東方霊恋記(本編完結)   作:ふゆい

67 / 69
 なんかもう、勢い。


マイペースにレンタル(その五)

 まぁでかいやら固いやら言っても、所詮は鉄の塊である。多少動かれようが抵抗されようが、ぶっ潰してしまえばそれで終わるわけで。

 

「あんまり気は乗らないけど、仕方ないかなー」

「あん? さっきから何ぶつぶつ言ってんのアンタ」

「霊夢、ごめんけど針妙丸を連れて後ろに下がってくれる? 近くにいると危ないからさ」

 

 私の言葉に怪訝そうに首を傾げる霊夢だったが、冗談ではない言葉の響きを感じ取ったらしい。すごすごと私から距離を取ってくれる。対して、ヒソウテンソクとかいうデカブツはギシギシと何やら危ない効果音と共にゆっくりとこちらに向かってきていた。どうやら、真正面から戦うつもりらしい。飛び道具の一つくらい積んでおけよ、とは思わないでもないが。

 やれやれ。この異変を解決したら、タケとにとりの奴には向こう一週間は酒を奢ってもらわないと割に合わないさね。

 溜息をつきつつも、スカートのポケットから木片……スペルカードを取り出すと、私はニィと口の端を吊り上げて、叫ぶ。

 

「鬼神【ミッシングパープルパワー】!」

 

 掛け声とともに、目線が徐々に高くなる。先程までは浮いていた足がしっかりと大地を踏みしめる。身体を動かす際の空気抵抗も大きくなり、私自身の声もどこか低くなったように感じる。体勢を整える為に一歩踏み出せば、ズゥンと幻想郷中を震わせるような地響きが鼓膜を貫いた。力がみなぎる。絶対的な自信と共に前を向くと、既に体格差を感じない程に似通ったヒソウテンソクの姿。

 密度を操る程度の能力。私にかかれば、体積の増加なんて朝飯前に過ぎない。相手がでかすぎて対処の仕様がないならば、私自身が大きくなってこの手でぶん殴っちまえばいい話だ。

 不敵な笑みを静かに讃え、私は拳を機械に向ける。

 

「お前が何を考えているかは知らんが、残念だったなにとり」

『う、うぅぅ……』

「出る杭は打たれる。身の程も知らずに幻想郷を危機に陥れようとしたお前の所業、この伊吹萃香様がこの手でドカンと解決してやるよ!」

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 目の前でがっしがっしと拳を叩き合わせながら不敵な笑みを浮かべる萃香さん。密度を操る能力によってヒソウテンソクと同じくらいの大きさに巨大化した彼女が放つ威圧感は、普段の十倍はゆうに超える。おそらくは、ウチの母親すら凌駕するほどの妖力がこの距離でも感じられた。正直、帰りたい。今すぐかえって霊夢の脇に顔を埋めたい。

 ……しかしながら、この状況下に置いてはそれも叶わないようで。

 

『殺す殺す殺す殺す殺す殺す……!』

 

 普段はツンデーレなマイエンジェル霊夢たん。しかし、目の前に佇むは霊力符と大幣を手に持ち百パーセント殺意☆ な笑顔を顔に貼りつけた鬼神霊夢だ。おそらくは萃香さん辺りを通して先程のハプニングキッスを目撃してしまったのだろう。すべては俺の意思ではないというのに、どんどん外堀から逃げ道を埋められているのは果たして神の采配か。竜神様恨むぞこの野郎。

 絶体絶命の大ピンチ。鬼と博麗の巫女を敵に回すという幻想郷ランキングトップクラスの佳境に立たされた俺とにとりさん。そんな状況下で既に涙目通り越して大号泣しつつある発明河童にとりさんは操縦桿を握り締めている。

 

「ひゅいぃぃ! こ、これじゃあどっちに転んでも大怪我は避けられないよぉぉ!!」

「今更何を……」

「な、なんだよ雪走その言い草は! それが盟友の言う事かい!?」

「勝手に巻き込まれた俺の気持ちは考えるまでもないだろ!」

「……なるほど。そうだね、確かにその通りだ」

 

 俺の言葉をどう捉えたのか、やや顔を項垂れるにとりさん。う、うん? もしかすると、俺の言わんとしていることが伝わったのだろうか。

 何やら肩を震わせているにとりさんが気になるが、今は一刻も早く言い訳という名の命乞いをしなければならない。このままでは俺の到着が遅いことを心配した撲殺☆天使サナエルが光臨するのは時間の問題だ。俺には分かる。あの問題児諏訪神様の子孫である早苗なら、駆けつけて霊夢と共にヒソウテンソクをぶち壊すくらい朝飯前にやってのけるに違いない。それだけは、破壊神がこれ以上光臨するのだけはなんとしても避けなければ。

 とにかく口先八丁で相手の戦意を削ぐところから始めないと。操縦桿の近くにぶら下がっている外線用マイクに手を伸ばそうとする。

 が、その手を遮るかのように。にとりさんがマイクを掴んだ。

 

「え、にとりさん?」

「……分かったよ、雪走。キミがどういう事を思い、為そうとしているのかが」

「え、え、え?」

 

 どうしたのだろうか。マイクを持ったまま何やら不可思議な事を言ってのけるにとりさん。俺の言うことが分かった? はて、それならば何故マイクを持ったのか。もしかしたら俺の代わりに弁解をしてくれるつもりなのだろうか。

 一人完全に置いてけぼりを喰らう俺を他所に、にとりさんは静かにこちらを向く。

 

 その顔に、大胆不敵な笑みを湛えて。

 

 あ、これアカンやつや。

 

