※今回は少々過激な描写が見られます。おそらく大丈夫だとは思いますが、そういった描写が嫌い、苦手だという方は読まないことをお勧めします。
「~♪ ~♪ ~~~♪」
軽く弾むような鼻歌が俺の耳を打つ。泥沼の泥酔状態に陥っていた俺は、そんな優しい音楽によってゆっくりと意識を浮上させた。身体の感覚が戻るにつれて、自分が今誰かに触られていることが分かる。後頭部の下には柔らかい独特の感覚。そして先程から俺の髪を梳くようにして誰かが手櫛を入れていた。鼻歌と同じリズムで動くその手に何とも言えない気持ちよさを覚えながらも、俺は再び襲いかかってきた睡魔になんとか抗ってゆっくりと思い瞼を上げる。
まず視界に映ったのは、天狗の濡れ羽のような艶っぽい黒髪。
腰のあたりまで伸ばされた長髪は瑞々しく、月の光を浴びて鮮やかな黒を照らし出していた。どこぞの輝夜姫にすら引けを取らないであろう美しさに俺は思わず視線を奪われる。
脇の開いた特徴的な巫女服。だが、愛する妻が普段着ているものとは違う動きやすさに特化した戦闘服っぽい巫女服だ。妙に露出が多いその姿は見ているこっちまで恥ずかしくさせる。一歩間違えると痴女だ。全身傷だらけの女がしていい恰好ではない。
さてさて。
「……なんでアンタが俺を膝枕してんだよ、鏡華」
「年長者に対する口の聞き方がなっていないわね威。ちゃんと紫に礼儀を教わったの?」
「生憎と、アンタに向ける礼儀なんざ一寸も残ってねぇよ」
「あら残念。こんな別嬪さんを捕まえていう事じゃないわね」
「……黙れ年寄り」
「ぶち殺すぞクソガキ」
結局キレてんじゃねぇか!
意外にも沸点が低かった先代巫女は額に青筋を浮かべて傷だらけの拳を握る。段々と殺意の濃度も上昇してきているために現在進行形で俺の寿命がマッハだ。アカン、失言したかもしれん。
顔面が陥没するまでラッシュを食らうかと身構える俺だったが、鏡華は何故か柔和な笑みを浮かべると俺の頭に手を当てて髪を梳く作業を続行。予想を大いに裏切られ、混乱が止まらない。
「な、なんだよ急に……お前らしくないじゃんか」
「義母に愛でられるのは嫌い?」
「普段のアンタを知っている身からしてみれば気味が悪いの一択」
「相変わらず口の減らないクソガキね……ウチの娘はこんな穀潰しのどこを好きになったのかしら」
「アンタの旦那さんも似たような感じだったじゃねぇか。親子で似たんだろ」
「そうねぇ。無鉄砲で素直で生意気で、絶対に折れない信念を持っていて……ホント、変な部分でそっくりよね、貴方」
傷だらけの顔をくしゃっと崩しながら夜空に浮かぶ月を見上げる鏡華。逞しく、史上最強の巫女とまで呼ばれた目の前の女は今、どんな気持ちで月を見つめているのだろうか。かつて愛した男を思い浮かべ、過去の幸せに思いを馳せているのだろうか。
普通の人間でありながら妖怪から鏡華を庇って命を落とした、勇気ある男を……思い続けて、いるのだろうか。
「……あの人はホント馬鹿だったわ」
空を見上げたまま口を開く。俺の方から彼女の表情を窺うことはできない。
「ひ弱で、喧嘩もたいして強くないくせに意地っ張りで、負けたくないからなんて理由で昔から私に喧嘩を吹っかけてきて」
凛とした声が秋の夜に吸い込まれていく。鈴虫の音色に紛れ、静かに消えていく。
「告白してきたのだって、私にようやっと一発当てられたからって。もっと早く言ってくれれば、私はすぐにでもあの人との幸せを受け入れていたのに。そんな意地を張らなくてもいいくらいに、私はあの人に魅せられていたのに」
髪を梳く手に力が籠る。きゅっと握り締めた拳を俺の額に乗せたまま、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
