東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

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 番外編続きです


マイペースにレンタル(その二)

 ……えー、なんか俺の与り知らないところで勝手に人身売買が行われていたようで、神社に帰宅するや否や愛する脇巫女さんから「明日から一週間守矢神社に行って来い」なんていう左遷宣告を食らった俺こと雪走威だ。なんかあまりにも身に覚えがありすぎる展開にデジャブを感じざるを得ない。つい数週間前に地底に行かされた時と似たような感じではないだろうか。

 詳しい事情を聞いてみたところ、どうやら早苗がまた暴走したとかなんとか。俺にフられてからストッパーが完全に吹き飛んでいるような気がする緑巫女は今回も相変わらずトラブルメイカーの様だ。人里や神社で八坂様や洩矢様に会う度に愚痴を聞かされる俺の身にもなってほしい。なんでしがない中級妖怪の俺が神様の相談相手を務めにゃならんのだ。普通に考えて逆だろう。

 

「よいしょっと」

 

 着替えと洗面用具、その他諸々を詰め込んだ河童製の風呂敷を持ち直すと、青々と広がる雄大な空を再び滑空していく。眼下に見える無数の木々。見覚えのある白狼天狗が心底迷惑そうな表情で俺を見上げているが、彼女には触れることなく進み続ける。侵入者を排除するのが見張りの仕事なのだろうが、既に何度もこの場所を訪れている俺は御咎めを受けることなく顔パスで通過できるらしい。さすがは守矢神社、そして博麗のネームバリュー。幻想郷を滅ぼしかけた妖怪を普通に通すのは如何なものかと思わないでもないが、入る入らないの無駄な問答をするのは心から御免被りたいのでここは素直にありがたく思うべきだろう。コネがあるに越したことはない。

 守矢神社が建っているのは妖怪の山の頂上だが、これが結構遠い。俺が幻想郷に復活した際に霊夢に運ばれて行った時は一時間程で到着したが、俺は彼女とは違って飛行は得意ではない。妖怪として覚醒したおかげで変換機無しで飛べるようになったというのは大きな進歩ではあるけれども、飛行速度があまり速くはない以上そこそこに時間がかかってしまう。一時間程飛び続けてやっと山の中腹に到着したくらいだから、予想する限りは後三十分といったところか。正直言って、そろそろ休みたいところではある。

 いい休憩場所はないものか、と視線を彷徨わせていると、唐突に足元から声をかけられる。

 

「おぉーい! 雪走ぃー! なぁにしてんだーい!」

「お? あ、にとりさんじゃないか」

 

 緑色の帽子を被ったツーサイドアップの少女が俺を見上げながら名前を呼んでいた。自分の身体よりも大きなリュックサックを背負った彼女は俺を見つけるとピョンピョン飛び跳ねている。相変わらずの愛嬌を振り撒くにとりさんに思わず頬が緩んだ。

 しっかし、いっつも川の下流で釣りをしているにとりさんがこんな所にいるのは珍しいな。椛さんは見張りの仕事をしていたし、彼女と遊んでいるというわけでもないだろうに。何をしているのだろうか。

 休憩がてら彼女と話すのもいいかもしれない。そろそろ疲れてきた俺はゆっくりと降下すると、にとりさんの前にふわりと降り立つ。

 

「こんにちは、にとりさん」

「やぁ。久しぶりとまではいかないけど、なかなかにご無沙汰じゃないか。早苗や洩矢様と遊ぶのもいいけれど、たまには私とも遊んでくれなきゃ寂しいよ?」

「いや、悪かったよ。いつか寄ろうかなとは思っていたんだけど、なかなか余裕が無くてさ」

「守矢神社の帰りにでも立ち寄ってくれれば二度手間にはならないんじゃないかい?」

「いや……あの神社から帰るときには色々な意味で元気も余力もないからさ……」

「早苗のヤツ、いったい何やってんだか……」

 

 妖怪の山が誇るトラブルメイカーを思い浮かべながら二人して大きく溜息をつく。幻想郷においては新参者の部類に入るはずの彼女だが、元来の無鉄砲ぶりと天然が悪い方向に混ざり合った結果、魑魅魍魎が跋扈するこの世界でもトップクラスのお騒がせ者っぷりを見せている。もはや周囲が口をそろえて「迷惑女」と言ってしまうくらいにキャラが固定されてしまった彼女に二柱はどんな思いを向けているのだろうか。特に八坂様の心中は察する。

 

「で、お前さんは今日も守矢神社に遠征かい?」

「そんなところかな。なんか俺の知らないところで人身売買があったみたいで、一週間くらい早苗の所にレンタルされるらしいんだよ」

「おや、またなんか面白そうなことに巻き込まれているじゃないか」

「面白いも何も実害受けるのは俺なんだけど」

「いいじゃないか。実害と言っても霊夢の制裁くらいだろ? 後は早苗とイチャイチャできるんだから遠慮することもないだろうに」

「早苗とイチャイチャ、ねぇ……」

「なんだい。性欲魔人のアンタには珍しいくらい遠慮気味じゃないか」

「うーん。早苗だからなぁ」

 

 性欲魔人という呼ばれ方は甚だ遺憾ではあるが、にとりさんが不思議に思うのも無理はない。美少女と仲良くできるならば何を置いても全力で歓喜する俺があまり乗り気ではないことを怪訝に思っているのだろう。おそらく他の幻想郷住人達が聞いてもほとんど同じように首を傾げるはずだ。認めたくはないが、俺はそういう妖怪だし。

