東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 後日談初回は、早苗さんルートです。
 一話完結なんで駆け足&ダイジェスト気味ですがご容赦を。でも書いていて楽しかったです、俺結構早苗さん好きだったんだなぁ。
 とにもかくにもIf短編、お楽しみください。


番外編
If 東風谷早苗


「その服装……外から幻想入りしてきた方ですか?」

 

 色違いの巫女服に身を包んだ美少女が首を傾げつつ話しかけてくる。

 山奥に忽然と建っていた鳥居を越えた先。何やら奇妙なねっとりとした感覚に包まれながら進むと、見知らぬ神社に着いた。周囲を木々に囲まれ、神社にしては人気が少ないそこの境内に歩いていくと、賽銭箱の前で湯呑を片手にくつろいでいる緑髪の少女と遭遇。ちょっと奇抜な格好の彼女に目を奪われてしまった。

 蛙と蛇の髪留めをつけた端正な顔立ちの少女は俺を見るや否や、興味津々な様子で物怖じすることなく近づいてくる。不意に接近されたことで恥ずかしさのあまり少し声を上げると、彼女はくすっと柔らかく微笑んだ。その一動作に、俺は何故か胸の高鳴りを覚えてしまう。

 

「えっと……お綺麗、ですね」

「え? そうですか?」

「はい。今まで見たことがないくらいに綺麗です」

「あはは。そんなストレートに言われると照れちゃいますねー」

 

 思考が口をついて出てしまう。昔から治らない癖のような感じで馬鹿正直にそんなことを言った俺を気持ち悪がることもせず、彼女は少し頬を赤く染めると表情を綻ばせた。俺は初対面の人に対して何を馬鹿な事を言ってるのだろう。そんな自覚と羞恥心が俺自身を責めるが、目の前に浮かぶ向日葵のような輝かしい笑顔を見ると雑念が一気に霧散した。ただ単純に、俺は彼女の笑顔に魅了されていた。

 彼女は湯呑を持ったままニコニコと笑っていたが、何やら思い当たったのか唐突に俺を手招きで呼ぶ。

 

「そういえばお名前を聞いていませんでしたね。名乗っていただけますか?」

「あ、そうっすね。俺は雪走威。一応高校生です」

「威君、ですか。強そうな名前ですね」

「名前負けしてますけどね。こんな草食系男子には相応しくない」

「そうですか? 良い名前だと思いますけど」

 

 そう言って彼女は屈託のない笑みを浮かべる。どうやら彼女は普段から常に笑っている類の人間らしい。辺りに幸せと元気を振りまくような明るい笑みを見ていると、何故か無性に幸せな気分に浸れた。

 一通り俺の名前を褒めた少女は不意に居住まいを整えると、ご丁寧にお辞儀をしながら名乗る。

 

「私は東風谷早苗と言います。こことは違う山の方にある神社で巫女のような職業に就いている者です。よろしくお願いしますね」

「東風谷、早苗……」

「どうかしましたか?」

「あ、いや、可愛らしくて綺麗な名前だなぁと」

「もうっ、そんなに褒めても何も出ませんよぉー」

 

 「やだなぁ」どこか嬉しそうに顔を赤くしながらひらひらと手を振る早苗さん。恥ずかしがる動作さえも美しくて、まるで一級品の芸術品を見ているような感覚に陥ってしまう。不思議な胸の高鳴りを覚えたままに、俺はただ呆けたように彼女の笑顔に魅入っていた。

 これが、俺と東風谷早苗との最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 魑魅魍魎、魔法超能力その他諸々が跋扈する不思議世界幻想郷。外界から面白い人生を求めてそんな世界に飛び入り参加した俺だったが、肝心の拠点がない。人里で家を探すか最悪の場合野宿だったのだが、守矢神社の二柱である神奈子様と諏訪子様がどうしてか俺の事を気に入ったらしく神社に居候させてくれる運びとなった。年頃の異性が一つ屋根の下で生活するという状況は如何なものかと思わないではないものの、当の早苗自身がまったく気にしていない様子なので良しとしよう。あ、ちなみに呼び捨てで良いと言われました。