「弱いくせにいつも私の事を誰よりも想ってくれていて、守ろうとしてくれて……私を庇わなければ今頃霊夢の傍にいてあげられたかもしれないのに……」
ポタ、と俺の頬に温かな水滴が一粒。次第に数を増し、絶え間なく降り注ぐ。俺に顔を見せようとしない鏡華は上を向き続けたまま、静かに……嗚咽すら漏らさずに、静かに涙を流す。
「ホント、大馬鹿よ……!」
「鏡華……」
旦那の事を思い出し涙する彼女に、俺は何もしてやれない。彼女の未来を奪ったのは俺で、俺自身も旦那の幸せを奪い去った妖怪と同種の存在だ。妖怪は人間を襲う。その理は永遠不滅で、だからこそ俺は彼女に何もいう事が出来ない。奪う方に位置する俺の言葉が奪われる立場の彼女に届くわけがない。
だから、俺は――――
「鏡華!」
「え? ひゃっ」
不意に身体を起こし、彼女を全身で抱き締める。予想だにもしなかったのだろう、唐突に俺に抱き締められた鏡華は呆気にとられたように目を丸くすると、普段の彼女らしくない少女のような小さな悲鳴を上げた。びくっ、と俺の腕の中で身体を震わせる鏡華。
「ななな、何をいきなりわけの分からないことを……!?」
「……もう、我慢しなくていいんだ」
「は、はぁ? べ、別に我慢だなんて……」
「強がるなよ。お前は昔から嘘をつくときに言葉に詰まる癖があるんだ」
「え、嘘――――!?」
「嘘だよ。だけど、ほら、やっぱり強がってんじゃねぇか」
「あ……」
……博麗鏡華は、悩みを自分の中だけで消化しようとするきらいがある人間だ。無駄に力を持っている分、他人に弱さを見せたくないという変なプライドが彼女の本心を邪魔している。泣きたいときに泣けず、甘えたいときに甘えられない。強がって粋がって意地張って、虚勢を張り続ける。相手が大切な人であればあるだけ、彼女は自分の素直な心を隠そうとしてしまう。
俺は妖怪だ。人間とは敵対するべき存在で、鏡華とはいがみ合っていた奴でもある。だけど、だからこそそれなりに彼女のことを理解している数少ない存在だと自負している。彼女が抱える悩みを少しだけでも肩代わりしてやれると思っている。
だから、俺は彼女を受け入れよう。
「泣き顔を他人に見られたくないのなら、俺の胸で顔を隠せばいい。泣き声を他人に聞かれたくないのなら、俺がそれ以上の声で泣いてやる。だから今は、今この時だけは泣いていいんだ。泣いて叫んで喚いて、思う存分悲しんでいいんだ」
「威……」
「こんなに長い間一人で戦ってきたんだ、それくらいは許されてもお釣りが来ると思うぜ?」
「……女房の母親口説くなんて、浮気者も大概ね」
「どれだけ媚び売っても心に決めた相手がいるからな。揺らぐ心配はない」
「あははっ。血気盛んな若造の癖にデカい口叩いてんじゃないわよっ」
明るく振舞いながらも、俺の背中に手を回す鏡華。きゅっと力を込めて抱き締めると、涙を隠すように俺の胸に顔を当てる。
「……ホント、変なところでそっくりなんだから」
「へいへい」
あまりにも簡素でテキトーなやりとりだが、俺と彼女の関係はこんなものだ。外面は淡泊でも、互いに分かりあっているのだからそれでいい。所詮は犬猿の仲なのだから、いがみ合っているくらいが丁度いい。
腕の中で小刻みに肩を震わせる鏡華をもう一度強く抱き締めながら、俺は夜空に浮かぶ満月を静かに見上げていた。
☆
――――と思ったのも束の間、気がつくと布団で簀巻きにされて寝室に転がされていました。
「なんぞこれ」
体の動きを完全に制限された状態で最大限に首を動かしながら状況を確認する。見慣れた寝室。畳の和風な匂いが特徴的で、襖と板張りの天井が見事に日本屋敷感を醸し出している。そして寝る際にはいつも隣に紅白巫女が……、
