付けられた格好の八坂神奈子。背中に装備された注連縄が彼女が日本の神様であることを印象付けているようにも感じる。諏訪の祟り神と一緒にいるところから考えると、大和の軍神か。彼女が全身から発している威圧感に、思わず跪いてしまいそうなのを必死に堪える。……へ、へぇ。なるほど。これが神様の威厳ってやつか。

 八坂様は脂汗を流しながらなんとか耐える俺の姿を見て、「ほぅ」と感心したような声を上げた。

 

「ただの人間の癖に、よくもまぁ根性のある童じゃないか。軍神の威圧に耐え抜くなんてさ」

「お、お褒めに預かり光栄です……。自分は一応博麗の住人ですから、情けない姿をお見せするわけにもいかないんですよ……。……霊夢の前で、カッコ悪いところを晒してたまるかってんだ」

「こんな時まで口説こうとするな気持ち悪い」

「あはは。そうは言うけど満更でもない顔してるじゃんか、霊夢」

 

 洩矢諏訪子が東風谷の淹れたお茶を啜りながら霊夢を茶化している。からかわれて再び赤面する霊夢だったが、いい加減このくだりにも慣れてきたので詳しい描写は省くとしよう。照れる霊夢は可愛い。その一言で完結だ。

 見た目は小学校低学年ほどの洩矢様。ギョロ目のついた趣味の悪い帽子を被っているが、他に突出した不思議要素は見受けられない。あえて挙げるとすれば、ロリータ万歳ということくらいだ。

 ……しっかし、洩矢神と八坂神が一緒に住んでる、ねぇ。

 

「おいおい、あんまり博麗の巫女をからかうと痛い目見るぞ? その辺にしておけ」

「えぇー? 日頃やられているからこういう時くらい好きにさせてよー」

「今はお客人も来ているんだからほどほどにな。後でまたやればいいだろうが」

「待ちなさいアンタ達。総じて私の被害者認定を外す気はないワケ?」

『勿論』

「よし、今すぐ表出ろ貴様ら」

 

 とりあえず落ち着こうか、霊夢。

 ウチの家主で遊ぶ神様二柱は、傍から見ても仲睦まじい様子だ。伝承上のいがみ合う姿など、欠片も見受けられない。確か大和の八坂神と諏訪の洩矢神が領土を賭けて争ったんだっけか? あまり詳しくはないから分からないが、そんな感じだった気がする。そして、大和が勝利した、と。

 だが、目の前の八坂様達からは、そんな関係だったなどという感じは全くしない。どんな経緯があったのかは知らないが、良き友人として関係を成しているようだ。俺みたいな小童が言うのも失礼な話だが、喧嘩をするくらいなら仲のいい方が喜ばしい。良かったな、と一人思ってみたりする。

 霊夢を弄って笑っていた八坂様はどうやら満足したようで、ホクホクとした笑みを浮かべながら俺の方へと身体を向け直す。

 

「いや、取り乱してすまないね。そこの腋巫女には普段世話になってるから、ちょいとお礼をしようと思ってさ」

「本人が激怒するお礼ってのも乙なもんですね。さすがは軍神。他人を煽る術には事欠かないと」

「……もしかして、怒ってんのかい?」

「いえ、そういうわけではございません。霊夢の戸惑った顔が見られたので、逆に感謝しているくらいです」

「おいこら変態。さらっと問題発言すんな」

「……なるほど、元々そういう気質な訳か、アンタは」

「何分マイペースなものでして。無礼な言動申し訳ございませんでした」

「いやいや、構うこたぁないさ。逆に距離を置かれても話しづらいだけだしね。むしろそっちの方が助かるよ。もっとフランクに行こうじゃないか」

「神奈子はもう少し遠慮しようよ……」

 

 はぁ、と苦労人なのか慣れた動作で大仰に息をつく洩矢様。自身の幼い外見のせいか大人びた所作があまりお似合いではないが、子供が背伸びしているようでなんとも微笑ましく感じてしまう。親心って、こんな感じなのかなぁ……。

 

「……雪走、アンタ今失礼なこと考えてたでしょ」

「え、よく分かりましたね。サトリですか?」

「いや、声に出てたから。誤魔化しようのないくらいのレベルで漏れてたから」

 

 なんてことだ。神様を前にしても俺の軽口は留まるところを知らないらしい。これは流石にどうにかせねば、生命問題に発展する可能性がある。俺だってこんなしょうもない癖のせいで死にたくはない。

 隣で額に手を当て呆れたように息を吐く霊夢に初めて感謝の念(いつも注意してくれているからね!)を抱きつつ、それとなく話を振ってみる。

 

「八坂様達は最近『外』からやってきたんですよね?」

「あぁ。向こうじゃ神様なんて信じられていないし、神社もパワースポット化していたからねぇ。信仰心がロクに集まらなかったんだよ」

「神様は信仰が少ないと存在できないんだ。だから私達は、ここ『幻想郷』で新たな信仰を得ようと考えたの。ここなら妖怪もいるし、妖精や神様もいる。江戸時代の日本そのままだから、暮らしやすいしね」