 そんなこんなで神社に居候することになってから早二週間。幻想郷での生活にも慣れてきた俺は、本日は人里で早苗と一緒に夕飯の買い物をしていた。神様二人、人間二人(早苗は現人神だけど)の四人構成で生活しているだけあって、それなりに大量の食材を買い込まなければならない。こういう時は二人いるから便利だ。

 

「ホント、威君がウチに来てから買い物が楽になりましたよ。一人で来るよりたくさん食材を買えますからね」

「前は一人で術まで使ってたんだっけか?」

「はい。お札とかいろいろ貼って浮かばせてから運んでいたんですけど、これがもう面倒臭い上に効率が悪くてですね。バランス取るのに結構な集中力を使うせいか神社に到着する時間が異常にかかったりしていたんですよ」

「二柱に手伝ってもらえばよかったんじゃないか?」

「そんなこと頼めませんよ。なんたって神様なんですから、おゆはんの買い物なんかに行かせるわけにはいきません」

「早苗は変なところで真面目だよなー」

「威君が不真面目でマイペースなだけです。今日も朝のお勤めをサボってにとりさんと遊んでいましたし……」

「いや、だって朝っぱらから禊と祈祷はちょっと」

「仮にも神社の住人なんですから、そういうところはちゃんとしないと駄目です」

 

 一応控えめに言ったつもりだったが、早苗はがんとして言い訳を聞いてくれない。いつもはロボットの話とかアニメの話で死ぬほど騒いでいるくせに、こういう神事絡みの話になると誰よりも生真面目になるのだから凄いなぁとは思う。もう一方の神社じゃ日がな一日茶ぁ飲んでばっかりいる不良巫女だっているというのに。

 しかしながら、彼女の真面目さによって俺まで堅苦しい神事に巻き込まれてしまうというのは少々避けたい事態だ。傍から見て分かる通り、俺は何よりも面倒くさいことを嫌い楽しいことを求める快楽主義者である。それにマイペースで有名な俺が朝早くから何時間もじっと座って祈祷し続けるなんて苦行に耐えられるわけがない。神様二人に対して信仰心がないわけではないが、一般人である俺には多少キツイものがある。

 内心の思考が露骨に顔に出ていたのか、早苗は軽く肩を竦めると呆れたように溜息をつく。

 

「まったく……今はまだいいですけど、威君だって後々には神事を覚えないといけないんですよ?」

「へ? 別に宮司でもない俺がなんで神事を習得しないといけないんだよ」

「あれ、諏訪子様達から聞いていないんですか? お二人は威君を守矢神社の宮司にするつもりみたいですけど」

「……ごめん、今初めて聞いたわ」

「あ、あはは……」

 

 完全に初耳な衝撃事実に驚きを隠せない俺は目を丸くしたまま思考を停止させる。頬を引き攣らせて乾いた笑いを漏らす早苗も話の擦れ違いは予想していなかったのか、すぐに表情を戻すと即座に頭を下げてきた。緑色の長い髪が一斉に舞い上がってくるほどの勢いで謝ってくる彼女に少々気圧されてしまう。

 

「ごめんなさい! まさかお二人が何の話もしていないとは……」

「いや、早苗が謝らなくても。何も聞こうとしなかった俺も悪いんだしさ」

「ですが……何も知らない威君を無理矢理神事に巻き込もうとしてしまいましたし……」

「早苗は神社のことを考えて俺に神事を覚えさせようとしてくれたんだろ? 話を聞いた以上は断るわけにもいかないし、何より俺は居候だからさ。二柱の言う通りに神事を覚えてみようと思うよ」

「……いいんですか? 別にお二人の為に無理しなくても……」

「うーん。神奈子様達のためっていうか……どちらかというと、早苗のためかな」

「私のため、ですか?」

 

 キョトンとした表情で首を傾げる早苗。俺の言葉の意味が本当に分からないのだろう彼女は頭の上に大量の疑問符を浮かべたまま俺の説明を待っている。その小動物染みた仕草がいちいち可愛すぎて、俺は気がつくと早苗の特徴的な色をした頭の上にぽすんと右手を乗っけていた。左手には食材が入った紙袋を提げているので、右手。

 俺の唐突な動作に早苗はいっそう不思議そうな表情を浮かべる。

 