「よく聞けそこの巫女共ォオオオオオオオオオ!!」

 

 巨大化した萃香さん。怒り心頭の霊夢を指差し、かつてない程のテンションで叫び始める天然河童。先程とは打って変わって挑発的な彼女の声に、萃香さんと霊夢は揃って片方の眉を吊り上げた。特に霊夢に。彼女に至ってはもはや淑女がしていい表情をしていない。おそらく魑魅魍魎すら眼力だけで逃げ出すくらいの迫力。現に、俺は今すぐにでもこの場から逃げ去りたい。地底のさとりちゃんに癒されたい……。

 遠き地霊殿に思いを馳せる。一方で、何かが吹っ切れたらしいにとりさんは中指をおっ立てながら挑発を繰り返していた。

 

「博麗の巫女だか鬼の四天王だか知らないけどナァ! こちとら最強の発明家河城にとり様だぞ! たかが巨大化した鬼や少々怒り狂った巫女程度で、このヒソウテンソクMk-Ⅱを止められると思うなよぉ!?」

 

 泣きたい。

 

「にとりさん。アカン。それ以上はアカンでぇ」

「はっはぁ! 汚物は消毒だぁあああああ!!」

「…………」

 

 おそらく、俺は今日死ぬのだろう。

 

『にとりぃ! お前いい度胸してるじゃないかぁっ!』

『コロスコロスコロスコロスコロスコロス』

「待って! 落ち着いて二人とも! 俺悪くない! ワタシ、トモダーチ!」

『関係ないね。というか、タケに当たらないようにとか気を付けてたらおちおち殴ることもできないじゃん』

「大雑把もほどほどにしてくれませんかねぇ!?」

『殺す殺す殺す殺す埋める埋める埋める埋める』

「正気に戻れ霊夢! というかもうなんか人間のそれを軽く凌駕し始めるのはやめろ!」

「いつまでも上下関係が変わらないと思うなヨォ!」

「言ってることが天邪鬼と変わらないぞにとりさぁん!」

 

 既に俺一人ではどうしようもないところまでひん曲がってしまった状況に涙が出てくる。こんなことならにとりさんの言葉に惑わされず、大人しく早苗の所に向かうんだった……。

 ……そういえば、その早苗はどこにいるのだろうか。騒ぎを聞きつけて急行したのならば、もう現場に到着していてもおかしくはないが……。

 そんな事を考えながら辺りを見回すと、俺はようやく一つの違和感に気が付いた。

 

「……なんか、空が曇り始めてないか?」

 

 先程まで雲一つない晴天だったはずの空に、暗雲が立ち込めている。徐々に風も吹き始め、まるで今から嵐でも来るかのような天候に変化しつつあった。山の天気は変わりやすいというから特段不思議な事ではない気もするが、風が吹き始めたという点に関して心当たりがある俺は全身から嫌な汗が噴き出すのを自覚する。

 そして、俺の耳に届く、一つの声。

 

『……ふふっ。駄目じゃないですかァ。私というものがありながら、こぉんな妖怪風情に惑わされちゃァ』

 

 足元。それは、ヒソウテンソクの足元から聞こえてきた。地獄から這い寄るような、この世全ての悪を凝縮したような声が、せり上がるように俺の鼓膜を震わせる。

 視線をやるまでもなかった。しかし、視線を飛ばさずにはいられなかった。今すぐにでもここから飛び去りたい衝動に駆られながらも、突きつけられた現実を真正面から受け止めるべく、俺は声の主へと顔を向ける。

 緑色の長髪。青と白といった変わった色合いの巫女服。……そして、完全に据わった眼で明らかに怒りに満ちた笑顔を向ける美少女。

 

「終わった……なにもかも……」

 

 胸の前で十字を切る。クソ喰らえな人生を送ってきた身としては神なんて信じたくもないが、今この場においてはそんなクソッタレにも命を預けねばなるまい。命が助かるのなら、たとえ相手がチルノでも頭を下げて見せよう。

 お経を。真言を。祈りを。すべての命乞いを済ませる俺を嘲笑うかのように、世界は牙を剥く。

 

『さぁて、そろそろ待つのも疲れてきた。いい加減ぶっ飛ばすよー』

 

 萃香さんが巨岩のような拳を握る。

 

『もぉ☆ この異変が解決したら私の自室に縛り付けとかないと駄目ですねぇ♡』

 

 早苗がどこから取り出したのか鎖を拳に巻きつけながら、うっとりとした表情で笑う。

 

『ユルサ、ナイ……』

 

 もはや人間としての面影はまったく残っていない鬼と化した霊夢が殺意を向ける。

 

「こ、こいつらを倒せば、晴れて私達の天下だ! いくよ雪走。このヒソウテンソクなら、あんな奴ら怖くもなんともない!」

 

 もう臆病な河童という設定はどこいったと言わんばかりにキラキラした(イッたともいう)目で操縦桿を握り締めるにとりさん。

 目を瞑る。再び覚醒する頃には、すべてが終わっているだろう。ありがとう、母さん。ありがとう、幻想郷。欲を言えばもう少し静かで平和な生活が送りたかったが、贅沢は言っていられない。愛する人達の手で余生を終わらせてもらえることを感謝するべきだろう。

 ヒソウテンソクが動き出す。萃香さんが地面を蹴る。早苗が暴風雨を起こす。霊夢が力の奔流を解き放つ。

 今まで感じたことがない巨大な爆音、爆風。全身が焼けるような感覚を覚えたところで、俺の意識はようやく自らの役目を放棄したのだった。

 

 今回の教訓。

 寄り道はやめましょう。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。