「……何をしていらっしゃるでしょうか、霊夢さんや」
「べっつにぃ」
「うわ、なんか面倒くさそうな雰囲気感じ取っちゃったよ今」
いつもの紅白巫女服に身を包んだ不良巫女が下品に胡坐を掻く体勢で上から俺の顔を覗き込んでいる。先程の宴会でスカーレットさん家のレミリアさんによって酔い潰されていたはずなのだが、どうやら復活したらしい。日頃から酒盛りばっかりしているおかげか、酒に対する耐性は強いようだ。最近はワインに対しても抵抗力が付きつつあるのだろう。いやはや、よろしいことです。
……さて、そんなことはさておき。
「なぜか不機嫌そうな奥さんに簀巻きにされている件について」
「心当たりを探す時間を三十秒だけあげるわ」
「……ないんだけど」
「少女虐殺中……」
「不穏な呟き残すのやめれ」
途端に瞳に暗い炎を灯してお祓い棒を掲げるってのは少々やめてほしい。ヤンデレ感が凄い。いや、その気がなかったかと言われると結構危ない兆候は多々見られたが。
「…………」
「やばい怖い早苗助けて」
「早苗は今頃守矢神社で女子会よ」
「しまった時期が悪かった」
失恋した女子が仲間と集まって飲み会なんて少し考えれば想像できることだ。しかも彼女及びさとりちゃんが失恋した本日夜半、守矢神社で【励まそうの会】的な催しが開かれていたとしても不思議ではない。よって俺が救助される可能性は限りなくゼロであるということだ。これ何気に命のピンチじゃね?
ピト、と首筋に何やら冷たい感触が。何かを貼られたような感覚に冷や汗がとめどなく溢れてくる。縦長で、ちょうど指の間に挟めるくらいの大きさをした紙状の物体……。
まさか。
「あの、霊夢さんや……もしかして、俺の首筋に霊力札か何かを貼ってやしませんよね……?」
「……ねぇ知ってる?」
「何をですか」
「頸動脈って、結構簡単に切れるらしいのよね」
「いやぁあああ!! この鬼巫女マジで俺を殺す気だぁーっ!」
「だ、誰が鬼巫女よ! それが妻に向かって言う言葉か!」
「夫に殺害予告するような奴が何を今更偉そうに!」
少なくとも理由も話さずに夫を簀巻きにしてなおかつ命まで頂戴しようとするような輩は鬼と言っても過言ではない。基本的にその場の勢いで行動する奴だから、少しでも油断すると気が付いた時には首と身体がさよならしていても不思議ではないのだ。妖怪だからしばらく経てば復活するとは思うが、そんな可能性に懸けるほど俺は命知らずではない。
さすがに鬼巫女呼ばわりは堪えたのか、霊夢はお祓い棒を胸の辺りで抱えると無愛想に口を尖らせてそっぽを向いていた。よっぽど気に喰わないことでもあったらしい。コイツが理不尽に怒るときは決まって俺が何か余計な事をした時だからなぁ。
身動きが取れない状態ながらも考える。タイミング的には、鏡華と話していた時だから……、
「……霊夢お前、もしかして俺が鏡華を抱き締めていたことに嫉妬しているとかじゃないよな?」
「~~~っ!? やっ、その、あの……あぁぅぅ……」
「嘘だろ……実の母親に嫉妬すんなよお前……」
「うにゃぁ~! だ、だって仕方ないじゃないの! 相手がお母さんでも、アンタが私以外の人を抱き締めているところなんて見たくないんだから!」
「うぉ、突然のデレ! なんだよ最初から正直に言えよこのツンデ霊夢!」
「うっさいわ! こんな木っ恥ずかしいことそんな簡単に言えるか!」
「痛い! 照れ隠しにお祓い棒振り下ろすな!」
顔を真っ赤にしながらバシバシと顔面をしばいてくる霊夢。コイツの照れ隠しは妖怪すらも葬り去るレベルだからゆめゆめ油断ができない。気を抜けば瞬殺されてもおかしくはない強さでぶん殴ってくるのも意味が分からないのだが、基本的に煽り耐性が低い彼女は羞恥心を隠しきれずこうして暴走してしまう時がある。そういう不器用なところが可愛いのだが。