「どうして頭を撫でるんですか?」

「どうしてだろうな……何故だか分からないけど、早苗に触れたいっていう衝動に駆られた」

「触れたいって……それ一歩間違えれば痴漢疑惑かかりますよ?」

「う……それを言われると反論できない」

「……まぁ、いいです。嫌じゃないですし」

「嫌じゃないのかよ」

「はい。心なしか、気持ちが落ち着きます」

 

 そう言ってはにかむように笑う早苗の顔は少しだけ赤くなっていて、それなりに俺の行動を意識しているのだろうことを窺わせた。好意を向けているとかそんな思い上がったことまでは思わないが、多少なりとも気にはなっているのだろう。もしそうだとしたら、俺的には嬉しいかな。

 だって、俺は――――

 

「威君、何か言いましたか?」

「ん? 早苗の髪は触り心地がいいなって言ったんだよ」

「そうですか? えへへ、ちょっと髪の手入れには気を遣っているんですよ。紫さんと色々話して、外のシャンプーやトリートメントを仕入れてもらっているんです。こっちじゃ美容関係の商品なんてほとんどないから、助かってます」

「そんなことしなくても十分可愛いと思うけどな」

「もぉ~、またそんなこと言って。結構恥ずかしいんですからね?」

 

 顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにツンとそっぽを向く早苗だが、嬉しさを我慢するかのように口の端がニヤけているのを俺は見逃さない。実際に耳たぶまで赤くなっているから、照れ隠しだということがバレバレだ。他人の恋愛話には進んで首を突っ込むクセに自分に関することは素直に認めようとしない。彼女のそんないじらしい態度に、俺はまた気持ちが惹かれてしまうのだ。

 彼女がいつ俺の気持ちに気が付くのかはわからない。だけど、今はそんな中途半端でどっちつかずな日常を楽しもうと俺は人知れず思った。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

『全部……ぶっ壊す!』

 

 威君が絶叫と共に右手をかざすと、衝撃波のような攻撃が発生する。凄まじい速度で迫ってくる衝撃波を間一髪で避けるが、背後の木々がメリメリと音を立てて倒れていった。妖怪の山に森林の破砕音が響き渡り、動物達が狂ったように逃げ惑う。私と一緒にいた哨戒天狗の一団は戦闘を中断し、仲間達の救護任務に精を出していた。

 椛さんが傷だらけで倒れている河童のにとりさんを背負う光景を横目で確かめつつも、私は前方で不敵な笑みを湛える居候に向けて精一杯の説得を始める。

 

「もうやめてください威君! どうして……どうしてこんな酷いことをするんですか!」

『どうしてだぁ? テメェなんかにいちいち話す道理はねぇなぁ!』

「威君っ!」

『っ……雑魚に用はねぇ、とっととやられちまいな!』

 

 何かを誤魔化すように顔を背けると、我武者羅に衝撃波を放ちまくる威君。狙いも付けていない無差別な攻撃が妖怪の山の地形を変えていくが、雨のように降り注ぐ衝撃波の中で私は彼が一瞬見せた辛そうな表情を思い返していた。見逃すわけがない。私がどれだけの間彼の事を見続けていたの思っているのだ。ちょっとした表情の変化を見通すくらい朝飯前の屁の河童だ。

 愛情の量が臨界点を突破して憎悪の威君が現れたと幽々子さん達は言っていた。かつて愛していたはずの親から殺された子供の怨念が集合して生まれた感情の妖怪。愛を集め、憎悪によって裏切ることで絶望と憤怒を世界に広めようとする怨霊のような存在。十年ほど前に先代の博麗の巫女によって封印されていたらしい彼は私や他の皆からの愛情を受けて復活した。破壊衝動に駆られ、すべてを根絶やしにしてしまおうと力を奮い続ける破壊神のような存在として。

 本当なら、彼をこの場で殺してしまうのが最善策なのだろう。封印しても復活する可能性が残る。もしまた十年後に甦れば、今回のように幻想郷自体に多大な被害を与えてしまうかもしれない。将来の安全性を考えるならここで消しておくべきだ、と映姫様も言っていた。デメリットの芽は摘んだ方が良いと。

 ……でも、本当にそれでいいのか?