 確かに早苗は美少女だ。美人が多い幻想郷の中でも上位に食い込むレベルだろう。顔が可愛いのはさることながら、胸も大きい。参拝者に対しては礼儀正しく、一般的に見れば良い子だ。外の世界からやってきたせいもあるのか、他の妖怪や人間に比べれば多少の常識も弁えている。……なんか地底異変の時に滅茶苦茶なこと言っていたらしいが、それは割愛。

 優等生で美少女。ここまで揃った彼女との触れ合いを素直に喜べない最大の理由は、東風谷早苗の核と言ってもいい「残念感」にある。残念美人とでも言えばいいのか、その洗練された外見とは裏腹に欲望に忠実で、目的のためなら他者を吹き飛ばしてでも完遂しようとする図太さ。幻想郷に来て霊夢や魔理沙と交流を始めたことで磨きがかかった傍若無人っぷり。そして他を圧倒する天然。これらの残念要素が彼女の魅力を悪い意味で相殺してしまっていると俺は考えている。

 美少女と絡めるのは嬉しいが、その結果として何かしらのハプニングに巻き込まれてしまう可能性が高いというのがいわゆる理由というやつである。

 にとりさんもその辺は分かっているのか、俺の説明に苦笑を浮かべると顔を引き攣らせていた。

 

「ま、まぁいいじゃないか。残念な部分から目を逸らせば美少女なんだからさ」

「そうだな。俺は基本的に美少女であれば内面がどんな娘でもあまり気にはしないんで結局は嬉しいよ」

「美少女ねぇ……ジャンルは違うけれど、そういえば幻想郷の賢者様もなかなかに美人」

「やめろ! アレを美人や美少女の類にぶち込むのはやめろ!」

 

 何食わぬ顔でさらりと恐ろしいことを漏らしかけていたにとりさんを全力で止める。育ての親とはいえ、母親として認識している相手が美人とか美少女とかいう話で盛り上がるのは正直に言って御免被りたい。だいたい誰が得するんだこんな話。あんな胡散臭さ全開の最強妖怪を褒めちぎる話なんてこっちから遠慮させてもらう。反抗期? 違ぇよ! 正当な評価だよ!

 俺の必死な様子に若干怯えた様子のにとりさんは「ま、まぁまぁ」と宥めてくる。

 

「この話はここまでにしようか。いつどこで賢者様に聞かれているか分かったもんじゃないしね」

「冬に入ってきてるからどうせ寝てるよグースカと。力を溜めるための冬眠とか言ってるけど単に朝に弱いだけなんだから」

「あんまり悪口言わない方が……」

「毎年毎年馬鹿みたいに寝てんじゃねぇよ! 熊か!」

 

 突如として頭上にスキマが開き、金ダライが落ちてくる。

 クリーンヒット!

 

「いってぇええええ! パッカーンって音したぞこの野郎!」

「言わんこっちゃない……」

 

 頭を押さえて悶え苦しむ俺を他所に呆れたように肩を竦めるにとりさん。そんな彼女はさておいて、あのスキマ妖怪はいったいどこまで俺の様子を盗撮しているのだろうか。もしかしたら発信機及び盗聴器でも仕掛けられているのではないかと心底心配になってくる。過保護かよ。

 母さんの悪口を言い続けるのも構わないがこれ以上の謀反はさすがに危険だ。自分から危ない橋を渡る趣味はない。

 

「年がら年中ボッロボロの橋ばっかり選ぶような生活しているくせに」

「それは言わないで」

 

 あれは結果的にそうなっているわけであって自らの意思ではないことをここに述べておく。

 

「そういえばにとりさんはなんでこんなところにいるんだ? いつもはもっと下の方にいるのに」

「冬が近づいてきたからねぇ。今の内に食料を集めようと思って山菜を採っていたところさ。でもまぁ粗方終わったから、ちょっとウチに寄っていかないかい? 色々と見せたいもんがあるんだよ」

「うーん。守矢神社にも行かないといけないしあまり遅くなるのはなぁ」

「大丈夫だって。あの心優しい早苗だよ? 少し遅れたくらいじゃ怒らないさ。むしろ笑って許してくれると思うよ」

「そうかねぇ」

「八坂様や洩矢様もいるんだ。ちょっとの遅刻くらい大目に見てくれるさね」

「まぁ、そういうことなら」

 

 やけにプッシュしてくるにとりさんの勢いに押されてなし崩し的に首を縦に振ってしまったが、本当に大丈夫なのだろうか。封印前も含めると幻想郷生活もかれこれ二十年以上になるが、こういう迂闊な選択肢をとってしまうと最終的にはあまりよろしくない結果がやってくることを俺は経験則で知っている。とてつもなく嫌な予感が止まらない。

 だけど、さすがにこの程度でどうこうなるわけもないか。ちょっと知人の家に寄るくらいだし、やましいことは何もない。いくらにとりさんが可愛らしい美少女だとは言っても、俺に対して気があるワケでもないから大丈夫だろう。何かやらかす心配はゼロだ。うん、大丈夫でしょ。

 

「ふふ……早苗には悪いけど、そろそろ私も行動を開始させてもらうよ……」

「にとりさんどうかした? なんかすっごいニヤニヤしているけど」

「ひゅいっ!? な、なんでもないさ! 雪走と久しぶりに一緒にいるから喜びが漏れていたのかもね! あははー!」

「なんだ嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」

「あ、あはは……」

 

 こうやって真っ直ぐ好意を伝えてもらえるのは誠に嬉しい。にとりさんは優しいなぁ。

 何やらニヤニヤニコニコしているにとりさんを追って、俺は彼女の家へと向かうのであった。

 

 

 




挿絵描いてくれるとかいう神がいたら是非ともお願いします(土下座)

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