「……東風谷は、何故幻想郷に?」

「あー、やっぱり気になるよねぇ」

 

 ガシガシとばつが悪そうに髪を掻く八坂様は俺の投げつけた杖で未だ気絶中の東風谷を抱き寄せると、慈しむように彼女の緑髪に手櫛を入れる。二人が寄り添う姿はまるで親子のようだ。……別に八坂様が年取って見えるというワケではありません。見えませんから御柱を投げつけようとするのはやめてください。普通に死にます。

 俺の必死の訴えに怒りを鎮めてくださると、再び手で髪を梳きつつ言葉を続ける。

 

「早苗はさ、小さい頃から守矢神社の巫女として生活していて、その時から私達のことが見えていたんだ。親や友人は姿を見ることも声を聴くこともできないのに、早苗だけははっきりと私達を視認していた。そのせいか、私と諏訪子にとんでもないほど懐いていたんだよ」

「その代り、私達の存在を認めさせようとして学校とかではイタイ子扱いされていたけどね。悲しかったけど、それも仕方のないことだったんだ。現代の日本で、私達のことを信じる人間なんてほとんどいなかったのさ」

「信仰心の低下……神様が『幻想』として闇に葬られてしまったんですね」

「そうさ。それなのにこの子は、人間が神社を観光地としてしか見れなくなってしまっても必死に抵抗しようとしていた。なんとか信仰を集めようと、頑張ってくれたんだ。……でも、それも無駄に終わっちゃったんだけどさ」

「いつまでもこのまま早苗に迷惑をかけるわけにはいかない。そう考えた私と神奈子は、昔スキマの妖怪から聞かされた『幻想郷』に移住することにした。幻想郷なら今までと違って普通に見てもらえるし、信仰も増える。何より、早苗の負担を減らせると思ったわけなんだ」

「なるほど。だから……」

「あぁ。早苗の『風祝』としての力を使って、幻想郷に引っ越してきたってわけさ」

 

 現代日本では妖怪も神様も忘れ去られ、もはや伝説でしか存在してはいない。俺の故郷でもそれは変わらなかった。『学校七不思議』なんていう形で残っている幽霊や妖怪もいるにはいるが、やはり大部分の妖怪達は住処を追われ、幻想郷に流れ着いたのだろう。

 形あるものはいつか死ぬ。たとえはっきりとした姿が無くても、忘れ去られ寂れる。

 誰からも存在を信じてもらえないというのは、どれだけ空しく悲しいことなのか。俺には想像もつかない。それでも、東風谷はそんな現実に真っ向から立ち向かっていたのか。

 今は八坂様の膝の上で寝息を立てている風祝の少女に視線を向ける。

 

「……幸せそうな寝顔ですね」

「あぁ。こっちに来てからよく見せてくれるようになったよ。よっぽど、私達と普通に暮らせるのが嬉しいのかねぇ」

「神奈子は親馬鹿だからそういうこと言うんだよ。どうせ楽しい夢でも見ているんでしょ? 美化すんのはやめなさいって」

「なんだい諏訪子。アンタだって似たようなこと言っていたじゃないか」

「私はいいの。この子は私の子供みたいなものだから」

「あぁ、洩矢の子孫なんですか」

「相当遠いけどね。だからこその現人神なんだよ」

 

 嬉しそうに語る洩矢様の顔は、やっぱり八坂様のソレと似通っていて。どんな形ではあれど『家族』なんだなぁとか思ってみたり。

 

「……家族、か」

 

 頭によぎる、『外』に残してきた家族達。勝手に飛び出してきたが、あんな人達でも俺のことを心配したりするのだろうか。いてもいなくても、どっちでもよさそうな態度しかとらない父さん達は、本当に俺のことを愛してくれていたのだろうか。

 

「威……」

 

 隣で黙って八坂様達の話を聞いていた霊夢が心配そうに俺の名を呼ぶ。また声に出ていたのか、それとも表情に出ていたのかは分からない。でも、霊夢に心配をかけるのはできるだけ避けたかった。

 なんとか笑顔を作り、できるだけいつもの調子で反応を返す。

 

「なんだ霊夢。お前が俺を心配するなんて珍しいな。もしかしてとうとう惚れたのか? いやー、嬉しい限りですなぁ!」

「……そんなわけないでしょ。相変わらず馬鹿ね」

 

 空元気で空気を戻そうと試みたが、霊夢も分かってくれたらしい。それ以上追及しようとはせず、普段通りに軽く罵ってくる。今だけは、この罵声がありがたかった。

 ふと外を見ると、太陽がてっぺんを通り過ぎていた。随分話し込んでいたらしい。

 霊夢と目配せして、頷く。

 