 約一か月の間、私は彼と共に過ごしてきた。風邪を引いた時には看病をしてもらったし、お互いにバカなことをしながら一緒に遊んだりもした。諏訪子様達にはいつもからかわれていたが、私は彼といる時間が一番好きで、どうしようもなく幸せだったのだ。ずっと自分の気持ちを誤魔化して、気づかないふりをして。威君が私に向けていた感情にはとっくの昔に気付いていたのに、私は自分自身の素直な気持ちから目を逸らしていた。

 

『吹っ飛べ!』

「ぐぅ……っ!」

 

 発生した烈風が地面を砕き、私の全身を切り裂いていく。鎌鼬のような風に肌を切り裂かれ、自慢の白い肌が徐々に真っ赤に染まる。傷自体は浅いが、何せその数が尋常ではない。全身に切り傷を付けられ、あまりの痛みに私は呻き声を上げてしまう。

 ……今まで自分自身から目を逸らし続けていた私に、こんなことを言う資格はないのかもしれない。あまりにも自分本位で我儘な私なんかが今更言って良いことではないのかもしれない。

 でも、私は決めたんだ。初めて彼と出会った日に、私は確かにこう言ったんだ。

 

「『よろしくお願いします』って、言ったんですよ!」

『なっ!?』

 

 大幣を振りかぶり、風の流れを支配する。いくら邪悪な念が込められた烈風であっても関係ない。私は風を操る神職だ。人々の願いを叶える為に風を操り、奇跡を起こす風祝。すべての風を自在に操る私にとって、この程度の烈風を支配することなんて簡単だ! 

 見境なく無差別に他者を傷つけていた風は私に支配されたことで和らぎ、穏やかなそよ風に変化する。木々を切り裂いていた攻撃性は葉っぱを揺らす情趣性へと移り変わり、私の髪を揺らした。周囲を取り囲むようにして爽やかに吹き続ける風に笑みを浮かべると、私は驚愕に染まった顔で呆然としている威君に向き直る。

 

「私は貴方を取り戻します。いつも笑顔で馬鹿話ばかりを私に聞かせてくれた威君の日常を、この手で掴み取って見せます!」

『はン。何やら随分御大層なこと言ってるみたいだけどなぁ、テメェ一人で何ができるっていうんだよ!』

「確かに、私ひとりじゃ何もできないかもしれません。いくら奇跡を起こせるとはいっても限度があるし、いくら現人神とはいっても神様に比べればその力は些細なものです。私ひとりの力じゃ、どうすることもできないかもしれません」

『……なんだよ、その引っかかる物言いは。それじゃあまるで……』

「一人じゃなかったら何でもできるって言っているようなもんだ、か? その通りだよバカ野郎」

「神奈子様……」

 

 疑うような視線を向けて睨みつけてくる威君から私を庇うように立ちはだかったのは、我が守矢神社のご神体である神奈子様だった。背中には巨大な注連縄を背負っていて、彼女自身を取り囲むように幾本もの御柱が宙を浮いている。不敵な笑みを浮かべて腕を組む姿はまさに神々しく、かつて武神と呼ばれていたことが窺える雄々しさを伴っていた。

 

「まぁ今更だけど……力を合わせれば案外なんでもできるもんだよ?」

「諏訪子様……」

「はろはろー、早苗。なんか締まらないけど、ご先祖様が助けに来たよー」

 

 神奈子様に続くようにして声を発した諏訪子様は天真爛漫な様子でニカッと笑うと、自慢の大きな帽子を両手で押さえて神奈子様の隣に着地した。傍らには小型化したミシャグジ様を侍らせ、気合十分といった具合でえっへんと慎ましやかな胸を張っている。相も変わらず子供っぽくて無邪気なご先祖様だが、今この瞬間は誰よりも安心感を与えてくれた。

 颯爽と駆けつけた二柱に歯噛みする威君は心底不機嫌そうに地面を蹴ると、

 

『力を合わせるだぁ? 笑わせんじゃねぇよ。絆とか友情とか愛情とか、そんな綺麗事はこの世界に存在しねぇんだよ! どうせ皆裏切るんだ。自分の欲を最優先して、他人を蹴落とすんだ!』

「確かにそうかもね。人間は醜い。アンタが経験したように、生きるためならときには自分の子供さえ手にかけてしまうのが人間ってものさね」

『そうだ。だから俺は、人間共に己の欲深さと残酷さを自覚させるために――――』

「だが、人間ってやつは、それ以上に優しくて面白いんだ!」

『っ!?』

 

