東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 お久しぶりです! 更新です!


マイペースにレンタル(その一)

「少しは私達にも威君成分を吸収させてください!」

「く、ください!」

「はぁ?」

 

 何やら訳の分からない提案をぶつけてきた風祝と読心妖怪に、私はただ純粋に疑問の声を上げた。この馬鹿二人はいったい何を滅茶苦茶なことを言ってるのか。理解に苦しむ。

 秋も終わりに近づき、本格的に肌寒くなってきた頃。石畳を覆い隠さんばかりに降り積もった落葉を掃くこと三時間。いっこうに減る様子を見せない赤黄色の集団に心底苛立ちを覚えながら、今頃冬に向けて籠もる準備を進めているであろう秋姉妹を心の底から恨んでいる矢先である。唐突に博麗神社へとやってきた早苗とさとりは、私を見つけるなり開口一番言った内容が、前述のアレである。

 基本的に我が強く、自己主張の強い早苗がこういうことを言ってくるのはこれまでにも多々あったが、引っ込み思案のさとりまでもが神社に乗り込んでくるとは思わなかった。おそらくは目の前でドヤ顔かましながら偉そうにふんぞり返っている緑頭の入れ知恵だろうけど。

 溜息を一つ。とりあえず竹箒で早苗の頭をどついておく。

 

「ふみゃあっ! な、なにするんですかー!」

「黙れこのトラブルメイカー! 急に何を言ってくるかと思えば、よりによって他人の旦那渡せだなんて……脳味噌腐ってんのか!」

「酷い! でも私は諦めません!」

「意外としぶとい!」

「私達が要求しているのは威君を奪うことではありません。ただ、ほんのちょっとだけ……そう、一週間くらい貸して欲しいだけなんですよ!」

「アンタに一週間もあのマイペース馬鹿を貸したら洗脳されて戻ってくるのがオチでしょうが!」

「それはまぁ……確率の問題?」

「奇跡起こせる現人神がぬけぬけと!」

 

 「てへっ☆」と軽く舌を出してウインクかますあざとい馬鹿野郎に心底怒りを覚えるのはおそらく自然の摂理だ。お次はお祓い棒を鳩尾に突き刺しておく。

 

「カハッ……み、みぞ……」

 

 さて、腹を押さえて四つん這いになっているアホ一名は放っておいて。

 二人は威を少しの間だけ貸してほしいとかいうことだったが、正直言って何を馬鹿な事を言っているのかと思わんばかりである。それも、よりによって私に頼みに来るとか……喧嘩を売っているとしか思えない。なめとんのかアンタらは。

 まぁ、百歩譲ってさとりのところに行かせるのは良しとしよう。威は地霊殿メンバーとは仲が良いし(お燐を除く)、彼女の妹である古明地こいしも威が地霊殿に遊びに行けば喜ぶだろうから、悪い気はしない。それにさとり自身はお色気で寝取るなんて考えはしても実行には移せない純情乙女であるから、威を奪われる心配もない。嫌われ者妖怪として名を馳せているさとりだが、実際のところは幻想郷内でもトップクラスのお人好しだと私は思っている。

 ……さてさて、問題は押しかけて来たもう一人。私が最も懸念している好敵手、東風谷早苗だ。

 威が幻想郷にやってきた割と初期から彼を巡って争っていた中ではあるが、それ以上に彼女の場合は、威を手に入れるためならば大概のことはやってのける行動力が何よりも恐ろしい。

 女性的魅力や身体つきもさることながら、本気を出せば奇跡を起こせる彼女の能力。そして軌跡を後押しするほどの人並み外れた行動力。そんでもってあろうことか、彼女には誰よりも頼りになる守矢神社の二柱がついている。子離れできない親馬鹿な神奈子のことだ。威を奪い取るチャンスがあるのならば、どんな手を用いてでも実力行使に出ようとするだろう。容易に想像できる。というか、想像するまでもない。

 

「一応聞いておくけどさ、早苗。仮に威を貸し出したとして、貴女はどうしたいの?」

「そ、それはもちろん……」

「……なによ」

「……げへへ」

「はいアウト!」

 

 少しでも良心を見せて可能性を提示した私が馬鹿だった。何一つ具体的な内容は言われていないというのに、先程から冷や汗と身体の震えが止まらない。おそらくは今頃謎の悪寒に襲われているだろう旦那さんに心の底から同情する。え、威はどこにいるかって? 今日は八雲家で家族仲良く過ごすらしい。……寂しくなんかないわよ、別にっ。

 ギラギラと欲望に目を輝かせながら野生の肉食獣のような威圧感を放つ謎生命体SANAEから若干距離を取りつつ、もはや変態の極みと化している風祝に複雑な視線を向ける心優しい悟り妖怪に嘆息交じりに声をかける。

 

「はぁ……アンタはどうせ、早苗に言われたからついてきたみたいな感じでしょ……」

「あはは……まぁ、私的には威さんとはそれなりに仲の良いお友達としてお付き合いさせていただいていますし、たまに地霊殿にも遊びに来てくれたりしてくれますから割と満足はしているんですよね」

「アンタ見かけによらず大人ねぇ……」

「以前結婚式の時に吹っ切っちゃいましたしね。でも、こいしやお空が喜ぶので、できることなら威さんをしばらく貸し出して欲しいかなとは思っています」

 

 どこか困ったような苦笑を浮かべるさとりに癒しのようなものを感じてしまってなんだか和む。なんだろう。さっきの早苗の破壊力が常軌を逸していたからか、さとりの家族愛からくる提案が随分と可愛いものに見えてしまう。いや、さとりはどちらかというと妹の為に行動している節があるので、十割方己の煩悩の為に威を求めている早苗とはそもそもが雲泥の差があるのだが。アンタいつからそんなに人外になったのよ早苗……。

 ……とまぁここまで彼女達に文句を言い続けている私ではあるが、二人の気持ちが分からないでもない。好きだった人を諦めきれない気持ちは大いに理解できるし、そんな思い人と少しでも長い時間一緒に過ごしたいという想いは尊重すべきものだ。基本的に遠慮も気遣いもしないシビアな私だが、血も涙もない鬼というわけではないので威を二人に貸し出すのもやぶさかではない。

 え? 威を物として扱っている? 何を馬鹿な。私ほどアイツのことを分かっている人間はいないわ!