「東風谷には悪いですけど、そろそろお暇させてもらいますね」

「なんだ、どうせなら泊まっていけばいいのに」

「いえ、まだまだ挨拶回りに行かねばなりませんので。また近いうちに訪問させてもらいます」

「今度はお子さんも連れてきなよー!」

「了解です」

「いやいやいやいや! そんな予定ないから!」

 

 さらっと頷く俺に慌ててツッコム霊夢。俺達の掛け合いを見て二柱は心底楽しそうにゲラゲラ声を上げて笑っていた。

 守矢一家。

 幻想郷にて初めて知り合ったご友人方は、幻想郷一暖かな家族でありました。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「……ねぇ、威」

「あん?」

 

 守矢神社からの帰り道。とりあえず博麗神社に帰宅しようということで、俺は行きと同じく襟首を掴まれたまま、荷物扱いで霊夢に運ばれていた。飛べないのは仕方ないが、いい加減この待遇には遺憾の意を唱えたい。

 日も傾きおそらく午後三時頃。大地の蒸発熱と太陽光線による凄まじい暑さに滅入っていると、今まで一言も発さなかった霊夢がやけに静かなトーンで俺に話しかけてくる。口を開けば罵声しか言わない彼女にしては、珍しく沈んだ調子だ。

 おそらく、先ほどの俺の表情についてだろう。なにを言われたものか、と一人肩を竦ませる。

 

「…………えっと」

「なんだよ、霊夢らしくないな。言いたいことがあるならはっきり言えって」

「…………」

 

 う。ちょ、調子狂うなぁ。霊夢は元気でツンデレじゃないとこっちまで変な気分になる。自分のキャラを早く思いだせ、腋巫女よ!

 何をそんなに沈んでいるのか中々口を開かない霊夢だったが、数分待つとようやく、絞り出すようにしてこう言った。

 

「……アンタは、私の所にいてもいいんだからね」

「はぁ?」

「いや、その……さっき『家族』の単語が出た時に複雑な表情していたから……紫からもアンタが幻想郷に来た理由とか聞いちゃったし、なんかさ……」

「……ようするに、俺が落ち込んでいると思って慰めてみたと」

「そ、そうよ! 悪かったわね、どーせ私には人を気遣うなんて似合いませんよーだ!」

 

 不慣れなことを言って恥ずかしかったのか、霊夢は林檎のように真っ赤な顔で口を尖らせる。別に似合わないなんて言ってねぇけど、本人に自覚があるなら無理に揚げ足を取る必要もあるまい。こういうのはサラッと流しておくに限る。余計な手出しは、不必要だ。

 ……『私の所にいてもいい』、ねぇ。

 

「……ははっ」

「な、なによ。そんなに私が滑稽だった?」

「いや、そうじゃなくてさ。……くはっ。やべ、笑いがとまんねぇわ」

「むぅ……ムカつくわねアンタ……」

 

 ぷくーと頬を膨らませる霊夢。子供のようなその仕草に、さらに笑いが込み上げてくる。あー、ったく。本当に笑いが止まらない。

 

 こうでもしてないと、今にも泣いてしまいそうなんだから。

 

 ……生まれて初めて、そんなことを言われたかもしれない。俺の存在を肯定してくれて、なおかつ受け入れ喜んでくれる人なんて家族でさえもいなかった。いてもいなくてもどうでもいい。そんな『中途半端な存在』の俺を、コイツは不器用にではあるが『家族』として受け入れようとしてくれた。……正直言って、年甲斐もなく嬉し泣きしそうだ。笑ってでもしていないと、みっともない姿を見せてしまうことになる。

 

「あははははっ! いやー、ホント面白いなー!」

「そこまで笑わなくてもいいでしょー! 失礼ねこの変態マゾヒスト!」

「すまんすまん。怒らせるつもりはまったく……くふぅっ!」

「我慢する気ないじゃないの! あぁもうムカツク! 慣れないことするんじゃなかったわ!」

「あはははははは!」

「笑うな!」

 

 誤魔化すために、必死に笑う。出来る限り心配させないために、俺は笑い続ける。心の中で何度も頭を下げ、言い尽くせない感謝を表しつつも、俺は目の前の不器用で、それでいて誰よりも優しい巫女と共にいられることを神に感謝した。

 思えば、幻想郷で最初にコイツに出会えたことも運命だったのかもしれない。妖怪だったら、一瞬でお陀仏だったろう。そう考えると、改めて神様に頭が下がる。ありがとうございます。

 今日は晩飯抜きかな。そろそろ怒りの臨界点をぶっちぎりそうな霊夢を横目に見つつ、俺はもう一度だけ心の中で呟いた。

 

「……ありがとう」

「……うるさいわよ、馬鹿」

 

 ありゃ、声に出てましたか。

 照れの混じった顔で顔を背ける霊夢の表情は、どこか嬉しそうに微笑んでいるようにも見えた。

 

 

 




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