 神奈子様の啖呵に威君の表情が驚愕に染まる。今まで自分が信じてきた価値観を根こそぎひっくり返される程の発言を受け、半ば信じられないと言わんばかりにわなわなと震えている。

 続けて諏訪子様が叫んだ。

 

「表だか裏だか知らないけどさ、アンタが早苗に向けていた感情は愛情だったんだろ! 能力のせいだろうが何だろうが、それだけは絶対に変わらない真実だ! それを馬鹿みたいに目を背けて、最初から全部嘘でしたなんてつまんないこと言って! ふざけんじゃないよ!」

『黙れ……』

「結局アンタは逃げているだけだ! また裏切られるかもしれないなんて勝手な妄想に恐怖して、心に蓋をして閉じこもっているだけじゃないか!」

『黙れぇええええええ!!』

 

 烈風が吹き荒ぶ。ついには天候にまで影響を与え始めたのか、風に雨までもが混じって地面を濡らしていく。もはや嵐と言っても過言ではない天気の中、威君は顔を濡らして叫んでいた。……いや、あの水滴は雨ではない。彼が流す、涙だ。

 自分の意思とは無関係に流れているのだろう涙を拭うこともせず、反抗期の子供のように叫び続ける。

 

『お前達に何が分かる! 最初から恵まれていたお前達に……生まれた時から神様だったお前達に、オレの何が分かるってんだ!』

 

 それは彼の本心だったのだろう。愛する人に裏切られ、絶望を糧に誕生した彼なりの本音。彼が本当に欲していたのは絶望でも破壊でもなく、理解者。自分の事を愛し、理解してくれる存在を欲していただけなのだ。およそ二百年の間、威君は怒りと憎しみに身を染めながらも、心のどこかではそんな理解者が現れることを望んでいたのだろう。

 結局は、彼も一人の人間だったのだ。愛情に飢え、自分を受け入れてくれる存在に恵まれなかった普通の人間。私と違うのは生まれた時代と境遇だけ。確かに幸福度に関して言えば雲泥の差があるかもしれない。時代的に考えても、私の方が幸せと言って差し支えない。でも、生まれた時代や境遇が違うからと言って、私と彼が同じ人間であるという事実は絶対に揺らがない。

 だから、私は胸を張って叫ぶ。

 

「これから、分かっていきます!」

『なに……?』

「貴方の悲しみは分からない。怒りや憎しみを経験したわけではない私には、威君の気持ちが分かりません。でも、だったらこれから理解していけばいいんです! 一緒に泣いて、笑って、怒って……気持ちの交換を続けて、お互いを理解していけばいいんです!」

『ふざけた事を……最初から幸福だったテメェがオレを理解するだと?』

「はい!」

『抜かせ! ぬるま湯に浸かって生きてきたテメェなんかに、オレの絶望が理解できるわけがねぇだろ!』

「できます! いえ、やってみせます!」

『無理だ! そんなの、奇跡でも起こさねぇ限り――――』

「私の能力は! 奇跡を起こす程度の能力です!」

『!』

 

 そうだ。不可能なんてない。私は人々の願いを叶える奇跡を起こす現人神だ。失せ物探しから雨乞いまでありとあらゆる奇跡を起こす、信仰の対象。困った人がいるならば、私は如何なる奇跡でも起こしてみせる。それがたとえ数十年、数百年かかるような困難なものであったとしても、私は絶対に諦めない。奇跡を信じ、願い、努力し続ける。

 なんたって、私は――――

 

「常識に囚われない幻想郷の風祝、東風谷早苗なんですから!」

『ぁ……』

 

 呆気にとられた顔でポカンとだらしなく大口を開けて突っ立っている威君に微笑みかける。一瞬思考が止まったのか、彼は呆然とした様子でうわ言の様にぽつぽつと言葉を紡ぎ始める。

 

『……本当に、信じていいのか?』

「任せてください! 二百年の絶望なんて、私がすぐに愛情で塗り替えて見せます!」

『俺の事を、受け入れてくれるのか?』

「当たり前じゃないですか! 私は一途な想いに定評があるんです!」

『もう、誰かを憎まなくてもいいのか……?』

 