 

「よく分かりませんが、今無性に霊夢さんに殺意が湧きました。殴っても良いですか?」

「封印してやろうかこの腐れ現人神」

 

 復活早すぎるだろ。

 

「うわーん! 少しくらい威君と一緒にいさせてくれたっていいじゃないですかー!」

「ちょっ!? 唐突に大声出すな!」

「そ、そうですよー。こいしのためにも、御慈悲をー」

「アンタは少しはノりなさいよ! 早苗だけ変に目立ってるわよ!?」

「うおー! うおー! うぇっへっへっへ……おっと。うおー!」

「待ちなさい! 今なんか変な人格が出てたわよ早苗!」

 

 駄目だコイツ。早く何とかしないと。

 ……はぁ。このまま押し問答していても埒が明かない。さとりはともかく、どうせこの緑巫女は何を言っても最後まで退かないだろうから、ここらで私が折れておくのが無難な選択だろう。心配事が無いわけではないが、そこは威を信じるしかあるまい。

 おそらくはここ最近で最大の溜息を垂れ流し、二人にその旨を伝える。

 

「イヤッッッホォオオオオオ!!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 二者二様ではあるがそれぞれ歓喜と感謝の声を漏らす。若干一名ほど自分のキャラを忘れかけている気がしないでもないが、私にそこまで気にかけるほどの余裕も優しさもない。キャラ作りは各自で頑張ってほしい。

 ……そんなことを考えているうちに、どうやら二人の間で相談事が終わったようだ。

 

「一番手は私! 私ですよ霊夢さん!」

「まぁ、予想通りだけどさ。さとりはいいの?」

「はい。私自身そこまで切羽詰ってないですから」

「コイツは切羽詰ってんのか……」

 

 本当に大丈夫か早苗。威と関わり始めてから内に秘めた裏の人格が漏れ始めているような気がしてならない。

 一週間だけではあるものの、威と一緒に過ごせることが確定して喜びを隠せない様子の二人にやれやれといった溜息が出る。なんだかんだ言いながら仲良くさせてもらっている二人であるから、彼女達が喜ぶ姿を見られるのは悪い気はしない。威には相当の負担がかかるだろうが、そこはまぁ、私の夫になった時点で諦めているだろうから。この程度でへこたれていては博麗の旦那は務まらないゾ♪

 訪問時とは違う意味で高揚した面持ちで神社を後にする早苗とさとりを見送ると、箒を持ち直して再び掃除を開始する。

 

「良かったの? 寝取られはしないにせよ、それなりにイチャイチャされるわよ?」

「別にいいんじゃないの? ちょっと浮気するくらいは男なら誰でもやる事でしょ」

「それがこの前私に嫉妬した女の言葉かと思うと、頭が痛くなるわね」

「昔ながらの容姿を保持したまま亡霊になったお母さんに言われたくないわ!」

 

 二人がいなくなった瞬間に背後に忍び寄ってきた霊体状態のお母さんに全力の反論をぶつける。ま、まぁ、前回はワインのせいで酔っ払っていたし、母親とはいえ同性の私から見ても十分に美人なお母さんが威と仲睦まじそうにしていたのが許せなかったというか……。

 

「人それを嫉妬と言う」

「うぐ……何も言い返せないのが腹立たしい……」

「それにこんなこと言うのもなんだけど。私があの子に懸想するなんてありえないから。いくら『あの人』に通ずるものがあるからって、紫が可愛がっている子供、しかも私を殺した相手を好きになるなんか普通にないでしょ。ありえないわー」

「そんなこと言って威の胸で盛大に大泣きしていたのはどこの先代巫女だったかしら?」

「…………」

「…………」

「……お母さん、今日は煮物が食べたいわ」

「待たんかいこのボケ母親」

「それじゃあ私は霖之助のところにでも浮遊霊ってくるから、ご飯の準備よろしくね~」

「あ、こら! 待ちなさい!」

「待たないわ~」

 

 制止の声も届かず、目の前からスゥッと消えるようにいなくなった浮遊霊。空しく虚空に吸い込まれていった私の怒りはどこにぶつけよう。……威が帰ってきたら八つ当たりでもしてやるか。

 というか、お母さんは最近どこぞの腹ペコ亡霊と同じようなキャラになりつつある気がしてならない。アレか。魂の呪縛から解き放たれた人間は胃袋が限界知らずになるのか。博麗神社の食費が徐々に増加しているのはほぼ間違いなくお母さんのせいと言っていい。そろそろ食費の分を賄ってもらうために仕事を始めてもらわないと割に合わないので、今度紫に求人の斡旋をしてもらおう。母親だろうが何だろうが、穀潰しは許さん。……まぁ、威もほとんど仕事していないから、大きく分別すれば穀潰しに含まれるのだが。あれ? もしかしてこの神社って私しか収入源が無い?

 とんでもない事実に気が付いてしまい、少々焦る。

 

「……威を貸し出す代わりに、賃貸料をそれなりに貰っておきましょうか」

 

 それくらいさせてもらっても、おそらく罰は当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 




 続きは近いうちに

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