しかしまぁこのまま縛られ続けるわけにもいくまい。正気を失いつつある霊夢をなんとか説得して落ち着かせると、俺を簀巻きにしていた布団を除けてもらう。
「やっと解放された……」
「あ、アンタが悪いのよ! 結婚式当日に他の女に手を出すから……」
「手を出すとかいうな。そもそもアイツは恋愛対象にすら入ってねぇ。どんだけ昔から知ってると思ってんだ」
「だ、だって……お母さん亡霊だから昔と変わらず綺麗だし……威なら欲望に任せて襲ってもおかしくないし……」
「あのなぁ……いくら俺がマイペースで欲望に忠実だからって、お前以外の相手を襲う訳ねぇだろ?」
「で、でも! 早苗に色仕掛けとかされたら揺らぎそうだし!」
「…………」
俺の弁解をまったく聞いた様子のない霊夢に、俺はちょっとだけ苛立ちを覚える。今のはいい加減カチンと来たぞ……この馬鹿はまぁだ俺の事を分かっていないみたいだな。
何やら一人でヒステリー起こしかけている馬鹿巫女に睨みを利かせると、唐突に腕を掴み――――
「んむっ!?」
そのまま万年床になっている布団の上に押し倒すと、盛大に唇を奪った。
突然接吻されたことで驚きに目を丸くする霊夢。そんな彼女には一切気を遣わず、俺は両腕を布団に押し付けたまま舌で彼女の口内を蹂躙していく。霊夢の舌を吸い、歯の裏を舐る様にして舌を動かすと、切なげな声が漏れた。
「んはぁ……ぁ、んむぅ……」
「……馬鹿みてぇな顔してんじゃねぇよ、霊夢」
「だ、誰のせいだと……んぁ!」
俺の煽りに苛立ったのか腕を跳ね除けようとするが、俺が首筋に舌を這わせたことで一気に脱力。途端に目を虚ろにさせながら情けない声を上げる。
「こ、この……色欲魔、めぇ……!」
「俺の事をまったく信用しないお前が悪い」
「う……。それは、そうだけど……ひゃぁぁ」
「ずっとお前の傍にいるっていったろ。信用しろよバカ野郎」
「わかっ……たぁ。わかったか、らぁ……変なとこ、弄る、なぁ……っ!」
腕を掴んでいた手を徐々に下の方に動かしていくと、次第に霊夢の声が大きくなる。服の上からでも分かる大きな膨らみに手をやると、軽く仰け反る様にして喉を鳴らした。全身に汗が滲み、鏡華譲りのきめ細やかな黒髪が肌に貼りついてる。
いつもならば術を使ってでも俺を吹っ飛ばそうとするのはずなのだが、どうやら彼女も本調子ではないらしい。レミリアさんにワインを飲まされた影響がまだ抜けていないのか、うまく力が入っていないようだ。上気させた真っ赤な顔で俺を見上げる姿に普段以上の可愛らしさを感じてしまう。
その魅力に我慢できず、思わずまた唇を重ねた。
「んっ……」
二回目にもなるとそろそろ慣れたのか、今度は彼女の方からも舌を入れてくる。互いに自分から相手を求めるようにして貪り合い、弄りあう。霊夢もスイッチが入ったのだろう。されるがままだった状態から左手を俺の頬に当て、右手は抱きすくめるようにして俺の背中に回されている。真意を察してニヤついた笑みを浮かべると、霊夢は頬を染めて恥ずかしそうにそっぽを向いた。相も変わらず素直ではない。
「……こんなことされても嫌じゃないんだから、つくづく惚れた弱味ってのは怖いわね」
「好きだよ、霊夢」
「ひぁっ……こら、ぁっ。どこに手をやって……くふぅっ!」
ジタバタと釣られた魚のように抵抗を始める彼女には悪いが、今日はこのまま終わらせるつもりはない。結婚初夜なのだから、思う存分やらせていただこう。
徐々に大きくなる嬌声を背景に、俺は巫女服の合わせ目に手をかけるのだった。
書いてて死にたくなるほど恥ずかしかった。もう書かない(迫真)