 ――――おそらく、ここが最後の分岐点だ。

 捨てられた子犬のような目で私を見つめる威君。瞳の奥に浮かぶ光はかつての威君とまったく変わらない優しい輝きを放っている。彼の中で表と裏がせめぎ合っているのだろう。私の知らないところで、威君も頑張っている。幸せな明日を掴み取る為に、死に物狂いで奮闘している。

 次は、私の番ですね。

 だんだんと弱まってきた雨の中、私はぬかるんだ地面を蹴ると威君の元に歩み寄る。不意の接近に虚を突かれた彼は目を丸くし、上体を軽く仰け反らせた。わずかに頬を赤く染める思春期な姿に、私は思わず笑いを零してしまう。先程までの凶暴性が一切感じられない。いたって普通な『雪走威』を前にして、私は渾身の笑顔を浮かべる。

 震える顔を両手で優しく挟み込み、固定する。もはや抵抗すらしてこない彼に悪戯っぽく舌を出しながら微笑みかけ――――

 

「憎むくらいなら、私にありったけの愛情を注いでください♪」

 

 ――――大好きな彼と、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「本当に良かったのか、早苗?」

 

 大量の歓声に包まれる紅魔館の中庭を歩いていると、隣で恥ずかしそうにそっぽを向いていた威君が今更な疑問をぶつけてきた。黒の礼服が大人ぶった感じでイマイチ似合ってはいないけれど、今まで見た中で最高のカッコよさを醸している彼に私は思わず目を奪われてしまう。見惚れていたせいか、返事が少し遅れてしまったが。

 

「何がですか?」

「いや、あの時俺を殺さないどころか、こうして結婚までしちまって……また裏の俺が出てきたらやばいんじゃないかって思ってさ」

「なんだ、そんなことですか」

「そんなことって……幻想郷的には死活問題もいいところだと思うんだが」

「いいんですよ、そんなこと」

「あのなぁ……」

 

 私の至極楽観的な発言に呆れた声を漏らす威君。しかし反論するわけでもないらしく、大仰に肩を竦めると私の手を握り直して観衆に向き直る。

 ……あの後、私とキスをした裏の威君は何やら満足したのか、表の彼にすべての主導権を渡して心の中に自ら引き篭もっていった。最後まで減らず口を叩いていたけれど、それでも笑顔を浮かべていたから悔いはないのだろう。「お前の愛に賭けてやる」とか偉そうに言っていたから、結果が楽しみだ。報酬をどうするか、また後で考えないと。

 異変を無事に解決した私達は、レミリアさんのご厚意で紅魔館を借りて洋風な結婚式を挙げることになった。吸血鬼の館なのに結婚式とか冗談もいいところだが、まぁおめでたけりゃそれでいいのだ。幻想郷に住んでいる以上常識に囚われてはいけない。それに今回は従者である咲夜さんが意見を押し通したみたいだし。

 ちなみに結婚式の開催を決めたのは私で、計画及び進行は咲夜さん。さすがは瀟洒なメイド長と言ったところで、セッティングはおろかウエディングドレスの採寸まで一瞬で済ませてしまう手際の良さ。相変わらずこういう部分では他の追随を許さない完璧っぷりに感嘆の溜息が止まらない。本当にありがとうございます。

 

「……ぁー、その……」

「どうしたんですかオドオドして。威君らしくもない」

「いや、そのな、えーと……ドレス、似合ってるぞ」

「……ふふっ」

 

 なんだか以前に比べると潔さとマイペースさが弱くなっている気がする旦那様が無性におかしくて、私はヴェールを顔の前から除けると口元を抑えてちょっとだけ笑った。笑われたことが恥ずかしいのか、威君は顔を真っ赤にして視線を私から背けている。どうにも裏の彼の性格が残っているようで、最近ツンデレが目立ってきた威君なのです。まぁ、そこが可愛いんですけどね。

 未だに視線を合わそうとしない不器用な彼に微笑みを向ける。威君は私の意図をくみ取ったらしく、やれやれと言わんばかりに鼻を鳴らすと私の両肩に手を置いた。周囲の観客達が何かを察し、口笛と野次を連発させる。……でも、今はそれさえも心地いい。

 だって――――

 

「貴方と一緒にいられることが、こんなにも幸せなんですから!」

 

 馬鹿らしいほど騒がしい歓声の中で、私は永遠にも思われる幸福感にこれでもかというほどに酔いしれていた。

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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